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長崎県

長崎県立松浦高等学校

地域の課題を考え、自分のキャリアを考える。3年間を通して行なう松浦高等学校の「まつナビ・プロジェクト」

  • 取材・文:相川いずみ
  • 写真:前田立
  • 編集:栄藤徹平(CINRA)
  • 素材提供:長崎県立松浦高等学校

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長崎県北部の半島と4つの離島からなる、人口2万強の街、松浦市。人口減少が進む同市では、2022年度の出生数が100人を割りました。そのなかで松浦市唯一の高校である松浦高等学校は、2020年に「まつナビ・プロジェクト」を、2022年に新しい普通科として「地域科学科」と名付けた地域学習プログラムをスタートさせました。3年間を通して地元の課題を探究することで、生徒は何を手に入れ、地域には何が還元されるのでしょうか。

お話を伺った先生

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川崎 公隆(かわさき きみたか)

教頭。総合学科の長崎県立清峰高等学校の教頭を経て、2023年度より長崎県立松浦高等学校教頭に就任。

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茶園 孝一(ちゃえん こういち)

教諭。キャリア形成部(進路指導)で「まつナビ・プロジェクト」のプロジェクトリーダーを務める。予備校の講師を経て、37歳から教員へ転職。2017年度より、長崎県立松浦高等学校に赴任。

市唯一の高校の存続を目的として始まった

──「まつナビ・プロジェクト」についてお話を伺うにあたり、まずはその概要と取組の経緯を教えていただけますか。

川崎公隆先生(以下、川崎):本校では、入学者が減少していくなか松浦市で唯一の高校として存続すべく、魅力化のためのさまざまな取組を実施してきました。その一環として2017年度から始まったのが、「まつナビ・プロジェクト」の前身である「まつナビ」です。

「まつナビ」は、生徒が地域課題について調査・考察し解決策を発表する、松浦市と協働した教育活動です。プロジェクトを通して、生徒に地域の課題・魅力を再発見してもらうことで、ふるさとを大切に思い、その発展に貢献してもらうことを目的として始まりました。

──現在推進されている「まつナビ・プロジェクト」とはどう違うのでしょうか。

茶園孝一先生(以下、茶園):「まつナビ」は、2年生全員を複数の研究班に分け、松浦市役所職員がファシリテーターとなり、学年担当教職員とチームを組んで生徒の課題研究を支援する体制でスタートしました。

2020年からカリキュラムを見直してスタートした「まつナビ・プロジェクト」は、2年生だけで取り組んできた「まつナビ」を3年間の学びとなるように、組み直しました。

3年間を通して、広く深くキャリアを考える

──それでは、「まつナビ・プロジェクト」について詳しく教えてください。

茶園:「まつナビ・プロジェクト」は、それまで2年生が行っていた「まつナビ」をベースに、1年生ではテーマ設定と地域探究を行う「プレまつナビ」、2年生は実践活動と課題探究を行う「まつナビ」、そしてまとめと進路探究を行う3年生の「ポストまつナビ」を連動させたものです。

2020年から「まつナビ・プロジェクト」としてスタートさせましたが、地域などとの協働を強め、高校生ならではの実践や課題探究に取り組むことで、生徒の課題解決能力を高め、最終的にはキャリア形成、進路の実現を目指しています。

1年生では地域探究、2年生は課題探究の実践活動、3年生はまとめとして自分の進路に向けた探究を行ないます。

また、松浦高校では、「まつナビ・プロジェクト」の取組の成果や、国の普通科改革に関わる制度改正等を踏まえて、2022年4月に従来の普通科を「新しい普通科」に改編し、「地域科学科」を設置しました。「まつナビ・プロジェクト」は、その新しい普通科における学校設定科目でもあります。

――具体的には、どのような授業や活動を行なうのでしょうか。

川崎:1年生の前半は、とにかくインプットをします。

過疎化・高齢化などの地域が抱えるさまざまな課題に対する行政機関の取り組みや改善策、地域で活躍されている企業の方々から地域活性化に向けた取り組みや熱い思いを聞くことで、地域がもつ課題に対して、高校生の立場で、どのように関わっていくことができるかを考える機会をもつのが狙いです。

2023年度は、外部講師による探究講演のほか、新聞社の方からの「記事の書き方講座」といった研修会などで、課題研究活動に必要な知識や技能の取得に努めました。さらに、情報収集のため、生徒が企画して地元の名所や産業、大学などをまわるバスツアーを行ないました。

地元の講師による「写真の撮り方講座」(提供:長崎県立松浦高等学校)

地元の講師による「写真の撮り方講座」(提供:長崎県立松浦高等学校)

川崎:1年生の7月から9月にかけては、自分の将来について考えながら、実際に多様な職種の方に取材を行ない、「Matsuura仕事図鑑」をつくりあげます。1年生の後半では、これらの体験をふまえて個人テーマを決めていきます。2年生からは、その個人テーマに基づき活動する数人の班をつくり、最後に課題研究構想発表会をします。

高校1年生の仕事図鑑発表会

高校1年生の仕事図鑑発表会

熱心にほかのグループの発表を聞く生徒たち

熱心にほかのグループの発表を聞く生徒たち

川崎:2年生は、テーマごとの班で実際にフィールドワークを行なったり、調べたりして、仮説や研究を進めていき、9月の終わりに発表を行ないます。2年生の課題研究発表会では市内のホールをお借りし、選ばれた数チームがステージ上で成果を発表するほか、それ以外のチームはポスターセッションをします。発表会では、松浦市長をはじめ、松浦市教育長、大学の先生方、企業・市民の方々が参加され、発表に対して質問していただきながら、アドバイスなどをいただいています。

3年生は、集大成として課題研究論文に個人で取り組みます。

2022年度に松浦文化会館で開催された2年生の「課題研究発表会」(提供:長崎県立松浦高等学校)

2022年度に松浦文化会館で開催された2年生の「課題研究発表会」(提供:長崎県立松浦高等学校)

地域の課題を発見し、具体的な解決策を講じる

――具体的に、生徒たちはどのようなテーマを設定しているのでしょうか。

茶園:たとえば、2022年度の2年生の課題研究では、少子化対策からお菓子開発、ゴミ環境問題など、さまざまな地域課題があがりました。「お菓子開発」というテーマの実践活動では、地元のお菓子屋さんとコラボして、「まつボーロ」というお菓子を開発し、現在人気商品のひとつとなっています。

茶園:また、松浦市はアジフライで有名なのですが、ある生徒たちは、アジフライを揚げたあとに廃棄される油に着目し、廃油をリサイクルできるところを自分たちで探しだし、イベントでカフェ運営の動力に使用しました。将来的には、石けんをつくり販売するという構想まで広げています。

アジフライの廃油をリサイクルし、「松浦こども博」でカフェを運営(提供:長崎県立松浦高等学校)

アジフライの廃油をリサイクルし、「松浦こども博」でカフェを運営(提供:長崎県立松浦高等学校)

――地域の課題や魅力を再発見し、具体的な解決策を提示するというかたちで、地域に貢献しているのですね。

川崎:高校生が考えて実践しただけでは解決できない内容もありますが、地域の課題に、高校生の時期から目を向けて、どんなふうに解決できるかを考えさせる、という点が大事なところだと思います。

茶園:実は、廃油のチームは当初、つまずいていました。もともとの目標は、廃油を使ってスクールバスを動かすというものだったのですが、沢山廃油を集めても、想定していたより量が少なかった。それでも何かやろうということで、カフェを運営したというわけです。

「本当にこのテーマでいいか」一度立ち止まって考え直す

――「まつナビ・プロジェクト」を運営するうえで、気をつけていること、工夫していることはありますか?

茶園:まず、カリキュラムを固定せず、毎年ブラッシュアップしているということです。本校の教員で構成したプロジェクトチームで毎年検討をし、昨年度の反省点や課題、生徒の活動状況などをふまえて、検証・改善を行っています。また、運営指導委員会や、市や教育委員会、大学などの外部組織で構成されたコンソーシアム会議で助言をいただいています。

たとえば、今年度からはテーマについて再検討する機会を設けています。なんとなく決まってしまったテーマでは、生徒たちも本気で取り組むことができませんし、キャリア形成にも繋がりません。そこで、1年生の班編成が終わったあとと、2年生の課題研究発表会後に、「本当にそのテーマでいいか」「自分のキャリア形成につながるのか」という個人面談を生徒全員と行いました。

── 一度立ち止まって考え直す時間を取り入れているのですね。

茶園:そうですね。考え直す時間=振り返りの時間であり、ルーブリックを使って、それまでの取り組みを分析し、課題を考えて、より良い活動にしていくことは、常に生徒に意識させています。それをポートフォリオに残しておくことも重視しています。

ほかには、「地域科学科」と「商業科」の生徒を分けずに運営しているという点も「まつナビ・プロジェクト」の特徴です。小さな学校ですので、みんなでプロジェクトを盛り上げていきたいということと、それぞれの科ならではのスキルを生かせるという意味でも、科を横断しての班編成にしています。

川崎:「自分の好きなものなら何でもいいから、研究してみよう」としてしまうと、好きなものしか選ばない。あるいは、仲の良い友達とだけ組んでしまうといったことが起こりがちです。そうではなく、自分の進路に直結するようなテーマを考え、研究していってほしいと思っているんです。

茶園:キャリア形成の課題のひとつに、「好き」と「興味がある」の違いがあると考えています。最初は「好き」でもいいけれど、趣味と仕事は違う。そこで、それまでの地域課題探究活動とは別に、2年生の後半では進路別に、本当にやりたいものを面談で改めて聞いてみて、個人で自分のキャリアプランを見つめ直し、研究してみる時間(進路別探究活動)を設けることにしました。

実際のキャリアに繋がる「まつナビ・プロジェクト」

――生徒の変化など、現時点での「まつナビ・プロジェクト」の成果について教えてください。

川崎:わたしは今年度から赴任してきましたが、「物おじしない生徒が多い」というイメージです。自主性が高く、外部講師からの質問にも物おじせず、きちんと考えて話すことができる。上手にスキルアップできている生徒が多いという印象を受けました。

長崎県立松浦高等学校

茶園:「まつナビ・プロジェクト」は、卒業生の進路に大きく影響していると感じます。「小学生と一緒にイベントを行う」というテーマを探究していた生徒が国立大学の教育学部に進んだり、オーストラリアとの交流をしていた生徒が国際関係の学部に進学したりと、「やってきたことと、進路が繋がっている」と感じています。また、生徒アンケートからは、将来、地域社会に貢献したいと考える生徒が大幅に増加しました。

川崎:3年生の後半に進路を決めた場合、そこからの変更は難しくなります。しかし、早い時期から考えておけば、「やっぱり違う」と何度も試行錯誤をすることができ、そこから自分の道筋が見えてくると思います。

──では最後に、現状感じている課題をふまえて、今後の展開について教えていただけますか。

川崎:課題のひとつは、後継者をどうするかということです。「まつナビ・プロジェクト」をはじめとした改革を、いまのメンバーが異動してからも継続していけるか、というのは難しい問題です。改革のマニュアル化というと変な感じがしますが、そうしたフォーマットづくりの必要性は感じています。

茶園:今後は松浦市にとどまらず、グローカルな視点でほかの地域も巻き込んだ幅広い活動にしていきたいと考えています。
※本記事の情報は取材時点(2023年9月)のものです。

長崎県立松浦高等学校

長崎県立松浦高等学校

1962年に開校。校訓である「自己開拓」の精神で、主体的に考え行動できる人間の育成を教育方針として掲げている。団体・個人の部でインターハイ入賞を誇る「なぎなた部」をはじめとした運動部や商業クラブなど、部活動も活発に行なわれている。2022年4月には従来の普通科から新しい普通科に学科改編を行い、松浦市、地域の企業・学校等と連携した「まつナビ・プロジェクト」などを通じて、「未来の地域イノベーション人材の育成」を目指す。