炎症の慢性化機構の解明に基づく、がん・動脈硬化性疾患・自己免疫疾患等の予防・診断・治療等の医療基盤技術の創出
高齢化社会の進展に伴って近年増加しているがん・動脈硬化性疾患(心筋梗塞・脳血管障害等)・変性疾患(アルツハイマー病等)・自己免疫疾患等の発症・進行・重症化に、慢性的な炎症反応が強く関与していることが示唆されている。しかしながら、炎症がどのようにして慢性化し、疾患を惹起・重症化させるか等の機構・機序や慢性化の本来の生理的な意義等は未だ明らかになっていない。
本戦略目標は、我が国が強みを持つ免疫学研究を基盤としつつ、がん・幹細胞・分子生物学・脳科学等、多分野の観点から「炎症」に着眼し、通常は消散する急性炎症が慢性化する機構や、慢性化した炎症が疾患を発症させる機構を解明・制御し、高齢化社会で求められる先制医療の礎の創出を目指すものである。
炎症研究から生まれた医療基盤を臨床研究へ進展できる段階まで到達させるため、以下の研究内容を想定している。
本戦略目標は、「新成長戦略(基本方針)」(平成21年12月30日 閣議決定)の「ライフ・イノベーションによる健康大国戦略」における主な施策である「日本発の革新的な医薬品、医療・介護技術の研究開発推進」に該当する。
また、第3期科学技術基本計画分野別推進戦略のライフサイエンス分野の戦略重点科学技術「生命プログラム再現科学技術」及びその研究開発内容として挙げられている「脳や免疫機構などの生体の高次調節機構のシステムを理解する研究」に該当する。さらに、より直接的には、ライフサイエンス分野の重要な研究開発課題における「がん、免疫・アレルギー疾患、生活習慣病、骨関節疾患、腎疾患、膵臓疾患等の予防・診断・治療の研究開発」に該当するほか、戦略重点科学技術「標的治療等の革新的がん医療技術」及び「世界最高水準のライフサイエンス基盤の整備」にも関連するものである。加えて、本戦略目標による研究成果は戦略理念「研究成果を創薬や新規医療技術などに実用化するための橋渡し」にも寄与することが考えられる。
炎症は、古くから熱・痛みを伴う赤みや腫れと広く理解され、感染や組織傷害に対して生体が発動する組織修復機構とされてきた。しかし、近年、この炎症が消散せず制御できない状態となって生体を侵襲し、数々の疾患の要因となっていることが示唆されている。これらの疾患には、神経・筋疾患、消化器疾患、精神疾患、代謝性疾患、骨・軟骨疾患、循環器疾患、感覚器疾患、自己免疫疾患、がん等、高齢化社会を迎えた我が国で有病率が高まりつつある疾患も多く含まれている。
また、近年、従来免疫学の分野で扱われてきた炎症という生体現象が、種々の慢性疾患の発病や病態の進行に深く関与し、その生物学的機序の解明が、慢性疾患の克服につながるという科学的知見が発見されてきた。
世界的には、2005年頃から炎症研究が盛んになり、欧米では戦略的な取り組みが開始されている。例えば、英国をはじめとする欧米諸国においては、炎症研究の重要性が国家レベルで検討され、具体的な戦略にもとづく推進施策が実施されている。
しかしながら、我が国では、炎症に関連する免疫等の分野で優れた研究が行われているものの、臨床応用に結び付ける政策的な取組が不十分であった。高齢化社会を迎えている我が国においては、高齢者に多い慢性疾患に対応する科学技術基盤の迅速な強化が不可欠であり、一刻も早く国内の炎症研究への戦略を具体化する必要がある。
なお、我が国は以下の実績・基盤等を有している。
我が国では、炎症研究を対象とした政策的な目標達成型の施策はまだ行われていない。本戦略目標と関連する研究としては、科学研究費補助金による個人もしくはグループ研究による領域特異的な課題が挙げられるが、「炎症」という生体の現象を体系的に捉え解明するためには、一層戦略的・重点的に取り組むことが必要である。
本戦略目標下における研究開発により、さまざまな疾患の発症や重症化の原因となっている慢性炎症の解明が期待され、ひいては医学研究全体の発展に寄与することが期待される。すなわち、慢性炎症の発生・維持・消散に関わる制御機構の解明が進み、将来の先制的医療の礎となる基盤技術の創出が期待される。具体的には、
等の成果を通じて中高年から高齢者の健康の維持・増進、生活の質(QOL)の向上、ひいては慢性炎症が関与する疾患に要する医療費の削減が期待できる。
これまで、我が国の中高年・高齢者層における発症率・有病率が高い心筋梗塞・脳血管障害等の動脈硬化性疾患やアルツハイマー病等、神経変性疾患の発症・重症化に慢性炎症が深く関与することが解明されてきた。これらの慢性炎症が関与する疾患に対し、我が国は特に免疫学の分野で世界をリードし、炎症の初期機構である分子(ゲノム)・細胞レベルでの免疫反応メカニズムを先駆的に解明してきた。
一方、疾患の発症と密接な関わりが示唆されている組織・器官を超えた炎症の波及や、炎症が消散せずに慢性化する機構・機序については、未だ我が国において研究分野として確立しているとは言い難く、モデル動物実験や患者の生体内の炎症の進行状態を非侵襲的に評価・診断できる技術等の必要性が示されている。
世界的には、炎症という観点から、アルツハイマー病、糖尿病、がん等のさまざまな疾患を捉え直す研究が進み、その研究成果を創薬開発につなげる取組が行われつつある。また、基盤技術に関しては、PET・7テスラMRI等のイメージング技術によって、炎症の実態を可視化・定性化・定量化するためのバイオプロセスマーカーの開発が進められているほか、炎症関連疾患のモデル動物開発(遺伝子改変マウス)やモデル組織の培養技術に関心が向けられている。
炎症研究については、高齢化が社会問題となっている欧米諸国において関心が高まっており、ヨーロッパでは欧州委員会と欧州製薬団体連合会がそれぞれ10億ユーロを出資したInnovative
Medicine Initiative (IMI)プログラムの戦略的研究課題の一つとして「炎症」を掲げているほか、英国では炎症関連研究への集中投資が2005年より行われ、エジンバラ大学に炎症研究センターが設立されている。米国では、NIHにより炎症関連疾患の治療技術開発に向けた研究開発課題として2008年には約800件が採択されており、NIH
Road Map Initiative における重要課題候補にも「炎症」が取り上げられた経緯がある。
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-- 登録:平成22年09月 --