1.(3)「地震破壊過程と強震動」研究計画

 大地震の破壊過程を詳しく調べることによって、断層面上のアスペリティやその周辺の不均質な応力降下の分布が得られる。このような情報を蓄積することにより、大地震発生に先立って震源域における破壊開始点やアスペリティ周辺の応力及び強度に関する特徴を知ることができると期待される。また、アスペリティの分布やその活動の再来性の理解が進めば、単に地震規模の予測だけでなく、大地震時の強震動生成域の分布についても定量的評価が可能になる。そのためには、震源過程の複雑さとともに、波動伝播への地下構造の影響を評価することも重要である。
 このような観点から、平成18年度は三次元地下構造や新しい種類のデータを導入することなどにより震源過程解析の高度化を一層進めるとともに、実際の地震への適用を引き続き推進した。その結果得られるアスペリティの微細構造を微小地震分布や構造探査結果等と比較して、アスペリティの特性を解明する。このアスペリティ分布とプレート境界や断層周辺の構造及び地震活動との関係を調べるとともに、震源域での地震波速度、重力、比抵抗、微小地震活動等の測定・観測及びデータ解析を実施した。こうしたアスペリティ研究や強震動予測の高度化のためには、高精度の地下構造モデルの構築や、強震観測の拡充・整備が欠かせず、これらの研究及びその成果に基づいた強震動予測の実証的研究を行った。

ア.断層面上の不均質性

(解析手法やデータの高度化による詳細なアスペリティ分布の把握)

 平成17年度に構築した、2003年(平成15年)宮城県北部の地震(マグニチュード6.4)の震源域を含むその周辺域の三次元速度構造モデルを用いてグリーン関数(地震波伝達関数)を再計算して、同地震の震源過程の再解析を行った。その結果を、一次元構造グリーン関数を用いた結果と比較したところ、両者はおおまかな特徴で一致したが、アスペリティの位置は、一次元構造グリーン関数による結果では震源断層の最も浅い部分にあるのに対して、三次元構造グリーン関数による結果では北側のやや深部となった(図5)(東京大学地震研究所[課題番号:1407]、引間,2007)。

(プレート境界のアスペリティと構造不連続・地震活動度)

 1944年(昭和19年)東南海地震の震源過程を近地強震計記録を用いて解析し、これまで考えられていたよりも愛知県に近い領域に大きなアスペリティがあることが分かった。これは、これまで津波データや地殻変動データから求められた滑りの大きな領域の位置とは食い違う結果である。そこで強震計記録から求められた滑り分布を用いて津波波形を合成し、検討を行ったところ、東南海地震の新しいアスペリティモデルでも津波記録を説明できることが分かった(東京大学地震研究所[課題番号:1407])。
 2005年(平成17年)宮城県沖の地震(マグニチュード7.2)の不均質震源モデルを経験的グリーン関数法によって評価し、強震波形を説明するためには2つのアスペリティが必要であることを示した(Kamae, 2006)。これらのアスペリティの場所は、強震動記録を用いた同様な方法で推定された1978年(昭和53年)宮城県沖地震(マグニチュード7.4)の3つのアスペリティのうち、破壊開始点付近及び陸側のアスペリティと、似たような位置に推定されている。また応力降下量は1978年のものと今回のものはそれぞれ同程度であったと推定されている(京都大学防災研究所[課題番号:1808])。

(内陸地震のアスペリティと地殻構造・地震活動度)

 1995年(平成7年)兵庫県南部地震(マグニチュード7.3)の震源域周辺の詳細な地震波速度構造を求め、地震波・地殻変動解析による地震時滑り量分布と比較した(Okada et al., 2007)。その結果、1995年兵庫県南部地震については、断層に沿って低速度帯が分布することが分かった。滑り量の大きな領域は、地震波速度の低い領域を避け比較的高速度の領域に分布しているように見える(図31)(東北大学大学院理学研究科[課題番号:1204])。
 国土地理院のGPS記録を使用して過去10年前後の新潟・神戸歪集中帯における歪速度の変化点の分布を調べた。近畿北部でせん断歪速度の変化が起きた地域を検出し、これがこの地域の発震機構を考えると地震活動の静穏化に対応することが判明した。さらに対象域を新潟まで広げた結果、新潟平野において新潟県中越地震の発生の2〜4年前に、歪速度の変化が見られる地域があり、かつ震源域に向かって移動していたことが分かった(図32)(京都大学防災研究所[課題番号:1807])。

イ.強震動シミュレーション・強震動予測

 プレート内の不均質性により、低周波地震動(f小なり0.5Hz(ヘルツ))と高周波地震動(f大なり0.5Hz(ヘルツ))の選択的な地震動導波効果と異常震域の生成過程を考察するために、フィリピン海プレート内で発生した、2006年(平成18年)6月12日の大分県西部の地震(深さ146キロメートル,マグニチュード6.2)の広帯域波形の解析を行った。二次元差分法シミュレーションによる地震波伝播計算との比較から、太平洋プレートと同様の規模を持つ互層構造が存在し、これが短周期地震動の導波効果を示すことを確認した。同時に、厚さ30キロメートル程度の薄いフィリピン海プレートでは、プレート内部の速度勾配により、散乱体の規模よりも波長の長い地震波が周囲の低速度のマントルへと散逸する効果も確認した。このような、プレートの導波効果の遷移周波数がプレートの厚さと不均質性の規模に依存することをシミュレーションから示し、観測との比較から、プレートが沈み込む方向に平行な薄い散乱帯が分布していることが分かった(図33)(東京大学地震研究所[課題番号:1408])。
 長周期地震動予測研究に関しては、濃尾地域で微動アレイ探査を追加実施し、三次元の地下構造モデルの作成を完了し、大分地域で石油コンビナート地区周辺の微動アレイ探査を行い、既存資料の空白域において反射法地震探査を実施したほか、苫小牧地域を含む石狩-勇払平野を対象に、2003年十勝沖地震(マグニチュード8.0)の長周期地震動の数値シミュレーションを行い、長周期地震動の特性について知見が得られた(産業技術総合研究所[課題番号:5006])。

課題と展望

 「地震破壊過程と強震動」研究計画の第一の目標は、地震の破壊過程を詳しく調べることである。この目標のため、地震波伝達関数の精度を高める様々な手法(現実的な三次元構造の導入、構造モデルの逆解析、経験的グリーン関数など)を開発したので、最近の地震(2003年宮城県北部の地震、2005年宮城県沖の地震など)に適用し、アスペリティの詳細分布を得た。この分布を、二重時間差法等で得られる高精度の地震波速度構造と比較して、地震波の高速度領域がアスペリティに対応するという結果が得られつつある。今後、この結果がさらに確認されるようになれば、地震波速度構造を明らかにすることによって、アスペリティの位置の予測という面での長期的な地震予知や強震動予測を実現する可能性を見出したことになるであろう。
 短周期地震波の予測のためには、長波長の構造をモデルに取り込むだけでは十分ではなく、短波長の不均質構造による散乱波を考慮する必要がある。沈み込むプレート内の不均質構造などを含んだ現実的な強震動シミュレーションを今後も進展させなければならない。

参考文献


図31
 1995年兵庫県南部地震震源域周辺のP波速度構造.黒十字は余震を示す。(a)平面図。(b)断層面に沿った分布(カラー等値線)。ほしは震源を示す。地震時滑り量分布(Yoshida et al., 1996)を等値線で示す(東北大学[課題番号:1204]、Okada et al., 2007)。


図32
 2004年新潟県中越地震前のGPS辺長変化から求めた歪速度(京都大学防災研究所[課題番号:1807])。

(a)S-wave Source in thin plate(D=35km)(b)Thick Plate(D=65km)
図33
 プレート内地震における波動伝播と異常震域の生成。P波とS波伝播特性と地表で観測される地震波形。(a)プレート厚さ35キロメートルの場合、(b)プレート厚さ65キロメートルの場合。(東京大学地震研究所[課題番号:1408])

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