ここからサイトの主なメニューです


資料4

平成15年9月29日


司法救済制度小委員会
主査   松 田 政 行   殿

委員   山 本 隆 司


みなし侵害規定の見直しについて


   違法複製物の輸入・頒布および所持に関して、みなし侵害を定める著作権法113条1項から主観的要件を削除することを提案します。

1. 提案
著作権法113条1項をつぎのように修正する。

「次に掲げる行為は、当該著作者人格権、著作権、出版権又は著作隣接権を侵害する行為とみなす。ただし、学術研究を目的とする輸入または所持を除く。
   国内において頒布する目的をもつて、輸入の時において国内で作成したとしたならば著作者人格権、著作権、出版権又は著作隣接権の侵害となるべき行為によって作成された物を輸入する行為
   著作者人格権、著作権、出版権又は著作隣接権を侵害する行為によって作成された物(前号の輸入に係る物を含む。)を情を知って頒布し、又は頒布の目的をもつて所持する行為」

2. 「輸入」から頒布目的の要件を削除すべき理由
(1) 立法趣旨
   現行著作権法の法案が国会に提出される以前、文化庁が作成した法案のコンメンタールは、「頒布目的」を要件とする理由について、つぎのように説明している。

       「たとえば、学者が海外旅行の帰りに、自己の学術研究の目的に供するために、著作権の侵害となるべき行為によって作成された複製物を持ち帰ることは、私的使用のための複製と同一視すべきものであって、著作権の侵害とみなすことは適当ではない。そこで、著作権等または著作者人格権の侵害とみなされる行為は、日本国内において発売し、または頒布することを目的として輸入することに限定している。」1

   すなわち、その立法趣旨は、学術研究を目的とする輸入の許容にあった。しかし、かかる立法趣旨と現行法の規定との間には大きな齟齬がある。第1に、113条1項1号の規定では、頒布目的でなければ学術研究目的でなくとも広く輸入が許される。その結果、娯楽を目的とする著作物であっても、個人による複数部数の輸入も許されている。
   第2に、学術研究目的の輸入を私的複製と同視して許容するのであれば、著作権法30条と同じように、抗弁として被告が立証責任を負うべきであるが、113条1項1号の規定では原告が頒布目的でないことの立証責任を負担する。その結果、権利者は、多数の輸入侵害物を保持している者に対しても、頒布目的の立証に困難をきたして権利行使ができない場合を生じている。
   たとえば、実際に日本レコード協会が経験した事案であるが、台湾から海賊版レコードを大量に輸入し、かつ店頭に陳列している店舗を刑事告発しようとしたところ、所轄警察署から「頒布目的の立証が困難であるから無理である。」として、拒否された。「頒布目的」の立証として同協会の職員が当該店舗で海賊版を購入し証拠として警察に提示したのであるが、「頒布とは公衆への譲渡であるから、協会の職員ないし関係者のみが購入した事実では頒布目的の立証として不十分である。不特定多数の者が購入している事実を、個々の購入について特定する必要がある。時間をかけて当該店舗に張り込みをし、購入した個々の客について特定しなければ検察官が立件しないだろう。」とされた。

(2) ベルヌ条約16条1項
   ベルヌ条約第16条第1項は「著作者の権利を侵害するすべての製作物は、当該著作物が法律上の保護を受ける同盟国において差し押さえることができる。」と規定する。「頒布目的」等を要件とはしていない。ベルヌ条約にない主観的要件を加重している現行著作権法第113条第1項第1号は同条約に違反すると思われる。(しかし、抗弁としてであれば、ベルヌ条約9条2項、TRIPs協定13条、WIPO著作権条約10条2項およびWIPO実演・レコード条約16条2項に定める3ステップ・テストの条件に従って許容されるところであるが、「学術研究目的の輸入」は、3ステップ・テストに合格すると思われる。)
   なお、ベルヌ条約第16条第3項は「差押えは各同盟国の法令に従って行う。」と規定するが、この規定は、差押えの手続を各国に委ねる趣旨であり、実質的要件を各国に委ねる趣旨ではない。

3. 「頒布」から知情の要件を削除すべき理由
(1) 「情を知って」の意義
   システムサイエンス事件・東京地裁平成7年10月30日判決は、「情を知って」の意義について、つぎのように判示する。

       「著作権侵害を争っている者が,著作権法113条1項2号の所定の「著作権……を侵害する行為によって作成された物」であるとの「情を知」るとは,その物を作成した行為が著作権侵害である旨判断した判決が確定したことを知る必要があるものではなく,仮処分決定,未確定の第1審判決等,中間的判断であっても,公権的判断で,その物が著作権を侵害する行為によって作成されたものである旨の判断,あるいは,その物が著作権を侵害する行為によって作成された物であることに直結する判断が示されたことを知れば足りるものと解するのが相当である」

   したがって、違法複製物を購入した者は、これが違法複製物であると信じていても(故意)があったとしても、購入以前に、違法複製物であるとの公権的判断がなければ、「情を知って」にはあたらず、自由に違法複製物を頒布できることになる。しかし、このような者がこれを頒布するまでは、権利者は違法複製の事実を知ることはできず、違法複製物であるとの公権的判断を求める機会は存在しない。したがって、「情を知って」の頒布を侵害とみなす著作権法113条1項2号後段の規定は、機能する場面がほとんど存在しないと思われる。

(2) 実質論
   しかし、そもそも違法複製物の頒布を差し止めるのに、知情その他の主観的要件を必要とすべきか疑問である。
   違法複製物が転々流通すること自体、権利者が正規商品を販売する機会を奪うこととなり、権利者の利益を大いに害する。他方、主観的要件をみなし侵害の要件から外せば、善意で違法複製物を入手した者は、これを販売できなければ投下資本を回収できないという損害を被る。
   では、両者の利害をどのようにバランスすべきか。たとえば故意のような主観的要件を入れれば、販売業者は違法複製物であるか否かの注意義務を負うことないので一見して違法複製物でない限り安心して購入し販売できることとなり、違法複製物の流通を促すことになる。他方、主観的要件を外せば、販売業者は違法複製物であるか否かについてリスクを負うので、違法複製物であるか否かの管理に注意を払うこととなり、違法複製物の流通は困難となる。このような結果から考えれば、明らかに、主観的要件を外すのが妥当である。なお、この場合に販売業者が負担するリスクは、盗品を善意で購入した場合にこれを転売できない(刑法256条2項)のと同じリスクであって、過大なものではない。

(3) 立法例
   米国においては、違法複製物の「頒布」は、行為者の主観的要件を問わず頒布権の侵害として、差止請求権の対象となる。
   フランスにおいては、違法複製物には著作権者の複製権が及ぶので、行為者の主観的要件を問わずに、その所持自体が、差止請求権の対象となる。
   ドイツにおいても、違法複製物の「頒布」を行為者の主観的要件を問わずに禁止しており(ドイツ著作権法第96条第1項)、行為者の主観的要件を問わずに「頒布」に対する差止等請求権が認められている(第97条第1項、第98条第1項)。ただし、取引の安全を図る見地から、かかる頒布者に1故意および過失がなく、2差止等請求により当該第三者に「著しく大きな損害の生ずるおそれ」があり、かつ3権利者に金銭による満足が期待される場合には、権利者と第三者との間に許諾契約が成立したとすれば相当である金員を支払うことを条件として、差止等請求の回避を認める(第101条第1項)。

4. 「所持」から頒布目的の要件を削除すべき理由
(1) 立法趣旨
   著作権法113条1項2号が頒布目的の所持を侵害行為とみなす趣旨について、著作権審議会報告書2は、この規定の必要性について、つぎのように説明する。

       「現行法の規定の下では、頒布があつたというためには、「譲渡」又は「貸与」がなされたことが必要であり、海賊版が店頭に頒布のために陳列され、あるいは頒布のために所持されているだけでは、頒布があったと解することはできない。
・・・
その結果、店頭に陳列されている海賊版の全てについて、反復継続して頒布が行われた場合にあっても、実際に犯罪行為と認定されるのは、「譲渡」又は「貸与」のため店頭に陳列等された海賊版に係る頒布行為のうち、「譲渡」又は「貸与」されたことが立証されたごく一部の海賊版に係る、ごく一部の頒布行為に限定されることになるという遺憾な状態となっている。」

(2) 実質論
   著作権法113条1項2号が頒布目的の所持を侵害行為とみなす趣旨は、正当である。しかし、さらに考えれば、そもそも、頒布目的がないかぎり違法複製物の所持を適法とするのは疑問である。
   違法複製の所持を適法とすることは、自ら違法複製してもその証拠さえ捕まれなければいいということであるので、違法複製を助長する。また、第三者が違法複製したものを入手した場合であっても、購入者は安心して買えるので、結局、当該第三者による違法複製を助長することとなる。さらに、そもそも違法複製物の存在を認めることは、違法状態の継続を容認することであり、「善良な風俗」の観念に反する。
   ちなみに、偽造された通貨は、たとえ自ら偽造した場合でなくとも、取得時の善意悪意を問わず、その所持が許されない(通貨取締法3条)。

(3) 立法例
   フランスにおいては、違法複製物には著作権者の複製権が及ぶので、行為者の主観的要件を問わずに、その所持自体が、差止請求権の対象となる。

   以上のとおり意見を申し上げますので、よろしくご検討下さるようお願い申し上げます。

以上


1   文化庁『著作権法法案コンメンタール』125〜3-4頁。
2   著作権審議会『第1小委員会の審議経過について(ビデオ海賊版関係)』(1987年)

ページの先頭へ