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資料4

平成14年10月23日

司法救済制度小委員会
主査  松 田 政 行  殿

委員  山 本 隆 司

損害賠償制度の強化についての意見

  倍額(3倍)賠償制度の導入について意見を申し上げます。以下に述べるとおり、米国の採用する3倍賠償の制度を日本に導入することは適切ではないと考えますが、損害立証の実態に鑑みて、原告の立証した損害額の2倍の損害を推定する制度は適切であると考えます。

1. 米国3倍賠償制度の導入の問題点
  米国3倍賠償制度は懲罰的損害賠償である。懲罰的損害賠償は、損害に対する救済にとどまらず、違法行為の抑止を目的とする制度である。ところが、我が国法上は前者は民事法、後者は刑事法の問題として区分されているので、懲罰的損害賠償の制度は、我が国の法律体系に相容れない。
  最高裁も、萬世工業事件最高裁判決(最判平成9年7月11日民集51巻6号2573頁)において、この趣旨を次のように論じている。
「カリフォルニア州民法典の定める懲罰的損害賠償(以下、単に「懲罰的損害賠償」という。)の制度は、悪性の強い行為をした加害者に対し、実際に生じた損害の賠償に加えて、さらに賠償金の支払を命ずることにより、加害者に制裁を加え、かつ、将来における同様の行為を抑止しようとするものであることが明らかであって、その目的からすると、むしろ我が国における罰金等の刑罰とほぼ同様の意義を有するものということができる。これに対し、我が国の不法行為に基づく損害賠償制度は、被害者に生じた現実の損害を金銭的に評価し、加害者にこれを賠償させることにより、被害者が被った不利益を補てんして、不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とするものであり(……)、加害者に対する制裁や、将来における同様の行為の抑止、すなわち一般予防を目的とするものではない。……我が国においては、加害者に対して制裁を科し、将来の同様の行為を抑止することは、刑事上又は行政上の制裁にゆだねられているのである。そうしてみると、不法行為の当事者間において、被害者が加害者から、実際に生じた損害の賠償に加えて、制裁及び一般予防を目的とする賠償金の支払を受け得るとすることは、右に見た我が国における不法行為に基づく損害賠償制度の基本原則ないし基本理念と相いれないものであると認められる。」
2. 損害倍額推定制度の導入の提案
(1)現状の問題点
  • 侵害のやり得
      権利者がライセンスを与える場合には、通常、ライセンスを受けた者に対しては、権利者はライセンス契約に基づいて販売数量の報告徴取権および帳簿閲覧謄写権を持つ。(そもそも販売数量について正確な報告を行うことが信頼できる者だけにライセンスを与えることができる。)
      他方、権利者が侵害者の販売数量を把握するにおいては、権利者には、侵害者に対する販売数量の報告徴取権や帳簿閲覧謄写権はない。(また、侵害者が任意に販売数量を開示してもこれを信ずべき信頼の基礎が存在しない。)そもそも、米国のようにディスカバリーによって権利者が侵害者の販売数量を把握する手段は権利者には確保されておらず、その把握・立証責任は権利者が負担する。したがって、ライセンスを受けた者に比較して、侵害者による販売数量の把握および立証はきわめて限定されざるを得ない。
      ここに、侵害のやり得の理由がある。

  • 産業界の要請
      『工業所有権審議会  損害賠償等小委員会報告書』(1997年)が引用する日経産業新聞1997年8月29日号等に示されているとおり、産業界には知的財産権侵害訴訟において現在認められている損害賠償額は、救済として不十分であると考えている企業が相当数にのぼる※1。知的財産権法制を利用する者の大多数が企業であることを考えると、知的財産権侵害訴訟における賠償額を増加することが民意であると言える。

  • 統計資料
      前記損害賠償等小委員会報告書が引用する知的財産研究所『知的財産権侵害にかかる民事的救済の適正化に関する調査研究』(1996年)36-42頁に記載のとおり、1侵害者利益に基づく損害賠償請求訴訟(旧特許法第102条第1項、現特許法第102条第2項)の請求認容判決において、請求額に対する認容額の割合は平均53%、2実施料相当額に基づく損害賠償請求訴訟(旧特許法第102条第3項、現特許法第102条第4項)の請求認容判決において、請求額に対する認容額の割合は平均63%である。
      知的財産権侵害訴訟において、中には実際に自らが認識している実際の損害以上の損害を請求する原告もいる。しかし、大多数の原告は、(最終的に証明できるか否かはともかく)自らの手元にある資料・情報を訴状に添付して証拠として提出するのであり、自らが把握できた損害を主張していると考えられる。しかも、権利者はむしろ自らが認識している損害のうち、裁判所で認定してもらえそうにないものは請求額に参入しない場合もある※2ことを考えると、裁判所が認定する損害額は実際の販売数量の把握としてはかなり低いと考えられる
(2)提案
  著作権法に新規定として以下のような規定を入れることを提案する。

「著作権者、出版権者又は著作隣接権者が故意又は過失によりその著作権、出版権又は著作隣接権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者が販売し又は公衆の使用に供した数量は、著作権者、出版権者又は著作隣接権者が立証した数量の2倍と推定する。」
  • 立証責任の転換
      民事上、訴訟上の証明に必要な証明度についての判例の基準は、「一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りるものである」(最判昭50・10・24民集29・9・1417)。熟達した裁判官があえて数量的に表示した例によると、80%以上の確信という。
      立証責任を負う者の立証活動(本証)は、その事実について裁判官に確信を得させなければ目的を達しない。他方、相手方の立証活動(反証)反証は、相手方の主張する事実を存否不明の状態に追い込むだけで、十分に目的を達する。いわば、反証は裁判官の確信を80%未満に下げることができれば成功する。
      前述の提案は、侵害者による反証を受けつつ、権利者が1,000個の販売数量を立証(80%以上の確信)すれば、2,000個の販売数量を推定する。すなわち、推定された数量について、侵害者は、権利者の反証を受けつつ、販売数量は2,000個よりも少ないことを立証(80%以上の確信)する責任を負うことになる。

  • 2倍推定の根拠
      当事者間の公平上、損害の推定は2倍とすべきである。
      権利者が1,000万円の損害を立証責任を果たした場合に、侵害者は推定される1,000万円について立証責任を負うことは公平に合致するが、この場合に侵害者に2,000万円(3倍賠償)や3,000万円(4倍賠償)を負わせることは公平を害する。

3. 考えられる問題点の検討
(1)米国の3倍賠償制度との違い
  懲罰的損害賠償は、実損害の3倍(300%)の賠償を認める制度である。これに対して、「2倍推定」は実損害を100%証明することを容易にする制度であって、両者は全く異質な制度である。

懲罰的損害賠償
実損害=立証損害 懲罰的に加算される賠償

2倍推定
実損害
立証損害 推定損害

  すなわち、アメリカにおいては、1ディスカバリーの制度および2優越的証拠(51%以上の確信)による証明の制度により、実損害の全てを立証することが容易である。懲罰的損害賠償はこのように全額立証される実損害の3倍まで賠償を認める制度である。
  これに対して、「2倍推定」は損害立証の困難性を緩和し、実損害を100%証明することを容易にする制度である。いわば、従来の知的財産権侵害の賠償が「0.5倍賠償」であったものを、ようやく「1倍賠償」にする制度なのである。

(2)工業所有権四法との関係
  当小委員会(第3回)において、「著作権法だけに3倍賠償を導入するというのは難しいのではないか。」という意見があった。
  この意見が「2倍推定」にも向けられるものとすれば、新たな制度について工業所有権四法が導入しなければ著作権法が導入できないとする理由は全くない。著作権法は工業所有権四法に劣後しているわけでも隷属しているわけでもない。
  むしろ、今後育成しなければならない情報・技術産業において、その中心となるのはプログラムその他コンテンツ(著作物)であり、著作権法の役割はますます重要になってきている。工業所有権四法に先行して、「2倍推定」規定をいち早く導入し、他の知的財産法制に対して範を示すべきである。

(3)工業所有権審議会において指摘された問題点について
  平成9年の工業所有権審議会損害賠償等小委員会において、損害賠償額の推定の提案(D−2案)が検討され、次のような留意点が指摘された(報告書第2章第3節)。
<留意点>
1 この案を採用する場合には、新民訴法248条の損害の額の認定に関する規定及び実施料相当額の三倍額を規定するH案、I案との関係を整理する必要がある。
2 裁判所においては、証明されなかった事実は存在しないものと扱われることからすれば、現に存在する損害とは、裁判所により認定された損害と一致することになる。それとは別の損害概念(「真の損害」)を持ち込むことは適切でないし、議論の混乱を招きかねない。また、上記のイメージによれば、合理的に疑いを入れない程度という基準で判断している裁判官の判断基準とは別のルールに従って損害額が認定されることとなるが、その基準が不明であるとの指摘がある。
3 そもそも、証拠上認定できない損害の額を裁判所が認定してよいのかという指摘もある。
4 上限を3倍とすることにつき、合理的説明が可能かの問題がある。
  1については、民訴法248条における損害額の認定※3の規定が予定する場合は、上記提案の2倍賠償の予定する場合とは全く異なる。前者は、たとえば家屋の焼失のような場合において、家財道具の損害が当然に認められながらも個々の物件の存在および価格を立証することが困難である状況を予定している。これに対して、ここで提案する2倍賠償は、権利者側で一応数量と損害額を立証でき、また侵害者は推定された販売数量と損害額について証拠を持っているので、民訴法248条の予定する「損害の性質上その額を立証することが極めて困難であるとき」には当たらない。
  2について、上記の提案は、D−2案(3倍以内で「相当程度蓋然性のある損害」について賠償額の認定を許す)とは異なり、「相当程度蓋然性のある損害」を持ち込まないので、この問題は当てはまらない。
  3について、推定規定は、推定に合理的根拠があれば、法律上も受けられているところである。上記提案における2倍推定は、前述のとおり推定に合理的根拠があるから、問題は存在しない。
  4について、2倍推定の根拠は、前述のとおりであり、公平上も問題ないと考える。

  以上のとおり意見を申し上げますので、よろしくご検討下さるようお願い申し上げます。

以上


※1   国内の大手製造業に対するアンケート調査(回答総数168社)。回答者の「82.7%」が「日本の保護は弱すぎ、技術立国を目指す改正に賛成」と回答している。なお、関係機関の資料調査は、弁護士足立佳丈による。
※2   中山信弘編『注解特許法(第3版)上巻』(2000年・青林書院)991-992頁
※3   「損害が生じたことが認められる場合において、損害の性質上その額を立証することが極めて困難であるときは、裁判所は、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき、相当な損害額を認定することができる。」


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