第3章 若手研究者が自立して研究できる体制の整備

 我が国が世界に伍して科学技術を発展させていくためには、科学技術の将来を担う優秀な若手研究者の養成とその活躍の促進が不可欠である。これまで世界的に優れた研究成果をあげた研究者の多くは、若い時期に、その成果の基礎となる研究を行っている(図46)。こうした事実に鑑み、若手研究者に自立と活躍の機会を与え、将来につながる研究の基礎を築かせることは、科学技術の振興を図る上でとりわけ重要である。
 しかしながら、我が国では、若手研究者に自立と活躍の機会を与える環境が十分には整備されていないとの調査結果がある(図47)。また、大学等の基盤的経費及び総人件費の削減が進められ若手教員の新規採用数が伸び悩み、若手教員の割合が年々減少する傾向にある(図48、49)。このような流れもあって、若手研究者とりわけポストドクターは、将来への展望が不透明で不安を抱いている人が少なくないとの指摘があり、キャリアパスの見通しを明るくすることは喫緊の課題である。
 大学等は、その方針や特性に応じて、公正で透明な評価に基づく競争性のもと、若手研究者に自立と活躍の機会を与え、また、こうした競争を経て安定的な職に就くことができるキャリアパスを整備する必要がある。このため、国は、国全体としてテニュア・トラック制(5)が普及・定着するよう大学等の自発的な取組を積極的に支援すべきである。
 なお、テニュア・トラック制は、その詳細に渡り全国画一的なものと捉えることは必ずしも適切ではなく、大学等においてその趣旨に照らして工夫することも期待される。また、分野の事情等により、テニュア・トラック制の導入が必ずしも適当でない場合であっても、若手研究者の自立的な研究環境の整備、透明性の高い採用手続き等、その趣旨を活かした取組が大学等でなされていくことが期待される。
 また、テニュア・トラック制の普及・定着には、研究環境を整えると同時に、国内外の若手研究者が公平かつ公正に挑戦できる十分なポストが欠かせない。併せて、優れた研究成果を生み出すには、若手研究者が切磋琢磨するための若手向け競争的資金の拡充も不可欠である。我が国のテニュア・トラック制を真に普及・定着させ、その実をあげるためにも、これら研究環境と研究者ポスト、研究資金を、総合的かつ一体的に拡充していく必要がある。
 なお、優秀な若手研究者にとっての多様な活躍の場を拡大していくため、独立行政法人や民間企業等の研究主体においても、任期制を含めた人材の流動性を確保する取組が期待されており、国においてもこれらの取組を支援することが望まれる。


5 公正で透明性の高い選抜により採用された若手研究者が、厳格な審査を経てより安定的な職を得る前に、任期付きの雇用形態で自立した研究者としての経験を積むことができる仕組み。

1.テニュア・トラック制の普及・定着

(テニュア・トラック制の意義・効果)

 我が国におけるテニュア・トラック制は、優秀な若手研究者が自立して研究できる環境を整備することを大きな目的として、その導入が進められている。例えば、科学技術振興調整費「若手研究者の自立的研究環境整備促進」により、平成21年度現在34大学において、テニュア・トラック制の導入に向けた取組が進められている(図50)。これまでの本制度の取組状況を見ると、以下のような様々な効果が挙げられており、総じて効果的であると評価されている。

  • 若手研究者ポストの確保や若手研究者の育成システムなど部局を超えた人事の見直しの契機となっている
  • 国際公募を含め透明性の高い公募・丁寧な採用面接などを行うことに大学が意を用いるようになった
  • 外国人の採用が進んだほか、国内の採用方法や研究環境などに不満を持ち海外に出て行った日本人若手研究者が戻ってきている(図51)
  • 自立を求める若手研究者の応募倍率が高倍率(約20倍)である一方で、大学も若手研究者の自立的環境整備の重要性を再認識するようになった
  • 本制度に基づく採用により全般的に優秀な研究者が採用され、充実した研究環境と相俟って優れた成果があげられている
  • 若手研究者の採用分野や雇用条件の設定など、大学が教育研究を戦略的に実行するよい契機となっている
  • 本制度は公正で透明性の高い採用手続きで安定的な職を得るための制度として機能しており、ポストドクターにとって魅力的なものとなりつつある

 ただし、各大学における導入規模は試行段階の域に留まるところが多く、我が国に制度として定着しているという状況には至っておらず、各大学の特色や理念に応じたその普及・定着が今後の大きな課題となっている。

(テニュア・トラック制の導入拡大、普及・定着)

 テニュア・トラック制は、主として世界的研究教育拠点を目指す大学の自然科学系分野において、その導入が進められてきた。今後、各大学等が、その特色や分野の事情等に応じて、テニュア・トラック制の適切な導入拡大を図っていくことが期待される。その際、大学等は、海外での研鑽や他大学との共同研究への従事など、幅広い経験と素養を備えた優れた若手研究者を採用するよう努める一方で、安定的な職を得た教員等が独立した研究者として活躍できるよう配慮するとともに、いわゆる「ポスドク問題」と同様の問題を発生させることのないよう、テニュア・トラック教員の採用に当たっては、当該教員のキャリアパスに配慮すべきである。
 これを踏まえ、国は、今後5年間でテニュア・トラック制を普及・定着すべく、テニュア・トラック制の導入を図る大学等への支援を一層充実すべきである。その際、組織に対する競争的・重点的な支援制度の審査において、テニュア・トラック制の導入など若手研究者を育成する上で有益な人事を見直す取組についても評価の対象とするなどして、大学の特色ある取組を支援することも有効である。なお、テニュア・トラック教員を経て安定的な職についた教員等の質が一定の水準にあることも本制度の普及・定着のために重要である。

(テニュア・トラック教員(6)の新規採用数の目標設定)

 テニュア・トラック制を普及・定着させるには、テニュア・トラック教員の新規採用数を大幅に増やすことが不可欠である。しかし、例えば我が国の自然科学系の大学教員について見ると、新規採用教員数が年間数千人規模(7)であるのに対し、現在のテニュア・トラック教員の新規採用数は年間約百人程度(総数で約4百人)に過ぎない。この規模では、大学教員を目指す若手研究者にとって、「博士課程からポストドクター、その後テニュア・トラック教員を経てテニュア教員」というアカデミック・キャリアパス(8)を、明確に見通すことができない。テニュア・トラック制度を重要なアカデミック・キャリアパスとして確立するためには、テニュア・トラック教員の新規採用数を大幅に増員する必要がある。 
 このため、国は、年間の自然科学系の新規(正味)採用教員のうち、テニュア・トラック教員の割合について具体的な数値目標を設定(例えば、今後5年間の当面の目標として、全大学の自然科学系の新規(正味)採用教員総数の2割に相当する人数(9))した上で、その目標の達成に向けた施策を検討することが考えられる。なお、この数値目標は国全体としての目標であり、個々の大学等における本制度の導入規模は、大学等の自主性に委ねられていることに留意すべきである。


6 テニュア・トラック制により雇用されている若手研究者。

7 うち理・工・農系が約2千人、保健系が約6千人である。なお、保健系については、およそ半数が、大学と医療機関等との間における異動者に該当すると仮定すると、正味の新規採用教員数は約5千人と考えることができる。

8 米国では、4年制以上の大学の教員のうち、アシスタント・プロフェッサーの約7割がテニュア・トラック教員であり、アカデミック・キャリアパスとして確立している(図52)。

9 脚注7の約5千人を基にすると約1千人。

2.若手研究者ポストの拡充

 ここ数年、大学教員の年齢構成については、60歳から65歳未満の教員割合が増えているが、30歳から35歳未満の教員割合は減っている。また、大学等の教員の平均年齢は増加傾向にある(図53)。研究においては、競争的・流動的な環境の下で、創造性や柔軟性豊かな若手研究者の活躍を促進することが不可欠であるにもかかわらず、過度の年功主義を残し、能力主義を徹底しないまま安易に再任等を行うことで、若手研究者の登用の機会を奪い、研究現場の活力を失わせているとの指摘がある。

(大学等の人事の在り方の見直し)

 民間企業が経営の合理化を図る上で、研究者を含む従業員に対する人事評価を業績・成果に見合った処遇や報酬に反映すること、能力に応じた業務内容の転換や管理業務、教育指導、研究補助を担う業務・部署への配置転換により処遇を見直すこと、高齢従業員に対して役職定年制の導入や退職・再雇用による人件費抑制を実施すること等の人事改革を行っている。また、厳しい競争環境におかれていることから、社会の情勢に合わせた大胆な組織改編等に不断の努力を払っており(図54)、大学等においても、適切な人事の運用を図っていく上でこうした取組にも留意するという観点が必要である。
 大学等では、団塊の世代の大量退職を控え、教員等の世代交代の時期を迎えつつあり、准教授・助教等の若手研究者ポストを増やす好機でもある。例えば、教授の退職者数以上に助教等の若手研究者を採用することや、高齢研究者の人事の在り方を見直すことが考えられる。また、人事の在り方を見直す過程で、あわせて各大学の教育課程や教育方法の点検・見直しを行い、教育目的により合致した適切な教員配置や、柔軟な組織改編等の人事の見直し、人事評価の給与等への反映等を検討すべきである。なお、定年後も外部資金を獲得することにより研究を継続できる優れた研究者については、引き続き日本国内で活躍できる環境が必要である。

(若手向け研究資金の拡充)

 若手研究者の活躍をより一層促進するためには、自立して研究できる環境の整備やポストの拡充だけではなく、若手研究者が挑戦的・独創的に研究を進め、その能力を最大限発揮しつつ切磋琢磨するための若手向け研究資金を拡充することもまた必要である。
 このため、国は、競争的資金の拡充を目指す中で、引き続き若手研究者を対象とした支援を重点的に拡充すべきである。

(基盤的経費及び総人件費等の確実な措置)

 若手研究者等の新規採用数が伸び悩んでいる要因として、基盤的経費及び総人件費の削減が挙げられる。大学等が、我が国の国際競争力の維持・強化を担う人材を育成する役割を引き続き担っていくためには、その教育研究を支える安定的な財源が不可欠である。
 しかしながら、運営費交付金及び私学助成の総額は、国の方針により毎年1%の削減を余儀なくされている。また、国立大学法人等は、総人件費改革により、平成18年度以降の5年間で、平成17年度における額から5%以上を減少させることを基本として、人件費の削減に取り組まなければならないこととされている。このような背景から、各機関は、教育研究に必要な教職員を確保することなどが困難な状況となっている。国は、歯止めのない一律削減によって大学等を疲弊させるのではなく、基盤的経費を確実に措置し、その上で、極めて優れた教育研究環境やシステム改革を実現する取組に対して厚く支援するなど、インセンティブを与えるべきである。
 大学等における教育研究活動を円滑に実施するためには、欧米諸国に比して脆弱との指摘がある我が国の教育研究支援体制や事務体制を充実する必要があり、国はそのための経費を確実に措置すべきである。

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