2.我が国の産学官連携の歩み

(1)これまでの我が国の産学官連携

戦後の日本の大学等と企業との間では、大学等の研究室に対して企業から研究資金(奨学寄附金)が提供され、一方で、研究関係情報等が大学等の研究者から企業側に提供されるとともに、企業にとって学生への接近が容易になるといった、相互の契約によらない産学の日常的な連携関係(特定研究室と特定企業間での「あうんの呼吸」型の産学官連携)や、月単位で頻繁に開催される学会等における大学等や企業の研究者間の公式・非公式な情報交換、さらには博士課程修了者の企業への就職による知識・技術の移転など、契約によらない形での産学官連携(「非契約型」の産学官連携)が主流であり、このことが日本の産業界を国際水準に押し上げるのに相当な貢献を果たしてきた。こうした関係の背景として、大学等が明示的に特定の企業と結びつくことが社会通念として許容され難かったことや、基礎研究から開発までの研究開発過程を自社(「中央研究所」など)あるいは関連企業内で主導していた日本の産業界には、特定大学の研究室との交流によって研究情報等を低コストで収集することと、平均的能力が高い新規卒業生を確保すること以上の期待はしにくかったことなどが挙げられる。一方で、大学等や研究者は、たとえ少額であっても、年度の繰越しや使用区分の制限を受けず、他の研究資金に比べて使いやすい奨学寄附金を有効に利用した。
また、政府系試験研究機関は、産学官共同による大型プロジェクト研究開発の中核となり、あるいは、それぞれの使命・役割に応じて特定分野における基礎的な研究や応用・開発研究を実施し、我が国の科学技術の進展に貢献してきた。しかし、研究成果の社会還元の観点からは、一部を除き十分であったとは言えない。
このような状況の中で、大学等における特許等の出願や管理については、研究者や大学等に研究成果の特許化に対する誘因が働かないこと、特許経費を負担する仕組みが不十分であること、教員の特許を受ける権利が実施化の意思の低い企業に無償で譲渡されたりすることなどの問題を生じてきた。特に1980年代以降は、欧米諸国が大学等における特許等知的財産権の保護と活用の政策を推進し、大学等が技術革新の源泉として注目され始めたことに比べて、特許等のあり方に問題を含み、主として個人レベルの連携に依存してきた我が国の大学等では、その知的資産が有効に活用されなかったと指摘されている。
こうした点を顧みれば、これからの我が国の産学官連携に求められる基本的な方向は、個人的連携から組織的連携へ、非契約型の産学官連携から契約型の産学官連携への転換であると言えよう。

(2)我が国の関連施策と産学官連携の進展

大学等における産学官連携の推進に関する施策については、昭和58年度の民間等との共同研究制度の発足、昭和62年度の共同研究センター整備の開始など、国立大学を中心として、各種制度や体制が逐次整備されてきたが、特にここ数年で、産学官連携に関する各種の検討・提言やこれに基づく制度の整備が急激に進み、産学官連携の量的拡大が見られるようになった。
政府の主な検討・提言に関して言えば、平成8年に閣議決定された「科学技術基本計画」において、産学官の連携・協力が一つの柱とされ、人的交流の促進、研究成果の活用等に関して、関連の振興方策が示された。また、文部省(当時)で開催された調査研究協力者会議による平成9年報告書「新しい産学協働の構築を目指して」は、産学の連携・協力についての基本的考え方と課題や改革の方向について明らかにした上で、1大学から産業界への働きかけ、2企業に対する研究協力の拡充、3各大学及び地域における産学協働の拠点施設(共同研究センター等)の充実、4研究成果活用の円滑化、5公私立大学等に関する具体的方策を提言した。
続く平成10年報告書「特許等に係る新しい技術移転システムの構築を目指して」では、1研究成果の特許化の促進、2特許の流通・活用の促進、3技術移転機関の整備促進(その後のTLOにつながる技術移転システム像の提示を含む。)等の方策及び技術移転に関する今後の課題について示されている。
また、平成11年学術審議会(当時)答申「科学技術創造立国を目指す我が国の学術研究の総合的推進について」においては、学術研究の目指すべき第三の方向として、産学連携の推進を中心とする「社会への貢献」が明確に位置づけられ、その中で、産学連携の意義や今後進めるべき諸制度の改善等について整理されている。
さらに、平成12年の調査研究協力者会議による審議の概要「『知の時代』に相応しい技術移転システムの在り方について」は、大学における特許等の取扱いの問題点を整理した上で、国立大学が法人化された場合において、特許等の教員個人有原則から組織有原則への転換が望ましいことなど、将来の技術移転システムのあり方とTLO等を活用した特許等管理体制の整備等当面の改善策を提示している。
こうした提言等を受けて、文部省及び科学技術庁(いずれも当時。現文部科学省)は、関係省庁とも連携しつつ、共同研究の場の拡大や運用の円滑化、大学等技術移転促進法(いわゆるTLO法)の制定、国立大学教員等による兼業・休職の規制緩和等の制度改善、私立大学における産学連携の拠点施設の整備等を実施してきた。また、平成11年には日本版バイドール条項3を含む産業活力再生特別措置法が、平成12年には国立大学教員の役員兼業の規制緩和や特許料の減免措置(アカデミック・ディスカウント)等を定めた産業技術力強化法が制定され、制度的枠組みが逐次整備された。
平成13年度以降は、総合科学技術会議においても活発な検討が行われ、「研究機関等における知的財産権等研究成果の取扱いについて」(平成13年12月)「産学官連携の基本的考え方と推進方策」(平成14年6月)「知的財産戦略について」(平成14年12月)といった報告書が相次いでまとめられたほか、関係府省の協力のもと産学官連携サミット等が開催され産学官の交流が積極的に推進された。
さらに、平成14年7月に知的財産戦略会議がとりまとめた「知的財産戦略大綱」、同年12月に公布された知的財産基本法において、知的財産立国の実現に向けて政府として戦略的に取り組むこと、そのためには知的財産の創造・保護・活用を強化すること等が国全体として確認された。平成15年3月には同法に基づいて知的財産戦略本部が設置されており、今後、具体的なアクションプログラムである知的財産推進計画が策定されることとなっている。
文部科学省においては、平成13年6月「大学を起点とする経済活性化のための構造改革プラン」を公表、これに基づき平成14年度予算において産学官連携システム改革プランを実施し、大学発ベンチャー支援のための助成制度や大学へのコーディネーターの配置、マッチング・ファンド方式による共同研究の推進等の産学官連携システム改革のための予算措置を講じてきた。制度面でも、迅速・円滑な契約締結のための共同研究・受託研究契約の雛形の改訂、教員の発明のインセンティブを高めるための発明補償金の上限撤廃と新たな補償金要領の作成、研究開発成果たる有体物の取扱いに関するルールの整備、ベンチャー企業への国立大学等施設の使用許可、経営・法務アドバイザー兼業の解禁、役員兼業の承認権限の学長への再委任等、円滑な産学官連携活動の推進のために様々な制度改正や運用改善を行ってきている。平成15年度には、特に知的財産戦略を推進する観点から、知的財産の機関管理のための大学知的財産本部の整備と大学等の戦略的な特許化を支援する技術移転支援センターの整備を新たに開始したほか、特別共同試験研究税額控除制度の導入や勤務時間をさいて行う非役員兼業の解禁といった制度改善も進めている。さらに構造改革特区においては、民間企業による国立大学等の施設・敷地の廉価使用の拡大、勤務時間をさいて行う役員兼業の解禁を認めることとしている。
これらの施策の実施と関係者の尽力等によって、近年の我が国の産学官連携は着実に実績を挙げてきている。例えば、平成9年度から13年度までの5年間で、国立大学の共同研究件数が2.2倍に、発明委員会への発明届出数が4.7倍に増加している。また、平成14年4月現在で承認TLOは32機関存在し、TLOを通じた実施許諾件数は平成14年12月末までで597件となっている。
さらに、大学等の研究成果や人的資源を基にしたベンチャー等の起業を促進することは、大学等の研究成果の社会還元と我が国の経済活性化のために極めて重要である。同時に、大学等における研究活性化や若手研究者の養成・確保等の研究・教育上の観点からも大変重要である。このような観点から、政府においては大学発ベンチャー1000社計画4(平成14~16年度の3カ年で1000社創業)を掲げているが、平成14年8月現在の大学発ベンチャーの総数は424社(政府系試験研究機関発を含めると453社)にのぼり5、中には上場を果たす例も出てきている。
こうした共同研究件数等の急激な増加やTLOを通じた技術移転の拡大、大学発ベンチャーの興隆は、従来の「あうんの呼吸・おつきあい・非契約」型の産学官連携から、「契約やルールに基づく組織的な産学官連携」への転換の傾向を示しているものと考えられる。
近年は特に、国立大学法人化等大学改革の進展と我が国経済の低迷を背景に、大学運営に与える影響と我が国経済の活性化の双方の観点から、産学官連携の重要性が一層強く認識されるようになっている。

(3)新たな課題

これまでの大学等を核とする産学官連携関連施策においては、初期の段階では、共同研究センターの整備等研究面での産学官連携や兼業規制緩和によるコンサルタント活動等の推進に重点が置かれ、その後、インターンシップなど教育面での連携推進やTLOによる特許等を基礎とした技術移転施策が実施されるようになった。さらに、平成12年4月からの研究成果活用型役員兼業の承認開始や平成14年度の大学発ベンチャーへ創出支援制度の創設など大学等の研究成果や人的資源を基にした「起業」に関する施策も実施されるようになってきた。さらに、最近では、国立大学の法人化を控えて、各大学(国公私を問わない)の自律的判断に委ねられる部分が増加し、国はその大枠ないしはモデルを示すといった形での施策が増えてきている6 。一方、こうした施策の展開と産学官連携の進展につれて、次のような課題が新たに感じられるようになってきている。

  • 各産学官連携形態に対応する方策が、規制緩和も含めて進められてきているが、それぞれの施策が全体として有機的に稼動しているとは必ずしも言えないこと
  • 一部分の制度改善や規制緩和が相次ぐ一方で、新たな施策が逐次実施されることによって、かえって制度全体が分かりにくくなるとともに、大学等や研究者にとって、急速に進む制度改善の状況を把握することが難しくなっており、「何がどこまで、できるのか」について現場レベルで迷う場面が増えていること
  • 依然として、大学等の組織としての自主・自律性が低く、大学等が制度の弾力化を契機として主体的に研究成果を企業に移転するようなシステムが形成されていないこと
  • 大学等の研究成果や人的資源を活用したベンチャー起業件数は増加しつつあるものの、明らかな成功事例が多数出るまでには至っていないこと
  • 我が国においては、ベンチャー起業の隆盛が新産業の創出に目に見える形でつながるような支援システムが未だ確立されていないこと
  • 自前主義の傾向のもとで、企業側の大学改革の進展状況に関する意識や大学等の特性に関する理解が不十分であり、「あうんの呼吸型」連携から契約中心の組織的連携への転換についての戸惑いも見られること

今後は、関連施策の推進により産学官連携の進展を一層確固たるものとしつつ、これらの新たな課題にも適切に対処しながら、我が国に相応しい産学官連携の方向性を探っていく姿勢がますます重要となる。

用語説明

3日本版バイドール条項とは、産業活力再生特別措置法第30条のこと。同条では、国等の委託による研究から生じた特許権等を国等は譲り受けないことができる旨を規定している。
4経済財政運営と構造改革に関する基本方針2002」(平成14年6月25日閣議決定)
5「大学発ベンチャーの課題と推進方策に関する調査研究」(平成15年3月筑波大学)。
6例えば、前頁の発明補償金の上限撤廃(平成15年~)、共同研究・受託研究モデルの作成(平成14年3月)及び改訂(15年4月)、役員兼業承認の再委任(14年10月)等。

お問合せ先

研究振興局研究環境・産業連携課技術移転推進室

(研究振興局研究環境・産業連携課技術移転推進室)