【木村座長】 ありがとうございました。
2つのプレゼンテーション、共通する部分もありましたが、どちらかというと、お金を出す側からのお話が後者の話だったと思います。それでは、どういう観点からでも結構でございます。55分ほどありますので、ご意見を賜ればと思います。
私が興味を持ちましたのは、今のJBIC(ジェイビック)の大学へのリクエストという点ですね。前回ご欠席の渡辺先生はODA研究の大御所ですが、何かコメントございましたらお願い致します。
【渡辺委員】 特に発言を用意してきていないので何をしゃべっていいかわからないんですが、ちょっと回り道ですけれども、私どもの大学で来年から、インドネシアのBAPPENASを通じて、10人の学生というか、お役人を受け入れることになっているんです。円借を通じてでありますけれども、JBIC(ジェイビック)の6ページの資金を使わせていただいてということになるわけでありますけれども、大いにこれを積極化してほしいという感じを強く持っております。
私どもの大学、拓殖大学ですが、6年前に100周年を迎えまして、そのときに百年史というのを編みまして、私も一部分を書かされたんですけれども、賠償留学生のことでありました。私の調査では、1956年であったろうと思うんですけれども、日イ賠償協定が結ばれたと。57年から、57、58、59、60と4年間、賠償留学生が、トータルで700人来たということだそうです。その最大の受け入れ先が拓殖大学だったらしいんです、人数は明記されておりませんでしたけれども。そのような経緯があって、今度、円借で、BAPPENAS経由で役人の受け入れをするのでどうかというお申し越しが、コンサルタントを通じて私どものところにあったという経緯を聞いたわけです。
ところで、その後、非常に不思議な気分に陥りましたんです。といいますのは、57、58、59、60、4年間でインドネシアから700人の賠償留学生、つまり日本人は当時、賠償のお金が払えなかったがゆえに、では教育でお返ししましょうという形で、それで何と、56、57、58、59、60、つまり60年で、それが打ち切られているんです。何ともったいないことをしたかというのが、私の感じ方です。豊かになるのはその後です、日本は高度経済成長に入って。仮に、その成長率に応じた分だけ留学生の数が増えていけばよかったんですけれども、そうはいかないまでも、その4年間、700人という路線を今日まで続けてきたとしたならば、日本とインドネシアの中枢部とのコネクションはどんなにか太くなったであろうと、つくづくそう思うわけです。何ともったいない選択をしてしまったのか。
ご承知のように、円借款はその後はそういうものではなくて、いわゆる生活産業インフラのほうに一挙に移っていって、もちろん、これ自身、東アジアの経済発展に格段のプラスの影響は持ったということはよく知っているんですけれども、一方、人的なつながり、コネクションという面で薄くなってしまったのは、非常に残念だと思っているわけです。
そこで今度、こういう形でだんだん広がりつつあるということは、大変望ましいことでありますけれども、そのような考え方を持ちながら、円借に留学生を使うという考え方を大いに促進してほしいと。つまり、過去に失ったものを、もう一度取り返すつもりでやってほしいと。
東アジアをベースに言えば、もう円借でインフラの時代ではないと。これは言い過ぎかもしれませんけれども、他の地域との相対で見れば、やはりそうだろうと思うんです。東アジアの場合には、円借で留学生を使う、人づくりに使うというところにだんだん移すというのが私は正論なのではないかと思って、今日の橋本部長の話を心強くも聞いていたわけでございます。
【木村座長】 ありがとうございました。
千野さん何か、コメント、ございますか。
【千野委員】 前回欠席をしまして、渡辺先生の次は私だなと、困ったなと思いましたけれども。私も特に準備はないんですけれども、前回、この懇談会の、14年7月に出された最終報告にかかわらせていただいて、それまで、仕事上、あまり文部省と接点がありませんでしたので、文部省というのは、マルドメ派というか、国内のことしか考えていないのではないかという先入観を強く持っていましたが、そうではないんだと認識を新たにしました。
そして前回のときは知のインフラを構築するということに懇談会は力を入れたと思うんですが、これからは、インフラをどう活用するかという、文字どおり、そういう局面に移ってきた、そこが大事になっているのかなという感想を持って説明を聞いておりました。
そこで、名古屋と今のJBIC(ジェイビック)の話で、2つほど質問がございます。まず名古屋の法政センターのことで、6ページの(7)で、タシケントのほうで、日本語による日本法教育の実施ということで、日本語でおやりになるというお話でした。これは、いつも日本というのはほんとうに悩ましいことだなと思うんですけれども、本当は英語でやるほうがはるかに広がりがある場合が少なくない。しかし、私どもは日本語を国語としている限りにおいて、日本語によるということになるだろうと思うんですけれども、相手に日本語を学んでもらってからやるといういわば回り道のプロセスが必要になる。そこで、今後とも日本語を中心的にやっていくということと、そうなった経緯のようなことを、もう少しお伺いしたいと思います。
もう一つは、留学生の、渡辺先生のお話とも若干関係するかと思うんですけれども、私がこのごろ痛感していることは、留学生を受け入れるという計画、そして10万人計画も12万人になったというようなデータの報告がありましたけれども、これからは、実は日本の若者が、特にアジアに出ていって、等身大の日本を見せて、あちらからも学ぶし、こちらからもいろいろ提供する、そういう双方向の交流をやるべき時に来ているのではないかなということを、個人的には痛感しております。12万人対、たしか1万8,000人ですか、送り出す方は圧倒的に少ないという感じを持っております。
以上です。
【木村座長】 一番最後の点については、交流協定に基づいた留学生の数ということですが、実際に海外に出ている日本人の学生は、10万人を超えております。ということで、現在日本に来ている留学生と、出ている学生の数はほとんど同じであるとお考えください。
それでは、渡辺先生、どうぞ。
【渡辺委員】 千野さんの今の発言に触発されて一言。
私は前回出ておりませんし、ちょっと誤解があるのかもしれませんけれども、文部省の資料4の4ページあたりを見ていきますと、もちろん、こういうプログラムがあることを私は知っておりますし、大いにプロモートすべきだと考えておりますけれども、もう一面があるだろうという感じを強く持つわけです。つまり、ここに名前が書いてあるような立派な大学だけではないわけです。日本は今、700もあって、そういう、つまり日本のごく平均的な若者の通っているような大学、この平均的な若者に−デプレスされた若者が非常に多いわけですけれども−多少なりとも人様、公に対して、私的関心だけではなくて、こう、おおやけに対してなにがしかのことをする。そのことによって、晴れがましさや、誇らしさや、日本人であることの、そういう感覚を持って帰らせる。日本というのは、これだけ発展してしまいましたから、他人のためになにがしかいいことをと言っても、みんなが満たされておりまして、そういう場がないんです。フィールドがないんです。公を自覚させるような現場がないと、私は思っているんです。
私どもの一つの、これはJICA(ジャイカ)にお礼を申し上げなければいけないんですけれども、草の根技術協力(草の根技協)の資金をいただきました。これはどういうプロジェクトかと言うと、私の拓殖大学と、インドネシアにダルマプルサダ大学という大学がジャカルタにございまして、2つの大学でジョイントして、ダルマプルサダ大学のキャンパスに隣接している貧困地域のコミュニティー開発をやっているんです、こっちの教員と向こうの教員が一緒になって。そこに、学部の学生、大学院生、私どもに開発教育センターがありますから、そこに出てきている学生等を巻き込んでやってきたんです。
実は先週、私はそこに行って、サイトを見てきたんです。非常に喜ばれています。この事業をもう3年間続けてきているわけですけれども、私が一番感銘を受けているのは、さっき言ったこと、日本のごくごく平均的な若者です、私どもが教えている学生たちは。平均ですから、一番多いわけです。ここが変わらなきゃ、日本は変わらないわけです。東大、京都大学が変わったって、日本は変わらない。拓殖大学が変われば、日本は変わると僕は言っているんですけれども、国際化だって同じことだと思うんです。このテーマで言えば、ごくごく平均的な日本の大学生に、国際協力とどう絡ませていくかという話が、この裏ページにあっていいのではないかと。
できればこの会議を通じて、いずれ最終的な結論が出る前に、1回ぐらいは、半回ぐらいでもいいですけれども、半分でもいいですけれども、そういう話もぜひ議論に組み込んでほしいと私は思っている。
千野さんの話に触発されて、とんでもない話にいってしまったかもしれません。
【木村座長】 いえいえ、結構です。
それでは、杉浦先生、私も興味を持ちましたので、よろしくお願いします。
【杉浦センター長】 時間の関係で名古屋大学法学研究科での留学生教育の実態について説明しませんでしたので、若干そうした誤解が生じたかと思います。
今、名古屋大学大学院法学研究科の留学生の実数は先ほど紹介したとおりです。毎年、JICEの支援無償のルートで入ってくる大学院生が10名強、それから、文科省から特別枠5つをいただいておりますけれども、約20名の留学生に対しては英語で講義をしております。
この留学生教育の中で、やはり日本法を教える場合には、英語に置きかえることができない概念が当然あるわけです。それと同時に今、これは私たちの責任でもあるわけですけれども、英語で書かれた日本法に関する教材が非常に少ない。ようやく政府が日本法の英訳作業を始めたところですけれども、判例についてはほとんどありません。そのように、日本法を本格的に勉強しようとする留学生が何人かいるわけでして、その人たちに対して、英語で日本法を教えることには限界があるということは、先ほど紹介したとおりでございます。
したがって、タシケント国立法科大学にこういうセンターをつくりました。これは定員20名のコースですが、2年間で日本語2級程度までを履修させ、その上で、3年生、4年生で日本法のベーシックのものを教えていこうという考え方です。その中で1名か2名、これはまた文科省のほうに概算要求したいと思っておりますけれども、私たち名古屋大学の大学院法学研究科のほうに入学させて、日本法の専門家として養成していきたいと考えているわけです。
したがって、全部が全部、日本語で日本法を教えるということではございません。大多数はこれまでどおり英語で講義をしていくつもりです。
以上です。
【工藤(智)委員】 先ほど千野さんのご質問に続き今のお答えで感じたんですけれども、私も法学部の出なもんですから、日本の法律体系というのが、アジアを含めて、世界のいろいろな法体系と比較しながら、ある程度、他国にも普遍性があるのかというのは、かねがね疑問といいますか、よくわからないところでございました。
それであるとき、名城大学におられた北川善太郎先生とお話ししたら、数年前に、法学関係の国際シンポジウムかセミナーかをやられて、大変だったというんです。特に、アメリカみたいなコモン法のところとは、なにしろ概念が違い、言葉の定義をしながらの議論だったと。日本は割と、ご承知のように、民刑事法、ドイツの影響を受けているかと思いますが、例えば物権とか債権という概念も英語にはなくて、そもそも話をするのに大変苦労した。苦労したけど面白かったというお話だったんです。
そうすると、今の、ご協力させていただいている国々、いろいろありますけど、歴史的に言えば、植民地だったところもあったり、いろいろな宗主国とか関係国があるんだと思いますが、それぞれの国で、新たにこれからの法整備をするに当たって、ヨーロッパ法なり、英米法ではなくて、日本法の体系での法整備というのが、それぞれの国のご希望だという前提があるんでしょうか。それがちょっと前提としてわからなかったものですから、教えていただきたいんですけど。
【木村座長】 鮎京先生。鮎京先生の名前は非常に珍しいですね。魚の鮎に京ですが、すごく優雅な名前ですね。
【鮎京教授】 名古屋大学の鮎京でございます。愛知県の木曽川町というところの近くに何軒かこの名前がございます。
今のご質問ですけれども、1つは、世界の重要な法体系として、大陸法と英米法があるというのは、もちろんあるわけです。それに対比するような形で、独自の日本法の類型があるかということは、なかなか難しいと思います。
むしろ問題は、アジア諸国を私どもは法整備支援の対象国としているわけですけれども、アジア諸国の中で、日本というのは、ご存じのとおり、明治以降、例の不平等条約の改正といったある種政治的な課題に基づいて近代法を整備してきた。さらには、第二次大戦後は英米的な法制度を受け入れてきたという、まさしく、日本が明治以降歩んできた、つまり、欧米の近代法を受け取ってきた葛藤といいますか、受容のあり方にこそ、今、アジア諸国の近代的な法整備を進めていく際の手がかりを彼ら自身が見出して、それにプラスする形で、同じアジアというところで、これらの途上国なり体制移行国が日本に対する法整備支援を求めているというように私は考えております。
実際の支援の現場は、実は非常に厳しいものがございまして、例えばカンボジアであれ、他の諸国であれ、一方では、アメリカ的な法制度を主張するアメリカの援助機関、他方では、大陸法を主張する機関の非常に激しい相剋といいますか、が展開されている。そういう中で日本が果たすべき役割は何かといいますと、つまり、自国の利益のためだけの法制度の押しつけといったやり方は極力廃すべきであるし、そうではない援助の仕方をやらなければならないというのが、私ども名古屋大学が常々考えているところでございます。
【内海委員】 本日は大変よい学びの機会を与えていただいてありがとうございます。
それぞれの方に、1つずつ質問したいと思うんですが、杉浦先生のご報告の法整備の支援において、伝統法の研究が非常に重要だとおっしゃっておられました。それぞれの国が、それぞれの法体系と歴史を持っているわけでございますから、配付されているセンターのニュースの中でどなたかがお書きになっておられますが、支援・被支援という関係つまり、支援する側と支援される側が固定されてしまってはいけない、そこに違和感を覚えるということを書かれています。私はそのご意見に賛成です。大学が、政府機関やコンサルタントと違って、こういう国際協力の場に登場するということは、今、鮎京先生もおっしゃったように、ポリティカル・ウィルを持った形での法整備ということではなくて、ニュートラルな、また、その国の歴史と伝統、人々のニーズというものを勘案して、あるべき法のあり方、法整備を提案していくという、かなり理念的なものが入ってきてもいいのではないかと思います。
私はアフガニスタンに行っておりましたときに、アフガニスタンの憲法制定委員会に、日本の憲法学者3人おいでになり、日本の憲法制定の歴史をお話しされて、非常に大きな反響を呼んだことを覚えています。日本の歴史も、ある意味では相対化し得るのが研究者の特徴だと思います。
そして支援・被支援という関係を超えて、そこから私たちが何を学ぶかということが非常に重要ではないかと思います。先ほど、伝統法の研究をしなくてはいけないというお話があったので、こうした点からもう少しお話を伺いたいと思います。
それから、橋本部長には、オポチュニティーとディマンドということでお話しいただきました。これまで、国際協力は援助機関と一部コンサルタントと言うか、コンサルタント業界とでつくり上げてきたのを、国民参加という形で進めていくということで、大学の参加ということが求められているだろうと思います。
そうしたときに、JICA(ジャイカ)もそういう感じがしますが、自分たちの土俵に大学が上がってこいというようなイメージを私は受けています。大学には大学のマンデートあるいはミッションを持っています。つまり教育研究を本来業務として実施しております。そのため大学がそのままで、国際協力の土俵に上がることは非常に困難なわけです。ですから、もちろん大学にこう変われという要求は、ディマンドとして当然だと思うのですが、では、JICA(ジャイカ)やJBIC(ジェイビック)は、大学がそこに登場するために、どういう道、オポチュニティーという話がありましたけども、オポチュニティーが用意されているのか。国際協力の実施業務と大学には大きな違和感があると私は思っております。その点について、どういうお考えをお持ちなのか、お聞きしたいと思います。
【木村座長】 それでは最初、杉浦先生。それから橋本さん、お願いします。
【杉浦センター長】 1つは、法整備支援といった場合に、どの法部門に対する支援をするかということにつきましては、今、日本国内でも激しい論争がございます。法務省の法務総合研究所の国際協力部が中心となって行っている法整備支援というのは、民・商事法中心です。それに対して当然、人権とか、あるいは民主化、これは日本のODA大綱にも書いてありますので、当然その領域に対しても支援すべきだという意見は、特に弁護士の方の中にあります。私も、別に押しつけでなく、向こうから要請があれば、すべきだと考えております。
支援というのは、もちろん押しつけではございません。日本の法学の特殊性ですけれども、またそれは強みとも言えるかもしれませんが、日本の法学では、外国法、あるいは比較法研究が、欧米の法律学と比較いたしますと非常に盛んなわけです。そういたしますと、1つの制度をつくる場合に、欧米の比較法学者は別として、国内法を研究している人たちよりも、いわゆる選択肢の提供が非常に豊富になるということです。したがって私たちの支援は、いかに選択肢を相手方に提供するかということになります。最終的な選択は当然、相手国の政府なり、あるいは政策立案者ということで、そこはちゃんと守っているつもりですけれども、しかしながら、法整備支援という言葉から、一方的な押しつけということに陥りやすいかもしれませんが、そこはいつも自省しながらやっているところです。
先ほど、日本法の相対化という話が出ましたけれども、これについても、私たちは常々考えております。日本の法といっても、100パーセント正しいものではありませんし、また当然おかしな法律もあるわけです。日本の経験を伝える場合、日本法の見直しがつねに必要となりますので、日本法の相対化、日本法を批判的に見る視点を、法整備支援事業の中からも私たちはつかんでいく、そういうふうに私は考えています。
以上です。
【木村座長】 橋本さん、大学とJBIC(ジェイビック)あるいはJICA(ジャイカ)のようなところの舞台の問題、その辺はいかがですか。
【橋本部長(JBIC(ジェイビック))】 どのようにお答えしたらいいか非常に難しいと思っているのですが、ただ、1つはっきり言えますことは、先ほど申し上げたように、委託ベースで、私どものODA関係の仕事、円借款関係の仕事、私どもの発注するものを、ここ2年間で30やっていただいた。かつてはゼロだったわけですから、それに比べて、私は機会は大変に増えたということではないかと思っております。
私どもの基本的な大学の参加に対する考え方は、大学には競争して参加していただくということです。大学についてはその能力をお持ちだというぐあいに考えております。
そこで、先ほどご紹介しました提案型とか発掘型の調査というのは、まさに知のアイデアの見せどころというところでございますので、競争して、どんどんアイデアを出していただきたい、と思います。この制度は実は最近つくった制度でございますが、大学もかなり重要な知のサプライアーとして意識してつくった制度でございます。
さらに私どもとしましては、大学側に参加意欲があっても、事務的なところでスタックしてしまうケースが多いことを、実際やってみると感じますので、そこについては、例えばサポート・センターのほうに、私どもから人を出させていただいておりまして、それから私ども自身も、いろいろ大学の皆さんに、契約についてのディテールについて、わかりやすくやっていただけるようなマニュアルをつくったりして、努力しているのです。
ただ、やっぱりお願いしたいのは、そうは言っても、先ほど申し上げましたように、我々は研究のために委託調査をやっているわけではありませんので、その調査をやることによって、具体的なプロジェクトをつくって、実施して、開発成果を上げるということを目的として、その質を高めるために大学にもお願いするという姿勢でやっておりますので、そこは支援していただきたいと思います。
ですから、大学サイドでは事務手続の体制を整えていただきたいと思いますし、なんといっても開発援助では、できるだけ、現地に実際行って見ていただくことが非常に重要です。そこでニーズもわかる。その機会をいっぱい私どもはさし上げているつもりですので、ぜひそこは、人繰りがつかないとか、この期間は研究でいけないとか、そういうぐあいにおっしゃらずに、そういうときには曲げても参加していただいて、そういったことで、大学サイドにも努力していただきたいということでございます。
【加藤部長(JICA(ジャイカ))】 私は本来、発言するつもりじゃなかったんですけど、ちょっと今の議論に関連して、橋本部長がおっしゃったことはそのとおりだと思うんですが、私、個人的にはちょっと違った考えを持っております。つまり、大学の先生方とコンサルタントとどこが違うのかということですけれども、競争というのは、確かに競争的にやっていただくのは大事だと思うんですけれども、もう少し、知識人であるということの意味合いがあると思うんです。
つまり、コンサルタントさんは、A社のだれだれさんという方と、B社の、Cさん、何とかさんという方は、ある種、代替可能であるというところもあるかもしれないんですけども、大学の先生というのは、代替可能性を超えたところにいらっしゃるのではないか。渡辺先生という先生にお願いしたいとか、杉浦先生にお願いしたいといった、個性があるという気もしますので、その辺はもう少し議論を深める必要があるのではないかというのがあります。
先ほどの法整備支援の話でいろいろな議論が出ておりましたけれども、私も思いますのは、日本の経験そのものが、世界各国からいいものを集めて、ベストプラクティスをとって発展してきたという国でありますから、岩倉視察団をはじめとして、つまり日本を押しつけるということは、日本の開発経験を否定するようなことになるんだろうということで、我々はこういうことをやってきたということを相対化するというところに日本の意味があるだろうと。
で、相対化するところにこそ、私は、大学の先生方にお願いすべき意味があるんだろうと思うんです。実務家はそういうこともできない。コンサルタントも、おそらく概念的に我々を相対化することについては比較的たけていないと思いますけれども、我々を世界の理論なり概念の中で相対化して、日本はこうなんだということを説明するというところにこそ、知の活用ということの意味があるのではないかと、私は個人的には感じている次第でございます。
【木村座長】 ありがとうございました。
では、廣里さん。先ほど橋本さんのほうから大学へのリクエストという形で希望が述べられました。2番目のリクエストですが、結局、教育研究と国際協力をどうバランスさせるかという問題ですね。その辺、何かコメントがありましたら、一緒にお願いしたいと思います。
【廣里委員】 私は2点の質問だけですが、一つはCALEの杉浦先生にお伺いしたいのと、一つはJBIC(ジェイビック)の橋本部長にお伺いしたい点があります。
さきほど内海先生からも、アフガンのご経験を紹介していただいきましたが、CALEのレジュメの中に、イランの行政官研修を始められているのを拝見しました。支援の対象国についてですが、法整備支援が必要ということでは、いわゆるイスラム圏諸国も重要なところで、特にこれから紛争後の復興とか開発の過程では、そういったことが重要になるかと思います。CALEの今までのご経験やご活動というのは、インドシナ諸国、中央アジア諸国の、法曹分野の人材育成ということが中心だったと理解しています。一方、イスラム圏諸国は、イスラム法という体系があると思いますので、自国で独自の法整備をやろうとしているのか、あるいは、さきほどご指摘があった、日本が西洋の法体系を輸入して定着させてきた経験を生かそうとしているというか、生かす部分がこれから出てくるのかというところをお伺いしたいと思います。
JBIC(ジェイビック)の橋本部長にお伺いしたい点は、前回の懇談会で、ODAを戦略的に考えるという意味で、日本とASEAN(アセアン)の関係、パートナーシップをどう構築していくかという発言をしましたが、例えばJICA(ジャイカ)はASEAN(アセアン)の工学系の高等教育開発ネットワーク支援がございまして、非常に広域なインパクトもありますし、大学の寄与度も非常に高い活動だと思います。
JBIC(ジェイビック)では、例えばマレーシアの高等教育基金ですとか、あるいはインドネシアの、渡辺先生のご指摘にあった高等人材開発事業等々ございまして、これらはまさしく国別の活動で、円借款を受け入れることが出来る国だと思います。例えばラオスとか、カンボジアとか、ASEAN(アセアン)の中でも、いわゆる低開発というか、所得の低いところは、教育分野で言いますと、援助協調という話があり、セクター・プログラム支援という枠で、支援は、要するに基礎教育を中心にやらざるを得ないというか、中等教育は入っていますが、基本的に基礎教育支援優先という国です。
そういった国に高等教育のニーズがないかと言えば、それは違いまして、例えば、大メコン川流域圏プログラムというのがございますが、そこで人材育成の中核を担っているのが大学です。中央の大学もあるし、地方の大学もありますが、財政基盤、物的基盤、人的基盤、すべてが脆弱で、そういった人材育成の中核としての役割を、果たそうとしていますが、なかなか果たせないといった現状に、いわゆる援助協調下のセクター・プログラム支援という枠が入ってきますと、ODAが使えないようなことになるんです。
ここにどう対応するかというのは非常に悩ましいところですが、一つは、広域協力というスキームを展開するとかでしょうか。セクター・プログラム支援の枠もありますが、日本が戦略的にかかわるべきニーズとして人材育成の中核を担う高等教育機関をどう支援できるのかというところで、もし教えていただける点があればと思います。
【木村座長】 ではまず、杉浦先生と、橋本さん。
【杉浦センター長】 イランの司法官に対する研修の件ですが、これは実は日本政府とイラン政府との間の人権対話という、何かそういう政策があるようでして、それに基づいて、イランの司法府からイランの司法官の本邦研修を実施してもらいたいという要請があったようです。本来、法務省法務総合研究所が担当する予定だったと聞いておりますけれども、向こうもキャパシティーの問題で無理だということで、名古屋大学のほうに持ってこられたわけです。
経緯はそういうことですけれども、これを始める前に、私がテヘランに出向きまして、10日間近く、向こうの司法制度がどうなっているかを調査いたしました。いろいろな方と話をして聞いたところによりますと、日本でもそういう面がありますけども、司法に対する国民の信頼がほとんどない、それをどう取り戻すかということが向こうの司法改革の課題であるということでしたので、5年間のプロジェクトですので、これを統一テーマにいたしました。第1回目は、先ほども申し上げましたけれども、司法という概念そのものが日本と違うところがあるため、司法とは何かをテーマにしました。
それと同時に、イランは、フランス法の影響のもとで司法制度がつくられたため、フランスの司法制度に非常によく似ているわけです。イラン革命は、1979年ですが、その後、イスラム法化しているようですけれども、すべてをシャリーア、イスラム法で処理するということはできないわけです。
今年はADR、裁判外紛争処理手続をテーマにして実施しました。日本でも裁判所における調停を除きますと、本格的にADRが使われ始めたのはそんなに昔のことではないのです。研修を名古屋大学で実施する際に、裁判所、弁護士会、いろいろな団体、組織にお願いをして、現場研修も行ったわけです。
そういうことからわかりますように、イスラムの国といっても、私自身専門家ではありませんので断言できませんけれども、日常の市民生活のレベルでは、それほど内容が大きく異なる法が、そこで実行されていると思いません。異なるのは、やはり家族法とか、刑法の領域だろうと思います。刑事法については来年度、研修のテーマにしようと思っております。
【橋本部長(JBIC(ジェイビック))】 円借款で高等教育支援というと、留学生支援という形をとることが多いんですが、これにつきましては、借款であるということで、どうしても対象国が限られてしまうところがあります。これは、政府の政策で、日本との人材交流に関する円借款については、0.75パーセントで40年の償還期間という非常にいい条件の円借款を出せることにはなっているんですけれども、それで、じゃ、借りようかというところがインドネシアとかマレーシアあたりがそうなっているということでございまして、ラオスとかカンボジアは、なかなかそういうわけにいかないというところがございます。
ただ、これは日本のODA、ご承知のとおり、円借款だけでやっているのではなくて、無償資金援助もあれば、いろいろな窓口があり、懐が深いのが日本のODAであり、実際にラオスとかカンボジアでは、無償ベースの留学生の受け入れをやっておられます。
今後さらに、ODAが変革していきますので、セクター・プログラムへの対応も含めていろいろとできるようになっていくのではないか、という具合に考えております。
【木村座長】 ありがとうございました。
荒木さん、どうぞ。
【荒木委員】 今、援助する側が敷居が高くて、大学のほうがそれに合わせろという話があって、それについて一つコメントしたいんですけれども、アメリカの場合は、私が知ってる限りにおいて、例えば教育援助においては、かなり強大なNPOが幾つもありまして、私が知っているAED(アカデミー・フォー・エデュケーショナル・デベロップメント)が、各大学、アメリカ中のいろいろな大学の先生方の、分野ごとのいろいろなリストを持っていまして、彼らが先生方の、専門とする領域を生かしながら、うまく要請とアジャストメントしていくというテクニックを持った人たちがいて、大学の知をうまく引っ張り出し、それを調整し、総合化し、それを外国に売るとか、あるいは援助するとかという仕事をしているわけです。
日本でも、サポート・センターでも、コンサルタントと大学との連携をうまくやるためのノウハウの蓄積というか、システムの構築をどうするかということを議論しています。研究者は研究者でその問題に没頭していますので、それを、その先生にアレンジメントして途上国のニーズに合うようにやれといっても、テクニックを要しますから、なかなか大変じゃないかと思う。先生たちの個性を重んじるという発言がありましたけど、そういう流れをつくっていくべきだと思います。
もう一つは、今までアジアにおいては、インフラ等々ハードの時代が続きましたけれども、これからソフトパワーの闘いになっていて、アジアの場合では、特に法整備、いろいろなフレームワークに関する闘いが行われているんです、実際、水面下では。
最近カンボジアに行ってきましたけれども、要するに、世銀等の主導でやっていますけども、世銀等の国際機関の裏にはどういうグループがついているかというのは歴然としていて、日本は日本で孤立無援というか、日本は日本なりでやっているんですが、私がベトナムの外国貿易大学でいろいろ話をしたときに、通訳をやってくれた方が名古屋大学の法学部に留学した女性の方だったんですが、ものすごく流暢でした。私が非常に感心したのは、日本に対する、日本語理解が深いんです。ですから、これはベトナム大使も言っていましたけれども、かなり高度な通訳ができる。普通、日本語ができる人は高度な通訳はできない。
法学関係の先生と私、話をしたときに、私たちは日本の知を得るための手段として日本語を勉強して、ベトナムをベトナム化するという作業のために日本語が必要なんだということを言っていました。ウズベキスタンに行ったときも同じことを言っていました。
これは、日本語に関する理解でいろいろ論争があったんですけども、私は、どちらかというと、明治維新は英語を日本の近代化のために必要な知を得るために使ったわけで、日本語もある意味でそうだろうということを理解しておりますので、一般的な日本語教育もありますけども、かなり専門的な日本語を教えるというグループが日本に少ないので頑張っていただきたい。
最後にお聞きしたい。こういうことは、名古屋大学しかやっていないんでしょうか。日本で、ほかに、法整備に対する協力を積極的に進めているほかの大学というのはあるんでしょうか。その辺を最後にお聞きしたいと思います。
【杉浦センター長】 法整備の一環としての留学生の受け入れをしている大学は、私の記憶が間違っていなければ、新潟大学、九州大学、横浜国立大学、そして名古屋大学の法学部の4つです。あと、実際に法整備支援事業そのものに携わっているところは、組織としてはありません。ほとんどが個人のボランティア活動ということで、あるいはJICA(ジャイカ)の短期専門家として現地に赴く、そういうやり方だと思うんです。
文科省が、それではだめだということで、サポート・センターと、法政も含めて、幾つかの国際教育協力研究センターをつくり、大学としてやるべきだというふうに私は理解しております。法政国際教育協力センターは今、名古屋大学しかございませんけれども、こちらもキャパシティーの問題があって、もうパンク状態です。
【木村座長】 最後になりますが、工藤さん、お願いします。
【工藤(高)委員】 先程、名古屋大学のアジアの法整備支援の話を聞いて、非常に心強く思いました。
というのは、途上国が期待するのは、ODAはもちろん重要ですけれども、日本の企業に投資をしてほしいということです。しかし、途上国の投資に係る法整備が未熟で、整備されていないんです。例えば、会社法とか、商法、あるいは税法、労働法などが整備されていない。さらに、外資に対する規制があって、日本企業は投資に二の足を踏むわけです。
だから、途上国が日本の企業に来てほしいというのであるならば、それに係る法整備の支援をなるべく早めにやっていただければなと思います。この件は、名古屋大学でなくて、文科省にお願いすればよいのか、JICA(ジャイカ)、JBIC(ジェイビック)の判断なのかわかりませんけど、前向きに考えていただければ幸いです。もちろん、途上国に押しつけではないかたちで法整備の支援を是非やってほしいと思うんです。
それから、渡辺先生の指摘された留学生の話ですけど、やっぱり本来は、円借ベースではないと思います。戦後のインドネシアに対する留学生受け入れと賠償の話をしましたけれども、賠償だって無償ですよね。無償で留学生を日本に迎えるべきじゃないかと思います。確かに、インドネシアの留学生円借款は、いろいろな意義がありますけども、その他の国に対して留学生受け入れを円借款でやるのが果たしてなじむかなじまないか。私は基本的には、無償ベースでやるのがしかるべきかなと思っています。
最後にもう一つ、先ほど、日本人の学生が、あまり海外留学しないという話ですけども、渡辺先生のように、途上国の大学とのパイプがあって、どんどん学生を留学させるという方ならいいんでしょうけど、他の日本の大学でそういう交流があるかどうか。1年とか半年でも構いません。仮にアジアの大学に行った場合に、フィールドワークとして単位に認められるようにしたらどうか。それが多分、大きなポイントじゃないかと思うんです。1年間無駄にならないように、例えばタイの何とか大学だろうが、マレーシアの何とか大学だろうが、留学した分を単位と認めるということになれば、多分、1年行ってみようかなというような学生が増えていくんじゃないかと思います。
【木村座長】 はい、どうぞ、政務官。
【有村大臣政務官】 今日は会議に参加させていただいてありがとうございました。大変勉強になりました。ほんとに学びのいい機会となりました。名古屋大学のご説明も関心を持って伺ったんですけれども、このように、教育的な国際貢献がなされている、先ほど千野先生からも、ドメスティックだと思っていたけれども、文科省も国際的な側面があるとおっしゃっていただいて、ありがたいことだったと思います。
その中で、学問の独立、研究の自由ということをしっかりと担保しながら、援助、それから被援助のパートナーシップのあり方ということも議論になっていましたけれども、やはり、ODAにしても、円借款にしても、その財源がどこから来るかということを考えると、国益と全く関係のないところでのODAとか、あるいは支援ということは、その度合いは別にして、全く関係がないということはあり得ないということを考えると、やはり、顔が見えて、日本はほんとうに対等の視点でやってくれる、我が国の発展のために、日本はフレンドシップで、貢献もしてもらったというのが、永続的に人の心に残り、そして教育の思いの、制度の中に残っていくということがすごく大事だなと改めて思っております。
そういう意味で、政治の世界からも、ODAのばらまきではなくて、中国の方々にも、今回の大変な反日、あるいは嫌日のいろいろな活動がありましたけれども、ODAというものがしっかりと根づいているんだということを告知していただくということも、これから、国益の、お互いに日中のためになるということを告知していただくということも、強く言っていくべきではないかという意見もかなり出されています。
そのときに、私も思ったんですけれども、実は先ほど千野先生もおっしゃった、日本語でやるのか、英語でやるのかというところで、名古屋大学のほうからのコメントも拝聴していて、なるほどなと思ったんですが、だれが、どの層が、どう伝達、どう伝え合っていくのかということを考えると、渡辺先生がおっしゃった、東大が変わっても日本は変わらない、拓殖が変わらなければという話だったんですが、それの象徴的に私がちょっと心を痛めているのは、日本の居酒屋に行ったときに、大体、後片づけをするアルバイトの学生さんというのは、中国だとか、モンゴルだとか、都内、特に居酒屋はそうです。学生が打ち上げをした後の、惨憺たるすごい食べ残しを掃除しているのは、同じ世代である、体育会系の学生がチャンバラをやった後をやっているのは、同じ世代のアジアの留学生ということが非常に多いという現場を見るにつけ、彼らはどのような思いで、留学先の日本の同世代の、たまたま日本に国籍を持って日本に生まれて、経済的に恵まれたという学生サークルの後片づけをしているのかなということを私は強く思っています。
そういう意味では、彼らは、大変な知日家にはなってくれるだろうけれども、ほんとうに国を背負った、将来、国に帰ったときに、親日家になってくれるだろうか。彼らの心や制度に、私たちの思いが残っていくだろうかというような自戒の念も持っております。そういう意味では、渡辺先生のご提案のあったように、どの層がという意味では、私たちのマジョリティーということも考えていかなければならないなと改めて思いました。
ユネスコのエデュケーション・フォー・オールというところで、私も少し勉強させていただいたんですけれども、このような、法学をどうするかというところの、大変高尚なところと同時に、ビデオも何もないところで、貧困からどうやって立ち上がれるかというときに、日本の漫画というのが大変に有効な伝達で、お金もかからない、識字率がないところでも、大変に短い間にどんどん伝播していけるという意味で、大変な貢献があるということに、ある意味で驚き、また、勇気づけられました。そういう意味では、日本の発信力ということを考えれば、アカデミックな世界と、またアカデミックなところが連携できる伝播の仕方ということも、国益と絡めて、また将来のサステナブルということを絡めてお考えいただけると、ほんとうにありがたいと思っております。
このような機会をいただきましたことに、心から感謝申し上げ、私の感謝の言葉とさせていただきます。
【木村座長】 ありがとうございました。
本日は、大変、多方面からご意見をいただきありがとうございました。少し議論の時間が足りなかったようですね。
私も大学におりまして、国際協力もやってきました。先ほど、橋本さんのほうから、大学へのリクエストとして3点のご要請がありました。2点目が一番難しいんですね。本日は、杉浦先生と鮎京先生が早くお見えになりましたので、会議の前にお話をさせていただきましたが、名古屋の法学部の先生方の場合は、自分の研究と、今の支援事業が結びついているという話です。そういう点では非常に理想的なケースだと思います。
こういうふうなことになっていけばいいんですが、私のおりました東京工業大学では、殆どの先生が先端技術を追いかけていますから、先ほど橋本さんがおっしゃったように、こういうことに殆ど興味を示されない。ですから、大学全体の国際協力に対する熱意を上げていくということが非常に難しい。その辺をどうしていくかという点については今後とも相当考えて行かなくてはいけない。
それから、渡辺先生から冒頭、日イの賠償留学生、これを切ってしまって何ともったいないことをしたかというご発言がありました。私は、我が国の国際協力に関するポリシーについては、どうもコンティニュエーションがないのではないかと心配しています。
例えば、橋本さんが首相のときですが、知的なプロパティーが一方的にアメリカから日本に流れているという批判に対して、日本が10億円出して、毎年600人の先生方を日本へ呼ぶというプロジェクトを提案されました。今年で10年目になります。当初は予算が10億円だったのですが、このところ5億円に減ってしまいました。このまま行くと、なくなってしまうのではないかと心配しています。
私は10年、このプロジェクトに関係していますが、すさまじいインパクトがあると思っています。600人の先生方に、200人ずつに分けて、来ていただいて、3週間日本に滞在して頂く。先生方には、日本のすぐれた初中教育を十分に経験して頂く。反響はものすごくて、私はほとんどの方から礼状をいただきます。それぐらいインパクトがあるプロジェクトですが、このまま行くとなくなってしまう気配です。
もう一つ、これも私が関係していることです。バンコクに、昔のシアトウスクールが発展した、AIT(アジアン・インスティチュート・テクノロジー)という大学院大学があります。日本はこれまで非常に大きなセコンドメントをして来ておりまして、ここが発展途上国の学生にとって一つのシンボリックな存在になっています。非常に有用な人材を輩出し、今やここの卒業生はアジア各国の技術の中枢を担っています。日本は、一時は相当大きなお金を出して、かつ5人の教員のセコンドメントをしていたのですが、これまた、財務省はゼロ査定をしようとしています。これまでの蓄積が完全に雲散霧消してしまうのではないかということを恐れています。
国全体として、そういう外交政策といいますか、国際協力政策のコンティニュエーションを考えて行かないと、線香花火のように一時は元気があるが、すぐ終わってしまうということで、先ほどの渡辺先生の話、全くそのとおりだと思います。この辺のことを、我が
国として、大いに考えていく必要があるのではないかと思っております。
少し余計なことを申し上げました。時間が少し過ぎてしまいましたが、それでは、今日の議論は以上とさせていただきまして、次回以降の予定について、室長のほうからご紹介いただきたいと思います。
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