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第3章 スクールカウンセリング

1 スクールカウンセリング

1. スクールカウンセリングとは

   スクールカウンセリングは、児童生徒の心理的な発達を援助する活動であり、「心の教育」や「生きる力を育てる」などの学校教育目標と同じ目的を持つ活動である。米国などでは、スクールカウンセリングは専門的資格を持つカウンセラーの業務として扱われているが、在外教育施設においては、学校カウンセリングを、カウンセリングマインドを持った教員が、全ての児童生徒を対象とし、児童生徒の人間形成に関わる諸問題に対して援助していく総合的な教育活動と位置づけている。
 カウンセリングは、人間の心理や発達の理論に基づく対人援助活動であり、個人の成長を促進し対人関係の改善や社会的適応性を向上させることから、様々な領域の対人援助サービスの専門家がそれぞれの場面で活用している。学校教育においても、カウンセリング心理学に基づくアプローチが児童生徒の人格形成や様々な問題解決に有効であることから、教員を中心としたスクールカウンセリング活動が実施されている。
 海外で暮らす子供達とその家族は、日本国内とは異なる文化、生活習慣、言語環境で生活しており、言語取得、学習、健康、進路、対人関係などの多様な問題を抱えている。また、治安の問題や自然災害などにより危機的な事態に遭遇する可能性も高く、国内以上に地域・家庭での教育的な経験が不足する傾向があり、子供達の「生きる力」を育てることが重要な課題となっている。これらの諸課題に対処するために、在外教育施設においては、スクールカウンセリング活動に積極的に取り組むことが必要といえる。

2. スクールカウンセリングの特徴

   スクールカウンセリングには、次のような特徴がある。

(1) 教育モデルによるカウンセリング
   スクールカウンセリングは、原因を追及し病気を治療する治療モデルではなく、問題を抱えている児童生徒と関わり、児童生徒の問題を解決する力を引き出すことを援助する教育モデルによる活動である。


図11 治療モデルと教育モデル
(田上不二夫1999 実践スクールカウンセリング 金子書房より引用)

 精神的な障害がある場合には専門的な治療が必要になることもあるが、その様な場合においても、医師や臨床心理士などと連携し、児童生徒の持つリソースを見出し、対処スキルを高め、心理的混乱を解決することなどのストレス耐性を向上させる教育モデルによる援助が重要になる。

(2) 開発的・予防的・問題解決的援助
   スクールカウンセリングは、開発的カウンセリング・予防的カウンセリング・問題解決的カウンセリングの援助段階に分けて考えることができる。
1   開発的カウンセリング
 将来、児童生徒が自立して豊かな社会生活が送られるように、児童生徒の心身の発達を促進し、社会生活で必要なライフスキルを育てるなどの人間教育活動を行う。全ての児童生徒を対象とし、教科学習や特別活動、総合的な学習など、学級、学校全体の教育活動を通して、児童生徒の成長を促進する。
2   予防的カウンセリング
 児童生徒一人ひとりについて、性格、現在の状況、ストレス、悩み、問題などを把握し、問題が発生しそうな児童生徒に予防的に働きかけ、本人が主体的に自らの力で解決できるよう支援する活動を行う。
3   問題解決的カウンセリング
 問題の発生は、開発的、予防的カウンセリングを行うことで低減されることになるが、人生を生きていく上では、様々な問題に直面する。このような問題については、カウンセリング的アプローチにより問題の解決や不適応状態からの回復を援助する。

(3) 学校教育現場・日常生活の場で行われる
   学校生活の場・日常生活の場で行われるため、随時、実施する機会がある。休憩時間、放課後、行事や授業など様々な場面を利用し、児童生徒の自己管理や他者理解を深めさせ、自己コントロール力や対処スキルを向上させることができる。

(4) 多様なアプローチが可能
   対面でのカウンセリングによる個人へのアプローチは基本であるが、スクールカウンセリングでは、授業、学級経営、学校全体の取り組み、家族や友人への働きかけなど様々なアプローチを総合的に実施することで、相乗的な効果を引き出すことができる。

(5) チームによる支援
   学校カウンセリングの特徴は、チームによる支援である。いじめ、不登校、校内暴力など様々な問題が発生するが、担任教員一人で抱えていても解決しないことが多い。学校全体で、あるいはいろいろな人達とチームを組み、集団の知を活用し、学校全体が一貫性のある関わりをすることで、多くの問題を解決することができる。

3. 開発的カウンセリング

   開発的カウンセリングは、児童生徒の心理的な発達を促進し、社会生活で必要なライフスキルを育て、困難な問題に対処する力やストレス耐性を高める活動である。活動の視点として、「人権教育」「ライフスキル教育」「キャリア教育」などがある。これらは、生涯にわたる発達課題達成の支援であり、全ての児童生徒が対象となる。教科学習や特別活動、総合的な学習などの学級、学校全体の教育活動を通して実施する。
<人権教育>
   人権教育では、全ての国々のひとり一人が、人として生きる権利を平等に持っていること、個人は自らの人生を主体的に生きる自由があるが他人の権利を奪ってはならないこと、その為に話し合いが必要であり、その結果、お互いの権利を守るために約束、ルール、法律、憲法などが決められていることなどを理解させる。

【基本的人権の児童生徒への説明例】
  1 安全である(安心・平和である)権利
2 自分を尊重する(自信をもつ)権利
3 自分で決める(自由である)権利
4 仲良くする(友達をもつ)権利

<ライフスキル教育>
   WHO(世界保健機関)は、どの時代、どの文化社会においても、人間として生きていくために必要な力があるとし、それをライフスキルと定義した。
 「ライフスキルとは、日常生活で生じるさまざまな問題や要求に対して、建設的かつ効果的に対処するために必要な能力である。」(World Health Organization;Life Skills Education in Schools 1994より引用)
 ライフスキルには、次の10のスキルがある。
(1) 意思決定(Decision making
   生活に関する決定を建設的に行う力。様々な選択肢と各決定がもたらす影響を評価し、主体的な意思決定を行うことにより望ましい結果を得る。
(2) 問題解決(Problem solving
   日常の問題を建設的に処理する力。
(3) 創造的思考(Creative thinking
   どんな選択肢があるのか、行動の結果がもたらす様々な結果について考えることを可能にし、意思決定と問題解決を助ける。直接経験しないことを考える、アイデアを生み出す力。
(4) 批判的思考(Critical thinking
   情報や経験を客観的に分析する能力。価値観、集団の圧力、メディアなど、人々の態度や行動に影響する要因を認識し、評価する力。
(5) 効果的コミュニケーション(Effective communication
   文化や状況に応じた方法で、言語的または非言語的に自分を表現する能力。意見・要望・欲求・恐れの表明やアドバイス・援助を求めることができる。
(6) 対人関係スキル(Interpersonal relationship skills
   好ましい方法で人と接触・関係の構築・関係の維持・関係の解消をすることができる。
(7) 自己認識(Self-awareness
   自分自身の性格、長所と短所、欲求などを知ること。
(8) 共感性(Empathy
   自分が知らない状況に置かれている人の生き方であっても、それを心に描くことができる能力。共感性を持つことで、人々を支え勇気づけることができる。
(9) 情動への対処(Coping with emotions
   自分や他者の情動を認識し、情動が行動にどのように影響するかを知り、情動に適切に対処する能力。
(10 ストレス・コントロール(Coping with stress
   生活上のストレッサーを認識し、ストレスの影響を知り、ストレスレベルをコントロールする。ストレッサーに適切に対処し、リラックスすることができる。

<キャリア教育>
   キャリア教育とは、児童生徒が、自己の将来の夢、目標、希望を持ち、その実現に向け、必要な知識や技能を学び、社会人として自らの人生を主体的に生きる力を育てることである。
 在外教育施設において、国際結婚による子供達の比率が高まっており、日本に帰国することを前提とする進路選択だけでなく、現地の学校に進学あるいは就職するケースも増えてきている。このようなケースでは、中学卒業後の進路を選択することが、国際人としてどのように生きていくかという人生の岐路であることがある。一方、治安や環境上の制約から生活の基本的な体験が少なく、社会体験や職業についての理解がほとんど育っていない児童生徒もいる。
 キャリア教育では、
  1 生き方についての関心の高揚
2 自己理解(欲求、適性、価値観、性格など)を深める
3 国際社会の仕組みや職業理解を深める
4 人生の目標など長期的展望を持たせる
5 目標に向けての進路や実現の具体的な活動を考える
6 自分の意思で進路を決定する
7 必要なスキルや知識を学習する
など人生の生き方を考える教育を系統的に進めることが重要である。
 在外教育施設で培われた国際的な経験は、将来大きな成長の糧になると考えられるが、日本社会は異文化や個性を尊重する精神が育っていないため、これらの体験を否定的にとらえる傾向がある。このような国際的な環境で育つ児童生徒のキャリア教育は、派遣教員自身が国際理解・現地理解を深めるとともに、キャリア意識を持ち実施していく必要がある。

<対話のある教育>
   対話は、自立した個人と個人の対等な相互尊重、相互理解による協働活動である。対話を通じて、自己理解、他者理解が深まる。話を聞くことは、相手の存在を認め尊重することであり、理解することは、自分とは異なる考えを受容することである。話すことは、自己を尊重する行為であり、話を傾聴し受容してもらう体験は、自己信頼感・他者信頼感を育てる。対話により、意識のレベリングが行われ、協働作業が可能となる。また、相互尊重の対話により創造的な思考が活性化する。
 教育における対話には、次の種類がある。
  1 自己との対話:自分の考え・感情を纏める・ひらめき・気づき
2 2者間の対話:2者間での話し合い、児童生徒と教員とのやりとり
3 グループ内対話:小集団での話し合い
4 グループ間対話:異なる文化・立場のグループ間での話し合い
5 全体対話:大規模な集団全体での対話
 対話のある教育には、次の効果がある。
  1 存在の確認:居場所が与えられ、承認される。
2 主張/表現:自分の意見を主張・表現する場である。他者が意見を主張・表現する場である。
3 理解/受容:自分の意見が理解・受容される場である。相手の意見を理解・受容する場である。
4 意識の共有化:対話のプロセスは、お互いの意識の相違点を明らかにし、相違を認識した上での協働作業を可能にする。
5 知の創造:話す時に意識化が起き、考えの結晶化が進む。異なる価値観、考えが刺激となって新たな連想、発見が生まれる。相互作用が進展し対立は新たな知に統合される。よい対話は、創造的思考を促進する。

4. 予防的カウンセリング

   「対処できないと予想される生活環境ストレッサーがある」「緊張や不安が強い」「不登校傾向がある」「不定主訴がある」などそのまま放置しておくと問題の発生が予測される場合には、個別的な配慮が必要となる。予防的カウンセリングは、児童生徒の話を良く聴き、児童生徒の気持ちを理解するとともに、児童生徒を取り巻く環境・状況を正しく把握し、適切なアドバイスやスキル教育、環境(学級や家庭など)調整などを行い、問題の発生を未然に防いでいく。ラポールの形成と情緒的な支えが重要であり、スモールステップでスキルアップを行い、自己肯定感を高めていく。
 問題点や原因を指摘するのではなく、どのように解決したいのか、解決に役立つリソースは何か、具体的にできる行動は何かを共に考え、実践する中で、自信を育てていくことが問題の発生を未然に防ぐことになる。第2章「2 ストレスへの対処」などが役に立つ。身体的な訴えや症状がある場合には、休息や睡眠、栄養、運動などの身体の基本的な習慣を整えるとともに、各種リラクセーション法を実行することで、心身の回復が促進される。
 個人の対処能力や解決法で対処できない課題に直面した場合に、一人で問題を抱え込まないよう気軽に相談できる体制を事前に作ることが大切である。その為には、日常的な関わりの中で信頼関係を構築することが基本となるが、担任には相談できない問題もあり、相談箱の設置、相談日の設定など、気軽に相談できるシステムを考えることが必要である。また日常から児童生徒を良く観察し、授業時間以外の時間帯(休憩時間、放課後、家庭や休日など)で起きていることも把握するように心がけることが大切である。

5. 問題解決的カウンセリング

   問題が発生した場合は、1本人の訴えを良く聴き、本人の気持ちを支えることが基本となる。また、2本人だけでなく関係する人達からも情報を収集し、事実関係や問題の発生と継続させる要因を検討する必要がある。しかし、問題の原因が明らかになっても原因を取り除けるとは限らない。3本人の肯定的側面、うまくできていること、解決したい気持ちに焦点をあて、4達成可能な肯定的目標を設定することにより、5自信ややる気を引き出しつつ、6解決に向けた具体的な行動を援助していく。
 問題解決には、個人に対するアプローチだけでなく学級や家族などの本人を取り巻く環境へのアプローチも重要である。その環境づくりのためにも、チームによる教育相談の体制を構築することが望ましい。

<チームによるケース会議>
   児童生徒の全体像や取り巻く環境について正しく理解するためには、児童生徒にかかわる人達の情報を総合的・多面的に検討する必要がある。
 また、その問題解決についても、一人での発想には限度があるが、チームによるケース会議を行うことにより、集団の知により、より良い解決策を見出すことができる。また、学校・教職員全員の一貫性のある関わりは、児童生徒の心理的混乱を低減させ、相乗的な効果を生み出す。

<ストレスマネジメントの活用>
   問題の予防やその解決に、ストレスマネジメントのアプローチは効果的である。ストレスマネジメント教育により当事者が問題とその影響を理解できる考え方を持つことで、セルフケアが可能になる。多様な問題や複合的な要因の影響について客観的に検討し、日常の生活、教育活動の中で実践可能な方法を見出し、実践していく。

<専門機関との連携>
   外部機関・専門機関との連携、地域や保護者会などの協力者の依頼など、問題解決のためのネットワークを構築しておくことが必要である。情報インフラ整備の進んだ地域では、インターネット、E-mailや国際電話を利用して日本国内の専門機関との連携も可能である。

6. カウンセリングのプロセス

   カウンセリングのプロセスは、対話や関わりを通じて進展していく。この目に見える対話や出来事と平行して、本人の心の中には内的な作業のプロセスが存在する。カウンセリングのアプローチは、この本人の内的プロセスの変化に焦点をあてた対話を行っていく。本人自身が、自分自身のことを振り返り、自己理解を深め、問題解決に主体的に取り組み、自己成長へと向かう内的変化を促進することが、カウンセリングの本質ともいえる。カウンセリングでは、おおよそ次のようなプロセスが展開されていく。

(1) リレーションづくり
   援助者と援助を受ける者の間に信頼関係があることが前提となる。信頼関係のある人間関係、すなわち本音で語りあえ安心できる関係の中でカウンセリングのプロセスが展開されることになる。
 「話を最後まで聞こう」「相手を理解しよう」「相手を認めよう」「気持ちを支持しよう」という積極的な尊重の気持ちをしっかりと持ち、それを態度で表現することから信頼関係が形成される。
 日常の教育活動の中で、教師と児童生徒間の信頼関係を構築しておくことが大切である。初対面の関係の場合は、このリレーション構築からカウンセリングが開始される。

(2) 問題の解決に向けての共同作業
   当事者が困っていること、解決したいと願っている訴えや気持ちをしっかりと聴き、当事者の問題を解決したいという気持ちを確認し、当事者の主体的な解決に向けての取り組みを援助したいと思う気持ちを伝え、問題の解決に向けての共同作業に入っていく。

(3) 事実や問題の理解を深める
   問題解決に向かうには、事実や問題のあり処を明らかにする必要がある。個人面接での聴取、行動観察、保護者や友人など周囲を取り巻く人達からの情報収集、心理テストなどから、
  1 本人がどのような気持ちや考えに基づいて行動しているのか
2 周囲の人達はどのように考え接しているのか
3 問題を継続させている要因は何か
4 うまくできていることは何か
などを確認していく。
 カウンセラーは、本人の気持ちを受け止め、事実や状況を振り返りながら、問題を一緒に確認し整理していく。このような共同作業をすることで、本人自身の自己理解が深まり、次第に問題解決に向かう気持ちが高まってくる。

(4) 目標を明確にする
   しかし、問題の原因が明らかになっても原因を取り除けるとは限らない。本人の肯定的な側面、うまくできていること、解決したい気持ちに焦点をあて、将来の求める姿や解決できた状態・ゴールを明確にしていく。「どのようになれたらよいか」などの質問により、本人が解決したい最終的なゴールや目標を明確化することを援助する。
 このような理想の状態が長期的な目標である場合は、達成可能な小目標を一緒に考えていく。「今までうまくできていたことはないか」「活用できるリソースはないか」「より良い方法はないか」などを検討し、自信ややる気を引き出しながら、解決に向けて具体的な行動を明確化していく。

(5) 行動を支援する・環境を修正する
   新たな行動計画を実行してみる。勇気づけ、励まし、スキル学習が必要となる。また、目標を達成できるよう、環境の調整が必要となるケースもあるが、最初の成功体験が次なる挑戦の契機となるため、無理をせずにしっかりと支援することが大切である。その結果、うまくいっている行動はほめて継続していく。また、うまくいかなかった行動は止め、新しい行動に切り替えて実施していく。
 成功体験やうまくできている事実をほめることは、自己肯定感、自己コントロール感を高め、ストレッサーの脅威を低減し、ストレス耐性を向上させ、問題を克服する気持ちを育てることになる。

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