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幼児教育部会(第9回)議事録・配布資料


1. 日時   平成16年3月2日(火曜日)15時〜17時

2. 場所   如水会館 2階 オリオンルーム

3. 議題
(1) 総合施設のあり方について3
 
小学校との連携・接続のあり方について
教職員の資格のあり方について
子育て支援のあり方について
意見交換
(2) その他

4. 配布資料
 
資料1−1   総合施設(幼児教育)と小学校との連携・接続について
資料1−2   協同的な学びに向けて(無藤委員提出資料)(PDF:47KB)
資料2   総合施設における教育・保育に従事する職員の資格等の取扱について
資料3   総合施設における子育て支援事業の取扱について
資料4   今後の幼児教育部会開催日程
参考資料1   幼稚園アンケート結果について(報告)広島県教育委員会
参考資料2   京都市子育て支援総合センターこどもみらい館パンフレット
参考資料3   金沢市教育プラザ富樫パンフレット
参考資料4   みんなで子育て23 全国国公立幼稚園長会

5. 出席者
委員)
木村分科会長、田村部会長、國分副部会長、無藤副部会長、浅田委員、池本委員、石榑委員、石田委員、井堀委員、門川委員、河邉委員、酒井委員、服部委員、北條委員、山口委員
文部科学省)
金森初等中等教育局担当審議官、義本幼児教育課長、土屋幼児教育企画官、神長教科調査官、小田国立教育政策研究所次長、宮内教職員課教員研修企画官、その他関係官

6. 概要
(1) 事務局より配布資料の確認があった。
(2) 事務局と無藤委員から資料の説明があった後、意見交換が行われた。

概要は以下のとおり。
(○委員、◎無藤委員、●事務局)

(小学校との連携・接続の在り方について)
無藤委員 幼小連携というものを実質的に進めるということと、その中で幼児教育、あるいは幼稚園教育の意義を明確にできないかということを考えており、また、これまでのこの会の議論、あるいは参考人というか、御意見をいろいろ頂戴する中で、幾つか示唆していただいたものを合わせながら、私なりに整理した。
 大きく言うと、協同的な活動というか、学びというか、そのあたりを幼児期の最終的な目標とでもいったような、そういうものとしてイメージしてはどうか。それをベースに小学校につなげていったらいいのではないか。簡単に言えばそういったことである。
 この2年ほど、特に幼小連携について実践をいろいろなところで見たり、それから私の属しているお茶の水女子大学の附属幼稚園でも研究開発学校の指定を受けながら実践研究を進めてきた。その中で、幼小連携のいろいろなポイントが見えてきたということがあるわけだが、同時に地域とか、学校の落差といいますか、温度差が非常に大きいということも実感している。特に教育委員会による違い、それから幼稚園、保育園、それから幼稚園の中の公立、私立の違い、それ以上にそれぞれの地域差が大きい。小学校も熱心なところもあるし、そうでないところもある。小学校のもう一つの問題は、どうしても今のところは個人の先生に依存する部分があって、熱心な先生が異動すると、すぐに消えていくというのもだが、変わってしまうということで、なかなか制度的にうまく根づいていないという感じがしている。それを無理に強制することもないとは思うが、やりたいところはしっかりやれるようにできないか、これが第1点。
 もう一つは、幼小連携というときに、まず幼稚園、保育園のお子さんと小学校の児童の交流をしようという、当然それを考えるわけだが、その次の段階としてカリキュラムをつなげていく必要がある。それは簡単に言えば、幼児教育の成果をしっかり子どもが身に付けて、それが小学校における学習とうまくつながるようにするということだろうと思う。小学校側からいえば、小学校の学習にとって幼児教育の成果をうまく生かすようにしていくということだと思う。そうすれば、具体的には中身としては何なんだということで、かなり単純化して整理した。
 資料の、連携の絵の真ん中に、連携・交流というのがあって、右側と左側にそれぞれ縦の矢印があるが、右側の矢印が、これから詳しく説明するものだが、協同的な学び、協同的な活動と呼んでおり、これはいわば学び方。小学校でいう学習の方法という部分かと思うが、そういう小学校の授業の中で、クラスとして一緒に学んでいく。そのときの最も基本にある学び方、みんなで一緒になって何かを目指すというところにあるだろうと考えている。
 それから、左側はそれに対する学ぶべき内容に該当するわけだが、小学校の場合には教科などに内容が含まれている。幼稚園の場合には、幼稚園教育要領の保育内容というところに内容が記されているが、それをいろいろな意味でつなげてはどうかということ。
 この部分は、以前幼児教育部会で東大の秋田先生においでいただいたが、秋田先生が学びの芽生えという言い方をしていらっしゃったと思う。そういった芽生えというか、幼児の遊びの中でいろいろ学びつつある事柄があって、それをよりしっかりと学習するのが小学校だということだと思うが、そういうものとして考えた。
 だから、左側の文のところに、「興味や関心を生かし価値に気づかせる」と書いて、括弧の中が保育内容の幾つかの例になっている。つまり、何かをしっかりと学習させるということではなくて、価値に気づかせるということは、例えば文字に触れて、文字って便利だなあと思うとか、そういう意味合いを指しているが、そういうレベルで幼児教育はできるのではないかということ。
 これが四角で囲ってある「幼小連携・交流クラス」となって、右側に市町村教育委員会との間に両方向矢印があるが、これはそういった幼稚園、保育所、あるいは総合施設を希望する場合に、幼小連携をしたい、積極的に取り組みたいという場合に、そういったクラスの指定のようなことを教育委員会で行ってもらって、教育委員会が幼児教育側と小学校側を取り持ちながらサポートするという役割を果たしていただいたらいいのではないかということ。このあたりは従来のいわば教訓として、公立幼稚園と公立小学校というのは、同じ教育委員会の中で割とつき合いがいいわけだが、例えば私立幼稚園と公立小学校だと、地域にもよるだろうけど、なかなか難しいと思う。いろいろとあると思うので、そのあたりを公立・私立幼稚園、保育所、総合施設を問わず、教育委員会のほうで連携・交流についてはお世話するという提案。
 そのような幼小連携を進めるとして、それは5歳でいきなり出てくるのかといえば、当然そうではなく、幼児教育の3年間の中で、最終局面として今申し上げている価値に気づくとか、協同的な学びが成り立つだろうから、その3年間の流れというのはどうなんだと。ラフに言えば3歳、4歳、5歳ということで、そう細かく1年刻みでもないが、大体そんなようなイメージ、大きく三つの時期と思ってほしい。
 最初の時期は入園したてなので、まず子どもが安定する必要があるだろう。先生に支えられながらゆったりとした気持ちになることが大事ではないかと思う。2番目のところで、自己発揮。これは幼稚園の業界用語みたいなものだが、子どもが自分なりのことをやってみたり、積極的にできるということで、そのときに幼稚園の中にいるので、幼稚園にいるお友達とか、遊具を使って、自分なりの考えや思いをあらわし、遊んでいけるぞということ。それが3歳後半から4歳、5歳に入るぐらいというイメージ。
 そういうことをベースにしながら、子どもたちは自分がやりたいことが目の前のことだけではなくて、少し時間をかけてじっくりと取り組む姿勢がつくられていくのではないか。そして、その姿勢をもとにして、年長ぐらいになれば、子ども同士の集団の中で、一緒になって時間をかけて、こういうことを一緒につくってみようとか、こういうような何とか大会をやってみようとか、卒園に当たってオペレッタをつくってみようとか、庭に何か大きな彫刻みたいなものをつくろうとか、何でもいいのだが、そのような子どもたちの願いを協同で実現するという活動を可能にしていくということはどうだろうか。
 これは別に今、幼稚園で何もないところで、こういうことを申し上げているわけではなく、実際に多くの幼稚園でこういうことをやっているのだが、それを改めて自覚して、積極的にやろうという提案。そこには当然、すんなりできるわけではないので、子どもたちがやろうと思っても、空想的なことでうまくできないとか、いろいろなトラブルがあるとか、あるいはまた子ども同士、意見が食い違ってぶつかるとか、恐らく様々な衝突、困難があると思うが、それを乗り越えていく中で、子どもたち自身の力が形成されていくだろうと考えている。
 今の点を、教師による援助・指導という観点と、小学校とのつながりということで、ちょっと角度を変えただ資料があるが、やはり同じようなことで、三つの時期が書いてあって、もうちょっと中身に踏み込んでいますが、幼児の安定したところ、それから日常的な生活ができるというところから、園の中にある様々なものをちゃんと使えるような、遊びに活用できるという時期を通して、最後に一緒に協力していく。協力というのは単純にはできないので、葛藤を乗り越え、挑戦していかなければならないということ。
 資料に「小学校以降における学習との関係」とあるが、幼稚園教育、幼児教育というのは、学習だけが問題ではない、もちろん広い意味での人間形成の基盤を養うと思うが、ここでは特に学習、学力とのつながりで書いた。確かな学力基盤を形成する、そういうものだとして、幼児教育の中で何ができるかというと、先ほど申し上げたようなことで、協同的な学びの経験が小学校以降の学習、生活において様々に生きるだろう。
 一つは、いろいろなことについて積極的に関わっておりますので、様々な事柄に対する関心、それから学んでみたいという意欲が十分に形成されているのではないか。2番目には集団的に学ぶ経験をすることを通して、特にそれは生活科や、3年生以降の総合的な学習などで生かされていく問題解決力の基盤になっていくのではないかと考えた。このように考えるに当たっては、これも今の子どもたちの現状ということで、この会でいろいろな議論があったことを、今の図の上のほうに波になっているところにいろいろ入れてあるが、子どもたちのかなり広範に見られる問題点をいろいろな意味で克服するという意味でも、今の幼稚園の特に幼児教育としての非常に良質の部分を、どこの幼稚園、保育園、あるいは総合施設でも実行してもらえるような、具体的な手だてとしてこのような案を少し考えてみた。

委員 確認だが、言葉で「幼小連携」と言った場合には、幼稚園という意味でここでは議論すればいいのか、保育所とか、幼児教育も含めてということか。

無藤委員 幼小連携というときに、幼稚園と小学校の連携というところから、たぶん用語はスタートしたと思うが、実際には文部科学省指定とか、研究開発学校とかで、何ヵ所かについては保育所も含まれている。それから、県によってはむしろ幼児教育施設として、保育所が中心のところがあるので、その場合には保育所と小学校の連携になっている。だから、現在では幼小連携というのは、幼児教育と小学校教育の連携と解釈したほうがいいと思う。

事務局 補足であるが、文科省においても平成15年からの事業で、就学前教育と小学校の連携に関する総合調査研究、ポンチ絵の資料があるが、保育所・幼稚園も含めて、就学前教育ととらえている。広い意味で幼児教育と小学校の連携の取組を保育所も含めてやらせていただいている。

委員 今の文部科学省のいろいろな調査研究に関連してだが、過去の答申を見ると、多くは教育内容の連続性を考慮するとか、いわゆる教員間の協力であるとか、情報の提供であるとか。それぞれもっともだが、一番最初にある昭和46年の中教審の答申、俗に言う46答申と言われている、今から30年以上も前に出た答申が、非常にダイナミック。4、5歳児と小学校の低学年を同じ教育機関で教育してみたらどうか。先導的思考という形にしろ、かなり思い切った提言をしている。私の記憶ではこういうのはちょっとやられなかったと思うが、あるいはこれを受けて、これに類するような研究はやったことがあるか。

無藤委員 研究開発学校指定の中では、幼小連携、あるいは今は幼小中まで入ってくるが、このようなものが過去20年間、何回かあって、この数年は全国でかなりの指定でやってきた。その場合には、幼稚園と小学校の連続性、一貫性ということでやっていると思う。

事務局 昭和50年代だが、研究開発校で幼小連携の研究ということでされて、平成元年の学習指導要領の改訂の中に、生活科を導入するような経緯がある。
 今回、こちらの資料に提示してあるのは、最近の研究開発校の研究の例で、昭和50年代にある幼小の連携は、一貫したカリキュラムを編成するというような形で研究がある。

委員 神戸大学では、たぶん昭和51年が最初で、3歳から7歳というのがあって、その後、3回ぐらい受けていると思うが、連携そのものは後の2回でやらさせていただいている。

委員 研究結果が一般に広がっていない。

無藤委員 一般の公立、その他に広がったのがこの3年、4年。文科省指定は、13年からと思うが、それで随分広がった。

委員 資料を見ると、太い矢印と細い矢印、細長い矢印といろいろあって、これはきっといろいろ意味があるのだろうと思うが、市町村の教育委員会から出ている幼児教育のほうの矢印と、小学校教育のほうの矢印は、太さが違う。主に小学校教育のほうへの双方向の矢印はどの程度のことをイメージして書かれているのか。

無藤委員 縦の矢印は多少意味があるが、横の矢印はあまり意味がなく、ちょっと小学校を縮めただけだから、教育委員会の関わりは別に小学校に対しても、幼小連携も同じように当然かかるし、教育委員会が小学校に関わるのは当たり前なので、あまり強く書いていないだけ。どちらかというと、趣旨としては教育委員会が公立小学校に関わるのと同じように、幼稚園、その他の幼児教育施設にかかわって、幼小連携を進めてほしい、そういう意味合い。

委員 幼少のつなぎのところを大切にしていく上で、教師の個人的な資質もものすごく関係があるのではないかということをおっしゃっていた。私もそれは現場にいてとても感じる。幼稚園のほうはどちらかといえば、こういった協同的な学び、そういうところの接続を図っていく上で、本当に小学校の先生もお忙しかったりとか、いろいろな理由があるから、それを責めたりするつもりはないが、個人の資質でないところで、こういったことが整備され、きちんと機能していくためには、何らかの形でこの接続のところで、教育委員会のかかわりが必要になってくるのではないかと思ったので、この矢印に意味を持たせたいと思いながら聞いてみた。

無藤委員 ちょっと補足すると、ここで提言されているようなことをしっかりやるには、先生方の資質というか、研修、その他が非常に重要になってくると思う。先生方の資格、その他であり、そういったことも当然関連してくる。幼保連携だと幼稚園、保育士、両方要るだろうというのと同じような意味で、幼小連携なら幼稚園と小学校、両方要るのかもしれないということがあると思うが、今、ここでいきなり幼稚園と小学校、両方を持つことにしようといっても、たしかどこかに数字があったが、それはあまり現実性がないので、それはなかなか難しいだろうということで、しかし、何らかの意味で資格だけではなく、中身として資質を上げる、あるいは幼小連携なり、ここで挙げている協同的な学びなり、そういうことについて詳しくなれるような、何らかの研修も要るだろうということが第1点。
 もう1点は、小学校側がこれを受けて、今の小学校の在り方で全くいいのかというのは、別な問題が当然あるだろうと思うが、それはこの会議は幼児教育部会だから、私が幾ら私案といってもそこまで踏み込むのはちょっと言い過ぎかなと思って書いてない。だが、幼児教育側が提言すれば、小学校側はそれを受けて、どうするんだということは、中教審の問題かもしれないが、どこかでいずれ考えていただきたいと思っている。

委員 資料で、「幼小の一貫性を見通した」という表現がございまして、この一貫性というのは接続とか、連携とか、そういう言葉で従来は使っていたと思うが、ここで一貫性という言葉を使われた意味があると思う。そのイメージをちょっと説明していただきたい。
 それから、そのすぐ下にある幼小教員によるティーム・ティーチング、このイメージが、私は私立幼稚園のせいか、どうもあまりはっきりとわからないので、これも補足していただけたらと思う。
 それから、特に5歳児というように書かれて、基本的生活習慣、集団生活の中で人と関わる力、学習意欲などという表現になっているが、こういう表現だと、5歳児において、ここに書かれているような点が一般的に非常にうまくいかないというニュアンスにとられがちではないか。私ども、あるいはこの部会での議論でも、すべてがうまくいくわけではないが、2年ないし3年の幼稚園生活の中で、相当程度にこういった力はつけることができるという認識なので、ちょっと表現の仕方として心配がある。
 それから、市町村の役割の明確化というところで、「市町村に、地域の小学校と」という表現になっており、これより上のところは市町村の後に「市町村教育委員会」という言葉が入っているが、ここも「教育委員会」と入れていただいたほうが、教育の営みを市町村において、総合施設においても大事にするという視点が明確になるのではないかと思う。

無藤委員 4点ほどお話があった点だが、まず一貫性を見通した教育課程の編成、ティーム・ティーチングというのは、主に国立大学の附属幼稚園とか、一部の幼稚園で研究開発学校等で取り組んだものを前提にしているので、この一貫性というのは、例えばカリキュラムについて見通したようなカリキュラムをつくっていくとか、そういう意味で使っているので、接続・連携とはちょっとニュアンスが違う用い方だと思う。
 例えば岡山大学とか、鳴門、お茶の水等で挙げているが、例えば3歳から12歳までの一貫した教育課程を編成するという形で、それぞれの年齢あるいは学年を通じたようなカリキュラムを編成するというような取組をしているということがある。それを意識した言葉遣いをさせていただいている。
 ティーム・ティーチングも、そういう中で、例えば合同事業を、5歳児と1年生をやってみる中でティーム・ティーチングをするとか、そういう事柄での取組が例示として挙がっているところ。それを記述したものだと整理している。
 それから、5歳児と書かせていただいたのは、これは私ども誤解を与える表現ではないかと思って反省しているが、ただ、議論の中で、特に5歳の取組について、教育の在り方、特に接続の中で議論があったので、そこを書かせていただいている。意図としては、5歳だからといってこういう問題が目立ってクローズアップされているのではなく、おおむね5歳については、幼児教育全体の中で、子どもたちとしての資質なり、あるいは育つべき課題というのは良好であるが、一部環境の変化の中で、例えばコミュニケーションとか、そういう問題において、課題なり変化なりが見られるということを記述したまでで、誤解があれば、それは訂正させていただこうと思う。
 それから、市町村についてだが、ここは一般論としては市町村も書かせていただいているが、行政体制等を考えると、地域の教育行政に責任を持つ教育委員会が中心的な役割を果たすということについては、指摘のとおりだと思う。

委員 例えば小学校と幼稚園が近接している、あるいは併設校の場合には、確かにティーム・ティーチングとかはよくわかるが、例えば私立の幼稚園のように、小学校と距離がある場合に、必ずしもこういうものは成立しない部分がある。そうすると、どうしても交流というような、つまり物理的な条件によって、ここの絵は変わってくるような気がする。そのときに、先ほど言われた、いわゆる接続ということを考えたときに、私立の幼稚園で交流が若干あってもいいのだが、そこできちんとした教育をしているのだと。したがって、小学校のほうへという接続の、いわゆるカリキュラム上の接続という意味と、実質的な活動上の交わりというものがたぶん一緒になっているような気がするのだが、その部分に関しては、つまり、今までの研究開発指定というのは、ほとんどが併設とか、そういうところだと思うが、そういうものでないほうが圧倒的に多い。そう考えたときに、この図はカリキュラムということを前提に考えていけばいいのか。そこは当然、活動というのが入ってくると思うが、その辺がちょっとあいまいでは。

無藤委員 そのとおりだが、ただ、一つは、交流も従来よりは広げられるだろうと思う。それは従来、とかく公立小学校対公立幼稚園という組み合わせにこだわる向きが多かったので、そうすると、そばに公立幼稚園がないという地域が非常に多くてできないということがあったが、近くにある幼稚園でも、保育園でも、公立でも私立でも、何でもいいんだというようになると、交流が広がるだろうというのが第1点。
 もう一つは、連携の本質は、おっしゃるように交流自体ではなくて、カリキュラムにあるということ。だから、私の図は基本的にはカリキュラムというものでつなげよう、そのつながりを明確にしようという提案。

委員 そのときに、幼稚園から、先ほどの一貫性ということだが、例えば3歳からずっとつながったような、一本道のカリキュラムというのが一つ想定できると思います。今までの接続種を超えた形で、区分を変えてもいいと思うんです。
 もう一つは、幼稚園は幼稚園のカリキュラムとして、完結がそこにある。小学校は小学校である。その部分にブリッジをどうかけていくか。そこの中では、あるものをつなぐようなものをいろいろ組み込んでいく。だから、このように上に乗るのではなくて、ここでつながる部分だけに、ブリッジが幾つかかかるようなものというイメージ、それは接続をするための橋をいっぱいかけようというカリキュラムの構成の仕方では、たぶん考え方が違うと思うが、提案されているのは、あくまでも一貫したというカリキュラムのイメージととらえればいいのか。

無藤委員 一貫というよりも、正確に言うと、幼児教育としていろいろなことをやっているし、幼児教育はもともと多様だと思う。その多様性を画一化したいという提案ではない。ただ、共通に幼児教育として、ここで先ほどの言い方で言えば、学びの芽生えがあるとか、協同的学びをやっていると。その部分はある程度共通に押さえて、それを小学校に手渡そうじゃないか。小学校はそれを受けとめて、小学校教育で生かしてくれという提案。
 もう一つは、私の話の制約として、小学校に入ってからの話をしておらず、いじっていないので、どうしても積み木のようになってくる。だから、小学校教育もまぜていろいろ考えるのであれば、将来的な可能性としては、接続クラスとか、幼年学校とか、年長から1年の特別クラスとか、それはいろいろなアイデアがたくさん出せるとは思うが、それは一切触れなかったということ。

委員 幼小連携の中身のところで、幼児児童が一緒になるということと、教員のほうの合同研修等の二つが具体的に出ていると思うが、これはどちらのほうが実際に主として行われていて、どちらのほうを、もちろんカリキュラムということであれば、両方なのだが、具体的にはそれぞれ個別に行い得ることだと思うので、実際問題としてはどちらのほうが主であって、これからどちらのほうをより重点的にやろうとしておられるのかというのを伺いたい。

事務局 現状では幼小連携という形で進めていても、中身や実態はいろいろあって、場合によっては例えば行事で一緒に活動するとか、そういうところにとどまっているケースが多く、なかなか先生方相互の子どもの文化とか、教育観をまじえたような交流を図るとか、意見交換をするということについては、必要性は謳われているが、なかなか進んでいないという実態がある。こういう中で、連携あるいは接続をしっかりやっていくためには、子どもたちの交流にとどまらないような合同の活動をすると同時に、それを支える教員あるいは職員の交換なり交流をしっかりやる、それを車の両輪にして具体的に進める中で、実質的な流れが進んでいく。だから、どちらに重点というよりも、むしろどちらも進めていく。そういう一つの提案として、具体的に形として提示する形で、連携クラスなり、あるいは協同的な学びということを提案させていただいたという背景。

無藤委員 補足だが、いろいろな研究開発学校、その他を見ていると、まずは交流から始まるわけだが、交流してみるとなかなかそれがうまく動かない部分もあり、お互いを理解しなければいけないということで、幼稚園、小学校それぞれの先生が相手に出向いて、相手について学ぼうということまでは大体いくと思う。
 ところが、学ぶといっても、1日ぐらい研修してもなかなかよくわからないというところになってきて、一緒に教えたりしようとか、授業、保育を交換しようとか、そういうところまでだんだん踏み込んできているということと、交流、その他も何度も何度もやってくると、カリキュラムが必要になってくるので、そうすると、幼稚園と小学校のカリキュラムを何らかの意味でつなげるというところに踏み込んでくる。大体ある程度先進的にやっているいろいろな学校、幼稚園などは大体その辺りまできたというところだと思う。
 本年度ぐらいから、さらにそこから先にいくためには、人事交流まで入るべきではないかということも出てきており、特に公立同士だとある程度可能。それから、国立附属幼稚園では、県の教育委員会と提携して、小学校の先生を幼稚園に送り込んで、2、3年訓練して、小学校に戻すというプログラムのようなことを始めたそうで、それは完全に幼小連携の中核教員をつくるという県教委の狙いがあるそうだが、そういうところはいろいろな地域で始まってきたという段階かと思っている。

委員 実際に現場で見ていて幼稚園の場合に、非常にユニークで遊びが非常に発展して、発想がおもしろく非常に期待できるお子さんが、小学校に入ると問題児扱いをされて、ものすごくいい部分が生かされないという残念なケースがある。その辺りのところは、どちらかというと幼稚園の場合は遊びが中心であり、問題があるとしたら、小学校は学習中心であるというところのつなぎをもう少しゆっくりというところだと私は理解している。
 そういう意味では、幼稚園の側も少し小学校的であり、小学校も幼稚園的なものというか、両方が、今までこうだったところを、少しこうやって、その上に移行できることによって、その辺でつまずく子どもを少なくしたいということが、大切なことなのではないかと思う。そういうことを大変感じるのは、21世紀というのは、まさに幼児期というのは「想像から創造へ」という、今までなかったものをつくり出せるということを非常に重視しなければいけない社会がきていると思う。それは過去にあったものを伝達するだけではだめで、まさに幼児期が必要なのは、子どもたちというのは、経験が少ないだけにとらわれがない。非常に自由に発想できる、まさに遊びというのはそういうものだと思う。それが殺されないように上の段階へ伸ばしていくということが必要になってきているのではないかと私は考えている。

委員 資料の5歳児のところで「協同的な学び/協同的な活動の重視」というのは、現在、幼稚園でも長期の指導計画上はこのようなことがねらわれて、しっかり位置づいている。例えば私の幼稚園でも、今日は個で取り組む活動とグループでの活動と学級全体の活動という三つの形態が、時間的、空間的にすごく柔軟な形で組まれていて、子ども自身が1日の生活をデザインするぐらいに育ってきている。このひな人形をここまでつくったら、自分たちのグループの仲間が集まって、卒園の記念の製作のテーブルをつくるのだとか、そして学級全体で卒園式の練習をするから、何分に片づけなきゃいけないみたいなことを、子どもが主体的に考えて活動しているので、このぐらいまで育ってくれば、たぶん小学校の学びの基礎は十分できているのではないかと思う。
 だが、幼稚園教育がここまできているということを皆さんに理解していただくためには、遊びというあいまいな概念ではなく、このように協同的とか、学びとか、小学校の先生にも理解できる共通言語で説明し直すということに大変意味があるのではないかと感じた。特に幼稚園の仲間でも、漠然と遊んでいれば、それは主体的な遊びと思っているところもまだあり、自分たちの中の保育の質を高めるためにも、こういう視点からもう1回見直して、特に5歳児は、発達上こういうことを求める年代になるので、その求めるものに応じた教育環境をどう与えていくかということを、いま一度確認する意味で、とてもいいなと思う。
 それから、私がこれは絶対大切だと思っているのは、酒井先生もおっしゃっていたように、市町村教育委員会とのパイプをつなげていくということだが、子どもの発達を考えたときには、その子どもが幼稚園にいようが、保育所にいようが、総合施設にいようが、5歳児として義務教育に接続するものとしての幼児教育を考えていかなければならないのは、これは国家として必要なもので、その国家として必要なものを、基準をつくってもらって、どこかで束ねるとしたら、市町村教育委員会が大きな役割を果たすのではないかと思う。
 私は東京都の教育委員会にもいたことがあるが、幼小連携の研修とか、教育課題全般に対する研修とか、幼稚園の先生は幼稚園の先生で専門研修、小学校の先生は小学校の先生の専門研修と分かれるだけではなく、お互いに学び合う機会というのは大変有効で、そういうことをどこがやるかといったら、教育委員会のお仕事になるかと思うので、そこが義務教育に接続するものとしての幼児教育を考える上では大変重要な鍵になるのではないかと感じた。

委員 5歳の協同的な学び、協同的な活動の重視、それから価値に気づかせるというあたりは、本当にいいと思うが、そのために、4歳、あるいは3歳、その前から続いている、それぞれの時期がとても大切だと思う。5歳になっていきなりこれができるわけではなく、やはり4歳のときに自己発揮をし、他とぶつかり合って、友達というものはこういうものだというような気づきがあり、そういったことが積み重ねられて、5歳の花が咲くわけだから、そこをぜひとも大事にしてほしいと思う。
 それから、先ほど連携とか、交流のときに、併設の公立同士ではやり易いが、ほかはやり難いのではないだろうかといったニュアンスの話があったが、地理的な距離は問題ないと思う。例えば併設であっても、そういった連携・交流がスムーズでないところもあるし、離れていてもしっかりやっているところもあるので、公立であろうが、私立であろうが、幼稚園であろうが、保育所であろうが、地域の子どもを教育委員会が先ほど言ったように束ねて、いい意味での接続を図っていくという発想がとても大事だと思うし、実現ができると思う。皆さんがそういった意識を高めれば、距離は問題ないのではないか。そういう事例もたくさんあるので、ここの提案はそういう意味ではとてもいいと思う。

委員 一人一人が安定する時期、それから自己を発揮する時期、協同的な学びが可能となる時期というように、それが3歳、4歳、5歳というように対応していると考えればと思うが、総合施設を考える場合は、今度は2歳、1歳、0歳とこれを遡ったときに、この延長線上にというか、遡るパターンの中で何が考えられるのかというとことも押さえないと、総合施設としてはどうかと思うが、これを遡ったときにどんなことが言えるのかを教えていただければ。

無藤委員 まだ考えていないが、簡単に言えば3歳未満というのは、幼児教育の部分が副になってきて、もっと子どもの基本的な成長というか、養護といいますか、ケアの部分が表になってくる。だから、しゃべるとか、歩くとか、衣服の着脱とか、そういうレベルとか、愛情関係を取り結ぶとか、そういうものを段階を追っていけると思う。その辺は、保育指針の場合には、年齢ごとの表記になっているが、3歳未満はそれをベースにしながら、もう一度3歳以上の、ここに提案しているようなこととつなぎ直すという作業をすれば、それほど無理なくつくれるのではないかと思っている。
 あと、幼小連携をさらに簡単に言うキーワード、猛烈に単純化したものがある。それは何かというと、資料の中で「興味や関心にそった活動」というのがあって、5歳ぐらいは「興味や関心を生かした学び」、小学校は「時間割をもって学習」とし、ここで意図的に使っているのは、「活動」「学び」「学習」というキーワードであり、「学習」と「学び」を意味をかえて使っている。小学校のように意図的に算数の時間に算数に集中して学ぶところを学習と呼んでいるが、幼稚園の場合には別に数だよという明確なことじゃなく、レストランごっこでも何でもいいが、その中に自然にいろいろな学びがあるというあたりを表現したくて、「学習」と「学び」と使い分けたということで、御理解いただきたい。

委員 先ほどの教員の交流だが、人事交流にまで一歩踏み込んでという話があったが、小学校から幼稚園という交流、それは結構なされているように思うが、幼稚園の先生が小学校へということも、両方必要かなと思った。それをぜひ片方だけでなく、幼稚園からというのが非常に厳しいのであれば、研修交流でいいのではないか、人事までいかなくても。

委員 東京学芸大学の附属幼稚園では幼稚園から小学校に先生が行っており、津市でもそれは行われているようである。これからどんどん広がっていくかと思うが、県費職員と幼稚園の教員の身分との違いがいろいろあって難しいのかもしれない。
 一つ注意しておかなければいけないと思うが、資料の中に、プロジェクト型の活動という言葉があり、プロジェクトという語のイメージがまだ不確定なので、いろいろなとられ方をすると思う。これは子どもの主体的な活動である遊びを中心としているわけだが、これを読み違えると、昭和30年代の幼稚園教育要領で行われていた単元学習のように誤解されると困るので、これを表に出すときには、そこにきちんと事例が付与されるとか何かして、こういうことをプロジェクトとしてイメージしているのだということが明らかになったほうがいいかと思う。言わんとしていることはわかるし、実際に行事という形で、音楽会に向けて頑張ろうとか、卒園式に向けてこんな活動をしていこうということで、幼稚園では実際にやっているが、語のイメージは一人歩きすると怖いので、一つだけお願いしたい。

委員 今、日本の学校教育で、レッスン・スタディとプロジェクト学習というのは大きなテーマになっている。レッスン・スタディはうまくいっているが、プロジェクト学習はうまくいっていないという切り口があるので、日本が弱かったプロジェクト学習を強めるという役割が果たせるというふうに理解してよろしいのかどうかだと思う。

無藤委員 そうだが、ただ、プロジェクトといってもいろいろなタイプが実はあるので、私がここで提案しているのは、主に日本の幼児教育の中で開発されてきた、ある主のプロジェクト。ただ、それをプロジェクトと呼ぶとまた誤解されるので、私の文章にはプロジェクトという言い方を避けてある。

委員 お伺いしたいが、先ほどの話は、小学校はもう決まっているので、それに対応するということで、5歳児に協同的な学びというような話であったと思うが、それを制約がないと考えた場合に、逆にむしろそれはもっと後でいいとか、そういったことは専門家の立場からだと、5歳でこの協同的な学びでいいのかどうかというところを、もしもっと上に上げたほうがいいということがあるのであれば、私自身はあまり制約なく、小学校をむしろ変えていくのだという提案のほうにすべきではないかということを思った。

無藤委員 これはいろいろな考えがあると思うが、研究開発学校や欧米の実践、その他を見たときに、ここで言っている協同的学びというか、プロジェクトというか、そういうものを小学校の1年か2年かはともかく、低学年にまでかなり広げていくタイプのほうが多いと思う。ただ、その場合でも、算数と国語というリテラシーの基本は大体しっかり教えるという形の組み合わせが多いとは思う。だから、そういうことがもしかしたら小学校の低学年、あるいは1年生のを何らかの意味で改革するとすれば、幾つかあるイメージの一つとしては成り立つと思う。

(教職員の資格のあり方について)
委員 資格を論ずるのはとても大切だと思うが、例えば極端な話だが幼稚園の免許も保育所の資格も持っている。そういう者ばかりを総合施設に集めた。そのときに、これまで保育所の経験しかない人が3歳以上をみんなで持ったとしたらどうなるか、あるいは反対に、保育士の資格はあるが、幼稚園でしか経験がなかった人が、0歳、1歳、2歳を持ったらどうなるかということを考えてみると、その人たちを資格を持った上でさらに育成していく、研修にかかわってくるのだろうか。育成過程がとても大事になってくると思うし、そういう意味では、経験というものがとても大切になってくると思う。だから、資格とあわせて、そういった育成の課程もきちんと考えておく必要があるということを一つ感じた。
 将来的に総合施設の制度が新たな資格を設けてはどうかということで、保育士、あるいは幼稚園の教諭の免許を持っていて、ある程度の経験をした上で、その上に新たな免許なり資格をするというのは、とても総合施設を豊かにしていく上ではいいのではないかと感じた。

委員 職員の専門性向上のための研修の機会ということ。これは既に公立の幼稚園と公立の保育所を比べた場合にも、既に研修時間はたぶん差があるのだと思う。それから、時間だけではなく、どういう時間帯に行うかとか、それから研修の中身。簡単に言うと、研修ということで、100人、200人の講義を聞いて終わりということは、結構一部では多い。もちろんそれは聞かないよりはずっといいとは思うが、さらに立ち入った専門性の向上というのは、例えば今、幼稚園の多くでは、幼稚園の保育をみんなで見直してビデオに撮るなり何なりして、また、外部講師を招いて、保育を検討する会をやることが増えてきたが、そういうことは今のところ、保育所はあまり多くない。ましてそれ以外の、いわゆる無認可とか、東京都では認可保育所以外がたくさんあるが、そういうところではあまりやられているわけではないようなので、そういった研修の単なる時間数だけではない、質とでもいうか、種類というか、それをある程度組み込んでやれるような、そういうことを出していく必要が今後あるのではないか。
 これから公立、私立の従来の形以外のものが、分権化の中で民営化していく中で、いろいろ生まれてくると思う。そうすると、例えば常勤の年功序列的に給料をいただくような人以外の人もかなり出てくるかもしれない。そういう中で、きちんと専門性向上をやってもらえるか、研修を確保してもらえるかというのは、非常に不安がある。最初の1年、2年はいいかもしれないが、5年、10年たったときに、保育の仕事が極端に言えば低賃金労働化していくという懸念すら、なくもないと思うので、そういうことを防いで、保育の質を本当の意味で確保するためにも、専門性向上の研修がおざなりではなく中身まできちんと保障できるような何かをぜひお願いしたい。

委員 岡山大学が、国立大学の教員養成系の大学で初めて保育士養成の指定校を受けたが、卒業生は今2回目が出ている。養成にかかわってみての経験の中で、国立大学の幼稚園教諭養成課程という形でスタートしたのだが、結局、岡山市の場合も両方の免許を持っていないと、今までは幼稚園の先生の枠、保育所保育士の枠で別々に採用試験をやっていたのだが、もう両方の資格を持っていることが応募資格になって、幼稚園教員の免許しかなかったら採用試験を受けられないみたいなことが出てきている。
 保育士を養成してみて、非常によかったと思うのは、保育士になるための実習には、施設実習と保育所実習というのがあり、保育士の場合は、保育所保育士と施設の保育士と両方あるから、10日ずつ実習を両方やらなければいけない。それと幼稚園の実習をやることによって、障害を持った子どもたちに対する実習がきちんとできるということが、総合施設に関わらず、今、非常に必要になってきていると思う。
 何が言いたいかというと、やはり四大出の保育士養成が、全体の質を高めていくために非常に重要になってくる。保育士の場合、認定試験でも取れるし、メインは短期大学である。だが、それだけでは問題があるから、「基幹的保育士」という造語を作って、養成校指定の申請書類には書かせていただいているのだが、やはり核になって保育所をリードしていく人たちも必要であり、資格もそういう方向で検討していただかないと、保育士のほうは割と安売りされている感じがする。幼稚園のほうは専修、一種、二種とある。そういう意味では、保育士の資格の中で、もう少しキャリアに対応する資格が必要であるのではないかというのが私の意見。

委員 今、中教審教員養成部会でも、その議論は始まっている。できるかどうかは別として、幼保連携、あるいは総合施設というような議論の中で、教育の質を高めるということであれば、養成のところをそのままにしておいていいのかということは、話に出ており、いろいろなことをやらなければいけないので、それができるかどうかわからないが、問題になり始めているところでもある。あれは2年では無理で、実は3年やりたい。だけど、3年やるということができない。どうしてかというと、2年で卒業して資格が取れるなら、みんな2年に行く。内容を無視して、2年で取れるから、じゃあ2年でいいじゃないかと。だから、中身だけを考えて3年の養成施設をつくるのは非常に勇気が要るというか、実際やってもなかなか学生を集めにくいという問題がある。制度を変えなければ難しいというのが実態。

委員 要求されることは、子育て支援とか、どんどん増えてきている。だから、2年のカリキュラムの中では対応しきれないぐらいの内容を要求されるようにはなってきていると思う。

委員 おっしゃるとおりだと思う。同じ意見だから議論にならないのでだめだが。

委員 先ほどまでのお話で、小学校の免許も取らなければいけない。これは幼稚園の免許と保育所の資格が必要になって、三つ要るわけで、現在、私も養成校で教えたことがあるが、保育士と幼稚園教諭を取るだけで2年間やりますと、本当にばかばかしいぐらい窮屈なカリキュラムになってしまう。これでは余裕がなくて、物を考える暇がないというような状態。加えて小学校だから、これは養成の段階でもっと精選して、取りやすくしてもらわないことには、これはどうしようもない、という意見。

委員 先ほどの図の中で、総合施設というのは、幼稚園もそうだと思うが、結局、先ほどの議論は、あくまでも幼稚園教育をベースに考えているわけで、ということは、当然、総合施設の資格も幼稚園教諭の資格を持っていないと、教育はできないというような前提に立つと思う。ところが、一方で今は、それはちょっと抜きにして、保育的な要素とか、そういう話をしているが、総合施設そのものの性格が、どうしても先ほどからの意見は、いわゆる学校教育から見たときの位置づけの中での教員資格を問題にするのであれば、当然のこととして幼稚園教諭の資格が必要だし、プラス保育的な機能を付加するとすれば、それはどういうものを含めて、幼稚園教諭としての資格をどういうふうに改革するかということが、たぶん養成では現実的。
 ところが、今、既に制度が違った中にいる人たちがそこに入ってくるときの研修の在り方と、養成の在り方は議論を一緒にしてしまうとごっちゃになってしまうので、現実問題としてできて、養成まで2年なり4年かかるとすれば、今いる人たちが、そこの総合施設できちんと機能するためには、どういう研修で、その専門性の中身を、ということをきちんと出さないと、たぶん何をすればいいのかわからない。先ほど言われたように、講演会を聞いて終わりとか、そういう話にならざるを得ないので、むしろそこのところが必要なのではないだろうか。
 そのときに、たぶん先ほどのカリキュラムは、あくまでも学校教育という前提を組み立てるのだが、そのときにはたぶん分けて考えているような気がする。つまり、保育的な機能と教育的な機能を分けて考えた上で、そういう議論をしているのだが、保育的な機能を含めたカリキュラムというのはつくれないのかどうかという議論になってくる。そこのところが出てきたときに、たぶん幼稚園教諭そのものの専門性というところが、たぶんプラスアルファが付加されるというが、十分に機能を果たすのだろう。逆に言うと、保育士の方は保育的な機能専門なのだから、教育的な機能に関しての研修なり何らかのものをきちんと受けるということを、例えば全国の附属幼稚園がそういう機構を持つのか、あるいは拠点校をつくって、そこで研修をしていただくのか、そういうものを実際にやらないと、それは機能しないと思う。そこのところの位置づけがあいまいなままに、今、議論されているように思うが、そういう捉え方でいいのだろうか。そうであれば、そこでの専門性、あるいは研修は既に、幼稚園ではそういうことをかなりやり始めているとか、やっているところもあるわけだから、そういうものを地域の拠点校なりで研修を、シリーズもので、1回きりではなく、という形で実施をしていくような。それはたぶん附属が担っていくのが一番いいような気がするが、そういう形で提案するということになると思うのだが、そういう位置づけでいいのか。

委員 今、問題になっていることは三つある。
 一つは、まず職員としての免許資格をどうするかということで、これは総合施設だから、併有が原則というのは誰も反対しないことだと思うので、あとは経過措置で、持っていない方については、何か研修なり何なりでとってもらえるというのは、何年かすればなっていくと思うから、数年たてば大きな問題でなくなっていく。それから、今の30歳ぐらいから以下は大体両方持っているので。
 2番目の問題は、先ほど他の委員が御指摘になったことで、スタートの何年かについては、仮に両方の免許資格を持っていたってわからないわけで、そうすると、総合施設に即した研修というか、要するに入社してから一所懸命やるような、かなりインテンシブな、通常の研修よりもっと深いレベル、広いレベルのもの。それはやらないと、いきなり3月末に辞令が出て、4月から総合で何かやらなきゃいけないとなると、これはちょっと子どもにとって気の毒なことになると思うので、それは深刻な問題だと思う。
 3番目は、とにかくある程度安定してきたときに、日常的にどう研修を継続していくかという問題で、それは先ほど私が言ったとおり。そういうことがまず必要であろうということの認識が第1だと思う。2番目には、それをどこがやるか、誰がやるか、どういうようにやるか。教育委員会が担うというのが一つだが、保育所保育については教育委員会のノウハウが全くないから、それをどこから持ってくるか。それから、国立附属幼稚園がいいというのは一つの案ではあるのだが、保育については実はほとんどわかっていないので、その辺りをどうするか。保育系のところについては、逆の問題がある。
 だから、非常に現実的な案をいえば、教育委員会と国立などの附属学校と、それから養成校。養成校は今どこも、幼稚園と保育所、両方の免許資格を出すので、両方のノウハウを持っている。その三者が何らかの意味で連携しながら、研修というものを単に今日やるとか、明日講習会をやるというレベルではない、もっと組織的なものを長期休業や夜間を使いながらやっていく。そのためには、研修プログラムを各自治体に任せるのではなく、一種類でなくていいと思うが、ある程度モデルプログラムのようなものをどこかがつくって、提案していく必要があるのではないかと思う。

委員 前に幼稚園教諭の資質向上のときにも出た話だが、教師としての資質というのがとても循環していると言うと変なのだが、突き詰めたところ、今教えている先生が大切だということになった。養成部門で、あるいは採用部門で。それから、育成課程でというふうに、どこも大事なわけで、今、養成校の話があったが、養成段階の人たちがこういったところにきて、学びながら身に付けていくということを図るのも大事だと思う。今、一番最後に外部人材の活用例というのが載っていて、その「6」番に「学生ボランティア」というのがあったが、ここにぜひともインターンシップも加えてほしいと思う。制度的にきちんと確立することで、養成段階でも資質を上げ、また、いろいろなところで資質向上を図るシステムができていると、総合施設の内容が豊かになっていくのではないかと思う。
 もう一つ、資料に、「民生・児童委員」とあるが、保護司の方なども活用ができるのではないかと思うので、それもつけ加えていただけたらいいと思う。非行や犯罪がだいぶ低年齢化してきていますし、保護司の方々も幼児教育にかなり関心を向け始めているので、そのお名前も挙げていただけたらいいのではないかと思う。

委員 品川の二葉すこやか園の園内研究会にかかわっているが、ここは4、5歳の幼稚園に、同じ施設内に0歳〜3歳の保育園が共用施設で一緒に活動している。幼稚園の先生が保育園のほうに1週間行っていて、保育士さんが幼稚園のほうに1週間来るというようにして、実際の場で、フィールドで学び合うということをしているのと、幼稚園の先生を中心に午後、研究会、保育を見た後の協議会をするのだが、保育所の先生方も交代でそこに参加して、一人の子どもの発達を見通すという意味で、とてもいい研修会をしている。そんなようなことがモデルで、今年、東京都で発表されたと思うので、そういうことが全国に広がっていくといいかと思う。

(子育て支援の在り方について)
委員 総合施設の大前提は、0歳から5歳までという選択と、例えば2歳から5歳までと、両方あるということが考えられるのかどうかということで一つ質問したい。
 就労制限について、母体保護のために、胎児の保護のために、就労制限はする。それから、保健所では何ヵ月検診といって、日本はすばらしい生物学的発達のための保障機能は、医学的な面等で非常にできているけれど、子供の精神的な面も含めた育ちのための親の就労制限という一番大事な0歳〜2歳のときに、もっと目を向けなければならないのではないかと。コンビニが24時間、百貨店も夜も日曜日も開くようになってきて、あらゆるところが24時間営業のようになり、土・日なしのような社会になってきて、それが本当に一番大事な子どもの学び、育ちにどう影響を与えているのかと社会全体で考えねばならない。それはまた別な視点から言えば、財政的な部分、これからはそれほど増税もできないだろうし、国民負担をどこまで持っていくのかというときに、本当に社会全体で考えなければならない課題ではないかという気がする。
 もう一つ、総合施設のための議論であることは十分わかった上で、いろいろな話を聞いていると、幼稚園、保育所と学校との連携・接続の重要性を痛感しているし、毎回出席させていただいて、学ばせていただくところが大きい。いろいろな先進的な取組ができていることも確かだが、今、例えばある市でいうと、保育園が250園で私立幼稚園が約100園、公立幼稚園が17園、そして小学校が約200校、一つの小学校に平均的に2学級ないし3学級ぐらい、1年生が100人未満ぐらい。10施設から、多いところは20施設ぐらいから子どもが来る。もちろん、カリキュラムの接続であり、連携であることは十分わかっているが、その幼稚園も保育園も、独立性、多様性が大いに発揮されている。また一部都市では小学校の選択の自由というのがはじまっている。
 そういうもとで、相互理解、相互交流が謳われている。今、我々は小学校と中学校の連携の重要性とか、中学校と高校の連携の重要性も言っているわけだが、これとてなかなか難しい。私立の小中高一貫校といえども、教育課程が全然連携していないことがたくさんあるのが現実。教育大学の附属の小・中、幼稚園も含めてきちんとカリキュラムの連携ができているかどうかといったら、私が見ていて極めて疑問。
 そこで、行政の所管も違う、私立も含めて個性豊かな幼稚園と保育園から一つの小学校に来る。保育園になると、指導要録もなければ、その送付義務もない。そんな中で、できるところはできるだろう、その先進的なところができていったら、いずれそれについてくるだろうということが本当にできるのか。法の理念として、すべての学校ですべての幼稚園で、すべての子どもに保障していかなければならないのが公の仕事をしている者の責任と思えば、保育園も、幼稚園も、選択とか、多様性というのがどんどん格差につながる。先ほど待遇の格差が出てくるのではないかという話があったが、これも例えば公立の幼稚園であれば、年収が700万、私立幼稚園は300万ぐらい。あるいは常勤職員と非常勤職員、パート的な職員との格差、これらを見たときに、本当に手の届かないところが一番問題で、研修の重要性も大事だが、研修を開いて、研修に来ないところが一番問題。幼稚園、保育所と学校との相互訪問も私どもは一所懸命やっているが、受け入れてもらえないところが一番問題。
 そこで、今、プログラムをつくっていくとか、共通用語、共通理解を得る、そういうことをきちんとこの機会に出すことが重要。自覚的なところだけやったらいいんだということになりかねない議論ではだめなので。国民全体の理解を得て、行政が指導しきれることが必要である。これが画一化につながったらだめだが。私どもが直轄している公立の学校の連携だけでも、そう簡単なことではない。これが保育所、私立幼稚園も含めてとなると重要だが大変。本当に内容的に確かなものをきちんと、すばらしい議論がここで出ているわけだが、アピールしてやっていくことが必要で、できるところはできるというようなことにならないかと危惧している。
 もう1点、もうすぐ小学校の教員を取り合う時代がくる。一方で、短期大学は生き残りをかけて、いろいろな模索をされている。しかし、例えば短期大学が4年制になりにくい。いろいろな条件があるのはよくわかっているが。あるいは、小学校の教員免許状の養成機関が少ない。幼稚園教員、保育士、小学校の教員の養成について、改善が必要。数年たてば小学校の教員が本当に足らなくなる。それは同時に幼稚園の先生も足らないという時代が来ると思うので、大胆な教員養成について規制緩和をお願いしたい。

委員 規制緩和はともかくとして、この間も、少し教員養成部会で、今、いろいろなことに実は追われている。課程の認定とか、そういったことがルーチンの仕事とあるから大変なのだが、それは別として、根本的に制度のとらわれないフリートーキングをやってみようと。先ほど教育実習の話もあって、とても2年では無理だ、3年すると、学生が場合によっては来ないとか、そういう問題もあるし、短期大学で教員養成について、幼稚園に限らず、すべてのところがそれで資格が取れるということはいいのかとか、いろいろな問題が実はある。そこのところは、実は技術的な修正というか、改革というところからきているというのが、話としては率直にそういう感じがする。そこのところを含めて議論してみたい。 ただ、どこまでそれが実現性を持っていくかということはまた別の問題として、やはりやってみる必要があるのではないかと思う。
 先ほど教員資格のとこで議論があったが、例えば総合施設の場合に、幼稚園教員と保育所の保育士の資格を併有する。暫定的、経過的にはそうかもしれないが、将来の一つの絵としては、独自の資格が与えられないだろうか。そして、そこの資格を持てば、ただ、その時点で総合施設がどのくらいできているかわからないが、それは同時に幼稚園の資格でもあり、保育所の資格でもある。もちろん総合施設の資格でもあるというような、もちろんその場合にはいろいろなことを教えなければならないし、ここにある子育て支援のことも教えなければならないので、とても短大の2年、3年では無理で、どうしても4年が必要だとか、そういう発想ができないのかと思ったのだが、各省の所管やら何やら考えると、これは容易ではないなと思い、発言するのをやめたのだが、そういうこともフリートーキング的に、部会長にいろいろ御指導をいただきながらやってみたいと思っているが。

委員 端的に申し上げると、ある教育大学は、かつて初等教員養成250人だった。それが3年前に160人になった。3、4年前に、小学校の教員は20〜30人しか採用できなかった。今、150人採用になった。あと数年したら、300人採用するようになる。大都市では1,000人採用されるところも。こういう時代が来る。ところが、教育大学はどこも縮小してしまった。そういうことがある。
 もう一つ、先ほどの規制緩和だが、短期大学を物理的条件ではなく人的条件があれば、4年制大学に認めていく。教室が狭くても、別に飛び地にビルを建てても、教員は養成できると思う。物理的条件で短大が4年制になれない。立派な教授がいれば、立派な学生は育つと思う。4年制にするためには他県に移っていかなければならないとか、山の中に行かなければならないということで、躊躇はしているが。物理的条件ではなく、すばらしい教授をそろえれば、4年制大学にしてあげるといったら変わっていくと思う。教育というのは物的条件やなしに、人的条件だと思いますので、ぜひともその辺りをお願いしたい。

委員 結局、大学教育の在り方ということに直接いくものだから、単に教員養成とか、教員の需給関係だけで、なかなか議論しにくいところだろうと思うが。

委員 すばらしい幼児教育、あるいは保育士の養成のところが短期大学。この時代に4年制にしたいと思っていても、なかなかできない。私は4年制の卒業生が欲しと思うが、言葉は悪いが、名門の実績のあるところが短大。

委員 今の一番最初の質問で、事務局に伺いたいが、私たちが考えるとき、総合施設の保育で対象とする子どもの年齢はという最初の質問は、それによって随分違ってくる。0歳からいくのか、その辺りはどう考えられているのか、お聞かせいただきたい。

事務局 ここはむしろこの部会でも議論いただきたいところではあるが、就学前の教育・保育を一体ととらえた一貫という場合、原則は0〜5歳、乳幼児、就学前のお子さんということだと思うが、いわゆる設置者の判断として、例えばむしろ0〜1歳というのは、親と一緒に過ごして、就労制限という言葉がいいかどうかは別にして、むしろそういう判断で、0〜1歳というのを例えばやらないというようなやり方も含め、対象年齢を設置者の判断とするかどうかという問題、恐らくその辺りが制度設計の一つのポイントになるかと思っている。
 また、前回、場合によっては新しいタイプのことを考えた場合、幼稚園から転換する場合もあろうし、また、逆のケースもある。その辺りはむしろ地域の実情とか、状況にあわせた形での弾力的な取り扱いをむしろ認めるべきではないかという議論もある。一方、この総合施設が出てきた背景としては、一つは内閣の中で、次世代育成の支援ということもそうだが、現実問題として待機児童が0〜2歳を中心にして非常に多い。その中でどのように解消していくかという政策的な課題もある。その中で、どのようにその問題を考えていくのかという問題かと思う。
 もう一つは、前回、私ども財政の資料を提供させていただいたが、その資料にもあるようにコストの問題を考えた場合、0〜1歳というのは保育コストがかかる要素がある。厚生労働省の中においても、これは研究会、あるいはいろいろなところでも議論があるが、むしろ状況としては、恐らく企業の育児休暇制度の整備とリンクしている話であり、現状においては育休法の法律改正を通常国会に出される予定だが、むしろ企業においても育児休業の期間を長くするとか、あるいは経済的な支援も含め、むしろ取った後、就労に戻りやすいような接続をしっかりしていくというような議論も今ある。もちろんコストの問題もあるが。
 そういう状況の中で、どうこの問題を考えるかということについて、できればここでも議論いただければありがたいと思っている。

委員 実は今年度から次世代育成支援計画というのが厚生労働省から出ており、私は市役所の担当者から聞いて、次世代育成なんてうちは既に教育委員会でやっているんだからと言ったら、いや、これは厚生労働省の法律に基づいて、それぞれ全国の自治体が計画を立てなきゃいけないという話で、要するに子育てのこと。
 これはまた、さっきから幼稚園教諭や保育士のいろいろな関係の議論があったが、また、子育ても自治体にとっては、次から次と屋上屋の計画が出てくるものだから、正直言っていいかげんにしてほしいなという感じ。我々の仲間もそういう意見を吐く人が多く、これは文部科学省と厚生労働省の両省がもう少し情報交換して、現実の末端の自治体は一本化してほしいと思っている。私は正直言って、子育ては教育化していかなきゃいけないと思っており、簡単に言うと、保育園の幼稚園化。そういうことを言う我々の仲間はとても多い。だから、そういうことについて、私は子育てというのは、こうあるべきだという国民的な議論を喚起するような強いメッセージを文部科学省から出してほしいということを思っている。
 それから、もう一つは、まちというのは大小に関わらず、とてもポテンシャルのあるものでして、生涯学習がよく出てくるが、私は、まちは生涯学習の教室だと思っている。多くの住民、市民の皆さんが、おのずと教育力を持っているもの。そういうものを上手に引っ張り出していただき、やはり家庭教育、地域教育との相乗効果というか、相互作用を生むようなシステムをつくることが大事だと思っている。もう少しまちの持っている潜在力を上手に引っ張り出すようなネットワークができれば、そんなに難しいことではない。特に最近、どのまちでも生涯学習とか、市民大学とか、ボランティアが年々盛んになってきて、そういう子どものことなら、特に幼児のことなら、自分もボランティアでもやりたいという御年配の人が本当にいる。そういう人たちの力を借りるような具体的な施策を展開してみたいということを考えている。
 三つ目だが、教育委員会で考えるというか、議論をするプロセスをいただきたい。ポンと文科省で決めてしまわれて、こうだというのではなく、結論を出さなくて、考えるプロセス、議論するプロセスが欲しい。私どもはここでいろいろ考えることができたら、例えば一つの具体例だが、学習指導要領は最低基準としたということは、すごいブレークスルーだと思う。教育委員会が考えることができるようなことを、幼児教育にも一つのチャンスとして与えてほしいと思っている。

委員 先ほど総合施設が原則0歳〜5歳だけれどもという話の中で、企業のことが出てきた。それから、今度は地域をもっと、まちをもっとというようなお話が出てきた。今日配っていただいた資料の中に、国公立幼稚園長会で出している子育て支援の報告書があるが、「子育てトーク」という、本音で語り合いましょうというような会を全国何ヵ所かで催したときに、森上先生という方が何ヵ所かで講演してくださった内容がまとめられてある。その中で、「子育てへの父親の参加と企業の責任」ということで、大変端的に企業の責任と協力が重要となるということが書かれている。本当にそうだと思う。
 それから、「地域の再生と支え合いの子育て」という地域のことも出ているし、また、「子育て支援は『地域再生支援』でも」あるというように、そういったことが大事だということが書かれている。
 国公立幼稚園長会も、子育て支援は子育ちの支援でもあるし、親が育つための親育ち支援だととらえていて、そのスタンスで、こういった報告書を出している。また、国公立の幼稚園で行っている子育て支援をまとめて、八つの子育て支援のモデルプランを出している。
 それから、この中で、意識調査を6,000人規模の保護者、それから全国の国公立幼稚園の延長を対象に意識調査をしており、保護者の気持ちと園長の思いのとらえとどころがずれているんだろうかという、そういったずれも明らかにしている。また、実態調査の中に、保護者がつらいと思ったときに虐待につながるような、「しつけようとして子どもをたたくことがあった」「つい感情的にたたくことがあった」という回答が、44.7%、38.9%ということで、4割近くの方が虐待につながるような危険信号を発している。ここに今年度注目して、こういったときに、本当は親はどんな気持ちだったのだろうかとか、それから行政だけではなく、私どもは何ができるのかということを、生の声とともに出してある。この生の声をぜひ皆さんに見ていただき、幼稚園で、あるいは総合施設で、あるいは保育所で何ができるということを考えていけたらいいと思っている。こういった子育てに関わっている方々の生の声がわからないでは、子育て支援の何たるかを論じても始まらないと思うので、こういったことを参考にしながら、本当の意味での子育ち、親育ちができるような支援が総合施設ではできるといいと思っている。

委員 正直に申し上げれば、この総合施設というのは非常に重要な問題で、急いでどたばたやっていいことではないと本当は思っている。しかしスケジュール的には決まっているし、やむを得ない、それはやむを得ないところはわかる。しかしながら、文部科学省も家庭教育の重要性ということを言っている以上、やはり無条件にすべての総合施設において0歳児、1歳児を受け入れるという形をとるというのは、やはりまずいのではないだろうか。それは部分的にそういうものが必要だということは当然わかる。
 もう一つ、本当はこういった総合施設などを具体化していくのに先立って、学校教育法第1条において、幼児教育について、あえて幼稚園教育でなくて結構だが、幼児教育の重要性ということを言っていただいて、そこに幼稚園だけでなくて、保育所を入れて、あるいは総合施設を入れたって結構だから、順序性に従って、本当に大事なんだということを国民的にしっかりアピールしておくことが、これは欠くことのできない大切さだと思う。
 それから、子育て支援はやっていかなければいけないと思う。私ども幼稚園も一所懸命やるが、この総合施設においてもやらなければいけない。しかし、その場合でも、いわゆる開所時間の原則というのは8時間を限度にするとか、子どもの視点に立って子どもの権利を守るという観点から、やはり主張すべきだと思う。就労支援としてそこに付加するものはあって結構だが、それは極力長時間には及ばないという姿勢をやはり私どもは示すべきではないか。
 それから、総合施設というのは、大前提として小学校入学前の乳幼児にかかわる問題ということになっているはずだが、本日の資料に厚生労働省の放課後児童健全育成事業というのが入っている。漏れ承るところによると、厚労省は、いわゆる学童保育を総合施設に持っていきたいという意図をお持ちのようだが、それは毅然として、これは小学校入学前の子どもを対象とする施設なんだということで、しっかりそれは拒んでいただきたい、かように思う。

事務局 学童保育については、実は小学校の空き教室を使う場合が結構多いが、幼稚園あるいは保育所においても学童保育ができる形になっていて、実際上そういう形で進んでいるところも幾つかある。だから、ここで考える場合、あくまでもその機能をどう考えるかについては、設置者の自主性なり地域の状況を踏まえた上で判断できる、そこをポイントとして考える必要があろうかと思っている。また、逆にこれだからこういう形で義務づけるというよりも、むしろそれぞれの状況に応じたような多様な展開、自主的な取組ができるということを基本に考えるということがベースになるかと思っているところである。

午後5時11分 閉会


(初等中等教育局幼児教育課)

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