水生・海洋藻類等による石油代替等のバイオエネルギー創成及びエネルギー生産効率向上のためのゲノム解析技術・機能改変技術等を用いた成長速度制御や代謝経路構築等の基盤技術の創出
本戦略目標は、水生・海洋藻類等(以下、「藻類等」という。)の成長や代謝を制御することにより、バイオ燃料等のエネルギー生産・有用物質生産や水質汚染浄化等に資する多様な技術の創出を目指すものである。
コメやムギ、トウモロコシに代表される作物は主要な食用植物であるが、近年、その用途がエタノール等のバイオエネルギーの原料へと拡大し、発展途上国における食料供給等の新たな問題を惹起しつつある。そのため、作物等の可食部ではなく、茎等の非可食部または廃材等の木質資源を利用したバイオマス資源の利活用技術が重要になってきており、研究開発が世界各地で展開されている。
一方、近年、次世代のバイオ燃料生産系として藻類等が注目されている。藻類等が高い脂質蓄積能や多様な炭化水素系燃料の生産能力を有する等、陸生のバイオマスにない多くの特性を持つことが明らかになってきたことが契機とされている。また、藻類等は、光合成生物の二酸化炭素固定能や、特有の物質代謝による環境浄化機能等を持つことから、温暖化対策・環境対策への期待も高まりつつある。さらに藻類等は、成育に陸生植物にみられる灌漑設備や施肥等のコストを必要とせず、また、特に海洋藻類等は淡水を利用せずに育成することが可能という特徴も有する。
以上のような藻類等の機能特性に着目し、バイオ燃料生産を目的にした研究開発に一早く着手したのが米国である。特にDOE(米国エネルギー省)では、過去十数年にわたり継続的に投資が行われ、実用化を視野に入れた実証試験等の試みも行われている。しかし、藻類等によるバイオ燃料の生産効率が低く、これらの生物を成育させ燃料を取り出すコストに見合うだけのバイオ燃料を得ることが難しいことから、ほとんどの生産系が実用化のフェーズに到達していない。そのため、藻類等の機能を制御する技術を高度化し、生物体内でのバイオ燃料の生産効率を高めることが必要である。例えば、油の合成促進を人為的に行うことによる蓄積能の向上や、光合成機能の制御による育成速度の向上などが考えられる。これらの技術は、従来の技術を更に高度化することにより実現されるものである。
このように藻類等を利用したバイオ燃料生産には機能制御上の課題が多く、米国においても一時的に投資が中断されていた。しかし近年、計算機を活用した生物代謝の設計技術や長鎖DNAの高速合成技術等、膨大な遺伝子情報を活用し理論的に機能を設計・構築する研究開発が行われるようになってきている。
以上のような背景を踏まえ、本戦略目標では藻類等の機能を把握・制御し、効率的なバイオ燃料生産をはじめとする藻類等の機能を利用した基盤的な技術シーズの創出等を目標とする。
具体的な研究課題としては、藻類等を中心とした燃料成分生産に関する代謝機構の解明、メタゲノム解析やDNA合成技術等による燃料生産効率及び光合成効率の向上、燃料生産系としての藻類等の機能の設計・創成技術の開発等が挙げられる。さらに藻類等が持つ他の特性にも着目し、ダイオキシン等の有害物質を分解・蓄積する環境修復や水質汚染浄化等の機能の探索・付与、医薬品や機能性食材の候補となる新規有用化学物質の探索等も対象とする。また、藻類等の機能を利用した技術の実用化を進める際には、残渣や副生成物の活用、養殖等との連携システムを考慮することも必要と考えられる。将来的には、我が国周辺海域での生産も念頭に置くものであるが、本戦略目標が対象とする研究フェーズにあっては、海洋だけでなく湖沼・河川等に生息する藻類等も研究対象とする。
本戦略目標に係る研究開発は、基礎的なレベルにあるものの、藻類等の機能の利用に関する多様な技術の創出を最終的な目的としている。このため、研究実施にあたっては、多様な分野の研究者の参画が求められる。例えば、生物の分離・同定技術を担う農・水産学、生物の生理機能の解析を行う理学、有用物質の評価を担う化学、生物のゲノム解析技術・機能改変技術を有する生物工学等の研究者の有機的な連携等が期待される。我が国はいずれの分野も個々には高い実績を有するが、上述のような基盤技術の構築を目的として学際的に研究開発を実施した例は少ない。よって本戦略目標を実施するに当たっては、当該分野の専門性や過去の実績のみならず、異分野の研究者を束ね、プロジェクトを円滑に推進することができる研究者の参画が望ましい。
(研究開発課題例)
(1)藻類等の生理機能および物質代謝機構の解明
(2)藻類等における機能設計・合成に資する基盤技術の開発
(3)藻類等の機能改変技術の構築と有用生物の創成
(4)藻類等の産する新規燃料物質や有用資源の探索と生産
本戦略目標は、「新成長戦略(基本方針)」(平成21年12月30日 閣議決定)の「グリーン・イノベーションによる成長とそれを支える資源確保の推進」に資するものである。
また、第3期科学技術基本計画の戦略重点科学技術「効率的にエネルギーを得るための地域に即したバイオマス利用技術」に該当する。
さらに、平成20年に閣議決定された海洋基本計画では、6つの基本理念の下に3つの具体的な政策目標が設定された。この中の目標1「海洋における全人類的課題への先導的挑戦」においては、温暖化や異常気象に対する海洋の役割、未知生物等の新たな知の発見等、海洋に対する多くの期待が掲げられ、研究開発による環境問題の解決やフロンティアでの英知の創造等が重要項目として記載されている。また、目標2「豊かな海洋資源や海洋空間の持続可能な利用に向けた礎づくり」においては、我が国が持つ世界第6位の領海・排他的経済水域・大陸棚の活用と多様で豊富な生物資源の利用が謳われ、海洋資源や空間の持続的な利用に向けた基盤整備等への早急な取り組みについて記述されている。さらに、第2部「海洋産業の振興及び国際競争力の強化」では、「燃料化等海洋バイオマスを効率的に利活用する技術の開発・普及を推進する」との記述があり、先端的な研究開発の推進等による新技術の導入が海洋産業の振興等に必要とされている。本戦略目標による研究開発は、上記施策に位置付けられるものである。
我が国における生物資源を活用した環境・エネルギー関連の研究開発は主に経済産業省と農林水産省において実施されている。いずれもバイオ燃料(主としてエタノール)の生産性を高める技術の確立を目的とするもので、農林水産省はバイオマス資源としてイネ科植物の育種研究を中心に、経済産業省はバイオマスの糖化、発酵研究に着目し、特に微生物による変換技術に注力している。いずれも、主に陸生植物、陸生微小生物を対象とした実用化を強く指向した応用研究である。
一方、本戦略目標は、未利用資源として期待が高まりつつある藻類等を対象とするもので、エタノールのみならずアルカン類や脂質類等新しいバイオ燃料に着目していること、また、研究開発のステージが基盤整備および基盤技術に位置付けられること等が、他府省の施策と異なる特徴といえる。
なお平成20年度よりCREST「二酸化炭素排出抑制に資する革新的技術の創出」が、また平成21年度よりCREST「持続可能な水利用を実現する革新的な技術とシステム」が発足している。前者は、二酸化炭素抑制技術の開発を目的としており、太陽電池材料開発から土壌、海洋等での二酸化炭素貯蔵技術の創出等、広範囲の分野を対象としている。また、後者は、物理的・社会的な水利用システムの創出を目的としており、無機材料を用いた浄化技術や水資源管理におけるシステム開発等応用指向型の研究を行うものである。一方、本戦略目標は、二酸化炭素排出抑制に資する広範な技術のうち、主に新たなエネルギー創成に関する技術に集中したものである。
藻類等を利用したバイオ燃料生産系の構築により、原油等の化石燃料の使用が大幅に削減されることが期待される。また、藻類等を用いた物質代謝技術の確立は、化成品等の製造技術等(生物を利用したプラスチック原料の製造等)へと繋がることから、化学産業の石油依存度を大きく変える可能性がある。
バイオ燃料生産に利用される藻類等の多くは高い光合成能を有する。工場等から排出される二酸化炭素を藻類等に作用させることにより、新たな排出削減技術が確立されることが期待される。また、様々な環境下でも高い燃料生産能力を持つ藻類等を確立するための代謝系の機構解明や遺伝子レベルでの機能改変等の研究は、水質汚染等を浄化する機能等、環境負荷低減につながる環境技術の創出につながることが期待される。さらに、バイオ燃料の生産機能の解明や基盤技術の研究を通じて、医薬品、機能性食材等の原料となり得る新規有用物質の創成が期待される。
藻類等を活用してバイオ燃料を生産する試みは、DOE等で十数年にわたり展開されてきた。しかし、成育制御や燃料生産制御に課題があり、未だ実用化には至っていない。
我が国では、近年、軽油や重油等と同様の性質を持つバイオディーゼルを細胞内に蓄積する新規藻類等やアルカン等炭化水素系燃料を生産する藻類等が同定され、燃料生産研究が注目されるようになっている。特に、高速シークエンサーにより環境中の未利用遺伝子を短期間に同定・解析(メタゲノム解析)し、また、遺伝子合成技術の高度化により大容量のDNAを短時間かつ低コストで合成する等、ゲノム解析技術を用いた遺伝子やタンパク質、またそれらを分解、合成する代謝系の解析が進められるようになっている。
近年、これらのゲノム解析技術等の高度化により、藻類をはじめとした植物の成育速度や生産量に関する課題が解決されることが期待されている。また、我が国においては、国立環境研究所が微生物系統保存施設(NIESコレクション)を整備しており、世界中の様々な種の藻類の培養株が収集・保存されている。これらのゲノム解析技術や研究基盤は、バイオ燃料の効率的生産を目指すに当たって、我が国の大きな優位性である。
以上のような研究開発については、平成20年7月にJST研究開発戦略センターが開催した「科学技術未来戦略ワークショップ
自然エネルギーの有効利用~材料からのアプローチ~微小生物を利用したバイオ燃料生産基盤技術」において具体的な研究開発および推進方策等について検討が行われ、我が国でのフィージビリティ等が確認されている。また、平成20年3月にJST研究開発戦略センターが発行した戦略提言「地球規模の問題解決に向けたグローバルイノベーション・エコシステムの構築-環境・エネルギー・食料・水問題-」においては、地球規模問題の解決にむけて取り組むべき課題の一つとして、水生・海洋(微)生物の資源化が挙げられており、水生・海洋(微)生物に関する研究者とエネルギー技術に関する研究者が共同で開発できる資金制度を創設し、両分野の融合を図り研究開発を促進するための国の支援が必要であると述べられている。
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-- 登録:平成22年09月 --