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第3章 スクールカウンセリング

2 スクールカウンセリング導入事例

事例―日本人学校での教育相談体制の構築

 モスクワ日本人学校は、ヨーロッパで最も歴史のある日本人学校であるが、ロシアの不安定な経済・社会状況を反映し、各地で爆弾テロ事件が発生するなど治安は悪化状況にあった。特に都市部では、外国人を狙った強盗事件やスリ、置き引き、詐欺といった犯罪も多発し、日本人を含む外国人が暴行を受ける事件がたびたび発生していた。このため、モスクワ日本人学校の保護者は、安全のため、放課後、児童生徒を屋外で遊ばせることはなく、児童生徒は、対人関係や自然とふれあう経験が不足していた。
 また、不健康地域として指定される医療事情の問題があり、怪我を恐れて運動を差し控えることも多く、健康・体力面の問題も懸念されていた。その他、異文化適応の問題、言語取得の問題、進路選択の問題など様々な問題が山積されていた。
 さらに、モスクワには他の教育施設や相談機関が無いことから、日本人学校は、児童生徒の教育に関わる専門総合機関としての役割が期待されていたが、在外教育施設が抱える特殊な課題は解決できないものとあきらめる傾向があり、これらの問題の解決は、児童生徒や保護者が背負うことが多かった。
 このような現状を打破しようとモスクワ日本人学校の派遣教員は、平成13、14年度にわたり文部科学省の海外子女教育研究協力校の指定を受け「在外における教育相談のキーステーションとしての日本人学校」の研究事業を実施した。日本国内と異なり、スクールカウンセラーや専門機関との連携が望めないため、児童生徒、保護者からの相談に対し適切な援助ができるよう教師自身が資質を向上させるとともに、問題の発生を未然に防ぐため、スクールカウンセリングを活用した教育活動を学校として実施する必要があった。
 このため研究事業では、全ての教員がひとり一人の児童生徒理解を深め児童生徒の実態を把握すること、児童生徒・保護者・教職員の抱える教育相談上の課題を明らかにすること、児童生徒や保護者から寄せられた相談事項を学校全体で解決する体制を作ることが検討された。この体制づくりのために「子供理解部」「研修部」「授業研究部」が設置され、開発的カウンセリング、予防的カウンセリング、問題解決的カウンセリングを柱とする小中一貫の教育活動の実践研究が行われた。
 この総合的な教育相談体制をp.74の図12に示す。

「子供理解部――子供の思いを理解し、子供の成長を支持しよう」
 児童生徒理解を深めるため、担任が日常から児童生徒を良く観察し、子供理解ノートを作成すること、子供を語る会、事例検討会を定例的に実施するなど、教職員全員が児童生徒を理解し接するための取り組みや方法が検討、実施された。毎朝の教職員朝礼では、教育相談の報告の時間が設けられ、配慮を要する児童生徒について、教職員全員が事情を理解した上で、タイムリーに関わるよう取り計らった。
 予防的カウンセリングの視点から、児童生徒の実態を把握し、児童生徒・保護者・教職員の抱える教育相談上の課題を明らかにすることを目的として、保護者、児童生徒、教職員を対象とする総合調査を行い、モスクワ日本人学校が抱える問題を全て洗い出し、分析した。洗い出された問題は、「進路進学」「学習」「生活」「健康」「言語」「適応」「その他」の7つの項目に分類された。これらの問題の重要度や緊急性などを検討し、重点活動項目を選び、それらの問題を解決するために、「ふれあい体験班」「日本語指導班」「進路進学班」の3班が課題解決班として編成された。

「研修部――教育相談員としての資質向上をめざそう」
 児童生徒を理解し、教育上の様々な問題を解決し、児童生徒の成長を促進するためには、教員の資質向上が不可欠である。そのためには、派遣教員の各自の自己研鑽、教職員相互の学びあいが必要であり、研修部では、学校全体での長期的、計画的な研修のあり方を検討、実践した。校長以下全教員がカウンセリング心理学を学び、ロールプレイによる面談の実習を行った。また、各教員が持つ各自のリソースを提供する相互学習会が実施された。
 日本人学校に派遣される教員の派遣任期は2~4年であり、毎年メンバーが入れ替わるため、積み上げた経験や情報も伝承されなければ継続的な発展が望めない。新たな学校づくりで生み出された情報や提案・活動を、全ての教員が理解・共有化し、全校の取り組みとして継続的に発展させるため、ナレッジマネジメント(知的財産の蓄積と発展)の視点から、新赴任者研修を毎年実施することにした。また、研究活動で生み出された活動の継続を図るために、研究活動の成果を校務分掌や教育計画に積極的に取り入れた。

「授業研究部――授業を通じて子供の変容と成長を支援しよう」
 開発的カウンセリングの視点から、全ての児童生徒を対象として、「育てるカウンセリング」「ライフスキル教育」「対話のある授業」をテーマに小中一貫の教育活動が行われた。全ての授業の学習指導案作成には、教育相談的な観点・ライフスキル的な観点が取り入れられ、年間行事計画も見直しが行われた。子供理解部が行った総合調査の課題を解決するために、3つの課題解決班が編成された。各班から、学校全体の取り組みの方針や具体的な指導方法が提案され、各教員はそれぞれの授業や活動に取り入れるとともに、全ての教員が研究授業を行い、取り組みの仮説検証を行った。

「進路進学班」
 児童生徒、保護者、教員の3者が情報不足の状態にあり、また、個人での情報収集には限界があることから、学校全体で進路情報の収集・調査を行い、進路指導の手引きを作成した。これからの生き方や生きる道を主体的に決定できるよう、小中一貫の継続的な進路指導計画を作成し、世界で活躍する日本人の話を聞く進路講演会などを実施した。

「日本語指導班」
 学校を取り巻く状況から、児童生徒の日本語、日本文化に接する機会が制限されている。また、国際結婚の保護者を持つ児童生徒が増加しているが、国語教育以前の幼児期における日本語に係る言語体験が不足しているため、言語発達の遅れがみられる児童生徒がいる。全教職員が全教育課程において「日本語指導」「日本文化教育」を意識して根気強く指導していく必要があり、授業、学級、学校、個別指導の各レベルでの具体的な指導方法を提案し、日本語や日本文化の教育環境を整えた。

「ふれあい体験班」
 学校以外では、友達との交流を持てない児童生徒が多いこと、また、生活全般にわたり実体験不足が強く感じられるため、児童生徒の「生きる力」を育てる「ふれあい体験」を重視した授業や行事が実施された。閉じこもりがちな冬季でのスノーフェテイバルやモスリンピック、モスクワの社会体験や日本文化を体験する様々な行事などが行われた。保護者と協力することで、今まで不可能と思われていた活動を実践することができ、保護者との連携を深めることができた。

「チームによる教育相談体制」
 問題が発生した場合には、「チームによる教育相談体制」で問題の解決を図ることとした。予防的カウンセリングの活動から、全教職員がひとり一人の児童生徒を理解すること、問題を共有化することが実施されているため、発生した問題や持ち込まれた相談事項は、チームによるケース会議を行い、学校全体として問題解決を目指す体制とした。
 また、教育相談窓口を充実させるために、定例の相談日や相談箱が設置された。これまで落ち着いて相談できる場所がなかったため、新たに保護者などの集会室を兼ねる相談室が設けられ、随時、気軽に相談できる体制を整えた。

 このようなスクールカウンセリングの手法を活用した総合的な教育活動は、在外教育施設において特に重要であり、「各国の地域に根ざした学校づくり」として創意工夫され、実践されることが期待される。



図12 事例-日本人学校の教育相談体制(関連図)

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-- 登録:平成21年以前 --