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岡山県立倉敷中央高等学校

先端技術と学科横断で看護教育の可能性を拓く、倉敷中央高等学校。生徒のモチベーションを保つ工夫とは

  • 取材・文:笹原風花
  • 写真:前田立
  • 編集:藤﨑竜介(CINRA)
  • 素材提供:岡山県立倉敷中央高等学校

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岡山県立倉敷中央高等学校の看護科は、5年一貫教育により、地域医療に貢献する看護師を育成してきました。近年はシミュレーション機能を搭載した実習用の人形「ハイブリッドシミュレータ」などを活用し、新しい看護教育を実現しようとしています。大事にしているのが、生徒の主体性を育むことと、「看護」の枠にとらわれない学科横断的な教育。看護科長の田中孝子先生、専攻科主任の市原優子先生、校内ICT担当の藤田昌子先生に、その思いを聞きました。

お話を伺った先生

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田中 孝子(たなか たかこ)

看護科長。看護科の責任者として、科の運営や学校、他学科との連携・調整などに携わる。

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市原 優子(いちはら ゆうこ)

専攻科主任。5年一貫教育における専攻科課程2年間の教育の企画・調整などに携わる。

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藤田 昌子(ふじた まさこ)

校内ICT担当。ハイブリッドシミュレータなど、デジタルツールの利活用を主導する。

生徒が着実に学びを深める5年一貫教育。学科や科目を越えた学びにも注力

――はじめに、倉敷中央高校の看護科について教えてください。

田中孝子先生(以下、田中):3年間の看護科の課程に専攻科での2年を加えた、5年一貫教育を行なっています。専門学校、大学、短期大学などで看護を学ぶ場合は、高校卒業から看護師の国家試験受験資格を得るまで最低3年はかかります。本校ではそれより前に受験資格を得られるため、早く看護師として働きたい人には、適した選択肢といえるでしょう。

また、高校1年次から看護の専門科目が始まり、5年間を通して段階的に学びを深めていくのが特徴です。卒業後は看護師として働くほか、保健師、助産師、養護教員などを目指すために大学や専門学校に進学・編入学する生徒もいます。

――看護科の3年間ではどのようなことを学ぶのでしょうか。

田中:国語、数学など一般的な教科と並行して、看護の基礎を学んでいきます。1・2年次には「基礎看護」「人体の構造と機能」「疾病の成り立ちと回復過程」といった科目を通して知識や技術を身につけつつ、病院での臨地実習も行なっています。また、看護を多面的に考えられるよう、さまざまな職種の社会人講師による講義や講演も実施しています。

3年次には「成人看護」、「老年看護」、「在宅看護」、「健康支援と社会保障制度」といったより専門性の高い領域について学び、また臨地実習の時間も増えていきます。加えて、障害を持つ方の話を聞いたり、ハンセン病の療養施設を訪れたりする行事・特別活動などを通して、人間性や倫理観を高めていきます。

市原優子先生(以下、市原):本校には看護科のほか、普通科、家政科、福祉科があり、最近は学科を越えた学びにも挑戦しています。例えば、家政科の生徒と一緒に食事療法のメニューを考えて実際に調理したり、「健康」という視点から、学ぶ内容に一部重なりがある普通科・健康スポーツコースと合同授業を行なったり。学びに多様な視点が入ることは、生徒にとっても意義のあることだと感じています。

また、看護学校への進学を希望する普通科の生徒に対して、専攻科生が看護ガイダンスを行なうなど、進学に向けたサポートもしています。

多様な学科があることで、学科横断の取組ができるのも、この学校の特色です。

看護科と家政科の学びのコラボレーションで、肝臓病患者の治療食を調理(提供:倉敷中央高等学校)

看護科と家政科の学びのコラボレーションで、肝臓病患者の治療食を調理(提供:倉敷中央高等学校)

――専攻科の2年間についてはいかがでしょうか。

市原:専攻科では、「看護研究」などを通じて学びを深めていきます。1年目は、臨地実習で受け持った患者さんの事例などを振り返りつつ、自分でテーマを設定して事例研究に着手します。

そして2年目には自分の事例研究について発表を行ない、最終的にはケースレポートにまとめます。

また、専攻科で最近力を入れているのが、科目を横断した統合的な学びです。学校では領域ごとに学ぶのが一般的ですが、実際の医療の現場では、統合的な見方や対応が求められるシーンが多いためです。例えば、妊婦への看護と小児への看護では科目も担当教員も異なるのですが、演習は合同で行ない、それぞれで学んだ知識や技術を統合しながら取り組めるよう工夫しています。

岡山県立倉敷中央高等学校
専攻科生による普通科への進路ガイダンス(提供:倉敷中央高校)

専攻科生による普通科への進路ガイダンス(提供:倉敷中央高校)

ハイブリッドシミュレータの導入で、生徒に主体性が芽生える

――2021年度に導入したハイブリッドシミュレータとは、どのようなものなのでしょうか。

藤田昌子先生(以下、藤田):看護実習用のモデル人形に生体シミュレーションの機能を加えた装置です。タブレット端末を使い、年齢や性別、基礎疾患、呼吸の状態、血圧、心拍、顔色など患者の状態を設定して、看護におけるさまざまな状況を擬似的につくり出すことができます。

岡山県立倉敷中央高等学校
ハイブリッドシミュレータを用いての演習(提供:倉敷中央高等学校)

ハイブリッドシミュレータを用いての演習(提供:倉敷中央高等学校)

誤嚥(ごえん)性肺炎、脱水症状、胸痛などあらかじめ用意されたシナリオが使えるほか、起こる事象を細かく設定することも可能で、突然心拍が乱れて患者の容態が急変する……などといった緊急事態も再現できます。

生徒の習熟度次第では、模擬電子カルテを連動させて、患者の状態を把握しつつ、ベッドサイドに向かうなど、実際の看護プロセスを体験的に学ぶことができます。

また、例えば妊婦の腹部の正しい位置にエコーを置かないと、胎児の心音を聞くことができないなど、生体反応がかなりリアルに再現されるのも特徴です。全国的にもまだ導入台数が少ないと聞いているので、本校の付加価値になっていると思います。

――ハイブリッドシミュレータを導入したことで、生徒の学びにどのような変化がありましたか。

藤田:以前の実習では、起こり得る状況や場面について、一つ一つ対処法を教えるのが通例でした。いわば静的な実習でした。ハイブリッドシミュレータで刻一刻と変化する患者の様子をリアルに再現できるようになったことで、実習の内容も、その変化に応じて考えたり判断したりする動的なものへと変わりました。

それに伴い、生徒が患者の容態に関する情報を自分からとりにいく姿も見られ、グループワークの様子などを見ていても、「やりたい」と率先して行動する積極性や主体性が育まれているように感じます。何より、生徒たちが楽しそうです。

このようなテクノロジーを活用することで、主体的な学びが実現できていると思います。実際の医療現場では、患者の状態を一時停止することはできません。より実践に即した教育ができるようになったとも感じています。

藤田昌子先生

藤田昌子先生

――生徒全員が同時にハイブリッドシミュレータを使って実習できるわけではないと思いますが、どのような工夫をしていますか。

藤田:ハイブリッドシミュレータは校内に3体しかなく、さまざまな授業で活用しているので、普段は一度に1体しか使えません。多くの生徒が実習の体験を共有できるよう、シミュレータと併せて導入したカメラを天井に配置し、実習の様子をモニターに映し出して見せています。

これによって、学びの機会をすべての生徒が得られるように工夫しています。

実習対象者の手元まで映し出せますし、画像も鮮明。録画やオンラインでの配信も可能なので、欠席した生徒も視聴でき、便利なツールだと実感しています。

3D画像教材で生徒が自分で「問い」を生む学びへ

――シミュレータ以外で、活用しているデジタルツールなどはありますか。

藤田:私が担当する解剖生理学の授業では、イメージしづらい身体の内部の様子を教えるために、3D画像教材を活用しています。例えば、腎臓の形や動きなどがリアルにわかるので、普通の教科書などで腎臓の位置や働きをインプットするよりも格段に理解度が上がります。何より、生徒の授業に向かう姿勢が全然違うんですよね。

「これはこういうものです」と一方的に教えるのではなく、「これってなんだろう?」「どうしてだと思う?」と生徒と対話をしながら授業をしたい、教えるよりも生徒の気づきを促したい、そんな思いで、授業の内容や教材を工夫しています。

――ハイブリッドシミュレータをはじめとした新しい機器や教材を導入するにあたり、戸惑いはありませんでしたか。

市原:操作がやや複雑だったので、最初は正直、躊躇(ちゅうちょ)しましたね。でも、デジタルツールに慣れた藤田先生が率先して研究・実践を重ねて主導してくれたので助かりました。メーカーの方にも直接学校に来てもらい、みんなで使い方を学んでいきました。ハイブリッドシミュレータの導入により、授業に“仕掛け”を設けやすくなり、教員側としても生徒の学習上のつまずきを考えながら、工夫するのが楽しいです。

岡山県立倉敷中央高等学校

藤田:「こんなシーンで使ってみたい」という具体的なイメージがあり、意欲的な教員が多いので、基本的な使い方をマスターしてからは、どんどん活用が進みました。普段から、「こんなふうにも使えるかな?」「こんなことしてみたよ」という教員間の意見交換も活発で、生徒だけでなく教員のモチベーションアップにもつながっていると感じます。

5年間モチベーションを維持させるため、絶えず成長の実感を得てもらう

――地域の医療機関との連携も進んでいると聞きました。具体的にどのようなシーンで協働しているのでしょうか。

田中:本校の看護科は、もともと地域医療に貢献する看護師の育成を目指して設置されたこともあり、倉敷市内の病院には積極的に協力していただいています。「学校と一緒に未来の看護師を育てる」という姿勢は、大変ありがたいですね。コロナ禍においても、本校では現場の医療従事者の皆さんの理解と協力を得て、校内実習に振り替えることなく臨地実習を行なうことができました。

市原:地域の医療機関で看護師として活躍する卒業生が多く、縦のつながりが強いのも特徴です。ほとんどの臨地実習先に卒業生がいるので、生徒にとっては大変心強いと思います。

――看護師になるという目標をもって入学した生徒たちが多いと思いますが、5年間モチベーションを保つのが難しいケースもあるのではないかと思います。そのあたりはどのようにサポートしていますか。

田中:中学3年生の段階で一旦将来の方向性を決めて入学してくるわけですが、どうしても途中で進路に迷いが生じる生徒も出てきます。看護以外にやりたいことが見つかったのか、将来に対して漠然とした不安があるのか、まずは生徒や保護者とよく話し合い、生徒の思いを受け止め理解することに努めています。

普段から意識しているのは、生徒の存在を承認し、生徒自身が自己肯定感を高めること。目立たないところで頑張っている生徒にも声をかけて、「ちゃんと見ているよ」というメッセージを伝えるようにしています。

また、高校3年生にはゴールシート(目標管理シート)を書いてもらっています。自分が目指す将来やそのためにやるべきことが明確化されますし、自己肯定感の面でもプラスに働いていると思います。

市原:5年間学ぶなかで、どうしても中だるみしてしまう時期があります。短いスパンで小さな成長実感を得てもらえるように、「これができるようになった」「前よりもここが成長した」と具体的な言葉にして生徒に伝えるようにしています。

特に臨地実習では、できることが少しずつ増えていくので、褒めるタイミングとしてもチャンス。小さな変化を見つけて、褒めるようにしています。

――今後に向けて、どのような取組に挑戦したいと考えていますか。

藤田:海外の医療現場で活躍している卒業生がいるので、オンラインでつなぎ、在校生に向けて話をしてもらう機会をつくりたいと思っています。生徒の視野が広がるきっかけになるのではないかと思います。

田中:校内連携を、より強化したいと考えています。学科や学年を越えて生徒同士が交流することで、お互いにとって刺激になり、自分の成長を実感する機会にもなります。看護師を目指すモチベーションの維持という点でも、効果があるのではないかと期待しています。

また2024年度から、生徒が高校3年生の時点で「在宅看護」を学ぶことになります。これに伴って、例えば在宅看護を行なっている家庭など、病院以外との地域連携も検討していきたいと思います。

市原:校内連携の一環になりますが、学科内でも科目横断を進め、より統合的な学びを実現したいと考えています。
※本記事の情報は取材時点(2024年2月)のものです。

岡山県立倉敷中央高等学校

1948年4月に創立し、「社会の変化に対応し、地域に貢献する生徒を育てる学校」をミッションに掲げる県立高等学校。「考え抜く力」「協働する力」「挑戦する力」の3つの力を育むことを目指している。学科は、「普通科(類型、子どもコース、健康スポーツコース)」「家政科」「看護科」「福祉科」の4つを設けている。