資料4

放送機関の保護に関する世界知的所有権機関(WIPO)での議論の経過報告

1.これまでの経緯

 世界知的所有権機関(WIPO)では、デジタル化・ネットワーク化に対応して、著作権及び著作隣接権に関する新たな条約の策定が進められてきた。
 放送機関の保護のあり方については、1998年から2006年まで14回に渡り、「WIPO著作権及び著作隣接権に関する常設委員会(以下、SCCR)」にて検討がなされてきた。とりわけ、2004年9月の一般総会において初めて外交会議の開催の可能性が提案されてからは、SCCR等における合意形成に向けた議論が加速された。
 これらを受けて、2006年9月のWIPO一般総会では、「重要な問題を明確化するため、2007年1月と6月にSCCRの特別会合を開催する。これらの会合では『信号ベースアプローチ』によって、保護の目的、範囲、対象を最終合意し、外交会議に修正ベーシックプロポーザルを提出することを目的とする。外交会議はこれらの合意がなされた場合に開催される。」と合意された。

2.昨年における議論の経過報告

(1)結果概要

 2006年9月の一般総会の合意を踏まえ、2007年1月と6月にSCCRの特別会合が開催され、外交会議に向け残された課題について議論が行われた。しかしながら、合意を見るには至らず、同年11月における外交会議の開催は見送られた。
 2007年9月の一般総会では、本件を2008年における通常のSCCRの議題として残し、外交会議の開催に向けて保護の目的、範囲、対象についての合意を目指して、引き続き議論する旨の方針が決定された。

(2)主な論点

[保護の方式]

  • 信号ベースアプローチ(signal-based approach)であることから、排他的許諾権を付与するのではなく、信号の海賊行為に対する禁止権に限定すべき(アジアグループ(注)、アフリカグループ、インド、ブラジル、米国等)。
  • ローマ条約との整合性や信号の海賊行為に対処するためには、排他的許諾権の付与が必要(日本、EC、中東欧グループ、スイス、コロンビア等)。

    • (注) アジアグループは、必ずしもグループ内において統一のコンセンサスが形成されているわけではなく、例えば、韓国、シンガポール、フィリピン等は、むしろ日本、EC等に立場は近いが、インド及びこれに近いインドネシア等の国々がアジアグループを牽引している現在では、これら諸国から会議等において積極的な反応が見受けられない。したがって、以下「アジアグループ」を指す場合、これら諸国以外の国々を想定していることに留意する必要がある。

[保護の範囲(インターネット上の侵害に対する保護のあり方)]

  • インターネット再送信は、保護の対象から除外すべきであり、放送機関の保護は、著作権で保護された放送に限定すべき(インド、アジアグループ等)。
  • 窃取された信号は、インターネットを通じて再送信されるため、インターネット再送信を保護対象から除外すべきでない(スイス、日本、米国、EC等)。

[文化多様性や一般公益の促進に関する条項の取り扱い]

  • 本質的問題であり、本文に規定すべき(ブラジル、インドその他途上国)。
  • 法的条文化は受け入れられない(米国、日本、スイス、コロンビア等)。

[技術的保護手段に関する取り扱い]

  • WCTやWPPTと同様の表現での規定が必要である(米国)。
  • 知識や情報へのアクセスの障害等になる懸念があり、入れるべきでない(アジアグループ、ブラジル等)。

3.本年における議論の概要

(1)第1回SCCR特別会合(2007年1月17日〜19日)

 本会合では、2006年の一般総会の合意に基づき、外交会議に向けたベーシックプロポーザルの作成について議論が行われたが、各国の意見の隔たりは大きく、6月の2回目の会合に向けて、引き続き議論を行うこととなった。
 全般的には、アフリカ、アジア、中南米、先進国及びECの各地域グループから、信号ベースアプローチに基づくベーシックプロポーザルの修正に対して支持があったが、主張の重点は各々異なるものとなった。具体的には、アフリカグループは、利用と保護のバランスを求め、アジアグループは、一般公益の促進等に関する条項の重要性を強調した。中南米グループは、別途、通常のSCCRでの権利制限の議論継続を求め、先進国グループやEUは、期限どおりの外交会議開催を求めた。
 議長の進め方について異議が唱えられるなど議論の進展は見られず、結局次回会合に向けて、議長が加盟国との調整し、合意形成の作業のための新たなノンペーパー(議論のたたき台)を用意することとなった。

(2)第2回SCCR特別会合(2007年6月18日〜22日)

 第1回に引き続き、外交会議のベーシックプロポーザル合意を目指したが、多くの論点で溝が埋まらず、最終的には一部の国から11月の外交会議開催に向けたこれ以上の議論の進展は見込めないとの表明があった。この結果、一般総会への提案として、外交会議開催の時期は明示せず、通常のSCCRで引き続き議論を継続し、保護の目的、対象、客体について合意が得られたときに開催を検討することのみが合意された。
 具体的には、議長より提示された、放送機関に付与すべき支分権を大幅に削減したノンパーパーをベースに議論が行われたが、保護の方式、範囲及び一般公益条項の取り扱い等、多数の論点で意見の隔たりが見られた。
 保護の方式については、信号ベースアプローチの解釈が各国間で大きく異なった。日本、EC、中東欧グループ、スイス、コロンビア等が、ローマ条約との整合性や信号の海賊行為への対応の観点から、排他的許諾権を付与すべきと主張したのに対し、アジアグループ、アフリカグループ、インド、ブラジル等は、信号ベースアプローチからは、排他的許諾権は認められず、海賊行為に対する禁止権に限定すべきと主張した。米国は、コンテンツホルダーや番組制作者との既存の契約に影響を与えないよう海賊行為に対する禁止権にすべき旨発言した。保護の範囲については、インドから、インターネット再送信は含めるべきでなく、放送機関が著作権を取得した放送に限定すべきとの主張があったほか、ブラジルからは、権利の対象範囲が広すぎるとして、マンデートを超えている旨の発言があった。その他、文化多様性や一般公益の促進に関する条項について、インド、ブラジルその他途上国が本文に規定すべきと発言し、米国、日本、スイス、コロンビア等がこれに反対したほか、技術的保護手段についても意見の対立が見られた。

(3)2007年第43回一般総会(2007年9月24日〜10月3日)

 2008年における放送機関の権利の保護に関する取り扱い方について議論が行われた。この結果、第2回SCCR特別会合の提案どおり、放送機関の権利の保護を通常のSCCRの議題として残し、保護の目的、対象、客体について合意が得られたときに外交会議を開催することが決定された。
 全般的には、放送機関の権利の保護に関し、通常のSCCRで議論を継続することについて加盟国から支持があり、保護の必要性について改めて強調する発言が多数あったが、一方で、合意形成に向けた加盟国間の理解を増進するための工夫や合意形成に向けて譲れない前提に関する主張、さらには、放送機関の権利の保護とは別に、途上国の関心に配慮した新たな議題を設定すべきとの発言も見られた。
 EU、日本その他多数の国は、コンセンサスの形成に向けて議論を継続すべき旨発言した。これに対し、豪州及びブラジルからは、理解を深めるためのセミナー開催等が必要である旨主張した。アフリカグループ及びインドは、ウェブキャスティングの保護は認められない旨発言し、とりわけ、インドは、コンピューターネットワークによる再送信についても無線及び有線放送の保護から峻別されるべき旨発言した。
 このほかアフリカグループ及びインドは、放送機関の保護に当たっては、開発アジェンダの視点から検討すべきとの発言があり、ブラジル、チリ等からは、今後のSCCRでは、途上国の関心への配慮が必要であるとし、放送機関の権利保護とは別の議題として、科学、教育などにおける権利制限や知識へのアクセスの問題を取り上げるべきとの発言があった。

4.今後の見通し