ここからサイトの主なメニューです

人社系大学院の目的とそれに沿った教育研究の在り方について
[人社系ワーキング・グループ報告書]

1.人社系大学院の目的・役割

<博士課程の目的・役割>

  •  人社系大学院の博士課程においては、従来、教員養成分野を除いて、その前期・後期を通じ、研究者を養成することを基本に大学院教育を行ってきた。
     最近では、以下のように、様々な事情から大学院に多様な学生が進学し、特に博士課程(前期)について、学生が求める教育機能が多様化しつつある。
    • 社会学分野の博士課程(前期)では、社会調査士の資格取得を目指す学生が多い。
    • 心理学分野において、修士の学位は臨床心理士の資格取得に不可欠となっている。
    • 教員養成分野の修士課程は現職の教員の再教育機能を、また、近年設置された教員養成分野の博士課程は、大学教員の養成機能を期待されている。
    • 経済学分野では、多様な動機の下に様々な学生が進学することから、これに対応した教育機能の整備が期待されている。
  •  このため、区分制博士課程では、当面、同一専攻の中で、博士課程の前期・後期を通じた研究者養成プログラムと、博士課程(前期)を終えた段階で就職する学生のための高度専門職業人養成プログラムを併せ持つなどの工夫が必要である。
  •  研究者養成プログラムでは、将来、それぞれの専門領域において研究者として自立できるだけの幅広い専門的知識と、様々な研究手法(研究に必要なフィールドワークや文献調査のデザイン等)や研究遂行能力、更には専門分野を超える幅広い視野を修得させる必要がある。
     その場合、5年一貫制博士課程のみならず、区分制博士課程においても、その前期・後期を通じて一貫した体系的な教育課程を編成することが求められる。
  •  国際的に見て、我が国の大学院に占める人社系の割合は極めて低く、このことが、我が国の大学の人材養成機能や研究機能の更なる充実・強化や、ひいては社会の発展を目指す上での一つの大きな障害となり得る可能性を十分考慮し、中長期的に人社系の大学院の拡充に向けての積極的な取組が必要である。
  •  この点、人社系大学院は、世界的な規模での経済不安、環境問題、政治対立等の現代的諸問題の分析・解決への積極的な貢献が求められており、例えば、歴史、言語、民族、文化等を中心としてきた地域研究の分野は、これらの領域に加え、国際政治、開発経済等の領域とも連携・統合しつつ、各地域ごとの人材育成・研究の拠点としての大学院の整備を進めることにより、各分野の研究者や国際機関等における専門家等の育成が期待される。

<修士課程及び専門職学位課程の目的・役割>

  •  「大学院部会における審議経過の概要」(平成16年8月12日)では、修士課程の目的・機能の一つとして、知識基盤社会を多様に支える高度で知的な素養のある人材層の養成を示している。このような人材の養成に当たっては、主として人社系大学院の修士課程が中核的な役割を果たすことが期待される。その際、生涯学習の機会を広く国民に提供する観点から、特に社会人等の受入れを念頭に置いた専攻を設置することなども必要である。
  •  さらに、近年、特に東アジア地域において、急速な経済成長等を背景に環境破壊、ゴミ処理、食品安全等が深刻な社会問題となっており、人社系大学院の修士課程においては、こうした国々の行政官等を留学生として受け入れ、再教育する役割が求められている。同様に、国内の公共部門における人材養成への取組も期待されている。
  •  専門職学位課程は、社会の各分野において国際的に通用する高度専門職業人の養成に特化した課程であるが、とりわけ社会科学分野を中心に、今後、その大幅な拡充が期待される。その際、設置の構想段階から、大学と関係の業界や職能団体とが十分に連携しつつ、社会の要請を十分に見極めるとともに、同時に、大学院における専門職学位課程として相応しい教育水準が維持されることが重要である。
  •  なお、経済・経営・商学分野、臨床心理分野をはじめ、社会科学分野を中心に、既存の修士課程については、社会的な要請や産業界のニーズを的確に把握しつつ、各研究科・専攻が養成しようとする人材像を明確にしていく中で、必要に応じ、専門職学位課程への転換を積極的に進めることが期待される。また、国においても、制度創設から間がない専門職大学院制度の普及・定着を図るために、積極的な支援を講じる必要がある。

2.課程制大学院の趣旨に沿った教育課程や研究指導の在り方

(1)教育・研究指導の在り方について

<博士課程及び修士課程に共通する教育・研究指導の在り方>

  •  人社系大学院における教育・研究指導には、これまで、ややもすると学生の教育がそれぞれ特定の研究室の担当教員による個人的な指導に過度に依存する傾向も見られた。しかし、先に示したように各課程の目的と教育内容を明確にしつつ、教育・研究指導を実効性あるものにするためには、各専攻において授業内容を体系的に編成するなど、組織的に教育を計画することが求められる。
  •  人社系大学院の各専攻における教育プログラムを、課程制大学院の趣旨に相応しいコースワークとして機能させ、体系的な教育を提供するためには、例えば以下のように、組織的に教育活動を展開することが必要である。
    • 各専門分野に関する専門的知識を身に付けるための体系的な教育プログラム
    • 幅広い視野を身に付けるための関連領域に関する教育プログラム
    • 自立的な研究者として必要な能力や技法を身に付けるための教育プログラム
      (例えば、各分野ごとに研究テーマを設定し、それに応じて研究に必要なフィールドワークや文献調査のデザインを行わせる 等)
    • 最終的に体系的な学位論文を作成することに向けて、その前提となる研究計画の作成や研究の途中経過のまとめなど、研究過程の中間的な段階を設定し、それぞれ設定された水準を満たすことを求める仕組み
  •  大学院に進学する学生の学力の実態を踏まえるとともに、特に他分野出身の学生の学修歴にも配慮して、大学院に進学後間もない段階で、専門分野に関する基礎的な教育を行い、当該分野に関する知識及び研究を遂行するための方法論を確立させることが必要である。
  •  大学院修了後、それぞれの専門分野において活躍するためには、当該専門分野に関する学習の基礎を培うとともに、幅広い視野や基本的な思考力を持つことも必要である。このため、知識基盤社会を支える人材に相応しい豊かな教養や論理的思考力を養う観点から、大学院修了までの間に、例えば、哲学、倫理学等の分野についても履修することが望まれる。
  •  なお、教育学の分野においては、例えば、教育行政学を専攻する学生には地方公共団体と連携したフィールドワークを、また、教育方法論を専攻する学生には研究授業を求めることが考えられる。また、教員に求められる資質が高度化しつつある現状を踏まえ、教員養成系大学院の現職教育機能を向上させるためには、各大学院と地域の教育委員会や学校との連携を一層深めることが不可欠である。

<博士課程における教育・研究指導の在り方>

  •  優れた研究者を養成する観点から、博士課程の前期・後期の5年間を通じた体系的な教育課程を編成し、その上で、博士課程(後期)にあっては、個別教員による適切な指導に重点を置くなどの工夫が必要である。
  •  分野によっては、必要に応じて、博士の学位を取得するまでの間に、サマー・インスティテュートや学会等を含め、一定期間外国の大学等で教育やトレーニングを受ける機会を提供したり、国内外の学術雑誌に英語論文を投稿するよう促すことが有効である。
  •  大学院生の進路の多様化に対応するため、5年一貫制博士課程であっても、博士の学位を取得することなく退学しようとする者に対し、必要に応じて、適切な進路指導を行うとともに、少なくとも修士の学位の取得を支援する取組を講じることも必要である。

(2)修得単位数に関する大学院設置基準の改正について

  •  大学院において修得すべき単位数及び単位計算方法については、大学院設置基準の定めによるところであるが、特に現在は、学部の単位計算方法(1つの講義・演習につき、15時間から30時間までの範囲で大学が定める時間の授業をもって1単位となっていることなど)に準じている。
     今後、大学院におけるコースワークの充実を図る観点から、分野の特性に基づき、例えば、研究者として必要な研究手法や研究能力を身に付けるためのフィールドワークや文献調査のデザインを定期的に行わせるような場合、講義と実習を合わせて1単位とするなど、単位の考え方を見直すとともに、修得すべき総単位数などについても併せて見直すことが必要である。

(3)博士課程(前期)の修了要件及び同後期課程への進学について

  •  博士課程の学生の大学院における学修の集大成は博士論文の作成であることを踏まえ、博士課程(前期)の修了時においては、修士論文作成による過度の負担を軽減しつつ、5年間の教育が有機的につながりをもって行われることが求められる。
     このためには、博士課程(後期)に進学するに当たって、1修士の学位を取得していることを要件としないこと、2修士の学位の取得を要件とするが、修士の学位の取得に当たっては口頭試問等により修士論文の作成を求めないこと、という2つの方法が考えられる。
     なお、その場合であっても、論文を読み、それをまとめる訓練を積むことは研究者としての資質を涵養する上で重要なことであり、その意味では、従来の修士論文の執筆が研究者としてのトレーニングを積む上で大きな役割を果たしてきたことに留意して、新しい教育・研究指導の工夫を検討すべきである。
  •  修士課程又は専門職学位課程を修了し、高度専門職業人として社会に出た後に、博士課程(後期)に進学した学生に対しては、研究者として必要とされる実験・論文作成をはじめとする研究手法について、補完的な指導を適切に実施するなどの配慮が求められる。
  •  人社系の博士課程(前期)を終えた段階で就職を希望する学生のためのプログラムにおいては、原則として修士論文の作成を求めることが適当であるが、分野によっては修士論文と同等の教育又は研究の成果をもって修了要件として設定できることとすることが求められる。

(4)博士課程の修了要件及び学位の取扱いについて

  •  人社系の大学院における教育効果をより高め、学位授与の円滑化を図るとともに、学位取得に至るまでに必要とされる学修や研究活動の内容・成果を学生が事前に理解できるようにするためには、学位論文に係る研究についての中間発表、学生の研究遂行能力を適切に把握するための専門分野及び周辺分野の理解度に関する口頭試験の実施、論文公聴会、論文審査会等の中間的な段階を適切に設定していくことが有効である。
  •  課程の修了に必要な単位は修得したが、標準修業年限内に博士論文を提出せずに退学したことを、いわゆる「満期退学」又は「単位取得後退学」と呼称し、制度的な裏付けがあるかのような取扱いは、課程制大学院の本来の趣旨にかんがみると適切ではない。今後、課程制大学院の趣旨の徹底を図り、自立した研究者として一定の能力を備えていると認められる者を厳格に認定し、認定された者に対しては積極的に学位を授与することを通じ、学位の質を維持しながら、このような取扱いを順次解消していくよう関係者に促すことが必要である。
  •  一部の大学においては、博士課程退学後、一定期間以内に博士の学位を取得した者を「課程博士」として取扱っている。このような取扱いの背景には経済的事情等があることが考えられるが、例えば、1各大学の判断により、標準修業年限を超えて在学する必要のある学生に対して授業料負担の軽減措置を講じつつ、何らかの形で博士課程への在籍関係を保ったまま論文指導を継続して受けられるよう工夫すること、あるいは、2課程修了後、課程博士の趣旨を損なわない範囲で、分野の特性に応じて一定期間内(例えば、3年を超えない範囲)で課程博士を授与するための統一的な基準を学協会等で定めること、などにより、学位制度や課程制大学院の趣旨に則った取扱いが行われるよう、改善、努力が求められる。

(5)論文博士制度について

  •  我が国の「論文博士」の制度は独自のものであって、これまで、学位制度の上で大きな役割を果たしてきた。しかしながら、今後、課程制大学院の実質化を進めていくという観点、また、学位の国際的通用性を確保するという観点から、これを廃止することについての検討が必要である。
     その際、各大学院において「博士候補(仮称)」制度(学位取得プロセスにおいて、学生が一定レベルに達し、学位取得の見込みがあると認められる場合、そのことを明らかにする制度)を設ける等の工夫を講じるなど、制度の変更に伴う諸問題の緩和方策の検討が必要である。
  •  これに併せて、様々な事情により博士課程在学中に学位論文を提出できない場合があり、また、学問分野によっては学位論文の作成に相当の時間を要する場合もあるため、現に論文博士の制度を前提として研究を続けている者もいること等から、課程博士の授与状況を踏まえ、廃止に至るまでの条件整備や期間について検討することも必要である。さらに、日本学術振興会において、アジア諸国を対象とした「論文博士号取得希望者に対する支援事業」が実施されていることとの整合性についても整理が必要である。
  •  研究者として自立して研究活動を行いうる能力を身に付けた者に博士の学位を授与するという考え方を再認識した上で、各大学において博士論文の要求水準の在り方についても検討することが期待される。

(6)教員の教育・研究指導能力の向上方策について

  •  大学院の教育を実施するに際しては、各教員の間で学生に対する教育の在り方についての共通理解を図るとともに、当該専攻としての指導能力を高める必要がある。このため、教員に対する研修などのファカルティ・ディベロップメント(FD)の実施が必要であり、その上で、教員に対する評価としては、研究実績だけでなく、教育に対する能力の評価が求められる。
  •  大学教員を目指す大学院生の教育力を育てるとともに、学部教育の活性化を図るため、大学院生にTA(ティーチング・アシスタント)等として、学部生などを対象とする教育支援活動を経験させる機会を確保することが必要である。
  •  各大学においては、大学院の教員組織を、課程制大学院としての体系的かつ組織的な教育活動を実施するのに相応しいものとなるよう見直すことが求められる。また、博士課程においては、研究能力の育成のみならず、学生に対する優れた指導力を備えた大学教員の育成という視点にも十分配慮した教育を行うことが求められる。
  •  教員の資質を向上させ、教育研究を活性化させる観点から、積極的に任期制を導入すること、教授等についてテニュア制度を導入し適切に運用すること、また、可能な限り教授等の採用について幅広く公募制を導入することなど、教員人事の工夫・改善を講じることが求められる。
  •  専門職大学院の拡充を図っていくためには、優れた実務家を大学教員として活用することが不可欠だが、その際には、専門職大学院の教員として必要な教授能力等を身に付けるための研修の機会を充実するなどの工夫が必要である。

3.学生に対する経済的支援

  •  優秀な学生の博士課程への進学を促すため、学費免除の予約手続を見直すことや、予約奨学金の拡充を図ることが必要である。
  •  今後、特に創設間もない専門職大学院制度の活性化を図るためには、国公私立大学を問わず、各専門職大学院が個性や特色を発揮しながら、互いに競い合える環境づくりを進めていくことが重要である。このような観点から、学生に対する経済的支援や、大学に対する支援策などを適切に講じていくことが求められる。
  •  理工農の分野や医療の分野では、大学院生に対する経済的支援が、従来からの独立行政法人日本学生支援機構による奨学金に加え、国立大学の運営費交付金や私学助成に含まれるTA・RAの経費や競争的資金に含まれるTA・RAにより行われるようになってきている。そのような状況の下、人社系の特質を踏まえ、大学院生に対する経済的支援を拡充すべきである。

4.大学院の教育研究環境の整備

  •  今後、専門職学位課程の増設など人社系大学院の機能の分化と拡充が見込まれる中で、教員組織、教材、文献等資料、設備、スペースなどの教育研究環境の充実が極めて重要となり、これに対する国等の支援が必要である。
  •  また、社会人学生を含め、大学院生の多様な学習ニーズに応えるためには、マルチメディア教材や電子化図書の活用、e-Learningの導入なども有効であり、このため、学術情報も含めた情報インフラの整備が必要である。
  •  なお、全ての大学で、あらゆる学問分野の大学院を設置し、そのいずれについても高い教育研究水準を維持していくことは、必ずしも容易でなく、むしろ、各大学の判断によって、特定の分野に焦点を当てたり、養成すべき人材像を特化したりすることにより、個性豊かで多様な人社系大学院の設置を促すための制度上の措置や財政上の支援策を講じる必要がある。

5.大学院評価の在り方

  •  各大学院の人材養成の目的に沿った教育の課程の組織的展開の強化が一層図られるよう、実効性ある大学院評価を早期に確立していくことが必要である。
  •  評価の実効性を高めるためには評価の客観性が不可欠であり、そのためには、各大学院において、授業の受益者である学生による授業評価と、特定課題への対応について評価する評価委員会等による評価を適切に行い、その結果を公表することが重要である。
  •  学校教育法に基づく認証評価制度においては、現在、専門職学位課程だけが、大学全体とは別に対象とされている。大学とは別の大学院だけの事後評価、あるいは分野別の大学院の事後評価については、当面、学協会が中心となって専門分野別事後評価のシステム作りに取り組むことが期待される。また、このようなシステムを構築しようとする団体に対する財政支援の検討を行うことも必要である。
     さらに、専門分野別事後評価システムの運用に当たっては、例えば、博士課程(後期)に限って、設置認可申請の際に行われるような教員個人の教育・研究指導能力についての評価を行うことも有効である。
  •  専門職大学院が設置されているにもかかわらず、認証評価団体が存在しない分野がある状況を解消し、全ての専門職大学院について、関係する業界や職能団体と十分に連携した認証評価団体による評価を実施できる体制を整えることが強く求められる。
  •  大学院の評価においては、最低水準の保証を行う評価のほかに、水準の高い取組を見付け、これを普及させるための評価を確立するとともに、教育活動、研究活動の双方にわたって多面的な評価が行われることが必要である。

6.その他

  •  例えば工学分野では、学協会を母体として財団法人日本工学教育協会が結成され、大学院教育についても様々な活動を展開している。人社系の各分野においても同様の形で、学協会を母体にした大学院教育の改善、充実のための取組を促すとともに、このような活動に対しても競争的研究資金を配分できるようにすることが有効である。

前のページへ 次のページへ


ページの先頭へ   文部科学省ホームページのトップへ