第1章 科学技術の振興の成果

第3節■科学技術の成果の社会への還元 ―知の活用―

2 科学技術の成果活用の鍵となる産学官連携

 優れた科学技術の成果が、社会に還元されるためには、研究者の独創性と、絶えざる知的探究心が非常に重要であることと同様に、得られた基礎研究の成果が実用化へと有機的につながってゆくための環境整備が重要である。
 「知の世紀」といわれる21世紀において、我が国では知の活用を図るための手段として、持続的・発展的な産学官連携システムが非常に重要であるとの認識の下、総合的な施策を講じてきたところである。
 ここでは、我が国が講じてきた産学官連携に関する取組を俯瞰(ふかん)し、その中でも特に目覚ましい成果をあげている事例に注目し、紹介することとする。

(1)着実に根付く産学官連携

 第3期科学技術基本計画では、第2期基本計画に基づく産学官連携に関する施策の推進により、産学官の共同研究の増加や技術移転機関(TLO)(注)による技術移転実績の増加、大学発ベンチャーの設立数の増加など、着実な進展があったと評価されている。
 具体的には、大学と企業との共同研究の実績は著しく増加しており、平成17年度の国立大学等の共同研究は1万件を超え、国公私立大学を合わせると、その数は1万3,000件を超える。国立大学の法人化後も、着実にその件数を増加させている。大学等が研究機関から受けた研究費総額は平成17年度には、323億円となっており、過去最高となった。
 また、国公私立大学等における受託研究件数は1万6,960件、受託研究費は1,265億円となっており、いずれも過去最高を記録している。他方、国立大学等における特許出願件数の推移に目を向けると、第2期基本計画の5か年では、開始時の約10倍となるなど、目覚ましい成果をあげている。発明実績についても、その審議件数、特許出願件数、実施件数、実施料収入ともに増加傾向を示しており、産学官連携が我が国に着実に根付いたことが分かる。

  • (注)TLO:Technology Licensing Office:技術移転機関

(2)産学官共同研究の成果事例

(金属ガラス)

 金属ガラスは、我が国において創生された金属材料で、昭和63年(1988年)以降急速に研究が進展した。金属ガラスは、結晶構造(原子が一定の配列)をとる金属とは異なり「ランダムで緻密(ちみつ)」な原子配列を有し、強く、しなやかで、錆(さ)びにくく、表面が滑らかで加工しやすいという革新的な金属材料である。
 この研究領域は、井上明久(いのうえあきひさ)・東北大学金属材料研究所所長(現 東北大学総長)らのグループにより創生された。1980年代の科学研究費補助金による基礎研究で、全く新しい金属材料である金属ガラスが多数見出された。1990年代の科学技術振興機構の創造科学技術推進制度(ERATO)や戦略発展事業により、金属がガラス化する条件、金属ガラスの構造や特性等が解明された。この間、多数のオリジナルな論文が公表され、また、金属ガラスについての基本特許も多数取得された。併せて、多くの優秀な研究者が結集し、若手研究者には絶好の研鑽(けんさん)機会が提供された。この研究領域における新しい研究リーダーの輩出に貢献した。
 平成14〜18年度の新エネルギー・産業技術総合開発機構による「金属ガラス成形加工技術プロジェクト」に採択され、産学官共同研究に進展した。金属材料研究所内に「集中研究室」と呼ばれるスペースを設置し、産学の研究者が結集し研究が行われた。この結果、金属マイクロギヤードモータと高感度で小型の圧力センサが開発された(第1-1-26図)
 マイクロギヤードモータは、金属ガラスで作った微小で強度と対磨耗性に優れた歯車を用いた世界最小のモーターで、東北大学金属材料研究所、次世代金属・複合材料研究開発協会、並木精密宝石株式会社及びYKK株式会社の共同開発による成果である。これは、内視鏡などの医療機器や医療ポンプ等を駆動させる装置としての利用が期待されている。
 圧力センサは、金属ガラスのしなやかさを利用し、従来のステンレス製センサの4倍以上の感度で、地上の圧力の3,000倍の圧力に耐えられる強度をもつ。東北大学金属材料研究所、次世代金属・複合材料研究開発協会、長野計器株式会社及びYKK株式会社の共同開発による成果である。これは、ディーゼルエンジンや油圧ブレーキ制御への応用が期待されており、既に試作品が作られた。

第1-1-26図 金属ガラス

(自動車用インテリジェント排ガス触媒の開発)

 自動車排ガス浄化触媒は1970年代から改良されてきたが、1990年代以降、世界的に排ガス規制が強化され、触媒用の貴金属、特にパラジウムの需要が急増し価格が著しく高騰した。このため、自動車に使用するパラジウムの使用量削減が大きな課題となっていた。
 「インテリジェント触媒」は、ガソリン自動車用触媒のパラジウムを自動車の走行中に自己再生させる。パラジウムの劣化が著しく少なく、排気ガスの浄化性能も低下しないため、パラジウムの使用量を大幅に減らせるようになった(第1-1-27図)
 インテリジェント触媒の自己再生機能は、1990年代にダイハツ工業株式会社の田中裕久(たなかひろひさ)博士らが発見し、その自己再生機能メカニズムを日本原子力研究開発機構の西畑保雄(にしはたやすお)博士らとともに大型放射光施設(SPring-8(スプリングエイト))を用いて原理を解明したものである。
  SPring-8は、日本原子力研究開発機構と理化学研究所が兵庫県播磨(はりま)科学公園都市に設置し、平成9年(1997)年から運用が開始されている。SPring-8は、生命科学や物質科学等の基礎研究に用いられているほか、この共同研究のように産業への利用も可能となっている。この触媒についての研究成果は、英国の科学雑誌「Nature(2002年7月11日号)」に掲載された。

第1-1-27図 インテリジェント触媒(左)と大型放射光施設(右)

 自動車排ガス浄化触媒の自己再生機構の研究は、平成15年〜17年に科学研究費補助金に採択され実施された。引き続きSPring-8を活用し、その機構の検討が行われた結果、研究の進展により、白金とロジウムにも自己再生機能を与えることが可能になり、「スーパーインテリジェント触媒」が開発された。自動車用触媒用の貴金属が年間100トン以上節約可能と試算され、貴金属価格の安定化が期待されている。

(3)知的クラスター創成事業

 「知的クラスター」とは、地域のイニシアティブの下で、地域において独自の研究開発テーマとポテンシャルを有する大学をはじめとした公的研究機関等を核とし、地域内外から企業等も参画して構成される技術革新システムのことである。人的ネットワークや共同研究を通じ、公的研究機関等の独創的な技術シーズと企業の実用化ニーズを有機的に結びつけ、新産業創出が可能となる。知的クラスター創成事業は、文部科学省による平成14年〜18年度の5か年の事業で、全国18地域(平成14年開始は12地域)で実施した。

(浜松地域における地域科学技術振興の取組)

 浜松地域は、平成16年度に実施された全国12地域を対象とした「知的クラスター創成事業」の中間評価において、全国トップレベルの評価を受けた地域の一つである。浜松地域の産学官連携には、その中核機関としての財団法人浜松地域テクノポリス推進機構が大きな役割を果たしている。産学官連携は、「学」の技術シーズを「産」のニーズにいかにマッチングさせるのか、という点が非常に重要なポイントとなる。
 浜松地域では機構を中心としたコーディネート人材の養成を積極的に行っており、地域の連携事情を熟知した科学技術コーディネーターの情報・人脈を生かした、「イメージング技術事業化研究会」の開催などを通して、産学官の有機的な出会いの場を生み出している。こうした事業の連携に必要な体制が整備され、徹底的な進捗(しんちょく)管理を行っていることが、着実な連携の進展を生み出しているといえる。また、大学だけでなく地域の工業高校との連携など、地域の振興に資する人材の育成により、浜松地域全体に幅広い効果がもたらされている。

(X線による金属材料等の詳細検査)

 浜松地域知的クラスター創成事業における初めての産学官連携の成果は、静岡大学電子工学研究所の畑中義式(はたなかよしのり)博士(当時)、青木徹(あおきとおる)博士、浜松ホトニクス株式会社の産学共同研究による「エネルギー識別機能を持つX線イメージングデバイス」である。
 同研究グループは、数年前から科学研究費補助金、新エネルギー・産業技術総合開発機構の産業技術研究助成事業等により進めてきた基礎研究を、平成16年度(2004年度)より知的クラスター創成事業の下で展開し、実用化に結びつけた。
 フォトンカウンティングにより、物体や材料を透過したX線のエネルギーの違いを検出することで、金属表面の微小な凹凸や内部構造等が材質別に判別可能になり、非破壊検査の信頼性や精度向上に貢献した。また、透過X線の波長の違いを計測・カラー表示するイメージングデバイスが浜松ホトニクス株式会社により製品化された。


エネルギー識別X線イメージングシステム(中央)
  • (左)50μm(マイクロメートル)(マイクロメートル:100万分の1メートル)の金属表面の段差を識別して、反対側の刻印が映し出された500円硬貨。
  • (右)USBメモリの透過画像。内部の材質の違いが識別される。

写真提供:浜松地域テクノポリス推進機構

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