有識者インタビュー

GIGAスクール構想 × 家庭学習
(信州大学 准教授 佐藤和紀 氏)

 1人1台端末の更なる活用を進めていくには、端末を家庭にも持ち帰って、家庭学習でも活用していくことが重要です。そこで、端末の持ち帰りについて、信州大学の佐藤和紀准教授にお話を伺いました。
令和4年11月14日掲載/令和6年2月27日更新) 
 
―端末の持ち帰りが必要な理由とは?
―端末を持ち帰って家庭学習でできる課題とは?
―端末を家庭学習に活用する良さとは?
―端末を家庭で活用することによって起こった児童・生徒の変容とは?
―端末を持ち帰って家庭学習で活用をする上で配慮すべきことは?
―端末活用のアイデアを生むために必要なことは?(更新)

 

『今までの家庭学習では、授業などの学校生活だけでは身に付かない力を育成してきたのだから、情報活用能力という観点でも家庭学習に取り組んでみる』

―端末の持ち帰りがなぜ必要なのでしょうか。

 今までの家庭学習では、漢字ドリルや計算ドリルをやらせたり、日記を書かせたり、音読をやらせたりしていました。基盤となる資質・能力の「言語能力」の部分が強い気がします。そのように考えていくと、授業だけでは学習の基盤となる力を身に付けるのはなかなか難しいと思います。例えば、情報活用能力とかICTのスキルをどこで身に付けさせたらいいのか。「授業でやる時間はない」とよく言われますが「そりゃそうでしょうね」と思っています。だから隙間の時間や家庭学習で身に付けていくことが重要です。授業などの学校生活だけでは身に付かない力を、今まで家庭学習で育成してきたのだから、それを「情報活用能力」という観点でもやってみたらいいのではないかと考えています。

 

 

『家庭学習で繰り返しやっていくことでスキルが身に付く。簡単な反転学習も家庭学習でできることの一つ』


―先生や保護者から「端末を持ち帰らせても何をさせたらよいのかわからない」という声があります。そういった悩みに対して、どのように対応したらよいのでしょうか。

 「情報活用能力」を伸ばすには、「まずはタイピング」みたいな話があります。タイピングをやるために端末を起動したり端末に触ったりしていると、徐々にスキルが身に付きます。そのように繰り返すことは、漢字練習をすることと似ている気がしています。タイピングなどの基本スキルが身に付いてきたら、自習ノートなど今まで家庭学習でやってきたことを、端末でやってみてもいいわけです。そのような取組を繰り返していくと、「もっと早くやりたい」とか「もっと効率よくやりたい」とか、更なるスキルが身に付いていきます
 もう一つは、普段の授業の振り返りはもちろんですが、簡単な反転学習にも取り組んでみることです。授業に依存しすぎる家庭学習だと、子供や家庭に負荷がかかってきます。反転学習は基礎・基本を徹底させる時は結構不向きなので、毎回ではなく、「ちょい反転学習」程度で進めればよいと思っています。例えば、「この動画だけ見ておいて」程度にして、多くを求めすぎないことが大切です。あとは、授業でわからなかったことを振り返りで見ることや、授業前に確認しておいてほしい既習の計算問題をやって学習に繋げていくことができると思います。
 

『やれることはたくさんある。いつも端末を使っている学校ほど、持ち帰ってやりたいことがたくさん出てくる』

―端末を持ち帰るにあたって家庭学習でできる課題とはどんなことでしょうか。

 実践事例はいろいろとあります。最初にやるのは「写真に記録をする」「自分のことを映す」「家庭学習の記録をする」「スケジュールを入力して振り返る」などがあるかもしれません。ライフログのようなものだと「検温入力」や「明日の持ち物チェック」でもいいと思います。生活習慣を身に付けていくような取組がデータになっていくと、データの利活用にもつながってきます。

 

 しかし、取り組むにあたって先生たちが操作を体験してないと、なかなか発想が浮かんでこない気がします。子供や先生が、授業中はもちろん、生活や校務の中で日頃から端末を使っていくと、持ち帰って使ってみたいことが思い浮かんでくるのではないかと思います。どこに行くときでも必ず端末を持ち歩き、便利に使えるようになると、自然と家庭学習でも使っていくようになります。いつも使っていないものを、家庭学習で使うとなるとなかなかできません。だから、端末を使って家庭学習ができている学校は、いつも端末を使っている学校だと思います。反対に、いつも使っていない学校で端末を使った家庭学習を行おうとすると「何をやったらいいんだ」という話になる気がしています。
 
 

『端末を持ち帰ってドリル学習をただやらせるだけでは効果が少ない。重要なのは自己調整ができる力を育むこと』


―持ち帰り学習を積極的に進めた上で、「授業でも端末を活用する」という流れでの実践は可能でしょうか。

 端末の持ち帰りから活用が進んだところはデジタルドリルを中心に実践していたところが多い印象です。それを授業につなげられるのであればよいと思います。さらに言えば、端末を持ち帰り、子どもたち自身に「端末でどんなことができるか」「どんなことがしたいか」を考えさせるような工夫があるとより活用が進むのではないかと思います。これは、学級経営や授業観に関わることだと思うのですが、子供に任せる部分や考えさせる部分があるクラスは、どんどん新しい発想が生まれてくると思います。「これはやっちゃダメ」「これだけやっていい」と全て先生が指示しているクラスでは、残念ながら様々な発想は生まれてこない気がします。
 
―端末を持ち帰って、ドリル学習を行う際、大切なポイントはどのようなことでしょうか。

 端末を持ち帰っても、デジタルドリルだけの活用になると「ドリルをやっておいて」で終わってしまいます。また、「ドリルをやっておいて」と言われても、子供たちはなかなかできないものです。「とりあえず全部やった」という形式的なものになってしまいます。「自分がどのくらいやればできる」や「自分はこれが苦手なんだ。だからここをもう少しがんばらなきゃいけない」などの「自己調整」を目的としてデジタルドリルを活用しているならばいいと思いますが、ただ「やっておいて」となるとあまり効果はないと思います。それはデジタルだけでなく紙のドリルでも同じようなことが言えるのではないでしょうか。「何回はやりなさい」や「できないところをやりなさい」などの指導が必要なのだと思います。
 
 

『端末を持ち帰ることで家庭学習でも横のつながりが生まれる。ルールは端末を使いながら合意形成していく。』

―端末を持ち帰って家庭学習に活用する良さを教えてください。

 良い事例を一言で言うと、「便利に使っている」ということです。今までの家庭学習では、個での学習で留まっていました。しかし、クラウドを活用することによって、進捗を確認できたり、相談できたりと、横の繋がりができます。子供たちは、家庭でもクラスのみんなとつながることができるので、モチベーションを高くしながら家庭学習に取り組めるのではないでしょうか。子供たちも今までの家庭学習との違いやよさを実感できるはずです。

 

 
―持ち帰りによって情報モラルに関するトラブルを心配する声もありますが、先生はどのようにお考えですか。

 現在、クラウドを活用して家庭学習に取り組んでいる先進的な学校では、情報モラルに関するトラブルがなかったわけではありません。初期段階で様々な問題があり、その都度対応して乗り越えてきました。例えば、チャットやコメント機能を使う場合、「○○時までだったらいい」というルールを設定しても実際に使ってみないと、その時間設定が適正なのかわかりません。使っていく中で「これがいい」「あれがいい」「親はこう言ってるよ」など様々な議論を重ねながら合意形成されていきます。最初の大きな方針がありつつ、やりながら決めたり、調整したりしていけばいいと思います。だけど、できない理由をつけて使おうとしないのは問題があると思っています。
 
―横のつながりについてもう少し詳しく教えてください。

 データがクラウド上にあるので、友達が作業している内容が見えたり、チャットやコメントなどでリアルタイムに相談ができたりするということです。また、児童生徒のチャットなどのやりとりは、担当の先生も見ていて「それはここに書いてあるよね」とか「そろそろ遅いからやめなよ」などのアドバイスをすることも可能です。例えば、19時ぐらいにチャットを使って「宿題がまだ終わってないんだけど、誰かヒントをちょうだい」というのはいいけれど、22時過ぎに同じことやったら「もう遅いからだめだよね」となると思います。先生や学校、教育委員会が、「端末を使って夜遅くにチャットをするという問題が起こるからそんなものは禁止しよう」というところも、まずやってみてからルールを作っていけばいいと思います。端末の活用の進み具合や効果が全然違ってきます。
 端末の使い方を厳しく制限するというのもそうですが、結局子供たちはICT端末を早かれ遅かれ使います。それならば端末を使わないまま大人になってしまった方がいつか大きな問題にぶつかります。学校の目の届く範囲で教えられる時に教えてあげることや大人が見守っているところで教えてあげることの方が価値は高いのではないかと思います。
 

『端末は特別な機器ではなく、学習や生活に便利に使えると思えるまで日常に溶け込んでいる』

―端末の持ち帰りを実施したことによって起こった児童・生徒の変容を教えてください。

 便利に使っている学校では、「端末はなくてはならないもの」「端末がないとしんどい」と言っている生徒がいました。それは端末を便利に使っているからこその発言だと思っています。端末は特別な機器ではなく、学習や生活に便利に使えると思えるまで、日常に溶け込んでいるということです。「ICTを使うと子供が喜ぶ」「ICTでやるから楽しい」とかを通り越して、端末が「自分の生活の一部である」とか「学習を遂行するために必要なもの」「ないと困るもの」になったというのが、児童生徒に起こった変化なのではないかと思います。
 
 

『見えていないことは不安になる。必要なことは保護者と丁寧な対話をして進める』

―端末の持ち帰りをする上で配慮すべきことはどのようなことでしょうか。

 みんなが見えていること、透明性が大事だと思います。学校ではいろいろな場面で「ここまでやったら叱られる」ということを覚えさせています。端末を使った時にも感覚として覚えさせていくことが、大事なのだと思います。子供は端末を使っていれば、どんどん使えるようになるので、先生を超えていく子供もいます。そうなってくると、知識や技能がどうこうという話ではなくて、態度をしっかり身に付けさせることが大切です。だから、子供たちが端末を使う時に、教育委員会や学校、保護者がどういう態度で臨むべきかという話だと思っています。細かいルールを作っても、最初はわからないので様々なトラブルが起こると思うのですが、「こういうスタンスで見守っていきましょう」ということを保護者懇談会等できちんと方針を示しながら議論していけば、いずれは整っていきます。保護者も先生も経験がない中では、「コンピューターはゲームをやるもの」という認識しかありません。最初は理解を得られないと思いますので、たくさん対話する時間をとりながら「そうじゃないんだ」「仕事をするように学習をしてくためのツールとして使ってくんだ」ということを説明していくことが大切です。しかし、世の中を見ているとそのような対話は少ない気がします。「端末を持ち帰ります。よろしくお願いします」という通知が出るだけではよくわかりません。体験をする時間やトラブル対応を一緒にみんなで考える時間などが少ないです。「みんながわからないから話そう」とか「みんなで体験してみよう」などをテーマに対話をした場合でも、そこから見えてくることは、学校でも学級でもそれぞれちょっとずつ違う気がします。そういう対話の時間がたくさんあればいいと思っています。

―保護者との対話というのは新しい視点でした。

 保護者が体験していることに関しては、言えば大体わかりますから「お願い」でいいと思います。わからないことについては、話を聞いてみたり、質問ぶつけてみたりするなど話し合わないと分かってもらえないし、進めにくいという気がします。もちろん反対意見があってもいいと思いますし、反対意見があるけれど、「やらなければならないからこういう方向でやっていく」と伝えることも必要です。全国の多くの自治体で、子供が端末を持ち帰っていますが、説明は紙で配られている場合が多く、保護者の中には、自分で体験したことがないから不安な人も多いだろうなと思っています。やはり対話が大事なのかなと思います。  


  『端末を持ち帰って使うには、まず学校の中で学習、生活に豊かに使えるという認識をもたせる』

―これから持ち帰りを始めようとする学校は、どのような点に気を付ければよいのでしょうか。

 「主体的・対話的で深い学び」や「子供が目標を決める」という観点から言えば、端末を持ち帰って何をやりたいかというのが大きい気がします。「持ち帰ると家でどのように勉強に使えそうなのか」「生活に役立てそうなのか」ということが一つの議論になったらいいと思っています。教育委員会などが決めたルールに留意しつつも、子供の「端末を使ってこんな学びをしたい」という意欲は大事にしたいです。そのためには、やっぱり普段の授業で端末を「学習に生かしたい」「学校生活に生かしたい」と思えるようにすることが大切です。それをなしにして、端末を持ち帰っても「どうせこれしかできないんでしょ」「どうせやったってつまんない」となってしまいます。まずは、学校の中で学習や生活に端末を活用し、「豊かに使えるんだ」ということを認識させることで、家庭学習でももっと便利に使えるようになると思います。いずれにしても、つまらない使い方をしたら、ワクワクはゼロですし、「え、持って帰るの」となってしまいます。安心・安全という面はもちろん大事なのでしっかりとやってくことが必要ですが、情報モラルという観点でいくと実生活での実体験が大切です。子供が置かれている状況を考えないで知識を与えても、子供は真剣に捉えません。端末を使ってみた結果、問題が発生することもあると思うので、子供と一緒に考えていくのだろうという気がします。
 

『教師の端末活用が新たなアイデアを生んでいく。そのためには、研修を変える』(令和6年2月27日追加部分)

―教師が、端末やクラウドの使用に慣れるためのアプローチとして、どのようなことが考えられますか。

 教師が当たり前に端末を使えるようになるためのアプローチとしては、研修の方法を変えていくことが良いと考えています。さらに言えば、子供たちが授業などで日常的に活用するアプリケーションや環境を用いて、教師の研修が実施できれば理想的です。まずは、研修で教師自身がクラウドでつながっている感覚を感じることは、端末を活用するアイデアを生み出す上で非常に重要だと言えるでしょう。それにより、「授業ではこのように使ってみよう」とか「この場面ではこのような使い方で効率化が図れるのでは」というような発想が生まれてくると思います。それに加えて、私が研修の講師として呼ばれた学校では、以下に示した3つのことから授業での端末やクラウドの活用を始めてもらうこともあります。
 
①常に他者参照ができる状況を作りましょう
②探究的な学習のプロセスを教えましょう
③授業の流れを学習支援ソフトに示しましょう

 このような枠組みを設けて取り組むことで、うまくいったことやうまくいかなかったことを振り返りやすくなるでしょう。日常的にクラウドを活かしながら様々な研修に取り組んでいる学校では、チャットのようなツールを活用して、チャレンジした自分自身の実践を気軽に共有する流れも生まれてきます。そして職員室では、それらの共有された事例をもとに「さっき共有されていた実践なんだけど――」と対面でのコミュニケーションも自然に発生してくるように思います。授業実践等に関するコミュニケーションの機会が増え、クラウドの活用によって日常が小さな学びの連続となり、教師にも主体的な学びの場が広がっていくということになりますね。
 

 
 このように教師自身が主体的に学び始めると、「子供たちにもこのような学びを――」と考えることは明らかでしょう。子供たちの学びが変化すると、『家庭での』端末活用はもはや特別なことではなく、主体的に学び、いつでも、どこでも、クラウドでつながり、協働的に学ぶために当然必要なものだと言うことができると思います。クラウドを活用した家庭学習の充実に向けては、教師と子供の日常的な学びの変革は欠かせないものとなりますね。
 

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