1.徳育の意義・普遍性

(1)徳育の意義

(徳育の目的)

○ 教育基本法では、第一 条において、教育の目的(※1)を、 「人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の 形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成」と定めている。そして、第二条においては、教育の目標(※2)を、知・徳・体の調和のとれた発達を基本に、自主自律の精神や、自 他の敬愛と協力を重んずる態度、自然や環境を大切にする態度、日本の伝統・文化を尊 重し、国際社会に生きる日本人としての態度の養成と、定めている。

○ こうした教育基本法の規定も踏まえると、徳育は、 「社会(その国、その時代)が理想とする人間像を目指して行われる人格形成 」の営みであり、幅広い知識と教養、豊かな情操と道徳心、健やかな身体をはぐくむと いう、知・徳・体の調和ある人格の完成を目指すことが重要であると言える。

(徳育を通じて身につける資質・能力)

○ 小中学校の学習指導要領では、道徳の時間を 要 として、学校の教育活動全体を通じかなめて道徳教育を行うことを定めてい るが、道徳教育の指導内容については、

  • 「主として自分自身に関すること」
  • 「主として他の人とのかかわりに関すること」
  • 「主として自然や崇高なものとの かかわりに関すること」
  • 「主として集団や社会とのかかわりに関すること」

の四つの視点に分けて示している。

○ 徳育を通じて、身につけること が求められる資質・能力としては、

  • 「主として自分自身に関すること」の観 点からは、自己の生き方を探求する力の育成や、生活習慣の確立が、
  • 「主として他の人とのかかわりに関すること」 、あるいは、 「主として集団や社会とのかかわりに関すること」の観点からは、 社会性・人間関係能力の育成、規範意識の醸成等が、
  • 「主として自然や崇高なものとのかかわ り」の観点からは、自然に親しみ、美しいものに感動することや人間の力を超えたも のに畏敬の念をもつ機会を通じた情操の涵養等がある。

 これらすべては、子どもが、知ること・判断すること(知的側面) 、信じること・感じること(情意的側面)を通じて、行うこと (行動実践的側面)につながるものでなければならない。
 すなわち、人が、他者への思いやりの心を はぐくむことを通じて徳を積み、道徳的諸価値を内面において統合し、生涯にわたり自 己の人生を主体的に切り開くことができることが、徳育を通じて身につける ことが期待される資質・能力である。

(社会的存在としての人間と徳育)

○ こうした徳育がもたらす資質や能力は、基 本的には、個人の内面のものであるが、人が社会の中で生きていくという社会的存在で あるからこそ必要なものでもある。生まれたばかりの子どもは、環境に適応し、自らの感覚を発達させながら、心身の機能を高めていく。また、安全で安心できる環境のもと で大人から十分に愛され、信頼されることで情緒を安定させながら、自己の抑制等を学 習し、他者との調和ある行動が可能になっていく。同時に、子どもは発達段階に応じて 、自己の周辺の社会を広げ、主体的に他者とかかわり、正義感や勇気 、忍耐心や惻隠の情(※3)、礼儀正しさ、誠意、克己心等を持つようになり、自らの道徳的価値観を形成していく。

○ このように、人の主体的な自己実現は、自 然環境や社会の価値・規範とそれに対する個人の道徳的価値観との相互作用の中で、両 者が調和することではじめて成し遂げられるものである。したがって、社会、自然や崇 高なものとのかかわりの中で、人が人として生きることを目指し、徳育は実 践されていかなければならない。

(知育・体育・食育との関係)

○ なお、徳育によって身につける「徳性」の 涵養が、人格の完成に欠くべからざるものであることにかんがみれば、徳育と知育、体 育、食育には、具体の実践において、重なり合う部分が存在する。例えば、規範意識の 醸成や公徳心の育成、社会性・人間関係形成に関する能力の育成には、 法規範についての教育や、 社会問題について論理的に分析・思考することは意義あるものである。また、 スポーツ活動を通じて、ルールやチームワークを学ぶことも効果的である。さらには、 食に関する指導を通じて、適切な食習慣を身につけることは、徳育と食育が 重なり合っている領域である。

○ しかしながら、 人の発達や行動についての合理的な 理解や分析がどれほど進もうとも、論理通りにすべての行動が行われるとは限ら ないのが、現実の人の姿である。人間は多くの矛盾や葛藤を抱える存在であり、人がそ の生涯において直面する問題は、知的理解かつとうや合理的な説明だけでは必ずしも解決できない。

○ それでもなお、自己と向き合い、 「志」を持ち続け、主体的に人生を切り開くために不可欠な力を身につけることが、徳育に期待 されるものである。そして、徳育の十分な取組は、知育・体育・食育などの、基盤とな る教育が着実に実践された上で、はじめて期待できるものと考えられる。

(2)どの時代、どの社会においても行われてきた徳育の普遍性

○ 人が、人として、社会で生きていくために は、共通のマナー、エチケット、ルールをはじめとする道徳性を有していなければなら ない。言い換えれば、人間が社会的存在として、円滑に社会生活を営み、人間らしく 生きるために不可欠のものが、道徳性である。

○ こうした道徳性に基づく社会規範などは、 集団の成員から他の成員へと伝えられ、時を超えて継承されていくものである。そして 、世代を超えたルールの継承を担っている徳育は、どの時代、どの社会、どの国においても、訓戒や習俗、法などを通じて行われてきた。我が国においても同様に、古くから 、家庭や社会におけるしつけや様々な習慣や儀礼を通じ、近代においては、国民一般を 対象とする学校教育を通じて、徳育が行われてきた。以下に示す、今も残る様々な家訓 などの教訓、戒律などの中には、人としての在り方に関する共通の要素が示されている 。このように、徳育は、どの時代、どの社会においても行われてきた普遍的な営みである。

~教訓等における徳育の具体的事例~

【「ひびのおしへ」 (抜粋) 】

 ちちははをうやまい、これをしたし み、そのこころにしたがうべし
 ひとをころすべからず
 けものをむごくとりあつかいむしけ らをむえきにころすべからず
 ぬすみすべからず
 いつわるべからず
 うそをついてひとのじゃまをすべからず

(福沢諭吉が自分の子どもたちに示した教訓)

【「什の掟」 (抜粋) 】

 年長者の言うことに背いてはなりませぬ
 虚言をいふ事はなりませぬ
 卑怯な振舞をしてはなりませぬ
 弱い者をいぢめてはなりませぬ

 「ならぬことはならぬものです。 」

(会津藩士としての心構えを定めたもので毎日子どもたちが最後に、 「ならぬものはならぬものです」で締めくくり誓っていた。 )

【「五常」 】

 仁(人に対する思いやり)
 義(人としての 理 、人として正しいことをすること)
 ことわり
 礼(礼節を重んじること)
 智(善悪を正しく判断する知識・知恵)
 信(約束を守り、自他に誠実であること)

(儒教における五つの徳)

【「モーゼの十戒」 (抜粋) 】

 父母を敬うこと
 殺人をしてはいけないこと
 盗んではいけないこと
 偽証してはいけないこと
 隣人の家をむさぼってはいけないこと

(旧約聖書にある、モーゼが与えられた十の戒律)

~公徳心~

 公徳とは、社会生活の中で私たちが守るべき道。
 この世の中で生きていくうえで、他者への配慮 や思いやりを大切にして、社会の中の自分の在り方、生き方を考えることは当然のことです。
 でもいまの世の中、自分だけがよければいいと いう人が多すぎると思いませんか。
 電車やバスの車内での悪いマナー、空き缶やた ばこを無頓着にポイ捨てする人、平気で割り込みしてくる人・・・
 こういう人たちが「公徳心のない人」と呼ばれるのです。

(心のノート 中学校版)

(3)諸外国及び我が国の徳育をめぐる近年の動向

(諸外国の近年の動向)

○ 徳育の営みは、社会の在り方そのものに密 接に関与するものであり、それゆえ、社会全体の大きな関心事であり続けてきた。近年 、諸外国においても、子どもたちの未来、そして国の未来を左右する重要な課題として 教育改革に熱心に取り組んでいる。

○ とりわけ、快適で便利な現代的生活を楽し む一方で、欲望を抑えることなく行動するといったモラルの低下に現 れるような「心の荒廃」 、社会環境に影響を受けた「子どもの荒れ」といった社会問題は、多くの先進国 の共通した課題となっている。こうした深刻な状況の解決を目指し、多くの国において は、現在の子どもの心の健全な成長を目指した徳育の充実に取り組んでいる。

~諸外国における徳育の取組例~

  • アメリカ合衆国では、市民教育、キャラクタ ーエデュケーション、サービス・ラーニングの3領域の徳育を推進しており、連邦政 府においては、各州政府に財政支援を行っている。学校教育においては、こうし た財政支援を受け、各学校において、信頼、責任、尊敬、公正、思いやり、市民性などの人 格的価値に重点を置いた多様な取組が行われている。また、サービス・ラーニングの 領域においては、連邦政府は、教育だけでなく、労働、保健福祉など様々な分野に予 算を割り当てており、全国のボランティア団体が、 各地域で、 学校とも連携しながら子どもたちの 奉仕活動を推進しており、まさに国家を挙げての事業となっている。
  • イギリス(イングランド)では、宗教教育と 、参加と行動性ある市民となるためのシティズンシップ教育や PSHE (Personal, social and health education 、人格及び社会性の発達のための教育・健康教育・経済教育)等 を通じて、学校における道徳教育を推進している。こうした内容は、特設時間や教科 等の様々な場面で実施されており、特に2002年には、 中等学校において、 「市民」の育成をさらに推進するため、全国共通カリキュラムにシティズンシップを必修教 科として位置づけた。また、このような徳育の推進の取組は、学校教育のみならず、 自治体、教会、有志団体などによる若者の自立支援を目指した、ユースワークないし ユースサービスと称せられる社会教育活動においても伝統的に幅広く行われている。
  • フランスでは、学校教育において、 「公民教育」という教科で、小学校1年から高校まで、人権宣言に由来する、民主主義社会の 構成員たるフランス市民としての必要な行動原理や他者との共生、権利義務、個人の 尊厳等を学んでいる。また、社会教育主事に相当するアニマトゥールという有資格者 が、子どもの野外活動やスポーツ支援活動を推進している。このほか、自治体レベル での親の地域教育活動参加も促進しており、自然的・文化的な環境での徳育が行われ ている。さらには、近年、移民家庭の多い地域における青少年非行が多発している中 、子どもの社会化にとって、まずは家庭が重要な場所であるという認識から、親と教 師の連携も含め、家庭教育の充実が提唱されてきている。
  • 韓国では、学校教育において、初等学校1、 2学年(6、7歳)までは「正しい生活」 、初等学校3学年から高等学校1学年 (8~15歳)までは「道徳」という教科を設置するほか、高等学校2、3学 年(16、17歳)では「市民倫理」 、 「倫理と思想」 「伝統倫理」という選択科目を教科書 を使用しながら実施している。また、市民生活においても、例えば年長者に対する敬語使 用の徹底やバス・電車内において高齢者へ座席を譲ること、食事の際には「年長者が 箸をつけるまで待つ」といった儒教文化の伝統と風習が社会や一般家庭に強く残って おり、韓国の子どもの規範意識形成に大きな影響を与えているとみられる。

(我が国の近年の動向)

○ 我が国においても、 「はじめに」に示した提言なども踏まえ、子どもの健やかな発達と徳育の充実に向けた取組が進められている 。文部科学省においては、平成11年度から、一人一人の親が家庭を見つめ直し、それ ぞれが自信を持って子育てに取り組んでいくため、日常生活における家庭教育のヒント 集となる家庭教育手帳を配布してきた。また、児童生徒が身につける道徳の内容を分か りやすく表し、道徳的価値について自ら考えるきっかけとなることをねらいとして作成した、 道徳教育の教材である 「心のノート」を平成14年度より、全国の小・ 中学生に配布している。

○ また、平成18年には、我が国の教育の根 本的な理念や原則を定める教育基本法が、戦後初めて改正された。改正された教育基本 法では、これまでの教育基本法が掲げてきた普遍的な理念は継承しつつ、公共の精神な ど規範意識を大切にすることや、それらを醸成してきた伝統と文化を尊重することなど を明確化している。このように、立法化の動きからも、徳育の推進の動向が見てとれる。


※1 教育基本法
(教育の目的)
第一条教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。

※2 教育基本法
(教育の目標)
第二条教育は、その目的を実現するため、学問の自由を尊重しつつ、次に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。
一 幅広い知識と教養を身に付け、真理を求める態度を養い、豊かな情操と道徳心を培うとともに、健やかな身体を養うこと。
二 個人の価値を尊重して、その能力を伸ばし、創造性を培い、自主及び自律の精神を養うとともに、職業及び生活との関連を重視し、勤労を重んずる態度を養うこと。
三 正義と責任、男女の平等、自他の敬愛と協力を重んずるとともに、公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと。
四 生命を尊び、自然を大切にし、環境の保全に寄与する態度を養うこと。
五 伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。

※3 いたわしく思うこと。あわれみ。(広辞苑)

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