第4章 人文学の振興の方向性

 前章までに整理した人文学の特性や役割・機能を踏まえ、今後の人文学の振興の方向性として、以下の4つの方向性を指摘することができる。施策の検討に当たっては、これらを前提とすることが肝要である。

(1)「総合の学」としての人文学を担いうる研究者の養成

 研究テーマの細分化が進行する中で、「総合の学」としての人文学を担いうる人材の養成が大きな課題と考えられる。例えば、通史を書くことのできる歴史研究者、哲学史を講義する中で、その随所随所で原典を学生に読ませ得る授業を展開できる哲学研究者といったタイプの研究者が少なくなっているのではないかと思われる。
 その要因としては、第1に、短期の研究成果を矢継ぎ早に求められる最近の研究環境の中では、研究者養成のプロセスにおいて、しっかりとした基礎的訓練を行う期間を確保できなくなっていることを挙げることができる。例えば、西洋の古典や漢籍を読み込める能力を育成することは、1年や2年では困難である。また、短期の研究成果を競うという状況の中では、研究テーマの選択にも一定の制約が課されてしまい、長期的に取り組むべき研究が行われなくなることが危惧される。
 第2は、専門を決定する時期の問題である。即ち、専門を決定する時期が早すぎると、若い時代に幅広く学ぶ機会を逸する可能性があるということである。一般的な訓練の期間を長く確保し、幅広く学ぶ機会を有していれば、研究テーマの設定も幅広い知的基盤に立脚して行われることとなり、当該研究テーマが有する重要性や解決可能性についての判断力がしっかりと培われた上で、研究に取り組むことができる。確かに、専門化の時期が早ければ、大学院生の段階で国際水準のジャーナルに掲載されるような論文を執筆するようなケースも出てくるが、その後の研究の展開がはかばかしくないというケースもしばしば見る。
 第3は、我が国の教育のプロセスにおいて、必ずしも原典が重視されていないということである。何がその分野において本質的な問題であるのかを判断する能力を育成するためには、原典を重視した教育が行われることが必須である。このことは、「輸入学問」という性格とも密接に関わる問題かもしれない。

 以上を踏まえると、「総合の学」としての人文学の研究者を養成していくためには、研究環境の現状という観点から見て、大局的な視点に立って、研究者としての能力や才能を磨くことができる教育の機会を確保することが必要であることが分かる。

(2)人文学の担い手としての「読者」の獲得

 人文学の振興のためには、研究成果としての著作や翻訳作品などを読む「読者」を獲得していく取組が必要である。特に、できるだけ高い水準における「読者」を獲得することが、最大の課題である。ここで言う「読者」の獲得とは、「教養」の社会的拡がりの確保を通じて達成されるものであり、著作や翻訳などを通じた研究成果の社会発信の努力と、メディア関係者の理解と協力により、実現されていくものと考えられる。

(3)大学等における教養教育の充実

 学問の細分化が進めば進むほど、学問が、社会の中であるいは時代の中でどのように位置づけられるのか、社会に対してどのような影響力を持ちうるのか等について、広い視野と適確な判断力が求められる。
 このような観点から、大学等において「総合の学」としての人文学を中心とした教養教育を充実させることに一定の意義があると考えられる。もちろん「教養」は個人に関する事柄であり、本来は個人のモチベーションと個人のアクティヴィティーを通じて獲得されるべきものであるが、文学部にとどまらない取組の重要性を指摘したい。

(4)国際交流の基盤としての「日本研究」の推進

 「日本研究」を通じた研究者の交流は、我が国と諸外国との国際交流の基盤となりうる。即ち、「日本」をトータルに、ある種の専門性を持って理解する人々を、自国の外に持ちうるかどうかが、これからの日本が諸外国と関わる上で重要なポイントとなる。そして、具体的には、思想、歴史、文学といった「日本」を理解する上で不可欠の研究分野において、諸外国において長期的に「日本研究」に従事してくれる「日本研究者」が育っていることが重要なのである。「日本」を学術的なレベルでかなり正確に理解してくれる外国人がいるかいないかということが、国際社会の中で我が国が諸外国との関係を構築していく上で大きな意味を持つはずである。
 しかし、残念ながら、近年、諸外国において研究分野としての「日本研究」の地盤沈下が著しい。日本研究所が東アジア研究所に改組され、アジア研究の一部という位置付けになっているような例もある。
 このような観点から、海外における日本研究者を可能な限り大事にするとともに、日本において研究をする拠点を確保し、国際共同研究などを通じた「日本研究」の推進を図ることが重要である。
 その際、具体的には、「日本研究」の一環として、海外の美術館、博物館等で手付かずのまま保管されている我が国由来の美術品、古書等の文化資源に対する研究を行うことも考えられる。例えば、大英博物館やボストン美術館等には、国内ではとても太刀打ちできないほどの和古書が保管されている。これらの文化資源を研究対象として、内外の研究者が共同研究を行うなどの取組みを進めることは、研究としての意味とともに、文化発信や諸外国の日本研究者の育成にもつながり、様々な側面から見て、総合的に有意義な取組みと言うことができる。

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