6.安全・安心に資する研究開発の推進について

(1)危機事態別及び共通の科学技術の推進方策

 文部科学省においては、大学や公的研究機関等を通じて多様な知と革新をもたらす基礎研究や、知の蓄積を実現する基盤的研究を着実に進めるとともに、以下に示す研究開発課題や科学技術面からの取組を積極的に推進する。また、安全・安心な社会の構築に資する科学技術に関しては、各危機事態に対応する科学技術だけではなく、分野横断的な共通技術の研究開発の推進が求められる。
 本報告書においては、「大規模自然災害」、「重大事故」、「新興・再興感染症」、「食品安全問題」、「情報セキュリティ」、「テロリズム」及び「各種犯罪」の7つの危機事態毎の推進方策に関しては、まずそれぞれの事態に関し、総合科学技術会議安全に資する科学技術推進戦略のポイントを記し、引き続き、文部科学省において特に留意して取り組むべき課題を列記する。

1 大規模自然災害

 安全に資する科学技術推進戦略では、大規模自然災害については、高確度・高精度な予測に基づいた防災対策に加えて、減災対策を重視した科学技術の研究開発、災害発生時の情報の収集・共有・伝達システム、災害救助活動を支援する装備資材の研究開発、更には、地域防災力の向上や相互依存性を勘案した脆弱性把握などの人文・社会科学と協働した研究開発が求められている。

 文部科学省においては、防災分野の研究開発に関する委員会において防災分野における研究開発の具体的な推進方策を検討しており、大規模自然災害に関しての推進方策は全面的にこれにのっとり実施することとする。防災分野の推進方策における、特に重点的な研究開発は以下のとおりである。
(ア)社会の脆弱性とその原因の把握、経済的影響評価等、社会科学分野との連携の確立、
(イ)耐震性評価のための実大破壊実験及び破壊シミュレーション技術開発、
(ウ)地殻構造調査、地震観測、GPS連続観測等、観測技術開発と観測網整備。

2 重大事故

 安全に資する科学技術推進戦略では、重大事故については、大量輸送機関や危険物施設等の危険性予測に基づく事故の未然防止及び被害低減を図るため、ヒューマンファクター等による事故原因の分析技術の向上と、大量輸送機関や危険物施設等に関わる機器・システムの信頼性・安全性向上に資する科学技術基盤の強化が求められている。

 文部科学省においては、大量輸送機関の一つとして航空分野に関する研究開発を実施しており、航空科学技術委員会において、航空科学技術分野における研究開発の具体的な推進方策を検討している。大型航空機による運航便数の継続的な増加が見込まれる中、更なる事故率の低減が求められており、幅広い機関が連携を行いながら航空機の構造の安全性の向上と運航安全性の向上を図るとともに、運航数の増大に対応できる航空機の技術開発に取り組むことにより、安全と運航機数の増大を両立させることが求められている。

 更に、安全・安心の観点からは、大量輸送機関に代表される多数の部品点数からなる機器や危険物施設等の構造物は、利用期間が長期にわたることが多いため、長期信頼性、安全性の確保は必須である。また、故障、損傷、経年劣化など機器の各要素に応じて独自の症状が表れる。そこで、これら長期間にわたる多数のデータを有効に利用することで、真に必要とされる研究開発の素地を固めることが必要である。また、経年劣化の計測やメカニズムの解明、機器・構造物並びにそれらの元となる材料の寿命予測や原子挙動のシミュレーションをナノメートル(10-9メートル)レベルでも行い、対症療法的ではない科学的知見に基づく材料・対策技術の開発へつなげることが期待される。
 また、研究プラント等のシステムが故障せず、確実に要求仕様通りに動作するのみならず、環境や使用条件の変更に対して追従したり、一部の不具合に対し、システム全体でその機能を補償したりするなど、頑健性を持った新たなシステム・コンセプトの実現も望まれる。
 さらに、事故の未然防止及び被害低減のためのヒューマンファクター及びヒューマンパフォーマンス(事故を誘発する組織的な要因)の視点からの取組にあたり、企業の豊富なデータ、事故防止の取組体制、大学等の広範な人文・社会科学の取組などを活用することが有効である。

3 新興・再興感染症

 安全に資する科学技術推進戦略では、新興・再興感染症については、国内外の関係機関・専門家の間における情報共有・連携を重視し、病原体の性状・発症機序・伝播機構の解明、検知法・ワクチン・特効薬開発に資する科学技術基盤を強化するとともに、感染者・発症者を対象とした迅速かつ確実な探知・サーベイランスに資する研究開発を推進することが求められている。

 文部科学省においては、ライフサイエンス委員会においてライフサイエンス分野における研究開発の具体的な推進方策を検討し、感染症研究に関する国内外の拠点を整備し、拠点を活用して研究を行うことを通じて、感染症分野の人材の育成、感染症に関する基礎的・基本的な知見の蓄積等を図ることとしている。

 更に、従来の新興・再興感染症に関する専門的な医学面での研究開発や専門人材の育成に加え、今後は、リスクコミュニケーションをはじめとした人文・社会科学系の取組や感染症対策に様々な形で携わる人材の育成も求められる。特に、リスクコミュニケーションに関しては、平時及び大規模感染症発生時のそれぞれの場合について関係省庁が協力して取り組む必要がある。また、本分野に関する人材育成については、感染症の専門家育成のみならず、感染症を専門としない医師、看護師、関連職種等に対する教育を通じた人材の裾野の拡大が重要である。

4 食品安全問題

 安全に資する科学技術推進戦略では、食品安全問題については、食品の生産から加工・流通及び消費を通じて、危害要因の迅速検知や想定被害の評価及びその低減対策に資する研究開発、情報共有と意思疎通を図るリスクコミュニケーションの推進に必要な基礎・応用研究、技術開発、食品トレーサビリティの確保に必要な研究開発を推進することが求められている。

 文部科学省においては、上記のような、検知、被害の評価及び低減化に資する技術に関する我が国の科学技術ポテンシャルの向上に資するべく、基礎的、基盤的な研究開発に取り組むとともに、大学等においてこれらの問題に携わる素養を持った人材の育成等に努めることが求められる。

5 情報セキュリティ

 安全に資する科学技術推進戦略においては、情報セキュリティについては、IT障害・災害・テロ・犯罪対策等における活用等、健全な情報通信基盤の持続的発展と被害予測・脆弱性評価技術など、情報セキュリティの高度化とその運用・管理に資する科学技術基盤を強化することが求められている。

 文部科学省においては、情報科学技術委員会において、情報科学技術に関する研究開発の具体的な推進方策を検討し、サイバー攻撃、システム障害、人為的ミス及び災害等あらゆる脅威から情報通信機能を利用した活動の安全性ならびに安定的供給を確保することを可能にする技術の研究開発を推進するとともに、人文・社会科学の知見との連携として、情報システムに関連する社会的リスクの解明とその最小化を目的とした研究を推進することとしている。

 更に、近年の情報通信技術の飛躍的な進展と社会システムへの急速な導入により生じてきた従来にない新たな脅威への適切な対応が、情報通信科学技術の専門家のみならず、産業界や一般市民の生活においても急務となっている。このため、技術的な措置、法・規制・マニュアルの整備が急務となっている。また、このような新たな脅威に対する市民の十分な理解を助けることが必要であり、大学や公的研究機関の役割も大きくなっている。

6 テロリズム

 安全に資する科学技術推進戦略における指摘事項の内、特に、文部科学省においてその貢献が期待されるものとしては、
(ア)爆発物・生物剤・化学剤・放射性物質等のテロ関連物質を対象とした非開披・迅速かつ確実な現場探知・識別・除染の装備資材に資する科学技術基盤の強化
(イ)現場対応者・意思決定者・医療関係者・公衆衛生対策従事者の認知、判断、対処に資する情報、科学技術
(ウ)科学技術を活用の上、連携して事態対処にあたる関係機関・専門家の養成・ネットワーク構築があげられる。

 テロリズムに関しては、米国では、平成13年9月11日に勃発した米国同時多発テロ直後の10月に国土安全保障局及び国土安全保障会議が設置された後、平成15年1月には、テロや犯罪から米国国民及び重要インフラ等を守るため、連邦政府の関連部局が統合し、国土安全保障省(Department of Homeland Security/DHS)が設置された。それ以降は、DHSが各種の危機事態への対策措置と併せて、より高度、発展的な技術の導入を目指した研究開発機能も有し、積極的な取組を実施している。連邦政府全体(平成19年度予算案)では、国土安全保障という政策課題に対し、厚生省(41パーセント)、国土安全保障省(23パーセント)、国防総省(22パーセント)、全米科学財団(7パーセント)等の多省庁に亘る取組を通じて、総計50億ドル強の研究開発を幅広く実施している。
 EUにおいては、平成19年から平成25年までの間にEU各国が共同して取り組むべき科学技術政策の基本方針であるフレームワーク・プログラム・7(FP7)では、直前の基本方針であるFP6と比して、所謂重点研究分野として新たに、Securityが位置づけられ、取組の強化が図られている他、英国内務省(Home Office)においても、危機事態への対策と併せて、テロ対策を重要な研究課題と位置付け、積極的な研究開発により新たな技術の導入への取組を実施している。

 我が国においても、その危機対応や研究開発に係る組織・人材や取組体制の特徴を十分に勘案した方法で、特に、テロリズムに用いられる科学技術や手段の高度化・巧妙化、人口や社会機能が集中した都市における事態の発生等に備えるべく、探知、識別、除染、事後対応、医療措置等の多岐にわたり、積極的な取組を行う必要がある。
 このことから、安全・安心科学技術の内でも、特に、テロリズムへの対応を目指した研究開発のうち、上記テロ関連物質を対象とした非開披・迅速かつ高精度な現場探知・識別・除染の装備資材に資する新たな研究開発の仕組みの構築が期待される。
 具体的に求められる重要な研究開発課題に関しては、別添1に示す。

7 各種犯罪(特に子ども及び高齢者の安全)

 安全に資する科学技術推進戦略における指摘事項の内、特に、文部科学省においてその貢献が期待されるものとしては、
(ア)子どもや高齢者の生活安全の確保と迅速かつ確実な科学捜査活動に資する科学技術基盤の強化
(イ)国際空港・港湾等における輸出入貨物等に隠匿された麻薬等不正薬物等の非開披・迅速・確実な探知・識別に資する科学技術基盤の強化
(ウ)自然科学と人文・社会科学を活用・融合した犯罪予測・抑止等に資する研究開発
があげられる。

 犯罪に対しては、事件の早期解決を徹底するとともに、効果的な抑止策を講じることが重要である。
 特に、項目(ア)に挙げられているように、各種犯罪の中でも、成人に比べて自己防御意識・自己防御能力が弱い子ども及び高齢者等が犠牲となる痛ましい犯罪が近年頻発しており、大きな社会問題となっている。全人口に占める子どもの割合や出生率は年々減少傾向にあるにも関わらず、暴行や誘拐、性犯罪の被害件数は増加している。また、日本の個人金融資産全体の半数以上を保有し、全人口に占める割合が唯一増加している65歳以上の高齢者層については、核家族化に伴う一人暮らしの高齢者を対象とした詐欺、強盗等の犯罪が増加している。
 学校及び登下校中の子どもが犠牲となる犯罪の頻発に対応しては、内閣府、警察庁、文部科学省及び厚生労働省といった関係省庁から、地方自治体等への各種の具体的対応方針の通知及び協力要請等を行う等の取組に加え、平成17年12月に、犯罪から子どもを守るための対策に関する関係省庁連絡会議が総合的な対策を発表している。加えて、各学校や教育委員会等においても、学校及び登下校中の子どもの安全確保について、地域における防犯パトロール、安全マップ等を活用した通学路の安全点検、スクールバスの導入、地域住民による声かけ・見守り運動等を実施している。
 子どもや高齢者の安全性を抜本的に高めるためには、これらに加え、センサー、画像処理、ネットワーク、GPSをはじめとした科学技術の成果を積極的に活用し、不審者や不審な行動、子どもや高齢者の行動などを観察・検知し、警告・連絡するなど、犯罪の検知・予防、自己防御能力を高めることが必要である。これらの技術の導入に際しては、安全性を確保するとともに、威圧感や負担感が少ない人に優しい方法であることも必要である。このほか、子どもや高齢者に対する将来の安全・安心の確保の方法として、先端科学技術等を活用した全く新たな対応方策の創出も期待される。さらに、人文・社会科学との協働により、心理学的な取組も重要である。
 具体的に求められる重要な研究開発課題に関しては、別添2に示す。

8 共通基盤的科学技術

 前記の1から7に示した安全・安心を脅かす事態に共通して活用が期待される科学技術として、情報技術、センサー技術、画像処理、生体認証技術等、様々な要素技術が存在し、これらに対しては、基礎的、基盤的な研究から、活用目的を明確化したプロジェクトまで、広範に取組、次の世代の対応技術を提供することが求められる。
 特に、情報技術の活用に関しては、例えば、高精度の位置情報の把握や危機事態が発生した場合における、復旧予測などに関する適切な情報発信を効果的に行うための情報システム等の構築に資する技術等についての研究が必要である。情報技術がライフラインとして活用される現状等に鑑みると、産学連携で、国家全体における情報技術の信頼性を確保することが重要である。
 また、危機事態の発生時には、対応機器についても通常の環境とは異なり、極めて厳しい環境下で、適切に作動することが必要となる。こうした、機器の頑丈さに対するニーズへ応えるための基礎的・基盤的研究も事態に共通して活用が期待される科学技術として重要である。

9 その他

 試験研究炉等の核物質防護対策の強化に資するため、外部からの攻撃等を防ぐための技術や侵入者の検知に関する技術等、防護措置についての研究・開発の実施が重要であるとともに、核物質防護に関わる人材の育成も合わせて行っていく必要がある。
 国際原子力機関(IAEA)が策定した「放射線源の安全とセキュリティに関する行動規範」において求められている線源のトレーサビリティを確保し、放射線源の安全とセキュリティの向上に資する線源管理システムの開発を実施する。
 我が国の核物質が核兵器等に転用されないことを確認し、結果として我が国の存立基盤である原子力活動を円滑に進めるために、IAEA保障措置及び国内保障措置の厳格な適用を確保するための研究開発等を実施する。

(2)人文・社会科学面からの取組

 従来、安全・安心に資する科学技術については、災害・事故、感染症または国際テロなど危機事態別に、専門の自然科学的観点を主体に課題解決に向けた取組が行われてきた。しかしながら、現代では、これらの事態はいずれも、高度で複雑化された社会システムの中で発生し、対処が求められる。このことから、危機事態を社会システムとして俯瞰的に分析し、それら危機事態に対する社会の脆弱性を予測し、人的・社会的な被害の最小化を図り、求められる事後対応方策、社会復旧方策を自然科学のみならず人文・社会科学を活用して検討し、様々な事態にも共有化する方策として活用することの重要度が増してきている。具体的には、法制度に関する研究、インフラ間の相互依存性を勘案した危機事態によって引き起こされる社会経済への影響解析、安全・安心を脅かすリスクや脅威と社会への影響の将来的なトレンドの研究、リスクや脅威への対策とプライバシー・人権との兼ね合いに関する研究等があげられる。加えて、不可避な脅威に対するコミュニティの柔軟な対応により、被害の最小化や危機に対する的確な対処や社会構造の早期復旧を実現する観点からも、人文・社会科学と自然科学の協働が有効である。更に、安全・安心に資する科学技術の確実な推進のためには、科学技術が社会に導入された場合の社会システムの観点からの的確な評価が重要である。具体的な指標の設定方法等を含めて、人文・社会科学の協働による研究が求められる。
 第3期基本計画のみならず、第2期基本計画においても既に、人文・社会科学と自然科学の協働の必要性が提起されているが、特に安全・安心な社会の実現に向けた取組は、技術を導入する際の社会システムとの整合性、人々の心理的な要素等についても検討が重要になるため、人文・社会科学と自然科学との協働の必要性は大きい。大学を始めとして、多岐にわたる人文・社会科学と自然科学の取組に実績を有する文部科学省においては、戦略的かつ積極的な取組が期待される。
 個別の研究課題の抽出、選択に当たっては、国、地方公共団体、ライフライン事業者、重要インフラ事業者等、想定される研究開発成果のユーザーを明確に設定し、求められる取組の全体像を俯瞰的に捉え、各研究開発の意義やプライオリティー付け等の戦略を立てる必要がある。そのため、まず人文・社会科学面からの取組の課題の全体像を俯瞰的に把握することを速やかに行う必要がある。
 また、それぞれの研究成果を活用するユーザーニーズに応える体制を研究の企画段階から構築することが特に重要である。

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科学技術・学術政策局計画官付

(科学技術・学術政策局計画官付)