3.「新たな観測・実験技術の開発」研究計画

 「新たな観測・実験技術の開発」研究とは、これまでとらえることが困難ないし不可能であった現象を見るための「道具」の開発である。
 この研究計画は、観測対象あるいは観測手段の観点から、次の四つの項目に分類されている。

 本研究課題で実施された開発研究の最終目標は、他研究課題で実用化され成果を上げることにある。したがって、観測・実験技術開発研究は、他の研究課題と共同で実施されることが多いだけでなく、この研究計画課題には含まれていないが、他の研究計画の中で実施されている観測技術開発も存在しており、それらについては当該研究項目で報告されている。

(1)海底諸観測技術の開発と高度化

 陸域の観測だけでは海域で発生する地震観測の空間分解能が低いため、十分な精度の海底諸観測技術開発と高度化が必要であり、次のような研究開発を実施している。

(GPS−音響測距結合方式による海底測位計測システムの高度化)

 熊野灘に設置している海底基準点の状況を無人探査機ハイパードルフィンを用いて目視観察を実施し、2004年(平成16年)9月の紀伊半島南東沖の地震(マグニチュード7.4)の後でも海底基準点が安定に設置されていることを確認した(名古屋大学[課題番号:1706]、東北大学[課題番号:1207]、海上保安庁[課題番号:8003]、Osada et al., 2006)。
 熊野灘の3つの測位観測地点近傍で2004年9月に発生した紀伊半島南東沖の地震前及びその後の繰り返し観測により、地震にともなう海底地殻変動が検出された。東北大学海底基準点で約30センチメートル、名古屋大学海底基準点でほぼ真南に約18センチメートル、海上保安庁海底基準点では西向きの変位が観測された。これらの結果は陸上GPSデータのみから推定された断層にもとづいて計算された変位とは大きく異なっている(図55(a))(Fujimoto, 2006、藤本・他,2006、舟越・他,2006、Tadokoro et al., 2006)。図55(b)に海底基準点のデータも用いて推定した断層モデルを示す(Kido et al., 2006)。これは、海底地殻変動観測の重要性を再認識させる結果である。
 長期繰り返し観測結果の信頼性向上のため、駿河湾や熊野灘で測位観測を実施した。駿河湾のような浅い海域で、海上局と海底局がある程度離れた条件下で水中音響測距を実施した場合の問題点が明らかとなり、対応策が検討された(名古屋大学[課題番号:1706])。現状で得られた繰り返し観測精度は、図56に示すように、水平各成分2〜3センチメートルである。

(海底における圧力・傾斜変動観測の高度化)

 三陸沖で長期間の海底圧力観測を実施し、潮汐成分及び非潮汐成分の解析を行った。非潮汐成分は海面高から経験的に推定した結果と合わず、風圧に基づくモデルと水圧に基づくモデルとの比較を行った。後者のモデルのほうが比較的よく合うことが分かったが、周期30日以下の短周期成分においては、これらの結合モデルが必要と考えられる(東北大学[課題番号:1207]、Matsumoto et al., 2006)。

(海底ケーブル利用システムの開発)

 地震、地殻変動、深層流・地下水等、深海底環境変動の広域・多点観測を目的として、室戸沖、十勝沖や豊橋沖の実証サイトにおいてケーブルで結んだ多数のセンサーからなるリアルタイム長期総合海底観測システムの開発研究を実施した(海洋研究開発機構[課題番号:4004]、Mikada et al., 2006Goto et al, 2007)。また、10キロメートルの電力・光ファイバー複合ケーブルシステムなどの開発研究を実施したほか、海底ネットワーク基盤技術となりうるケーブル給電技術、データ伝送技術、同期技術等及びシステムに接続するセンサー類の開発研究を実施した(海洋研究開発機構[課題番号:4004]、気象庁[課題番号:7016]、東京大学地震研究所[課題番号:1418]、Asakawa et al., 2006Matsumoto et al., 2006)。

(海底ボアホールを利用した歪・傾斜変動観測の高精度化)

 レーザー干渉計測を利用した孔井設置型の傾斜計を陸上の観測井内で検定試験を実施し、長基線の水管傾斜計と同等の精度が得られた。また干渉縞信号から変位に換算する非線形演算をリアルタイムに処理し、データ記憶容量を大幅に低減させた。これまでは陸上と同様にガスレーザー光源を用いてきたが、海底での使用を想定して省電力半導体レーザーに変更し観測を継続した。半導体レーザーは単独では温度変化にともなう波長の変化が生じるため、温度安定化をした状態で使用した。図57に示すように、以前のガスレーザーを使用していた時と遜色のない潮汐・遠地地震波のデータが取得できることが分かった(東京大学地震研究所[課題番号:1418]、Shinohara et al., 2006)。半導体レーザーは温度安定化のみでは10のマイナス5乗程度の波長安定度までしか得られない。高精度観測を目指すために、半導体レーザーの絶対波長をセシウムの吸収スペクトルを基準に安定化する実験を実施し、安定度の向上と全体のシステムの簡素化を図った。その結果、実際の観測の時間スケール(周期10秒以上)では10のマイナス10乗10のマイナス11乗の安定度が得られた。

(海底における長期地震観測の高度化)

 これまでの余震観測では高感度あるいは広帯域の海底地震計を用いていたが、ダイナミックレンジを拡大するため、加速度計を追加した多項目センサーの海底地震計の開発を継続的に進め、海底強震・高感度地震計を実用化した(海洋研究開発機構[課題番号:4004]、Isse et al., 2006Suyehiro et al., 2006)。消費電力を低減し、さらなる長期観測を可能とするため、鋸山地殻変動観測所壕内において実施してきた各種の加速度センサーの比較試験結果に基づき低消費電力の加速度センサーを採用した。この加速度センサーにより、高感度地震センサー(L25B型4.5Hz(ヘルツ))と併設しても1年間以上の長期海底観測が可能となった。図58及び図59に実用化した海底強震・高感度地震計及びそのセンサー部を示す。観測期間中に過去約20年間隔で発生してきたマグニチュード7クラスの茨城沖地震が発生すれば、前震・本震・余震系列の広ダイナミックレンジ記録が得られることが期待される。

(2)ボアホールによる地下深部計測技術の開発と高度化

 ボアホール利用による地下深部計測技術とは、雑音の多い地表から離れることによって高分解能のデータを得るだけでなく、震源核に近づいて地殻応力状態や断層物質を直接測定するための重要な技術の一つである。この研究項目では次のような研究が実施されている。

(地殻応力測定の高度化)

 ボアホールジャッキ式応力測定法の開発研究を引き続き実施した。ボアホールジャッキ式応力測定プローブは、硬い金属と岩盤ボアホール壁面の接触状態が変われば感度が変わるが、数値解析と岩石の薄板を用いた実測結果(図60)から、接触領域をある程度以下になるようにプローブを調整すれば、正確な測定値が安定して得られることが分かった(東京大学地震研究所[課題番号:1419])。
 ボアホール型観測機器の正確な設置に適用できる高耐久性FRPロッド(棒状の強化プラスチックの中に電線を通したもの)の実証実験を行った(名古屋大学[課題番号:1707])。また跡津川テストサイトで従来型水圧破砕法、高剛性水圧破砕法、埋設型応力解放法及びボアホールジャッキ式による比較試験を実施した(東京大学地震研究所[課題番号:1419]、名古屋大学[課題番号:1707]、防災科学技術研究所[課題番号:3013])。

(ボアホール間隙水圧測定)

 ボアホール間隙水圧測定においても、神岡鉱山坑道内の極めて近接したふたつのボアホール井戸(K1、K2)で間隙水圧の連続観測を続行し、その大気圧応答、理論地球潮汐、地震波応答(千島地震)に対する応答を詳しく解析した。その結果、K1井戸については、間隙水圧が理論どおり体積歪に比例することを確認した。一方K2井戸については、大気圧応答や潮汐応答がみられず、古典的な意味で不圧の井戸であることが明らかになった。ところが地震波応答をみてみると、K1井戸とK2井戸ではほとんど同じであった。このことはボアホール井戸については、古典的な意味での被圧・不圧の分類がそのまま適用できず、周波数応答特性(ゲインと位相)を把握することが重要である(京都大学防災研究所[課題番号:1810])。

(光干渉計測技術等先端技術の導入)

 地殻歪を高精度で計測するためのレーザー変位計の基礎的研究を実施した(東京大学地震研究所[課題番号:1419、1420]、新谷,2006、新谷・他,2006、Hori et al., 2007)。地下構造を連続長期モニターするために神岡のレーザー伸縮計は高分解能の伸縮計とそれよりは低分解能であるが基線長の絶対値を測定できる絶対歪計の2種の干渉計が稼働している。そのため高分解能の伸縮計データに欠落があっても、歪の累積量は絶対歪計の観測で補償される。実際の観測では絶対歪計で使われている100メートルの光共振器が周囲の振動や温度変化などに影響され、光軸が変動して系統誤差の一因となる。そこで長期安定動作をさせるために光軸制御システムを組み込んだ。デジタル制御方式により低周波で安定した制御特性が得られ、光共振器の安定性が向上した。

(3)地下構造と状態変化をモニターするための技術の開発と高度化

 地殻内の微小な応力変化、散乱体や地殻内流体の分布の変動、プレート境界での反射強度の時間変動、地殻深部の物質移動地殻比抵抗の時空間変化、地殻内の水の状態変化などをモニターするため、以下のような技術開発研究が実施されている。

(精密制御震源技術の高度化)

 愛知県新城市で行った地震計アレイによるアクロス震源のオフライン連続観測記録の解析を継続した。図61にアレイ伝達関数のセンブランス解析(正しい入射角を仮定したとき、センブランス値が高くなる)の結果を示す。後続波部分にセンブランス値の高い波群がいくつか観測されており、入射角が直達波よりも小さいことから深部を伝播した波群であることが分かる。理論走時との比較から、13秒〜14秒付近の波群はモホ面及びプレート境界での反射波に相当すると考えられる(名古屋大学[課題番号:1708]、Saiga et al., 2006Ikuta et al., 2006)。
 アレイ解析で検出されたセンブランス値の高い波群に着目して時間変化を調べた。図62にHi-netの鳳来観測点のデータを用いて3か月間重ね合わせた伝達関数の相互相関を計算して走時変動を調べた結果を示す(渡辺・他,2006、相馬・他,2006)。P波初動付近では時間変化がほとんど見られない(1ミリ秒程度以下)のに対し、後続波部分の波形には最大で約5ミリ秒の変化が見られる。東海地方での深部低周波微動の活発な活動を含む期間では走時遅れが大きく、活動が収まると元に戻る傾向が認められた。本解析で得られた後続波の時間変動の原因は地下深部の伝播経路上の何らかの変動である可能性がある。
 パルス波による精密制御震源の高度化研究をパリ地球物理研究所のフレンチアルプス観測壕で継続して実施した(東京大学地震研究所[課題番号:1420])。アルプスの観測壕は半年間降雪のため利用不能となり、また通信回線が細いため遠隔制御も不可能である。そこでメンテナンスフリーの観測システムを設計製作した。そのシステムは平成16年10月〜平成18年4月まで、完全に無人状態で一年半以上稼動した。観測点に隣接するダム湖の水位変動とほぼ連動した速度変化が検出されており(図63)、応力変化による弾性波速度変化の校正が可能と期待される。

(平坦かつ高感度な地震計の開発)

 レーザー干渉計を用いた伸縮計は高い感度を持ち、平坦な周波数特性を持っている。また、超伝導重力計やレーザー地震計も周波数帯は異なるが、平坦な周波数特性を持っていることから、広帯域地震計として用いることができる。そこでレーザー伸縮計や超伝導重力計、レーザー地震計が地下構造モニター用の高感度・平坦位相センサーとしてどの程度安定した特性を有しているかを相互比較する目的で同一観測点での並行観測を開始した(東京大学地震研究所[課題番号:1419])。

(マントル起源のヘリウム放出量計測技術開発)

 地下深部の状態変化をモニターするために地下深部からしみ出してくる揮発性物質、すなわちマントルヘリウム浸出量の観測技術開発を実施している(東京大学理学系研究科[課題番号:1505])。四国全域の30点以上で温泉遊離ガスや温泉水を採取し希ガスの同位体分析を行った結果、図64に示すように、マントル起源の3He(ヘリウム3)が、中央構造線に沿った地域、及び深部低周波微動地域で放出していることを見出した(Dogan et al., 2006)。

(4)宇宙技術等の利用の高度化

 GPSに代表される宇宙技術の利用は地殻変動観測に革命をもたらした。ここでは次のような研究が実施されている。

(GPS測位技術の高度化研究)

 長期間・長距離の測位精度の向上を目的として可動式アンテナ台による人為的移動量と測定量との比較研究を実施してきた(京都大学防災研究所[課題番号:1811]、Sato et al., 2006)。また、大地震時の変動の検出例として、スマトラ地震及びニアス地震時のデータを、新たに開発された手法を用いてキネマティック解析を試みた結果、これまでの解析に比べて安定した解が得られることを確認できた。GEONETの全国ネットワーク解析時系列に含まれる誤差成分のうち、対流圏遅延推定誤差に関連した長期誤差の見積もりを実施した(国土地理院[課題番号:6027])。また、GPS解析データに含まれる気圧荷重変動による地球の変形の影響について解析した。全地球気象数値モデルの客観解析値を用いた補正プログラムを開発し評価中である(防災科学技術研究所[課題番号:3014],島田・風神,2006、Shimada and Kazakami, 2006)。

(SARによる地殻変動観測手法の高度化研究)

 SARは地殻変動の面的把握が可能という優れた特性を持っている。平成18年1月に打ち上げられた地球観測衛星「だいち」のSARデータを使用した干渉解析が実施され、2007年(平成19年)3月25日に発生した能登半島地震(マグニチュード6.9)に伴う地殻変動が検出された(国土地理院[課題番号:6022])。その他、複数機関でSARの利用に関する研究が実施されているが、水蒸気遅延等、大気補正手法の開発が主要なテーマである(東京大学地震研究所[課題番号:1421]、国土地理院[課題番号:6022]、防災科学技術研究所[課題番号:3015]、情報通信研究機構[課題番号:0101]、古屋,2007)。
 地殻変動三次元成分が計測できない干渉SARの弱点を補うため、SAR画像位置ずれ情報から三次元的な地殻変動分布を推定する技術を開発し、2005年10月8日のパキスタン北部地震に適用した結果、三次元変動成分の分布図が作成され、断層運動の横ずれ成分が北部で大きいこと等が分かった(国土地理院[課題番号:6030])。

(次世代テレメータ衛星通信システムの開発)

 次世代衛星テレメータシステムの開発を行った(東京大学地震研究所[課題番号:1421])。低消費電力・高周波数利用効率の地震観測用衛星VSATシステムを主として跡津川断層周辺地域及び浅間山周辺地域の集中観測における実運用を通じて評価した。その結果、強度・特性・取り扱いの点で0.75メートル径のアンテナが最適であること、ヒーター貼り付け式の融雪装置が有効であること等が分かった。

課題と展望

 新たな観測・実験技術の各開発課題については、当初掲げた到達目標達成に向けて進展している。GPSと音響測距を利用した海底測位では、当初目標とした繰り返し観測精度2〜3センチメートルが達成された。また試験観測だけでなく、得られたデータが断層パラメータを求めるのに使われたのは特筆すべきことである。今後は連続測定に向けた開発が望まれる。精密制御震源技術開発に関しては、複数台のアクロス震源を位相制御アレイとして利用することにより、地下構造の状態をより詳細にモニターできるようになることが期待される。パルス波による精密制御震源の高度化研究が進展した。詳細な感度校正のため複雑な地形を考慮した解析を行う必要がある。GPS解析手法も進展したが、更に精度を向上させるために補正プログラムの開発、評価が必要である。SARについては、水蒸気遅延等、大気補正手法の高度化を図る必要がある。

参考文献

紀伊半島沖地震の断層モデル
図55
 (a)東北大の観測結果(赤矢印),及び国土地理院のGEONETの観測から推定された断層の位置と海底地殻変動(青矢印))。(b)海陸の観測結果を合わせた解析から推定された断層位置と海底地殻変動。T、N、Hはそれぞれ東北大学、名古屋大学、海上保安庁の海底基準点を示す(東北大学[課題番号:1207])。


図56
 熊野灘KMN局における海底ベンチマーク位置決定結果(名古屋大学[課題番号:1706])。


図57
 半導体レーザー光源のときの傾斜観測データ(東京大学地震研究所[課題番号:1418])。


図58
 実用化して茨城沖に設置した5台の海底強震・高感度地震計(海洋研究開発機構[課題番号:4004])。


図59
 海底強震・高感度地震計のセンサー部(海洋研究開発機構[課題番号:4004])。


図60
 応力測定プローブと岩盤のカップリングの変化にともなう岩盤壁面近傍の歪分布の変化(数値計算結果と実測値)(東京大学地震研究所[課題番号:1419])。


図61
 アレイ伝達関数のセンブランスパネル(名古屋大学[課題番号:1708])。


図62
 伝達関数の時間変化,(a)P波初動,(b)P波後続波,(c)SH波(名古屋大学[課題番号:1708])。


図63
 フレンチアルプスのダム湖に隣接する観測壕で連続観測された精密弾性波速度変化と水位変動(東京大学地震研究所[課題番号:1420])。


図64
 マントルヘリウムが出ている領域と非火山性深部低周波微動の見られる地域との関係(東京大学理学系研究科[課題番号:1505])。

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