ジャーナル問題検討部会(第1回)議事録

1.日時

令和2年1月27日(月曜日)17時00分~19時00分

2.場所

文部科学省東館3階 3F1特別会議室
(東京都千代田区霞が関3丁目2番2号)

3.議題

  1. 議事運営等について(非公開)
  2. 今後の議論の方向性について
  3. その他

4.出席者

委員

引原主査、竹内主査代理、家委員、小賀坂委員、尾上委員、倉田委員、小安委員、高橋委員、谷藤委員、林和弘委員、林隆之委員

文部科学省

村田研究振興局長、増子大臣官房審議官(研究振興局担当)、橋爪参事官(情報担当)、丸山学術基盤整備室長、三宅参事官補佐

オブザーバー

上保 国立国会図書館利用者サービス部科学技術・経済課長、笹渕 大学図書館コンソーシアム連合運営委員会委員・早稲田大学図書館総務課長

5.議事録

○事務局からジャーナル問題検討部会運営規則(案)及び公開手続(案)について説明があり、了承された。
○主査代理に科学技術・学術審議会情報委員会運営規則第2条第8項に基づき、引原主査が竹内委員を指名した。
(傍聴者入室)
【引原主査】  そうしましたら、これから委員会を開始させていただきます。座らせていただきます。よろしくお願いします。
 本委員会の主査を仰せつかりました引原でございます。よろしくお願いいたします。
 委員の皆様には、お忙しいところ、御参加いただきましてありがとうございます。
 電子ジャーナルの問題は、委員の皆様方は以前から難しさをよく御存じだと思います。この問題をどうするかということについては、昨今関心の高いところでございまして、まず問題の本質を見極めまして、現状への対応、それから、今後への布石を打っていくことをこれからの考え方としたいと思いますので、是非ともよろしくお願いいたします。
 それでは、第1回ジャーナル問題検討部会の議事を進めさせていただきます。
 まず審議に先立ちまして、村田研究振興局長から御挨拶をよろしくお願いいたします。
【村田研究振興局長】  研究振興局長の村田でございます。議事に先立ちまして、一言御挨拶を申し上げます。
 このたび、先生方におかれましては、大変御多忙なところ、ジャーナル問題検討部会の委員に御就任を御快諾いただくとともに、この検討部会に本日御出席を頂きまして、誠にありがとうございました。厚く御礼を申し上げます。
 ただいま引原主査からお話がございましたとおり、我が国にとどまらず、学術研究成果の発信・流通の促進、更なる学術研究の展開や社会全体の発展にとっても、大変重要なものでございます。
 これらの研究成果については、主に論文という形でジャーナルに掲載されて公になるわけでございますけれども、御案内のとおり、定常的な値上げなどから、ジャーナルの購読価格は上昇の一途をたどっているものでございます。我が国では、大学図書館コンソーシアム連合(以下、JUSTICE)が行う海外出版社等との価格交渉において一定の成果を上げていただいている状況でございますけれども、なかなか価格上昇に歯止めが掛かるというところまでは至っていないというのが現状でございます。
 また、世界的にも、もう一つの動きとして、研究成果を無償で自由にアクセスできるようにするオープンアクセス化を推進しようという動きが顕著になっているものでございます。これも御案内のとおりでございます。これに伴いまして、オープンアクセスジャーナルの急速な普及が進む一方で、論文掲載時に研究者が支払う論文処理費用(Article Processing Charges:以下、APC)の負担が顕在化して、ジャーナルを取り巻く問題が一層複雑化しているものでございます。
 このようなジャーナルを取り巻く問題に対しまして、我が国としてどのように今後取り組んでいくべきか、現状、あるいは課題の把握、分析とともに、その対応策についても御検討いただきたいと考えております。
 ジャーナル問題は長年にわたって継承されてきた、世界の学術分野あるいは研究分野に共通する課題でございます。これは容易になかなか解を見いだせない難問でもございます。委員の皆様方の活発な御審議をよろしくお願いいたします。
 どうぞよろしくお願いいたします。
【引原主査】  ありがとうございました。
 本日は第1回ということでありますので、これまでの科学技術・学術審議会等でジャーナルに関して審議してまいりました、その経過を事務局から簡単に御説明していただきたいと思います。その後、倉田委員から、学術コミュニケーションにおける学術雑誌の位置付けを、過去の経緯を踏まえて改めて御説明いただきたいと思います。
 まず、事務局から資料について御説明ください。よろしくお願いします。
【丸山学術基盤整備室長】  学術基盤整備室長の丸山でございます。
 それでは、科学技術・学術審議会等におけるこれまでの審議経過を簡単に御説明いたします。資料4-1を御覧いただければと思います。
 文部科学省においては、2006年(平成18年)以降を振り返っても、この審議会の場、あるいは検討会において、電子ジャーナルへの対応、その周辺環境の整備の観点から、5回報告書が取りまとめられ、公表されております。中でも、特に電子ジャーナル対応を中核に据えて議論がなされました2009年、資料では下から2番目のところですけれども、平成21年には、柔軟で持続性のある新たな契約形態を早急に検討し出版社との契約交渉を行うことの必要性、交渉力強化の観点から、国公私立大学全体を包括する交渉のための組織について、その在り方の検討の必要性等について提言を受け、その結果として、JUSTICEが設立されるなどの成果につながっております。
 それから、平成26年(2014年)の8月の報告書、資料では少し色が付いている部分ですが、急激な円安を背景に、急きょ検討がなされました。そこでの議論においては、特に各大学のミッションやニーズ、置かれた状況を考慮した上で、最も合理的な契約形態を選択すべき、そのためには、合理的な契約形態を選択するべく、ジャーナルの利活用の状況など必要なデータを収集することが求められるとともに、ジャーナル契約見直しのセーフティネットとして、論文を機関リポジトリ等で公開する、いわゆるオープンアクセスを全国的に推進することの必要性が提言されています。
 資料4-2は、その平成26年8月のジャーナル問題検討会の報告で、ポイントとなる部分には下線を入れておりますが、本日は時間の関係で説明は省略させていただきます。
 このように、電子ジャーナルの問題は、その都度その都度議論がなされてきておりますけれども、先ほど局長より御挨拶申し上げたとおり、非常に複雑な問題で、なかなか最適解を求めるのが難しいという状況にございます。今回も、この御審議を通じて、この問題に少しでも切り込んでまいりたいと考えておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
【引原主査】  ありがとうございました。
 それでは、早速ですけれども、本日の議題に移ります。倉田委員から御報告を頂きたいと思います。先生、よろしくお願いします。
【倉田委員】  御紹介にあずかりました慶應義塾大学の倉田でございます。
 皆様、ジャーナル、学術雑誌に関しては、いろいろなお立場から大変お詳しく、また、御意見もお持ちだと思います。また、事務局の方からもありましたように、既に文科省を中心に、様々な形で議論されてきております。
 私がここで何を今更という気はいたしますが、あえて文脈を広げてみたい。つまり、近々の問題はもちろん重要で、今後の議論はそこが中心になると思いますけれども、一体学術雑誌って何なんだというところを振り返ってみるのも、これからの議論の出発点といたしまして必要かと考えました。
 学術コミュニケーションという広い文脈に、学術雑誌を一度位置付けてみてはどうかということでございます。現在の学術研究活動において、その成果の発表が学術雑誌を中心としているということは、余りにも前提過ぎて、そこを疑うことはまずありません。しかし、一度引いて考えてみると、実は学術コミュニケーションの長い歴史の中で、学術雑誌は非常に古い時代から今に至るまで中心的な地位を占めておりますが、その位置付けや機能は、実はそれほど固まったものではなかったといえます。つまり、その歴史的な経緯から、更に今後の学術コミュニケーションの方向性もふまえて、学術雑誌の位置付けをもう一度見直すことは、このジャーナル問題検討部会の「ジャーナル問題」とは一体何なのかを考える一つの契機になると考えております。
 では最初に、学術コミュニケーションとは何なのかというところから、正に釈迦に説法でございますけれども、お話しさせていただけたらと思います。このスライドは研究活動の模式図でございます。研究活動とは研究者の共同体、研究者たちの何らかの共同体の中で行われるものです。そこにおいて、基本的にメインとなるのはある種の実験であり、観察であり、調査であり、ここの部分が重要であることはもちろん論をまたないのでございますけれども、科学研究というのはそこから始まるわけではないということは、皆さんよく御存じだと思います。つまり、研究というのは、その前に既存の知識体系からの情報収集と自分の研究目的の設定、それから、研究を計画する、そこの部分が実は一番重要な部分でして、更に成果を公表することがシステム化しているわけです。研究者というのは、モチベーションとして、ノルム、規範として、情報を収集し、成果を公表するということが当たり前のことになっているわけです。
 どうしてそうなるのかということです。情報の収集の方は、理解しやすいと思います。実際に何か自分が研究をしていこうとするときに、その領域の研究動向を知らないで研究をすることはできないわけです。研究というもの、科学というものは、共同で行うものですので、他の研究者たちが一体何を行っているのかということを知らずに自分は何もできないわけです。これまでの様々な研究動向の中に自分の研究を位置付ける必要、これはもう絶対にあります。さらに、アイデアであるとか新しい方法論、新しいアプローチはないのか、何か自分の研究に関連するデータはないのか知る意味で、研究者にとって情報を収集するということは非常に重要ですし、ものすごく重要なポイントなので、積極的に行います、といいますかこれなしには研究はやれません。つまり、どうしても情報が欲しい、今欲しいという要求が非常に強いわけで、これは研究者の普通のモチベーションといいますか、関心から当たり前だと考えられるわけです。
 では、なぜ成果を公表するのかということです。成果を公表しないで、自分のものとして隠しておきたいということはないのかということです。もちろん、そういう部分がないわけではありません。新しい研究に着手していて、今自分がそれをやっていることはちょっと言いたくないということはあるかもしれません。しかし、成果が出たときに、その成果を隠すということは、現在の科学においては考えられません。なぜならば、成果を公表しなくては研究者として認められないからで、つまり、ここに評価が入ってくるわけです。業績の評価があるということが、基本的には、この成果を公表しなくてはいけないというモチベーションを支えているし、逆に言うと、この成果を公表しなければ研究者ではないということになってしまうわけです。
 では、その成果の評価というのはどこで行われるかというと、基本的には、研究者共同体の専門家同士で行われる、要は、ピアレビューです。ただし、そこにとどまらないのが現在の科学の複雑なところでして、所属機関や組織からの評価、社会全体からのアセスメントというものも、現在問題になりつつあります。
 この研究のプロセスにおいて、昔はお金というものが直接関与することがなかった。非常に牧歌的な時代においては、自ら情報が欲しいから自分の研究も公開する。他の研究者が公開してくれなければ、自分も情報が収集できない。そういうところで、研究者たちは情報を公開すること、情報をやりとりすることを「ギフトの円環」と言っています。つまり、ギフトを交換しているのであって、情報を売り買いしているのではないという感覚です。研究者たちが実際に実践している研究のプロセス、特に学術コミュニケーションは、ギフトの円環を基盤としているとこれまで言われてまいりました。
 では、具体的にどういう方法で学術コミュニケーションはなされてきたのかということを、歴史的にひも解いてみたいと思います。
 1番目、近代科学の黎明期においては、人的なつながりによるコミュニケーションが中心でありました。それが17世紀末に学術雑誌が創刊され、それが発展していきます。20世紀の後半になって商業化の進展が起こり、そして、今、電子ジャーナルの時代、さらには、オープンアクセスの時代へと来ていると考えられます。最後に、将来の学術コミュニケーションの方向性として重要なポイントですが、その位置付けというのがまだ定まっていない、オープンサイエンスの時代となります。この流れに沿って、少しお話しさせていただきたいと思います。
 近代科学の黎明期においては、人が移動するということもなかなか難しい時代でしたので、研究者が研究者同士で実際に対面で話をするということは、それほど多くの機会があったわけではなかったと想定されます。そこにおいて研究に関する情報はどういうふうに伝わったかというと、基本的には手紙、何らかの文書が回ったということです。公的な郵便制度が発達している時代ではございませんが、文書を運ぶという制度はありました。それ以上に使われたのが、「報知者」という人を使ったと言われております。つまり、直接研究とは関係なくても、各地へと動く職に就いている人、例えば、外交官であるとか、政治家であるとか、法律家であるとか、そういう国をまたいで動かざるを得ない人に手紙を託すということがなされていました。正に人のネットワークだけで情報が動いていた時代というのが確実にあったということです。
 初めての学術雑誌として非常に有名なRoyal SocietyのPhilosophical Transactionという雑誌がございますけれども、これが17世紀末、1665年に創刊されたわけですが、この学術雑誌は、この手紙を集めたものでありました。つまり、最初から別に現在のような論文の形が明確にあったわけではなく、様々な形でのニュースのような、こういう現象が観察された、自分がこんな実験をしたという話を、ある特定の報知者に向けて手紙を書いていたわけです。その報知者として非常に有名な一人が、Royal Societyの事務局長であったOldenburgという人だったわけです。Oldenburgは、自分のところに科学者からいろいろ手紙が来る。非常に断片的で本にはならないけれども、これをこのまま捨ててしまうのはすごくもったいないのではないかというところから、それをまとめて印刷物として刊行したらどうなんだろうということを考えたわけです。ですので、Philosophical Transactionの最初の方の号においては、著者が書いたものではなくて、Oldenburgが要約した記事が随分たくさん残っております。論文の書き出しも、Oldenburg、事務局長へというところから始まった。これが今でも雑誌に存在する、レタートゥエディターというに残っています。こういう人に向けてのコミュニケーション、人同士での情報のやりとりが学術コミュニケーションの始まりであったということです。
 学術雑誌というのは、こういう形で、ある種断片的ではありますけれども、最新の情報を伝える場として、急激に広まっていくことになります。Philosophical Transactionが公開されて以降、1世紀ぐらいの間に、学術雑誌のタイトルは非常に増えてまいります。その中で形式化が進んでいくことになります。一つは、学術雑誌論文の形式が確立していきます。ある種の実験を報告するという形が基本となっていきます。そこで徐々にIntroduction-Method-Results-DiscussionというIMRDという形式が定まったと言われております。
 査読制度が実際にいつから始まったかの明確な事実は明らかではありませんが、およそ18世紀末から19世紀頃には、編集委員会ではない、外部の研究者による査読制度が始まったと言われております。ただし、今非常に有名なScience、Natureのような雑誌の場合には、20世紀以前にこのような査読が行われていたという証拠はございません。学会の一部の雑誌から査読というものが徐々に始まって、それが普及していったということになります。
 現在インパクトファクター等の評価の前提となっています引用をする、引用論文をリスト化するということも、20世紀になってから、1930年代頃に確立した形式です。
 そういう意味では、学術雑誌自体は17世紀から存在しますけれども、今のような形式になったのは、早く見積もっても19世紀末、むしろ20世紀前半に今のような形が出来上がったと見る方が一般的ではないかと考えられます。
 この学術雑誌の発展を支えたのは、各分野別に次々と作られた専門学会です。学会にとって、その分野を代表するような雑誌の発行をすることが、活動の柱になってまいります。これは基本的には、その分野を発展させるためには雑誌を作らないといけない。研究者の成果を公表する場を作るということが重要視されたために、これが学会の活動の中心となっていたということだと思います。20世紀前半に、学術雑誌の研究成果を公表すると同時に、最新の情報収集の場でもあるという、今の学術雑誌の基本的な役割が確定したと言えると思います。
 この性質が大きく変わってまいりますのが、第二次世界大戦後、冷戦を背景とした、各国のいわゆる科学技術振興の政策によるものです。スプートニクショック等をきっかけとしまして、アメリカが非常にばく大な予算をかけて、国の政策として科学技術振興を行う。これがアメリカだけにとどまらず、ほかの多くの国においても、予算の1%とか3%とかをつぎ込んででも科学技術を発展させなければいけないという流れが作られました。それだけのお金が使われれば確実に成果は上がります。つまり、論文をたくさん公表しなくてはならないという基盤がここにできたわけです。
 ところが、この論文を出したいという研究者側の要請に対して、学会を中心とする専門の学術雑誌は、これに十分応えることができませんでした。これは当然のことでして、専門の学会を中心として雑誌を作っている場合、そう簡単に雑誌をやめたり作ったりということをすることはできないわけです。ある領域の雑誌として作られているものですから、そう簡単に変えることはできません。
 そのときに出てきたのが、商業出版社ということになります。ある意味では、どんな形でもというのは言い過ぎかもしれませんけれども、例えば、複合的な領域のタイトルを作ることも、可能なわけです。専門の団体とか学会ということをバックにしないで、その時々に、非常に流行のというのは言い過ぎかもしれませんけれども、みんなの関心があるテーマで雑誌を作っていくことができる。逆に言うと、集まらなくなれば、どこかで廃刊してしまえばいい。うまくいかなければやめればいいということが、商業出版社であるならば可能なわけです。
 さらに、専門出版社でございますので、専門の編集委員を置くことができる。これまで、やはり学会とはいっても、研究者が手弁当でやっているような学術雑誌が多かった中に、専門に編集を行う人を抱える専門の学術雑誌が出てきたということです。ただし、商業出版社は利益を追求するわけです。
 ここに挙げましたのは、正確な比較ができるものではございませんが、1959年に欧米において雑誌のタイトルの調査が行われまして、そのときには、学会誌が8割、商業出版社の雑誌の占める割合は1割程度だったという結果が出ております。それに対して、1995年、これはテノピアさんという、有名なアメリカの研究者が、これはアメリカの雑誌だけを調査したものでございますけれども、学会誌の割合は2割に減り、商業出版社の割合は4割に増えていたという結果が出されております。これを見てもお分かりのように、雑誌のタイトルベースで見たときに、既に商業出版社が占める位置が1960年代と90年代では大きな違いを見せていたということになります。
 商業出版社の位置づけが変化するのに伴い、雑誌タイトルの価格上昇が問題となっていきます。つまり、別に今価格の上昇が問題になっているわけではなく、商業出版社がある程度の規模になった1960年代後半以降は、常に雑誌のタイトルの価格上昇は、図書館員にとって非常に頭痛の種であったということです。
 今、図書館と申してしまいましたけれども、雑誌のタイトルが非常な勢いで増えた結果としまして、これまでの専門の学会を中心としていた学術雑誌の場合には、学会が直接雑誌を研究者個人に郵送していたわけです。それが、この図のこの線になりますこれが学術雑誌の基本的な流通体制だったわけです。ところが、タイトルが増えてきて、個人購読というものが限界に来ます。そのときに出てきたのが大学図書館なわけです。学術雑誌の大部分は、大学図書館が契約して、そこから研究者に渡るという、こういう流れになっているわけです。印刷版学術雑誌が隆盛した20世紀後半においては、このやり方が非常にうまくいっていたわけです。つまり、知識の生産を行うのは研究者、査読という形で評価を行うのも研究者、それを流通させるのが学会と商業出版社、提供するつまり、アクセスを保証するのは一部出版社でありますけど、大部分が大学図書館になった。さらに、大学図書館はそれを保管することで、長期的なアクセスの保証もできたということになるわけです。この体制を裏で支えていたのが大学ということですね。研究者の基本的な経済基盤を大学が保証しているからこそ、研究者は雑誌に論文を無料で、著作権を放棄して出すことができる。つまり、そこで経済的な対価を得ることなく成果を公表できるという体制になっていたことになります。このバックに大学という基盤があったが故に、研究者はある意味では自由に研究成果、学術コミュニケーションを行うことができた。印刷版学術雑誌においては、これがある程度うまくいっていたという時代だったと思われます。
 この印刷版学術雑誌のウィン・ウィンの関係が1980年代頃に崩れていくわけです。シリアルズクライシスと呼ばれる現象で、図書館が予算をつぎ込んでも、購入雑誌タイトル数が減少していってしまうということが起こりました。予算を減らしているわけではないにもかかわらず、購入タイトル数が減るほど雑誌の価格が高騰したということになります。もう既にこのとき学術雑誌のアクセスが図書館を中心とした形になっておりましたので、図書館が雑誌を買えないということは、直接的に研究者へのアクセスが保証されないということで、シリアルズクライシスと呼ばれたわけです。
 この問題は非常に大きな問題だったのですが、これとほぼ同時に電子ジャーナルが出現します。印刷版学術雑誌が抱える問題を内包したまま電子ジャーナルの時代に入ってしまったということだと思います。印刷版学術雑誌へのアクセスが問題になっている段階で、電子ジャーナルが出てまいりましたので、これは新しい情報メディアとしては異例なほど早く大学図書館で普及しました。つまり、1996年から97年に主要な出版社はほぼ全ての雑誌を電子ジャーナル化いたしました。わずかその4~5年後である2000年前後に、大学図書館への導入が始まるわけです。もちろん、紆余曲折(うよきょくせつ)はあるわけですけれども、今振り返ってみると、電子ジャーナルは非常に急激な形で私たちの世界に入ってきたということが言えると思います。
 この電子ジャーナルへの変化をまとめますと、何が変わったかと言いますと、雑誌の基本的な機能は何も変わっていなかったということです。つまり、研究者にとって、印刷版学術雑誌と電子ジャーナルにほとんど変化はない。発行している体制も変わりはないし、査読制やそういうことも変わりはない。著者としても、読者としても、学術雑誌と電子ジャーナルの間に大きな差はない。ただ、変化があったのは、今までの印刷物というものが電子ジャーナルのプラットフォームに変わったということと、大学図書館が実際にそれを保管したり提供したりすることはできず、契約だけを行う機関になったという点だと思います。ですので、電子ジャーナルの長期保管は今でも問題になっておりますけれども、一部のバックファイルやダークアーカイブという形での保証しかないという不安定な状態だということになります。
 電子ジャーナルがこのように非常に急激に普及した大きな理由が、ビッグディールという契約の形態であったということは、皆様よく御存じのことだと思います。ビッグディールが大きな問題を抱えているということも今更言うことはありませんが、ただ、ビッグディールは常に功罪として語るべきものだとは思っております。こちらは尾城さんが作られたスライドを流用させていただいておりますが、ビッグディールによって、これまで洋雑誌を購入できていなかった、アクセスが非常に制限されていた中小の大学に学術雑誌が導入された。電子ジャーナルという非常に使いやすい形で、広く普及したのが最大のメリットだったと思います。全体として、大規模な大学にとっても、より多くの雑誌のタイトルへアクセスできるようになった。これはビッグディールという契約だったからこそであることは間違いがありません。
 その代わり非常に硬直的な契約体制であり、価格が大学によって変わる契約となっています。同じ規模の学術雑誌にアクセスできても、A大学は、それに対して1000万しか払わなくて済むけれども、B大学は1億円払わなければいけない。何でそんなことになるんだというところが非常に複雑な契約で、しかも中止をしてしまえば、アクセスできるタイトルが大幅に減ってしまう。電子ジャーナルの新しい契約であるビッグディールであるが故に、このような問題をはらむようになってしまったということだと思います。
 ただ、このビッグディールの問題は、実は印刷版学術雑誌のときにはらんでいた学術雑誌の商業化という問題と基本的には同じだと考えられます。この過度な商業主義に対して、全く違う方向から出てきた動きがオープンアクセスということです。商業出版社、某出版社が典型ですけれども、その出版社へ集中し過ぎており、またもうけ過ぎているのではないかということに対してのアンチテーゼとして、学術情報とは「公的」なもののはずだという動きです。もっと多くの人がアクセスできてしかるべきだという考えから出てきたのが、利用に当たっては無料で制限なく利用できるようにするオープンアクセスの考え方です。
 この起源は明確ではありません。一つには、アメリカのthe Scholarly Publishing and Academic Resources Coalition(SPARC)が行った、商業出版社に対抗して行う代替雑誌の創刊です。商業出版社の同じ研究領域の雑誌よりも格段に安く、でも質の良い雑誌を学会から出しましょうという動きが、オープンアクセスの一つの起源だったといいます。もう一つが、今やオープンアクセスの伝道師と言われています、Harnadが主張した転覆計画です。研究者が自分が書いた全ての雑誌論文を自分でオープンにしてしまえば、その瞬間、全ての学術雑誌論文がオープンアクセスになるというのが転覆計画といわれるアイデアです。現在arXivとなっているe-print archiveは、1991年から開始されています。研究者が自分で自分の論文を勝手に公開して、それを共有していこうという動きです。このようなことが起源となって、オープンアクセス運動というのが出てまいりました。それを典型的にまとめた、多くの人たちにとって見えるようにしたのがBudapest Open Access Initiative、2002年に発布されたイニシアティブです。このイニシアティブでは非常に有名な言葉として、「古くからの伝統と最新の技術の融合」がオープンアクセスだと申しております。古くからの伝統というのが、最初に申しましたギフトの円環、研究者たちが対価を求めず実際に情報を交換するという規範を、インターネットという新しい技術によって実現させるのだという、そういう考え方です。
 次のスライドですが、過度な商業主義への集中というものの一つの例と言われております。これは2015年に出された論文ですが、上位の5大出版社に論文数がいかに集中しているかを調査したものです。商業出版社だけではなく、American Chemical Societyという米国の化学会が入っておりますが、上位の5出版社が全出版論文数のどれだけの割合を占めているかを示しており、左側が科学技術・医学系、右側が人文社会科学系です。どちらも1990年代後半のところから急激に赤い線が下降していると思いますが、この赤い線が、その他の出版社を示しています。5大出版社以外の出版社の割合が、これだけ急激に減っているということになります。2013年の段階で、ほぼ半分以上が5大出版社によって論文が生産されているということを示しております。中でもトップであるエルゼビアが占める割合は、かなり高いものになっています。
 同じ論文でエルゼビアの営業利益と利益率が示されていました。左側がエルゼビアの、このときはリード・エルゼビアですけれども、そのときの会社全体、こちらの右側の方が、科学技術・医学部門で、科学技術・医学部門の利益率が急激に上がっているということがお分かりいただけると思います。40%という利益率になっていました。
 このようなことを背景に、オープンアクセスを推進していかなくてはいけないということが言われているわけです。ただし、Budapest Open Access Initiativeが出された初期の段階では、オープンアクセスのタイプとしては、ゴールドオープンアクセスとグリーンオープンアクセスという、2つだけが言われておりました。ゴールドオープンアクセスというのは、現在ではフルオープンアクセスという言い方をしていますが、APCを著者から取って全ての論文をオープンにするという雑誌のことです。グリーンオープンアクセスというのは、主題リポジトリ、PubMed CentralとかarXivのような、研究者たちや出版社が無料で論文にアクセスできる形のリポジトリを構築していくものです。大学の機関リポジトリもここに入ります。
 しかし、実際にオープンアクセスを進めていくと、様々な形のオープンアクセスが出てきてしまった。1つは、ハイブリッドオープンアクセスという、購読誌ですけれども、著者がAPCを払って、その論文だけがオープンアクセスになっている。ディレイドオープンアクセスというのは、エンバーゴがあって、例えば半年後とか1年後とかにオープンアクセスになる。ブロンズオープンアクセスは、出版社サイドで、一時的に出版社がオープンにしているんですけれども、これは永続性がないと言われています。最後ですが、いる、無料で読めるが何であるかよく分からないというもの、たとえば今研究者によく利用されている、アカデミックソーシャルネットワーキングサービスがあります。は、ResearchGateやAcademia.eduというものですが、永続性や著作権という点で問題視されています。もっと極端なものではブラックオープンアクセスと言われる著作権を全く無視して様々な論文を公開してしまっているようなサイトSciHUB、これはもう明確に様々な点で問題だと言われていますが、そういうものも出てきています。
 つまり、理念としてのオープンアクセスは、無料にしなくてはいけない、学術情報は公的なものだというところから始まったものなんですけれども、実際にやってみると、いろんな形でフリーの論文が出てきているというのが現状だと思います。
 このオープンアクセスの発展の経緯を見てまいりますと、政策的な観点から、非常に強い発展を進めるような国が出てきていることは事実だと思います。ここでは一応米国、英国、ドイツという例を挙げさせていただきましたけれども、米国の場合、やはりアメリカ国立衛生研究所が助成する研究成果は全部オープンアクセスにしなくてはいけないという義務化方針というのを出した2009年というのが、やはり一つ大きな契機になって、PubMed Centralに医学生物学分野における論文のかなりの部分が集まってきており、600万論文ぐらいが、今ここからオープンにアクセスすることができます。
 一方、英国は、この前にもちろんいろいろな政策があったんですが、現在注目されているのは、Finch reportでゴールドオープンアクセスを推進すべきという勧告がなされ、さらに英国研究会議がAPCを国として助成金の中で補助するということを明確に打ち出したことです。英国の場合には、ゴールドオープンアクセスを中心に進められていると言われています。現在、幾つか報告書が出ていますが、英国では113大学の研究成果のうちの8割が何らかのオープンアクセスとしての基準を満たしていると言われております。これは2017年の結果でございますけれども、大学の研究者の成果をゴールドオープンアクセスとしていく「ことを明確に打ち出しているという政策があります。
 一方で、ドイツのマックス・プランクのデジタルライブラリーを中心とするopen access 2020(OA2020)では、購読契約であるビッグディールを、APCと購読をセットにしたPublish&ReadというTransformative契約で、学術雑誌の提供体制をひっくり返そうという壮大な試みが進められています。ドイツのコンソーシアムとは実際にこのPublish&Read契約が結ばれています。
 こういう国や研究機関、組織による政策や方針が大きな影響を及ぼし、特に研究助成団体の存在が、オープンアクセスが進んでいくには大きな力を持ったと思われます。ここまで長い間のオープンアクセスの進展状況を見てまいりますと、初期においてはグリーンオープンアクセスというものが注目され、その後ゴールドオープンアクセス、特にオープンアクセスメガジャーナルと言われるPLOS ONEやScientific Reportsというものが出てきて、その後、ドイツのTransformative契約が注目され、さらに、今はプレプリントサーバが注目されるというふうに、オープンアクセスとは一体何なのか、どういう方向に進み、どれが最後に残るのかということは、実はよく分からない。非常に混然とした状態になってしまっていると思われます。
 実際にオープンアクセスが現状ではどこまで進んでいるのかというのは、一つ重要なポイントではないかと思います。実は、このオープンアクセスの現状は、なかなか調査が難しく、いろいろな調査で調査方法がばらばらでして、なかなか結果の比較がしにくいものとなっています。私の判断で、一番現状を把握できているのではないかと思われるものが、Martin-Martinという人が2018年に発表したもので、2009年と2014年のWeb of Scienceに載った論文をGoogle Scholarで2016年に検索した結果として、どれだけオープンになっているかを調査したものです。これによりますと、2014年掲載論文においては、ゴールドオープンアクセス、つまり、オープンアクセスジャーナルで公開されているものは10.1%、ハイブリッドはわずか数%、それから、ディレイドオープンアクセスも数%であって、ブロンズがこの場合は結構多くて12%、グリーンオープンアクセスが10%です。その残りの大きな部分を占めているのは、フリーとなっていて、この研究者はこれをオープンアクセスとは認めていないんですけれども、無料で手に入る論文です。フリーを足せば、今50%のものはオープンアクセスとして入手できる状態になっているということを示しております。
 では、このフリーの部分で一番多いのは何かと言いますと、その下の部分になります。ResearchGateがほとんどを占めているということになります。これが機関リポジトリやPubMed Central、arXivといったグリーンオープンアクセスに比べて、明らかにそれ以上の動きをしているということで、今、研究者はこういうアカデミックソーシャルネットワーキングサービスで論文を収集するということがかなり一般的になっているということを示していると言えると思います。
 最後に、この先どうなるのかということなんですけれども、重要なポイントは、研究プロセス全体がデジタル化していくということだと思います。というか、今もう既にデジタル化しているわけです。デジタル化するということはどういうことかと言いますと、それが記録され、ある意味では共有可能になる。紙を中心としていた場合には、それを共有するというのは大変な手間と労力がかかるわけですけれども、今、全てがデジタル化され、そういう意味では可視化されつつあるわけで、やろうと思えば全て公開することが不可能ではないというところに来ているわけです。
 研究プロセス全体のデジタル化を示したものが、こちらになります。これはクラマーとボスマンという人が2015年に発表したもので、この後も似たような調査をこの方たちは続けていいます。研究プロセスをどう分けるかには、いろいろな説がありますが、ここでは、Discoveryから始まって、6つのプロセスに分けています。ちょっと見にくいのですが、真ん中が古い時代の、余り電子的なツールがなかった時代。それが2005年、2010年、2015年と、円が外に向かって広がっていく中で、様々な電子的なツールが利用できるようになったということを示しています。今や、情報を検索したり論文を入手したりするというところだけではなく、研究についてのデータ収集や分析といったところに関しても、様々なソフトウェアを使わないということはもはやないわけで、そのようなソフトウェアやプログラミングも、様々なプラットフォームで共有するということが部分的には行われ出しています。
 その中で、商業出版社がもはや雑誌の出版だけではなくなっているということは、よく言われている点でございます。つまり、今の研究プロセスのDiscoveryから始まって最後のAssessmentに関するそれぞれのプロセスにおいて、ここではエルゼビアとデジタルサイエンス社を例示していますが、既にエルゼビアの傘下にある会社が各段階でサービスを提供しているということです。例えば、Discoveryのところは、エルゼビアの場合は、Scopusがあります。それ以外にMendeleyがあるとか、そういうふうに読んでいただければと思います。もちろん、出版のところのScienceDirectが、エルゼビアの場合、中心ではありますが、もはやそれだけではなくて、それ以外のプロセスにも手を伸ばしているということです。これは2015年のデータですので、今は様々な企業の買収を繰り返して、更にこれを進めているわけです。
 デジタルサイエンス社は、出版のところはそれほど強くないですけれども、それ以外のところ、Read CubeをはじめとしてFigshareであるとか、研究者が実際に研究の中で使っていくような様々なサービスを展開しています。
 こういうふうに全ての研究プロセスがデジタル化されていく中で、一体学術雑誌は将来どうなるのかということです。学術雑誌はこれまで情報交換や成果公開の主要な場であったわけですが、今後研究プロセス全体のデジタル化が進んだときに、本当に今のような形で、雑誌がタイトルごとにブランディングをしながら並列する体制がどこまで残っていくのかは、分かりません。一部のブランディングがうまい雑誌タイトルだけが残るのかもしれませんが、これほど多数の雑誌のタイトルが並列するという形がどこまで続くのかは疑問ではないでしょうか。
 それから、研究成果の報告として定式化された論文というものが、定番、標準だったわけですが、いわゆるオープンサイエンスで、研究データが非常に重要視され出しているわけです。そうなりますと、論文は多様なデータへの参照機能を持っていればいいのかということになってきます。そのデータと論文の関係というのも、今後変わっていく可能性が非常に高いと思います。
 最後に一番重要なポイントとして、質の評価、これを学術雑誌はずっとこれまでやってきたわけですが、事前に査読者2~3名が読んで、公開するという、この現在の査読制のやり方が本当に継続可能なのか。今後も論文が増えていったときに、このような形がとれるのか。学術雑誌自体は、こういう根本的に大きな問題をはらんでいるのではないかということを申し上げておきたいと思います。
 以上でございます。ありがとうございました。
【引原主査】  どうもありがとうございました。
 それでは、倉田先生はそちらにいていただいて、質疑に移らせていただきたいと思います。
 今の御説明、歴史的な経緯から現状に至るまで、途中の経緯の変化を含めながらお話しいただきました。まず、ここで今の御報告について御質問等ございましたら、よろしくお願いいたします。
 どうぞ、林委員、お願いいたします。
【林(隆)委員】  非常に包括的な御説明いただきまして、ありがとうございました。本当に勉強になりました。
 お聞きしたいのは2点なんですが、パワーポイント資料で言えば20ページで、オープンアクセスの現状ということで、分析結果を引用されているんですが、このような調査に関して、日本の状況はどうなっているのかについての調査は存在しているのかどうか。日本が乗り遅れているというような、そういうような現状があるのかどうかということが1点目でございます。
 それから、今、日本のと言いましたが、例えば、終わりのところの23ページで、欧米の会社がプラットフォームビジネスをいろいろ展開してきているという、そういう状況がある中で、例えば、中国とか、ほかの研究活動の新興国が、オープンアクセスも含めキャッチアップしている国が、こういうものに対してどういうふうな対応をしているのかということも、もしお分かりになりましたらお教えいただければと思います。
【倉田委員】  ありがとうございます。
 最初のオープンアクセスの現状ですが、このMartin-Martinの論文においても、国別の動向というのは示されております。それによりますと、日本のオープンアクセス、パブリッシャーからのオープンアクセスの割合は26%ということで、決して低くはないと思います。リポジトリが9.9%と、ほかよりは少し低いということで、全体としては、トータル36%、それから、FA(フリーアクセス)が13.4%で、ほぼ50%ということで、特に日本は世界のレベルと比べて低いというわけではないと思います。
 それから、新興国がこういう新たなプラットフォームビジネスに対してどう対応しているかというのは、よく分かりません。特に中国の動きは、よく分かりません。ただ、こちらで御紹介したようなサービスは、全て世界展開をしているというか、国とかということと関係なく、世界を相手に商売しようとしています。研究者たちの学術コミュニケーション、研究プロセスそのものに入り込むような商売をしていこうということが明確に見える企業が出てきているということを申し上げたかったということになります。
【引原主査】  今の点でよろしいでしょうか。
 つい昨年の暮れでしょうか、Natureに、論文がどこの国の論文を引用しているかというマトリックスが出ているのですけれども、アメリカは広く世界中の論文を引用しているのですが、それ以外の国は、例えば、日本は日本の論文を引用している以外は、次はアメリカの引用で、それ以外は余り引用していないというような状況がございます。
 だから、オープンアクセス自身がどこを向いているかという点では、特定の国の論文をよく見てみて、そこから情報を得るような動きというのが今大きいように思います。ですから、その辺の現状も、今のトータルなパーセント以外に、傾向というのは把握する必要があるのではないかなと思います。
 他、御質問いかがでしょうか。
 倉田先生、私、質問させていただいてよろしいでしょうか? 先ほどResearchGateがかなりのパーセントを占めているというお話がありましたが、以前からResearchGateがエルゼビア等に買収されてしまうのでないかというようなうわさがあったりとか、そういうことになった場合、これは今までオープンアクセスで手に入っていたものが、全部押さえられてしまうというような流れになってしまうと思うんですが、いかがでしょうか。
【倉田委員】  常にそれは議論になっているところだと思います。今、エルゼビアはResearchGateを提訴していますが、裏でどういう交渉をしているかは全然分かりません。過去にエルゼビアはMendeleyという企業も買収しましたし、Social Science Research Networkという、社会科学のリポジトリとしては民間のものとしては有名だったものを買収してしまって、違う形の展開をもう始めているわけですし、そういう意味で、ResearchGateのような、研究者たち同士のソーシャルネットワーキングサービスとして展開してきたものが、そういう民間の企業に買収されてしまった結果どうなるのかというのは、確かに見えない部分があると思います。
 ただ、もしもエルゼビアがそういうものを狙って買収するのであれば、私の全くの私見ですけれども、ソーシャルネットワーキングサービスでの自由なやりとりを制約してしまったのでは、これをわざわざ買収する意味はないのではないかと思います。もちろん、著作権であるとか、エルゼビアが持っているものを安易に出させないような制約をしてくる可能性はあるかもしれませんが、研究者たちが自由に情報、論文などを交換できる――他に比べると、ResearchGateのようなソーシャルネットワーキングサービスの方がずっと便利で、ずっと簡単で、高機能です。だからみんなこれを使うのだと思うので、その意味では、これを全く違うものにしてしまうとか、逆に、買収して閉鎖してしまうというのは、余り考えていないのではないのかなと感じています。
【引原主査】  ありがとうございます。
 他、いかがでしょうか。どうぞ。
【小賀坂委員】  先ほどの林さんの御質問と倉田先生のお答えを聞いていて、少し思ったんですけれども。林先生の御質問で、日本のオープンアクセス率はという御質問があったと。それは、ですから、日本人が書いている論文が世界の中でどのようにオープンアクセス化されているかという問題であろうと思われます。
 一方で、プラットフォームの囲い込みに対する各国の対応はというのは、国として持つプラットフォームをどう他国に対して肩を並べていくかという問題かと思います。つまり、それは国が持つプラットフォームと研究者たちの関係という話になってくると。
 ですから、日本人が書く論文のオープンアクセス化、若しくは、それに対するアクセスの問題ということと、プラットフォームとしての日本の在り方という2つの問題があって、後者の方は、今度は日本のジャーナル、学協会をどうするかという話にもなると。
 倉田先生は、そのあたりのしゅん別みたいなのは何かお考えがあればと思うんですが、いかがですか。
【倉田委員】  日本のオープンアクセスは、今おっしゃっていただきましたように、日本人が筆頭著者である論文がオープンアクセスになっているかどうかでありまして、これの大部分は海外のジャーナルに載っているものと考えられます。
 プラットフォームという問題はやはり全く別だと思います。プラットフォームを、主要な出版社が牛耳っているというと言葉は悪いのですけれども、プラットフォームとして非常に進展させているという現状が明確にあります。残念ながら、日本だけではなくて、例えば、有名なところでは、スペイン語の論文をまとめたプラットフォームであるとか、アフリカの雑誌をまとめたプラットフォームであるとか、オープンアクセスを国レベルで支援していこうというものは結構ありますが、それが全体のオープンアクセスを推進するというところには残念ながらなかなかつながっていません。日本として、そういうプラットフォーム事業と申しますか、プラットフォームサービスというものをどういうふうに考えていくのかというのは、非常に大きな問題だと私も思っております。
【引原主査】  小賀坂委員、今の話でよろしいでしょうか。
【小賀坂委員】  ありがとうございます。
【引原主査】  他、いかがでしょうか。小安委員、お願いします。
【小安委員】  私も非常に勉強させていただきました。出版社、あるいは研究者として、成果を発表しようとする側、利用する側という視点でお話しいただいたと思いますが、現場にいる人間としては、もう一つ、査読者という立場があって、これに関する調査があったら是非知りたいと思います。
 というのは、昔、著名な雑誌がなぜ著名であったかというと、重要な知見をきちんとした証拠をもって発表していることを査読者が保証していたから、それを皆さんが必ず参照するのでちゃんと売れて、評判も高くなったわけです。ですから、それで利益を上げている分には、多分それほど大きな問題にならなかったと思います。オープンアクセスの問題が出てきて、それ自身は良いのですが、一つの出版社でも色々な雑誌を出していますから、私も経験がありますが、基本的には投稿される論文は載せるという方針の雑誌もあります。この場合には、最低限の条件は満たしたいから査読者に聞くという姿勢が見え隠れします。そうすると、我々に求められていることがすごく変わってきたような気がしていて、どこまで価値があるかではなくて、要するに、間違いがないかみたいなことを聞かれている気がします。同じ出版社でも、幾つかのジャーナルを持っている場合には、非常に戸惑うことがかなりあります。
 ですから、そういう意味で、査読者の観点からの調査というのがもしあったら知りたいなと思っているのですが、いかがでしょうか。
【倉田委員】  学術コミュニケーションにおける査読に関しての実証調査というのは非常に数が少ないです。調査しようとしても、出版社側にデータを秘匿されてしまうので、幾つか、特に不正という問題と絡めて、特定の出版社にめちゃくちゃな原稿を送りつけて、査読が通るかどうか見るという覆面調査みたいなものとか、そういう調査はありますが、それは研究倫理の問題を含みますし、やはりそれでは飽くまでもごく一部の雑誌の状況が分かるだけです。そうではなくて、一体査読が具体的にどういう形でおこなわれているのか、それが出版社や学会によってどう変わっているのかについての実態を調べるのは、かなり大変で、大規模なものはほとんど見たことがありません。
 研究者とか査読者にアンケートをしているという調査は多少ございます。要するに、査読に問題はあるけれども、重要であって、いいもので、だから続けてほしいという、一般的な話以上の問題をえぐるような調査というのは、残念ながら見つけられておりません。
【小安委員】  なるほど。著者が出版費用、APCを負担するようなモデルの場合には、出版社は、要するに、論文を出せば出すほどもうかるような仕組みになっているわけで、そうなると、どこがボーダーラインなのかというのはすごく不明確になってきているような気がしていますので、どこかでそういうものが――ないものねだりをしてもしょうがないのですが――あればいいなと思ったものですから。
【倉田委員】  一つ明確に申し上げたいのは、オープンアクセスということと査読とは、基本的には別の問題です。ですが、オープンアクセスがAPCを主体とするとなると、出せば出すだけもうかるという話から査読と結びつけてしまわれるわけです。オープンアクセスモデルを推進したPLOS ONEが、軽い査読ということを主張しました。Science、Natureのようなよりすぐったといいますか、エディターの感覚を強く出す、選んだ論文しか出さないというのに対して、そうではなくて、科学的に問題がなければ出していこうということは明確に主張しました。
 ただ、PLOS ONEも、最初は割合と受理率、却下されない割合が多かった、実際6~7割通っていたのですが、最近はそうではなく40%ぐらいしか載らなくなっていると言われております。年間3万論文出していたときがあったわけで、3人査読者が付きますので、9万人の査読者をどうやってコントロールするのかというのは、想像を絶する話です。多くの査読者を手当しないといけないオープンアクセスメガジャーナルは、こういうところで限界が来るのかなという気がいたしました。
【引原主査】  今のPLOS ONEですけど、私は、別にこの委員会の委員であるとかは関係なく、実際にどんなものかというのを投稿して様子を見てみたことがあります。どんな査読が付くかというのも見ましたところ、結局は付けられなくて、査読者を自分で推薦しろという形をとりました。ですから、非常にレベルの低い、言ってみれば、チェーンレビュアーが簡単に起きてしまうシステムなんですね。だから、雑誌としては、まだ完成されたものではないであろうというふうに、そのときは判断しました。それから後はどうなったか分かりませんけれども、それが3年ぐらい前の話です。ですから、そんなに大きくは変わっていないかなと思いますね。
 話をちょっと戻さないといけないかと思います。ジャーナル問題全体というのは、今、倉田先生にお話しいただいたように、非常に多岐にわたったところがあって、研究者のライフサイクルというか、それが全ての面において抑えられつつある中で、ジャーナルというのは一面にすぎないということがよくお分かりいただいたと思います。これは以前から議論されているところでございますけれども、ジャーナルの価格の問題というのは、必然的に起きてしまうことなんですね。需要と供給という考え方からすれば、欲しい人がいて、それを売る側はどうしてもつり上げていくという話になるのです。
 その中で、言いたいことは、オープンアクセスがそれに対する対抗軸となり得るかという話です。対抗軸に持っていったものが、いつの間にか収入源にされてしまっているのではないかと思います。だから、新たな手を打ったら、全部出版社の収入源側に化けていってしまっているということだと思えるのです。ここでの議論で、本当に日本としてこうしますと言った途端に、向こうの収入源になりかねないわけです。その実態はなぜ起こるのかという点について、倉田先生、何か御意見ございますでしょうか。
【倉田委員】  それはなかなか難しい質問です。ここまでオープンアクセスの動向を追いかけてきて、かなり政策的といいますか、研究者の自発的なところから出た部分ももちろんありますが、政策的にオープンアクセスにしようという、別に国レベルだけではなくて、機関であるとか、特に研究助成団体とかの動きは、明らかにオープンアクセスを推進したと思います。
 逆に、そうであるからこそ、その政策的な動きに対して、出版社側も対抗策が練られるのかなという感じは確かにしております。
 オープンアクセスの理念自体は大変すばらしいし、絶対やっていいことだと思うんですが、その実現方法のところで、これまで出版社が行ってきた購読モデルをひっくり返すための方策を、こちらが考えれば考えるだけ、その対抗策が出てきてしまっているというところは、そのとおりだと思います。
 そこをうまくやる方法があるのかは、難しいなというところです。お答えになっていなくて申し訳ありません。
【引原主査】  ありがとうございます。
 他、いかがでしょうか。じゃ、竹内委員、どうぞ。
【竹内主査代理】  大変包括的な話をお聞かせいただきまして、ありがとうございました。
 結局のところは、科学コミュニケーションの中で誰かがコストを負担しないと情報流通というのは起きないということになるわけなんですけれども、オープンアクセスのモデルというのは、基本的には情報生産者にそのコストを負担させるというモデル、特にゴールドオープンアクセスと言われるものは、そういうモデルであるということになるかと思います。
 しかしながら、現実的な問題として、学術情報の受け手、利用者ということを考えると、必ずしも研究成果を出す人ではなくて消費する一方という人たちもいるはずですので、情報生産者のみにコスト負担に関する考え方というのは、倉田先生はどのようにお考えになるでしょうかというのが1つ目の質問です。
【倉田委員】  確かにおっしゃるように、生産者よりも消費者の方が多いというのは、そのとおりだと思います。一方で、これだけ論文数が増えているということは、生産者及び生産者になりたいという人の数もかなりのボリュームにあることも事実なのではないのかなと思っております。
 なので、生産者だけが負担すればいいというやり方で本当にいけるのかは大きな問題だと思いますが、オープンアクセスを進めるのならば、やはりそこで何かモデルを作り出さないと、今までの利用者から広く浅く集めるという形ではないビジネスモデルを考えないと、オープンアクセスをサステナブルに継続させるということはできないだろうと思っております。
【竹内主査代理】  倉田先生のお話は、大局的というか、大きなお話で、学術雑誌の将来ということで、雑誌のタイトルの必要性とか、それ以外のことについても御言及がありましたけれども、私のように大学図書館を預かる立場で言いますと、経費の問題というのは非常に大きくて、あちこちで今言われている雑誌の問題というのは、倉田先生のスライドで言うと、13ページにおけるビッグディールの功罪の部分に書かれている、メリットを受けていた中小大学が、そのメリットを受けられないような状況に追い込まれているということが、大きな問題とされているのではないかと思っております。
 倉田先生のお話の中では、ビッグディールについては功罪の両方があるとお話でしたけれども、この功の部分がだんだんなくなっていくかもしれないという可能性の中で、どのような方策が可能性としてあるとお考えかというのをお聞かせいただければと思います。
【倉田委員】  ビッグディールというのは、電子ジャーナルならではの新しい契約形態だったわけで、今までの雑誌一タイトルごとに必要だから買いましょうという考え方から、とにかくまとめて契約すればアクセスできますという、アクセスを保証する形に変わってしまったわけです。買うということは所有するということですので、所有しないでアクセスだけをできるだけ広く得ようというデジタル情報への新しい考え方だと思います。
 デジタル化が進んでいる時代において、その考えは正しいと申しますか、必然だと思います。電子ジャーナルがもたらした大きな点は、所有ではなくてアクセスであるということだと思います。
 アクセスを何とかして保証しないといけないとなったときに、このビッグディールは、最初のとば口としてはものすごくうまいビジネスモデルで、実際に功として私はやはり大きかったと思います。
 ここに来て、それがうまく動かなくなっていることを受けてオープンアクセスと組みにしたtransformative agreementが、今提案されているのだと思います。
 ただ、こういう何でも込み込みにしてしまうのは、モデルが不透明になり硬直化してしまう可能性は、今のビッグディールと同じではないかという懸念はあると思います。ビッグディールというモデルが不透明だからこそ、今、中小大学への功の部分がなくなりつつあることにもつながっていると思います。
 その意味でtransformative agreementというのは、魅力的です。オープンアクセスになる費用と込みでお金を払えば雑誌へのアクセスもできるようになるわけですから。一方でこういうモデルはかなり慎重に考えないと、またビッグディールの二の舞になるという不安は、とてもよく分かります。
 ただ、ビッグディールは、まだ当分は日本では継続されると思いますが、将来的にこれが続くとはちょっと思えません
【引原主査】  他、御発言のない委員、いかがでしょうか。どうぞ、高橋委員。
【高橋委員】  先生、ありがとうございました。
 電子ジャーナルになる前は、大学図書館の機能がはっきりしていて、そのサイクルもよく回っていたということなんですけれども、これが崩れて、現在はもう大学図書館というのは、ある意味では契約そのものだけが大切になっているということになると、なおかつ、今お話がありましたビッグディールということになりますと、それが不透明であるということになると、大学の図書館と、それから、それにおけるコミュニティの在り方というものを今後どういうふうに変えていける可能性があるのかどうなのかということを、先生の御知見から頂けると有り難いと思いますが。
【倉田委員】  大学図書館のコミュニティをどう変えていけばいいかということでよろしいでしょうか。
 これまでは資料を図書館が買って整理して提供するという非常に明確な役割があったわけで、図書館にここはお任せすると言えたと思います。しかし、ビッグディールのような巨大な予算になりますと、図書館だけでもう判断できなくなっているわけです。図書館が中心になって考えていても、既に大学の共通経費化が行われているので、大学が学術基盤を整備するに当たってどう考えるかという時代であることは、間違いがないと思います。
 電子ジャーナルの整備に、さらに研究成果のオープンアクセスを支援するのか、所属研究者のAPCの支援も含めて、そういう全てを包含して、大学としてどう考えていくのか、さらには、一大学だけではなく、日本の学術研究基盤として、どういうふうに考えていけばいいかを考えなければいけない時代です。そういう意味では、図書館のコミュニティだけでどうこうできる問題ではもはやないというのはそのとおりだと思います。
【引原主査】  どうぞ、小安委員。
【小安委員】  今の点で、少し論点はずれてしまうかもしれませんが、発言させていただきます。前回のジャーナル問題検討部会の要旨を見ても、基本的には大学のことにしか触れられていませんが、サイエンス全体のことを考えたときには、大学だけではないと私はいつも思っています。今回、ここに科学技術振興機構も含めると、4つの国研の関係者が入っているというのは、恐らくオールジャパンでいろいろと考えるということであると考えています。
 そうなると、別にこれは大学だけの問題ではないはずです。私、最初にこの研究の世界に入ったときには、東京都の研究所におりましたけれども、そこにもちゃんと図書館はありました。現在所属している理化学研究所にも図書館はあります。それらも全部をまとめて考える必要があると思います。
 どこかでお話ししましたが、我々が出版社と交渉したときに、アカデミア価格の話をしたら、「理研もJUSTICEに入ればいいではないか」と突き放されましたが、しかし、JUSTICEにはなかなか入れていただけないという、現状があります。ここら辺を改革していかない限りは、日本は一枚岩になっているように見えないのではないかなと思います。これは倉田先生に言ってもしょうがないのは分かっているのですが。
 だから、議論するときには、日本全体として、この問題にどういうふうに取り組むかという観点で議論していただきたいと思います。大学図書館の問題だけにするのは、よろしくないと思っていますので、申し上げました。
【引原主査】  ありがとうございます。
 それは、主査として、私がコントロールしないといけない部分だと思うのですけれども。この委員会自身は、図書館をどうするかという委員会ではございませんので、電子ジャーナルとしてどう考えるべきかと思います。たまたまというか、図書館関係の人間が多いのは、今までそういう情報に通じているということは当然あるわけです。それは当然のことだと思います。ですから、今おっしゃったような、これからオープンサイエンスというような方向へ向かったときに、大学がという話では多分ない。間違いなく、それはないと思いますし、民間の企業にいらっしゃる方も、これは同じような問題を抱えていらっしゃるわけですから、それを日本と、というか、ビッグディールに対して、学術情報が必要なコミュニティが、どうやってそれを維持していくかという問題だと思います。その上で、その中で、特に日本がどうするかという問題になってくると思うのです。
 先ほどからお話ありましたように、実情が分からないという状況がありますよね。そこがものすごく問題だと思います。倉田先生もおっしゃいました、先ほど見せていただいたオープンアクセスの比率というのは非常に刺激的なもので、じゃ要らないじゃないかというような話も起きかねないわけですね。50%も見えるんだったら、その残りの部分がひょっとして要るんだったら、著者に直接言えば手に入るでしょうという話だって当然あるわけです。ですから、この数字というのがどれだけ本当に各セクトで把握しているかというのは重要ではないかなと思います。それに対して払っているお金が見合うものなのかどうかという観点は、これはもう避けて通れないと思うんですね。
 ですから、お金の問題、それから、アクセスの問題は当然ありますけれども、それ以外にもあって、問題が複雑になるのは当然です。ですから、それを少しずつ解きほぐしながら見ていく必要があります。きょうはオープンアクセスという筋でお話をしていただきましたが、この流れの中で、これは使えるものなのかどうかという議論をもう少しした方がいいのかなと思います。
 いかがでしょう。家先生。
【家委員】  少し別の観点になるかもしれませんけれども。大手出版社の戦略に対してどうするかということもありますけれども。この部会でもいつか議論していただけると思うんですけれども、日本のいろんな学会が、それぞれの歴史と伝統で自前のジャーナルを維持してきたと。私、大分前に少し調べたことがあるんですけれども、どこの学会も経営的に非常に厳しくなって、自前で維持してきたジャーナル、特にデジタル化とか、そういうことにとても耐えられなくなって、場合によっては大手のそういう商業出版社に、身売りという言葉は悪いですけれども、そっちにプラットフォームを移すという選択をしたところもかなりあるし、それでも歯を食いしばって頑張っているところもあるし。そういう現状というのは、調べたら、どこかにデータはありますでしょうかね。
【引原主査】  先生、いかがですか。
【倉田委員】  精密な調査結果はなかなか難しいと思いますが、先ほど御紹介いたしました5大出版社の論文の割合についての研究では、小さな出版社が大手のプラットフォームにどれぐらい移ったかというパーセントは示されております。
 ただ、個別の国、特に日本のがどうかとか、そういう細かいことになりますと、こういう大きな実証研究の場合、やはり何千万論文を扱うので、ある程度プログラミングで結果が出せるような部分しか出てきません。こういう調査結果がオープンデータになっていてくれれば、日本のところだけを取り出して再分析とかできますが、やっぱりWeb of Scienceのデータの取扱は厳しくて、オープンになることはありません。
 大規模な調査結果を再分析することはできませんが、日本に関しては、私がもっと小規模な形で調査したときに、学会が電子ジャーナルになる段階で、主要出版社のプラットフォームに変わったのはたしかですが、それがすごく高い割合かというと、そうでもありませんでした。明確にこういうデータが欲しいということがあれば、小規模な形で、日本のものだけのデータを調査、分析することはできるのではないかと思っております。
【家委員】  もう一つ、先ほど倉田委員が言われていた査読というか、論文のクオリティ保証の問題なんですけれども。昔、これも古い良き時代かもしれませんけれども、論文が投稿されたら、査読者はそれに対して建設的な批評を述べて、一緒に論文のクオリティを上げていくというのがあったと思うんですけれども。やっぱりAPCベースになると、どうしてもその辺は手っ取り早くイエスかノーか判断して、出すものは余りブラッシュアップすることなく出してしまうという、そういうカルチャーになりかねないと思っているんですね。それはそれで、時代の流れとしてしょうがないのかもしれないんだけれども。その辺はどういうふうに考えたらいいんでしょうね。答えのない質問で申し訳ありません。
【倉田委員】  査読や質の保証は、オープンアクセスとは関係ないのではないかなと思っています。むしろ研究者が査読にかけられる時間が、以前は1か月とか1か月半あったのが、もう今や2週間だとか10日だとかと言われ出しているような気がしています。皆様も結構御経験がおありになるのではないでしょうか。
 全体として、非常にスピード感を持って論文を刊行していかないと、やはり雑誌間の競争に負けるという感覚があるのではないでしょうか。研究者はあの雑誌なら早く刊行されるということには敏感なので、非常にブランド力が高い雑誌は別格ですが、早く出したいという要求から選ばれる雑誌もあると思います。いろんな雑誌が乱立している状態では、新しい雑誌ほど、査読期間を短くして、早く結果を出してという方向に流れていっているのではないかなと思います。
 ただ、その辺も実態調査ができていないので、雑誌の方がそういう情報を公開する形になってくれないと、査読のところだけがずっとブラックボックスのまま、訳が分からないまま動いているなと感じるところです。
【引原主査】  尾上委員、どうぞ。
【尾上委員】  最後の方で、商業出版社が、いろいろな研究をして論文執筆、出版へのエコシステムに関する全てのフェーズで出てきているという話があったと思うんですけれども。この中で、もちろん、例えば、パブリケーションだけを見ているのと全体プロセスを見ているのでは、それをどういうふうなビッグデータとして扱っていくかというところで言うと、商業出版社が得るものというのは非常に多いとは思うんですが。収益を上げるというところでは、まだパブリケーションだけを見ているのか、あるいは、もうちょっとほかのところでも有償化してみたいなお話があるのかというのは、何かもしありましたら、教えていただけると有り難いです。
【倉田委員】  皆様も御存じだと思いますが、例えば、アセスメントのツールとしてエルゼビアのSciValは、完全に有料のサービスとしてかなりの大学で使われていると思います。アセスメントのプロセスは関心が高いので、結構お金を取りやすいところなのではないのかと思います。パブリケーションのプロセスでも、例えば、デジタルサイエンスは、Figshareというむしろオープンを基礎としたサービスを展開していますが、それをうまく使って、アセスメントのところでは収益を上げようとしています。このエレメンツ社というところは、たしかイギリスにおけるAPC支払についての各大学への支援に当たって、各大学がAPCや補助額などを簡単に計算できるようにするモニターシステムを、英国情報システム合同委員会と共同で開発している会社だったと思います。
 いろいろなデータの管理システムなどに入り込んでいこうとしているのではないかなと思いますし、そこは結構お金が取れると踏んでいるのではないのかなという気がいたします。
【引原主査】  よろしいでしょうか。
 じゃ、林委員、どうぞ。
【林(和)委員】  質問というよりは、コメントになりますが、やはり2000年代というのは、ウェブが本格的に浸透して、オープン化を含めて、様々なサービスが実現される中で、ベンチャー企業が立ち上がりました。そして、2010年代に何が起きたかというと、その事業サステナビリティの問題が出てきます。その結果、(社会科学系のプレプリントサーバーである)Social Science Research Networkはエルゼビアに買収され、Mendeleyも同様の道をたどっています。一方、頑張っている物理系のプレプリントやarXivは、研究助成団体や登録機関からお金を集めるのに苦労しているような状況です。このような状況下、例えば、ChemRxivと呼ばれる、化学系の学会が5学会、米・英・独・日・中で集まり、学会でプレプリントサーバを立ち上げてサステナビリティを求めるみたいな、2020年代はそういう流れにあるのが私の認識です。
 結局、皮肉なことをあえて申し上げますが、ビッグディールで利益率を上げた商業出版社が利益を原資に、新しいサービスを開発するベンチャーを買ったり投資をしたりすることによって、学術情報流通の変革を進めていると見ることができなくもないというような状況です。これは私は、グローバルに見た場合は、それはそれで、科学の発展のためにおいては健全なんだろうと思います。
 むしろ、日本の問題は、グローバルでデジタルネイティブなエコシステムの発展を切り拓く、ないしは、その裏側を支える産業が日本では全く生まれていないという問題があります。日本語の出版産業の問題を差し置いても、学術情報流通に関する産業にそもそも光が当たっていません。長くなり恐縮ですが、実は、この手のベンチャーツールというのは、大体ポスドクなどの若い学生が、自分が楽したいから、自分がこうしたら面白いから開発することがほとんどです。その事自体は実は日本でも起きていることを2000年代に私は確認しています。ところが、それが産業に繋がらないのです。つい最近、ようやくAIで論文の抄訳を作るペーパーダイジェストというツールが日本発のベンチャーとして世界でも注目されるようになっていが、こういう学術情報流通を変革する取組が日本でも増えていくような、そういう議論も、この部会でやる必然性があるのかどうかは分かりませんが、オープンサイエンス時代の学術雑誌を位置付ける上では避けて通れないのかなと思った次第です。
【引原主査】  ありがとうございます。
 今おっしゃることは当然で、日本発のジャーナルとかいう議論は昔からやられるわけですけれども、今、ジャーナルを1誌立ち上げるのにどれだけの労力がかかるかというのと、それが認知されるのに何年かかるかということを、皆さん本当に経験して言われているのかどうかという問題があります。
 ところが、プラットフォームというのは、そこに人を集めるわけですから、プラットフォームによって集めて、そこにジャーナルを立ち上げるというのは非常に簡単な話で、別のゲームができるわけですよね。そういう発想にならなくて、いつも購入して、自分たちが今のパターンを追いかけていくというやり方をしてきている。それでは、絶対にこのジャーナル問題というのは片付かないのではないかなと思うのですけれども、どうですか。
【林(和)委員】  おっしゃるとおりで、私も査読システム開発とか電子ジャーナル出版ビジネスに携わった人間としては、例えば、スケールメリットを出さない意味が全くないことがわかっています。だた、やはり日本では(学協会統合が難しいように)まとめることがやりづらかったという点は非常に忸怩たる思いもあります。スケールメリットを生かすことは必然で、繰り返しになりますが、スケールメリットを生かして生まれた利益を使って例えば、学協会でプレプリントを運営して、学術情報流通の変革や発展に貢献するというように、学協会は今後なっていかないといけないのかなと思う次第です。
【引原主査】  ありがとうございます。
 先ほど家委員がおっしゃいましたけれども、日本の学協会がという話があるんですが、日本の学協会というのは、会費で何とか成り立つという形態を持っていますよね。それがもうかなり破綻する状況に今あります。それは多くは、企業からの企業会員とかいうのが減ってしまっている。それから、分野のシフトにもかかわらず、昔ながらの分野で人を集めようとしている。そういうことがあって、学会が論文を維持できなくなってきている。となると、先ほどおっしゃったような身売りというか、そういうのはもう必然的に起きていくかもしれないですね。なぜそうなるかというと、収益を保ちたい。学会を維持するために収益を保ちたいという、本末転倒の状態になってしまっている。
 だから、学協会を維持して、会員のためのサービスとして論文を出してきたものが、いつの間にか逆転して、学会を維持するために論文を原資にしているという、そういうことで、そこにオープンアクセスフィーという訳の分からないものを乗せてくるということもあると。だから、オープンアクセスというものの、そのフィーとしての見方というのは、それぞれステークホルダー自身が全然違うものを見ている可能性があるなというのが、今一つ、家先生のお話を聞いて思ったことです。
 どうぞ。
【林(和)委員】  その流れで、コメントすると、今日は学術雑誌の位置付けということで申し上げると、1665年、Philosophical Transactionができたときと、実はそのたかだか5年前の1660年にRoyal Societyが発足しています。学会も実は雑誌とともに生まれているという歴史的事実があります。
 すなわち、学術雑誌の位置付けを学術コミュニケーションの中に位置付けし直すというのは、学会の位置付けをし直すということとほとんど変わらないということを踏まえて議論をすべきと思います。
【引原主査】  ありがとうございます。
 どうぞ。
【小安委員】  その学協会の雑誌のことで言うならば、たしか、私の記憶が正しければ、学術会議の協力学術団体になるために必要だから、必然的に作らされたという側面があったと思います。ところが、それが英文雑誌ではなく、結局、日本語版のものしか出さないから広がらないという、これをずっとやってきたのだと私は理解しています。そこの考えは少なくとも変えなければいけないだろうと思います。
【引原主査】  ありがとうございます。
 御発言まだの谷藤委員、いかがですか。指名して申し訳ないですけど。
【谷藤委員】  このオープンアクセスの話をどこに持っていくのかというと、最後は、それが科学の発展に貢献しているのかというところに尽きると思います。それはオープンアクセスの率が増えることと相関性があると見ることもできるんですけれども、やはりどういう質の論文を出しているのかとか、どういう読者がいるところにいいタイミングでこの論文を出しているのかとか、いろんなことと関係しているので、無理やりデータを読むというのはかなりやり過ぎであろうという内なる議論でもって、例えば材料分野では、オープンアクセスであることと、科学の発展には明らかな相関性はないと見ていると思います。
 そうすると、オープンアクセスを進めるために幾らお金を出すと言っても、それはお金があったらこのジャーナルに出せるのにではなくて、お金を出すとどのくらい引用する確率が増えるのかという、これは投資の話になってきます。オープンアクセスにしよう、それは正しい、だからやるといったときに、その選択肢が図らずも外国の雑誌であるために、せっかくお金や努力を費やしているのに、そのオープンアクセス分になった論文データが全く日本に残っていないという、その事実は非常に残念に思います。
 ですから、PDF論文としてリポジトリに入るのはよいとしても、オープンアクセスのその先にあるのはオープンサイエンスで、オープンサイエンスのそこの先にあるのは、データ市場の話をしており、データ外交であり、データ戦略まで今来ているわけですよね。ですから、Society5.0を言うのであれば、それはオープンアクセスにした学術的情報の利用価値観がどこまで広がったのかということが、その本質なのではないのかなと思います。もとい、きょうの議論に戻ると、オープンアクセス率を増やすことが目的というよりは、多分、日本の情報発信力を強くする。それに伴って、なぜ日本にベンチャーが生まれないのはなぜか。それは、失敗を許容しない文化だからなのか、それとも、スポンサーが挑戦的試みを支援しないのか、それとも、日本人にとってはどうでもいいことなのかというようなところが、結構今日におけるオープンアクセスの根底にある、日本というものがどこに行くのかということに関係しているように思えてなりませんということで、コメントを終わります。
【引原主査】  ありがとうございます。
 だんだん話が大きくなってしまうところです。今のおっしゃった中に、この話で、研究理念の問題というのは当然皆さん大前提として持っていて、研究というのはどうあるべきかというのは、倉田先生が最初に御説明くださった中でもございましたけれども、研究者というのは研究をオープンにしていくという、その大前提があって科学を進めるわけです。それに対して、今問題になっているのは、雑誌を含めた研究戦略がどうあるべきかという話であって、研究戦略の中で、そのお金の問題とか、ビジビリティを上げるとか、その次のプラットフォームをどう作っていくかという問題になってくると思うのですね。ですから、その辺を、発信力を上げるという切り口だったら、どういうプラットフォームをやったら研究者のためになるかとか、財務の問題だったらどういう切り口でやっていけばいいか、ちょっと切り口を変えながら見ていかないと、この問題は整理できないであろうという点が皆さんにお分かりいただけたと思います。
 きょうはいろんな話をしていただくことを目的としていまして、倉田先生にいろんな切り口を出していただいたわけで、この説明を今後の議論の一番ベースにさせていただいて、もうここには戻らずに、ここから先の話をさせていただきたいと思っているわけです。
【小安委員】  もう一つだけ、いいですか。
 私、昔PLOSが始まる前に雑誌の編集者と色々な議論をしたことがありました。そのときに一つあった論点は、PLOSが立ち上がったときは、かなり公的資金が入っているということでした。そのときの説明は、基本的に研究成果を納税者に戻すべきだという議論から始まっていました。それは彼らにとって非常に都合のいいことで、今、ほとんどの論文は英語で書かれていますから、英語のものをそのままオープンにすれば、そのまま納税者が読める。ですから、この議論が始まったのは、アメリカ、イギリス、要するに、最初は英語圏なのです。いつも言っているのですが、日本で同じ議論をしても、その論理は使えない。日本の納税者は多くの場合そのまま読めないですからね。だから、ヨーロッパでも、非英語圏ではオープンアクセスを問題にしているというところがありますね。ですから、学術内容を皆さんにフリーに公開するというような、そんな話ではなかったように記憶しています。出発点が違ったので、そんなに簡単なことではないなといつも思っています。
【引原主査】  ありがとうございます。
 時間が大分来てしまいまして、まだ今後の議論の中で、きょう意見を交換させていただきました内容を確認していただきながら、整理して次以降に話を持っていきたいと思っております。
 きょう、オープンアクセスのお話がございましたけれども、一つ、私が言いたかったことがあります。プレプリントサーバがなぜ必要かという話があるんですが、ジャーナルでは満たせないものを持っているわけです。それは速報性であって、誰がプライオリティを確保するかという話です。それは今に始まったことではなくて、高温超電導が出てきた時代に、一晩の間に何人もが論文を投稿するのを、ジャーナルは処理できないわけですね。プレプリントに置いていくことによって、それが見えるようになる。そういう部分は、ジャーナルは何も持っていないわけですね。だから、プレプリントというのは価値があるんだよとなって、そこで一つの価値観ができたわけですね。今、バイオがその状況にあると思います。だから、プレプリントが今はやっていくという状況があるわけですね。それがジャーナルを置き換えるものではないということは、やっぱり当たり前のことですけど、ここは理解しておかないといけないかなと思います。後付けで申し訳ございません。
 そうしましたら、時間が過ぎましたので、きょうの議論を踏まえまして、次回以降の議論のことを進めていただきたいと思います。
 これについて、事務局から論点整理をしていただきましたので、御説明いただいてよろしいでしょうか。
【丸山学術基盤整備室長】  資料6を御覧いただきたいと思います。
 たたき台に近いものでございますけれども、今後御検討を進めていただく上での論点・課題を全て一回ここへ網羅的に出してみたいと考えています。
 本日の倉田委員の御発表や委員の皆様方から出された意見も踏まえまして、これを更新していきたいと思います。現案には書き切れていない部分がまだたくさんあるのではなかろうかとも考えます。更にお気づきの点等ございましたら、後ほど事務局からメール等は差し上げたいと思いますので、是非追加等いただければ大変有り難いと思います。
 まず、前提/共通事項といたしまして、幾つかの事柄を踏まえつつ、ただ今の議論にもございました、定量的なデータが不足しているという点も課題かなと思っています。今後議論していく上で、こういうデータがないと議論が進まないというものがございましたら、積極的にお出しいただきたいと思います。
 それから、基本的には平成26年8月の報告書をベンチマークとして、将来のビジョンを検討していただいてはどうかと考えており、そこでの論点をなぞりつつ、整理のベースにしてございます。そのほか、研究データをめぐる状況、これも非常に厳しいものがございますけれども、その他として追加をしてございます。
 また、きょうの議論にはございませんでしたけれども、著作権、これは非常に大きな問題ですが、著作権の取扱い等も最終的には検討の一つになってくるのではなかろうかとも考えております。
 先生方からの御意見をこれにまた追加しながら、ブラッシュアップさせていただきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いしたいと思います。
【引原主査】  ありがとうございます。
 ただいま御説明いただきましたように、論点整理として、次回以降のために、何か忘れたりしないように、もしお気づきの点がありましたら、メールで事務局の方に連絡いただければと思います。よろしくお願いいたします。
 きょうのところは、議論はここで終わりにさせていただきまして、最後、事務局から連絡に移らせていただきます。よろしくお願いします。
【三宅参事官補佐】  本日の会合の議事録については、各委員に御確認いただいた上で、公開させていただきます。
 次回については、資料7にございますとおり、3月26日木曜日17時から19時に開催予定となっております。場所がまだ決まっておりませんが、決まり次第御連絡いたします。
 次回の内容については、先ほど丸山から御説明しましたが、この必要な論点・課題を洗い出した上で、観点を絞って御議論いただく予定でございます。
 また、先日メールで4月以降の開催候補日についてお示ししておりますが、早めに絞っていきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
 以上でございます。
【引原主査】  どうもありがとうございました。
 では、本日のところは、これで委員会を終了させていただきます。どうもありがとうございました。

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