平成21年度戦略目標-気候変動等により深刻化する水問題を緩和し持続可能な水利用を実現する革新的技術の創出

1.戦略目標名

 気候変動等により深刻化する水問題を緩和し持続可能な水利用を実現する革新的技術の創出

2.具体的内容

 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は2007年に発表した第4次評価報告書において、地球温暖化はもはや疑う余地がなく、その原因のほとんどは人為起源の温室効果ガスの増加によってもたらされた可能性がかなり高いとの評価を科学的根拠とともに示した。
 気温の上昇は、水を取り巻く環境に対しても影響を与えている。多くの地域において、1900年から2005年にかけての降水量には長期変化傾向が観測され、降水量がかなり増加した地域や厳しい干ばつに見舞われる地域が拡大している。また、湖沼や河川等では、水温上昇が原因となる水温分布の変化や水質の悪化が生じている。地球温暖化による将来の影響に関する現在の知見としては、干ばつの影響を受ける地域の面積が増加する可能性が高いこと、強い降雨現象の頻度が増す可能性が非常に高く、洪水リスクが増加すること、海面上昇によって沿岸地下水が塩水化すること等、今後全地球的に地域ごとの水資源の存在形態が大きく変わることが予測される。
 水は、農業・食糧、生態系・生物多様性、資源・エネルギー、保健衛生とも密接に関連していることから、地球温暖化に伴う水循環の変化は、直接的にも間接的にも地球規模の全人類的な問題の原因となる。人口の増減や都市への人口集中、ライフスタイルの変化等に起因する世界的な水問題の激化を地球温暖化がさらに加速させ、先進国・途上国を問わず経済成長の鈍化、食糧危機、水を巡る紛争等人類の安全保障とも直結する問題を引き起こす可能性にも繋がる。
 地球温暖化の原因物質とされる温室効果ガス排出に対して最も厳しい緩和努力を行っても、今後数十年間は気候変動のさらなる影響を回避することは難しく、IPCC第4次評価報告書でも警告されているように、短期的な影響に対して何らかの適応策を講じることが特に必要不可欠である。例えば、我が国においても気候変動によって極端な少雨や多雨の現象等が多発し、洪水・渇水リスクの増大が見込まれたり、河川・湖沼の水質悪化が危惧されるなど、水の量・質の両面にわたって将来の国民生活の安全・安心を脅かす問題が生じることが予測されている。このような気候変動に伴う水環境の変化により生じる水問題に対しては、精度の高い水循環予測に基づく中長期の水の需給バランスを考慮した利用・管理計画を地域レベルで立てることが重要であるとともに、水問題の緩和や適応に資する技術の開発とそれら技術の社会への効果的な適応が必要である。
 本戦略目標は、気候変動などによって激化する水問題事例を具体的に設定し、実社会への適用性を十分に考慮した上で、水に関わる新たな技術の開発や成熟度の高い複数の技術を統合化する技術の開発等を行うものである。なお、本戦略目標では、我が国における個別の地域問題の解決を目指す取組も対象となるが、その様な研究であっても、得られるであろう普遍的な知見によって、広く世界の水問題解決に展開が期待できる取組を重視する。

3.政策上の位置付け

 平成20年7月のG8北海道洞爺湖サミット首脳文書においては、水に関する知見と技術について、開発途上国との共有や気候変動への適応等の必要な行動等によって統合水資源管理及び「水の良いガバナンス」を推進することとされており、平成20年6月沖縄で開催されたG8科学技術大臣会合の議長サマリーにおいては、「今後重点的に科学技術協力を進めていく研究分野として、開発途上国にとって特に重要な水等の持続的供給の発展がある」と指摘されている。
 また、「科学技術外交の強化に向けて」(平成20年5月総合科学技術会議)においては、科学技術外交を推進するために取り組むべき課題として、我が国の優れた科学技術を活用したアフリカ等の開発途上国における水に対する取組の実施が挙げられている。
 これらに向けた取組は、第3期科学技術基本計画の個別政策目標「3.−11健全な水循環と持続可能な水利用を実現する」に対応し、分野別推進戦略における環境分野の「水・物質循環と流域圏研究領域」及び社会基盤分野の重要な研究開発課題「水循環・物質循環の総合的なマネジメント」に位置づけられるものである。
 「地球環境科学技術に関する研究開発の推進方策について」(平成20年8月 科学技術・学術審議会研究計画・評価分科会)において、地球規模水循環変動により水資源供給に過不足が生じて人間社会が被る悪影響を回避、あるいは最小化する等のための基礎的・基盤的研究開発として、流域規模から地球規模の水循環変動の先進的な観測技術の開発や水資源管理に係わる研究開発等の推進が必要であるとされている。

4.本研究事業の位置付け、他の関連施策との切り分け、政策効果の違い

 環境科学技術は、単に真理の探究や高度な技術開発のみにとどまるものではなく、実際に環境問題の解決に繋がる、社会環境を変えるようなものでなければならない。そのためには、基礎・基盤的研究であっても環境改善に導くものを含んでいなければならず、問題の解明や解決に資する科学的知見の集積、要素技術の開発、技術の社会への適用方策、社会システム設計等の様々な分野を考慮し、総合的な視点で戦略的に取り組む必要がある。
 環境分野に関連した戦略的創造研究推進事業としては、平成7年度開始の「環境低負荷型の社会システム」、平成9年度開始の「地球変動のメカニズム」、平成10年度開始の「資源循環・エネルギーミニマム型社会システム技術」、平成13年度開始の「水の循環系モデリングと利用システム」がある。それらの中で水分野に関連した「水の循環系モデリングと利用システム」では、気候変動・水循環等のメカニズム解明のための研究や、社会における持続可能で効率的な水利用システムのための技術開発等が行われてきた。
 水問題に対処する新たな社会を実現するための基礎を築くためには、関係省庁・研究機関が取り組む対策技術開発や個別分野で行われている影響評価研究等の枠を超えて、自然科学や技術開発の分野から人文・社会科学の分野まで、分野横断的で総合的な視野に立った研究・技術開発を推進することが求められる。このためこれまでの戦略的創造研究推進事業において取り組んできた水循環の諸過程の解明に向けた取組と効率的な水利用システムに関する研究・技術の開発をさらに発展させるとともに、IPCC第4次評価報告書等で指摘された地球温暖化に関する科学的知見や社会情勢を踏まえ、予測される深刻な水問題を克服できる社会を実現するための研究・技術開発を推進する。

5.将来実現しうる成果等のイメージ

 社会が抱える水問題の解決には、その問題の多様な背景を的確に把握した上で問題解決に資することが期待できる革新的な技術や既存の複数の技術の最適な組み合せ、さらにそれら技術を社会の中に効果的に適用させることが求められる。

 本戦略目標では、

  • 利用に適さない水や排水を安全・安心な水として利用するため、膜や生物処理による造水・水浄化技術、サニテーション技術等の水の質の問題を解決する技術、
  • 気候変動に伴う水循環の変化によって生じる水の偏在によって引き起こされる諸問題を緩和するため、これまでにない水貯留技術、水再循環利用技術、緑化等による保水能力強化、節水型農業・栽培技術等の水の量の問題を解決する技術など、

 水の質や量に係わる問題の解決に資する革新的技術の開発を進める。また、社会への効果的な適用を念頭に置いた要素技術の統合化のための研究・技術開発を進めることによって、気候変動などで今後より激化する水問題を克服できる社会を実現するためのイノベーションを創出することを成果として想定する。これにより、我が国において世界に先駆ける革新的な水資源管理を実現するとともに、日本の高度な科学技術を活用して深刻な水問題に直面する開発途上国を初めとする世界へ貢献することによる国際的なリーダーシップの発揮、日本発の水ビジネスの国内外への展開を支援することも可能となる。

6.科学的裏付け

 かつて我が国は深刻な水質汚染の問題に直面し、汚染問題の解決を図るため様々な水質の改善や処理に係わる技術の開発を行ってきた。これら水質改善・処理技術に関する我が国の現状と国際比較については、「科学技術・研究開発の国際比較 2008年版 (環境技術分野)」(平成20年2月 科学技術振興機構研究開発戦略センター)に詳しくまとめられている。その報告によれば、我が国では、産業排水に対して条例や地域協定等でより厳しい放流水質を求められるケースが多いことから、水処理企業での技術開発水準や産業技術力は高い。大学や国立研究機関における研究では、生物学的排水処理における微生物叢解析等の特定分野の研究は活発であり、下水や生活排水の処理を対象とした研究が多い。特に、水処理に関連した膜ろ過材料分野においては、ナノテクノロジー技術による逆浸透膜の製造シェアは日本が先導している。
 また、我が国は降水や水賦存量等水循環に関する観測・予測や生活に利用する水の検査等については高い技術を持つが、それら技術をより高精度化し標準化することによって、気候変動に伴う水問題の克服に活用することが可能である。一方、水循環において重要な役割を果たすとともに、貴重な水資源として活用されている地下水に関しては、その実態の把握は不十分であり今後のさらなる研究が必要とされている。
 我が国には水問題の解決に資する技術については優れたものが多い。それら技術をさらに高めるとともに、水問題の解決に取り組む様々な科学技術、人文・社会科学等の分野横断的連携を促進して、対象とする水問題に適合した技術体系やシステムを構築し普及するための研究・技術開発を展開することによって、気候変動や社会活動形態の変化に伴いさらに激化する水問題の克服が可能となる。

7.留意点

 本戦略目標では、様々な水問題のうち、社会的重要性・緊急性が高く、かつ問題解決のために革新的な技術開発が要求される水問題に焦点を絞って実施する。また、水問題を克服できる社会を実現するためのイノベーションの創出のためには革新的技術の開発が不可欠であるが、単なる技術開発に留まることなく、それぞれの技術をどのような形で社会へ実装させていくのか、その形を見極めつつ進めることが必要である。したがって、本戦略目標に基づく研究事業においては、個別課題の技術的深化のみに留まらない運営に十分留意するものとする。

戦略的創造研究推進事業の概要

 科学技術基本計画及び総合科学技術会議による「競争的資金の目的・役割の明確化」との方針を踏まえ、平成13年度まで実施していた戦略的基礎研究推進事業、創造科学技術推進事業及び若手個人研究推進事業等のJST基礎研究事業を戦略目標の下に再編成し、以下の特徴を持つ研究事業を、平成14年度から戦略的創造研究推進事業として開始した。

1.本事業の目的

 社会・経済の変革につながるイノベーションを誘起するシステムの一環として、戦略的重点化した分野における目的基礎研究を推進し、今後の科学技術の発展や新産業の創出につながる革新的な新技術を創出することを目的としている。

2.本事業の特徴

 
(1) 国が定める戦略目標の達成に向けた、トップダウン型の戦略的な基礎研究の推進
  • 社会的インパクトの大きい政策的課題について、研究成果を国民へ還元する将来的な姿を、具体的に、戦略目標として国が提示。
 
(2) 柔軟で機動的な研究体制の構築、適切な研究マネジメント
  • 戦略目標の下にJSTが研究領域を設定、そのリーダーである研究総括(PO)の下に産学官のあらゆる研究者を結集して最適な研究体制を構築する。
  • 研究総括(PO)及びJSTが、各機関にまたがる研究者を束ね、目標達成へ向けて効果的・効率的な資源配分を行うなどの研究マネジメントを実施する(バーチャル・インスティテュート方式)。
(3) 適切な評価と透明性の確保
  • 研究課題の事前・中間・事後評価は、研究総括が領域アドバイザーとともに行う。中間評価結果は、研究チーム編成見直しや資源配分に反映する。
  • 研究領域および研究総括の事前・中間・事後評価は、外部有識者からなる評価委員会が行う。中間・事後評価では、研究成果及び戦略目標の達成状況を明らかにする。
  • 追跡調査、追跡評価(研究領域終了後5年後を目処)により、研究成果の社会還元等の状況を明らかにする。
  • 評価結果はいずれも、ホームページ上等で公表する。

3.事業スキーム(戦略目標設定後)

  1. 科学技術政策や社会・経済ニーズを踏まえ、文部科学省が戦略目標を設定し、JSTに通知する。
  2. 戦略目標の達成に向けて推進すべき研究領域及びその責任者である研究総括をJSTが選定する。
  3. 研究領域には、研究総括が研究マネジメント及び評価を行うCRESTタイプ及びさきがけタイプと、研究総括自らが研究を実施するERATOタイプがあり、戦略目標の達成に向けて最適な組合せによる研究体制を構築する。
  4. CRESTタイプ及びさきがけタイプでは、研究領域ごとに、産学官から広く研究課題を公募し、研究総括が当該領域の専門家である領域アドバイザーとともに研究者を選考する。研究総括は、戦略目標の達成に向けた研究マネジメント、資源配分のための研究課題に対する評価を実施する。
  5. ERATOタイプでは研究総括が、自らの研究構想を達成するために必要な研究者を公募・選定するか、または一部指名により決定する。研究総括は、自ら研究リーダーとして研究を行うとともに、研究領域内の研究マネジメントを実施する。
  6. 外部の専門家が、研究領域(研究総括)に対し、中間評価・事後評価を実施する。
  7. JSTは、評価委員会による評価結果、特に戦略目標の達成状況について分かりやすく公表する。

戦略的創造研究推進事業イメージ

4.研究規模

研究タイプ 研究費 研究期間 構成人数
チーム型研究
(CRESTタイプ)
4千万円〜1.2億円程度/年
[総額:2〜6億円程度]
5年 数名〜20名程度
個人型研究
(さきがけタイプ)
1千万円程度/年
[総額:3〜4千万円程度]
または
2千万円程度/年
[総額:5千万〜1億円程度
3年または5年 1名
ERATOタイプ 3〜4億円/年
[総額:15〜20億円程度]
5年 15名程度

過去の戦略目標一覧

決定年度 戦略目標
平成20年度 細胞リプログラミングに立脚した幹細胞作製・制御による革新的医療基盤技術の創出
最先端レーザー等の新しい光を用いた物質材料科学、生命科学など先端科学のイノベーションへの展開
プロセスインテグレーションによる次世代ナノシステムの創製
持続可能な社会に向けた温暖化抑制に関する革新的技術の創出
花粉症をはじめとするアレルギー性疾患・自己免疫疾患等を克服する免疫制御療法の開発
運動・判断の脳内情報を利用するための革新的要素技術の創出
多様で大規模な情報から『知識』を生産・活用するための基盤技術の創出
平成19年度 精神・神経疾患の診断・治療法開発に向けた高次脳機能解明によるイノベーション創出
高信頼・高安全を保証する大規模集積システムの基盤技術の構築
新原理・新機能・新構造デバイス実現のための材料開拓とナノプロセス開発
社会的ニーズの高い課題の解決へ向けた数学/数理科学研究によるブレークスルーの探索(幅広い科学技術の研究分野との協働を軸として)
平成18年度 生命システムの動作原理の解明と活用のための基盤技術の創出
医療応用等に資するRNA分子活用技術(RNAテクノロジー)の確立
高セキュリティ・高信頼性・高性能を実現する組込みシステム用の次世代基盤技術の創出
異種材料・異種物質状態間の高機能接合界面を実現する革新的ナノ界面技術の創出とその応用
ナノデバイスやナノ材料の高効率製造及びナノスケール科学による製造技術の革新に関する基盤の構築
平成17年度 安全・安心な社会を実現するための先進的統合センシング技術の創出
通信・演算情報量の爆発的増大に備える超低消費電力技術の創出
次世代高精度・高分解能シミュレーション技術の開発
代謝調節機構解析に基づく細胞機能制御に関する基盤技術の創出
光の究極的及び局所的制御とその応用
プログラムされたビルドアップ型ナノ構造の構築と機能の探索
平成16年度 新たな手法の開発等を通じた先端的な計測・分析機器の実現に向けた基盤技術の創出
メディア芸術の創造の高度化を支える先進的科学技術の創出
平成15年度 情報通信技術に革新をもたらす量子情報処理の実現に向けた技術基盤構築
教育における課題を踏まえた、人の生涯に亘る学習メカニズムの脳科学等による解明
平成14年度 がんやウィルス感染症に対して有効な革新的医薬品開発の実現のための糖鎖機能の解明と利用技術の確立
個人の遺伝情報に基づく副作用のないテーラーメイド医療実現のためのゲノム情報活用基盤技術の確立
医療・情報産業における原子・分子レベルの現象に基づく精密製品設計・高度治療実現のための次世代統合シミュレーション技術の確立
情報処理・通信における集積・機能限界の克服実現のためのナノデバイス・材料・システムの創製
非侵襲性医療システムの実現のためのナノバイオテクノロジーを活用した機能性材料・システムの創製
環境負荷を最大限に低減する環境保全・エネルギー高度利用の実現のためのナノ材料・システムの創製
平成13年度 遺伝子情報に基づくたんぱく質解析を通した技術革新
先進医療の実現を目指した先端的基盤技術の探索・創出
新しい原理による高速大容量情報処理技術の構築
水の循環予測及び利用システムの構築
平成12年度 技術革新による活力に満ちた高齢化社会の実現
平成10年度 分子レベルの新機能発現を通じた技術革新
資源循環・エネルギーミニマム型社会システムの構築
平成9年度 脳機能の解明
平成7年度 環境にやさしい社会の実現
大きな可能性を秘めた未知領域への挑戦

お問合せ先

科学技術・学術政策局計画官付

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(科学技術・学術政策局計画官付)

-- 登録:平成21年以前 --