第2章 科学技術の戦略的重点化

第2節■政策課題対応型研究開発における重点化

[分野別推進戦略の策定及び戦略重点科学技術の選定]

8 フロンティア分野

 フロンティア分野は、未知なる宇宙、海洋等を探査・探求し、新たなる活用領域としての開発・利用に関する研究開発を推進するものである。第3期科学技術基本計画において、本分野は、国として取り組むべき研究開発課題を重視して研究開発を推進する分野として位置付けられている。本分野では、衛星による通信・測位、地球観測・監視等の宇宙利用、多様な資源・空間を有する海洋利用等により、国民生活の安全・安心と質の向上、経済社会の発展、我が国の総合的な安全保障や地球・人類の持続的発展などへの貢献を目指す。

(1)宇宙開発利用

 宇宙開発利用は、宇宙の起源、地球の諸現象等についての普遍的な知識・知見を増大させ、人類の生活の質の向上、産業の発展等に大きく貢献している。また、宇宙開発の成果は、広い意味での国の安全保障に密接に関係する戦略的技術であり、我が国の国際的地位にも関わる極めて重要な技術分野である。
 我が国の衛星は、昭和45年に打ち上げた「おおすみ」以降、平成19年3月末までで119個である。なお、今後の我が国の主な人工衛星の打上げ計画は第3-2-12表に示すとおりである。
 文部科学省では、平成15年9月に宇宙開発委員会の議決を経て定められた「宇宙開発に関する長期的な計画」に基づき、宇宙航空研究開発機構において戦略的かつ重点的に研究開発を進めている。宇宙航空研究開発機構は、平成17年2月にH−2Aロケット7号機の打上げに成功して以降、平成19年3月末までにH−2Aロケット及びミューファイブロケット合わせて連続9機の打上げを成功させており、また、衛星プロジェクトでは太陽観測衛星「ひので」(SOLAR−B)が成果を上げるなど、我が国は宇宙先進国として大いに飛躍を続けている。

第3-2-12表 我が国の主な人工衛星の打上げ計画

(宇宙輸送システム)

 我が国の総合的な安全保障や国際社会における自律性を維持するためには、必要なときに必要な衛星等を宇宙空間の所定の位置に輸送する能力を独自に確保することが重要である。また、宇宙輸送システム技術は巨大システム技術であり、その技術力の向上活動自体が産業の高度化や社会経済の発展につながる。このため、重要な研究開発課題として「宇宙輸送システム」が選定されている。
 中でも、宇宙航空研究開発機構が実施しているH−2Aロケットの開発・製作・打上げ、H−2Bロケット(H−2Aロケット能力向上型)、宇宙ステーション補給機(HTV)、GXロケットについては、「信頼性の高い宇宙輸送システム」として戦略重点科学技術に位置付けられている。大型の人工衛星を打ち上げることができる我が国の基幹ロケットであるH−2Aロケットについては、平成18年度には10号機で情報収集衛星光学2号機を、11号機で技術試験衛星8型「きく8号」(ETS−8)を、12号機で情報収集衛星レーダ2号機及び光学3号機実証衛星を打ち上げた。これにより、H−2Aロケットの打上げ成功率は、初期運用段階における世界水準を大きく上回る9割以上を達成している。また、HTVの打上げ手段を確保するため、H−2Aロケットの打上げ能力を向上させ、静止トランスファ軌道への輸送能力を8トン級とするH−2Bロケットや、国際宇宙ステーション(ISS(注1))への食料や消耗品、実験装置等の物資輸送を担うことにより、日本のISS計画への貢献手段となるHTVについては、試験機及び技術実証機の平成21年度打上げを目指し開発を進めている。これらH−2Aロケットの開発・製作・打上げ、H−2Bロケット、HTVについては、基本計画において国家的な長期戦略の下に推進する国家基幹技術「宇宙輸送システム」の構成技術としても位置付けられている。また、我が国ではじめて民間主導で開発が進められているGXロケットについては、経済産業省がロケットの飛行制御等を行うアビオニクスに関する研究開発を実施し、宇宙航空研究開発機構がその第二段エンジンとなる液化天然ガス(LNG)推進系を開発している。開発の途上で生じていた技術的課題については、平成18年度に解決の方向性について目途を得ており、適時適切に宇宙開発委員会等によって実施される評価を踏まえ、平成22年度に民間へエンジンを引き渡すことを目指し、開発を行うこととしている。
 なお、世界最高性能の全段固体ロケットであるミューファイブロケットについては、平成18年9月の7号機で第22号科学衛星「ひので」(SOLAR−B)の打上げに成功し、これをもって運用を終了することとしているが、固体ロケット技術の維持・発展等のため、現在新たなロケットが構想されている。

  • (注1)ISS:International Space Station

「H-2A」ロケット11号機の打上げ

写真提供:宇宙航空研究開発機構

(通信放送衛星システム、測位衛星システム、衛星観測監視システム、衛星基盤・センサ技術)

 通信・放送などに人工衛星を利用することは、広域性、同報性、耐災害性などの面で多くの利点がある。このため、重要な研究開発課題として通信放送衛星システム、測位衛星システム、衛星観測監視システム、衛星基盤・センサ技術が選定されている。
 通信放送衛星システムについては、文部科学省と総務省で共同開発し、静止軌道3t(トン)級の大型衛星バス技術や大型展開アンテナ技術、移動体衛星通信技術及び高精度時刻基準装置を用いた測位技術の開発並びにそれらの実験・実証を行うことを目的とした技術試験衛星8型「きく8号」(ETS−8)を平成18年12月に打ち上げた。また、平成19年度中の打上げを目指して、超高速インターネット・大容量データ通信を可能とする衛星通信技術及び衛星通信を用いた超高速ネットワーク技術の開発並びにそれらの実験実証を行うことを目的とした、超高速インターネット衛星(WINDS)が、両省により共同開発されている。
 測位衛星システムについては、総務省、文部科学省、経済産業省及び国土交通省の連携により、山間地、ビル影等に影響されずに高精度測位等を行うことが可能な準天頂衛星システムの研究開発を行っている。また、衛星観測監視システムについては、第2章第2節3(1)及び7(1)に記載されている。
 衛星基盤・センサ技術の研究開発については、「信頼性向上プログラム(衛星関連)」が戦略重点科学技術として選定されており、宇宙航空研究開発機構において衛星バス技術や構成部品の信頼性向上に取り組んでいる。

(国際宇宙ステーション計画による有人宇宙活動技術)

 我が国は、重要な研究開発課題として、国際宇宙ステーション(ISS)計画に参加し、有人宇宙活動技術の蓄積を目指している。本計画は、日本・米国・欧州・カナダ・ロシアの5極が共同で低軌道上に宇宙ステーションを建設する国際協力プロジェクトで、我が国は、日本実験棟「きぼう」(JEM(注2))の開発や、戦略重点科学技術として選定されているHTVの開発などを行っている。
 2003年(平成15年)2月に発生した米国のスペースシャトル「コロンビア号」の事故以来、ISSの組立ては中断していたが、2006年(平成18年)9月のスペースシャトル「アトランティス号」の飛行によりISSの組立てが再開され、2010年(平成22年)の完成に向けて、着実に計画が進められている。
 宇宙航空研究開発機構では、「きぼう」(JEM)の利用の準備として無重力実験施設(落下塔)や航空機(弾道飛行)による無重力実験、ISSのロシアモジュールを利用した「高品質タンパク質結晶生成宇宙実験」、「3次元フォトニック結晶生成宇宙実験」を実施し、また、利用の多様化を図るためにISS滞在中の宇宙飛行士と高校生が交信する宇宙授業、大学生を対象とした航空機による無重力実験コンテストなどを実施している。

  • (注2)JEM:Japanese Experiment Module
(太陽系探査、宇宙天文観測)

 宇宙科学の分野においては、宇宙航空研究開発機構が中心となり、全国の大学等の研究者の参加の下、科学衛星を打ち上げ、これまでに世界トップレベルの成果を上げている。
 我が国は重要な研究開発課題として、科学衛星計画を推進しており、平成18年9月には太陽大気構造と太陽磁気活動などの太陽活動の要因を解明することを目的とした第22号科学衛星「ひので」(SOLAR−B)の打上げに成功している。また、月周回衛星(SELENE)、第24号科学衛星(金星探査計画:PLANET−C)、Bepi Colombo(ベッピコロンボ)(水星探査計画:欧州宇宙機関との国際協力による計画)の開発等を引き続き進めている。


「ひので」(SOLAR-B)による太陽の画像

写真提供:宇宙航空研究開発機構

(国際協力・連携の推進)

 我が国は、フロンティア分野の推進方策として国際協力・連携の推進を掲げている。近年、環境変動や大規模自然災害等地球規模の諸問題の深刻化に伴い、地球観測衛星技術の必要性、宇宙技術の利用における各国の連携協力の重要性が従来にも増して高まっているところである。我が国は、自らが主催するアジア太平洋地域宇宙機関会議(APRSAF(注3))をはじめ、国連宇宙空間平和利用委員会(COPUOS(注4))、地球観測衛星委員会(CEOS(注5))などの国際会議を通じて、宇宙分野における国際協力の更なる推進を目指している。特にアジア地域においては、APRSAFを通じ、インターネットにより衛星画像等の被災地情報を提供・共有する「アジア防災・危機管理システム(センチネル・アジア)プロジェクト」の構築を19か国44機関8国際組織の協力の下で推進しており、平成18年度はそのシステムの運用を開始したところである。

  • (注3)APRSAF:Asia-Pacific Regional Space Agency Forum
  • (注4)COPUOS:Committee on the Peaceful Uses of Outer Space
  • (注5)CEOS:Committee on Earth Observation Satellites
(2)海洋開発
(フロンティア(海洋)分野の研究開発の推進)

 地球表面の7割を占める海洋の観測・探査は、地球環境変動の解明から防災・減災、資源確保まで、社会に幅広く貢献することから、国連教育科学文化機関(UNESCO)における政府間海洋科学委員会(IOC)などを中心として、世界的な取組が行われている。特に、四方を海に囲まれ、世界第6位の排他的経済水域(EEZ)を有する海洋国家日本にとって、海洋分野の研究開発は国の将来を左右する重要な課題である。このような観点から、「長期的展望に立つ海洋開発の基本的構想及び推進方策について(平成14年8月科学技術・学術審議会答申)」においては、「今後の海洋政策の展開に当たっては、『海洋を知る(海洋研究・基盤整備)』『海洋を守る(海洋保全)』『海洋を利用する(海洋利用)』という3つの観点をバランスよく調和させながら、持続可能な利用の実現に向けた戦略的な政策及び推進方策を示すことが重要である」とされており、これらを踏まえて海洋政策を推進している。また、各府省における海洋開発に関する具体的施策は、海洋開発関係省庁連絡会議が毎年取りまとめる海洋開発推進計画に基づき実施している。


世界最深レベルの潜行能力(水深6,500メートル)を有する有人潜水船「しんかい6500」

写真提供:海洋研究開発機構

 第3期科学技術基本計画におけるフロンティア(海洋)分野の分野別推進戦略では、国家基幹技術「海洋地球観測探査システム」を構成する「次世代海洋探査技術」と、「外洋上プラットフォーム技術」が戦略重点科学技術に選定されるとともに、以下の3領域の重要な研究開発課題が選定された。

(深海・深海底探査技術、海洋生物資源利用技術)

 文部科学省では、海洋研究開発機構における海洋の観測・探査を行うために必要な基盤技術の開発及びこれを用いた海洋に関する研究を推進している。例えば、世界最長の連続長距離自律潜航記録(317キロメートル)を持つ深海巡航探査機「うらしま」は、平成18年7月には、海溝型巨大地震やメタンハイドレートの生成に関する研究に影響を与える深海底の泥火山表面構造を音響探査技術によって明らかにした。また、世界最深レベルの潜航能力(水深6,500メートル)を持つ有人潜水船「しんかい6500」は、深海や極限環境に生息する生物の研究調査を行う海洋・極限環境生物研究等に活用されており、平成18年8月には、沖縄トラフ南部にある熱水噴出孔(チムニー)近傍の堆積物中にメタンや二酸化炭素・硫黄化合物等を栄養源とする極限環境微生物が生息していることや、平成19年1月には、沖縄トラフ鳩間(はとま)海丘のチムニーから世界初と思われる青色の熱水噴出物(ブルースモーカー)を発見した。戦略重点科学技術に関しては、「次世代海洋探査技術」が国家基幹技術「海洋地球観測探査システム」を構成する技術として選定されたことから、文部科学省では海洋研究開発機構における当該技術の研究開発を推進している。平成18年度は、このうち1地球深部探査船「ちきゅう」による世界最高の深海底ライザー掘削技術の開発を開始した。「ちきゅう」のライザー掘削技術は科学掘削としては世界初の技術であり、そのポテンシャルを最大限発揮するためには、世界最高の深海底ライザー掘削技術の開発を行い、水深4,000メートルからの掘削等を目指す。この技術を利用して、人類未踏のマントルへの到達や地殻内の有用微生物の採取等に挑戦する。なお、「次世代海洋探査技術」のうち、2次世代型深海巡航探査機技術の開発、3大深度高機能無人探査機技術の開発は平成19年度から着手する予定である。
 農林水産省では、海洋有用生物資源の合理的な利用・管理のため、海洋表層生態系の解明を行うとともに深層生態系の構造と変動機構及び表層生態系変動との関連性の解明に取り組んでいる。

(海洋環境観測・予測技術、海洋利用技術、海洋環境保全技術)

 文部科学省では、海洋研究開発機構における地球環境観測研究・予測研究・シミュレーション研究(地球温暖化等の地球環境変動の解明を目指し、世界各地で研究船、ブイ、陸上観測機器等の観測設備を用いた海洋・陸面・大気の観測及び気候変動等の予測・シミュレーション)を推進している。例えば、平成18年4月には北極点付近において新しい氷海用観測システムの設置に成功し、世界で初めてのリアルタイム観測・データ配信を実現した。また、これらの観測研究等で得られたデータを、世界最高水準の性能を有するスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」等を活用して解析し、地球環境の物理的、化学的、生態的プログラムのモデル研究等を行い、平成18年10月には、太平洋のエルニーニョ現象と同様に世界各地に異常現象を引き起こすインド洋ダイポール現象の予測に成功した。
 総務省では、情報通信研究機構において、海洋油汚染・海流・波浪等の計測手法の確立と地球環境の変化の予測に資する高分解能3次元マイクロ波映像レーダや短波海洋レーダの研究を行い、大学や他研究機関と連携し共同観測を実施している。
 経済産業省では、石油天然ガス・金属鉱物資源機構と連携して、石油等資源の賦存状態の調査等を引き続き行っている。
 国土交通省では、港湾空港技術研究所と共同で全国港湾海洋波浪情報網(NOWPHAS)の充実等を行っている。
 気象庁では、海洋・海上気象観測やエルニーニョ現象の解明等、海洋現象及び気候変動の監視・予測情報の拡充に向けた調査・研究等を引き続き行っている。
 海上技術安全研究所では、海洋技術における安全、環境保全に関する研究を行っている。NEAR-GOOSに関連して、気象庁、海上保安庁が、日本周辺海域を中心とした海洋データの交換を促進するためのシステムを運用しており、海洋研究の一層の推進が図られている。
 国土地理院では、沿岸海域の総合的な開発・利用・保全計画等の策定に必要な基礎資料を提供するため、沿岸海域基礎調査等を行っている。
 海上保安庁では、海洋に関する測量・観測技術及び解析技術の研究開発を実施している。

(地球内部構造解明研究、海底地震・津波防災技術)

 文部科学省では、海洋研究開発機構における、無人探査機「かいこう7000」や深海調査研究船を利用した、海洋底プレートのダイナミクス解析や大陸棚画定調査に貢献する地殻構造調査を行う地球内部ダイナミクス研究を推進している。例えば、平成18年度から、我が国に甚大な被害をもたらす東南海・南海地震の想定される震源域において地震・津波の規模や地殻変動をリアルタイムで監視できる地震・津波観測監視システムの開発を開始した。また、平成19年9月からは地球深部探査船「ちきゅう」初の国際運用として、紀伊半島沖熊野灘において、掘削・研究航海を開始することが予定されており、これらにより海溝型巨大地震発生メカニズムの解明が期待できる。さらに、我が国の大陸棚の限界画定調査を推進するため大陸棚調査・海洋資源等に関する関係省庁連絡会議を設置し、内閣官房、外務省、国土交通省及び経済産業省と連携を図りつつ、政府全体として着実に調査を実施している。

 なお、平成18年度に実施した分野の主な研究課題は、第3-2-13表のとおりである。

第3-2-13表 フロンティア分野の主な研究課題(平成18年度)

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