第4章 次代を担う人材の育成

 次代を担う我が国の科学技術関係人材の育成は、身に付けるべき素養・能力を明確化し、人材育成の大きな方向性に共通認識を醸成していくことが重要である。また、科学技術を基盤とする社会である我が国においては、研究者や技術者等の専門人材だけでなく、様々な産業やサービスに従事する人材も含む国民全体が科学技術に親しみ、理解を深めることが重要である。このため、高等教育との円滑な接続に配慮しつつ、まず初等中等教育段階において、科学技術に触れる機会や理数教育を充実させることが不可欠である(図55)。
 文部科学省では、教育課程実施状況調査やOECD生徒の学習到達度調査(PISA)に代表されるような国際学力調査の結果等を踏まえ、学校における理数教育の充実や地域における実験教室等への支援を行っている。
 これらの支援は、アンケート調査の結果などを見る限り、教育委員会や学校、児童生徒等から高い評価を得ている。今後は、次代を担う人材を育成するという目的を明確化し、児童生徒等の才能を見出す取組とその才能を伸ばす取組を充実させるとともに、それらの取組を初等中等教育段階から研究者や技術者養成まで一貫したものとするため、才能を引き出してくれるような優れた指導者に接する場の充実、理工系の進路選択や職業選択を促すためのキャリア教育、研究者としての才能を最大限伸ばしていくための高大接続の推進をあわせて行うことが必要である。
 近年、韓国やシンガポール、アメリカなどの諸外国において、才能を有する子どもを見出し伸ばす教育が急激に進められている状況であり、我が国においても、将来の科学技術を先導する人材を育成する観点から施策を充実する必要がある。

1.才能を見出し、伸ばす取組の充実

(1)理数好きな子どもの裾野の拡大

 次代の科学技術を担う研究者や技術者等の人材を育成するためには、理科や数学が好きな子どもの裾野を広げることが重要である。そのためには、自然体験や身近な科学技術に接する機会の充実など、子どもの科学技術に対する好奇心や意欲を喚起する施策や、初等中等教育段階における理数教育の強化、とりわけ理科や算数・数学等で、より魅力ある授業や適切な指導が行われるよう、優れた教育力を有する教員を養成・確保するための取組・研修を引き続き推進すべきである。あわせて、今後は、これらの取組を児童生徒等の才能を見出す取組とその才能を伸ばす取組につなげていく必要がある。
 具体的には、好奇心や意欲を喚起する施策として、児童生徒等が身近な場所における観察や実験等の体験的な活動や、サイエンスキャンプ(最先端の研究現場における合宿型の学習活動)などを通じて科学技術に親しみ、課題設定や問題解決といった学びができる環境の整備が重要である。
 一方、教員に関しては、現状では、小学校の教員の約6割が理科を指導するのが苦手という調査もあることから、例えば、大学は、教員養成の段階において、教育委員会等と連携して、観察・実験実習の機会を増やすとともに、科学技術と社会とのつながりに関する講義を充実させるなどの取組を進めるべきである。また、理科専科や小・中学校の連携等により、理工系出身者を小学校の教員として活用していくことも進めるべきである(図56)。国は、引き続き、小中学校の理数教育指導において中核的役割を果たす教員の養成を支援すべきである。
 小・中学校等の教員が科学館等で実施する長期の研修を受講すること、高等学校等の教員が自然科学系の大学院等で学び直すことは、専門教科の教育力の向上とともに、教員のキャリア形成の観点からも有意義であり、教育委員会はその機会をより一層拡大すべきである。
 理科授業における観察・実験活動の充実や教員の資質向上を目的とする理科支援員等配置事業は、研究者や技術者、大学院生やポストドクター等の外部人材を小学校の理科授業に活用し、児童の興味関心の向上や授業の充実に大きな成果をあげている。将来、理科支援員を経験した大学院生やポストドクター等が教員として活躍することも期待できる。国は、引き続き、本事業を支援すべきである。
 学校の授業が、最新の科学技術の成果とその社会への貢献の可能性や発展的な内容について充実するものとなるには、優れた教材を用意することも重要である。国は、児童生徒等が科学技術を実感を持って理解することができるような教材や映像コンテンツの開発・普及に対する支援を強化すべきである。

(2)才能を見出し、伸ばす取組の充実

 上記取組を通じて理数好きな子どもの裾野を拡大させつつ、さらに科学技術に才能を有する児童生徒等を見出し、その優れた才能を大きく伸ばすには、才能を十分に発揮し、他の児童生徒等と切磋琢磨する機会や場が不可欠である(図57)。
 未来を担う科学技術関係人材の育成等を目的とするスーパーサイエンスハイスクール(SSH)は、高等学校等において教育課程等の研究開発や大学等と連携した課題研究の推進等の先進的な理数教育を実践し、大きな成果をあげている。今後は、卒業生の追跡調査の結果も踏まえ、SSHをさらに拡充するとともに、SSH指定校がこれまでに培った成果を広く他の学校に普及し、地域全体の理数教育を充実する取組や、優れた才能を有する人材を継続的に見出し育成するための仕組みを研究する必要がある。また、国は、大学進学後も継続的に科学技術関係人材の育成ができるよう体制を整えるべきである。なお、革新的な科学技術関係人材の育成を図る高等学校における取組も注目される。
 また、国際科学オリンピック等の科学技術コンテストは、児童生徒等にとって、自らの能力を試し、国際経験を積むことができる良い機会である。各実施団体は、積極的な広報活動を行って児童生徒等の関心を喚起し、参加者数の増加に努めるとともに、国は、各実施団体による運営が継続的・安定的に行われ、科学技術コンテストを社会に定着させるために、必要な支援を継続すべきである。また、コンテストを通じて見出された児童生徒等の才能をさらに伸ばすため、強化合宿等の取組を充実することが重要である。
 さらに、科学技術系部活動の振興は、児童生徒等の自由な発想に基づく研究発表の機会が増え、活動を通じて同じ分野で活動する児童生徒等とのネットワークが構築されるほか、指導に当たる教員の力量の向上も期待されることから、国は、各学校における科学技術系部活動を支援すべきである(図58)。

2.初等中等教育段階から研究者・技術者養成まで一貫した取組の推進

 次代を担う科学技術人材を国として戦略的に育成していくためには、児童生徒等が継続的に科学技術に対する興味・関心を向上させ、かつ発達段階に応じ、切れ目なくその才能を伸ばすことができる環境を整えていくことが可能な、初等中等教育段階から研究者・技術者養成まで一貫した体系的な人材育成施策の推進が必要である。
 このため、前節で言及されている取組を俯瞰的・有機的に展開するとともに、子どもから大人まで継続的に優れた指導者に接することができる場の充実、初等中等教育段階からのキャリア教育の充実、高大接続の推進及び学習意欲のある高校生が大学入学後もその意欲・能力をさらに伸ばすことができる取組等を強化することが重要である。

(1)優れた指導者に接する場の充実

 科学技術に才能を有する児童生徒等を継続して伸ばすには、周囲に優れた指導者に接する場や科学技術に十分取り組めるような場が不可欠である。このような場として、SSHの課題研究や各学校の科学技術系の部活動に対して、研究者や技術者が指導助言を行う機会を設け、児童生徒等と研究者や技術者の接点を作ることが重要である(図59、60)。さらに、大学や研究所等において、発展的な学習を継続的に受けられる取組の拡大も有意義である。
 各地域の科学館等は、実験教室や体験活動を通じて科学技術を親しみやすい形で紹介することにより、児童生徒等に好奇心を与え、科学技術に対する興味や関心、理解を向上させる重要な役割を担っている。国は、これらの活動を引き続き支援するとともに、科学技術に興味や関心を持った児童生徒等が継続的に科学技術に取り組める場や機会を設けるよう、各実施団体に働きかけるべきである。また、国立科学博物館や日本科学未来館は、それぞれの特色を生かして他の科学館等との連携を進めることにより、地域の取組の充実を図るべきである。
 科学技術コミュニケーターは、研究者や技術者と一般国民の間で、科学技術に関する意思疎通や相互理解の促進等の役割を担う者であり、日本科学未来館等で養成されている。科学技術コミュニケーターが、地域の科学館等で活躍し、科学技術を実感させる実験教室など身近な活動を盛んにすることは極めて重要である。
 このため、科学技術コミュニケーターの養成や活躍を促進することにより、研究者や技術者が、児童生徒等やその保護者と自らの研究や最新の科学技術の成果等について議論し、相互に理解を深めるような機会を充実していくべきである。
 ただし、地域によっては、そのような環境を十分に提供できないこともあるため、国は、国立科学博物館や日本科学未来館を活用し、各地の科学館等に対する支援を強化するとともに、それぞれの地域の理数教育に関する拠点を活用し、各学校の理数教育を積極的に支援していく必要がある。
 さらに、初等中等教育の段階から国際社会に触れることが、語学力をはじめ児童生徒等の国際対応能力を向上させるため、国は、国際的に活躍する一流の研究者が高等学校等で生の研究を直に伝える取組等を充実すべきである。

(2)キャリア教育の推進

 科学技術関係人材の育成は、科学技術に対する興味や関心を喚起するだけでなく、研究者や技術者に関するキャリア教育を初等中等教育段階から行うことが重要である(図61)。
 このため、企業や大学からの特別講師等の招へいや、教育委員会等と企業が連携し、工場や研究所の見学、出前型の授業などを実施する必要がある。その際、教育の実をあげるため、学習内容との関連を踏まえ、学校における事前の準備や事後のフォローアップを十分に行う必要がある。
 高校生が理工系進学を躊躇する理由として、相対的に製造業の魅力が乏しいと捉えられていることや、キャリアパスが明確に見通せないこと等が指摘されている。このため、大学や産業界が連携し、現役で活躍している研究者・技術者と交流し、親しむ機会を初等中等教育段階から作ることが大切である。また、国は、こうした取組を支援すべきである。

(3)高大接続の推進

 我が国の中高生は、文系・理系の進路を早い時期から意識することが一般的である(図62)。また、文系・理系で履修する科目が絞り込まれることにより、途中で進路の希望が変わっても変更が難しい現状がある。知識や情報の複雑化が進んでいる現代においては、自分の専門分野以外の分野に関心が向いた際に、社会的な障害がなく柔軟に分野を変えられることが重要である。
 また、高等学校から大学まで継続して自らの研究活動に取り組むことを可能とすることは、科学技術関係人材の育成の実をあげる上で有効と考えられる。このため、大学において、国際科学オリンピックの結果やSSHの成果等を評価する入学者の選考方法の導入が期待され、国は、こうした取組が拡大するよう支援を引き続き行うべきである。さらに、高校生のうちに大学の自然科学系科目や専門科目を科目等履修生として履修する取組や大学の教員が高校に出向いて授業を行う「出前授業」の実施等の取組の拡大が期待される。
 大学入学後、本格的な研究活動に参加するまでには時間がかかるため、学習意欲を持続させるような教育課程の整備も必要である。早期の研究室配属やTAを活用したメンター制度(学習面や生活面等の相談に応じる仕組み)、特別コースの設定等の工夫が考えられ、一部の大学で既に導入されているが、国はこのような取組を広く普及すべきである。

(4)技術者養成のための取組の充実

 科学技術関係人材の多数を占め、主に産業界で活躍する技術者は、ものづくりや環境づくりを通して、我が国の科学技術に立脚した持続的な発展に、重要な役割を果たしている。特に、団塊世代の技術者の卓越した技能について、円滑な継承を進めるべきである。近年の急速な技術革新の進展や産業構造の変化に伴い、技術者に求められる能力が高度化、多様化する中、大学や高専等における次代の技術者の養成や現役の技術者のリカレント教育等の取組は重要である。とりわけ、技術者の養成・能力開発は、産業界が求める人材を途切れることなく輩出し続ける必要があり、産学が密に連携して一体的に人材を養成することが極めて重要である。

(技術者の活躍促進のための取組の推進)

 我が国の経済的発展を担う製造業等が新興国の追い上げを振り切って成長を続けるためには、異なる技術分野を融合しつつイノベーションを絶え間なく創造し続ける必要がある。技術者は常に自らにとって新しい技術知識や事例等を幅広く習得していかなければならないが、それは大学等のカリキュラムや企業内の研修を充実するだけで十分に行えるものではない。このため、国は、インターネットを活用した自習教材やデータベースを開発・提供するなど、ニーズに則して能力や知識を継続的かつ効率的・効果的に向上できる環境を構築し、積極的に利活用を促進すべきである。
 さらに、技術士等の技術者資格制度の普及拡大と活用促進を図るとともに、制度の在り方についても時代の要請に合わせ、検討する必要がある。
 また、技術者養成における地域レベルでの産学官の連携も重要である。例えば、知的クラスター創成事業や地域再生人材創出拠点の形成など地域におけるイノベーション創造やイノベーション人材養成の取組等において地域の教育機関と地元産業界、地方自治体とが協働して戦略的に次代の地域産業の担い手を養成する取組をより一層充実すべきである。

(技術者養成のための教育の充実)

 イノベーションが科学的な発見から直接生み出されることは稀であり、科学と技術は深く関係しつつも、本質的な違いがある。したがって、技術者養成の観点からは、初等中等教育から科学と技術を区別し、段階的に体系立てて教育する必要がある。具体的には、イノベーション創造の基礎として科学的な素養が不可欠であることから、小学校・中学校では、幅広く理科や数学の基礎をしっかり学ばせた上で、中学校・高等学校では、イノベーターとしての資質が育まれる技術教育も充実することが考えられる。
 高等専門学校は、実践的・創造的技術者の養成という明確な教育目的の下に、実験・実習など体験重視の教育が行われている。今後、社会のニーズの多様化に対応するため、地域や産業界等との連携を強化し、ものづくり技術力の継承・発展を担いイノベーション創出に貢献する技術者を育成していくことが重要である。
 大学は、将来社会の発展の基礎を支える叡智を生み出すため、技能や知識の習得のみを目的とするのではなく、全人格的な発展の礎を築く教育に取り組む必要があるが、その一方で、質の高い技術者の輩出という社会のニーズにも応えていかなければならない。このため、技術者として最低限必要な知識や資質・能力を身に付けさせる観点から、大学と産業界が協力してコアカリキュラムの策定や教材の作成、教育成果を客観的かつ適切に評価するための基準等の開発等に取り組むことが期待される。
 さらに、大学と地域の企業等との有機的な連携により、実践的かつ先導的な教育プログラムを開発することを通じて、工学系教育の再構築を図り、産業界に真に求められる質の高い実践型技術者を育成することが重要である。
 高度IT人材については、ソフトウエア工学以外の他領域とも関連して必要とされる高度なIT人材を養成する取組を産学や大学間連携等によりさらに幅広く推進し、最先端技術に対応した教育の開発や学部段階の基礎力アップなどにより、その養成を推進する必要がある。
 また、「経済財政改革の基本方針2009」において、アジア・世界の持続的成長への貢献や国際的に開かれた大学づくりなどが提言されており、アジア・世界の成長の担い手となる高度かつ実践的な人材育成は重要である。このため、国は、大学及び産業界等と連携し、アジア地域等からの外国人学生を受け入れ、日本が強みを持ち、アジア・世界で急速な成長が期待される分野やグローバルな人材養成が求められる分野における、質の高い実践的な技術者教育を提供する取組を支援する必要がある。

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(科学技術・学術政策局計画官付)