3 不正行為が起こる背景

 不正行為が昨今我が国で見られるようになってきていると述べたが、なぜ不正行為が起きるのか、その背景を考えておくことは、研究現場等へ研究活動の不正行為への対応のガイドラインが持つ意味を徹底するとともに、警鐘を鳴らすという観点からも必要と思われる。研究現場を取り巻く現状と研究組織・研究者の問題点の2つの面から見て、以下のようなことが考えられる。

1 研究現場を取り巻く現状

  1. 研究現場を取り巻く現状を見ると、まず、21世紀の世界的な知の大競争時代にあって、先端的な分野を中心に、研究成果を少しでも早く世に出すという先陣争いが強まっている。これには研究者としての使命感、意欲や名誉の他に、研究評価や、各研究機関・研究者等の特許など知的財産戦略への取り組みなど、まさに現在の研究現場を取り巻く状況を反映していると考えられる。
  2. 例えば、第1期、第2期の科学技術基本計画のもと、競争的資金が飛躍的に増加し、多くの優れた研究、意欲的な研究に支援が広がり、研究現場に競争的環境と競争的意識が定着し始め、研究水準が上がった。その反面、例えば第2期科学技術基本計画で重点化の対象とされた研究分野については、多額の研究資金が配分されると同時に、それに見合う成果を求められ、また、先端的な研究を続けていくには、他の研究者と競争し、競争的な研究費を獲得し続ける必要性がより一層高まっている。
    このような中で、各研究分野において、多額の研究費が獲得できる研究が優れた研究とみなされやすく、また、成果が目立つ研究でなければ、研究費が獲得できないのではないかという懸念が増大し、研究費獲得自体がいわば一つの評価指標と化して、競争の激化と性急な成果主義を煽る側面もあることが指摘されている。
  3. さらに、研究者の任期付任用の増加等により研究者の流動性が高まっており、ポスト獲得を目指して、若い研究者が一層研鑽を積み、また、多様な人材が研究組織に入ること等により、研究組織が活性化される効果が見られる。
    一方でそのことに伴い、ポスト獲得競争が激化し、特に若手研究者にとっては任期付きでないポストを早く得るために、優れた研究成果を早く出す必要性に迫られる状況も一部で醸し出されてきており、それが極端な場合、不正行為につながる可能性があるとの指摘もなされている。

2 研究組織・研究者の問題点

  1. 他方、不正行為が起きる背景として、研究組織・研究者側の問題点もいくつか考えられる。例えば、2 1(2)で研究者の使命感に言及したが、根本的な問題として、研究者の間に功名心が広がる反面、真理を探究するという研究そのものに対する使命感が薄れてきているのではないかという指摘がしばしばなされている。
  2. 研究者は研究活動の本質を理解し、それに基づく作法や研究者倫理を身に付けていることが当然の前提とされているが、これらがどういうものであるかということについて、研究者を目指す学生や若手研究者が十分教育を受けていない状況がある。また、そのことについて教えるべき指導者の中には、その責務を十分に自覚していない者が少なからずあるように見受けられる。
    さらに、指導者の中には、結果を出すことを最重要視する考え方に傾き、研究倫理や研究プロセスの本来のあり方を十分に理解していない者が存在するという深刻な指摘もなされている。
    研究プロセスについて言えば、競争的環境の急速な進展とともに、実験等で出たデータの処理や論文作成のスピードを上げようとするあまり、研究グループ内で生データを見ながらじっくり議論をして説を組み立てていくという、研究を進めていく上で通常行われる過程を踏むことをおろそかにする傾向が一部の研究者に見られる、という指摘もある。
  3. 不正行為が起きる背景には、研究組織における問題として、自浄作用が働きにくいということも指摘できる。この原因として、競争的環境の急速な進展の結果、秘密主義的傾向が蔓延し、組織の中で研究活動に関して議論が活発に行われにくくなっていること、また、まさにその反面、そうした活性を失った組織にありがちな悪しき仲間意識・組織防衛心理が事なかれ主義に拍車をかけることも考えられる。さらに、研究分野が細分化し、各研究者の専門性が深化し、他の研究室はもとより、同じ研究室においても、他の研究者がどういう研究をどのように行っているのかわからないという状況さえ現出していることも一因と考えられる。このような環境の下では、正常な自浄作用か、相手を陥れる行為かが容易に判断しにくい場合、重症に陥るまで放置される傾向がある。
    加えて、自浄作用が働きにくい研究組織の中では、些細なことではあっても見逃してはならない、研究活動の本質や研究活動・研究成果の発表の作法ともいうべき決まりごとに抵触するような行為が見逃されがちであり、それが重なって、重大な不正行為につながることがあるのではないかと思われる。
  4. 上記1の2で指摘した研究費獲得競争と性急な成果主義が、研究組織全体や管理者の意識を歪める結果、自浄作用が働きにくくなっている、という可能性も考えられる。各組織でのそれぞれのレベルにおける真摯なそして不断の自己点検が必要である。
  5. 研究費獲得について、個別の問題として見られるのが、若くして主任研究者になった場合の問題である。このような場合、主任研究者の中には、長期間研究費を獲得し続ける必要性から、常に目覚しい研究成果を出すことに追われ、焦りが生じたり、研究室のスタッフ等への圧力が強くなることがあり、その結果として不正行為が起きる場合がある、という点も指摘されている。
  6. 多額の国費が充当される研究開発プロジェクトや競争的資金による研究を中心に、研究評価が行われるようになっている。研究者としては、研究評価により、研究費やポストが左右されることにもなる。また、研究組織としても、どの程度研究成果が上がっているかなど、個々の研究評価の積み重ねが組織全体の評価につながり、研究成果について数値目標を設定することもある。このような研究評価の進展に伴い、雑誌の影響度を測る指標であるインパクトファクターが論文それ自体の評価指標と混同される場合があって、評価者や研究者が著名な科学雑誌に論文が掲載されることを過度に重要視する傾向が見られ、それが不正行為を助長する背景になっているとも指摘されている。

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