第2章 科学技術の戦略的重点化

第2節■政策課題対応型研究開発における重点化

[分野別推進戦略の策定及び戦略重点科学技術の選定]

3 環境分野

 環境分野は、多彩な生物種を有する生態系を含む自然環境を保全し、人の健康の維持や生活環境の保全を図るとともに、人類の将来的な生存基盤を維持していくために不可欠な分野である。現在、地球環境問題の解決に向けた、科学技術面での取組の必要性が高まってきており、第3期科学技術基本計画において環境分野は重点推進分野である。我が国は、環境分野を6研究領域に分け、以下の施策に取り組んでいる。

(1)気候変動研究領域
(微量温室効果ガス等による対流圏大気変化の観測)

 文部科学省では、環境保全対策や将来の気候予測の不確定要素となっている、大気中に含まれる微量成分(二酸化窒素、オゾン等)やエアロゾルの対流圏中の大気成分の変化を観測するシステムを構築するための観測研究及び技術開発を行っている。

(気候変動にかかわる陸域、海洋の応答プロセス解明)

 文部科学省では、海洋等の二酸化炭素等温室効果物質の循環メカニズムの解明及び将来予測のため、海洋表層、海洋中、大気中の二酸化炭素の先端的観測装置(小型で耐久性のある安価な無人の現場観測装置や、多数の船舶等に普及可能な簡便かつ高精度の自動測定装置)を開発し、観測装置の精度検証や、観測網の強化を行っている。
 また、海洋研究開発機構において気候変動予測等の地球環境予測研究を推進している。戦略重点科学技術としては、地球環境変動のメカニズム解明と将来予測の実現を目指し基礎的研究を実施している。
 我が国の南極地域観測事業は、「南極地域観測統合推進本部」(本部長:文部科学大臣)の下に、関係府省の協力を得て、国立極地研究所が中心となって実施している。平成18年度は、第47次観測隊(越冬隊)及び第48次観測隊が、昭和基地を中心に、気象等の定常的な観測や、地球規模での環境変動の解明を目的とするモニタリング研究観測等を実施した。特に、昨年に引き続き、ドームふじ基地で深さ約3,035.22メートルまでの氷床コアと岩盤起源のものと考えられる岩粒の採取に成功した。また、昭和基地近傍においてドイツの観測隊と共同し、航空機での大気エアロゾル観測を実施した。
 農林水産省では、平成18年度から農林水産業における地球温暖化対策の推進に資する、森林、農地等の炭素循環モデルの開発に取り組んでいる。


大気エアロゾル観測を行うドイツ航空機
写真提供:国立極地研究所

岩盤起源のものと考えられる数ミリメートルの岩粒
写真提供:国立極地研究所
(気候モデルを用いた21世紀の気候変動の予測)

 文部科学省では、戦略重点科学技術として、「人・自然・地球共生プロジェクト」において、日本が世界に誇るスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を活用し、地球温暖化・気候変動予測実験及び気候モデル開発を推進した。これにより、これまでにない高解像度モデルの開発、気候の再現実験によるモデル検証等や、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)による温室効果ガス増加シナリオ等に基づく様々な予測実験が実施され、海洋循環、降水現象(梅雨前線や台風を含む)等の温暖化による変化予測など、2007年(平成19年)発行のIPCC第4次評価報告書作成に貢献した。さらに、気候変動、洪水被害、食糧問題などの人類社会が直面している様々な社会的課題に的確に対応するため、衛星による観測データや陸域・海洋における観測によって得られる各種データを統合・解析して国民の生活に役立つ情報として提供するための「データ統合・解析システム」の構築を推進している。
 また、海洋研究開発機構における「地球シミュレータ」の安定的かつ効率的な運用とともに、戦略重点科学技術として「地球シミュレータ」を活用したシミュレーションを高精度化・高速化するための技術とそれを用いた地球環境変動の予測技術のための研究開発を実施している。

(衛星による温室効果ガスと地球表層環境のモニタリング)

 戦略重点科学技術として、衛星による温室効果ガスと地球表層環境の観測に関する取組を進めている。人工衛星による地球観測は、広範囲にわたる様々な情報を繰り返し連続的に収集することができる極めて有効な観測手段であり、地球環境問題の解決に向けて、国内外の関係機関と協力しつつ総合的な推進を行っている。
 環境省では、温室効果ガス観測技術衛星(GOSAT)に搭載する温室効果ガス観測センサの開発を宇宙航空研究開発機構、国立環境研究所と共同で進めている。
 宇宙航空研究開発機構では、米国航空宇宙局(NASA(ナサ))の熱帯降雨観測衛星(TRMM)に搭載されている降雨レーダ(PR)などからデータを処理し、研究者等へのデータ提供を行っている。また、平成18年1月には陸域観測技術衛星「だいち」(ALOS)を打ち上げ、10月から本格運用を開始した。そのほか、温室効果ガス観測技術衛星(GOSAT)、全球降水観測計画/二周波降水レーダ(GPM/DPR)、地球環境変動観測ミッション(GCOM)衛星の開発などを関係機関との協力の下に進めている。

(地球規模の諸現象の解明に係る研究開発等)

 総務省では、情報通信研究機構において、アジア域及び地球規模環境変動においても重要な、都市域大気の立体構造解明のためのセンシング・ネットワーク技術の研究開発を平成18年度から開始した。
 環境省では、オゾン層の破壊、地球の温暖化等の地球環境保全に資する調査研究や、地球温暖化対策に必要な観測を中長期的な視点に立って推進している。

(人工衛星による観測に関する技術)

 総務省では、情報通信研究機構において、国際宇宙ステーションの日本の実験棟(JEM(注1)愛称「きぼう」)のばく露部に搭載される超伝導サブミリ波リム放射サウンダ(注2)を開発したほか、宇宙からの地球環境変動計測技術に関する研究を行っている。
 農林水産省では、NASA(ナサ)の地球観測衛星(TerraAqua)に搭載している中分解能分光放射計(MODIS(注3))等から受信した画像データをデータベース化し、インターネット上に提供している。

  • (注1)JEM:Japanese Experiment Module
  • (注2)超伝導サブミリ波リム放射サウンダ:大気の縁(リム)の方向にアンテナを向け、超伝導センサを使った高感度低雑音受信機を用いて大気中の微量分子が自ら放射しているサブミリ波を受信し、オゾンなどの量を測定する。
  • (注3)MODIS:Moderate Resolution Imaging Spectroradiometer
(2)水・物質循環と流域圏研究領域

 文部科学省では、アジア・モンスーン地域における水循環・気候変動メカニズムの解明のため、国際協力による海洋研究観測ネットワーク(海洋観測係留ブイネットワーク等)の構築や、ドップラーレーダー等による研究観測ネットワークの構築等を行い、地球規模の大気・海洋変動現象(インド洋ダイポールモード現象等)を対象とする観測データの収集及び観測研究を行っている。また、戦略重点科学技術として、「人・自然・地球共生プロジェクト」において、将来の水資源・水災害の予測を目指した研究開発を実施している。
 戦略重点科学技術として、水・熱・物質循環に関わるデータや情報等を、地域規模から地球規模のスケールで観測・収集する地球観測システムを構築するとともに、大気・海洋・陸面の現場観測や衛星観測により、地球規模水循環の変動を把握するための研究開発を実施している。
 総務省では、情報通信研究機構において、沿岸から黒潮等の流速場を長期連続観測可能な遠距離海洋レーダを開発し、石垣島、与那国島に設置して東シナ海南部の黒潮流動場の観測を実施している。
 農林水産省では、自然と共生した農林水産業を展開するための流域圏における水循環、農林水産生態系の自然共生型管理技術の開発に取り組んでいる。
 文部科学省と国土交通省は、全世界の海洋の状況をリアルタイムで監視・把握するため、海面から水深約2,000メートルまでの水温・塩分データを観測・通報する中層フロートを国際協力の下、全世界で約3,000個を展開する高度海洋監視システムの構築(ARGO(注4)計画)に取り組んでいる。
 国土交通省では、各種廃棄物を母体とした土質新材料の開発と港湾施設への適用に関する研究、住宅・社会資本の戦略的ストックマネジメント手法の開発、建設廃棄物の発生抑制・リサイクル技術の開発、資源の循環的な利用を促進する静脈物流システム形成、下水汚泥、家畜ふん尿等からのバイオマスエネルギー回収に関する研究等が進められている。

  • (注4)ARGO:Jason衛星による観測と連携することから、ギリシャ神話の英雄Jasonの乗った船Argoにちなんでいる。
(3)生態系管理研究領域

 環境省では、地球環境研究総合推進費等により、生物多様性の減少に関する影響の予測、対策に関する研究等を推進している。環境技術開発等推進費の「自然共生型流域圏・都市再生技術課題」において、主要都市・流域圏の自然共生化に必要なシナリオの設計・提示を目指した研究が進められている。

(4)化学物質リスク・安全管理研究領域

 化学物質は、様々な製品などで用いられ、生活に不可欠なものとなっているが、その効用(ベネフィット)を十分に活用するには、リスクを科学的に把握し、適切に対処すると同時に、リスクと効用のバランス感覚を持った社会を醸成する必要がある。そのため、化学物質のリスク評価・管理手法の開発、安全性情報の収集・提供等、さらにそれらの実施に必要な試験法・測定法の開発について、現在関係府省を中心に調査・研究開発及び知的基盤整備を行っている。
 農林水産省では、有害化学物質を対象に農林水産生態系における動態の解明や、生物・生態系への影響評価手法の開発、分解・無毒化の技術開発に取り組んでいる。
 経済産業省では、化学物質総合評価管理プログラムにおいて、化学物質のライフサイクルにわたるリスクの総合的な評価管理を行うための手法の構築及び知的基盤整備を推進するとともに、有害化学物質リスク削減に資するプロセス・手法の開発を推進している。また、産業活動を維持しつつ産業公害を防止するため、産業活動に伴い発生する環境負荷物質の排出削減・抑制に係る技術開発を進めている。
 環境省では、化学物質の環境リスク対策に資するため、化学物質のリスク評価手法、試験法、測定法等の調査・研究開発及び知的基盤整備を進めている。平成18年度からは、国際的観点からの有害金属対策策定のための調査等を進めている。

(5)3R(注5)技術研究領域
  • (注5)3R:発生抑制(リデュース)、再利用(リユース)、再生利用(リサイクル)

 経済産業省では、廃棄物のリサイクルといった下流分野における技術開発のみならず、製品の長寿命化や易リサイクル化等製品の設計・製造段階といった上流分野から3Rに配慮した技術開発を推進している。
 環境省では、国際的な3Rの構築への貢献を目指すためのアジア地域等国際的な3Rに関する研究や、循環型社会構築を目指した社会科学的研究、アスベスト問題解決をはじめとした安全、安心のための廃棄物管理技術に関する研究、廃棄物処理事業に係る取組の効率的、効果的運営の評価手法等に関する研究等、廃棄物を取りまく諸問題の解決とともに循環型社会の構築に資する研究を推進した。

(6)バイオマス利活用研究領域

 文部科学省では、戦略重点科学技術として、廃棄物・バイオマスの無害化処理と再資源化に関するプロセス技術開発を行うとともに、影響・安全評価及び社会システム設計に関する研究開発を産学官の連携により実施している。
 農林水産省では、バイオマスの循環・利用技術の開発を実施するとともに、地域のバイオマスを効率良く循環利用していくためのシステム化技術の開発、化石燃料に代替する新エネルギー生産技術の開発を推進している。また、バイオマスプラスチックの製造コスト低減に向けた技術開発を実施している。さらに、食品リサイクルを進める上でネックとなる分別・運搬に必要な技術の開発に取り組むとともに、高度利用に必要な再生・変換技術や、成分・品質評価技術の開発を行っている。
 環境省では、沖縄県宮古島におけるバイオエタノールの製造及びバイオエタノール3パーセント混合ガソリンの実証事業等、基盤的な温暖化対策技術の実用化に向けた開発や、短期間で製品化につながる温暖化対策技術の開発を、平成16年度から推進している。

(7)その他

 国土交通省では、流域圏全体を視野に入れた総合的な水循環管理のための流域圏の再生・修復技術の開発を行う自然共生型国土基盤整備技術の開発等が推進されている。
 環境省では、地球環境研究総合推進費及び地球環境保全試験研究費により、地球規模の海洋環境保全に資するため、物質循環機構や有害化学物質による海洋汚染に関する研究等を行っている。

 なお、平成18年度において実施された主な研究課題は第3-2-3表のとおりである。

第3-2-3表 環境分野の主な研究課題(平成18年度)

前のページへ

次のページへ