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資料3

著作権法における親告罪の在り方に関する論点まとめ(案)

1. 検討の背景

 著作権法における親告罪の在り方については、過去にも、特許権侵害罪等の非親告罪化に伴い、著作権審議会や文化審議会著作権分科会において議論が行われたことがあるが、非親告罪化に積極的な意見と消極的な意見の双方があり、引き続き検討を行うこととされていたところである。
 今般、重大かつ悪質な著作権等侵害事犯の存在等から、我が国の著作権法について、親告罪としている範囲について見直しが必要ではないかとの指摘がある。
 また、近年、我が国の著作権法においては、デジタル化・ネットーワーク化といった急速な技術革新の進展の中で、大量かつ高品質の著作物のコピーが容易に作成・流通することから、侵害の抑止と著作権の適切な保護を図るために、著作権法の罰則を累次の法改正により強化してきており(平成18年法改正後において、著作権侵害罪の法定刑は10年以下の懲役又は1,000万円以下の罰金に引き上げられている)、著作権を取り巻く状況は、制定当時と比べ、大きく異なっている。
 このように、現在の我が国においては、知的財産創造立国を実現する上で、著作権保護の必要性が強く認識されていることから、著作権侵害の罪等を親告罪とすることを維持することが適当か否か再検討する必要がある。

2. 現状について

(現行法で親告罪とされている趣旨について)

著作権法上、親告罪とされているのは、以下の通り。
1   著作権、出版権又は著作隣接権に対する侵害(第119条第1項)
2 著作者人格権又は実演家人格権に対する侵害(第119条第2項第1号)
3 営利目的による自動複製機器の供与(第119条第2項第2号)
4 侵害物品を頒布目的により輸出、輸入、所持する行為(第119条第2項第3、4号)
5 権利管理情報営利改変等(第120条の2第3号)
6 国外頒布目的商業用レコードの営利輸入等(第120条の2第4号)
7 外国原盤商業用レコードの無断複製(第121条の2)
8 秘密保持命令違反(第122条の2第1項)

 これらの罪が親告罪とされた制定趣旨は、次のとおりといわれている(注1)。
  16についての保護法益は、著作権・著作者人格権・出版権、実演家人格権及び著作隣接権という私権であって、その侵害について刑事責任を追及するかどうかは被害者である権利者の判断に委ねることが適当であり、被害者が不問に付することを希望しているときまで国家が主体的に処罰を行うことが不適切であるためである。
  7についての保護法益は、レコード製造業者がレコード製作者との契約によって得べかりし経済的利益であり、その侵害に対する刑事的責任の追及も、第一義的には、無断複製された商業用レコードの現製作者であり被害者であるレコード製造業者の判断に委ねることが相当であるためである。
  8については、秘密保持命令が、営業秘密を保護するための制度であるにもかかわらず、秘密保持命令違反の罪の審理は、憲法上の要請から公開せざるを得ないことから、その対象となった営業秘密の内容が審理に現れ、漏洩するリスクが想定される。このため、その起訴を営業秘密の保有者の意思に委ねているものである。

 なお、非親告罪となっているのは、死後の人格的利益の保護侵害(第120条)、技術的保護手段を回避する装置・プログラムの公衆譲渡等の罪(第120条の2第1号及び第2号)、出所明示の義務違反(第122条)、著作者名を偽る罪(第121条)である。

(注1)  加戸守行著「著作権法逐条講義」(著作権情報センター 2006)

【参考:著作権法上の罰則の一覧】

現行条文 罪となる行為 罰則 親告罪 公訴期間
セクション119 1項 著作権・出版権・著作隣接権の侵害
 (私的複製の例外違反、輸入・頒布(輸出)・プログラム・権利管理情報・還流防止対象レコードに係るみなし侵害を除く。)
10年以下
1,000万円以下
まる 7年
2項
1号
:著作者人格権・実演家人格権の侵害(権利管理情報に係るみなし侵害を除く。)
5年以下
500万円以下
まる 5年
2号
:営利目的による自動複製機器の供与
5年以下
500万円以下
まる 5年
3号
:著作権・出版権・著作権隣接権の侵害物品の頒布目的の輸入行為、情を知って頒布又は頒布目的の所持行為、業としての輸出又は業としての輸出目的の所持
5年以下
500万円以下
まる 5年
4号
:プログラムの違法複製物を電子計算機において使用する行為
5年以下
500万円以下
まる 5年
セクション120 死後の著作者・実演家人格権侵害 500万円以下 ばつ 3年
セクション120の2
1、2号
:技術的保護手段回避装置・プログラムの供与
3年以下
300万円以下
ばつ 3年
3号
:営利目的による権利管理情報の改変等
まる
4号
:営利目的による還流防止対象レコードの頒布目的の輸入等
まる
セクション121 著作者名詐称複製物の頒布 1年以下
100万円以下
ばつ 3年
セクション121の2 外国原盤商業用レコードの違法複製等 1年以下
100万円以下
まる 3年
セクション122 出所明示義務違反 50万円以下 ばつ 3年
セクション122の2 秘密保持命令違反 5年以下
500万円以下
まる 5年
セクション124
(両罰規定)
第119条第1項若しくは第119条第2項第3号、4号又は第122条の2第1項の罪 3億円以下 注1 注2
上記以外(人格権侵害罪も含む) 各本条の刑
注1: 行為者に対して行った告訴、告訴の取消は、法人等に対しても効果を生ずる。逆も同じ。
注2: 第119条、第122条の2の罪の公訴期間は、個人罰則と同じ。その他の罪は3年。

(親告罪の場合の捜査等の実務について)

 親告罪の場合の捜査・訴追の手続(非親告罪の場合との差異)は、次のとおりである。
  1  親告罪は公訴提起の要件として、告訴が必要となる。
2  告訴は、捜査の端緒の一つであるが、捜査開始の条件とはされておらず、親告罪であっても、告訴がない段階で捜査を開始することは可能であり、告訴の有無が捜査の可否や範囲に直接影響を及ぼすものではない。捜査の実態としても、知的財産関係事件の捜査の場合、告訴を受理する前に、ある程度の捜査が行われている。
3  親告罪の告訴は,犯人を知った日から6か月を経過したときは,これをすることができないとされている(刑事訴訟法第235条)。

 また、著作権侵害事犯の捜査については、一般的に、次のような手順により行われている。
  1  端緒の入手としては、権利者からの告訴、被害申告による場合が非常に多いが、第三者の通報、あるいは警察独自に情報を入手する場合もある。
2  これらの告訴や情報に基づき、各種の内偵捜査を行う。この過程で、被疑者を特定し、製造、販売、ネット配信等の実態の解明を行うとともに、それが著作権侵害品であることの鑑定、確認を行う。(当該侵害の対象になっている著作権の内容や、権利者の特定、利用許諾の有無の確認等を行う。)
3  この後、捜査方針の決定、証拠資料の押収、関係被疑者の逮捕、取調べ等を経て検察官に送致する。(告訴の受理や告訴の意思確認は、実態上、この強制捜査に入る前の段階で行われることが多いが、強制捜査前には告訴の意思確認のみを行って、実際の告訴は強制捜査後に受理する場合もある。)

 捜査の過程においては、捜査の端緒が告訴・被害申告であるかないかを問わず、権利の帰属や内容等についての権利者からの事情聴取は、当然行うべきものであるとともに、起訴便宜主義(注2)の下で、被害者にとっての被害感情や被害の重み、訴追意思は、公訴提起の要否の判断において当然重視されるべきものであり、一般に、被害者の意思と全く無関係に訴追が行われることはない。
(捜査の実務上、非親告罪である商標権侵害の場合でも、権利内容の確認や侵害事実の特定、許諾の有無等について確認して、事件を立証していく上で、権利者の協力が欠かせないものであるほか、実務上、権利者の意思について考慮がされている。)

(注2)  刑事訴訟法第248条「犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。」

3. 検討の方向性について

(1) 親告罪を維持するかどうかについての視点

(著作権侵害等の性質との関係について)

一般に、親告罪とされる罰には、次の2類型が多いとされている。
A)  訴追して事実を明るみに出すことにより、かえって被害者の不利益になるおそれがある場合
B)  被害が軽微で、被害者の意思を無視してまで訴追する必要性がない場合

 著作権法の親告罪のうち、秘密保持命令違反罪についてはAの類型に近いと考えられるが、秘密保持命令違反罪以外の著作権侵害罪等についてはBの類型に、近いのか。そのほか、著作者の人格的利益等との関係がどのように考慮されているのか検討が必要である。

 この点、知的財産立国を目指す我が国において、著作権の保護は重要であり,このような点から,著作権侵害の罪等の法定刑も引き上げられたものである。
 このような状況の変化を踏まえ、海賊版の組織的な販売等の、一見して悪質な行為については、国民の著作権に関する規範意識の観点から、権利者が告訴の努力をしない限り侵害が放置されるという現状は適切ではないという意見や、法定刑との関係で「被害が軽微で被害者の意思を無視してまで訴追する必要がない場合」に該当するのか考える必要があるとの意見があった。

 一方で、著作権等侵害は、組織犯罪的な侵害行為から、学術論文等の不適切な引用等まで多様な形態で行われうるものであり、また、実態として、引き続き、権利者が処罰するまでもないと許容しているような場合もあると考えられる。
 このような著作権の侵害の多様性や表現の自由に関わる面があることを踏まえ、引き続き、被害者の意思を尊重した方がよい場合があるのではないかとの意見があった。

 また、著作権と著作者人格権とでは、保護対象が財産的利益か人格的利益かで異なっており、特に著作者人格権侵害罪については、「訴追して事実を明るみに出すことにより、かえって被害者の不利益になるおそれがある場合」に関係する可能性があることから、著作権侵害罪と分けて考えるべきであるとの意見もあった。

(非親告罪化に関する実務上の問題、効果について)

 実態の調査等に時間を要する場合など、告訴期間(6ヶ月)の経過により告訴できないという事態を避けるべきであるとの意見や、非常に悪質な海賊版等については非親告罪にすることで規制の実効が上がるなら非親告罪の方が適当であるとの意見もあった。
 これについて、捜査実務の観点からは、非親告罪化することによって、捜査実務に与える効果や影響に関して、
   基本的には、親告罪であることが、著作権法違反事件の捜査の大きな障害になっているという認識はない、
 被害者の公判の負担等の観点から告訴が得られず、捜査が中断する事例もあるが、こういった事例の多くは、告訴以外の捜査協力も得られない場合であり、親告罪であることのみが原因ではないのではないか、
 被害者の協力や意向を抜きにして訴追をすることは非常に困難であり、告訴が、権利者の捜査への協力意思を表示する役割を果たしている面もあることから、非親告罪化すれば取締りが強化されるとは、直ちに言いにくいのではないか、
 一方、社会に警鐘を鳴らす意味で検挙する価値の高い事件に関して、告訴の取り下げ等により捜査が中断するというような問題は解決される
などの意見があった。
(なお、平成10年に特許権等の侵害罪が非親告罪化されて以降も、特許権の侵害事犯の検挙事例が少ないことや、特許権等の極めて専門性を要する事件の捜査では、権利者の協力が重要であることから、現在のところ、非親告罪化により取締り上効果があったと言える状況にはないとされる。)

(仮に、非親告罪化する場合の範囲に関する意見)

 著作権等の侵害行為のうち、著作権侵害罪等の性質等に照らし、海賊版の組織的な販売等の特に悪質な犯罪に関して、捜査実態等に照らした一定の条件下で、非親告罪化することも考えられるとの意見があったが、この範囲について、
   常習犯については、常習侵害罪のようなものをつくって非親告罪化することは考えられないかとの意見
 昨年の刑罰の強化の議論の中で、強化するもの、しないものを区別して議論をしたことから、その区別も参考になるのではないかとの意見
 侵害の態様、結果が重大と認められる場合等のみを非親告罪にすることは、軽重の判断は微妙なものを含むものであるし,1つの類型の犯罪の一部を親告罪とし、一部を非親告罪とすることは想定されていないことから、法制的な困難さと実務上の困難があるのではないかとの意見
 著作者人格権については、個別の事情が存することに配慮する必要があるとの意見
が出された。

(2) 親告罪の範囲の見直しについての見解の整理

 以上のような意見を踏まえて、著作権侵害罪等についての親告罪の範囲の見直しについては、次のように整理できると考えるが、どうか。

   著作権等侵害行為の多様性や、人格的利益との関係を踏まえ、引き続き、親告罪を維持すべき部分があるのではないか。
 現行の犯罪類型のうち一部を新たな犯罪類型とした上それのみを非親告罪とすることについては、組織的かつ常習的な海賊版の製造等のように、社会全体として対処すべき悪質な侵害行為を捉える適切な要件が立法技術上設定できるか等を含めて、関係機関とも調整の上、十分慎重に検討することが適当ではないか。


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