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第1章 今なぜ,青少年の意欲を高め,心と体の相伴った成長を促す必要があるのか

1.意欲を持てない青少年の増加への懸念【意欲を持って自立への素養や力量を培う青少年期】

  •  青少年期とは,好奇心にあふれ,希望に満ち,失敗や挫折を繰り返しつつもそれらに屈することなく前向きに挑戦し続け,そうした試行錯誤の中で意欲を持って自立した社会人の基礎となる素養や力量を培う時期である。
  •  現代の青少年の中にも,成績や進路に悩みつつも将来の夢を自分なりに抱き,分からないことをもっと知りたいという意欲を持ち,スポーツや芸術など多様な趣味に打ち込む姿が数多くみられる。また,友達や家族等との人間関係を大切にしつつ,仕事に対して「今の職場が発展するように進んで与えられた以上の仕事をしたい」と考え意欲的に取り組む者も少なくない。

【意欲を持てない青少年の増加への懸念】

  •  しかしながら近年,学力調査の国際比較(図1,2)やフリーター・ニート(注3)数の推移を通じ,学習意欲や就労・勤労意欲の低い青少年が増えつつあるのではないかという懸念が生じている。また,学習や労働といった具体的な対象への意欲の減退だけでなく,成長の糧となる様々な試行錯誤に取り組もうとする意欲そのものが減退しているのではないかとも懸念されている。
     その背景には,青少年の自己肯定感の低さや,「大人になりたくない」という現状への安住志向,慢性的な疲労感やあきらめ,集中力や耐性の欠如が見られるという指摘もある。
     加えて,青少年自身の意識に,将来に備えるよりも現在の生活を楽しみたいという傾向や,負担感や不安感,自信のなさから大人になりたいと思わない傾向が見られることを示す調査もある(図3〜6)。
     文部科学省が平成17年に全国各地の学校で実施したスクールミーティング(注4)においては,保護者や教職員から,外で遊ばなくなりテレビやゲームの時間が長いこと,睡眠時間が少ないこと,実体験が少ないことなどの青少年の生活の実態が指摘された。また,我慢できずにすぐにあきらめる傾向があること,主体性がなく受け身であること,学習意欲が低下していること,基本的な生活習慣が身に付いていないこと,基礎学力・コミュニケーション能力・体力が低下していることなどが,現在の青少年の問題点として挙げられた。
  •  現代の青少年は,「欧米に追い付き追い越せ」といったかつての風潮に代表される,より良い生活のためにはある目標に向かって絶えざる努力を続けなければならないという意識を持たなくてもある程度快適な生活が可能な豊かな社会に生きている。意欲が減退していると懸念される青少年の傾向は,こうした現実生活を通して青少年が抱く,人生に対する安易な認識の現れとみることも可能かもしれない。しかし一方でそれは,青少年が大人になることへの嫌悪感や負担感,あるいは不安を抱き,変化が激しく不確定な未来から逃避しようとしていることの現れとも考えられる。
     なお,こうした現状への安住志向といった青少年の傾向は,日本固有の問題ではなく海外先進諸国においても同様の傾向が見られるとの指摘もある。

我が国の高校生は,諸外国と比較して学ぶ意欲や学習習慣に課題がある。

図1 数学で学ぶ内容に興味がある生徒の割合

図2 学校外で宿題をする時間
OECD(経済協力開発機構)
『生徒の学習到達度調査(PISA)平成15年調査』

中高生は,諸外国と比較して将来志向の生活意識を持つ者が少なく,親世代と比較して将来よりも今の生活を重視する者が多い。

図3 価値観(生活意識)
財団法人一ツ橋文芸教育振興会、財団法人日本青少年研究所
『高校生の友人関係と生活意識調査報告書』(平成18年)

図4 生活の目標
NHK放送文化研究所
『中学生・高校生の生活と意識調査』(平成15年)

中高生の半数以上は早く大人になりたいとは思わず,大人になることへの負担感や不安・自信のなさを感じている。

図5 早く大人になりたいか

上図で「そうは思わない」と回答した者について

図6-1 大人になりたくない理由(中学生)

図6-2 大人になりたくない理由(高校生)
NHK放送文化研究所
『中学生・高校生の生活と意識調査』(平成15年)

【意欲を持てる青少年と持てない青少年の二分化への懸念】

  •  青少年の意欲に関しては,意欲を持てる青少年と持てない青少年の二分化が進んでいるという実態がある。具体的には,青少年の間に意欲的に運動する者としない者の二分化が近年目立っており,それらが体力の差として明らかとなっていること(図7)や,学校外で長時間学習する者と全くしない者に二分化する傾向が見られること(図8),自然体験の多い青少年は生活体験や家事にも積極的に取り組んでいるが,逆に何事にも取り組むことのない青少年は漫然と過ごしていることなどが明らかになっている。

【すべての青少年が意欲的な生活を送るために】

  •  ここで我々は,意欲を持てる青少年と持てない青少年の二分化が進んでいることをとらえて,青少年全体を一律に問題視することは慎むべきである。意欲は外面に現れにくいため,青少年の意欲をめぐる実態を把握することは難しいという前提に立ちつつも,それが反映したものである青少年の実像はできるだけ的確にとらえることが重要であると考える。
     我々は,すべての青少年が意欲的な生活を送ることを願っている。このため,意欲を持てない状況にある青少年に対して,その原因や背景を正確にとらえた上でその改善方策を示すとともに,意欲的に生活している青少年の意欲を更に高める方策を検討すべきである。

運動部やスポーツクラブに所属する者としない者では,体力・運動能力に差が見られる。

図7-1 運動部・スポーツクラブ所属の有無別新体力テストの合計点(男子)

図7-2 運動部・スポーツクラブ所属の有無別新体力テストの合計点(女子)
文部科学省
『体力・運動能力調査報告書』(平成17年)

成績等が下位になるほど,家庭学習を「ほとんどしない」割合が増え,学校段階が上がるにつれ,家庭学習をする者としない者に二分化する傾向がある。

図8-1 平日における家庭での学習時間(小学生)

図8-2 平日における家庭での学習時間(中学生)

図8-3 平日における家庭での学習時間(高校生)
※成績(小・中学生)は,国語・算数(数学)・理科・社会・英語(中学生)の自己評価の合計点によって三区分し,高校については偏差値によって三区分したもの。
ベネッセ教育研究開発センター
『子ども生活実態基本調査報告書』(平成17年)

2.青少年の自立への意欲に対する社会的期待と大人の責任【社会から期待されている青少年の「自立への意欲」】

  •  我々が何に対して意欲を持つかということについては,本来,個人の生活や人生の各場面において自由な意志の下に選択するものである。
     ただし,我々は私人であるとともに元来,社会的存在でもある。つまり,社会の中で必ず何らかの役割を担い,その責任を果たすことにより社会を構成する一員として自らにどのような価値や意義があるのかについての明確な意識を得られるという存在である。
     社会の存立や発展も,青少年が社会的存在として社会への参画を果たすことにより,将来に向けたより確固たる基盤を備えられることになる。すなわち,青少年が社会で一定の役割を担おうという意欲を持ち,社会的存在へと成長することが,社会から期待されていると言える。
  •  ここで我々は,青少年が社会から期待されている役割を果たすために必要とされる意欲を「自立への意欲」と称したい。
     「自立への意欲」とは,進学するために学習したり就職するために準備したりといった具体的事象に対して発揮されるだけでない。そのような学習や準備に至る前の段階において,例えば何事にも興味や関心を抱き探求しようとする心持ちや,興味や関心を持った物事に具体的に取り組んでみようとする気構え,社会の一員としての自覚と責任を持ち,社会のルールやマナーを学び,それを守るとともに,積極的に社会とかかわる態度を培うことなども含まれる。
【青少年の自立への意欲に対する大人の責任】
  •  青少年が自立への意欲を社会的に期待される方向に向けられなかったり,あるいは現状に安住して漫然として何も行動せず,自立に向けて成長するのを避けたりする状態を,「現代の世界的潮流」や「個人の選択の自由の問題」であるとする意見もあるが,このような状態は放置されてよいものではない。
     青少年の成長には,家庭環境,学校や地域の状況,雇用環境,社会の風潮など,社会を構成する大人側の論理,価値観や行動の在り様等が深くかかわっている。にもかかわらず,最近の社会においては利益至上主義や企業モラルの欠如による相次ぐ企業の不祥事や,高齢者等をねらった詐欺事件の横行などに見られるように,大人の在り方に問題があると言わざるを得ない状況にある。こうしたことが,大人になることへの嫌悪感や不安感といった青少年の反応・感じ方に大きな影響を及ぼしていると考えられることを踏まえると,我々大人には,自立への意欲に課題がある青少年に対して,成長する過程で何らかの困難に直面しているととらえ,手を差し伸べるべき責務があると考える。
  •  また,次代の担い手である青少年が,社会で一定の役割を積極的に担うよう成長することは,急速に少子高齢化が進み,諸外国に先んじて「大人より子どもが少ない社会」となる我が国社会の活性化と持続的発展のために必要不可欠である。このため,青少年が自立への意欲を持てるようその成長を促すことは,社会全体の重要な課題であるとして,すべての青少年を「社会の子」としてとらえ,その成長を社会全体で支えていくべきである。
  •  その際,我々大人は,青少年の自立への意欲を高めるためにこれまで何をしてきたのか,あるいはしてこなかったのか,それぞれの立場でいま一度自省する必要がある。
     すなわち,青少年への自立への意欲という社会的期待に対して,家庭でこれにこたえるような子育てを行ってきたのか,学校で児童生徒に自立を目指す教育を行ってきたのか,地域社会は青少年の成長を促し支えるような教育機能を果たしてきたのか。産業界において,若年労働者やこれから就職しようとする青年に職業生活への夢や希望を抱かせるような雇用環境を提供してきたのか,経済活動が青少年の消費生活等に多大な影響を与えていることを忘れたり,彼らの健全な成長への配慮を怠ったりしたことはなかったのか。そして何よりも,青少年の自立をめぐる課題の責任を他者に転嫁していないのか,これらのことを厳しく問い直すべきである。
  •  そして,これまで青少年に対して「自立への意欲を持ってほしい」というメッセージを真剣に発してきたのか,青少年が生き生きと多様な活動をする中で成長するよう支援してきたのか,社会で一定の役割を果たしている姿を青少年に示してきたのか,我々大人一人ひとりが,自らの在り方を問い直した上で,今後具体的に何をすべきかを検討し,行動に移すべきである。

3.青少年の成長過程全体にわたって心と体の相伴った成長を促す意義

【身体、心情と知性の相互作用】

  •  青少年期には,身体機能とともに情緒面や知的能力がそれぞれ発達し統合されていく。この時期には,自分の身体を動かし五感を駆使していく中で様々な発見や学習をしたり,達成感や満足感を得たり喜びや悔しさを感じたりするとともに,こうした経験が新たな興味・関心を呼び起こすなど,身体,心情と知性が相互作用を起こしながら発達していく。
     このため,青少年が活力を蓄え,意欲を発揮し自立に向けて成長していくためには,心と体が良い影響を及ぼし合いながら相伴った成長をするよう促すことが極めて重要である。

【成長過程全体にわたって調和の取れた成長】

  •  その際,思春期にはそれまでの心と体のバランスが崩れ,様々な体験や学習を通じて青年期以降に向けた新たなバランスが構築されるなど,身体,心情及び知性の発達には発達段階に応じた特徴があることに留意する必要がある。また,青少年期にはだれしも,その時々に直面する状況により,一時的に心と体のバランスを崩したり,意欲を失ったりすることがあるという前提に立つことが大切である。さらに,思春期や青年期に自立への意欲を持てなかったり,成長に当たって困難を抱えていたりする青少年には,乳幼児期を含めたそれまでの育ちの過程で直面した課題を解決できないまま抱え続けている者が少なくないことにも留意すべきである。
     このため,青少年の自立への意欲を高めるためには,社会参画期や心と体のバランスを崩した時期などの特定の時点だけでなく,乳幼児期を含めた青少年の成長過程全体にわたって心と体の調和の取れた成長を促すことが重要である。

【様々な体験活動の意義のとらえ直し】

  •  また,青少年の自立への意欲を高めるに当たって,例えば運動能力の向上という視点でとらえられることの多かったスポーツや,豊かな心の育成という視点でとらえられることの多かった自然体験等の様々な体験活動について,青少年の心と体の相伴った成長という観点から,その意義を改めてとらえ直すことも必要である。
  •  特に,知育優先の考え方は,青少年期における遊びや様々な体験の意義を軽視し,それらの機会を幼児期から減らしてひたすら知識を詰め込む学習を強いるといった影響をもたらす。このため,学校教育においては,自ら学び自ら考える力の育成を図ることを目指し,体験的な学習や問題解決的な学習に取り組んでいる。
     一方,親が子どもに期待する内容を国際的に比較すると,我が国においては「学校でよい成績をとること」を期待する割合はそれほど高くはない(表1,図9)が,実際には多くの親が数値に表われる以上に強く望んでいるのではないかとの指摘もある。このことから,我々大人は,知育に偏った早期教育を強いることのないよう,また,知識偏重の風潮を助長することのないよう,自らの在り方を常に問い直していくべきである。

子どもが学校でよい成績をとることを強く期待する親の割合は,日本は他国と比較してそれほど高くない。

表1 親の子どもへの期待「強く期待する」割合

図9 子どもが「学校でよい成績をとる」ことへの親の期待の度合い
表1,図9いずれも独立行政法人国立女性教育会館
『平成16年度・17年度家庭教育に関する国際比較調査』
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