今般認められた国立大学法人の債券発行は、いわゆる公募として募集引受方式で行うと定められており、その手続きは、一般に下記のように想定される。
図表6【債券発行手続き概要】
作業ステップ | ステップ1 【起債準備】 |
ステップ2 【募集開始 発行】 |
ステップ3 【発行後】 |
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作業項目 |
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これらの手続きを、一定の期間にタイミングよく進めていくために、学内ではプロジェクトチームを中心に、手続き等を進める実務者、意思決定を行う経営層等の学内コミュニケーションや連携を密にして進めていくことが求められる。
なお一般の企業等ではこれらの手続きを下記のように比較的短期間で進めているが、例えば国立大学財務・経営センターの公表資料(後掲資料編参照:図表番号22)によれば、主幹事証券会社決定からおよそ9ヶ月後に債券を発行している。
図表7【一般企業における標準的な債券募集スケジュール表】
図表8【財投機関(独立行政法人国立大学財務・経営センター)における実際の手続き事例】 |
(出所:独立行政法人国立大学財務・経営センターホームページ) |
前述したように、資金の調達手段として債券を発行することについては、資金の使途や将来の償還負担、調達コスト等を長期借入金等の他の手段と比較検討した上で、法人としての意志決定が必要となる。
特に、平成17年12月の国立大学法人法施行令の改正によって長期借入金等による資金調達の対象が拡大されたことにより新たに認められた債券発行の資金の使途は、大学に一定の収入が見込まれる土地の取得等であって、当該土地、施設又は設備を用いて行われる業務に係る収入をもって、当該土地の取得等に係る債券を償還できる見込みがあるものであり、債券発行コスト、金利動向、物件の維持コスト等に関する検証作業を通じて、収入計画に基づく償還可能性を経営協議会及び役員会で確認しておくことが望まれる。
その意味で下記のようなシミュレーションを検討することが望ましい。
一般企業であれば、債券発行等は通常担当部署である経理部門で対応するが、国立大学法人は債券発行の経験がなく、また債券発行に当たっては調達資金の使途に関する情報、国立大学法人全体の経営情報等幅広い情報を提供する必要があるため、組織横断的なプロジェクトチームの組成が必要となる。構成メンバーとしては、財務担当理事をリーダーとして財務部門、施設部門、取得又は建設する施設の関係部局のメンバーなどが想定される。
法人として意思決定した後は、幹事証券会社等の起債関係者との交渉及び調整の直接の窓口は国立大学法人の財務部門が担当し、関連する意思決定はプロジェクトチームで行う。ただし、最終的な発行条件の決定等が必要な場合は学長、役員会及び経営協議会の了承を得ることが適当である。そのため、適宜プロジェクトチームから学長、役員会及び経営協議会等の経営層に進捗状況、課題事項等を説明し、情報共有を図ることが望ましい。
証券会社は、有価証券を引き受ける際、当該証券について投資家が投資の可否について自己の責任で判断するための適切な情報が開示されているかどうかという観点から、当該証券に関し、資金の使途関係、財務諸表関係、その他(訴訟、投資家へのリスク開示など)、について審査を行っている。当然国立大学法人も債券発行に当たっては主幹事証券会社から引受審査を受けることになる。
引受審査は、事前の文書による質問とその質問に対する回答を踏まえ、主幹事証券の引受審査担当と発行者の担当者によるミーティングにより行われることが一般的である。ミーティングは、主幹事証券の引受審査担当の質問に発行者の担当者がその場で答える形で実施されることが多い。
図表10【引受審査の業務イメージ】
なお、引受審査については、日本証券業協会が証券会社の行なう引受審査のあり方等について見直しを行い、普通社債等の引受審査についても規則強化の方向で、平成19年度から審査項目を企業内容審査、資金使途、キャッシュフロー等に明確化することとなっている(下記参照)。国立大学法人の債券発行においてもこの規則強化が適用されることが予想される。
図表11【規則に規定すべき普通社債引受時の審査項目】
(出所:日本証券業協会「会員における引受審査のあり方等に関するワーキング・グループ」)
債券内容説明書とは、発行する債券に応募する投資家に対し判断資料として提供するものである。金融商品取引法上は上場会社や一定規模の債券を発行する会社に対して、有価証券報告書(届出書)の提出が義務付けられているが、独立行政法人等はその対象から除かれているため、慣行として発行者が任意に引受証券会社を通じて投資家に配付している。内容的には有価証券届出書の内容に準じた様式で作成されている。
債券内容説明書は、大きくは発行する債券の募集要項等の内容に関する部分と、債券を発行する法人の内容に関する部分から構成される。後者は、国立大学法人が従来あまり行ってこなかった一般に向けての企業会計的な財務報告及び法人としての業務活動内容の広報・公開の資料であり、債券内容説明書作成に当たっては主幹事証券会社のアドバイスが不可欠と考えられる。
具体的な事例として、国立大学財務・経営センターでは次のような項目を債券を発行する法人の内容に関する情報として提供している。
(出所:独立行政法人国立大学財務・経営センター債券内容説明書からJRI整理)
実際に、この作業は学内における最も負担が重い作業であると推測される。事前に十分な体制を準備しておくことが望まれる。
債券の利率等の発行条件を決定し、債券発行を市場に公表することをローンチと言い、主幹事証券会社がプレマーケティングを行いながら、約1週間の間に発行者と綿密な打ち合わせを行いながら市場動向を確認し、発行者にとって最適な条件となるよう進めていく。国立大学法人には、最終的な条件決定までに何度も繰り返される細かな条件調整が円滑に進むよう、学内での意思決定を迅速に行うことが求められる。
公募債券においては、格付けを取得することにより、当該債券の元利償還可能性を一定の格付け符号で表示することが一般的に行われている。公募に応募する投資家に対して判断材料を与える意味を持ち、格付けを取得していない債券は一般には信用度が低いとみなされ、販売が困難となる。
国内では金融庁が指定格付け機関として次の5社を指定している。
その中で国立大学法人、私立大学の格付けを行っている機関は、現在のところ株式会社日本格付研究所、株式会社格付投資情報センター、スタンダード・アンド・プアーズ・レーティングズ・サービシズの3社である。実際にはこの中から、格付け実績や格付け手法、費用等を勘案して選定することになる。
格付けの申し込みは一般的に申込書で受け付けられるが、実際には電話等で連絡の上、申込書が送付され、記入提出することになる。申込書には債券やローンなどの種類、発行市場、発行予定額、発行年限、発行スケジュールなどを記入することが一般的である。
申し込みのタイミングは、具体的な資金調達計画がない段階では発行者としての格付けを取得し、具体的な計画があれば個別債務に係る格付けを取得する。個別債務に係る格付でも調達時期や方法、調達額などがおおむね決定していれば、財務上の特約などの条件が未確定でも「個別債務予備格付け」を取得することができる。財務上の特約などが確定したら、あらためて個別債務の「本格付け」を申し込むことになる。
国立大学法人にとっては、格付け機関からの資料提出要請、資料に基づく質問への対応、実査やヒアリングの対応などが主な作業負担となる。特に資料については、かなり詳細な過去及び将来の資料を求められるので、そのためのデータ整備等を事前に行っておくことが望ましい。
ヒアリングは経営者である学長・役員が中心となって対応する必要があり、経営層においても自学の諸計数や実態等について正確な情報と知識が求められる。
国立大学法人等は文部科学大臣の認可を受けて債券の発行に関する事務を銀行又は信託会社に委託することができるとされている(国立大学法人法第33条第6項)。取引銀行等の中から募集委託手数料の水準等を勘案して委託会社を選定して、募集委託契約を締結する。
募集委託会社は発行者である国立大学法人の事務代行者であるが、一方で債券を購入する投資家にとっても、債権者のために弁済を受けること及び債券に基づく債権を保全するための必要な一切の行為をする権限を有しており、投資家の代理人としても受託業務を行う。
また振替債制度が導入されたことにより、募集受託会社はこの振替債制度において発行者の発行代理人及び支払代理人としての業務を請け負う。
募集委託会社には債券発行に関わる次のような事務作業を委託することになり、入札あるいは見積もりあわせ等を行い、委託会社を選定し契約を締結する。
平成18年1月から、一般債振替制度が導入され、債券発行に際し券面を発行せず、コンピュータ上の振替口座において発行から償還まで完全なペーパーレスで管理される方式となっている。国立大学法人もこの振替制度を利用することになり、以下の文書提出・機関決定が求められる。なお実務上の制約から発行代理人・支払代理人は募集受託会社となる。
(出所:株式会社証券保管振替機構;一般債振替制度説明資料(PDFファイル))
第六十六条 | 次に掲げる社債(以下この章において「振替社債」という。)についての権利(第七十三条に規定する利息の請求権を除く。)の帰属は、次条第二項の場合を除き、この章の規定による振替口座簿の記載又は記録により定まるものとする。
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なお振替制度利用に関し、証券保管振替機構から発行者は所定の算式で新規記録手数料を負担することになる。
図表12【一般債振替制度概要】 |
(平成19年3月現在) |
(出所:財団法人地方債協会ホームページ) |
従来は債券発行の受託業務の手数料として元利金支払手数料を受託会社側で決定して発行会社に請求していたが、振替債制度の導入により、発行者側で決定することが可能となっている。発行者は発行時に手数料率を決定後、その情報を発行代理人経由で証券保管振替機構に通知する。同機構から機構加入者等口座管理機関者へ手数料率の情報が提供されることになっている。
国立大学法人は債券発行に関して、文部科学大臣の認可が必要条件となっている(国立大学法人法第33条第1項)。これは債券発行の法的条件となっており、債券発行内容を確定次第、速やかに認可を得ることが求められる。法令上は募集の日の20日前までに文部科学省に認可申請をすることが定められている(国立大学法人法施行令第21条)。その際、申請書には次のような事項の記載や資料の添付が要請されている。
なお、認可に当たっての具体的な基準として、国立大学法人法施行令第8条第3号の長期借入金の借入れ等に係る認可基準(平成18年12月26日文部科学大臣決定)が策定され、各国立大学法人に通知されている。
IR活動とは‘Investor Relations’の略称で、債券発行者から投資家に対して、発行者の業務内容、財務内容等を積極的に提供して、投資家の発行者の債券への関心を高めるために行われる一連の活動を指す。
具体的には債券内容説明書に記載した事項を中心に、国立大学の教育・研究活動、法人としての財務内容等を分かりやすく説明した資料を作成する。
これらの資料は投資家やアナリスト向けの説明会で配付されることになる。
また、最近はインターネットでの情報提供に投資家の関心が高まっており、前述のIR資料は、国立大学法人のホームページ上に公表して掲示する。また、ホームページは学生や研究者向けのサイトとは区分して投資家向けに専用のサイトを設置するほうが、投資家にとって利便性が高い。ホームページにはIR資料だけでなく、発行計画、発行状況、格付け情報、償還計画なども掲載し、投資家が一覧で情報を収集できるようにしておくことが望ましい。
証券会社に属する証券アナリストを対象に説明会を開催し、説明を受けたアナリストが作成する投資家向けのレポートに、国立大学法人が発行する債券についての需要を喚起するような原稿を作成してもらうことを狙って実施される。
一般の投資家と違ってプロの集団であり、発行者の信用度や債券の発行条件等について、突っ込んだ質疑が行われる可能性が高く、十分な資料の準備と的確な説明やプレゼンテーション能力が求められる。
債券の主な購入先と期待される機関投資家等に、個別に発行者側が赴き、IR資料等を説明する活動で、債券の募集発行を円滑に進めるために必要な活動である。訪問先は主幹事証券会社との協議で決定するが、募集前の時期に集中的に行う必要あるため、説明者の手配等の体制整備が重要である。
募集する債券の販売の主体である主幹事証券会社の営業担当者に、発行者が業務内容や財務内容を説明するために開催する説明会である。基本的にIR資料を中心に行われ、債券内容はもちろん、一般に馴染みのない国立大学法人の活動内容や財務内容について、十分理解してもらうことを狙う。
-- 登録:平成21年以前 --