第1章 科学技術の振興の成果

第4節■次代を担う人材の育成 −知の継承−

要旨

 科学技術は社会との関わりを持ちながら累積的に発展を続ける人類の営みである。科学技術に携わる者は、大学や研究機関で行われる教育研究活動を通して、先人の研究の成果である「知」と、問題を発見し、解決する能力と態度を受け継ぐ。そして、科学技術の振興を通じて輩出された人材は、更に研究を進展させて新たな「知」を生み出し、社会のあらゆる分野で活躍することで、研究成果を社会に還元していく。本節では、国際的な知識基盤社会への移行の中で、我が国における研究活動を通じた人材育成の成果を紹介するとともに、今後の取組の在り方について述べる。

1 科学技術関係人材の育成・確保の重要性

 第3期科学技術基本計画では、基本姿勢の一つとして、「人材育成と競争的環境の重視−モノから人へ、機関における個人の重視−」を掲げている。また、科学技術力の基盤は人であり、日本における創造的な科学技術の将来は、我が国に育まれ、活躍する「人」の力如何(いかん)にかかっており、科学技術政策の観点からも「先にインフラ整備ありき」の考え方から「優れた人材を育て活躍させることに着目して投資する」考え方に重点を移すこととしている。また、科学技術活動の基盤となる施設・設備の整備・充実に当たっても、国の内外を問わず優秀な人材を惹(ひ)きつけ、世界一流の人材を育てることを目指すような取組によって、我が国の科学技術力を長期的に向上させていくとともに、我が国に対する国際的な信頼感の醸成にも貢献することを目指すこととしている。

(1)諸外国における人材育成・確保の取組

 我が国及び主要国等の研究者数について、1980年代初頭と現状を比較すると、各国ともに高い増加率を示しており、知識基盤社会を担う中核的な人材として、研究者の役割が増大してきていると考えられる(第1-1-28図)
 このような情勢の中で、諸外国では、優れた人材の育成・確保を科学技術振興施策の中核として位置づけ、各国の現状や課題に即した様々な取組を推進している。
 例えば、米国では、ブッシュ大統領が2006年2月の一般教書演説で提唱した「米国競争力イニシアチブ」において、人材育成・獲得の方策として、小中高等学校における数学・理科教育の充実と、世界中の優秀な人材を米国に惹(ひ)きつけ引きとどめるための入国管理制度の改革等の方針を示している。同様に英国でも、2004年に策定した今後10年間の科学技術への投資計画「科学とイノベーション・2004−2014年の投資フレームワーク」において、科学者、エンジニア、技術者の供給増を目標の一つとして掲げ、科学教師等の質や学生の科学の成績の向上、研究開発職を選ぶ質の高い学生の比率の向上等に取り組むこととしている。
 一方ドイツでは、国際的な影響力を持ち優秀な頭脳を誘致できるエリート大学の育成を図るため、2006年より大学等に対する助成プログラム「エクセレンス・イニシアティブ」を開始し、若手研究者育成のための約40の大学院を支援するプログラム等を実施している。また、EUでは、第7次研究枠組計画(2007〜2013)における研究者の流動性向上のための「マリー・キュリー事業」の推進とともに、EU域内の教育研究拠点として欧州工科大学院の設立を検討している。
 中国でも、約100の大学を重点的に支援し、人材育成を含む科学技術の基盤整備を図る211プロジェクト等を実施するとともに、海外留学生の本国への呼び戻し政策や国際的研究者の招へい等を推進してきた。さらに2006年には、新たに111プロジェクト(100の世界最高レベルの大学等から1,000人以上の科学者を招へいし、国内の優秀な研究者との共同による研究拠点を国内の大学等100か所に形成)を立ち上げ、世界トップレベルの研究拠点形成の取組を推進している。

第1-1-28図 日本及び主要国等の研究者数の推移

(2)我が国における人材育成・確保の視点

 我が国の2006年度の研究者数は82万人であり、1981年の39.5万人から2倍以上の増で、特に研究者数に占める産業部門の研究者の割合が拡大している(第1-1-28図)。我が国全体の職業別就業者数の割合を見ても、科学研究者や技術者等を含む「専門的・技術的職業従事者」の割合が近年増加しており、労働市場において、より高い知識を有する人材の需要が高まっているのが現状である(第1-1-29図)
 科学技術と社会の関わりが深まり、多様化する中で、研究活動を担う人材が、大学などの研究機関はもとより、社会の様々な場において役割を担い活躍することが求められている。学術研究により創造された「知」と科学技術の成果を次代に継承し、更に発展させていくためにも、社会のニーズに即した優れた人材の育成・確保を推進していく必要がある。

第1-1-29図 職業別就業者数の割合

 我が国の知的基盤を担う人材の育成と確保を確固としたものとするためには、主体となる若手研究者に対して、適性に応じた多様な研究機会を設けることが重要である。今後、若手研究者を対象とした制度が、より一層拡充されることが望まれる。
 これまで、大きな成果を上げた研究者がしばしば若手であるということは、ノーベル賞受賞者がどの年齢で受賞業績を上げているかを調べたデータから理解できる(第1-1-30図)。この資料は、1987年から2006年までの自然科学系3賞(物理学賞、化学賞、医学・生理学賞)を受賞した合計137名に対して調査したものである。この図から、ノーベル賞を受賞するような優れた業績は各分野とも30代から40代前半に集中していることが分かる。
 なお、日本人のノーベル賞受賞者は、第1-1-31表のとおりであり、業績を上げた年齢の最も若い湯川秀樹博士や田中耕一氏の28歳をはじめ、ほとんどが20代後半から40歳頃の成果がノーベル賞に結びついている。
 以上を踏まえ、本節では、特に若手研究者に着目し、これまでの成果と今後の在り方について紹介する。

第1-1-30図 ノーベル賞受賞者の業績を上げた年齢の分布(1987〜2006)

第1-1-31表 日本人ノーベル賞受賞者(自然科学分野)の受賞理由と業績を上げた年齢

前のページへ

次のページへ