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第3節 デジタル対応ワーキングチーム

1 はじめに

 本ワーキングチームの検討項目は,1デジタル化時代に対応した権利制限の見直し,2技術的保護手段の規定の見直し,3放送新条約(検討中)に係る制度の整備の3点であるが,3に関しては,現時点においては放送新条約の行方が流動的であるため,12に関して検討することとした。
 1デジタル化時代に対応した権利制限の見直しについては,関係者からの様々な要望の中から,まず,検討の必要性・緊急性が相対的に高いと思われた,(a)機器利用時・通信過程における一時的固定,(b)デジタル機器の保守・修理時における一時的固定等から検討を開始することとした。
 前者は,コンピュータ等の機器の利用時や通信過程において行われる著作物の一時的な固定を対象とするものである。そのような一時的固定が,従来とは異なり,「複製」と解されるとした場合,通常の機器の利用や円滑な通信に支障が生じないようにするために必要となる権利制限に関して検討が行われた。後者は,記憶装置・媒体内蔵型のデジタル機器の保守・修理に際して,機器に保存されているデジタルコンテンツを,利用者が継続的に利用できるように,一時的に保存し,保守・修理後の機器に複製する行為を対象とするものであり,そのような行為について権利制限を認めるべきかどうかが検討された。
 2技術的保護手段の規定の見直しについては,技術的保護手段が多様化しているという状況において,平成11年著作権法改正によって設けられた現行規定がこの変化に適切に対応しているか,あるいは適切に対応しておらず見直しが必要になっているかに関して検討が行われた。

2 機器利用時・通信過程における一時的固定について

(1) 問題の所在

 デジタル化,ネットワーク化の進展に伴い,コンピュータの機器内部における蓄積,ネットワーク上の中継サーバなどにおける蓄積など,機器の使用・利用に伴う,瞬間的かつ過渡的なものを含め,プログラムの著作物及びその他の著作物に関する電子データを一時的に固定する利用形態が広く用いられている。

 例えば,コンピュータにおいては,プログラムの実行にあたって,ハードディスクドライブ(HDD)等の補助記憶にインストールされたプログラムが,主記憶(RAM(注19))に蓄積される。CPU(注20)においては,RAMのメモリ内容を読み込んで,演算や画面生成などの処理が行われる。生成された画面はVRAM(注21)(ビデオRAM)に蓄積されモニタ画面に表示される。これらの蓄積は,基本的には,転送速度が遅い媒体から転送速度が速い媒体にデータを一時的に固定しておくことにより,処理の高速化を図るのが目的である。

 デジタル視聴覚機器においても,機器内でデータを伝達する過程において,バッファ(Buffer)(注22),RAMへの一時的な固定を行い,処理速度の異なる装置間の調整や,音飛び防止やデータ放送用画面の表示等の特定機能を実行している。

 インターネットの閲覧に当たっては,受信したWeb情報は,利用者のコンピュータ内にキャッシング(一時的に保存)され,再度同じWebサイトを閲覧する際には,サーバにアクセスせずに,コンピュータ内に保存されているデータを表示するように設定されている。また,ネットワークの経路においても,中継サーバ(キャッシュサーバ)において,中継したWeb情報を一時的に保存しておくことにより,他の利用者から同じWebサイトのアクセスがあった場合に,キャッシュサーバに保存されているWeb情報を提供することが行われている。これらの一時的な固定の目的は,特定のサーバに負荷が集中することを防ぎ,データ送信の効率化を図ることにある。


 著作権審議会においては,これまでも著作権法上の複製権の対象となる「複製」の範囲について検討が行われており,例えば,昭和48年6月の同審議会第2小委員会(コンピューター関係)報告書では,「(コンピュータの)内部記憶装置における著作物の貯蔵は,瞬間的かつ過渡的で直ちに消え去るものであるため,著作物を内部記憶装置へたくわえる行為を著作物の『複製』に該当すると解することはできない。」としていた。

 これらを受けて,一般的には,RAMへの蓄積(電源を切れば消去される蓄積)などのいわゆる「一時的蓄積」は,著作権法上の複製権の対象となる「複製」ではないと解されてきた。

 「一時的蓄積」を複製権の対象とすべきかという点について,文化審議会著作権分科会は,平成13年12月の「審議経過の概要」において,「実際に支障,損害が生じていないのではないか」,「公衆送信権等既存の権利で対応できるのではないか」,「著作権法第113条に規定する『みなし侵害』の拡大により対応すべきではないか」等の意見もあったが,「RAMへの常時蓄積など,複製権の対象とすることが適当な場合もある」と指摘した。しかし,「法改正の必要性については,実際に法制面での対応が必要な具体的な状況の有無,関連するビジネスの動き,国際的な場における検討の状況等を引き続き注視しつつ,必要に応じ,検討する」こととした。

 著作権法においては,「複製」は「有形的に再製すること」と定義(注23)されており,規定の文言上は,有形的な再製であるが「一時的」なものであれば複製には該当しないとはされていない。そのため,いわゆる「一時的蓄積」であっても,複製に該当すると解することができないではない。

 しかしながら,いわゆる「一時的蓄積」を「複製」に当たるとする方向で解する場合には,機器内部や通信過程の技術的プロセスにおいて不可欠なものなどについては,機器の使用や円滑な通信に支障が生じるおそれもあることから,権利を及ぼすことが適当ではないため,立法的措置の必要性について検討すべきである。

(注19)
  Random Access Memory;コンピュータの内部記憶装置
(注20)
  Central Processing Unit;コンピュータ内部でデータの処理を行う中央処理装置
(注21)
  Video Random Access Memory;モニタ画面に表示するデータを蓄積する記憶装置
(注22)
  Buffer;複数の機器等の間でのデータ転送時に,一時的にデータを保存しておく記憶装置等
(注23)
著作権法第2条第1項第15号

(2)過去の国際的議論及び各国の法制度

 平成8年12月のWIPO外交会議において採択された「WIPO著作権条約に関する合意声明」(注24)においては,「保護を受ける著作物をデジタル形式により電子的媒体に蓄積することは,ベルヌ条約第9条が意味する複製に当たると解するものとする。」としつつ,WIPO事務局より,瞬間的・技術的な蓄積についての議論の際に,「蓄積」については各国に異なる解釈の可能性がある旨指摘(注25)されている。

 欧州においては,EU著作権ディレクティブ(注26)において,「一時的(temporary)」な複製を権利の対象としつつ,過渡的又は付随的(transient or incidental)で技術的プロセスの不可欠で主要な部分であり,媒介者による第三者間のネットワークにおける配信又は適法な使用を可能にするための,独自の経済的重要性を持たない一時的複製行為を複製権の例外としている。これを受け,イギリス(注27),ドイツ(注28),イタリア(注29)において同旨の立法が行われている。

 米国においては,複製物とは著作物が固定された有体物であり,通過的期間を超える期間(a period of more than transitory duration)にわたって著作物を覚知し,再製し又はその他の方法で伝達することが可能な程度に永続的又は安定的に複製物に含められているときに,著作物は「固定」される(注30)としている。また,RAMへのプログラムの蓄積を複製とした判例(MAI判決(注31)等)があり,1995年9月の「知的財産権と全米情報基盤」ホワイトペーパー(注32)においても,この解釈を確認している。さらに,1998年の著作権法改正(注33)により,サービス・プロバイダが行う「素材の送信,転送,接続の提供又はその過程における素材の中間的かつ一時的な蓄積」,「システム・キャッシングにおける素材の中間的かつ一時的な蓄積」等の行為は,責任を問われないとしている。(注34)

(注24)
  WIPO, Agreed Statements Concerning the WIPO Copyright Treaty, CRNR/DC/96, December 23, 1996
(注25)
  Summary Minutes of Main Committee 1(CRNR/DC/102), 1086.
(注26)
  Directive 2001/29/EC of the European Parliament and of the Council of 22 May 2001 on the Harmonization of Certain Aspects of Copyright and Related Rights in the Information Society第5条
(注27)
  英国 1988年著作権・意匠・特許法(CDPA)第28A条
(注28)
ドイツ 著作権法第44a条
(注29)
  イタリア著作権とその行使に関する諸権利の保護に関する法律第68条の2
(注30)
  米国著作権法(17 United States Code)第101条
(注31)
  MAI Systems Corp. v. Peak Computer, Inc.(991F.2d 511 (9th Cir.1993)
(注32)
  United States, Information Infrastructure Task Force, Working Group on
Intellectual Property Rights, Intellectual Property and National Information
Infrastructure: The Report of the Working Group on Intellectual Property
Rights, September, 1995.
(注33)
  Digital Millennium Copyright Act
(注34)
  米国著作権法(17 United States Code)第512条

(3)基本的な対応の方向性

 現時点において,いわゆる「一時的蓄積」の様々な類型について,そのすべてを「複製」に当たると解すべきとする具体的な要請は見当たらないが,国際的な動向を考慮すれば,「複製」に当たると解する方向もあり得る。その場合に,どのような立法的措置が必要であるかを検討しておく必要がある。

 これまでの我が国における議論を踏まえると,いわゆる「一時的蓄積」の中に「複製」に当たると解される場合があるとしても,たとえば,CDプレーヤーにおいて音楽CDを再生する場合等に機器内部で行われている瞬間的・過渡的な蓄積は,直ちに消え去るものであるため,著作権法における複製の定義(注35)に該当する行為ではないと考えられる。他方,このような瞬間的・過渡的ではないものについては,「複製」と解されることになるであろう。しかし,後者の瞬間的・過渡的な蓄積ではない一時的蓄積(一時的固定(複製))については,現に日常的に行われているような機器の通常の使用や円滑な通信に支障が生じる場合などは,権利を及ぼすべきではない場合が多いと考えられる。



 なお,一時的固定(複製)の中には,現行の権利制限規定(注36)により,既に権利が制限されている行為もあると考えられるが,現行の権利制限規定が及ばない場合についても,通常の機器の利用や円滑な通信に支障が生じないよう,権利を及ぼすべきではない範囲が存在すると考えられる。

 権利を及ぼすべきではない範囲に関して,立法により法文上明確化する方法としては,(a)著作権法上の「複製」の定義から除外する,(b)著作権法上の「複製」であるとした上で権利制限規定を新たに設ける,という2つの方向性が考えられる。また,法文上明確にしない場合には,(c)「黙示の許諾」,「権利の濫用」等の解釈による司法判断に委ねる,という方向性も考えられる。このうち,(a)及び(b)の方向性を採る場合には,著作物の使用(視聴,受信,プログラムの実行等),又は利用(通信等)に伴い,「付随的」又は「不可避的」に生じる「一時的」固定(複製)であるものといった限定的な要件を付した上で,権利の対象から除外する必要がある。

 なお,権利制限という方向性を採る場合の許容性について検証すると,権利者は一時的固定の前段階である媒体への固定やアップロード等の行為に対して権利を行使する機会があり,その時点で,その後の著作物の視聴等を予測することができるのであるから,限定的な要件を付した上で,一時的固定に関する権利制限を行ったとしても,販売機会を失うなど,権利者に現実的な経済的不利益を与えることは想定されず,権利制限の許容性を有していると考えられる。

(注35)
 著作権法第2条第1項第15号;「有形的に再製すること」
(注36)
 私的使用のための複製(著作権法第30条),放送事業者等による一時的固定(著作権法第44条),プログラムの著作物の複製物の所有者による複製 等(著作権法第47条の2)

(4)複製権を及ぼすべきではない範囲

 一時的固定(複製)のうち権利を及ぼすことが適当ではないと考えられる行為として,次の13の要件を全て充たすものがあると考えられ,仮に立法的措置を行う場合には,これらを要件とすることが考えられる。

1著作物の使用又は利用に係る技術的過程において生じる
2付随的又は不可避的(著作物の本来の使用・利用に伴うもので,行為主体の意思に基づかない)
3合理的な時間の範囲内

 (3)において行った複製概念の整理と,上記の要件に従い,一時的な蓄積の代表的な事例について,「瞬間的・過渡的な蓄積であり,「複製」ではないもの」,「一時的固定(複製)のうち,上記13の要件に該当すると考えられるもの」及び「一時的固定(複製)のうち,上記13の要件に該当しないと考えられるもの」の3種に分類すると,次のようになると考えられる。


ア 瞬間的・過渡的な蓄積であり「複製」ではないもの
1  コンピュータにおけるプログラムの実行ンピュータにおけるプログラムの実行
処理装置(CPU)の読込み
ビデオRAMへの書込み
2  デジタルテレビの視聴
圧縮音声・映像データのバッファへの蓄積
3  ネットワークにおけるデータの伝達
電子メール等の伝達過程における蓄積

イ 一時的固定(複製)のうち,上記13の要件に該当すると考えられるもの
1  コンピュータにおけるプログラムの実行
主記憶(RAM)への蓄積
補助記憶のドライブキャッシュ(注37)
CPUにおける1次キャッシュ/2次キャッシュ
2  デジタルテレビの視聴
データ放送用データのRAMへの蓄積
3  ネットワークにおけるデータの伝達
利用者のコンピュータ内のキャッシュ
中継サーバにおけるキャッシュ

ウ 一時的固定(複製)のうち,上記13の要件から外れると考えられるもの
1  コンピュータにおけるプログラムの実行
主記憶(RAM)への蓄積(常時蓄積)
2  デジタルテレビの視聴
HDDへの一時的な保存(タイムシフト機能等)
3  ネットワークにおけるデータの伝達
ミラーサーバ(注38)における蓄積

 しかし,技術の進展に伴い,様々な形態の一時的固定が出現しており,また今後も出現することが予想されるため,上記13の要件では,権利を及ぼすべきではない場合のすべてを対象とすることは困難であると思われる。例えば,通信の効率性を高めるために行われるミラーサーバにおける蓄積や,災害時等のサーバの故障に備えたWebサイトのバックアップサービスなどは「不可避的又は付随的」とは言い難いため,上記の要件からは外れてしまうが,通信の効率性や安全性の点から,権利を及ぼすべきではないとする社会的な要請が強いと考えられる。このため,権利制限規定を新たに設ける場合においても,明示的に権利が制限されていない一時的固定がすべて複製権の対象であるとする反対解釈は,避けるべきである。更に,必要な場面を想定し,個別に別途の権利制限規定を設けるなど,必要な措置を追加して検討する必要があると考えられる(デジタル機器の保守・修理時における一時的固定については,後述参照)。

 また,通信過程におけるキャッシュなど,複製行為の主体が必ずしも明らかでない場合や,使用者の意思の有無によらず,あらかじめ一時的固定の機能が機器に組み込まれている場合など,複製主体が誰であるのかという議論もあわせて行うべきとの指摘もあった。

 したがって,これらの課題については,今後の技術動向を見極める必要もあることから,現時点では緊急に立法的措置を行うべきとの結論には至らなかった。しかし,法的予測可能性を高め,萎縮的効果を防止することにより,権利者や利用者が安心して著作物を流通・利用できる法制度を構築する観点から,今後も立法措置の必要性について慎重な検討を行い,平成19年を目途に結論を得るべきものとした。

(注37)
 高速処理を行うため,一度読み込まれたプログラムを一時的に記憶するもので,補助記憶(HDD等)で行うドライブキャッシュのほか,CPUにおいて行われる一次キャッシュ,二次キャッシュも同様の目的で行われる。
(注38)
 アクセスの多いサイトについて,他のサーバに同じ情報を蓄積して,特定のサーバに負荷が集中しないようにするもの。

3 デジタル機器の保守・修理時における一時的固定等について

(1)問題の所在

 近年,ハードディスクドライブ(HDD),フラッシュメモリ(注39)等の記憶装置・媒体内蔵型のデジタル機器が普及してきている。これに伴い,デジタルコンテンツの配信や視聴のサービスも多様化している。デジタルコンテンツは品質が劣化することなく複製が可能となることから,関係者間の契約や技術仕様により,デジタルコンテンツが外部に流出しないような設計がなされている。

 これらのデジタル機器のうち,特に携帯電話の普及が目覚ましい(注40)。そして,携帯電話の普及とともに保守・修理を行う機会も増えている。その際,携帯電話に保存されているコンテンツの消失を避けるため,他の機器にコンテンツのバックアップを行い,保守・修理を行った後に元の機器(修理に伴い利用者の意向に関わらず機器が交換される場合は交換された機器)にコンテンツを復元することについて,権利を制限してほしいとの要望が利用者や修理等に携わる業者から寄せられている。
 現行制度では,権利の対象となっているコンテンツ(注41)を使用者以外の者が許諾を得ずに一時的に保存する等の行為について,「黙示の許諾」,「権利濫用」等の解釈や「私的複製」を拡大的に解釈することにより,権利侵害ではないと解釈する余地もあるが,著作権法を字義どおりに解すれば,第30条等の「権利制限」の各規定の要件には該当せず,「複製権」侵害となり,違法であると考えられる。

 また,携帯電話以外にも,パーソナルコンピュータ(PC),PDA(Personal Digital Assistance),デジタルテレビ,HDDレコーダーなどHDD,フラッシュメモリ等の記憶装置・媒体を内蔵するデジタル機器も普及しつつあり,これらの保守・修理についても同様の課題があると考えられる。

(注39)
 半導体メモリの一種。デジタルカメラ,携帯型音楽再生機等のデータ保存に用いられる。
(注40)
 総務省調査「平成16年通信利用動向調査」携帯電話利用率平成16年度65パーセント。(http://www.soumu.go.jp/s-news/2005/pdf/050510_1_01.pdf
(注41)
  単なるデータなど,著作権法における保護の対象ではないコンテンツは,著作権を侵害することなしに複製を行い得るため,本稿における検討の対象としない。

(2)本課題を巡る状況

1関係者の意向

 携帯電話を対象とした配信事業において,デジタルコンテンツを提供する場合,関係者であるコンテンツホルダー,コンテンツプロバイダ(仲介者),キャリア(伝達者)等が契約内容や技術仕様等を決めて,ビジネスモデルを構築する。
 その際,デジタルコンテンツの価値や使用形態に応じて,コピーコントロールなどの技術仕様や価格が設定される。デジタルコンテンツの特徴の一つは,品質が劣化せずに複製が可能となることであり,著作権者等が最も懸念するのがデジタルコンテンツの無許諾な外部への流出である。

2デジタル機器の保守・修理の実態

 デジタル機器のうち,携帯電話については,例えば,機器の不具合等による回収修理を行う場合,機器に保存されているデジタルコンテンツが継続的に利用できるように,通信会社は主要な権利者団体に相談し,「一時的な保存」等に関する許諾を得た上で保守・修理を行うことがある。
 また,故障時にコンテンツの移行を容認するか否かをコンテンツプロバイダが意思表示する識別子をコンテンツに付す技術も開発され,一部の機器では運用されている(注42)。しかし,それらの機能を持った機器は現状では十分な普及段階に達しておらず,また携帯電話のデジタルコンテンツの種類は多種多様であるため,個々の携帯電話端末の保守・修理の際,通信会社又は修理業者が保存されているすべてのデジタルコンテンツの種別に関する情報を調べて,著作権の有無や著作権者の所在等を確かめた上で,個別に権利者の許諾を得ることや事前に包括的な許諾を得ておくこと等は,事実上困難な状況であり,利用者はコンテンツの移行を断念せざるを得ない場合も多いと考えられる。

 また,近年,PCだけではなく,デジタル音楽再生機やデジタルカメラ等HDDプレーヤー又はフラッシュメモリ等の記憶装置・媒体内蔵型の機器が普及してきている。これらの機器の記憶装置・媒体が故障した際には,そのままではデータ自体を再生することができないため,まず,コンテンツなど記録されているデータを保護するためバックアップ機器に一時的に保存してから,修理し,修理後の機器にデータを復元することが必要となる。しかしながら,特にPCのHDDの故障の際に修理サービスを行う業者には中小規模事業者も多く,利用者の求めに応じて修理を行う際に,HDDに書き込まれているファイルの権利に関する情報を確かめて,個別に権利者の許諾を得ることは実際上困難である。

 以上のような事情から,保守・修理等に携わる事業者や利用者からは,デジタル機器の保守・修理時における著作物の「一時的固定及び保守・修理後の機器への複製(以下「一時的固定等」という。)」について権利制限として認められるよう要望がなされている。

(注42)
 NTTドコモ FOMA901i/700iシリーズ(http://www.nttdocomo.co.jp/p_s/imode/drm/koshou.html

3デジタルコンテンツに対する利用者の認識

 利用者にとっては,デジタル機器に不具合が生じた際に,著作権法上の規定による制約のため,保存されているデジタルコンテンツの継続的な使用ができなくなることは,納得し難いところである。このため,コンテンツ提供者や修理業者への不満も高まっており,平成17年3月には,携帯電話のケースを事例として,独立行政法人国民生活センターの報告書(注43)が取りまとめられている。同報告書では「携帯電話会社の給付した携帯電話端末に不具合があった以上,本来的には携帯電話会社がコンテンツを引き継げるよう諸種の手続き(コンテンツプロバイダからコンテンツの引継ぎに関する承諾を得るなど)を実施すべきである。」とし,携帯電話会社の努力義務を指摘している。更に,「本件のようなトラブルの際に,著作権法上コンテンツの引継ぎができず,結果として消費者が不利益を被る状況が生じている。(中略)消費者の不利益を解消するためにも,携帯電話端末の不具合による修理や交換の場合には,修理,交換に当たる事業者がその携帯電話端末に収納されているコンテンツの引継ぎ行為を行うことができるように著作権法を改正することが求められる。」として,著作権法の改正の必要性についても指摘している。

(注43)
 「携帯電話端末の交換等に伴う有料コンテンツ引継ぎのトラブルについて」独立行政法人国民生活センター相談調査部消費者苦情処理専門委員会事務局 平成17年3月

(3)立法的措置を講じる場合の検討

1権利者に与える経済的な損失の検証

 権利者は,購入されたコンテンツが利用者のデジタル機器において継続的に使用されることを,サービスの内容として認めて利用許諾を与えている。また,コンテンツビジネスにおいて著作権者等が最も懸念するのがデジタルコンテンツの無許諾な外部への流出である。機器の保守・修理時における一時的固定等は,その際のコンテンツの外部流出の防止が担保されれば,権利者に経済的な損失を全くあるいはほとんど与えないと考えられる。

2コンテンツの外部流出の防止のための担保措置

 デジタル機器の保守・修理時において,修理等を行う者によるコンテンツの一時的固定等を認める場合には,コンテンツが外部に流出しないための担保措置が不可欠である。そのため,デジタル機器の保守・修理を行う者は,保守・修理の作業が終了し,当該コンテンツを修理後の機器に複製した後は,バックアップしたコンテンツを消去することが求められる。そのため,本内容を著作権の「権利制限」として取り扱う場合には,デジタル機器の保守・修理の目的上「必要と認められる限度」の複製に限って認めることとし,保守・修理後に直ちにコンテンツの消去を行わない場合やバックアップ以外の用途で複製を行った場合は,権利制限の対象としないこととする必要があろう。

3デジタル機器の特定

 デジタル機器の保守・修理時における一時的固定等について,「権利制限」として認める場合に,対象となるデジタル機器の範囲としては,携帯電話,PC,デジタル音楽再生機,デジタルカメラなどが考えられるが,記憶装置・媒体を内蔵する機器としては今後も様々な新しい機器が開発されることが予想される。そのため,「権利制限」の対象となる機器は,「記憶装置,媒体内蔵型の機器」とし,法令等により具体的な機器の詳細を特定することは適当ではないと考えられる。
 なお,CD−R,DVD−R等の記録媒体そのものについて,現状では一時的固定を伴うような修理の実態は生じていないため,「権利制限」の対象とする必要はないと考えられるが,今後,新たな記録媒体の開発や大容量化等により,一時的固定を伴う修理が一般的となった場合には,実態に応じた規定の見直しについて検討することが求められよう。

4著作物の種類

 記憶装置・媒体内蔵型機器は,コンピュータプログラムをはじめ,音楽,映画など様々な著作物を記録することが可能であり,著作物の種別により本措置の対象とすべきか否かという取扱いを違える理由はないであろう。したがって,あらゆる種類の著作物を本措置の対象とすべきである。
 また,機器に保存されている著作物が違法に複製されたものである場合があり,その場合は本措置の対象から外すことも考えられる。しかしながら,通常は,違法複製物であるか否かについて,修理業者が区別をすることは困難であるため,著作物が違法に複製された場合を「権利制限」の対象としないとすると,修理業者が萎縮することにより,適法に複製されたものであっても,一時的固定等を行うことを避ける可能性があり,「権利制限」を設ける意味が相当に失われることとなる。保守・修理後のコンテンツが消去されるのであれば,違法複製物の数が増加するわけではないことも考えると,現段階では違法複製物を本措置から除外する必要はないと考えられる。

5買い替えによる機器の更新

 デジタル機器が故障した際に,製造業者によるユーザーサポートが既に終了している場合など,利用者にとっては,やむを得ず修理ではなく買い替えを行うことは少なくないと考えられる。また,修理を行うよりも買い替えを行った方が安価である場合には,利用者は買い替えを望むであろう。しかしながら,このように機器を更新する場合についても著作権を制限するとすれば,様々な記憶装置・媒体に劣化しないコピーが半永久的に転々と保存され続けることを許容することになり,権利者にとっては将来のコンテンツの販売の機会を失うことになる。これは,保守・修理時に限定した場合と比べて,権利者の経済的な影響が非常に大きいと考えられる。このため,基本的には買い替えのように機器の更新を行う場合は本措置の対象外とすべきである。
 ただし,機器に欠陥が見つかった等の理由で,製造業者が無償で機器そのものを交換する場合については,利用者ではなく製造業者の責任によって機器の更新という事態が生じるものであり,かつ「無償」という限定があるため,買い替えによる機器の更新のように,権利制限の範囲が広範囲に及んでしまうおそれがないことから,保守・修理の場合と同様に取り扱っても差し支えないと考えられる。

6技術的保護手段の回避

 現行制度では,著作権法第120条の2第2号において,「業として公衆からの求めに応じて技術的保護手段の回避を行った者」について罰則が設けられている。
 デジタルコンテンツには,コピープロテクションなどの技術的保護手段が施されているものもあるが,業者が保守・修理を行う際には,技術的保護手段を回避(注44)することなくデジタルコンテンツのデータを一時的に固定することが可能であることも多く,技術的保護手段の回避を許容しなければ,本措置を講ずる意義が消失するとは考えられないため,今回の検討においては対象外とした。したがって,権利制限規定を新たに創設した場合においても,修理業者が公衆の求めに応じて「技術的保護手段の回避」を伴う一時的固定を行えば,著作権法第120条の2第2号において罰則の対象となると解される可能性がある。
 今後,技術的保護手段の回避を伴う一時的固定等について明確に罰則の対象外とする措置を講ずることを検討する場合には,除去又は改変を行った信号を再度施すことを事業者に義務付けすることや,私的複製における回避行為の禁止(著作権法第30条第1項第2号)との関係などについて更に慎重な分析が必要である。

(注44)
 「技術的保護手段に用いられている信号の除去又は改変を行うことにより−」(著作権法第30条第1項第2号)

(4)条約上の要請,諸外国の法制度の整理

1条約上の要請との関係

 デジタル機器の保守・修理時の一時的固定等が「権利制限」として認められるためには,著作権等関連条約のいわゆる「スリーステップテスト」(注45)の要件を充たす必要がある。すなわち「著作物の通常の利用を妨げず,著作者の正当な利益を不当に害しない特別な場合」に限り「権利の制限」が認められる。

 本件の場合は,機器の保守・修理という「特別な場合」であり,配信等によるコンテンツの「通常の利用(流通)」を妨げるものでもない。また,一時的に固定した著作物は保守・修理後に消去することが法的に担保されるのであれば,「著作者の正当な利益を不当に害しない」と考えられる。したがって,「スリーステップテスト」の要件は充たされると解される。

(注45)
 ベルヌ条約第9条(2),TRIPS協定第13条,著作権に関する世界知的所有権機関条約(WCT) 第10条,実演及びレコードに関する世界知的所有権機関条約(WPPT)
第16条第2項

2諸外国の法制度の整理

 諸外国のうち,米国とドイツにおいて,機器の保守・修理時における著作物の一時的固定等が「権利制限」として認められている。
 米国著作権法では,機械の所有者又は借主は,機械の保守・修理の目的で,コンピュータプログラムを一時的に固定することができる。ただし,複製された著作物が保守・修理以外の目的で使用されず,修理後直ちに廃棄することが求められている(注46)
 また,ドイツ著作権法では,録音装置,録画装置,無線送信装置の販売,修理において,著作物を一時的に固定すること等ができる。ただし,目的終了後遅滞なく,著作物を消去することが求められている(注47)。

(注46)
米国著作権法第117条(c)
(注47)
ドイツ著作権法第56条

(5)基本的な対応の方向性

 以上の検討により,デジタル機器の保守・修理時の一時的固定等については,個別に許諾を得ることや事前に包括的な契約を行うこと等により解決しようとしても,権利者が膨大になるなどの理由から係者の自主的な取組では対応が困難な場合が想定され,修理業者の事業活動を萎縮させることによる国民生活への影響が大きい。一方,権利者の懸念である「デジタルコンテンツの外部への流出」については,保守・修理時(「無償」で機器を交換する場合を含む。)に限定し,作業後のコンテンツの消却を義務付けること等により,その防止を担保することが可能であり,権利者の利益が不当に害されることはないと考えられる。

 したがって,デジタル機器の保守・修理の過程において,当該機器に著作物が保存されており,保守・修理により消失のおそれがある場合には,一定の条件の下,著作物を一時的に固定し,保守・修理後の機器に復元することが可能となる要件を法文上明確化すべきである。

 具体的な要件を整理すると,次のようになる。

1記憶装置・媒体を内蔵する機器に記録されている著作物は,
2機器の保守・修理(機器を無償で交換する場合を含む)を行うため,
3その目的上必要と認められる限度において一時的に複製し,
複数個の複製物を作成しないこと
保守・修理完了後は,作成した著作物の複製物を直ちに削除すること

4 保守・修理完了後の機器へ複製することができる
 本ワーキングチームにおいては,14の要件の下で,保守・修理時における一時的固定等について,複製権を制限する規定を新たに設けることが適当であるとの結論を得た。



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