第1章 科学技術の振興の成果

第1節■科学技術の振興の意義

要旨

 科学技術は、知的・文化的価値、経済的・社会的価値を創造することにより、私たちの生活を、安全に、便利に、楽しくしてきており、現代社会においては、科学技術の成果があらゆる場面で活用され、私たちの生活に影響を及ぼしている。我が国では3期にわたる科学技術基本計画の下、科学技術の振興施策を推進してきており、近年においても様々な成果が上げられている。

1 科学技術のもたらすもの

(1)現代社会における科学技術

 現代では、科学技術の成果は社会の隅々にまで浸透しており、我々は意識するとしないとに関わらず、生活のあらゆる場面で科学技術の影響を受けている。現代の経済活動は科学技術の成果に負うところが大きく、生活に安全・安心や利便性、豊かさをもたらすのも多くは科学技術の成果である。
 このように、人々に大きな影響を及ぼし、社会に不可欠な価値を生み出すものであるからこそ、現代国家は国民の負託の下に、様々な制度を設け、多額の公費を投入して、科学技術を振興している。そして、そのように科学技術を振興する基礎として、科学技術が、国民から理解され社会において支持されることが必要であるということが、強く認識されるようになっている。

(2)知的・文化的価値の創造

 有史以前より人類は、自らの周りの様々な自然現象や人間の存在や行動などに関して様々な疑問を持ち、その疑問を解き明かそうと挑み、様々な謎を解き明かし、あるいはその過程で様々な知識を得てきた。
 自然や「もの」の成り立ちに対する疑問から宇宙、海洋などの探索、研究に取り組んで宇宙の成り立ちを学び、さらに、物質を構成する究極の粒子や宇宙の創生に関する研究が行われてきた。また、私たちは何者か、どこから来たのか、という人間存在に関する問いかけから、生命の誕生の秘密や人類進化の探求が進められてきた。
 こうした知的探求活動は、それ自体は個人的な疑問や探求心から発し、謎の解明そのものを目指して遂行されるものであり、得られた知見を実用的な技術の開発に応用することを直接目的としていたわけではない。
 しかしながら、このような活動に携わってきた人々は、多くの謎を解明し、新たな法則や原理を発見することを通じて、空間的・時間的な境界を超えて広く人類の文明に、新たな知識をもたらすとともに、自然観・人間観などの思想に大きな影響を与え、個々の人間の行動や社会の活動をも変化させてきた。ダーウィンの進化論、アインシュタインの相対性理論をはじめ、それまでの思想に大転換をもたらした発見は数多い。
 新たに獲得された知識は、整理・体系化され、継承されることにより、人類共有の知的資産となる。我々は、先人が研究活動の末に獲得した知的資産を継承することにより、森羅万象に対する理解を深めたり、さらなる探求活動を含む様々な活動の限界や効率を引き上げたりして、その上に立って更なる知識の獲得につなげるのである。
 こうして蓄積され継承される知的資産は文化としての側面を持つ。人々の疑問や探究心から得られた様々な分野に関する知的資産は、次世代の人々の知的好奇心にこたえ、自分自身や人間、あるいは自然・社会を理解する上での道しるべを提供することとなる。したがって、そのような知的資産がいかに豊富に蓄積されているかということは、その社会の文化の豊かさに通ずるのである。
 今日の社会は知識基盤社会と言われる。生産活動、経済活動など社会のあらゆる活動は、すでに、高度に発達した技術や社会制度の下でのみ成り立ちうるものとなっているが、同時に、新たに得られた知識により直ちに更なる発展がもたらされている。今後の我が国社会の更なる発展は、知識基盤の強さ、すなわち知的資産の蓄積状況の如何(いかん)にかかっているといえよう。未知に挑戦し、謎の解明や新たな知の獲得を目指す科学研究の重要性は今後一層高まるものと考えられる。
 また今日、科学技術はますます高度化・複雑化しているが、同時にその成果が日常生活に広く浸透し、様々な製品等に活用されている原理や技術を意識することなく便利さを享受することができるようになっている。このため、便利さ・身近さの陰で科学技術がブラックボックス化し、一般の人々からはかえって見えにくくなっているといわれる。科学技術が、一部の専門家だけのものになり、一般の人々から遠い存在になることは、知識の層の厚さと多様性が重要な意味を持つこれからの社会にとって、その基盤を危うくすることにもつながる。
 社会の中で、知の価値が重んじられ、その探究活動を尊ぶ土壌を育むためにも、科学技術が社会や私たちの日々の生活に広く浸透するのと同様に、科学技術に対する人々の理解も広く、深く普及するような方策を、強力に講じていかなければならない。

(3)経済的・社会的価値の創造

 科学技術の成果は、新たな製品や技術の開発を通じて、社会に様々な便益をもたらすとともに、新産業の創出や市場の拡大にもつながり、経済の発展を促してきた。
 20世紀は、科学技術の成果として工業化が急速に進展するとともに、新たな産業が発展し、経済活動が大きく拡大した時代である。とりわけ我が国は、戦後急速な経済復興を遂げた後、人々のたゆまぬ努力と、企業の旺盛(おうせい)な設備投資、活発な研究開発活動によりもたらされた技術の進展に支えられて、驚異的な高度経済成長を実現した。そこには、我が国のものづくりの伝統が、大いに寄与した。
 その後も、我が国の研究者の独創的な研究の成果が、時を経て新製品の開発に結びつき、新たな市場の創出や拡大等により経済効果を生んだ事例は数多い。
 物的資源の乏しい我が国において、科学に裏打ちされた技術力は経済発展の原動力であり、国際競争がますます激化する中、国力の源泉ともいうべきものである。
 また、科学技術は、国民の健康や福祉等の面においても、大きな進歩を実現する力となり、社会的な課題の解決に貢献するものである。
 様々な疾病の解明・克服と衛生的環境の実現は、いつの世でも人々の願いであったが、科学技術の進歩による医療や食料事情等の改善により、平均寿命は飛躍的に伸長し、多くの病気が克服されてきた。また、自然災害の予測や防災技術によって生活の危険は減少し、交通の発達などにより生活の利便性は格段に向上し、さらに、昨今の情報・通信技術の飛躍的発展は生活を楽しむ新たな手段の実現にも大きく貢献している。このように我々の生活のあらゆる場面で、科学技術の成果が生かされている。
 研究成果を新たな技術やものへとつなぎ、国民生活や社会・経済に大きなインパクトを与え、国民の福祉の向上に寄与するとともに、地球規模の問題を解決するために、今後とも科学技術が果たすべき役割は大きい。

(4)科学技術の光と影

 科学技術は、我々に多くの成果をもたらしたと同時に、解決すべき課題、いわば「影」ともいえる側面をもたらしたことも否定できない。
 20世紀を通じて、急速な科学技術の発展に伴い人間の活動が一気に拡大し、資源の大量消費、製品の大量生産・大量廃棄が地球規模で進んだ。このことが、資源の枯渇や地球温暖化問題、オゾン層の破壊といった環境問題を発生させ、あるいは先進国と発展途上国との経済格差の拡大といった問題を生じさせることにつながっている。
 また、生命科学の急速な発展は、遺伝子操作などにより生命の根源に人間が関わることについて、倫理面での課題を惹起(じゃっき)している。
 こうした課題に対応するためには、科学技術を専門家だけのものとせず、そのプラス面もマイナス面も含めて社会全体の問題としてとらえ、幅広い人々が参加して議論を積み重ねていく中で適切な解決策を探ることが重要である。
 科学技術を発展させてそのメリットを享受しようとすれば、当然、そのデメリットにも対応しなければならないのであり、社会としてある科学技術を振興するのか、どう利用するのか、影響をどう制御するのか、といったことについて開かれた議論の下に合意を得る努力が今後一層求められる。
 地球環境問題等に限らず、我々が直面している地球規模の課題の多くは、科学技術の急速な発展がその一因であることは否定できないにしても、その解決のためには、科学技術の適切な活用が欠かせないものであることもまた事実である。今後の科学技術には、こうした人類共通の課題の解決に向けた貢献が強く期待される。

前のページへ

次のページへ