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第2章 心のケア 各論

2 ストレスへの対処

1. ストレス対処の基本

   ストレスに対処するためには、ストレス反応の発生メカニズムの各要因である「ストレッサー」「認知的評価・対処能力」「ストレス反応」に、それぞれ働きかけることが必要である。各要因への対処法として11の方法を取り上げる。
 これらのストレス対処法を図8に示す。

図8 ストレスへの対処法
図8 ストレスへの対処法

 また、ストレス対処法の児童生徒への説明図を図9に示す。
 ストレス理論を理解することで、今まで自己コントロールできなかったストレス反応が対処可能であることを理解(認知的評価が変化)することになる。
 ストレッサーには、生活環境ストレッサー、外傷性ストレッサー、心理的ストレッサーがあるが、心身の防御システムは一つである。従って、ストレッサーの種類に関わらず、対処の基本的な原理は同じである。外傷性ストレッサーに対しては、人によってはストレス反応とは異なるトラウマ反応が生じ、PTSDが発症することがあるので、第2章3に詳しく取り上げる。

2. ストレッサーへのアプローチ

   原因となるストレッサーを取り除くことができれば、ストレス反応をなくすことができる。これはストレス対処法の最も基本になるアプローチである。ストレッサーは複合して作用するので、それぞれのストレッサーのレベルを低減し、その総和を下げることも重要である。原因となるストレッサーへのアプローチとしては次のような方法がある。

A. 問題の解決
   脅威となっている問題を解決する。あるいは脅威でなくなるように働きかける。複数のストレッサーが加算され影響を及ぼしているのであれば、それぞれのストレッサーを軽減して、その総和を対処可能なレベルに低減する。本人の力だけでストレッサーを解決できないのであれば、新たに解決するためのスキルや方法を身につけ、周囲の援助を受け解決を目指す。

B. 環境の変化
   ストレッサーのない環境、あるいは適度なストレッサーのある環境へ避難すること。脅威から身を守るために対処困難な場面を回避することは、最も自然な防衛手段である。震災などの場合、安全・安心を確保できる場所に移動することは最も大切なことである。また、不登校などストレス場面の回避行動が見られる場合は、その生活環境ストレッサーが本人の対処能力を超えていると考えることができる。このような場合、個人が対処可能な環境づくり(不登校であれば、安心して通える学校・学級づくり、スモールステップでの課題提示など)をすることが必要である。

C. あれこれ考えないこと
   人間は、現実に起こっていないことでも、あれこれ考える思考自体が心理的ストレッサーになる。このような場合、何も考えない、楽しいことに熱中するなどの思考のコントロールが必要である。しかし、原因となるストレッサーが無くならないことも多く、この場合、次のステップへのアプローチが必要である。

3. 認知・対処能力へのアプローチ

   認知的評価とは、ストレッサーが、どの程度の脅威であるのか判断することである。あるストレッサーがどの程度の脅威かという判断は、人によって異なる。それは、その判断に個人の性格や自己能力の評価、自信、信念などが関わっているからである。たとえば、自信がない人、物事を否定的に捉える人は、ストレッサーをより高い脅威と認知するが、自信がある人、物事を楽観的に捉える人は、同じストレッサーに対し、それほど脅威には感じない。このような、物事の捉え方や自信などの自己の能力の評価などの認知的評価は、ストレス反応に大きな影響を及ぼしている。従って、このような認知的評価を修正することが、ストレス状態を克服する有効な方法になる。

D. 認知の仕方を変える
  心身のメカニズムの理解
 ストレス理論などを理解することは、それまで「自己コントロールできない」と思い込んでいたストレス反応が「自然な反応であり、対処可能であること」へと認知が変化したことになる。このパラダイムの提示により、ストレッサーに対する認知的評価が変化し、ストレッサーの脅威が低減する。

自分の物事の捉え方の歪を点検する
 人間の思考は、いつも合理的な判断をしているわけではなく、物事の捉え方に偏りや歪がある。この偏りや歪を点検し、より適切な思考に改善していくことで、ストレッサーの影響を軽減することができる。物事の捉え方には、次のような歪があることが多い。
 
破局的な見方――いつも最悪の事態を考えてしまい、ちょっとした困難から、大きな破局や不幸な結末を想像する。
全か無かの思考――「成功か失敗か」「白か黒か」の二者択一的な考え方。少しでも満たされないことがあると、全てを否定したり、投げ出したくなる。あいまいな状況や中間の状況を受け入れられないので、常に極端な考えになる。
過度の一般化――一つの出来事や経験から、過度に一般化してしまい、「一事が万事」のように考える。「結局、なになにだ」と一つの解釈に全ての出来事を決めつける。
感情的判断――自分の感情や気持ちから、その出来事や事実の是非・意味を判断すること。「不安が起きているから、この問題は解決できない」「嫌な感じがするので、相手は悪い人に違いない」など。ストレッサーに遭遇した場合、防御反応として、不安や恐怖、緊張の感情が起きる。これは自然な感情であるが、このような感情が起きているので、現実のストレッサーは対処不可能なものに違いないと思い込む。
自己関係づけ――自分とは関係のない出来事や事実を自分に責任があるように判断すること。「私がなになにしていれば、なになにとならなかったのに…」と自責する場合など。子供は、自己関係づけをする傾向がある。
思いつきによる推論――思いつき、場当たりの考え、独断など、事実に基づかない判断や推論によって、物事を決め付けてしまうこと。

   ストレス状態にある場合は、1物事の捉え方に歪や偏りがないか一緒に点検し、2歪や偏りがあれば、適切な考え方を検討する。3適切な考え方に従って行動することで、次第に適切な物事の捉え方を身につけることができる。

肯定的、楽観的な思考をする
 
 困難な状況では、否定的な側面に着目しがちになる。「肯定的な面はないのだろうか」「うまくいっていることは何か」「活用できるリソースはどれがあるか」、物事を肯定的に捉え、原因ではなく、問題解決に意識を向けることが大切である。
 「なるようになるさ」「じたばたしてもしかたがない」などの開き直る気持ちや腹をくくる気持ちは、困難な事態に直面しようという決断である。「もうだめだ」「絶望だ」「やっても無駄だ」という、投げやり、悲観的、絶望的判断とは異なる。最悪の状態を想定し、その結果を受け入れることができるなら、今の現実を肯定的に受け止めることができる。

将来の肯定的な希望・夢・目標を持つ
 肯定的な人生の希望・夢・目標を持つと、現在の困難な状況や試練を乗りきる力が生まれてくる。現在の困難な状況が将来にわたって改善しないと考えてしまうならば、困難な状況を逃げ出すしかない。自殺したり、自分の人生を粗末に扱う気持ちになる時は、肯定的な人生の希望・夢・目標を描けていないときである。将来の肯定的な希望・夢・目標が持てるよう周囲から援助することが大切である。

E. 対処能力・スキルの獲得
     対処能力・スキルを獲得することは、ストレッサーに適切に対処できることになり、問題が解決することになる。しかし、従来のスキルが役立たない事態であるから、新しい対処方を工夫したり、周囲の人達から学ぶ必要がある。
 対処能力・スキルを獲得することによって、私は問題に対処できるという「自己コントロール感」が形成され、困難な事態を乗り越えることで、さらなる自信が形成される。
 また、事前に「予防訓練」「ストレスマネジメント教育」「ライフスキル教育」などにより、様々な問題に対する対処能力・スキルを育てることが問題の発生を予防することになる。

F. 自己コントロール力の回復
     ショック状態やストレス状態では、行動や感情の「自己コントロール力」が失われてしまい、それまでにできていた日常生活の作業ができなくなることがある。このような場合、行動や感情の自己コントロール力を取り戻す必要がある。まず、日常生活を自分の力で行うことが回復へのステップとなる。それまでの日常生活を取り戻すことは、自己コントロール力を取り戻し、ストレッサーに対する対処可能感を高める。

G. 自己信頼・他者信頼の回復
     人間の感情や意欲に関わる基本的要因として、「自己に対する信頼感」「他者に対する信頼感」がある。困難な状況に対処できない時、「自己に対する信頼感」「他者に対する信頼感」も低下している。
 適切な援助や励ましがあれば、この「自己に対する信頼感」「他者に対する信頼感」は回復するが、現実には必要な援助や励ましが得られないことが多く、「自己に対する信頼感」「他者に対する信頼感」は低下したままのことが多い。
 人間は、人に守られ、受容されている時に安心でき、自分を受け入れることができる。また、自分を励ます自己教示「アファーメション」も「自己に対する信頼感」を高める働きがある。

H. ソーシャル・サポート
     一人の力では対処できないことでも、援助してくれる人がいる場合、問題を解決したり、気持ちを前向きに頑張ることができる。話をすること、気持ちを表現することは、ストレスを解消する重要な方法である。そのためには、話を聴いて、気持ちを受け止めてくれる人の存在が必要である。
 また、人は、「仲間に受け入れられている」「人から守られていることが実感できる」時に安心を得ることができる。逆に、孤独でいることは、大きなストレッサーとなる。ストレス状態にある人や子供が孤立無援な状態にならないよう、温かな関わりを行うことが重要である。また、当事者は、問題を一人で抱え込まないで、いろいろな人に相談して、より良い解決方法を見つけることが大切である。

4. ストレス反応へのアプローチ

 
I. 休息や睡眠、運動などによる身体機能の正常化
   身体は、24時間のサイクルの中で、運動、仕事、睡眠、休息、食事などのバランスが取られていることが必要である。ストレス状態は、持続するストレッサーに対処するため、心身の防御機能(交感神経系など)が過剰に働き過ぎた状態である。本来の休息や睡眠などの体の新陳代謝の機能が低下しているために、ストレスの抵抗力が低下した状態になっている。多くの場合、身体的機能の正常化が、精神機能を安定へと導く。従って、身体の機能を正常化するために、次の活動を日々実施することが重要である。
運動  1日15分、体を動かす。歩くこと・体操がよい。体の緊張を解きほぐし、リラックスする。
仕事  楽しく働く。働き過ぎない。無理を続けない。
睡眠  毎日十分な睡眠をとる。眠れない時が続くと要注意である。
休息  活動の合間に休みをとる。気持ちを切り替え、心にもゆとりと栄養を補給する。
栄養  栄養のバランスを考える。三食味わって楽しく食べる。
入浴  適度な入浴は、心身の新陳代謝を促進する。

J. 感情の表現・発散
   恐怖、不安、悲しみなどの感情を表現することで、感情が浄化される。言葉で表現することが基本であるが、子供の場合は、表現する言語能力が育っていないので、絵や遊び、行動で表現する。また、この時、この表現された感情を受け止め、安心させる人の存在が必要である。表現したくない感情を無理に表現させると、感情を処理できなくなる時があるので、そのような場合は、無理に表現させないようにする。

5. 心身のリラックス

   ストレス反応は、脅威であるストレッサーに対する心身の防御反応の結果であるが、本来機能すべき「休息の機能」が十分に活動していない状態にある。リラックス反応は、環境や刺激が、安全・安心で、脅威でないと判断したときに起きる反応であり、副交感神経系の活動が優位な状態にある。リラックス反応は、ストレス反応とは相容れない関係にある。従って、リラックスできる環境や刺激を積極的に確保し、リラックスすることで心身の回復機能を活性化させることが、ストレスによる様々な問題を解消することになる。

<リラックスするために>
(1)  安心できる環境
   生命や自己にとって脅威な事態やストレッサーの多い環境では、体が防御反応を起こしてしまう。逆に、安全で落ち着いた環境にいることで、リラックスすることができる。できるだけ、危険や脅威のない環境を整えることは、心身の機能を回復するために必要なことである。また、一日の中で、安全で落ち着いて過ごせる時間と場所を積極的に確保したい。

(2)  信頼できる人間関係/大切にされている実感
   人間は、人に守られている時に安心することができる。子供達は、震災や恐怖の体験をしたときに母親にしがみつく。また、添い寝を求める。これは、人が人(仲間)に守られている時に安心できる本能をもっているからである。逆に、人から疎外されることは大きなストレッサーとなり、不安や恐れ、苦痛などの感情が起きる。このことは、大人も同様である。子供達の不安を鎮めるためには、親や仲間が守ってくれていることをしっかり伝えることが必要である。また、抱きしめる、添い寝をするなどのスキンシップは、子供のリラックスを導く効果的な方法である。身近な人達だけでなく、見知らぬ人達の励ましを受け、多くの人達によって守られていると感じたときに、大きな安らぎを感じることもある。

(3)  楽しいこと・嬉しいこと・笑うこと
   楽しい気持ち、うれしい気持ちは、不安や恐怖の気持ちとは相容れない。従って、楽しいこと、うれしいことをたくさんすることは、その間ストレス反応から逃れた状態にいることになる。また、そのことによって、不安や恐怖の気持ちから開放されることは、感情と行動の自己コントロールを取り戻すことになる。
 周囲が喪に服しているときは、楽しい気持ち、うれしい気持ちを持つこと自体に罪悪感を覚えたり、不謹慎だと考えるかもしれないが、張り詰めた気持ちを休めるときがあってもよい。ユーモアや笑いは、ストレスを低減させ、免疫力を高めることが知られている。特に、子供達は、遊びや楽しい活動をすることで、不安や恐怖の気持ちを克服することができる。

(4)  好きなこと・熱中できること
   ストレス状況では、「また、地震が来るかもしれない。」「失敗したら、どうしよう。」など、否定的に思考し続けることが心理的ストレッサーとなり、ストレス反応を継続させている。
 人間の意識は、ある瞬間は一つのことにしか意識を向けることができない。あること「A」を考えているその瞬間は、別のこと「B」を考えることはできない。従って、好きなことに熱中しているときは、問題となっているストレッサーについての思考から解き放たれており、不安や緊張などのストレス反応は軽減されている。
 リラックス状態をイメージすることだけでなく、「今、ここで」自分が行っている作業や活動に熱中し、その日、その時を楽しく穏やかに過ごすことが大切である。

6. リラクセーション法

   リラクセーション法は、リラックス反応を誘導し、ストレス反応を低減させ、心身の回復機能を向上させる方法である。多くの文化圏で古来より様々なリラクセーション法が実施されてきたが、近年、医学的にもその有効性が確認され、ストレスマネジメントの方法として活用されている。リラクセーション法は、ストレス反応の軽減において即効性があり、訓練を続けることで心身の自律機能が回復し、ストレス反応が起きにくい体へと変化させる。
 リラクセーション法には様々な方法があるが、セルフ・ケア法として行うことができる簡便な5つの方法を紹介する。

<漸進的筋弛緩法>
   エドモンド・ジェイコブソンが開発した方法で、筋肉の緊張と弛緩を繰り返し行うことにより身体のリラックスを導く方法で、「漸進的筋弛緩法」と呼ばれる。筋肉の完全な弛緩を誘導するために、各部位の筋肉を数秒間緊張させた後に弛緩することを繰り返していく。ここでは、その簡便法を紹介する。
 基本動作
 各部位の筋肉に対し、10秒間力を入れ緊張させ、15~20秒間脱力・弛緩する。
 身体の主要な筋肉に対し、この基本動作を順番に繰り返し行っていく。各部位の筋肉が弛緩してくるので、弛緩した状態を体感・体得していく。
 
1.両手/ 両腕を伸ばし、掌を上にして、親指を曲げて握り込む。10秒間力を入れ緊張させる。手をゆっくり広げ、膝の上において、15~20秒間脱力・弛緩する。筋肉が弛緩した状態を感じるよう教示する。
2.上腕/ 握った握り拳を肩に近づけ、曲った上腕全体に力を入れ10秒間緊張させ、その後15~20秒間脱力・弛緩する。
 以下、緊張させる部位について記述する。10秒間緊張後、15~20秒間脱力・弛緩する要領は同様である。
3.背中/ 2と同じ要領で曲げた上腕を外に広げ、肩甲骨を引き付ける。
4.肩/ 両肩を上げ、首をすぼめるように肩に力を入れる。
5.首/ 右側に首をひねる。左側も同様に行う。
6.顔/ 口をすぼめ、顔全体を顔の中心に集めるように力を入れる。
筋肉が弛緩した状態イコール口がぽかんとした状態
7.腹部/ 腹部に手をあて、その手を押し返すように力を入れる。
8.足/ a:爪先まで足を伸ばし、足の下側の筋肉を緊張させる。
b:足を伸ばし、爪先を上に曲げ、足の上側の筋肉を緊張させる。
9.全身/ 1~8までの全身の筋肉を一度に10秒間緊張させる。
力をゆっくりと抜き、15~20秒間脱力・弛緩する。

<呼吸法>
   ストレス・緊張状態では、呼吸は浅くて速い呼吸になる。その反対に、リラックス状態では、深くてゆったりとした呼吸になる。緊張しているときに、深くてゆったりした呼吸をすると、気持ちが落ち着く。このように、体の状態と呼吸には密接な関係がある。普段、私達は、無意識に呼吸を行っているが、意識して呼吸をコントロールすることもできる。東洋では、古来から、ヨガや気功、各種武道で、この呼吸法が心身の活動を高める効果があるものとして重要視されてきた。特に腹式呼吸は、副交感神経系の活動を賦活させる効果があることが医学的にも確認されている。
 腹式呼吸法は、下腹部が膨らんだり、へこんだりするように呼吸する方法である。(臍の下に手をあて)体の力を抜いたまま、口からゆっくりと息を長く吐いていく。このとき下腹部をへこます感じで息を吐いていき、苦しくならないところで、下腹部を膨らませる気持ちで、鼻から息を自然に吸っていく。これを繰り返していくのが腹式呼吸である。
 吐く息に気持ちを落ち着ける効果があるので、吐く息に注意を向けて、ゆっくりと息を吐いていく。この時に、体の緊張も息とともに吐き出すようにイメージしながら脱力すると、リラックス効果が高まる。5~10分程度行う。

<瞑想法>
   人間の意識は、あれもこれも考えているように思えても、ある一瞬はある一つのことにしか意識を向けることができない。この意識の性質を利用し、ある一つのことに意識を集中させ、日常のストレッサーから開放された意識状態に導く方法である。日常の煩わしい出来事から切り離された精神状態になれるならば、リラックスできることになる。意識を集中させる対象は、いろいろなものが使用されるが、身体感覚に意識を集中させることもできる。呼吸に意識を集中させる「呼吸瞑想法」は、簡便で効果が高い。

 「呼吸瞑想法」の方法
   静かな場所で行う。立っていても行うことができるが、座るか寝て実施するほうが深くリラックスできる。目を閉じ、ゆったりとした気持ちで腹式呼吸をする。そして、一呼吸毎に意識を集中していく。「吸う時は吸うことに」「吐くときは吐くことに」意識を集中していく。呼吸のスピードは、ゆったりと楽に呼吸できる速さである。呼吸に意識を向けることができたら、次は「呼吸する時に動く空気の流れを感じること」に意識を集中していく。途中で、いろいろな考えが浮かんでも、考えを捨て置き、呼吸や空気の流れを感じることにのみ、意識を集中していく。気持ちが落ち着くまで繰り返す。

<受動的音楽療法>
   音楽には、感情を高めたり、落ち着かせる効果がある。ゆったりとしたテンポで落ち着ける曲であれば、好みの曲でもかまわない。瞑想法の要領で、音楽に意識を集中する。「音楽に聴き入っていきます。体の力を緩め音楽に意識を集中し、その心地よさに浸ってみてください。」と教示する。

<アファメーション>
   アファメーションとは、自分を励ます言葉である。ストレス状態や大きなダメージを受けている時は、自己コントロール感が失われていることが多い。また、精神的サポートを必要としていても、求める支えが得られないケースがほとんどである。このような状態においても、自分で自分を励ますことができる。
 アファメーションでは、次のような言葉を使用するとよい。「私はとても大切な人間です」「私は自分を愛しています」「私は私のままでいいのです」「私は皆と仲よくして、これから元気に生きていきます」

7. 統合リラクセーション法

   統合リラクセーション法は、すでに効果の確認されているリラクセーション法を有機的に組み合わせ、その相乗効果により、より深いリラックスを簡便に誘導するリラクセーション法である。各種のリラクセーション法は、それぞれに特徴がある。筋弛緩法や呼吸法は身体のリラックス効果が高く、瞑想法や受動的音楽療法は精神的なリラックス効果が高い。一方、ストレス反応にも個人差があり、身体的緊張の高い人には、身体的緊張に効果の高いリラクセーション法を指導することが望ましい。震災などの場合に、大勢の人たちに個人にあった指導を実施することは大変な時間を必要とする。統合リラクセーション法は、このような個人差があっても、総合されたリラクセーション法のいずれかの要素が作用するため、集団での指導が可能である。また、誘導が平易であり、児童生徒がセルフケアとして実施できる特徴がある。

<統合リラクセーション法の実施方法>
準備するもの
 
1. リラクセーション用の曲を再生するCDプレーヤー、テープレコーダー
2. リラクセーションにおいて使用する曲は、ゆったりとしたテンポで落ち着ける曲を選び、数分~10分位の演奏時間があるものが良い。深くリラックスしたい場合は、演奏時間の長い曲を(あるいは連続して聴いても気持ちが変化しない曲を何曲か)準備する。

実施手順
 
1. 静かな環境で、椅子に座るか仰向けに寝た状態で行います。
2. リラクセーション用の曲をかけ、次のような教示を行います。教示者は自分でもリラックスできるよう、ゆったりとした気持ちで教示を行います。
 
教示1   「目を閉じて、ゆったりと楽に呼吸をしていきます」(少し間をおく)
教示2 「吐く息に注意しながら、息をゆっくりと、ながーく吐いていきます。苦しくならないところで、鼻から息を自然に吸います。自分のペースで構いません」(少し間をおく)
教示3 「ゆったりと楽な呼吸をしながら、気持ちを落ち着けていきます」(少し間をおく)
教示4 「気持ちが落ち着いてきたら、今度は、吐く息に合わせて、全身の力を脱力していきます。息をフーと吐きながら、顔、腕、肩、腹、足など全身の緊張を緩めていきます。1回目よりも2回目、2回目よりも3回目と段々と体の力を緩めていきます」(少し間をおく)
教示5 「十分に体の力が抜けてきたら、今度は意識を音楽に向けていきます。ゆったりとした呼吸で、体の力を抜いたまま、静かに音楽に聞き入っていきます。途中何か考えが浮かんでも、それは捨て置き、もう一度、音楽に聴き入っていきます。」(少し間をおく)
教示6 「ゆったりとした呼吸で、体の力を抜いたまま、静かに音楽に聞き入ってください。しばらく黙っていますので、ご自分のペースでやってみてください。」(少し長く間をおく)
教示7 (アファメーション:曲の終わりの箇所に入れる。省略も可。)
「人生の中で、いろいろな出来事が起きます。楽しくてうれしいこともあれば、つらくて苦しいこともあります。自分の力でうまくできることもあれば、できないこともあります。自分の力でうまくできないときに、私達はなんて自分はだめなのだろう。運がないのだろう。誰も自分の気持ちをわかってくれない。そんな考えが浮かんできます。このような時に大切なことは、自分で自分を励ますことです。これからいう言葉を自分に言い聞かせてみてください。」
「私はとても大切な人間です」「誰が何を言おうとも、私は私のままでいいのです」「私は自分が大好きです」「私は皆と仲よくして、これから元気に生きていきます」「私はこれから、もっと自分を好きになります」「私はこれから、もっと自分を大切にしていきます」「私はとても大切な人間です」
教示8 (曲の終わりに)「それでは、気持ちを落ち着けたまま目を開けてください」
   不安・緊張が高いときは、2曲連続して行うと深いリラックスができる。
 就寝の前や休憩の時間に行うとよい。リラックスすると、覚醒水準が下がり、眠ってしまうことがあるが、そのまま寝てしまっても問題はない。
 リラクセーションの後に、運転や仕事などがある場合は、全身に力を入れ、伸びをしたり、体操を行い、もう一度覚醒水準を高めておく。
 リラクセーション法は、毎日続けることで、副交感神経の働きが活性化し、心身の回復機能が高まる。不安・緊張が高まった場合のセルフコントロール法として、リラクセーション法を予防的に練習しておくことが大切である。

 統合リラクセーション法誘導のポイント
   統合リラクセーション法を誘導する人は、自らが手順に従ってリラックスしていき、自らをリラックスさせるつもりでゆったりと教示を行う。
 教示の後に、その指示を行う時間をとり、次の教示へとすすんでいくこと。

 セルフ・ケアのために
   セルフ・ケアで行うためには、統合リラクセーション法で使用される各リラクセーション法の原理と方法を理解・習得していることが望ましい。各リラクセーション法の原理と方法を理解・習得しておくと、いつでもどこでも、その場の状況に応じて、各リラクセーション法を単独または組み合わせてセルフ・ケアを行うことができる。

 避難訓練やカウンセリング場面での実施
   平成11年に起きた台湾大地震では、一ヶ月以上も余震が続き、子供達だけでなく、大人も不安・緊張が継続していたため、全家族に統合リラクセーション用のテープを配付し、自宅で練習を行った。また、学校では、各クラスごとに毎日指導を行った。避難訓練により恐怖場面を思い出す子供もおり、避難訓練の後に統合リラクセーション法を実施した。また、カウンセリング場面で体験を思い出すことがあるが、最後にリラクセーション法を行い、気持ちを落ち着かせ、情動の自己コントロール感を高めておくとよい。
図9 ストレス対処法 説明図
図9 ストレス対処法 説明図

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