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福井県立若狭高等学校

「探究」を学校の中心に。福井県立若狭高等学校が探究学習のサイクルを回し、「生徒主体」の学校になれた理由

  • 取材・文:笹原風花
  • 編集:服部桃子(CINRA)
  • 素材提供:福井県立若狭高等学校

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2016年から地域資源活用型探究学習を推進し、スーパーサイエンスハイスクール(SSH)では最高レベルの評価(77校中6校)を得たことがある福井県立若狭高等学校。普通科、文理探究科(国際探究科・理数探究科)、海洋科学科からなり、「生徒が主語」をモットーに、それぞれの科が探究を軸に特色ある教育を展開してきました。さらに、海洋科学科は令和3年度より文部科学省 マイスター・ハイスクール事業の指定を受け、「若狭地域のWell-being」を実現できる人材の育成に努めています。それぞれの具体的な取組とそれによって起こった変化について、同校の橋本校長はじめ先生方にお話をうかがいました。

お話を伺った先生

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橋本 有司(はしもと ゆうし)

校長。1990年4月に福井県立学校教員に採用。2021年度に母校、若狭高等学校に教頭として赴任。2023年度より校長として「生徒を主語にする学び」の実現に向け、家庭や地域との協働による高校の魅力化づくりに取り組んでいる。

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兼松 かおり(かねまつ かおり)

1997年4月に福井県立学校教員に採用。2017年度に若狭高等学校に異動となり、国際探究科の探究のカリキュラム開発に携わる。2021年よりSSH・研究部長として若狭高等学校全体の探究学習の充実や授業力向上に取り組んでいる。

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毛利 誠(もうり まこと)

1985年4月に小浜水産高等学校 大型実習船「雲龍丸」乗組員に採用され、甲板員、冷凍長、航海士を務めた。1993年度に同校教員に採用、陸上勤務および遠洋航海での指導教官も務めた。2015年度からは若狭高等学校に着任した。

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小坂 康之(こさか やすひろ)

2001年4月に福井県立学校教員に採用され、小浜水産高等学校教員に勤務。2013年度より若狭高等学校にて「楽しいから学ぶんだ」をモットーに探究活動、進路支援を担当。Well-being実現に向けたカリキュラム開発、対話の学習、宇宙食開発などに関わる。現キャリアサポート室長。

キーワードは「多様性」

──若狭高校の教育目標に込められた思いをお聞かせください。

橋本有司先生(以下、橋本):本校では、「人類の平和の確立や共存の成立は、『異質のものへの理解と寛容』(=教養)があってこそできるものである」という教育理念を1949年の創立以来受け継ぎ、「『異質のものに対する理解と寛容の精神』を養い、教養豊かな社会人の育成を目指す」という教育目標を掲げてきました。

その一例が、全国的にも珍しい学年横断型の縦割りホームルーム制(学科や学年の枠を取り払ったホームルーム編成)です。また、普通科、文理探究科、海洋科学科という多彩な学科や地域のさまざまな人々との協働など、自分とは異なるものの見方や価値観に触れ、多様性を受容する姿勢を大事にしてきました。「多様性」は、まさに本校を表すキーワードになっています。

──教育目標をもとにした「努力目標」も毎年設定しているそうですね。

橋本:はい。2023年度は、「地域資源活用型探究学習による地域と世界を結ぶ科学技術人材の育成」「Student AgencyとCo-Agencyの育成」「Well-beingの実現」の3つを努力目標に掲げています。

「Student Agency・Co-Agency」というのは、OECD(経済協力開発機構)が掲げる学習者・学習支援者に求められる資質・能力のひとつで、主体的に考え、行動し、責任をもって社会改革を実現していく意思や姿勢をもつ生徒の育成、そして、それを支え協働するコミュニティの育成を意味します。

「Well-beingの実現」は2023年度に新たに設定したものです。生徒も教員も地域の人もすべて含めた「多様な個人」が、それぞれ幸せや生きがいを実感できる。それとともに、それらの個人を取り巻く地域、社会全体が幸せや豊かさを実感できる場づくりに貢献できるような人材、ひいては心の育成を目指しています。

また、「生徒が主語の学校づくり」をコンセプトに、「自走する生徒の育成」と「指導から支援へ」を目指したキャリア教育の改革に取り組んでいます。2022年度に制定したスクールポリシーも、生徒とともに策定しました。

スクールポリシーのなかに定められているグラデュエーションポリシー。「相互理解の姿勢を持ち、協働を図ることができる」「新しいことへの興味関心を持ち、自己実現に向かうことができる」「経験から確かな学びを得て、正しいと思う選択ができる」。これらの要素をもった生徒を育成するため、若狭高等学校が養う必要があると考えている資質・能力を示している(提供:福井県立若狭高等学校)

スクールポリシーのなかに定められているグラデュエーションポリシー。「相互理解の姿勢を持ち、協働を図ることができる」「新しいことへの興味関心を持ち、自己実現に向かうことができる」「経験から確かな学びを得て、正しいと思う選択ができる」。これらの要素をもった生徒を育成するため、若狭高等学校が養う必要があると考えている資質・能力を示している(提供:福井県立若狭高等学校)

地域住民をどう巻き込むか

──若狭高校は、地域資源を活用した探究的な学びで注目を集めています。どのようなきっかけで取組が始まったのでしょうか?

橋本:2011年度に本校がSSHに採択され、科学的・探究的な学びに力を入れようと動き出しました。

しかし、当時は「探究」という言葉も一般的ではなく、手法も確立されておらず手探りの状態でした。結局、教員が生徒に課題を与え、生徒は指示待ちという教師主導型の指導になり、探究学習が学力向上に結びつかない、進路との関係性が希薄……など、さまざまな課題がありました。また、若狭地域には福井県立大学しか大学がなく、多くの生徒が卒業後に地域外に出てしまうという実情がありました。

そこで、地域に焦点をあてることにしたのです。地域を知り、地域の色々な大人と協働して地域の課題を主体的に発見・解決する。探究学習をとおして地域の豊さや幸せに貢献する、という方向性です。

──そこから、どのように地域を巻き込んでいったのでしょうか?

橋本:2016年度に、若狭地域の4市町の方に学校に来てもらう「地域の方から学ぼう」という取組が始動しました。いま振り返ると、これが地域資源を活用した探究学習のサイクルがうまく回り出す直接的なきっかけでしたね。

内容としては、1年生を対象に年3回実施し、1回目は地域の方からリアルな課題を聞く、2回目は地域の方に生徒の探究内容を見てもらいアドバイスをいただく、3回目は探究の成果発表を見てもらい助言をいただくというものです。

ここで大事なのは、生徒が地域課題に興味・関心をもち、「自分ごと」としてとらえ、主体的に取り組める題材を見つけること。探究学習においては、「課題を設定する力」を育むことがとても重要だと考えています。そのためにわたしたちが大事にしているのが、対話です。生徒が教員と問いを重ねるなかで課題への関心や理解を深めていきます。

──並行して、SSHについてはどのような動きや成果がありましたか?

橋本:2023年度は、「地域資源活用型探究学習による地域と世界を結ぶ科学技術人材の育成」を目指した第2期(2017年度~2023年度)の最終年度でした。

第1期(2011年度~2016年度)に築いた科学的・探究的な学びや指導の手法、カリキュラム、地域・大学とのつながりなどをもとに、国内外の高校生が参加する「高校生環境フォーラム」の開催、アメリカ、台湾、フィリピンなど海外の教育機関との国際交流、福井県立大学海洋生物資源学部、滋賀大学データサイエンス学部などとの連携・協働などを進めてまいりました。今年度以降は、第3期として更にこれまでの取組を深める展開を計画中です。

科学的なフレームワークをもとにサイクルを回す

──現在は、どのような探究学習が行なわれているのでしょうか?

兼松かおり先生(以下、兼松):いずれの学科でも、1年次は「探究の基礎」、2年次は「探究の実施」、3年次は「探究の進化」と位置づけています。

1年次前半は、地域の方々や大学の先生の協力を得ながら、実験や調査、分析、考察といった探究の基礎となる科学的手法を学びつつ、地域や地域の課題について理解を深めます。そして、1年次後半から2年次にかけて、自分の研究テーマを設定し、仮説を立て、調査・分析・検証・考察を行なう、という探究サイクルを回していきます。

さらに3年次には、研究成果を日本語と英語でまとめ、発表することを通して、自分の探究をわかりやすく表現したり相対化してとらえ直したりする機会をもちます。これは理数探究科・国際探究科・普通科では全員が、海洋科学科では一部の生徒が行なっています。

──普通科ではどのように探究学習に取り組んでいますか?

兼松:普通科には、学力、探究への意欲ともに多様な生徒が在籍しています。そのため、生徒一人ひとりの興味・関心ややりたいことに寄り添いつつ、調べ学習やイベント的なものに終始しないよう、科学的なフレームワークに落とし込むことを大事にしています。

普通科の科学の授業の様子

普通科の科学の授業の様子

兼松:生徒が探究しているテーマの一例として、「子ども食堂を盛り上げよう!」「ゲーミフィケーションを用いたボランティア活動」「(若狭高校がある)小浜市の人口減を食い止めるために、大人の婚活をサポートする」などがあります。3年次になると、本校主催の高校生環境フォーラムやフィリピンの高校主催のフォーラムなどで、自分が取り組んだ研究テーマについて英語で発表する生徒もいるのです。

探究テーマとして「子ども食堂を盛り上げよう!」を設定したチームが、小浜市内で実際に子ども食堂を開いたときの様子(提供:福井県立若狭高等学校)

探究テーマとして「子ども食堂を盛り上げよう!」を設定したチームが、小浜市内で実際に子ども食堂を開いたときの様子(提供:福井県立若狭高等学校)

一方、文理探究科では、高度な思考力・探究力やグローバル思考を養うことを目指しており、探究学習においてアカデミックな分野・手法を取り入れています。例えば、鳥浜地区における縄文人の登場について炭素量や花粉量で年代を測定する研究や、カカシの獣害抑制効果の検証など、大学で行う研究手法を用いて研究を行なっています。

さらに、小浜市役所で保護者や一般市民といった専門家ではない人に向けて発表をしたり、「高校生環境フォーラム」で異なる文化的背景をもつ生徒の前に立ち英語で発表したりする取組もあります。そうして、社会的な視点やグローバルな視点を養う経験を積み重ねていくのです。

若狭地域のWell-beingを実現するために

──若狭高校の特色のひとつである海洋科学科についても教えてください。

橋本:海洋科学科は、2013年(平成25年)度に小浜水産高校と若狭高校との統廃合により生まれた学科です。学校再編というピンチをチャンスに変えるべく、探究を軸に、海洋に関する専門教育を実践してきました。生徒が開発した鯖缶がJAXAの宇宙食に認証されるなど、活動がメディアに取り上げられることも多く、生徒の自己肯定感の醸成につながっていると感じます。

海洋科学科で行なわれている、小浜地区で取れた魚を活かし、おつまみやふりかけに利用できるフレークをつくる取組

海洋科学科で行なわれている、小浜地区で取れた魚を活かし、おつまみやふりかけに利用できるフレークをつくる取組

完成したフレーク

完成したフレーク

──海洋科学科では、どのような探究学習に取り組んでいるのでしょうか?

毛利誠先生(以下、毛利):2年次には、週1回、午前の授業時間を丸ごと使って、海洋キャンパス(旧・小浜水産高校)でそれぞれの探究に取り組みます。

テーマは地球環境や食糧資源、地域課題などが主で、マイクロプラスチックによる海洋汚染問題、牡蠣の養殖方法や牡蠣殻の活用法、若狭地域で獲れる海産物を使った商品開発などさまざまです。探究には生徒数名で取り組むケースが多く、今年度の2年生は全体で60人程度で、2〜4人のグループが23組あります。

地域の事業者さんに話を聞きに行ったり、海に出て養殖用の網を仕掛けたり、実験や調理をしたりと、生徒が計画を立てて主体的に動いています。時間も、1日の半分ほどとたっぷりとっています。

牡蠣が有名な小浜地区では、牡蠣殻の処理が課題となっていた。それを再利用し除草剤などに活かせないか、といった取組も生徒発案で行なわれている

牡蠣が有名な小浜地区では、牡蠣殻の処理が課題となっていた。それを再利用し除草剤などに活かせないか、といった取組も生徒発案で行なわれている

小浜地区の塩を活かし、バスボムをつくる取組

小浜地区の塩を活かし、バスボムをつくる取組

毛利:海洋科学科の特徴として、水産学におけるさまざまな領域のスペシャリストが産業実務家教員として授業に関わっていることが挙げられます。大学の先生・学生や地域の方がそれぞれの探究グループに伴走している様子は、ほかではあまり見られない光景です。

じつはわたしも、もともと船の航海士をしていて、その後20代後半で教員になったという背景があります。通常のルートで教師になった方とは、少し違う視点で生徒にアドバイスすることができているように思います。

産業実務家教員として参加した福井県立大学の名誉教授、宮台俊明さん。海洋生物に対する深い知見から課題研究での学習指導を担当し、受験指導も行った(提供:福井県立若狭高等学校)

産業実務家教員として参加した福井県立大学の名誉教授、宮台俊明さん。海洋生物に対する深い知見から課題研究での学習指導を担当し、受験指導も行った(提供:福井県立若狭高等学校)

──マイスター・ハイスクール事業では、どのようなことに取り組んでいるのでしょうか?

小坂康之先生(以下、小坂):本事業で掲げている目的は、「若狭地域のWell-beingを実現するために、地域水産業の成長産業化に貢献できる人材育成のための水産海洋教育カリキュラムを開発する」というものです。

具体的には、授業改善やカリキュラム開発、福井県立大学海洋生物資源学部との高大連携の強化、ICTを活用した最先端の水産技術の修得・商品開発、水産海洋教育の先進国である台湾との共同研究・交換留学、地域の小中学生を対象にした水産海洋教育の実施などを推進してきました。

じつは、これらの取組の多くは、本校の教育目標に照らし合わせて以前から実践はされていました。マイスター・ハイスクール事業に指定されたことによって、目的や意義が明確になり予算もついたことで、企業との連携による商品開発、大学との連携、地元小中学校との連携の取組をより深めることができました。

わたしたちは「well-beingになるため」に生徒の資質能力や知識技術をともに育てようとしているのであり、大学受験や社会に適合するために学んでいるのではありません。地域の方々や大学の先生方とも教育活動を通じて連携し、わたしたち大人も含む「地域のwell-being」を考えていくという目標を共有しました。これにより、行政、教育委員会、大学、福井県漁業共同組合連合会といった外部関係機関との連携・協働により、地域ぐるみでの人材育成が進みました。

高校の教員だけで生徒を育てるのではなく、地域全体の将来、Well-beingな未来を見据えて、さまざまなステークホルダーが一緒になって人材を育成していくことが大事です。いろいろな大人とかかわるなかで、生徒のなかにも使命感や挑戦への意欲が芽生え、自走するようになります。

また、生徒にとっては、福井県立大学の先生に進路指導に携わっていただいていることも大きいといえます。大学で何を学びたいのか、将来どうなりたいのかといった進路選択の本質について対話を重ね、面接や小論文の指導などもしていただくことで、生徒は明確な目的や意思をもって進路を選び取ることができます。

結果的に、Well-beingになるために必要な主体性や共感力、多様性を認めていく力などの資質能力を身につけて、それぞれの進路を実現できる生徒が増えてきていると感じます。

海洋プラスチック問題についてわかりやすく伝えるための絵本をつくる取組も

海洋プラスチック問題についてわかりやすく伝えるための絵本をつくる取組も

悩みを共有できる教員間の「コミュニティ」がカギ

──若狭高校でSSHや探究学習がここまで進んでいるのは、なぜだとお考えですか?

橋本:教員同士の目線合わせができていて、チームになれていることが大きいと思います。

──「ワンチーム」になるのはなかなか簡単なことではありませんが、どのような工夫をしたのですか?

橋本:探究に関する研修会や若手向けの指導力向上研修会などに加えて、教員同士、お茶をしながら気軽に悩みごとを相談・共有する場を設けてきました。

また、2019年度からは学校改革の一環でカリキュラムを見直した結果、授業時間数(単位数)が減り、かつ、部署ではなく学年ごとに執務を割り振るような体制にシフトしたことで、教員同士のコミュニケーションが以前にも増して活発になり、うまく回り出しましたね。

教員同士の「お茶会」の様子。気軽に悩みごとを相談・共有する場がコミュニケーションを活性化(提供:福井県立若狭高等学校)

教員同士の「お茶会」の様子。気軽に悩みごとを相談・共有する場がコミュニケーションを活性化(提供:福井県立若狭高等学校)

兼松:一部のリーダー的存在に頼るのではなく、組織的に取り組んでいるからだと思います。教員間に、わからないことをわからないと言える関係性、困ったときに助けを求められるコミュニティがあること、そして、その関係性を耕し続けることが大事だと感じています。

──現在感じている課題や今後挑戦したいことについてお聞かせください。

橋本:探究をさらにブラッシュアップしていきたいと考えています。学習指導要領にもある「主体的・対話的で深い学び」のうち「主体的」は実現できている実感がある一方、「対話的」についてはまだまだ課題だと感じます。

そもそも「対話的で深い学び」というのはどういうものなのか、わたしたち教員自身が学び、実践していく必要があります。そのため、小坂先生をはじめ3名の教員をハワイ大学に派遣し、学んだことを持ち帰り共有してもらう取組も始めました。

「異質なものに対する理解と寛容の精神」を養うためにも対話は不可欠。教育目標にも照らし合わせながら、より深めていきたいと考えています。
※本記事の情報は取材時点(2023年7月)のものです。

福井県立若狭高等学校

1894年、福井県尋常中学校小浜分校として開校。理数探究科、国際探究科、普通科、海洋科学科の4学科をもつ。医師を目指す生徒や漁師を目指す生徒など多様な生徒が学んでおり、多様性あふれる環境で互いに認め合い学び合うことをとおして、学校教育目標である「『異質のものに対する理解と寛容の精神』を養い、教養豊かな社会人の育成」に取り組む。