お話を伺った先生
- 井林 秀樹(いばやし ひでき)
広島みらい創生高等学校の創立に携わり、2016年に広島県教育委員会から、広島市教育委員会へ派遣された。2018年の開校時は教頭、2022年から2023年は同校校長を務めた。
- 佐々木 礼子(ささき れいこ)
2016年に、広島市教育委員会から同校のモデルのひとつとなった北海道の市立札幌大通高等学校に派遣され、夜間定時制の教諭として勤務。その後、広島みらい創生高等学校において、2018年に主幹教諭を、2019年から2023年まで教頭を務めた。
定時制・通信制の枠組を超えた「新しい学びのスタイル」
──「新しいタイプの高等学校」として開校した広島みらい創生高校ならではの特色について教えてください。
井林秀樹先生(以下、井林):これまでの枠組にとらわれない「新しい学びのスタイル」として、学ぶ時間帯、時間数、科目、目指す卒業年数などを自分で決められること、「フレキシブル課程」の中に定時制課程の「平日登校コース」と通信制課程の「通信教育コース」を設置し、他のコースの授業を受けることができることなどがあります。
他にも、学び直しのできるステップアップ科目の設置や、進級時にクラス替えをせずに(一人の)担当教員が同一のクラスを受け持つチューター制度、広島大学と連携したソーシャルスキルトレーニングなど、様々な取組を行っています。
──通常、定時制では入学の段階で学習時間帯を「昼間」か「夜間」かを選択する二部制をとっている高校がほとんどですが、その学習時間帯も、入学後に自由に選択できるということですか。
井林:はい。本校では、午前4時限、午後3時限、夜間4時限の計11時限があります。午前と夜間は必履修科目が多く、午後の時間帯に選択科目があります。学習する時間帯は入学後に選ぶことができ、「1年目は昼間だったが、2年目は夜間にしたい」という場合などは、学習時間帯を変更することもできます。
また、時間割については、週に2時間という生徒もいれば、全日制のように毎日6時間という生徒もいます。一人ひとりの生徒の希望を聞きながら、それぞれ異なったオーダーメイドの時間割を組んでいきます。
──卒業に必要な74単位を2年間で取って、3年目は好きな活動に打ち込めるというのもユニークですね。
井林:例えば、スポーツ分野に打ちこんでいる生徒の場合、2年間で卒業に最低限必要な単位を取ってしまえば、残り1年間は練習に打ち込めるのも、ひとつの魅力だと考えています。
ただ、1年間で37単位を取るためには、2年間、1日8時間の授業を受けなければいけないため、なかなか難しいのが現状です。一方で、前籍校で1単位も取れずに本校へ転学後、初年度に34単位、2年目に40単位(学校外の学修による単位認定3単位も含む)をとって、前籍校の同級生と同じ年度に卒業できたという生徒もいました。
また、これまでの「1年間30単位」という枠組を外したことで、例えば、あと34単位で卒業できるという生徒は、本来なら2年間かかっていたものが、頑張れば1年で卒業できるというのは大きなメリットです。これまで、1年間で30単位以上を修得し、希望していた年数で卒業できた生徒が複数名いました。修得はそれなりに大変ですので、前もって、本人と保護者に了解のもと、行っています。
人と関わる上で欠かせないスキルを授業の中で学ぶ
──次にソーシャルスキルトレーニングの「ミライズプログラム」について教えてください。
井林:本校の生徒は、平日登校コースで約半数、通信教育コースでは4分の3が、中学校までに不登校を経験しています。人とのコミュニケーションが得意ではない生徒が多いこともあり、「産業社会と人間」という授業の中で、広島大学と連携しながら、挨拶の仕方や自分の感情のコントロールといったソーシャルスキルトレーニングを行っています。
ミライズプログラム(MIRaES Program)は、「Mastery of Interpersonal Relationship and Emotional Skills」の頭文字をとったもので、「人とやり取りをする」「考え方」「気持ちをコントロールする」「問題の解決方法を考える」という4つのスキルを学ぶことをテーマとしています。
例えば、人との付き合いで感じの良い言葉はどのような言葉か、ひとつの事象に対してどう解釈したらネガティブに見えないかなどについて、チューターと大学院生による寸劇を見ながら、「この場合はどうしたらいいか」ということを、ペアワークやグループワークで考えていきます。
──先生が寸劇をされるのですね。
佐々木礼子先生(以下、佐々木):はい。寸劇をやることに最初は抵抗のある教員もいますが、「先生が一生懸命、自分の前でやってくれた」ということには、生徒が心を開く効果があるようです。
──このソーシャルスキルトレーニングによって、生徒にどのような効果が生まれていますか?
佐々木:個人差はありますが、人と話すのが苦手な生徒でも、1年間で何らかの変化が見られます。実際に、「授業を受けたことで、感情のコントロールができるようになった」、「うまく人前でも話せるようになった」など、自信を持てるようになった生徒も多く出てきています。
もともと、広島大学教育研究科心理学講座の尾形明子准教授が、本校の前身にあたる高校などで実施されていたものをベースにしています。これまでは年に数回だった取組を、本校では、広島大学の心理学講座の大学院生と教員とのチームティーチングにより、年間を通して計画的に行うことで、さらに効果が出ているのではと思っています。
学び直しによって学びの面白さに気付き、自信も生まれる
──他にも、「学び直し」ができるステップアップ科目がありますが、これらを受講する生徒は、全体のどのぐらいなのでしょうか。
佐々木:学び直しの科目は、英語、数学、国語の3科目があります。小中学校の段階でほとんど学校に行かず、十分に授業を受けることができなかった生徒もいますので、英語ならアルファベットを書くところから、数学なら足し算など、易しいところからスタートします。平日登校コースは約半数、通信教育コースは4分の3くらいの生徒が履修していました。「自分でもできる」と感じてもらうことが、目標のひとつです。
──学び直しによる生徒の変化はありましたか?
井林: 一例ですが、通信教育コースに入学したある生徒は、小学5年生から不登校になり、中学校は一日も登校することができませんでした。しかし、本校で学び直し科目を学習する中で、「勉強する楽しさがわかった」と感じるようになり、意欲をもって大学進学を考えるようになりました。2年目からは、平日登校コースの授業を併修し、3年目には月曜日から金曜日までは平日登校コースで勉強して、日曜日のスクーリング(面接指導)にも通いました。
中学校では1日も学校に行ったことがない生徒が、通常の高校生よりも多い週6日間登校し、学習をするという生活を送る中で自信をつけていき、最終的には目標としていた大学に進学することができました。入学した大学では、サークル活動も楽しんでいると聞いています。このように、学び直し科目から学び直したことで理解ができ、自分に自信が持てるようになり、将来の夢がふくらんだという生徒も出てきました。
自信がつくというのが、本校の生徒にとって、最も大事なところだと考えています。おそらく、他の学校ではなかなか先生から声をかけてもらえなかった生徒や、友達がいなくて一人ぼっちで過ごしていた生徒でも、先生から声をかけてもらうことで自己肯定感を高めたり、学校で一人で過ごしていても、本校では自分の生き方として受け入れられることで自信を持って生活したりすることができます。学び直しだけでなく、そうした学校での過ごし方も、自信につながっていると感じています。
──今お話にあった「定通併修」の制度について詳しく教えてください。
井林:本校の総科目数は、平日登校コースでは基礎から発展まで93科目、通信教育コースでは基礎科目を中心に52科目を設置しています(産社、総探、通級を除く)。
特徴として、平日登校コースでは、定時制として珍しい「芸術Ⅲ」や「英語コミュニケーションⅢ」のほか、「介護職員初任者研修」にかかる科目も設置しています。通信教育コースでは、先ほどご紹介した「ひろしま未来学」や「ハングル」「中国語」など、平日登校コースにはない科目も設置しています。希望する科目が自分のコースにない、あるいは時間割が組めないといった場合、生徒は定通併修制度を利用して異なる課程の科目を履修し学習を進めることができます。
──現状の課題として感じていることは何でしょうか。
井林:本校では生徒が希望する年数で卒業できるよう、単位修得率を常に意識して指導していますが、全体的に1年次の科目の単位修得率が非常に低い傾向にあり、ここを突破できると、2年次からは学習がスムーズに進み、単位修得率もとても上がっていきます。しかし、1年目につまずいてしまうと、なかなか負のスパイラルから抜けられず、学校に来ることが辛くなってしまい、中には単位が取れずに希望する卒業年数を超えて在籍している生徒もいます。いかにして、1年次に将来への展望を持たせ、登校できるようにサポートしていくかが大きな課題です。
──実際に、どのような取組や工夫をしているのでしょうか。
井林:特に1年次は、生徒への声がけや家庭との電話連絡をこまめに行うほか、中学校と連携した「中高連携シート」なども参考にしながら、生徒の様子をしっかりと見て、教員間で情報共有をするようにしています。この中高連携シートは、他県の事例などを参考にしつつ、本校教員が「中学校も書きやすく、高校で役に立つ内容」を目指して作成したところ、教育委員会から他校でも使わせたいとご提案があり、現在は、その改良版が広島市立の全ての中学校と高校で使われています。
全教員が集う職員室は開放的なガラス張り
──教員の方々の取組についても教えてください。朝8:50から夜21:10までの授業で勤務時間が異なっていたり、コースも二つあったりする中で、どのように教員間のコミュニケーションをとっているのでしょうか。
佐々木:先生同士のコミュニケーションはとても重要です。自分の時間帯のことはわかるけれど、他の時間帯のことは見えないから知らないではなく、「そういうことがあり得る」ことを想定し、お互いに思いやりを持つという意識がないと、精神的な溝になりかねません。教員間の溝が生徒の指導へ悪影響を与えてはいけないので、気を付けていかなくてはと思っています。
井林:本校をつくる前に視察した学校の中には、定時制と通信制の教員で十分に意思疎通ができていないがゆえに、定通併修制度がうまく運用されていないという課題を抱えている学校もありました。本校でも、「他のコースだから関係ない」とならないように、ひとつの学校として先生方が協力して生徒の学びを支えていく。そういう学校づくりを目標としています。
本校では、なかなか全校の教職員が揃うという場面がありません。そういう中で、お互いに交流をしていくためには、一つの職員室に集まって日頃から交流を進めるような機会を作っていくことが大切だと考えました。職員室は、二つのコースの全教員が執務できる大きさで、廊下側はガラス張りになっていて、生徒は教員を探しやすく声がかけやすい仕様になっています。
──職員室は、生徒にとってなかなか入りづらい雰囲気があるので、とても開放的でよいですね。反面、先生方の反応はいかがでしたか?
井林:はい。外から丸見えなので、当初は教員からは非常に不評でした。そのため、1年目には廊下側の窓にロールスクリーンを付けたという経緯があります。しかし、2年目からは、教員側の抵抗感もなくなり、問題作成や採点などを行うテスト期間以外はロールスクリーンを下げることもなくなりました。
──管理職として、気を付けていることがあれば教えてください。
佐々木:学校として一体感を保てるよう、ことあるごとに、「一つの学校」「一つの課程」ということを発信しています。また、基本的なことになりますが、やはり挨拶と声がけです。職員室にいる時は、先生方の様子や表情を見るようにしています。
勤務時間がバラバラなため、月・水・金の7時間目は会議用の時間とし、毎週月曜日には校務や職員会議、水曜日は分掌会議、金曜日は年次の会議と決めています。さらに、年度当初は1週間ぐらいで様々な研修を行い、「本校ではこのようにやっていく」というイメージを持ってもらうようにしています。
──開校以降、この新しい学びのスタイルによって、教員の方々にどんな変化があったのでしょうか。
佐々木:「本校に来て、生徒に指導することを学んでいく中で、今までの教員生活を振り返り、自分も変わりたいと思う」と話される先生が多かったと、初代校長から聞いております。
本校では、多様な背景を持った生徒に対応し、ただ現象面だけを見て判断するのではなく、その生徒が持っているバックボーンまでを踏まえて指導していかないといけません。そのことに気づかれた先生方は、非常にたくさんおられたのではと考えています。
地域住民や保護者も利用できる食堂で大人との関わりをもつ
──地域との連携も行っているのでしょうか。
井林:夜間の一部の授業で聴講生を募集しているほか、地域の洋菓子店と連携して生徒が商品開発を行う「商業科プロジェクト」などを行っています。さらに校内の菜園で育てた野菜を地域の方や保護者に配布したり、商業科プロジェクトの新商品の材料として使ったりもしました。
他にも、本校の食堂を保護者や地域の方に開放し、利用していただいています。セキュリティの面からも全面開放というわけにはいかないのですが、食堂に訪れた方は、本校の生徒の様子がわかりますし、逆に生徒から見れば、地域の大人を校内で身近に見ることができ、相互にメリットがあると考えています。
──食堂を開放されているのはよいですね。最後に、今後の課題や展望についてお聞かせください。
井林:多様な生徒がこれからも増えていくなか、現状の枠組では学校になじめず、結果として登校がしづらくなってしまう生徒もいます。そんな生徒が学習を継続することができるように、それぞれの学校が生徒をどのように支えていくかを考え、入学し卒業したかった学校で卒業を諦めてしまう生徒が一人でも少なくなるよう、それぞれの学校で取組を進めていく必要があると思っています。
そのような取組の一つとして、例えば「学校間連携による単位認定」の制度は、全日制・定時制課程の学校の生徒は他校の通信制課程の通信教育を活用して学習を進め、その修得単位を自校で認定してもらうことで入学した学校で卒業できるチャンスが大きくなります。一方、通信制課程の生徒は、全日制課程の授業を受けられるといった大きなメリットがあります。生徒支援策のひとつとして、教育委員会等と連携しながら、広島県内の高校同士をネットワークで結びつけるような新たな仕組みをつくることも必要だと考えています。
佐々木: 本校の場合は、クラブ活動を頑張りたいという生徒にとっては物足りない部分もあるかもしれませんが、一方で、集団行動が苦手な生徒にとってはとても過ごしやすい環境だと思います。こうした、それぞれの学校の特徴を生かし、生徒全員が卒業し、将来に向かっていけるよう、本校では、生徒のそれぞれの特性を大事にしながら、生徒とともに頑張っていきたいと思っています。
※本記事の情報は取材時点(2024年3月)のものです。
広島市立広島みらい創生高等学校
広島県と広島市の教育委員会による「新しいタイプの高等学校整備の基本構想」のもと、県立・市立高校全6校の定時制課程と通信制課程を再編統合し、2018年に開校した。設置学科は総合学科の「キャリアデザイン科」で、卒業に必要な単位を積み上げていく単位制が特徴。定時制課程の「フレキシブル課程 平日登校コース」と、通信制課程の「フレキシブル課程 通信教育コース」があり、課程をまたいだ「定通併修制度」を設けている。