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資料1

「文化多様性に関する基本的な考え方について(案)」


まえがき
ユネスコにおける検討の経緯
 情報や経済のグローバル化に伴い,民族的,宗教的な対立が激化する一方,従来の国民国家の枠組みにとらわれない,地域的,文化的な運動が世界各地で広がっている。
 ユネスコでは,異なる文化間の相互理解を深め,寛容,対話,協力を重んじる異文化間交流を発展させ,世界の平和と安全に結びつけるため,平成13年に「文化多様性に関する世界宣言」が採択された。さらに,平成15年10月の第32回ユネスコ総会では,平成17年秋の次回ユネスコ総会に向けて,文化多様性に関する国際規範の策定作業を開始することが決議され,具体的な検討作業が開始されている。

我が国の文化財保護と文化振興の取組状況
 我が国は,有史以来大陸の文化を受容しつつ,これを消化,吸収し,独自の文化を形成してきた。特に明治以降は,欧米の近代文明を普遍的な原理として受れ入れることと,我が国文化の固有性を確認する個性化の方向が相互にせめぎ合ってきた。これまでの我が国の文化政策は,このような普遍化と個性化を同時かつ同等に満たし,新たな地平が開拓されることを基本として推進されてきたといえる。
 そして80年代以降には,地方の時代,文化の時代が叫ばれるようになり,文化に個性化の方向が強く求められるようになった。こうした動きの中で、文化的中央と文化的地方の解消や,国内における文化多様性への認識が深まりつつある。
 我が国は,伝統文化に関しては,各国に先駆けて無形文化遺産をも対象とする文化財保護法を昭和25年に整備した。また、平成5年には,無形文化遺産保護のための信託基金をユネスコに設置し,途上国の無形文化遺産の保護に継続的に協力するなど,この分野の先進国として,従来から無形文化遺産の重要性を唱えてきた。さらに,昨年のユネスコ総会において,我が国は,こうした経験を踏まえて,無形文化遺産保護条約の採択に向けてリーダーシップを発揮し,大きな貢献を果たすことができた。我が国のこうした取組みは世界的に高く評価されている。一方,芸術文化活動への支援については,平成2年に芸術文化振興基金を設立するとともに、平成8年からは従来の助成措置を抜本的に拡充したアーツプランによる支援を行っているほか,映画,マンガ,アニメーションをはじめとするメディア芸術への支援や税制面からの各種支援も行っている。
 文化審議会文化政策部会では,このような状況に鑑み,我が国が文化多様性の保護,促進を図り,国際社会に積極的に貢献するため,本部会に「文化多様性に関する作業部会」を設置し,文化多様性に関する基本的な考え方について検討を行った。以下はその検討のまとめである。

第1:文化多様性について
1. 文化多様性とグローバリゼーション
(1) 文化多様性の意義
 文化多様性とは,民族,地域及びコミュニティが独自の歴史的文化的背景を有する様々な文化を有すること,或いはそのように様々な文化が存在する状態を意味する。なお,世界的な視野で文化多様性という言葉が使われる場合もあれば,国内での民族,地域,コミュニティについて文化多様性という言葉が使われることもある。
 文化芸術は,創造性をかきたて,革新を刺激し,21世紀の人間生活を豊かにする可能性を有する社会的及び経済的な活力の源泉である。文化の多様性を保護、促進することは、心豊かな社会を形成し、経済の活性化を促し、ひいては世界の平和に寄与することにつながると考える。

(2) グローバリゼーションと文化多様性の関係
 経済相互依存関係の深まりや国際的な交通・通信手段の飛躍的な発達により,国境を越える人,物,金,情報の移動が一層激しくなり,各国の人々が異なる文化に接する機会も著しく増加している。異なる文化間の接点の増加は,文化間の創造的な相互関係を促進する。
 例えば、文化財に関しては、世界遺産条約によって世界的な枠組みが作られたことが,文化によって価値観が異なることを人々が認識するよい契機となった。すなわち,石の文化の伝統を持つヨーロッパの文化財のみならず,京都,奈良の建造物群に代表される木造建造物も世界遺産に認定されるようになり,解体修理を経て維持されてきたものにも文化財としての価値があることが,世界に広く知られるようになった。このように,多元的な価値観を認める文化多様性の意識が国際社会で生まれている。
 また,ブロードバンド時代が到来し,国境を越えて文化的コンテンツが流通する中で,情報の共有化が進むことになり,多様な文化の共存や新たな文化の創造の環境が作られることが期待される。
 このようにグローバリゼーションの進展により,文化多様性の認識が広がる一方で,言語の急速な消滅,及び製品,法規範,社会構造やライフスタイルの画一化により,文化的アイデンティティの危機を巡る緊張が高まり,文化多様性が脅かされているといった指摘もある。
 また,国民経済が世界市場の中に飲み込まれていく状況の中で,先進国の文化産業が途上国の市場に浸透し,それぞれの地域の歴史や文化の基盤の上に発展してきた固有の文化が損なわれ,地域文化の創造性やアイデンティティが失われてしまうといった声もある。
 グローバリゼーションと文化多様性の関係については,このようなグローバリゼーションによる問題を過度に意識することなく,全ての人々が,他の人々の文化と価値観を自らの文化と価値観と同等に尊重しつつ,共存できるような魅力ある社会を構築することが重要である。
 また,文化の交流を通じて各国,各民族が互いの文化を理解し,尊重し,多様な文化を認め合うことにより,異文化間,異文明間の新たな対話のための条件が整い,それによって,国境や言語,民族を越えて人々の心が結ばれ、世界平和の礎が築かれることが期待される。

2. 文化と経済との関係
(1) 芸術文化の二面性
 文化の在り方は,経済活動に多大な影響を与えるとともに,文化そのものが新たな需要や価値を生み出し,多くの産業の発展に寄与するものである。文化と経済の関係は,近年益々密接になっており,経済力と文化力は,車の両輪として社会を発展させる原動力として考えられている。しかし,文化は人間の生活や歴史に根付いたものであり,単なる経済的価値とは区別されるべき特殊な地位を有しており,文化の問題は文化的価値の観点から,その基本的な理念を整理した上で,経済的な面との調整を図ることが必要である。

(2) 自由貿易と文化多様性の関係
 GATTの中では,自由無差別な貿易の例外として,映像フィルムや,歴史的,美術的または考古学的な価値のあるものを保護するための措置は認められていた。また,WTOのサービス貿易交渉(GATS)では,ECやカナダが音響・映像サービスは固有の言語,民族の歴史または文化的遺産の維持に重要な役割を果たすものであり,文化的価値の保護のための措置は一般的例外とすべきことを主張したが,米国等の反対により認められなかった。この結果,EC諸国はWTOのサービス貿易交渉において音響・映像サービスの貿易自由化を約束しないことで妥結した。
 文化的財,サービスの流通が進展することは,人々が,他文化に接する機会をより増やすという意味において,文化多様性を促進させる意義を有するが,逆に,文化的財,サービスをすべて自由無差別の原則に委ねた場合,競争原理の働きによって,多くの財,サービスの市場からの退去を促し,結果的に人々が享受することができる他文化の範囲を狭め,文化多様性を損なう可能性がある。したがって,文化的財,サービスの流通の進展が,異なる文化的表現の共存を保障し,文化多様性との相互補完的な関係を構築できるように,経済,貿易の観点からのみでなく,文化そのものの観点から検討していくことが必要である。

第2:文化多様性を保護・促進するための我が国の取組み
1. 今後の我が国の文化政策の基本的方向
 日本文化の特質は,文化の多様性の確保に向けた大きな可能性を秘めている。まえがきでも述べたとおり,日本社会は,古来より多種多様な外来文化を受容しつつ独自な文化様式を形成してきた。圧倒的な権威や排他的な価値が中心に存在しない中空構造に支えられた日本社会は,多様な文化をバランスよく包み込む,いわば文化の多様性空間として機能してきた。
 諸外国との文化交流を図りつつ形成されてきた我が国の文化について再確認することは,他の文化に対する寛容や尊重の気持ちを育むことになる。それは,我が国の文化が国際的に多様な刺激を受けて,新たな創造を加えつつ発展していくうえで重要であるのみならず,国際社会における我が国の文化的地位を確かなものとし,世界の文化の発展に寄与するものである。
 今後の我が国の文化政策においては,他文化の受容も心がけつつ,国際的評価に値する独自の文化を創造することが必要である。日本は,まさに魅力ある文化を持つ国として,国際文化交流を通じて文化面での国際的な貢献を積極的に展開することが重要である。

2. 分野別の我が国の取組み
 文化多様性を保護,促進する観点から,特定の領域だけでなく,文化的,社会的な実情も踏まえ,生活文化やアニメーション,ポップミュージックなど幅広い分野を支援していくことが重要である。こうした幅広い文化の分野に対して我が国がどのような支援を行うかについては,文化の分野を分類した上で,有限な人的資源,物的資源をどのように配分するのか,また国が支援するものと民間の自由な取組みに委ねるものを考慮しながら慎重に検討することが必要である。
 国は,文化芸術振興基本法に規定する多様な文化芸術に対して適切な支援を行っていく必要があり,以下1文化遺産,2オペラ,オーケストラその他の舞台芸術等,3メディア芸術の分野ごとに検討する。
〔文化の分類ごとの国の支援の在り方〕
1 文化遺産
 有形文化財はもとより,伝統芸能や,無形の民俗文化財,その他の無形の文化財などの文化遺産については,国家的な財産として将来の世代にこれらを残していくように十分な保護及び継承のための措置を講じることが必要である。
 我が国は,文化遺産の保護に関しては,各国に先駆けて無形文化遺産をも対象とする文化財保護法を昭和25年に整備し,我が国の有形・無形の文化遺産の保護を図ってきた。文化財保護法により,我が国の有形・無形の文化遺産については,将来の世代に残していくための保護が図られており,これらの成果として我が国の文化遺産の多様性は維持されてきている。
 昨年11月のユネスコ総会で,無形文化遺産の保護に関する条約が採択されたが,この採択にあたっては,我が国の経験を活かし,同条約の採択のための積極的な働きかけを行ってきた。この条約の発効後,より具体的な無形文化遺産の保護の取組みについて議論されることとなるが,我が国としてもこれまでの我が国の知見を生かし,積極的に貢献していくべきである。
 それらのためにも,日本国内での人材育成や文化遺産に関する情報発信などの充実が必要である。

2 オペラ,オーケストラその他の舞台芸術等
 オペラ,オーケストラその他の舞台芸術等については,市場のグローバル化により,今後各国間で摩擦が多くなることが予想される。また,自由無差別の原則が導入されると,国際競争の激化等から国内における活動が衰退する恐れもある。そのような事態を回避するためには,日本の文化的,社会的実情に合った独自の評価軸を確立した上で,国内における人材育成や関連情報の整備,市場の充実等の環境整備の努力を継続することが重要である。
 また,舞台芸術の分野では最近アジアへの関心が高まっているが,欧米にはないアジアの伝統的な文化を日本が積極的に広く発信していくことが期待される。

3 メディア芸術
 我が国の映画,音楽,アニメ,コミック,ゲームソフトと言ったメディア芸術は,国外でも高い評価を受けている。しかし,これらのメディア芸術の海外発信等の観点からは現状は必ずしも十分とは言えず,本年5月の「コンテンツの創造,保護,及び活用の促進に関する法律」の成立や,政府における知的財産推進計画の策定を踏まえ,コンテンツの創造,流通や普及を一層推進するため,国が適切な支援を行うことが必要である。
 具体的には,日本の文化的,社会的実情に合った独自の評価軸を確立するとともに,メディア芸術の優れた作り手の創作企画に関する積極的な支援や,優れたアニメーションやデジタルアート等の新しいメディア芸術について顕彰を行って人材を育成することが重要である。また,これらのメディア芸術の創造に不可欠な研究開発や,失敗しても再起しやすい環境を整備して,若い才能を活かすシステムを構築することも大切である。
 さらに,国際文化交流の推進の観点からは,1アジア諸国における海賊版対策の強化,2海外のメディア芸術祭への参加や海外映画祭への出品などの支援,3中国や韓国をはじめとするアジア諸国とのメディア芸術の分野における共同製作の促進などを通じて,我が国のメディア芸術の海外発信を支援することにより,「楽しい文化を創造する日本の魅力」の発信を図っていくべきである。

第3:文化多様性の保護,促進のための国際的な体制の構築
1. 文化多様性に関する国際規範の検討への我が国の基本スタンス
(1) 文化多様性条約の我が国の基本スタンス
 豊かな文化多様性の保護,促進を保障することを任務としているユネスコは,平成13年に文化多様性に関する世界宣言を採択し,世界遺産条約や無形遺産条約など文化多様性の保護,促進に資する国際的な規範の策定や各国の取組みへの支援を行っている。このため,文化多様性の保護,促進のための今後の取組みをユネスコの枠組みで検討していくことについては,国際的な合意があると考える。
 近年のグローバリゼーションの進展により文化多様性の確保が一層重要となっていることに鑑み,ユネスコにおいて文化多様性の保護,促進のための国際的な枠組みが構築されることを支持すべきである。なお,検討に当たっては,他の国際約束と法的な抵触が無いこと及び文化的財,サービスの国際的な流通の促進を妨げることがないように配慮する必要がある。
 我が国としては,本条約策定の動きを,単にWTOのサービス貿易交渉の延長線上にあるものととらえるのではなく,我が国国民にとって望ましい日本文化のあり方及び人類全体にとって望ましい世界文化のあり方とは何かという観点から,政府間の条約策定手続に臨むべきである。

(2) 文化多様性条約の対象範囲,他の条約との関係
 もともと文化多様性条約の必要性が考えられるようになったのは,GATTウルグアイラウンドやWTOのサービス貿易交渉(GATS)の議論の中で,音響・映像サービスといった,いわゆるコンテンツの取扱いが議論されたことにある。文化多様性に関する条約の審議においても,特に音響・映像サービスをどのように取り扱うかが焦点になると考える。しかし,文化多様性の保護・促進についての取組みは,必ずしも音響・映像サービスに限定されるものではない。
 このため,文化多様性に関する条約の対象範囲は,先行する世界遺産条約や無形文化遺産保護条約等を勘案した上で,今後の人類の文化のあるべき姿を理念的に示すものとすべきである。

(3) 各国の権利義務
 自国文化の認識は各国の存在(アイデンティティ)を確立する上で不可欠であり,各国は基本的に自国文化を保護するために一定の措置を講じる権利を有すると考える。
 しかし,各国が,それぞれの判断で,文化的財,サービスの流通についての規制措置を講じることについては,それを認めると情報通信や言論(表現)の自由を侵しかねないとか,各国が排他的な規制措置を進めると,それぞれの国の国民が,国内で他国の文化的財,サービスを通じて他国の文化に接する機会が狭められる結果になるという指摘がある。
 このため,ユネスコにおいて,各国が行う文化政策についてデータベースを構築したり,各国の文化政策担当者が集まって議論する場を提供することにより,各国が情報を共有しながら,文化多様性を保護,促進し,創造的な文化活動を互いに促進するような取組みを行うことができる環境を整備することが必要である。

(4) 文化多様性を保護・促進するための措置の内容
 文化には,市場の失敗の問題や,文化それ自体の持つ外部性(市場で測定できない価値)の問題があり,文化的財,サービスを全て市場経済に委ねた場合,少数者の嗜好するものが駆逐される恐れがある。そのため,文化の保存及び振興に当たっては,補助金,規制措置,税制控除等の公共政策が不可欠である。
 文化遺産やオペラ,オーケストラその他の舞台芸術等については,文化の特殊性の観点から,国内における指定,登録を推進するとともに,助成措置を充実することが考えられる。一方,メディア芸術については,国際的な保護,促進に関する施策として,国内の映画の上映のうち,外国映画の上映を一定の比率以内とするクォータ制の導入や投資法に基づく外資の市場参入規制などを提案する国もある。しかし,このような規制措置は文化多様性の障壁となる恐れが考えられるため,基本的には規制措置をとるのではなく,各国が人材育成,資金調達,税制控除等の環境整備を行うことが望ましい。

2. 我が国の今後の取組み(提言部分)
 以上述べた基本的な考え方に基づき,我が国は,文化多様性の保護,促進のために,今後ユネスコにおいて検討される「文化多様性に関する条約」について,我が国のこれまでの経験を踏まえ,下記の点を中心に積極的に貢献していくことが求められる。
1 文化多様性の保護,促進のための施策の充実
 日本人が有する創造性を奨励しながら,地域における文化の振興を図るとともに,これまで以上に外国からの文化の受容を積極的に行い,我が国の独創的な魅力ある文化を創造し、これを海外に発信し,国際社会における我が国の存在感を高めていくことが必要である。
 このため,文化庁においては,芸術文化活動に対する助成の充実を図るとともに,各分野において若い優秀な人材を育成していく仕組みづくり,表彰,顕彰の実施,国民が芸術文化に触れる機会の提供,国内外の文化芸術活動の状況及び文化政策に関する情報の収集並びにデータベースの構築,国際会議等への積極的な対応等に努めることが重要である。

2 アジア諸国との国際的な共同制作活動の促進
 近年,日本と韓国,中国等の間で合作映画の製作や舞台芸術の共同公演,コンテンツ振興や知的財産に関するシンポジウム,セミナーの開催などの取組みが始まっている。異なる文化的背景を持つ海外の芸術家,芸術団体との国際共同制作活動は,文化多様性の中で新たな創造を行う重要な機会となりうるものである。このような観点から,アジア諸国との連携をはじめとした国際的な共同制作活動を促進することが重要である。
 今後は,アジア諸国を中心に,国際交流年などを活用しながら,コンテンツに関する人材育成や共同制作等を行う交流促進メカニズムを構築することが重要である。

3 ユネスコを通じた国際協力への貢献
 ユネスコにおいては,各国が行う文化政策について各国が情報を共有することができるように,データベースの構築や,各国の文化政策担当者が情報を交換する場を創設するとともに,途上国が文化多様性を保護,促進するための措置を有効に講じることができるように,人材育成プログラムの開発などの能力構築を支援していくことが重要である。
 我が国としては,望ましい国際協力のシステムの在り方を検討した上で,ユネスコ等における議論の場で積極的に提案していくとともに,こうしたシステムが構築された場合には,我が国の経験を踏まえ事業のフォローアップを支援していくことが望ましい。


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