有識者インタビュー

GIGAスクール構想 × 高等学校での端末活用
(神奈川県立希望ケ丘高等学校 校長 柴田功 氏)


 GIGAスクール構想の実現に向けて、全国の公立小中学校に1人1台端末が整備されてから、およそ2年が過ぎました。令和4年度の4月からは、整備された1人1台端末で学んだ生徒が入学し、高等学校でも端末の活用が本格的に始まっています。
 今回は高等学校での端末活用について「学校におけるICT環境整備の在り方に関する有識者会議」の委員を務める、神奈川県立希望ケ丘高等学校の柴田功校長に伺いました。(令和5年1月25日掲載)
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― 高等学校での端末の整備状況と活用の現状
― 端末活用を経験している中学生を受け入れるにあたって高等学校がするべきこと
― 端末の活用を進めるための校長の働きかけ
― 端末を活用した授業のイメージをもってもらう
― 高等学校ならではの活用方法、コンピュータ教室との関係
― それぞれが役割を果たしてGIGAスクール構想を推進する


 

高等学校での端末の整備状況と活用の現状

高校での1人1台端末等の整備状況について教えてください。

 
本校では、今年度の1年生から1人1台端末を導入しています。本校が推奨する端末を示した上で、保護者に購入してもらうようにしていて、ほとんどの生徒が推奨端末を購入しています。もちろん条件を満たしていれば、家庭にある端末を使うことも許可しているので、生徒は様々なOSの端末を使用しています(BYOD)。また、本校は定時制もありますが、定時制の1年生には学校の端末を貸し出す形でスタートをしています。来年度からは購入を原則とする予定です。        ※BYOD…Bring Your Own Deviceの略。個人所有の端末を持ち込み活用すること
 神奈川県の県立高校では、全ての生徒にGoogle Workspaceのアカウントを付与していますが、希望ケ丘高校はMicrosoft 365のアカウントも付与しています。Microsoft 365のTeamsを使っている授業もあれば、Google Classroomを使っている授業もあります。県内全ての生徒が両方のアカウントを使えるようにするために、本校で試験的に導入している状況です。

高校での1人1台端末の活用状況について教えてください。

 活用状況は学校によって大分違うのが実情です。本校では教員によって活用に差はありますが、1年生では半分ぐらいの授業で端末が机上に置かれており、端末を活用した授業も増えてきています。
 例えば、地理総合では、地図ソフトを使って世界遺産を紹介する授業を展開しています。英語では、座席の列ごとに違う動画を見て、音声を聞き取り、それを隣の人に説明する活動に取り組んでいます。一方で、数学では「使う場面が少ない」という話を聞くのですが、まだまだ活用の仕方を知らないからではないでしょうか。例えば、「対数関数グラフ」を生徒が作る場面では、端末を活用すればピンチアウトで拡大することができるので、グラフがY軸と果てしなく近づくけれど、いくらやっても交わらないことを確認することができます。完成されたグラフを見せるのではなく、生徒自身がグラフを作ることで、学びが深まることが分かると、数学の先生方は端末を一斉に使うようになりました。
 また、教科を問わずに活用している場面は、授業の導入で意見を入力することや最後の5分で振り返りを入力することです。答えが1つにならないような問いを生徒に投げかけてアンケートフォームで答えたり、表計算ソフトに入力したりします。最初にアンケートフォームを使うと、クラス全員の答えや考えが一覧で確認できますし、表計算ソフトをクラウドで共有すれば、他の生徒の状況が即座に反映されるのでリアルタイムで確認することもできます。そうすると生徒は周りの状況を見て「もうちょっと書こう」「もっと工夫しよう」と自然に考えが深まっていきます。目的に応じてアンケートフォームと表計算ソフトを使い分けられるといいと思います。

 

キーボード入力についてはどのような現状ですか。

 生徒はキーボード操作が苦手です。スマートフォン(以下、スマホ)が普及する前はもう少し使えていました。スマホやタブレットが主流になって、家にパソコンがない人も増えているので、キーボード操作のスキルは退化した気がします。しかし、タイピングは授業のねらいではないので、タイピングの練習そのものは授業で取り入れたくありません。ですから「休み時間にタイピングの練習をしておくといいよ」と生徒には伝えています。今後、高校でも1人1台端末の活用がさらに進めばキーボード操作のスキルも向上していくと思います。
 

端末活用を経験している中学生を受け入れるにあたって高等学校がするべきこと

入学してくる中学生の現状と高校で準備していることを教えてください。

 今年度の新入生を見ていても端末操作の慣れについては、出身地域によって差があると感じています。しかし、令和5年度に入学する生徒は、端末を使った学習を2年間経験してきているので、地域差はかなり解消するのではないかと期待しています。また、各家庭で購入した端末なので、入学して授業が始まるまでに、端末の設定をしたり、いろいろと触ったりしているのだと思います。入学時点で、ある程度端末に触れているのは、BYODの良さだと思います。
 これからやらなくてはいけないと思っているのは、中学校で活用したデータを引き継ぐことです。中学校と高校が同じアカウントであれば一番良いのですが、現状ではそのようになっていません。その対応策として、個人のクラウドに中学校までのデータを一度保存しておき、高校で使えるものは新しいクラウドに移動するといったような引き継ぎの手順が必要だと思っています。最終的には、今まで学んできたことが自分のクラウドにポートフォリオとして蓄積されている状態をイメージしています。そして、高校から大学に進学する時も同じ手順を踏めば、小学校1年生から大学まで学んできたものがクラウド上に残っていているので、社会人になっても必要なデータを必要なときに取り出して活用することができるようになります。
 生徒の中には、中学校から興味を持って研究していた課題を高校でも続けています。そのような生徒のためにも、ずっと使い続けることのできるクラウド環境を用意してあげることが必要だと考えています。

クラウドにポートフォリオとして蓄積される良さはどのようなところでしょうか。

 デジタルポートフォリオには、文書や写真だけでなく、動画も残すことができます。例えば、美術の立体造形の授業では、最初はラフスケッチで紙に書き、次に針金で骨組みを組んで、紙粘土で肉付けし、最後は着色します。以前は完成品を見せながら発表会をしていましたが、現在はプロセスを写真や動画で撮ってプレゼンテーションソフトに貼り付け、工夫した点や考えを入力しているので、作品作りの過程についても共有することができるようになりました。発表会での発表の質が大きく変わるとともに、作成途中で考えていたことがデジタルポートフォリオとして自動的に保存できるようになりました。同じようなことを総合的な探究の時間や課題研究で行えば、高校3年間での研究成果を大学の総合型選抜でも使うことが可能になります。
 さらに、Web作成アプリを使えば体系的にまとめることも可能です。例えば、1つの教科の単元ごとにWebページを作って、高校3年間の学びという形にしたり、総合的な探究の時間で学んできたことを体系的にWebページへアップロードしたりすることもできます。英語だったらスピーチを録画するとか、体育だったらダンスを録画するといった形で動画もアップロードできるので、どの教科でも取り組むことが可能です。授業の最後の5分は生徒にポートフォリオのまとめの時間として与えて、その日の学びを振り返る時間にすれば無理なく取り組めると思います。
 そうすれば、生涯にわたり学び続けられるポートフォリオになります。ポートフォリオは「第2の脳」というか外部記憶装置だと考えています。種を植えてどんどん成長して大きな木になるのと同じように、最初はちょっとしたものかもしれないけれど、どんどん発展していくのがデジタルポートフォリオの良さだと思います。
 
 
 

端末活用を進めるための校長の働きかけ

端末の活用を進めるにあたって、校長として必要な働きかけとはどのようなことでしょうか

 先生方のマインドをチェンジすることが重要です。教員は伝えることの達人ですので、少しでも経験すると、昔から知っているかのように上手に説明できます。しかし、やったことがないことにはすごく警戒する人が多いと感じています。教員は自分が高校生の時に端末を使った学びを経験していませんし、その有効性もわかりません。だから使うことに抵抗があるのではないかと感じています。「自分が使ったことないから使うのは嫌」とか「使いたくない」とかではなく、生徒がこれからどのような社会を生きていくのかを考えたら、教員がマインドを変えなくてはなりません。「苦手だから」と言っていたら何も変わらないので、校長がリーダーシップを発揮し、教員研修の充実や職場の雰囲気づくりをしていくことが重要だと考えています。

― 職場の雰囲気づくりのために、校長として意識していることはありますか。

 私はICT支援員兼校長みたいな感じです。上から目線では全然やっていませんし、校長にはそういうマインドをもってほしいと思っています。2年前のオンライン授業時は、私が動画をアップロードして紹介しました。校長もチャレンジする姿勢を示さないと説得力がありません。校長がみんなのやろうとしていることを先にやってみたり、応援したりすることが大切です。ICTが苦手な先生は、使いたいけれど自信がないし、わからないことを生徒から聞かれたくないから使わないのです。そういう時には、私も一緒に機器の接続を手伝ったり、ティームティーチングみたいに支援するような形で授業に入ったりしています。このように、上からやれではなく、先生がやってみようとする1歩に対して、背中を押したり、先生のチャレンジをお手伝いしたりしています。若手の先生がベテランの先生を応援するという形もあると思います。一緒にやってみる先生が近くにいれば、不安な先生も勇気が湧くのです。そういう雰囲気づくりを校長として意識しています。
 
ICTに懐疑的な先生や苦手意識を感じている先生に対しては、どのように接していますか。

 ベテランの先生はICTが苦手なだけで使ってみたいという気持ちをもっています。授業が上手な方が多いので、そういう方の応援へ行ってあげると、さらに素晴らしい授業を展開できます。そして、そういう授業を、いろんな人に見せることが大切だと思っています。私はいつもデジカメを持って授業観察に行き、その様子を学校のホームページで紹介しています。そうすることで、地域の方や保護者から「先生の授業がホームページに載っていましたね」と授業者が声をかけられたり、教員同士でも授業について話題となり互いの授業を見せ合うようになったりしました。ベテランや若手などは関係なく、いい授業を共有する仕組みを作ったことで、学校の中にムーブメントが起こり「やってみようかな」という雰囲気になりました。全員が反対なのではなく、反対している人の多くはICTが苦手だから反対しているだけです。
 
 

端末を活用した授業のイメージをもってもらう

授業で端末を活用するためにどのような研修を実施しているのでしょうか。

 自分で経験したことがない、端末を使って学んだことがない先生方には、授業の完成形を見せることが重要だと思っています。ICT研修というと操作研修が多いのですが、授業のデモンストレーションが大事だと思っています。授業と同じように、導入の5分で意見をクラウド上に入力してもらい、回答が即座に反映される状況を体験してもらうことで、授業で活用できる可能性を先生方に実感してもらえればよいのではないでしょうか。また、教科を越えて授業を見合うことに力を注いでいます。研究授業というと指導案を書くなど、授業者は準備が大変なので嫌がられます。ですから、本校ではお互いの授業を見合って協議するという形式で研修を実施しています。
 
中学校や高校ではそれぞれの教科があるために、協議をしようとしても上手くいかないことがあると聞いたことがありますが、どうすればよいでしょうか。

 本校では、他教科であろうが、協議をするために必ず授業を参観する決まりになっています。授業後は、「授業手法」や「主体的、対話的で深い学び」などの授業改善を視点にして、ICTをどのように活用しているかを中心にKJ法を活用しながら協議をしているので、教科にこだわる必要がありません。上手くいかない場合は、学校の授業改善の方向性をどうするかということに重点を置くことです。例えば「学習評価はルーブリックを使ってみよう」「導入の問いを工夫する」など、教科等横断的な授業改善のテーマで進めるとよいと思います。そのようなテーマで進めると、教科ごとではなく、教科等横断的に協議するというムードになると思います。テーマを教科等横断的なものにすると「自分の教科でも参考にできそうだ」という声がよく聞かれます。
 

高等学校特有の端末の活用方法、コンピュータ教室との関係

高校特有のICT活用について教えてください。

 学校によって違いがあるかもしれませんが、本校では、スマホを授業で使用しても良いことにしています。できれば端末とスマホを学びのツールとして併用したいと考えています。例えば、アンケートフォームに答えるとか動画を見るとかはスマホで十分です。しかし、データを入力後、分析してグラフを作るとか、プレゼンテーションのスライドを作るとかは、さすがにスマホでは画面が小さく細かい作業には適していないので端末を活用します。この活動だったらスマホが良いとか、この活動だったら端末を使おうとかを生徒に選ばせたいと考えています。
 普段からスマホではできないような活動をどんどん取り入れると、生徒は目的に応じて2つのデバイスを駆使していきます。慣れてくると、マルチディスプレイのように、スマホと端末の両方を使っている生徒もいます。授業でスマホを活用する良さが高校で広まってほしいというのが私の願いです。大人は仕事でもスマホを有効に使っています。先生方も2つのデバイスを併用している場合が多いのではないでしょうか。大人と同じように生徒にも学びのツールの1つとして、スマホを活用して欲しいと思っています。
 また、本校は各家庭で購入した端末であるためMDMという端末管理システムを導入していません。一斉に端末を管理し、ソフトウェアを配信したり、使用を一律に制限したりすることを小中学校では行っています。義務教育段階では、子どもたちを守るために必要なシステムだと思いますが、家庭で購入した端末を学校で管理するという考え方には疑問を持ちます。生徒のスマホにMDMを入れることはありません。同じソフトウェアを使いたい時には苦労するという話を聞きますが、特殊なソフトウェアがないと成立しない授業については、本当に教科のねらいを達成するために使っているのか疑問に思います。ほとんどのことはOSにもともとある標準機能で十分です。どうしても必要だったらブラウザベースのソフトウェアやクラウドアプリなどのようなOSを問わないものを使うのがよいと思います。高校においては、学校で管理するよりも、自分で管理できるように生徒に力を付けさせることが重要であると思います。
 
スマートフォンの活用以外に高等学校特有なことはありますか。

 もう一つ高校に特有なこととして、教科「情報」があるということです。中学校の技術分野はありますが、小中学校では年間を通して情報について学ぶ教科がありません。コンピュータ教室の端末ではなくて、1人1台端末を中心に使う学校も増えてきていますが、コンピュータ教室をなくしてはだめだと思います。高校の「情報」を進めていくには、1人1台端末よりも、動画編集などがスムーズにできる高スペックな端末が必要です。そのためには、コンピュータ教室の充実が欠かせません。コンピュータ教室をなくしている学校もあると聞きますが、パソコン室の端末と1人1台端末を併用するなど、コンピュータ教室の機能を見直すことが必要です。周辺機器を置く、スタジオにする、ロボットを操れるようなものを導入するなど、今までより発展的な新しいコンピュータ教室を作っていくということです。    

それぞれが役割を果たしてGIGAスクール構想を推進する

― 全国の皆さんにお伝えしたいことがありましたら教えてください。

 これはオールジャパンでやらなくてはだめです。国だけが頑張るとか、自治体だけが頑張るとか、校長だけが頑張るとか、教員だけが頑張るとかではなく、それぞれがみんな頑張るポイントがあります。
 文部科学省にお願いしたいのは、教科「情報」の先生を全校に配置できるような措置をしてほしいです。自治体は情報の先生を採用するとともに、情報の授業を持ち時間に加え、GIGAのことも考えられるような人事配置をお願いしたいです。
 もう一つは、セキュリティ面です。自治体の厳しいセキュリティポリシーを教育にそのままもってきているため、なかなか活用がしにくいのが現状です。活用を進めるためには、教育独自のセキュリティポリシーが必要です。その他、様々な規制があるために、先生や生徒のやる気を削いでしまう場合もあります。ただし、最初にも述べましたが、まずは、今の環境でやれることをやってみるべきです。例えば、端末が1人1台なくても、グループに1台あればそれをフル稼働するとか、スマホでもやってみるとか、これからの社会を生き抜く生徒のために、やれることをどんどんやって、恵まれない環境でも最大限に使っていって欲しいと思っています。
 最後は、先生たちが学校を超えた情報を得ることのできるコミュニティをつくったり、参加したりすることです。自分の学校だけしか見ていないと「みんな使ってないから使わない」となってしまう場合があります。学校や自治体を超えたコミュニティで新しい情報を自ら取得していくことが大事だと考えています。