第2章 科学技術の戦略的重点化

第2節■政策課題対応型研究開発における重点化

[分野別推進戦略の策定及び戦略重点科学技術の選定]

7 社会基盤分野

 社会基盤分野は、国民生活を支える基盤的分野である。豊かで安全・安心で快適な社会を実現するために、社会の抱えているリスクを軽減する研究開発や、国民の利便性を向上させ、美しい国土と質の高い生活を実現するための研究開発を推進している。

(1)安全が誇りとなる国
(防災)

 自然災害による被害を軽減していくためには、災害の未然防止、災害発生時の被害の拡大防止、災害復旧・復興という一連の過程において、科学技術上の知見を十分に活用することが重要である。
 我が国の地震調査研究については、平成7年に制定された地震防災対策特別措置法に基づき設置された地震調査研究推進本部(本部長:文部科学大臣)の定める「総合的かつ基本的な施策(平成11年4月)」や「調査観測計画」等の方針の下、関係行政機関等が密接な連携・協力を行いつつ推進している。地震調査研究推進本部において、全国の主要98断層帯についての評価結果等を基に「全国を概観した地震動予測地図」の改訂版を平成18年9月に公表した(第1部第1章第3節コラム3参照)。
 また、防災科学技術に関しては、科学技術・学術審議会研究計画・評価分科会が平成18年7月に策定した「防災に関する研究開発の推進方策について」などに基づき、防災科学技術研究所等が研究開発を推進している。地震・火山噴火予知研究については、科学技術・学術審議会が建議した「地震予知のための新たな観測研究計画(第2次)」及び「第7次火山噴火予知計画」(共に平成16〜20年度)に基づき、大学等の関係機関が連携し、総合的・計画的に進められている。
 重要な研究開発課題のうち、地震観測・監視・予測等の調査研究については、地震調査研究推進本部の方針に基づき、文部科学省において宮城県沖の海溝型地震や糸魚川−静岡構造線断層帯を対象とした重点的調査観測や、東南海・南海地震等海溝型地震に関する調査研究、地震計、水圧計等の各種観測機器を備えた稠密(ちゅうみつ)な海底ネットワークシステムを東南海地震の想定震源域に敷設することを目指す地震・津波観測監視システムの技術開発、大都市圏において大地震が発生した際の人的・物的被害を大幅に軽減するための科学技術的基盤を確立すること等を目的とした大都市大震災軽減化特別プロジェクトの戦略重点科学技術に取り組んでいるほか、主要98断層以外の活断層の追加調査、補完調査等の重要研究開発課題の研究開発を推進している。
 耐震化や災害対応・復旧・復興計画の高度化等の被害軽減技術については、防災科学技術研究所において、鉄骨・橋梁(きょうりょう)構造物等の破壊過程に関して、経年変化、耐震補強効果、入力損失等の知見を得るため、実大三次元震動破壊実験施設(E−ディフェンス)を利用した耐震実験研究等を実施している。
 風水害・土砂災害・雪害等観測・予測及び被害軽減技術、火山噴火予測技術については、防災科学技術研究所等において、MPレーダを用いた土砂・風水害の発生予測に関する研究や、雪氷災害発生予測システムの実用化とそれに基づく防災対策に関する研究、火山噴火予知と火山防災に関する研究等を実施している。
 衛星等による自然災害観測・監視技術については、戦略重点科学技術として、地図作製、災害状況把握等を目的として平成18年1月に打ち上げられた陸域観測技術衛星「だいち」(ALOS)の運用や、準天頂衛星を利用した高精度測位実験技術の研究開発等を行っている。これらは、国家基幹技術「海洋地球観測探査システム」の構成要素として技術開発・運用を行っており、我が国の総合的な安全保障に欠かせない全球規模での人工衛星による観測監視体制を確立し、国内外への貢献を目指しているものである。
 なお、「2006年台風13号に伴う暴風・竜巻・水害の発生機構解明と対策に関する研究」、「北海道佐呂間町で発生した竜巻による甚大な災害に関する調査研究」については、関係省庁・大学等が連携し、科学研究費補助金等によって調査研究を実施している。
 国際協力については、米国、ロシア、イタリア等との間の科学技術協力協定、天然資源の開発利用に関する日米協力(UJNR(注1))の枠組みの下で、防災科学技術に関する2国間の研究協力が進められている。
 総務省消防庁では、戦略重点科学技術として、地震発生時における危険物施設の安全性の確保等に関する研究や災害の被害軽減技術及び災害対応技術の研究等、消防防災に関する研究開発を推進している。
 本分野については、「国土交通省技術基本計画」(平成15年11月国土交通省)、「情報通信研究開発基本計画」(平成12年2月郵政省電気通信技術審議会)等が策定され、研究開発が重点的に推進されている。
 具体的な研究開発については、国土交通省等で先端技術を活用した国土管理技術の開発等の総合的な国土利用に関する研究開発が推進されている。
 国土地理院では、全国1,233か所(平成19年3月末現在)の電子基準点によるGPS連続観測のほか、超長基線電波干渉計(VLBI(注2))など最先端の測量技術を用いた地殻変動やプレート運動の観測、さらには同観測データの分析を実施している。
 気象庁では、観測施設の設置・運営に加え、関係機関からの観測データも含めた一元的な情報提供を行うとともに、被害の軽減を図るため、発生した地震の震源や規模等の情報を大きな揺れの前に伝えることを目指した緊急地震速報の実用化を、研究開発面で防災科学技術研究所等と協力しつつ進めている。
 海上保安庁では、海域における測地、海底地形や活断層等の調査を推進している。
 このほか、研究者コミュニティの代表的な機関である日本学術会議では、近年の地震、津波、台風、ハリケーン等の地球規模の大災害の頻発や、高齢化社会を迎えた災害弱者の増加等の社会環境の変化を踏まえ、国土交通大臣の諮問を受け、「地球規模の自然災害に対して安全・安心な社会基盤の構築委員会」を設置し、気候変動災害の予測、地震災害の社会的メカニズムの分析等を行っている。

  • (注1)UJNR:U.S.-Japan Cooperative Program in Natural Resources
  • (注2)VLBI:Very Long Baseline Interferometry
(テロ対策・治安対策)

 国際的なテロや治安の悪化が指摘される今日、犯罪の少ない安全な社会を実現することは国民にとって最も身近なニーズであり、テロ・治安対策のために最新の科学技術を活用した取組を更に強化することが極めて重要である。
 テロ対策においては、有害危険物を事前に現場で速やかに検知してテロを未然に防ぐことが重要である。特に我が国は物質を検知する基盤的な技術を有しており、これらを発展させて世界に先駆けて実用化を行うことは、テロ対策の推進のみならず、世界標準を主導することにも貢献することから重点化して積極的に推進する必要がある。このため警察庁と文部科学省では、競争的資金制度等を活用し、爆発物や生物剤、化学剤の有無を現場で速やかに探知し、安全に処理する方法の研究開発を行っている。
 犯罪対策においては、限られた人的資源の中で犯罪の少ない社会の実現に向けて、犯罪防止・捜査支援・鑑定などの現場等で活用可能な技術・システム開発を重点化して推進することが求められていることから、警察庁では、コンピュータが不正アクセスを受けた際に用いられた不正アクセス行為の手法を自動的に記録する機能等を有するシステム、行動科学による犯罪防止・捜査支援、最新の情報処理技術を応用した鑑定・検査手法の開発、3次元顔画像個人識別、DNAプロファイリング、毒物や微細証拠鑑定のための物質同定技術、学校及び通学路における子どもの安全を守る技術に関する研究開発を行っている。

(交通・輸送システム)

 国民の身近な足としての交通・輸送機関の安全性・信頼性の回復は喫緊の課題であり、今後の航空交通の需要増加や交通機関のオペレータのヒューマンファクター、車両運転者の「発見」、「判断」、「操作」に配慮して、予防安全を徹底するための新たな技術の活用を重点化して推進する必要がある。
 警察庁、国土交通省では、インフラ協調による安全運転支援システムや、運転者に必要な情報処理能力に関する研究開発を行っている。
 また、将来のより安全・安心で快適な交通・輸送システムの実現に向けて、先進的な研究開発に取り組んでいる。
 国土交通省では、将来の高速輸送を目的とする超電導磁気浮上式鉄道の実用化に向けて研究開発を促進するため、財団法人鉄道総合技術研究所への助成等を行っている。また、「大深度地下利用に関する技術開発ビジョン」に基づき、大深度地下を利用する各事業が横断的に必要とする汎用性の高い技術の開発を促進している。
 さらに、現代の生活に不可欠な社会基盤の一つである航空輸送システムについては、安全性・環境適合性の確保や向上を支えるのみならず、情報通信、ナノテクノロジー・材料等の幅広い分野での技術波及効果も期待されている。
 文部科学省では、科学技術・学術審議会研究計画・評価分科会が平成18年7月に策定した「航空科学技術に関する研究開発の推進方策」に基づいて研究開発を行っており戦略重点科学技術として選定された、交通・輸送予防安全新技術、新需要対応航空機国産技術に関して、「要素から統合へ」「安全・効率」「超音速」の三つのキーワードを掲げて推進しているところである。「要素から統合へ」では、YS-11以来40年ぶりの国産旅客機の実現に向け、エンジンの開発に先進技術や試験設備を提供するなどの貢献を行っており、低コスト複合材の大型構造模型を世界に先駆けて製作するなどの成果を上げている。「安全・効率」では、運航数の増加に対応するため、安全性や効率を向上させる次世代運航システムの研究開発を行っており、分散型高密度運航の飛行実証に世界で初めて成功している。「超音速」では、小型超音速実験機の飛行実験で獲得した技術を発展させ、超音速旅客機実現のネックとなっているソニックブームを解決する技術など、世界をリードする優位な技術の獲得を目指した研究開発を実施している。上記のほか、重要な研究開発課題に対応して、回転翼機技術や垂直離着陸(VTOL)機、脱化石燃料航空機といった未来型航空機技術などの研究開発に重点的な取組を行っている。
 経済産業省では、産業構造審議会航空機宇宙産業分科会航空機委員会において民間航空機及びエンジンの国際共同開発をはじめとする航空機産業政策の方向につき議論がなされている。また、戦略重点科学技術として選定された、新需要対応航空機国産技術に関して、低コストかつ環境負荷の小さい小型機・エンジンの全機インテグレーション技術を実証する環境適応型高性能小型航空機の研究開発、環境適応型小型航空機用エンジンの研究開発、及び航空機用の複合材料やマグネシウム合金部材の低コスト化・信頼性向上を実現する次世代構造部材創製・加工技術の開発を進めている。また、経済性と環境適合性に優れた超音速輸送機の実用化に必要な要素技術、総合化技術の研究開発や、操縦・空調の電動化等の次世代の装備品関連技術の開発等も実施している。
 国土交通省所管の電子航法研究所では、航空交通の安全の確保と円滑化を図るための技術として、通信、航法、監視及び航空交通管理に関する研究を実施しており、これらの研究は今後の航空輸送の発展を図る上で重要なものとして期待されている。

 平成18年度に実施された社会基盤分野の主な研究課題をまとめると、第3-2-11表のとおりである。

第3-2-11表 社会基盤分野の主な研究課題(平成18年度)

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