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第2章 心のケア 各論

3 外傷体験とは

1. 外傷(トラウマ)体験とは

   地震や戦争被害、災害、事故、性的被害など、その人の生命や存在に強い衝撃をもたらす出来事を外傷性ストレッサーと呼び、その体験を外傷(トラウマ)体験と呼ぶ。トラウマ体験となる外傷性ストレッサーには、次のような出来事などがある。
  1. 自然災害――地震・火災・火山の噴火・台風・洪水など
2. 社会的不安――戦争・紛争・テロ事件・暴動など
3. 生命などの危機に関わる体験―暴力・事故・犯罪・性的被害など
4. 喪失体験――家族・友人の死、大切な物の喪失など

 これらの外傷体験による精神的な変調をトラウマ反応と呼ぶ。トラウマ反応の多くは一過性に経過し、症状が軽く済む人も多いが、一部には、PTSD(Post Trumatic Stress Disorder 外傷後ストレス障害)と呼ばれる精神的後遺症が発症する。同じ外傷性ストレッサーであっても、その受け止め方や対処能力には個人差があり、ストレッサーに遭遇した全ての人にトラウマ反応が生じる訳ではない。
 子供は、非常に危機的な状況であっても、事件を目撃せずに済んだり、大人に抱かれていて安心感があったり、保護者が落ち着いて行動していた場合、トラウマにはなりにくい。子供にとって、虐待、犯罪、いじめなど、人への信頼が損なわれる出来事は、極めて深刻な事態であり、その後の人生に大きな影響を及ぼすことがある。
 また、外傷性ストレッサーに生活環境ストレッサーが加わると、PTSDの発症の可能性が高まるため、予防やケア活動においては、生活環境ストレッサーについても同様に配慮することが必要である。

2. 外傷(トラウマ)への心理的反応

   外傷体験によって、様々な心理的反応が生じる。これらの反応をトラウマ反応と呼ぶが、トラウマ反応は、異常な体験ではなく、極度の危険に巻き込まれた人ならば誰にでも生じる反応であり、「異常な状況に対する正常な反応」と考えられている。外傷体験がある場合、PTSDを予防することは重要な課題であるが、PTSDだけがトラウマ反応ではない。トラウマ反応では次のような様々な症状や変化が生じる。

(1) 感情・思考の変化
   信じられない出来事が起きたために、現実を受け止められない、何が起きたのか、どうすればよいのかわからない、ただ茫然としてしまったり、恐怖や不安に駆りたてられる気持ちで一杯になることがある。大切な人や物を失った喪失感から、悲嘆や落ち込み、うつ的な感情に支配されることもある。事件を引き起こしたものに対して、怒りやいらいらが生じ、その出来事に対する感情が抑えきれなくなり、突然、涙がでてきたり、自分自身の責任であると考え、自分自身を責めたりすることもある。
 方向感覚を喪失したり、注意が散漫になり、小さな物音に対しても過敏になったり、これまでできていたことができなくなったりする。出来事について、全く考えることができない時期と考えすぎてしまう時期が繰りかえされる。

(2) 身体の変化
   恐怖・不安のために、過度の緊張状態となり、眠れない、動悸、筋肉の震え、頭痛、腹痛、寒気、吐き気、痙攣、めまい、発汗、呼吸困難などの症状が現れる。

(3) 行動の変化
   感情の変化が行動に表れる。怒りが爆発したり、ふさぎこんだりする。出来事を思い出す場所を回避したり、閉じこもったりする。安心を求めて添い寝を求めたり、母親から離れなくなることも多い。過食や拒食、薬やアルコールへの依存などの行動も起きやすい。

<子供がトラウマ体験後に示す反応>
   子供は、大人より感情を言葉で表現する能力が育っていないため、様々な身体症状や行動として現れやすい。子供のトラウマ反応として、次の様な症状や行動が生じる。
1. 身体症状
   手や足が動かなくなる。意識を失って倒れる。頭痛・腹痛などの体の痛み、吐き気、めまい、過呼吸、夜尿、頻尿、吃音、アレルギー、食欲不振、過食などを起こす。
2. 過度の緊張(過覚醒)
   過度の緊張が続く。
  1  眠れない。
2 些細な物音にでも驚愕する。
3 常に必要以上に緊張している。
3. 再体験
   怖い体験を思い出し、再体験する。
  1 突然興奮したり、過度の不安状態になる。
2 突然人が変わったようになる。
3 突然現実にないことを言い出す。
4 恐ろしい夢を繰り返し見る。
5 その体験を思い出す遊びや話を繰り返し(このことは異常ではないが)、興奮したり、落ち着かなくなる。
4. 感情の麻痺(解離状態)
 
  1  表情が少なくなり、ぼーっとしている。
2 泣くことができない。
3 体験を思い出すことを避けようとする。
4 生き生きとした現実感が得られなくなる。
5. 精神的混乱
   行動や思考にまとまりがなくなり、現実の出来事とそうでないことの区別がつきにくくなる。
6. 喪失や体験の否定
 
  1  家族が死ななかったかのように行動し、現実への適応を拒否する。
2 亡くなった人の声を聞く。
7. 過度の無力感
 
  1  生活全体の活動性が著しく低下する。
2 乳児や幼児の場合、食事などを取らなくなる。
3 自信がなくなり、引っ込み思案になる。話をしなくなる。
8. 強い罪悪感
 
  1  出来事のあらゆることに関して自分の行動を責め、過度の罪悪感が生じる。
2 自分の体をたたく、傷つけるなどの自傷行為がでることもある。
9. 激しい怒り
   暴力を振るう。他者を傷つけたり、物を壊す。
10. 著しい退行現象
   幼児語の使用、赤ちゃんがえり、わがままなど。

 子供は、自我の機能が未発達であるため、周囲の人達の信頼関係に支えられた環境にいない場合、問題を発生しやすいため、注意が必要である。初期には問題がないように感じられても、時間が経過した後に不適応が生じることもある。
 子供は、深刻な不安を抱えていても、一時的に、表面上はおとなしく、明るく行動することがある。気になることがあれば、落ち着ける場所で個別に確認する必要がある。
 また、身近な家族や保護者、担任は、子供がつらい状況であることを認めたくない気持ちが働くために、子供の感じているストレスを軽度に見てしまう傾向がある。本人の話を良く聴き、周囲の人達からも情報を収集することが大切である。

3. トラウマ反応と心の病気

   トラウマ体験により、心身には様々な反応が生じるが、外傷体験のダメージが強いときや長期化する場合、また家族の怪我、財産の損失、失職などの生活環境ストレッサーが重なることにより、心の病気や社会生活に不適応な状態になることがある。

(1) PTSD症状――PTSDの症状についてはP.38、PTSD診断基準についてはP.40を参照のこと。

(2) 社会生活への不適応――外傷体験を受け止めることができないこと、不安や恐怖、緊張などを自己コントロールできないことから、自己に対する信頼感が喪失する。また、他者からの援助も役に立たないと感じ、怒りなどの感情を周囲の人にぶつけたり、援助を断ることもある。家族の怪我、家屋の損失、失職などの諸問題から、生活の立て直しに追われ、人と付き合う余裕がなくなり、他者はこの心境をわかり得ないと感じ、孤立・孤独感を深めていく。

(3) 精神的疾患――外傷体験のダメージが強いときや家族の怪我、家屋の損失、失職などの生活環境ストレッサーが重なることにより、うつ病、不安障害、恐怖症、心身症などの精神疾患が生じやすい。また、アルコールや喫煙、薬などに依存しやすくなる。うつ病は、睡眠障害を伴うことが多く、憂うつな気分になり、何事に対しても興味や関心がなくなり、食欲・性欲が低下し、悲観的、自罰的な考えとなり、生きていても仕方がないと思い、思いつめると自殺をする場合もある。

(4) 死別反応――大切な家族や友人などを失った場合、落ち込みや憂うつな気分になる。絶望したり、自己を責めたり、中には後追いしようとする者もいる。深い悲しみからの回復に、半年から一年以上かかることがあるが、喪失体験に対する自然な反応であり、時間とともに回復する。

4. PTSD (Post Trumatic Stress Disorder 外傷後ストレス障害)

   PTSD (Post Trumatic Stress Disorder 外傷後ストレス障害)は、次のような4項目に合致する症状が、発症後一ヶ月を経過しても生じているときに該当すると診断される。また、発症後一ヶ月未満であれば、ASD(Acute Stress Disorder急性ストレス障害)と診断される。

(1) 外傷の体験であること
   自己や他者の生命や存在を脅かす危険を体験、直面または目撃し、その時の反応が強い恐怖や無力感、戦慄であった。

(2) 外傷の再体験
   外傷体験を受けた時の記憶の障害により、その出来事が終わった後においても、本人の意思と無関係にその時の光景や恐怖の感情がよみがえる症状を外傷の再体験と呼ぶ。外傷の再体験には、次のような体験がある。
フラッシュバック 突然襲ってくる外傷の鮮明な再体験で、その体験時の感情・身体感覚もよみがえる。恐怖体験を思い起こさせる刺激が引き金になることが多い。
苦痛に満ちた悪夢 夢の中で外傷体験が再現される。外傷体験そのものの夢であったり、関連するテーマの悪夢であったりする。眠ると何度も外傷体験や悪夢を見てしまうため、その恐怖と緊張を回避するために眠れなくなってしまう。
再演 子供の場合、「震災後、地震ごっこをする」など、トラウマ体験を遊びで再演することがある。これは気持ちを表現し、感情が開放される遊びと異なる。トラウマとなった記憶の再現である場合は、不安や緊張が継続して、苦痛の体験となっている。

(3) 覚醒水準の上昇(過覚醒)
   外傷の再体験により、そのときの不安、恐怖、緊張がよみがえり、交感神経系などが過活動となる。そのため、あらゆる物音や刺激に対して過敏に反応してしまい、不安で落ち着くことができず、眠れないなど、過度の緊張状態が継続する。この状態は、過覚醒と呼ばれる。過覚醒の症状には、次の症状が該当する。

  1 眠れない。
2 神経過敏、イライラ、怒り。
3 集中できない、そわそわして落ち着きがなくなる。
4 注意過剰、過度の用心、必要以上に常に怯えている。
5 驚きやすい、少しの刺激に過敏に反応する。

(4) 回避と麻痺
   外傷の再体験や過覚醒などの不快な状態を避けるために、外界に対する活動や反応が低下し、感情の麻痺が生じる。
  1 表情が少なくなり、ぼーっとしている。
2 話をしなくなり、引っ込み思案になる。
3 記憶力や集中力が低下する。趣味や仕事への関心が低下する。
4 生活全般にわたる活動の低下。食事などの基本的活動もできなくなることがある。

 PTSDの診断は、DSM-4診断基準によって診断される。
 診断は、まず、トラウマ体験が定義に合うか確認する。次に外傷の再体験、過覚醒、回避と麻痺の症状が定義に合うか確認する。症状が発症後一ヶ月を経過しても生じているときはPTSD、発症後一ヶ月未満であれば急性ストレス障害(ASD)と診断される。これを区別する理由は、ASDの時期には、自然回復の可能性が高いからであるからといわれている。
 また、体験直後には、一過性の正常ストレス反応として、抑うつな気分や不眠、不安が生じることが多いが、これらは必ずしもASD、PTSDに結びつくわけではない。



心的外傷後ストレス障害(PTSD:Post-trumatic Stress Disorder)診断基準

A:  その人は、以下の2つが共に認められる外傷的な出来事に暴露されたことがある。

 
(1) 実際にまたは危うく死ぬまたは重傷を負うような出来事を、1度または数度、または自分または他人の身体の保全に迫る危険を、その人が体験し、目撃し、または直面した。
(2) その人の反応は強い恐怖、無力感または戦慄に関するものである。
注:子どもの場合はむしろ、まとまりのないまたは興奮した行動によって表現されることがある。

B:  外傷的な出来事が、以下の1つ(またはそれ以上)の形で再体験され続けている。

 
(1) 出来事の反復的で侵入的で苦痛な想起で、それは心像、思考、または知覚を含む。
注:小さい子どもの場合、外傷の主題または側面を表現する遊びを繰り返すことがある。
(2) 出来事についての反復的で苦痛な夢。
注:子どもの場合は、はっきりとした内容のない恐ろしい夢であることがある。
(3) 外傷的な出来事が再び起こっているかのように行動したり、感じたりする(その体験を再体験する感覚、錯覚、幻覚、および解離性フラッシュバックのエピソードを含む、また、覚醒時または中毒時に起こるものを含む)
注:小さい子どもの場合、外傷特異的な再演が行われることがある。
(4) 外傷的出来事の1つの側面を象徴し、または類似している内的または外的きっかけに暴露された場合に生じる、強い心理的苦痛。
(5) 外傷的出来事の1つの側面を象徴し、または類似している内的または外的きっかけに暴露された場合の生理学的反応性。

C:  以下の3つ(またはそれ以上)によって示される、(外傷以前は存在していなかった)外傷と関連した刺激の持続的回避と、全般的反応性の麻痺。

 
(1) 外傷と関連した思考、感情または会話を回避しようとする努力。
(2) 外傷を想起させる活動、場所または人物をさけようとする努力。
(3) 外傷の重要な側面の想起不能。
(4) 重要な活動への関心または参加の著しい減退。
(5) 他の人から孤立している、または疎遠になっているという感覚。
(6) 感情の範囲の縮小(例:愛の感情を持つことができない。)
(7) 未来が短縮した感覚(例:仕事、結婚、子供、または正常な一生を期待しない)。

D:  (外傷以前には存在していなかった)持続的な覚醒亢進症状で、以下の2つ(またはそれ以上)によって示される。

 
(1) 入眠または睡眠維持の困難
(2) 易刺激性または怒りの爆発
(3) 集中困難
(4) 過度の警戒心
(5) 過剰な驚愕反応

E: 障害(基準B、C、およびDの症状)の持続期間が1ヶ月以上。

F: 障害は、臨床的に著しい苦痛または、社会的、職業的または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。

 
該当すれば特定せよ:
  急性:症状の持続期間が3ヶ月未満の場合
  慢性:症状の持続期間が3ヶ月以上の場合
該当すれば特定せよ:
  発症遅延:症状の始まりがストレス因子から少なくとも6ヶ月の場合。

(高橋三郎ら訳 DSM-4 精神疾患の診断・統計マニュアル 第1版 医学書院 1996)



PTSDチェックリスト 「IES-R(改訂 出来事インパクト尺度)」

お名前○○○○ (男・女) ○○歳 記入日 ○○○○年○月○日

下記の項目は、いずれも、強いストレスを伴うような出来事に巻き込まれた方々に、後になって生じることのあるものです。
「○○○○」に関して、この1週間では、それぞれの項目の内容について、どの程度強く悩まされましたか。当てはまる欄にまるをつけてください。(なお、答に迷われた場合は、不明とせず、最も近いと思うものを選んでください。)

ナンバー この1週間の状態についてお答えください 0
全くなし
1
少し
2
中くらい
3
かなり
4
非常に
1 どんなきっかけでも、そのことを思い出すと、その時の気持ちがぶりかえしてくる          
2 睡眠の途中で目が覚めてしまう          
3 別のことをしていても、そのことが頭から離れない          
4 イライラして、怒りっぽくなってくる          
5 そのことについて考えたり思い出す時は、なんとか気を落ち着かせようとしている。          
6 考えるつもりはないのに、そのことを考えてしまうことがある          
7 そのことは、実際に起きなかったとか、現実のことでなかったような気がする          
8 そのことを思い出させるものには近よらない          
9 そのときの場面が、いきなり頭にうかんでくる          
10 神経が敏感になっていて、ちょっとしたことでどきっとしてしまう          
11 そのことは考えないようにしている          
12 そのことについては、まだいろいろな気持ちがあるが、それには触れないようにしている          
13 そのことについての感情は、マヒしたようである          
14 気がつくと、まるでその時にもどってしまったかのようにふるまったり、感じたりすることがある          
15 寝つきが悪い          
16 そのことについて、感情が強くこみ上げてくることがある          
17 そのことを何とか忘れようとしている          
18 ものごとに集中できない          
19 そのことを思い出すと、身体が反応して、汗ばんだり、息苦しくなったり、むかむかしたり、どきどきすることがある          
20 そのことについての夢を見る          
21 警戒して用心深くなっている気がする          
22 そのことについては話さないようにしている          

(東京都精神医学総合研究所作成 心的トラウマの理解とケア p240より引用 株式会社じほう 2001)

注) IES-Rは、PTSDの診断基準に則しており、再体験症状、回避症状、覚醒亢進症状から構成されている。ほとんどの外傷的出来事について、使用可能な心的外傷ストレス症状尺度である。PTSDの高危険者をスクリーニング目的では、24/25のカットオフポイントが推奨されている。
出典: Weiss,D.S.&Marmar C.R. :The Impact of Event Scale-Revised. In: Wilson,J.P.,Keane,T.M.eds,Assessing Ppsychological trauma and PTSD,The Guilford Press, New York,pp399-411,1997.

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