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兵庫県立兵庫高等学校

地域と協働して「幸せな未来の創造者」を育む。兵庫高校が実践する「グローカル型」探究学習

  • 取材・文:相川いずみ
  • 撮影:前田立
  • 編集:森谷美穂(CINRA)

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兵庫県立兵庫高等学校は、兵庫県で2番目に古く、難関国立大学に多数の合格者を輩出する進学校。早期から理数教育に注力しており、1986年に設置された「理数コース」は、現在「創造科学科」というコースとして人気を博しています。文部科学省の「地域との協働による高等学校教育改革推進事業(グローカル型)」などの指定校にも選定され、地域と連携をしながら、グローバルな視点から地域の課題解決に取り組むリーダー育成にも努めてきました。今回は創造科学科長の波部義広先生に、同校で進めている幅広い探究授業や今後の展望についてお話を聞きました。

お話を伺った先生

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波部 義広(はべ よしひろ)

創造科学科長。2019年度より、兵庫県立兵庫高等学校に赴任。数学科の教員として担任を務めた後、2020年度から特色企画部の担当として、STEAM教育を実践。特色企画部で培ってきた探究授業のノウハウを普通科に広げ、「総合的な探究の時間」で探究学習を行っている。

グローバルな視点をもつ地域のリーダー人材を育成

──兵庫県立兵庫高等学校にある創造科学科は、どんな学科なのでしょうか。

波部義広先生(以下、波部):まず、本校は普通科7クラス、創造科学科1クラスの、計8クラス(約320名)で1学年が構成されています。

創造科学科は、「社会で活躍できる、未来の創造者を育てる」というねらいのもと設置されました。地元の地域とつながったり、ローカルの特性をふまえてグローバルな目線を持てるよう社会で活躍されている方に講演をいただいたり、近県の大学に協力いただき、探究の授業を進めたりしています。

波部先生は、2023年度から創造科学科長を引き継ぎ、次世代に向けた新しい取り組みを模索している。

波部先生は、2023年度から創造科学科長を引き継ぎ、次世代に向けた新しい取り組みを模索している。

 

──具体的にはどんな授業を行っているのでしょうか。

波部:創造科学科では、「創造基礎A、B」「創造応用I、II」などの特設教科(科目)を設定し、探究授業を実施しています。

「創造基礎A、B」では、地元の長田区や神戸市などの自治体にご協力いただき、地域が抱える課題について研究と実践活動に取り組み、大人との信頼関係を構築する力や主体的に考える力を養っています。

例えば2022年度は、長田区発祥である地域産業のビーチサンダルを活用したイベントや地元商店街の子どもイベントの企画、神戸電鉄との協働事業「神鉄モヨウガエプロジェクト」、マイクロライブラリーを通した地域図書館の活性化、高校生が企画・運営する「長田区・高校生鉄人化まつり」など、グローカルをテーマにしたさまざまな活動を行いました。

「長田区・高校生鉄人化まつり」での集合写真(画像提供:兵庫高等学校)

「長田区・高校生鉄人化まつり」での集合写真(画像提供:兵庫高等学校)

──地域と強い結びつきをもって授業が行われているんですね。

波部:そうですね。また地域だけでなく、「創造応用I、II」では複数の大学に「高校でできる新しい学びは何か」というところから相談させていただき、高校生と大学生をつなぐ活動を進めています。

この活動では地元の大学教員のサポートを受け、地域だけではなく社会全体が直面する諸課題について考察します。主体的な活動を通して課題解決のための方策を考えることにより、問題解決能力を養うことが目的です。

創造科学科で得たノウハウを普通科へも展開

──地域や大学など、さまざまな機関と連携して活動するのは大変だと思いますが、これらの活動を行った背景を教えてください。

波部:変化の激しい社会において、探究的な見方・考え方で横断的・総合的な学習を行うことは、これからの自己の生き方を考えるうえで必要だと考えているからです。また、身近な地域を通じて探究を実施することで、地域社会の構造や抱えている課題の理解にもつながります。

探究を経て学びを深め、「わたしがこの社会をより良くするんだ」と実感できるようになってくれることを期待しています。

──探究の授業を進めるにあたって、ほかの先生方をどのように巻き込んでいきましたか。

波部:まず、この授業自体がどういう目的なのかという説明からスタートしました。「探究学習は高校を卒業してからもずっと続いていく。課題解決に向けて自ら動く力は、今後も生徒たちのためになる」ということを、さまざまなかたちで伝え続けてきたことで先生方からも理解をいただけたと思っています。

兵庫県立兵庫高等学校

波部:また、授業の前にも共有の場を持ち、授業で何をやるのかを都度お伝えしています。今では先生の理解も深まり、改善案も出してもらえるようになりました。授業の質も少しずつ良くなってきていると思います。

──探究においては、生徒自身でテーマを決めること自体も難しいとお聞きします。生徒さんにはどのような声がけを行っているのでしょうか。

波部:探究では「やらされている感」をなるべくなくし、生徒が自分たちでやりたいことを見つけてやっていくことに価値があると思っています。だからこそ、テーマ決めのところが、生徒たちが自走するうえで一番大事になってきます。

こちらから提案するのではなく、「何に興味がある?」「どういうことをやりたいの?」というふうに、生徒が答えを導き出すことを大事にしてやり取りを重ねています。先生方にも、指導ではなく、サポート側に回ってもらうことを徹底しています。

探究授業の様子

探究授業の様子

──いまでは普通科でも同様に探究の授業が行われていると聞いています。

波部:はい。普通科では「総合的な探究の時間」を使い、2年生で中間発表、3年生の1学期に完成発表を行っています。3年生は受験学年ということもあり、7月で探究の授業を終え、後輩指導や受験に切り替えていきます。

創造科学科が進めてきた探究活動でさまざまなエッセンスを得ることができました。これを創造科学科だけに教えるのはもったいないと感じ、普通科を含む全学科・全学年に広げることにしたのです。その結果、年間40人だった本校の探究実践者が320人に増えました。

現在は、学校全体として、地域課題の探究と同時に正解のない国際的な課題も見つめ直し、その共通点を探りつつ、課題解決策を生徒自らが模索する授業を行っています。

ほかの先生を巻き込むには「頻繁に触れてもらうこと」

──兵庫高等学校ではSTEAM教育にも取り組まれていますね。きっかけは何だったのでしょうか。

波部:新しい教育のかたちとして「STEAM」というキーワードには注目していましたが、2020年度から3年間、兵庫県教育委員会から「STEAM教育実践モデル校事業」の指定を受けたことがきっかけですね。

──具体的には、どのような取り組みを行ったのでしょうか。

波部:指定校には予算がつくので、ドローンやプログラミングロボット、3Dプリンタ等を購入し、さらにこれらを自由に使える「STEAMルーム」を設置しました。

当初は学校の隅に設置する予定だったのですが、半ば強引に職員室の横の会議室を「STEAMルーム」にしました。ガラス張りの教室につくり変え、先生や生徒の目に触れやすくしています。これは先生方を巻き込むのに一番効果があると考え、職員会議でかけ合いました。

職員室横に設置されている「STEAMルーム」。ガラス張りの壁のため廊下からも授業の様子がわかる

職員室横に設置されている「STEAMルーム」。ガラス張りの壁のため廊下からも授業の様子がわかる。(画像提供:兵庫高等学校)

──STEAM教育を取り入れていくうえで心がけたことはありますか。

波部:こちらも勉強しながら、まず「STEAM教育って何?」という説明からスタートして、先生方に色々な活動を見ていただきました。生徒自身が実際に活動をし、自走してきたところで、先生方から「こういうことを生徒たちができるようになるんだ」という理解を得られるようになりました。

3年ほどかかりましたが、子どもたちの目の色が変わっていく様子を見て先生方の意識も変わりつつあり、今では「協力するから声かけてね」といった言葉をいただきます。

アウトプットが生徒のモチベーションにつながる

──活動を拝見すると、さまざまなコンクールへの参加をはじめ、分野ごとに適材適所で生徒さんをアウトプットへ導いていますね。

波部:イベントに関しては、前任の探究に詳しい先生から色々と情報を教えてもらいました。特に、創造科学科の生徒たちは、発表することや人とつながることに興味を持っている人が多いんです。発表の場を提案すると「行きたいです!」と手をあげてくれます。

コロナ禍で中止となった大会も多いなか、地域課題またはグローバル課題をテーマにした外部での発表の機会は2022年度で15回ありました。発表会には、のべ人数になりますが、全学年生徒の16%にあたる156名が参加することができました。

「高校生国際交流の集い 2022」発表会の様子

「高校生国際交流の集い 2022」発表会の様子(画像提供:兵庫高等学校)

波部:学校のなかだけで留まるのではなく、自分がやってきたことを発表するという経験は、必ずその後につながってきます。卒業した生徒たちからも「学校外で発表の場を持たせてもらったことが財産になっている」という声を聞いていて、アウトプットの場をつくることの大切さを実感しています。

──これらの探究によって、生徒たちにはどんな変化が見られましたか。

波部: 「疑問に思ったことを積極的に調べるようになった」「外部の方の講演を聞いて今までにはない視点をもつことができた」といった声を聞いています。

また、2022年度に生徒を対象にした意識調査を実施したところ、「社会人として地域に残り、地域を支えるリーダーとして活躍したいと思うか」という質問に対し、47.4%の生徒から肯定的な回答を得ることができました。STEAM教育やグローカル型の事業を実施する以前に比べると、20%近くも上がっています。

今後の課題は「探究」と「教科の学習」の連携

──2020年度から「地域との協働による高等学校教育改革推進事業(グローカル型)」、「STEAM教育実践モデル校事業」の指定を受けて探究の授業を進められていますが、現在感じている課題はありますか。

波部:「探究」と「教科の学習」の連携については課題が残り続けていると思います。

先生を対象に行ったアンケート結果から、探究の効果や成果を認めつつも、「探究と教科の学習が結びつかない」という回答が多く寄せられました。総合型選抜をはじめとする大学進学指導との関係性や、先生の意識改革についても深く分析し、改善を図る必要性があると考えています。

進学だけがすべてではなくなってきている現在、大学に行くことが目的ではなく、今後、大学に行ってからのことを生徒たちに考えてもらいたい。自分が将来やりたいことを探したり、社会を変える活動をしたりといったところにエネルギーを割き、興味を持っていってほしいです。探究を通してその力を養い、さらにそれが進学へとうまくつながっていけると良いなと思っています。

兵庫県立兵庫高等学校

──波部先生は、2023年度から創造科学科長を担当されています。前任の方からの引き継ぎで困ったことはありましたか。

波部:じつは、現在進行形で引き継ぎには苦労しています。引き継ぎ資料を残していただいていたものの、やはり実際に進めてみて初めて気がつくこともありました。ただ、資料に残っていなかったらなかったで、新しくこちら側が提案する機会ができた、新しいことにチャレンジするための余白ができたというふうに、プラスに捉えています。

あとは、わからないことは生徒に聞いています。「去年どんなことをしたか、後輩に教えてあげて」というかたちで引き継ぐこともできますしね。

また、細かいことですが、人とのつながりの部分に関しては前任の方にご紹介いただくほうがやり取りしやすくなりますので、交代するタイミングでご挨拶をさせていただいていました。

──公立高校の先生は異動も頻繁に起こると思いますが、波部先生が気をつけていることはありますか。

波部:後任に引き継いでいくときのために、学校の共有ファイルに資料をつくりながら活動しています。また、冊子を作成して昨年度やったことをまとめたり、ホームページも更新したりと、次の担当がたどることができるような記録を残していっていますね。

──活動の記録をホームページにも掲載しているのは、学校の取り組みを知ってほしいという意味もあるのでしょうか。

波部:そうですね。どういうふうにしたら皆さんに知ってもらえるか、広報活動の力になれるかということは、常に考えています。

また、未来の創造者として、明るく楽しい社会をつくりたいと思える生徒が少しでも増えてほしい、他校の生徒にも伝播したらいいなという想いで、ホームページの更新を続けています。

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──学校の外へ発信することも重要ですね。最後に、今後の展望について教えてください。

波部:2022年度までは、「創造科学科」「グローカル型」「STEAM教育」の3本柱が、それぞれ別で動いていました。2023年度からはそれぞれの活動を連携して効果が得られるよう、全体で共有しながら進めています。

また、2023年度より普通科の「データサイエンス概論」、創造科学科の「データサイエンス特論」という、STEAM教育の要素を備えた独自の学校設定科目を設けました。探究を含む、あらゆる面での論証力の向上を目指しています。さらに、世界に目を向けて活躍できるよう、海外研修や海外交流、留学生との交流といった、外国人の方々とコミュニケーションを取れる機会を昨年以上に設ける予定です。

最近では「Chat GPT」が台頭してきており、教育のあり方も変わるかもしれません。だからこそ、コミュニケーションを含め、思いや事象を言語化する能力、疑問をもって自ら動く力は、今後ますます求められると思います。「幸せな未来の創造者」を育成するために、教員として何ができるかを今後も模索し続けたいです。

兵庫県立兵庫高等学校

1948年、兵庫県立第二神戸中学校(旧制)と兵庫県立第四神戸高等女学校(旧制)が統合して発足。「質素・剛健・自重・自治」の精神のもと生徒の自主性に任せる校風が特徴で、生徒の服装も自由。校内行事の多くが生徒によって運営されている。2010年に設置された「総合科学類型」は2014年に「未来創造コース」に改組、その後現在の「創造科学科」となっている。