第2章 世界の研究開発システム等の変化

1.世界の研究開発システムの変化

(1)研究開発のグローバル化、大規模化等

 イノベーションのオープン化の拡大と並行して、製造・販売等の事業のみならず、研究開発活動を含めてグローバル展開が進んできている。全米アカデミーズが2006年に発表した報告書「Here or There?」によると、調査に参加した200以上の多国籍企業のうち90%近くが研究開発機能を海外展開しており、約20%は自社の技術者の半数以上を海外に配置している。また、これらの動きに伴い、研究人材の国際的な流動の活発化や、その獲得競争が起こっている。
 また、グローバルな競争の激化等を背景に、国境を越えた業界再編が進み、グローバルな巨大企業が誕生するとともに、研究開発投資の大規模化が起こっている。これに加え、近年、製品のライフサイクルが短期化してきており、企業等が研究開発を行うリスクは増大し、巨大企業以外で、1企業のみで基礎から製品化までのすべての研究開発を行うという垂直統合型の研究開発を行うことは非常に困難になってきている。これにより、大規模な人的資源や資金の投入が必要となる研究開発をどのようにして行うかということが課題となっている。

図:製品のライフサイクルの短期化と研究開発費の高騰

図:製品のライフサイクルの短期化と研究開発費の高騰

(2)研究開発のオープン化

 研究開発のグローバル化や大規模化等に伴い、従来の「自前主義」による垂直統合型の研究開発に加え、基礎研究や周辺技術開発などを大学やベンチャーを含む企業等と連携又は外部化して行う研究開発のオープン化が進んできている。
 このような研究開発のオープン化には、大きく分けて
○研究開発の効率化やリスク軽減を図る観点から、大学やベンチャー等に外部委託するアウトソーシング型
○研究開発の大規模化等に対応して大学や複数の企業等が連携して行う共同・連携型
の2つの類型がある。
 後者の共同・連携型としては、近年、ナノエレクトロニクス等の分野における世界的な拠点として有名なベルギーの大学間マイクロエレクトロニクス・センター(IMEC)のように、外部機関との情報共有や協働が可能な基礎研究などを行う段階において、多数の大学や企業等が協働・連携し、研究開発の相乗効果を上げているような事例も見られるようになっている。
 なお、研究開発のオープン化を官民一体となって展開するにあたっては、単にすべての技術や研究開発をオープンにするのではなく、
○営利活動から遠く、外部機関との情報共有や協働が企業活動の障害とならない基礎研究等の非競争領域においてオープンにする形で行うべき研究開発課題
○情報共有や協働が困難であり、応用研究等の競争領域においてクローズドな形で行うべき研究課題
を峻別し、各社の利益の源泉であるコア技術とそのインターフェースを確保しつつ、全体のイノベーションを進めるなどの戦略的なオープンとクローズドを使い分けるマネジメントが必須となっている。このような戦略的マネジメントが進められている例としては、EUにおける携帯電話のシステムなどがある。 

(3)科学的知見と製品開発の接近と、知識・分野融合によるイノベーション

 近年、半導体集積回路の微細化のように、従来技術の斬進的改良の限界が来つつあること等から、革新的な科学の成果を製品開発に応用する必要が高まっている。また、製薬産業やソフトウェア産業に代表されるような、科学的発見から製品開発が緊密につながっているサイエンス型産業が存在感を増してきている。その結果として、世界的にサイエンス・リンケージが高まっているなど、科学の成果と製品開発との関係が密接になってきている。
 また、ものづくり・サービス、文系・理系の境を越えた知識融合、組合せによるイノベーションの創出を図ることが重要になってきており、具体的には、サービス科学・工学を含む融合研究の振興をはじめ、技術とアイデア・コンセプトやマーケティングを含むビジネスモデルとの統合を可能とする技術経営力の向上が不可欠になっている。

図:IMECの研究戦略モデル

図:IMECの研究戦略モデル

図:ヨーロッパ携帯電話のシステム構造

図:ヨーロッパ携帯電話のシステム構造

資料:小川紘一・東京大学教授

(4)国の研究所や大学などの公的研究機関に求められる役割の拡大

 研究開発のオープン化に伴い、特に企業が単独で大型研究開発を行うことが困難となっていること等から、革新的な技術開発に不可欠な基礎研究等の実施主体として大学等の公的研究機関の果たす役割への期待が高まっている。
 また、これに加え大学等には、産業界など外部との連携や協力により、基礎研究の成果を実用化につなげ、イノベーションを誘発させる役割についても期待されるようになった。
 このように大学への期待が高まる中、欧米において外部との連携を促進する仕組みの整備が進められてきた。例えば米国では、大学が研究者に対して給与を9か月分しか支払わず、外部資金の獲得を奨励し、外部のニーズに大学の研究者が対応する仕組みができているとともに、また、大学発ベンチャーが育成され、大学等の公的研究機関の基礎研究の成果が、実用化され、企業等に移転される仕組みが整備された。また、欧州においては、欧州テクノロジー・プラットフォーム(ETP)やJTI(※)に代表される民間主導の産学連携システムが整備されている。

2.諸外国の科学技術政策の変化

(1)産学官一体となった科学技術政策の展開

 米国では、ヤングレポート等を皮切りにそれまでの独占禁止政策や知財政策等を転換し、官民一体となった産学連携や知財保護等のための施策を推進した。これらにより、製品化等を行う企業と、大学など公的研究機関やベンチャーがイノベーションを推進する仕組みを構築した。加えて、日本の政府研究開発投資の数倍に達する米国の莫大な政府研究開発投資を源泉とした世界のイノベーションセンターとしての地位を確立している。例えば、製薬分野において米国の企業は圧倒的な規模及び産業競争力を誇っているが、米国政府は製薬を含めたバイオ分野に巨大な研究開発投資を行っている。2008年度のNIH予算は補正も含めて約390億ドルであり、我が国の科学技術関係経費全体にほぼ匹敵する額となっている。
 さらに、2004年の「イノベート・アメリカ」(通称パルミサーノ・レポート)の発表から米国競争力法の制定に至る科学技術・イノベーション政策の急速な展開が行われた。この一連の流れにおいては、NSFをはじめとする研究関係機関の予算の大幅増額、ハイリスク・ハイリターン研究の拡充、理工系人材の育成など研究開発システム改革などが提案された。これらの取組は、オバマ政権でも基本的に引き継がれることとなっている。
 また、欧州も70年代~80年代には経済停滞等に苦しんでいたが、ルクセンブルク宣言により、産学連携などイノベーション指向に政策転換を行った。具体的には、EU全体規模の情報通信分野などにおける国際標準政策をも含めたイノベーション政策やフレームワークプログラム、ETPなどの産官一体となった取組が進められており、一部の産業において、ここ数年で大幅な研究開発効率の改善が成されている。
 このほかに、台湾、韓国など東アジア諸国は、外資の誘致等による産業振興に加え、制度的な競争優位の創出(税制、原価償却制度)、産官連携、海外人材の取り込みなど官民一体となったイノベーションシステムを構築し、競争力を強化しつつある。

表:欧州テクノロジー・プラットフォーム(ETP)の概要
構成 ○欧州の競争力強化に向け、分野ごとに産業界主導で関係者が集まり、ボトムアップ的に発足
○企業経営陣と国家当局の参画を必須とし、すべての関連する産業及び学界等の利害関係者が参加可能
役割 ○対象分野の技術に関する公平かつ透明性のあるビジョンの作成や戦略研究アジェンダの策定・実施
○技術の標準化や欧州・国家・地域レベルのネットワークの構築(民間投資の呼込み等)
○研究成果の商業化に向けて障害となる法や規制等に関する情報及びそれを排除する方策の提供
○技術発展のために導入すべき教育・訓練の提案 等
分野 ○革新的医薬 ○医療ナノ技術 ○生活のための食物 ○森林関連技術
○世界的動物の健康 ○次世代植物 ○給水・公衆衛生技術 ○移動・ワイヤレス通信
○ネットワーク化ソフトウェア・サービス ○メディアのネットワーク化・電子化
○組込みコンピュータシステム ○統合スマートシステム技術
○フォトニクス21 ○ナノエレクトロニクス ○次世代繊維・衣料品 ○金属技術
○先端エンジニアリング材料・技術 ○建設技術 ○次世代製造技術
○ロボティックス ○環境対応化学 ○太陽電池 ○無公害化石燃料発電所
○バイオ燃料技術 ○スマートグリッド技術 ○風力発電技術 ○水素・燃料電池
○自動車交通研究諮問委員会 ○鉄道研究諮問委員会 ○航空工学研究
○水上輸送技術 ○産業の安全技術 ○宇宙技術 ○統合衛星通信
(IDEA Consult「Evaluation of the European Technology Platforms(2008年8月)」Table3より)

※JTI(Joint Technology Initiative)の概要

  • EUの産業界主導の研究開発プログラム
  • 長期的かつ多額の資金が必要なハイリスク研究で、産業界の支援が明確なプログラムが対象
  • 現時点では以下の6分野が対象
    1.水素・燃料電池、2.航空機・航空輸送、3.ナノエレクトロニクス、4.組み込みシステム、5.革新的医薬、6.環境セキュリティーのためのグローバルモニタリング
  • ETP(European Technology Platform)のSRA(Strategic Research Agenda)から発展
図:FP6時代のEUにみる研究開発の投資効率

図:FP6時代のEUにみる研究開発の投資効率

資料:小川紘一・東京大学教授

(2)科学技術政策から「科学技術・イノベーション政策」へ

 諸外国では、我が国に先んじて、研究成果を円滑かつ効果的にイノベーションにつなげる包括的な科学技術・イノベーション政策への移行の動きが見られる。 

1.研究開発成果と実用化をつなぐ仕組みの構築等

 諸外国においては、研究開発のオープン化に伴い、大学等の研究開発の成果と実用化をつなぐ仕組みを構築してきた。
 米国ではエンジェル税制等を創設するとともに、試行錯誤(トライ・アンド・エラー)を低コストで行い、事業化までの企業のリスクを軽減する社会的な仕組みとしてベンチャー企業の支援を図っており、これらの取組はイノベーションで大きな役割を果たしている。
 また、開発段階から実用化を促進するため、米国の大学の開発センターを活用した開発ステージにおける本格的な取組、ドイツのフラウンホーファー研究所等の公的研究機関による試作製作支援等を行っている。
 さらに規制、公共調達の活用や標準化等により事業化から産業化への支援が進められている。例えば、米国では公共調達等により事業化・産業化を支援するSBIRがある。また、EUではイノベーションフレンドリーな市場を構築するため、需要者側のニーズに基づき必要な製品をより早く市場化する包括的な取組としてリード・マーケット・イニシアティブを開始している。
 欧米では、これらの仕組みにより、大学等における研究開発から実用化までのリスクを軽減する手段が整備されてきている。
 また、これらの国々では、産学官の連携を強化するための人材流動も活発に行われているとともに、各機関の中でイノベーション人材(創造系)と管理人材(スキル系)の評価や組織体制を分離するなどのイノベーション人材の能力を最大限に発揮させる仕組みづくりも進んでいる。

図:死の谷の発生に対する政策面での事例(米欧など)

図:死の谷の発生に対する政策面での事例(米欧など)
資料:出川委員

2.イノベーション志向の高まりと、それに伴う出口をイメージしたハイリスク・ハイリターン研究の重要性の高まり

 イノベーション志向の科学技術政策の流れの中、従来の自由発想型基礎研究や実用に近い応用研究の枠にはまらない「ハイリスク・ハイリターン研究」という概念が注目されている。これは、目的を持ちつつも、発想の画期性や研究がもたらす科学的・社会的影響の大きさを重視する長期の研究の枠組みであり、このような研究を許容することを可能とする審査のシステムなどを伴っている。
 例えば、米国国防省のDARPAでは、従来からハイリスク・ハイリターン研究を支援し、インターネットの基盤技術となったARPAnetやステルス機の開発等に成功してきた。そのほかにも、NIHのパイオニア・アワードや、NSFによる失敗する可能性は高いが既存の研究領域に変革をもたらし得るトランスフォーマティブ・リサーチに対する支援、これまで克服できなかった深刻な社会問題に関するハイリスク・ハイリターン研究を対象としたテクノロジーイノベーションプログラムなど、ハイリスク・ハイリターン研究への連邦政府による支援は近年増加傾向にある。

(3)研究開発費の計画的増額

 米国では、イノベーションの創出を担う機関のうち、NSF、DOE科学局、NISTについて、米国競争力イニシアティブは2006年からの10年間での研究開発予算倍増を、競争力法では2010年までの予算増をうたっている。オバマ政権においても基礎研究予算の倍増がうたわれるなど、このような予算の計画的増額の流れは確実に継承されている。
 また、EUにおいても、新リスボン戦略で欧州の研究開発費の対GDP比を1.9パーセント(2000年)から3.0パーセント(2010年)に引き上げることとしている。

(4)グローバル戦略の構築

 EUにおいて、欧州全域を単一領域として、国境を越えた研究者の相互交流や、欧州・各国・地域レベルでの研究プログラムの最適化、世界中のEUのパートナー国との強力な関係構築などを目指し、欧州研究領域(ERA)を進めているなど、研究開発をグローバルに進める戦略を構築する動きが見られる。

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科学技術・学術政策局