第5章 今後の科学技術・イノベーション政策の展開に向けた課題

1.背景

 これまで第1章~第3章で述べてきたように、グローバルトレンドや研究開発を取り巻く国内外の状況は大きく動いているところであり、このような状況の中、今後の政策の方向性について、以下の1.~5.のような点を踏まえて検討することが重要と考える。

  1. これまでの米国を中心したグローバル化の動きからリーダーシップの多極化への動き(新興国の人口増加・経済発展等)への転換や世界における日本の位置付け低下が見込まれることなどをかんがみれば、グローバル化への対応が不可避である。また、グローバル化の進展等に伴い、国際的な人材流動や交流の更なる進展にも対応が必要である。
  2. 地球温暖化や資源・エネルギー問題への対応等、将来の社会の姿や制約を念頭においた政策を展開することが不可欠である。
  3. 世界の変化に対応できず、垂直統合型等、従来の日本のイノベーションシステムの強みが弱みになってきているところ(エレクトロニクス等)が出現しており、研究開発・産業のそれぞれについて、新たな潮流に対応できるイノベーションシステムの再構築が求められている。
  4. 少子高齢化が進み、我が国の人的資源の減少や日本市場の規模の縮小が見込まれるとともに、我が国が無資源国であること等をかんがみれば、我が国は、技術革新を含むイノベーションによる成長(一人当たりGDPの向上等)により進む他に道はない。また、そのためには基礎研究等によるプロダクト・イノベーションの促進が不可欠である。
  5. 上記のように、世界がグローバルレベルで大きく変動している時期は、各国にとって、否応なく変革を求められる厳しい時期であると同時に、独自の変革を図ることで国際的な位置付けや競争力を高める好機でもある。このような中、科学技術による成果を的確にイノベーションにつなげていくことが重要であり、科学技術政策から「科学技術・イノベーション政策(※)」へ転換し、展開していくことが必要である。また、その実現にあたっては、それを支える研究開発投資の計画的拡大が必要である。

※ 科学技術を基盤としてイノベーションを創出しようとする総合的な政策のこと。

2. 政策展開にあたっての課題

 グローバル化や多極化等が進展している中、イノベーションを例にとると、プロセス・イノベーションや垂直統合型だけでなく、プロダクト・イノベーションや水平分業型などの多様なイノベーションモデルが偏在するなど、競争力モデルが変化している。また、イノベーションにおいて、技術開発のみにとどまらず社会における普及を伴うことが強く求められている。
 このような中、社会や経済にインパクトを与える日本発のイノベーションを実現するためには、それぞれの分野において多様なイノベーションモデルの中から最適なモデルを選択し、必要に応じて見直す柔軟性を持つことが不可欠である。

 今後、科学技術・イノベーション政策を展開するにあたっては、これらの状況等を踏まえ、

「競争力モデルが変化し続けている中で、我が国が「科学技術創造立国」を実現するには、どのような方向付けと仕組みの構築を行っていく必要があるのか?」
という命題に取り組むことが必要不可欠である。
 以下に、そのために乗り越えていくべき課題を示す。

1) 日本が競合優位に立つ分野や、今後優位に立てる可能性のある分野を活かして、グローバルレベルでの競争力獲得をどう実現するか?

 日本が競合優位に立つ分野や今後優位に立てる可能性のある分野を活かして、オープンとクローズドを使い分けて、グローバルレベルでのイノベーションをどう実現するかという課題がある。

 その実現のためには、

  • 優位に立てる分野等の将来ビジョン(※)の一層の明確化及びその産学官での共有化
  • サイエンスとイノベーションの両面でのオープンとクローズドの使い分け
  • 「共同・連携型」でオープン化をすべき対象領域(非競争領域)とクローズドで行う競争領域の峻別と、最新の競争力モデルを踏まえた産学官の役割分担の再構築

などを図る必要がある。しかも、我が国のこれまでの産業構造等を踏まえると、アウトソーシング型だけではなく「共同・連携型」でのオープン・イノベーションの導入を目指すのが適切である。
 また、将来ビジョン等については、現在、官民の各機関が個別にベンチマークやロードマップを策定しているが、今後、産学官で共通のビジョンを共有化し、役割分担の再構築、連携の強化を図ることが必要である。
 さらに、大きく変動する国際情勢や研究の進捗等に対応できるように、基礎研究から実用化、製品化につなげる過程(特に長期的なもの)において、適切な技術の選択や新しい技術の導入等を柔軟に行えるような形にすることも重要である。

※ 将来どういう社会・産業になっていたいかの目標や予測される状況等を示すビジョン

2) サイエンスからイノベーションへつなぐ仕組みをどのように設計するか?特に、産学官の役割分担をどうするのか?

 例えば、基礎的なサイエンス(科学)を学・官でどのように役割分担して推進するのか、また、いわゆる「死の谷」を越えるための、産・ベンチャー・学・官の個々の役割と連携をどうするのかという課題がある。

 その実現のためには、

  • 大学等の公的研究機関における基礎研究等によるプロダクト・イノベーションの実現
  • 産学官の役割分担の再構築や連携強化を含む、イノベーションに向けた工程表の明確化
  • イノベーションに向けた新たな発想や連携の源であり、かつグローバルな研究開発・産業等の情報収集などにつながる、組織や産学官を越えた機関間ネットワークや人的ネットワークの構築
  • イノベーションに向かって多様な発想やつながりを生み出す産学官、業種、組織を超えた交流の活性化
  • 最新の競争力モデルに対応した研究成果を実用化につなげるための仕組みの再構築(既存産業の強化のみならず、サイエンス型産業やサービス分野などの新規産業の創出も可能とする仕組みづくりとそれに対する支援が重要である。)

などを図る必要がある。
 また、サイエンスを実用化につなげてイノベーションを起こしていくためには、研究者をはじめとする関係者のモチベーションを高めることと、そのためのインセンティブを与えることの両方が大切であることに留意する必要がある。

3)  サイエンス及びイノベーションの「出口」はそれぞれどのようにイメージすべきか?

 サイエンスを含む研究開発の成果をイノベーションにつなげるためには、産学官で「出口」を共有して取り組むことが必要である。その際には、「出口」をどのようにイメージするかということが大きな課題となる。
 その上で、イノベーションを創出するために、「出口」を含む将来ビジョン(※)の実現に向けたハイリスク・ハイリターン研究をはじめとする基礎研究等を強化していくことが必要不可欠である。(研究開発を進めるに当たっては、プロセスを硬直的なものにせず、イメージする「出口」を目指すことが重要。)
 また、新たなイノベーションを生み出し、状況変化に対応できるようにするためには、目的や実施期間を明確にした研究開発だけでなく、基礎研究の多様性を担保することが不可欠であり、研究者自らが目標を設定して行う基礎研究(サイエンス等)を確保することも重要になると考えられる。また、このようなサイエンス等の基礎研究に関しても国際競争力が求められるとともに、当該研究に携わる研究者には、当該研究の将来の可能性(社会的・科学的意義)などについて説明することや、自らの専門以外の事柄への関心や知見を持つことが求められる。

4) 1)から3)のような要求に応えるための人材を、どのように育成していくか?

 イノベーションを創出する人材が不足しており、どのように育成するかが課題である。また、その際には、国際社会で伍していける人材を育成することが重要である。

例えば、

  • 産学官を連携させイノベーションにつなぐ人材の不足への対応
  • グローバルなネットワークを形成できる人材の確保

などの課題がある。
 特に、研究開発成果をイノベーションにつなげたり、融合領域の新しい発想の創出を誘発したりするためには、グローバルなネットワークを形成する必要があり、イノベーションを創出する人材には、世界における研究分野やビジネスの場において伍していく交渉力やコミュニケーション能力、標準語である英語力を身に付けることが不可欠である。また、若手研究者中心に、我が国の相当数の研究者が海外経験できる機会を拡大するとともに、日本に帰って活躍できる仕組みづくりや、優れた海外研究者が日本で活躍できる仕組みづくりが必要である。

5) どの領域に集中的な投資が必要か?

 新興国等に比べ限られた人的資源や、厳しい財政状況の中での投資を行うにあたっては、低炭素革命などの本当に目指すべき将来ビジョンを選択し、対応すべき領域を見極めて、集中投資することが重要である。
 また、集中投資する領域の見極めにあたっては、将来ビジョンを明確にするとともに、その実現に向けてシステムづくりや人材育成、研究開発費、ハード整備などの対応すべき取組も含めて選択・集中することが重要である。また、今後は、競争力モデルが大きく変化する中、これらに柔軟に対応するためのシステムづくりや人材育成への投資をどのように行うかということが、将来のイノベーションにつなげるために重要となる。

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