第1章 国際情勢等の変化

1.国際情勢の変化

(1)グローバル化の進展

 冷戦終結を契機として、政治の壁の崩壊が進み、人、物、情報、企業行動のグローバル化が大きく進展した。急速なIT化が、このような状況をさらに加速化しつつある。
 また、このような中、既存の大企業による世界進出が進んだだけでなく、国境を越えた企業の再編によりグローバルな大企業が新たに誕生するなど、ビジネスにおけるグローバル化も進展してきている。
 さらに、米国に世界中から高度な知的活動を担う人材が集まり、研究開発や医療などの分野の知的労働を多くの中国人やインド人等が担っていることに見られるように、製品の製造等のみならず、知的労働もグローバル化し、知的労働人材の国際流動や多国籍企業の研究開発の国際展開などが進んでいる。
 このような状況において、英語が、国際的な協議・交流の場や国際ビジネスの現場において標準的に使われるようになってきていることにも留意が必要である。

(2)新興国の台頭等による多極化の進展

 最近中国をはじめとするBRICs諸国等が経済改革等を行い、先進諸国からの資本導入等により驚異的な成長を見せているとともに、巨大な人口や未開拓市場を擁していることなどから、製品やサービスの巨大な市場としても存在感を増してきている。インドにおけるソフトウェア企業の国際的な台頭や中国のレノボによるIBMのパソコン部門の買収に見られるように、中国やインドからもこのようなグローバル企業が誕生する兆しがあることに留意が必要である。
 また、これらの国々は、巨大な人口を背景に、経済だけでなく、国際政治、研究開発、文化の面においても国際社会における存在感を増してきている。これに伴い、2000年前後までの米国を中心とした従来のグローバル化の動きから、幅広い分野で国際社会の多極化が進展してきている。また、このような中、事業をグローバルに展開するためには、多様な価値観や文化を持つ市場のニーズに対応することが求められてきている。
 また、例えば、従来、グローバルな企業の多くは日米など先進諸国から生まれたが、近年においては、エレクトロニクス分野におけるサムソンやTSMCのようなグローバルな企業がこれら新興国から誕生するなど、多極化ことは注目すべき現象が見られる。

図:世界経済の実質成長率

図:世界経済の実質成長率
 資料:丸紅(株)経済研究所

図:世界の人口の推移

図:世界の人口の推移
資料:(財)日本エネルギー経済研究所

図:日米中印のGDP(PPPベース、兆㌦)

図:日米中印のGDP(PPPベース、兆㌦)
資料:丸紅(株)経済研究所

(3)世界の産業構造の変化

1.製造業におけるモジュール化・水平分業(オープン化)の進展

 現在、パーソナルコンピュータや携帯電話といったエレクトロニクス製品を中心に、標準化された汎用部品の組合せで製造を行うことにより、組立て自体に高度なすりあわせを必要としなくなる「モジュール化」と呼ばれる動きが進展してきている。
 モジュール化の流れは、パーソナルコンピュータのような限られた分野からデジタル家電などにも広がりつつある。
 このモジュール化の進展と並行して、研究開発や設計企画と製造、販売の分離等の国際的な事業の水平分業(オープン化)が進展してきている。また、水平分業は、最終製品のみならず、製品を構成する部品においても進んできており、半導体や太陽光電池に見られるような製造過程内の様々な工程の分離が進んでいる。 
 このような中、台湾等の企業は、欧米企業のイノベーションの成果をうまく活用し、研究開発などを最小限にすることによるオーバーヘッドの軽さを活かし、エレクトロニクス製品等のシェアを大きく伸ばしつつある。
 また、欧米の一部の企業は、自社が有する優れた製品の設計、企画能力と中国や台湾等の企業が有する最終製品の製造能力を巧みなグローバル連携を通じて組み合わせることなどにより、シェアを大幅に拡大している。例えば、半導体業界では、設計から製造までを一貫して行う企業は比較的苦境にある中、主に設計のみを行う欧米先進国のファブレスという形態と、主に製造のみを行うファウンダリという形態の企業が大きく成長している。
 このように、従来1社で企画、研究開発、設計、製造、販売を一体的に行う垂直統合型のビジネスモデルが主流であったが、グローバル化やモジュール化の進展に伴って水平分業型のビジネスモデルが拡大するなど、イノベーションモデルの多様化が進んでいる。

2.製品開発、知的財産・標準化戦略、事業モデルの一体的な取組

 優れた技術開発を行う技術的なイノベーションに着目するだけでなく、モジュール化や水平分業の進展等の状況を踏まえ、市場シェア獲得に向けたビジネスモデルの確立も視野に入れたイノベーションを実現しなければ、産業としての国際競争力を維持・強化することができなくなってきている。例えば、我が国の企業が関連特許の約9割を有しているDVDプレーヤーの他、液晶パネル、太陽光発電セルなど日本の研究成果から生まれた製品についてモジュール化が進展する等、産業構造が世界的に大きく変化し、我が国企業のシェアが急速に減少していることからもそのことが分かる。
 これを乗り越えていくためには、中核となる技術を確立するとともに、ビジネスモデルを想定した戦略的な世界標準の獲得や、新興国の企業を取り込んで組立てを委託するなど、技術、知的財産、標準、国際連携等を一体化した戦略的な取組が重要となっている。

図:半導体産業の業態別売上げ規模と営業利益率

図:半導体産業の業態別売上げ規模と営業利益率 
資料:飯塚委員

図:ファブレス企業の伸張

図:ファブレス企業の伸張
資料:飯塚委員

図:競争力モデルの変容と多様化

図:競争力モデルの変容と多様化
資料:妹尾委員

図:DVDプレーヤー等モジュール化した製品に関する我が国の企業のシェアの推移

図:DVDプレーヤー等モジュール化した製品に関する我が国の企業のシェアの推移

3.諸外国におけるプロセス・イノベーションとプロダクト・イノベーションの選択等

 欧米企業との国際的な分業や日本の優れた素材・部品・製造装置等の活用などの手段により、十分な先端技術を有しない中国等の新興国においても、容易に一定の品質の製造を行うことが可能となってきている。その結果、東アジア諸国の産業は、プロセス・イノベーションの導入を進め、大きな飛躍を遂げた。
 一方で、これら新興国のプロセス・イノベーションのキャッチアップになどに対応するため、欧米をはじめとする先進諸国においては、プロダクト・イノベーション指向が強くなる傾向にある。
 また、製品の中核価値が、ア)それら製品を構成する部品・素材やそれらを製造する製造装置、イ)サービスを含む製品全体を構想し、様々な技術を組み合わせていく製品構想力、ウ)ハードウェアからソフトウェア、エ)水平分業の中でどのようにビジネスを展開していくのかというビジネスモデルを含む経営力に移行する動きがあるとともに、近年では高度に発展してきた数学やIT、シミュレーション技術の活用が重要になってきている。

4.製品や事業モデルの構想先行型のイノベーションとサービス経済化の進展

 従来の技術シーズ指向型の製品開発とともに、アップルのiPodや任天堂のWiiのように、最終利用者指向の製品や事業モデルが先行した形でのイノベーションで大きな成功を収めているものが出てきている。
 また、GDPに占めるサービス産業の割合の推移を見ると、1970年代以降、世界的な増加傾向にあり、世界経済の中でサービス産業の重要性が高まっている。このような中、近年ではものづくり分野においても、顧客の発注から製品の製造、物流、保守等に至るまでのサービスを高度に統合し、システム化して取り扱う「製造流通業」と呼ばれるような新たな産業の形態も出現している。

5.IT、バイオなどの「サイエンス型産業」の台頭等

 現在、世界的に医薬品産業やソフトウェア産業に代表されるような、ほかの産業に比べ科学的な発見や成果と製品開発が緊密につながっている「サイエンス型産業」と呼ばれる一群の産業が、その存在感を増している。

(4)資源・エネルギー・食料需給の逼迫

 近年の科学技術の急速な発展とその活用の拡大に伴い、著しい経済成長や産業構造の転換が進んだ一方で、人口の爆発的増加、資源・エネルギーや食料の需給逼迫、地球温暖化、水資源の汚染や枯渇等の様々な問題が顕在化しており、一国だけでなく世界全体の課題として対応することが求められている。これらの問題に対応するため、二酸化炭素の排出量の制限のような様々な制約が今後現れると想定される。

2.諸外国の経済政策等の変化

(1)「イノベーション国家モデル」の台頭

 経済危機を克服し経済再生に成功した10か国・地域(※)を類型化し、その分析を行った「経済の発展・衰退・再生に関する研究会」報告書(財務省財務総合政策研究所)を見ると、

  1. 「ニュージーランド」型(市場重視型)
  2. 「フィンランド」型(技術重視型)
  3. 「オランダ」型(雇用重視型)

の3つのパターンの経済運営の類型のうち、先端産業育成、産学官の人材交流を伴う緊密な協調、政府によるベンチャー資金支援等を行った2.の「フィンランド」型(技術重視型)がもっとも高い生産性向上を示したことが報告されている。逆に、規制緩和・行政改革の成功例とみなされるニュージーランドの生産性向上は相対的には低いという結果が出ている。
 また、近年の分析をみても、フィンランドに代表される「技術重視型」の経済運営を行う国の生産性向上は大きい。また、フィンランドと同様、IT投資を含むイノベーション投資や産学連携を強力に推進した米国のTFPの向上も大きくなっている。

※ イギリス、フィンランド、オランダ、ポーランド、スペイン、スイス、アルゼンチン、ニュージーランド、香港、台湾

図:各国比較全要素生産性の伸び【()は改革の時期。TFPの伸びの各国比較】

図:各国比較全要素生産性の伸び【()は改革の時期。TFPの伸びの各国比較】
資料:財務省財務総合政策研究所「経済の発展・衰退・再生に関する研究会」報告書

(2) 産業への国家の関与が強まる傾向

 諸外国の一部においては、産業への国家の関与を強化する傾向があり、競争力強化につながる例も出てきている。
 例えば、台湾等のアジア諸国では、政府のサイエンスパークの設置、公的研究機関による民間企業の支援、税制優遇策等が産業の躍進に大きく寄与している。
 欧州では、各国政府やEUの施策が航空宇宙、自動車、情報通信分野の競争力強化に大きな役割を果たした。
 また、以前は経済活動への政府介入に消極的な傾向があった米国や英国においても、世界的な経済危機により、金融機関への資金投入や2009年の補正予算を定める米国再生・再投資法による巨額の研究開発投資等に見られるように、経済活動等に対する政府の関与を強めている(※)。


2008年11月に出された米国国家情報会議(NIC)の報告書「Global Trends 2025:A Transformed World」では、国家に重要な役割を担わせる経済マネジメントシステムを「国家資本主義」(State Capitalism)と呼び、「中国、インド、ロシアは西欧的な自由主義のモデルには従わず、国家資本主義のモデルを採用するだろう。(中略)韓国、台湾、シンガポールのようなほかの新興国もこのような国家資本主義を採用した。」としている。

(3) 世界的な「グリーン・ニューディール政策」の展開

 様々な地球規模問題の中でも、特に地球環境問題への関心は高く、環境保全と経済成長の両立が、我が国を含め、世界共通の喫緊の課題となっている。
 このような中、米国をはじめとする諸外国では、環境・エネルギー対策の強化によって雇用の創出と需要の喚起を図り、長期的な成長を目指す「グリーン・ニューディール政策」が展開されている。

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