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5.特許法からのアプローチ

(1) 特許法上の直接侵害と間接侵害

   特許法におけるいわゆる直接侵害とは,特許権者に無断で特許発明を業として実施することをいう(68条・2条3項各号)。一方,特許法におけるいわゆる間接侵害とは,直接侵害の予備的・幇助的行為のうち,直接侵害を誘発する蓋然性の高い行為として101条に規定されたものをいう。具体的には,1特許発明の実施にのみ用いられる物の生産・譲渡等する行為(1号・3号)および,2発明の実施に用いられる物でその発明の課題の解決に不可欠なものを情を知りつつ生産・譲渡等する行為(2号・4号)が間接侵害として規制されている。特許法が間接侵害を規制している趣旨は,直接侵害を惹起する危険性の高い前段階の行為を抑止することで,特許権の実効性を高める点にある。特に,直接侵害が多数の者によって行われているために,その全てを抑えることが困難な場合には,その前段階の行為を規制することは,直接侵害を効果的に抑止することが可能となる。間接侵害が成立すれば,差止め・損害賠償等の民事上の救済の他,刑事罰の適用も受けることになる(196条)。

(2) 特許法上の間接侵害規定(101条)の趣旨・概要

 
1 沿革

   特許法に間接侵害規定が導入されたのは昭和34年法による。昭和34年法では,発明の実施にのみ用いる物(イコール専用品)の提供行為が専ら規制の対象となっていた(旧特許法101条1号・2号)。立法検討過程では,アメリカの寄与侵害の考え方を参照し,規制対象を専用品に限定することなく侵害に不可欠な物品まで広げる代わりに,行為者の侵害発生への認識を要求するという案も検討されていたが(注179),行為者の主観的認識の立証の困難性が問題視され,主観的認識を要件としない代わりに規制対象品を専用品に限定するということで解決をみた。
 しかし昭和34年法では,他の実用的な用途がある中性品については悪意で提供した場合も間接侵害とはならないため,間接侵害の成立範囲が狭すぎるという問題点が指摘されていた(注180)。この問題は特にソフトウェア関連技術の発達に伴い,深刻化していった。例えば,コンピュータプログラムは,設計の効率化を図るために,複数の部分(モジュール)に分けて,それぞれ独自に設計され,最終的にそれらを統合して完成させるのが一般的であるが,各部分(モジュール)は一般に他のプログラムに転用可能な汎用性を有することが多いため,ある部分(モジュール)が当該プログラムにとって重要な構成要素であったとしても,当該部分(モジュール)を当該プログラムの専用部材ということはできないため,間接侵害による権利者の救済が困難となるという点が懸念された(注181)。
 一方,諸外国に目を転じると,アメリカ・ドイツでは,後述するように,規制対象品を専用品以外の物品にまで拡大しつつ,侵害者の主観的認識を要求することで規制範囲が不当に拡大していくことを防止している。特許制度の国際的ハーモナイゼーションの観点からも,間接侵害規定の見直しが必要とされるに至った。
 そこで,平成14年法改正により,従来の専用品に対する規制に加えて(101条1項・3号),「発明による課題の解決に不可欠な物品」を「その発明が特許発明であること,及び,それが発明の実施に用いられることを知りながら」提供する行為が間接侵害として新たに規制されることとなった(101条2項・4項)。

(注179)  特許庁編『工業所有権制度改正審議会答申説明書』108頁(発明協会・1957年)。立法検討過程では主にアメリカ法が参考にされ、アメリカ法における積極的誘引行為(active inducement of infringement)や寄与侵害(contributory infringement)の規制の導入が検討されていた。
(注180)  その例として、旧製品との互換性を維持しつつ、新製品に特有の機能を果たすように設計された物品について、特許の対象となる新製品のみならず、旧製品にも使用可能であることを理由に間接侵害の成立が否定された事例として、東京地判昭和56年2月25日無体裁集13巻1号139頁〔一眼レフカメラ事件〕参照。
(注181)  特許庁総務部総務課制度改正審議室編『平成14年・産業財産権法の解説』(発明協会・2002年)。

2 直接侵害の要否

   間接侵害については,従来から,直接侵害の存在が前提となるかという点が争われている。すなわち,実施権原を有する者や,非営業者や,試験研究目的で実施を行う者への物品の提供行為のように,実施者の行為が侵害とはならない場合にも,物品の提供が間接侵害を構成するかという問題である。この点については,従来から,直接侵害の存在を前提としない立場(イコール独立説(注182))と,直接侵害の存在を前提とする立場(イコール従属説(注183))とが対立してきた。しかし近時の通説は,両者のいずれかの立場から結論を導くのではなく,実施者の行為が直接侵害とならない理由を吟味し,被疑間接侵害者に対して特許権者の権利行使を認めることが妥当かどうかを個別的に考えていくべきであるとする傾向にある(注184)。

(注182)  吉藤幸朔イコール熊谷健一『特許法(第13版)』457頁(有斐閣・1998年)
(注183)  中山信弘『注解特許法・上(第3版)』959頁(青林書院・2000年)[松本重敏イコール安田有三]など参照。
(注184)  中山信弘『工業所有権法上(第2版・増補版)』421頁(弘文堂・2000年)、田村善之『知的財産法(第4版)』238頁(有斐閣・2006年)など参照。例えば、個人的、家庭内での実施行為は、私人の行動の自由を保証するために権利が制限されていることから、私人の実施行為を業として援助する行為に対しては権利行使を認めるべきである。一方、試験研究目的での実施は、特許法が技術の発展という政策目的を実現するために権利の効力が及ばないとしたのであるから(69条1項)、その趣旨を貫徹するには、部品の提供者の行為に権利行使を認めるべきではないということになろう。実施権原を有する者への提供行為については、特許権者が部品等の購入を他者から購入することを可能とする契約となっていない限り、原則として間接侵害になると解される。外国への部品の輸出については、日本の特許権が外国での実施をカバーするものではない以上、間接侵害も成立しないと解されよう(大阪地判平成12年10月24日判タ1081号241頁〔製パン器事件〕、大阪地判平成12年12月21日判タ1104号270頁〔透明剤事件〕)。

3 現行特許法101条の概要

 
ア. 専用品規制(101条1号・3号)
   特許法101条1号・3号は,『発明の実施(注185)にのみ用いる物』の生産,譲渡等,若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為を侵害とみなすと規定している。1号と3号は,専用品を規制対象とする条項であるため,発明に用いられる物品であっても,他の用途にも用いられる物品には適用がない。ただし,他に用途があるというためには,特許発明の本来の用途以外の用途が社会通念上経済的,商業的ないしは実用的な意味のあるものでなければならず,単に他の用途に使用される抽象的ないし試験的な可能性があるというだけでは足りないとされる(注186)。他用途の有無(「にのみ」の解釈)の判断基準時は,差止めについては,侵害訴訟における口頭弁論終結時であり,損害賠償請求については,侵害時を基準に判断すべきであるとされる。

(注185)  ここでいう発明の実施とは、正確には、物の発明においては、物の「生産」、方法の発明においては、方法の「使用」をいう。
(注186)  「にのみ」の解釈については、大阪地判昭和54年2月16日判時940号77頁〔組立式紙箱事件〕、東京地判昭和56年2月25日無体集13巻1号139頁〔一眼レフカメラ事件〕、前掲〔製パン器事件〕、大阪地判平成14年4月25日平成11年(ワ)5104号〔実装基板検査位置生成装置および方法事件〕、大阪地判平成15年3月13日平成12年(ワ)6570号〔こんにゃくの製造装置事件〕、東京地判平成16年5月28日平成15年(ワ)14687号〔LCD表示ドライバ事件〕など参照。

イ. 中性品規制(101条2号・4号)
   特許法101条2号・4号は,発明の実施(注187)に1『発明による課題の解決に不可欠なもの』であって,2『日本国内において広く一般に流通しているものでないもの』を,3『その発明が特許発明であること及びその発明の実施に用いられるものであること』を知りながら,業として,その生産,譲渡等若しくは,輸入,譲渡等の申出をする行為を侵害とみなすと規定している。
 まず,1『発明による課題の解決に不可欠な物品』とは,クレームに記載された構成要素とは異なる概念であり,発明の構成要素に該当しないものであっても,発明の実施に用いられる道具,原料等も含まれる一方,クレームの構成要素であっても,その発明解決しようとする課題とは無関係に従来から必要とされてきたものは含まれないと考えられている(注188)。同要件は,特許権の効力の不当な拡張とならないように,間接侵害規制の対象となる物を特許発明にとって重要なものに限定するために設けられたものとされる(注189)。
 次に,2「日本国内において広く一般的に流通しているもの」(いわゆる汎用品)は,「発明による課題の解決に不可欠な物品」に含まれない。その例としては,ねじ,くぎ,電球,トランジスタ等,市場において一般に入手可能な規格品,普及品が挙げられている(注190)。これらの物品は市場で頻繁に取引されているため,特にこれらの物品の取引の安全性を考慮する必要があるからだとされる(注191)。ただし,汎用品となる物の範囲をあまりに広く解すると,他用途が多数存在し,様々な取引に供されるものは全て汎用品ということになり,中性品の提供について間接侵害の成立を認めた特許法の趣旨を達成できないことになりかねない。そこで,ここでいう汎用品の範囲は,取引の安全という要請と,特許権の実効的な保護という要請とのバランスを考慮し,規範的に画定すべきものと解される(注192)。汎用品か否かの判断基準時は,差止めについては,事実審の口頭弁論終結時,損害賠償については,過去の侵害行為の時点において判断される。
 最後に,中性品については,行為者の現実の悪意が必要である。過失の有無は問題とならない。その理由としては,中性品においては,侵害用途以外の用途にも用いられる場合もあることから,善意者に対しても間接侵害の成立を認めると,部品の供給業者は,供給先で行われる他人の実施内容についてまで調査・確認しなければならないことになり,供給業者に酷であるからだとされる(注193)。主観的要件の充足性の判断基準時は,差止めについては,事実審の口頭弁論終結時,損害賠償は過去の侵害行為の時点とされる。一般に,行為当時に悪意でなくても,訴訟の進行につれて悪意となるのが通例であるから,差止めについては,主観的要件の存在はあまり意味をなさず,専ら過去の提供行為に関する損害賠償請求の点で意味を持つと考えられる(注194)。

(注187)  ここでいう発明の実施の意義につき、(注185)参照。
(注188)  『平成14年・産業財産権法の解説』27頁。裁判例として、東京地判平成16年4月23日判時1892号89頁〔プリント基板メッキ用治具事件〕。学説による詳細な検討として、吉田広志「多機能型間接侵害についての問題提起−最近の裁判例を素材に−」知的財産法政策学研究8号147頁以下(2005年)参照。
(注189)  『平成14年・産業財産権法の解説』27頁。但し、2号・4号に規定された以外の物品の提供者であっても、侵害の幇助者として共同不法行為責任を負うことがあることから、同号の要件は、差止めや廃棄義務に服させるのが不適当な物品を排除するために課された要件であると理解すべきであると説くものもある(前掲・田村『知的財産法』242頁)。
(注190)  知財高判平成17年9月30日判時1904号47頁〔一太郎事件〕。
(注191)  『平成14年・産業財産権法の解説』28頁。
(注192)  前掲・吉田161頁、愛知靖之〔一太郎事件判批〕L&T31号68頁(2006年)。
(注193)  『平成14年改正 産業財産権法の解説』30頁。
(注194)  前掲・田村『知的財産法』242頁。

(3) 間接侵害以外の侵害責任

   直接侵害を行っていない者について,間接侵害が成立しない場合にも,侵害行為に対して法的責任を負う場合があるか。
 自ら直接実施行為を行っていなくても,法的評価として,侵害者と認定し得る場合がある。第一に,複数の主体間に共同で侵害を実行する意思があり,複数の主体が一体となって侵害を行っている場合には,特許発明を直接実施していないものであっても,侵害者と評価されるであろう(注195)。第二に,他者との間に共同実行の意思がないとしても,他者を道具として利用し,発明を実施したと評価し得る場合には,侵害者と認定することが可能である(注196)。
 次に,間接侵害に該当しない侵害の幇助・教唆行為であっても,民法719条2項の共同不法行為責任が成立する場合がある。この場合,共同遂行の意思が認められれば共同不法行為責任が成立することに異論はないが(注197),侵害行為が行われていることを認識し得るにもかかわらず,侵害行為を回避しなかったという場合にも,共同不法行為責任が認められる場合がある(注198)。
 共同不法行為が成立する場合に,損害賠償のみならず,差止めも認められるか。この点については,特許法の差止請求権は特許権の物権的・排他権的性質に由来するものであって,特許法の規定する実施行為やみなし侵害行為に該当しない教唆・幇助行為に対しては,差止請求は認められないとするのが通説の立場である(注199)。近時,著作権法の分野では,権利侵害の実効的な抑止のために,著作権侵害の幇助者に対しても差止めによる救済を認める裁判例が登場しつつあるが(注200),特許法では,幇助行為のうち,差止めによる救済を認めるべき類型を特に間接侵害として規制しているため,間接侵害に該当しない幇助・教唆類型に差止めを認めることは,間接侵害規制を創設した趣旨を損ないかねないという指摘もなされている(注201)。

(注195)  傍論であるが、他人の特許方法の一部分の実施行為が他の者の実施行為とあいまって全体として他人の特許方法を実施する場合に、例えば一部の工程を他人に請け負わせ、自らは他の工程を加えて全工程を実施する場合や、数人が分担を定めて共同して全工程を実施する場合に、前者は注文者が自ら全工程を実施するのと異ならず、後者は数人が工程を共同して実施するのと異ならないのであるから、いずれも特許権の侵害行為を構成すると判示した裁判例がある(大阪地判昭和36年5月4日下民集12巻5号937頁〔スチロピーズ事件〕)。
(注196)  方法の最終工程以外の工程を実施し、最終工程は一般業者が機械的に行う作業であるという場合に、一般業者を道具として最終工程を実施したと評価して、特許権侵害を肯定した裁判例がある(東京地判平成13年9月20日判時1764号112頁〔電着画像の形成方法事件〕)。
(注197)  東京地判平成3年2月22日判例工業所有権法〔2期版〕2247の3頁〔部分かつら2事件〕、静岡地判平成6年3月25日判例工業所有権法〔2期版〕2623の47頁〔1α−ヒドロキシビタミンD事件〕など参照。
(注198)  前掲・〔1α−ヒドロキシビタミンD事件〕、大阪地判平成14年4月25日平成11(ワ)5104〔実装板検査位置生成装置および方法事件〕参照。
(注199)  後掲・裁判例及び前掲・中山『注解特許法上(第3巻)』970頁〔松本重敏イコール安田有三執筆〕参照。
(注200)  大阪地判平成15年2月13日判時1842号120頁〔通信カラオケリース装置事件〕(幇助者は112条の侵害主体に準ずる立場にあるとして、差止めを肯定)、大阪地判平成17年10月24日平成17年(ワ)488〔選撮見録事件〕(112条の類推解釈により、差止めを肯定)参照。但し、こうした傾向に真っ向から反対する裁判例もある(東京地判平成16年3月11日(平15(ワ)15526)〔2ちゃんねる事件第一審〕)。
(注201)  一般論として、特許権侵害の教唆・幇助につき、差止めによる救済を否定した裁判例として、前掲・〔スチロピーズ事件〕、東京地判平成16年8月17日判時1873号153頁〔切削オーバーレイ工法事件〕参照。〔スチロピーズ事件判決〕は、「教唆者・幇助者は、いずれも自ら権利侵害行為をなすものではないにもかかわらず、民法は不法行為による被害者保護の観点から、とくにこれを共同不法行為者とみなし、同一の損害賠償責任を負わしめたものにとまるのであり、これに対し特許権侵害の停止、予防請求権は、特許権が排他的な支配を内容とする権利であることよりして、当然派生する物上請求権的な権利であり、いつに特許権の内容たる排他的な支配の維持を目的とするものであって、両者制度の目的を異にするのである」としている。また、〔切削オーバーレイ工法事件判決〕は、差止請求を否定すべき理由として、1我が国の民法上不法行為に基づく差止めは原則として認められておらず、特許権侵害に基づく差止めは、特許権の排他的効力から特許法が規定したものであること、2教唆又は幇助による不法行為責任は、自ら権利侵害をするものではないにもかかわらず、被害者保護の観点から特にこれを共同不法行為として損害賠償責任(民法719条2項)を負わせることにしたものであり、特許権の排他的効力から発生する差止請求権とは制度の目的を異にするものであること、3教唆又は幇助の行為態様には様々なものがあり得るのであって、特許権侵害の教唆行為又は幇助行為の差止めを認めると差止請求の相手方が無制限に広がり、又は差止めの範囲が広範になりすぎるおそれがあって、自由な経済活動を阻害する結果となりかねないこと、4特許法101条所定の間接侵害の規定は、特許権侵害の幇助行為の一部の類型について侵害行為とみなして差止めを認めるものであるところ、幇助行為一般について差止めが認められると解するときは同条を創設した趣旨を没却するものになる、という点を指摘している。

(4) 諸外国の間接侵害規定の概観

 
1 アメリカ特許法

   アメリカ特許法は,271条(a)において,直接侵害(direct infringement)について規定し,続く(b)及び(c)において,いわゆる間接侵害(indirect infringement)に相当する規定を設けている。
 271条(c)は,「何人も,特許された機械,製造物,組み合わせ,もしくは混合物の構成部分,または特許された方法を実施するために使用する物質もしくは装置であって当該発明の不可欠な部分を構成するものを,それが当該特許を侵害して使用するための特別に製造されたものであること,又は,特別に変形されたものであって実質的な非侵害の用途に適した汎用品または流通商品でないことを知りながら,合衆国内で販売の申込みをし,もしくは販売し,又は合衆国内にこれらを輸入する者は,寄与侵害者としての責任を負う」と規定する。同条は,物品の供給業者の行為を規制する条項であり,一般に「寄与侵害(contributory infringement)と呼ばれている類型である。寄与侵害の成立要件は,(1)当該物品が発明の主要な要素(a material part of the invention)であること,(2)実質的に非侵害用途に用いるための汎用品(staple article or commodity of commerce for substantial noninfringing use)でないこと,(3)(1)(2)の点について行為者が悪意であること(knowing)である。寄与侵害の規定は,我が国の特許法101条2号・4号の中性品の間接侵害規定と基本的に同種の行為を規制することを目的としたものということができよう。
 次に,271条(b)は,「特許の侵害を積極的に誘引する(actively induce)者は侵害者としての責任を負う」と規定する。同条は,他者に侵害行為を勧めたり,説得したりする行為を規制対象とするものであり,一般に積極的誘引(active inducement)と呼ばれている類型である。具体的には,特許発明の実施方法を教示するといったものがあるとされる(注202)。
 271条(b)(c)は,現行1952年法制定時に初めて制定されたが,これは従来の判例法を確認的に規定したものである。従来の判例法では,寄与侵害と積極的誘引とを分けることなく,いずれも広義の寄与侵害に関する法理として,位置付けられてきた(注203)。広義の寄与侵害の法理は,不法行為(tort)の直接の行為者のみならず,当該行為に加担した者も責任を負うものとするコモンロー上の法理から導かれたものとされる(注204)。
 アメリカ法では,寄与侵害が成立するためには,直接侵害が存在していることが必要である(注205)。但し,現実に侵害が生じたことまで必要ではなく,直接侵害のおそれが存在することをもって,足りるとされているようである。
 271条(b)(c)は,いずれも行為者の主観的意図を問題としているが,その内容は異なっている。271条(c)の寄与侵害では,自らの行為によって侵害行為が引き起こされるということについての認識(knowledge)があれば足り,それを意欲することまで必要ないが(注206),271条(b)の積極的誘引では,単なる侵害の認識では足りず,侵害行為を引き起こさせる意図(intent)が必要であるとされる(注207)。
 なお,特許法には,代位責任に関する規定は存在しないが,著作権法と同様に,判例法上,代位責任の成立が認められている(注208)。

(注202)   Donald S.Chisum, Pauline Newman, et al, Principles of Patent Law, third edition(2004)968.
(注203)  判例法上、汎用品の提供について責任除外するという法理が形成される一方で、汎用品の提供業者が侵害行為の説得・助長を積極的に行っている場合にはやはり寄与侵害を認めるべきであることから、そのための理屈として別途、積極的誘引の考え方が形成されたという経緯があるようである(Mark A. Lemley, Inducing Patent Infringement,39 U.C.Davis L.Rev.225(2005))。
(注204)   Donald S. Chisum, Chisum on Patents (2006), Chapter5,section17.02.
(注205)   Aro Mfg. Co. v. Convertible Top Replacement Co.,365 U.S.336(1961).
(注206)   Hewlett-Packard Co. v Bausch&Lomb Inc., 909 F.2d 1464.
(注207)   Manville Sales Corp. v. Paramount Systems Inc., 917 F.2d 544(Fed.Cir.1990).
(注208)   Baut v. Pethick Const. Co., 262 F.Supp. 350(D.C. Pa. 1966); Crowell v. Baker Oil Tools, 143 F.2d 1003 (9th Cir. 1944), cert. denied 323 U.S. 760.

2 イギリス法

   イギリス特許法は,60条1項で,直接侵害について規定し,2項及び3項で,いわゆる間接侵害に相当する行為を規定している。すなわち,侵害者に対して,(1)『特許発明を実施するための手段であって,当該発明の本質的要素に係るもの(relating to an essential element of the invention)』を,(2)『当該手段が連合王国内において当該発明を実施する(put the invention into effect)ことに適したものであり,当該発明を実施することが意図されたものであることを知り,又は当該事情の下で合理人であればそのことが明らかである場合において(when he knows, or it is obvious to a reasonable person in the circumstances)』,(3)『連合王国内において,供給し,又は供給の申出をする』ことは,侵害となる(2項)。但し,(4)『通常の商業的製品(staple commercial product)』の供給又は申出は,それが(5)『被供給者又は被申出者による侵害を誘引(induce)する』ものでない限り,侵害としない(3項)。
 (1)の「発明の本質的要素」とは,一般に「当該要素がなければ,発明を実施することができないかどうか(whether , without the element, the invention could be put into effect)」で判断するとされる(注209)。我が国の101条2号,4号と同種の規定と解される。
 (2)の主観的要件は,現実の認識(actual knowledge)又は,合理的一般人の客観的認識(objective knowledge of a reasonable man)のことをいう。認識の対象は,当該物品が当該発明に適したものであることと,それが当該発明を実施するために用いられるものであることである。当該発明が特許でカバーされていることの認識までは必要ない(注210)。
 (3)の侵害行為の対象は,供給と供給の申出のみであって,輸入や所持は侵害とならない。
 (4)の通常の商業的製品とは,普通に入手でき,様々な方法での利用が可能な原材料や他の基本的な製品を指すと解されている(注211)。通常の商業的製品の提供者は,提供先が侵害行為を行うことを認識しているだけでは,間接侵害に問われることはない。
 ただし,(5)誘引(inducement)の意図を有する場合は,汎用品の提供も間接侵害を構成する。ここでいう誘引は,口頭でも,書面でも,明示的なものでも,黙示的なものでもよいとされる。
 なお,著作権法とは異なり,特許法には,許諾(authorisation)責任に関する規定は存在しない。

(注209)   Terrell on the Law of Patent 8-33 p.315.
(注210)  Id. 8-34.
(注211)  Id. 8-37.

3 ドイツ法

   ドイツ特許法(1981年法)は,10条1項において,いわゆる間接侵害の成立要件について規定する。すなわち,「特許権は,いかなる第三者にも,本法施行の地域内において,特許権者の同意を得ずに,特許発明を実施する権限を有しない者に対して,本法施行の地域内における発明の実施のために,(1)『特許発明の本質的要素に関する手段(Mittel, die sich auf ein wesentliches Element der Erfindung beziehen)』を,(2)『その手段が特許発明の実施に適しておりかつ実施のために用いられることを,現に知っている場合もしくそのことが周囲の状況から明らかである場合に(wenn der Dritte weiß oder es auf Grund der Umstände offensichtlich ist , dass diese Mittel dazu geeignet und bestimmt sind, für die Benutzung der Erfindung verwendet zu werden)』,(3)『供給し,又は提供すること』を,禁止する効力を有する」。
 続いて,2項において,「1項の規定は,(4)『一般に市場で入手可能な製品(allgemein im Handel erhältliche Erzeugnisse)である場合においては適用されない』。ただし,(5)当該第三者が『被供給者をして,第9条第2文によって禁止された態様で行為すること(特許権の直接侵害のこと)を故意に促して行わしめる(den Belieferten bewußt veranlaßt)場合はこの限りでない。』」とする。
 (1)の『発明の本質的要素に関する手段』とは,近時の最高裁判決(注212)によれば,「クレームの構成要件の一つ又は複数のものと共に,保護される発明思想の実現にあたって機能的に共同作用するのに適しているもの(mit einem oder mehreren Merkmalen des Patentanspruchs bei der Verwirklichung des geschützten Erfindungsgedankens functional zusammenzuwirken)」と定義されている。本条の対象となる手段は,発明の実施のために使用される蓋然性が存在するものである。ゆえに,専用品のみならず,中性品も含まれる。
 (2)の主観的要件について,認識の対象は,当該手段が発明の実施に適していることと,それが発明の実施に用いることが決定されていることを知っていることであり,その実施が権利侵害となることまで知る必要はない(ただし,2項但し書きの誘引行為は,直接侵害行為の行われることを認識して行われるものであることを要する。)。
 (3)の侵害行為の対象は,提供(anbieten)と供給(liefern)のみであり(注213),製造行為,使用行為および所持行為には適用されない(注214)。供給行為の相手方が発明の直接の実施者であることを要しない。その相手方から受け取った者が手段を発明の実施に用いれば足りる。なお,ドイツでは,直接侵害行為が行われることは要しない。
 (section)の『一般に市場で入手可能な製品』の例としては,ねじ,ボルト,針金,歯車,トランジスタなどが挙げられる。『一般に市場で入手可能な製品』の提供者には,原則として間接侵害は成立しない。
 但し,供給者が供給先の直接侵害行為を誘引した場合には,間接侵害が成立する。誘引があったというためには,誘引行為により供給先が侵害行為を行うことを決定したということが必要であり,提供・供給行為の時点で,既に供給先が侵害行為を行うことを決定していた場合には,誘引は成立しない。
 なお,ドイツ特許法では,(1)非営業的な目的のためにする私的行為,(2)実験目的の行為,(3)医師の処方に基づく医薬の調合及び調合した医薬に関する行為については,特許権の効力が及ばないものとされているが(11条1号〜3号),これら(1)〜(3)の制限規定により実施行為を行う者は,10条1項における「実施権限を有する者」とはみなされない(10条3項)。これに対し,10条2項但し書きの適用にあたっては,11条1号〜3号の適用は排除されない。

(注212)  BGH 4.5. 2004-Flügelradzähler-.
(注213)  提供(Anbieten)と供給(Liefern)の意味であるが、一般に供給は、市場に持ち込む行為ないし流通に置く行為一般を指し、提供は、その前段階の申出行為一般を指すと理解されている。
(注214)  輸入行為は、供給行為に含まれるものと解される(Schulte, Patentgesetz 4. Auflage.セクション10 Rn)

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