知識基盤社会を牽引する人材の育成と活躍の促進に向けて -本文-

平成21年8月31日

科学技術・学術審議会人材委員会

はじめに

  1. 知識基盤社会を牽引する人材の育成は、我が国の最重要課題の一つである。中でも、科学技術の振興は、社会と経済の発展の原動力であり、また、科学技術関係人材が社会の多様な場で活躍することは、世界的な経済状況の悪化や環境問題など昨今のグローバルな規模の諸問題の解決に向け、我が国がリーダーシップを発揮し、国際貢献を行っていくために極めて重要である。
     さらに、これまで世界をリードしてきた我が国の科学技術の水準を維持し、国民が豊かさを実感できる活力ある社会であり続けることは、優秀な人材なくして実現できない。
     このため、教育界、産業界、国等が総がかりで人材の育成、確保、活躍の促進に努めることが必要不可欠である。
  2. 我が国の科学技術関係人材の育成については、平成13年10月に科学技術・学術審議会に人材委員会が設置され、鋭意審議を行ってきた。
     まず、世界トップレベルの研究者の養成に係る諸問題を取り上げ、平成14年7月に、「世界トップレベルの研究者の養成を目指して-科学技術・学術審議会人材委員会第一次提言-」をとりまとめた。
     その後、研究者全体のレベルアップや、優れた「知」を社会と経済に活かしていく多様な人材の養成・確保の諸問題に焦点を当てて審議を行い、平成15年6月に、「国際競争力向上のための研究人材の養成・確保を目指して-科学技術・学術審議会人材委員会第二次提言-」をとりまとめた。
     さらに、平成16年7月には、科学技術と社会の関わりが深化・多様化してきており、安全・安心で質の高い生活環境の構築が求められるなど新たな社会的課題が顕在化しているという背景を踏まえ、「科学技術と社会という視点に立った人材養成を目指して-科学技術・学術審議会人材委員会第三次提言-」をとりまとめた。
  3. 少子化が急速に進んでいる我が国が、高度の専門性が求められる知識基盤社会における国際競争を勝ち抜くためには、高度の研究能力を有する博士号取得者を育成、確保していくことが喫緊の課題である。現在、博士号取得者が社会の各般から期待されていることは、大学や公的研究機関で研究者として自立して研究活動を行うだけでなく、企業、行政及び教育機関も含めた社会の多様な場でより一層活躍することである。
  4. 平成19年6月に長期戦略指針「イノベーション25」が閣議決定され、イノベーションを絶え間なく創造する基盤である「人」への投資の充実と強化等が盛り込まれた。また、平成19年10月には文部科学省・経済産業省と経済団体等が協力して「産学人材育成パートナーシップ」を創設し、人材育成に関して産学双方の共通認識の醸成が図られているところである。さらに、社団法人日本経済団体連合会も平成19年3月の「イノベーション創出を担う理工系博士の育成と活用を目指して」や平成20年5月の「国際競争力強化に資する課題解決型イノベーションの推進に向けて」等において、人材育成の強化を提言しており、今はまさに、社会全体を視野に入れた人材育成の議論を行うべき好機にあるといえる。
     科学技術創造立国としての我が国の将来は、科学技術関係人材が社会全体で活躍していく人材立国の実現にかかっている。人材立国の実現は、社会の各般が協力し、国全体として総がかりで取り組まなければならないが、科学技術関係人材の多くが活躍する場である産業界との協力は、とりわけ重要である。
  5. このような認識のもと、本委員会は、第3期科学技術基本計画における科学技術システム改革の一つとして位置付けられた、「人材の育成、確保、活躍の促進」に向けた取組状況について、大学からのヒアリング等を行った上で、科学技術関係人材に必要な能力という観点を念頭に置きながら、第4期の科学技術基本計画を見据えた審議を行うこととした。
     平成21年3月以降は、同年1月に策定された中間まとめで明らかにされた、知識基盤社会が求める人材像を踏まえ(図1、2、3)、社会の多様な場における博士号取得者の活躍促進や基礎科学力強化のための若手研究者の養成、人材育成に対する産学の意識改革、次代を担う多様な人材の育成等を論点として重点的に議論を行った。
     科学技術関係人材の中でも、博士号取得者は、社会と技術を俯瞰し、社会の多様な場で優れた牽引者となる人材であり、産学が協働して、その活躍を促進していく必要がある。このような理念のもと、本委員会は3月以降に審議された今後講ずべき具体的施策について提言するとともに、第4期科学技術基本計画の検討に反映されることを期待するものである。

第1章 知識基盤社会が求める人材像

 我が国が科学技術創造立国の実現に向けて世界をリードし、成長し続けるためには、イノベーションを絶え間なく創造できる人材の育成が求められている。
 「知」を巡る国際競争の激化や知識基盤社会の進展等により、産業構造の変化も急速に進んでいる現代においては、多種多様な個々人が力を最大限発揮でき、それらが結集されるチーム力が必要とされている。強いチームは、性別や国籍にかかわらず多様な人材により構成されるものであり、女性や外国人が活躍しやすい組織である。さらに、チームには、チームを目標達成に導くリーダーの存在が不可欠であり、高度な専門的能力かつ広範な知識を持つ博士号取得者に特にその役割が求められている。

1.イノベーションの創造に不可欠なチーム力の向上

 科学技術と社会の関わりが深化・複雑化している知識基盤社会において、求められる人材の素養・能力は多様である。このような社会では、必要とされる知識や技術の全てを個人の問題に帰することはできない。高度の専門的な素養・能力を備えた、異なる知識・方法論を持つ多種多様な個々人が集い、それぞれの個性を存分に活かしつつ、チームとしての力を最大限発揮することが重要である(図4)。
 イノベーションの創造にはチームとしての取組が欠かせない。このチームには、知の創造から目的基礎研究、研究開発、社会的価値や経済的価値の提供までの各段階で役割を果たす人材や、その各段階を俯瞰して関連付ける人材が必要である(図5、6)。
 こうしたチームで力を発揮し先導的な役割を果たす人材の育成を図るには、大学(特に大学院)が知識基盤社会において担うべき人材の育成を充実させていくことが不可欠である。例えば、大学院において、アカデミア向けのみならず産業界のニーズにも対応した教育研究の充実、複数の異なる専門分野の融合や異文化との交流促進、産業界と連携した連携大学院(※1)の強化等が一層進展することが期待される。また、産業界等の研究者や研究チームを大学に招へいして共同研究や研究マネジメントを経験させることを推進する施策も有効であり、国はこのような大学の自主的な取組にインセンティブを与えるなどの支援を行うべきである。

2.チーム力を強化する多様性の確保

(多様な人材の活躍促進)

 チームは、専門分野や素養・能力の異なるメンバーを集め、多様な視点や発想を取り入れることで、創造的な力をより大きく発揮できる。女性研究者・技術者の活躍促進、また、外国人研究者・教育者や外国人留学生(以下「外国人研究者等」と表記。)の受入れを拡大することは、人材の多様性を確保する観点のみならず、男女共同参画や国際交流の推進の観点からも重要である。
 また、日本人が海外経験を積むことも、多様な人材を育成する上で欠かせない。チームに大きく貢献できる優れた人材となるためには、異文化、異分野の人々との交流を通じて広い視野を育み、素養・能力を向上させることが重要である。しかしながら、近年は日本人の「内向き志向」が進んでいるという指摘もあり、国や大学等は、その解消に向けた施策を積極的に実施すべきである。

(流動性の確保)

 チームの中で力を発揮できる優れた人材となるためには、若い頃から異なる組織や文化を経験し、多様な視点や発想を柔軟に取り入れられる素養・能力を身に付けることが必要である。様々な経験を有する研究者が切磋琢磨することでアカデミアを活性化する観点から、アカデミア内のみならずアカデミアを超えた研究者の流動性を確保し、人材の移動を活発化させる必要がある。現在、任期を付して任用されている研究者の大半は助教等の若手研究者となっているが(図7)、その他の研究者も含め流動性を高めていくことが必要である。
 このような観点から、大学等においては、公平・公正で透明性のある審査のもと、優れた研究実績やキャリアの幅広さを十分に勘案した上で、産業界等での職務経験のある者、他機関のポストドクター(博士号取得後、独立して研究を行っていない任期付き研究者であって、助教等の職に就いていない者)(※2)を経験した者など、多様な経験を有する研究者を積極的に採用することが期待される。また、大学の各部局は、大学教員を自校出身者で固めることや、博士課程学生(以下、「博士課程」とは博士後期課程を指す。以下同じ。)の囲い込みによるデメリットも十分に認識した上で、教員のインブリーディング率(※3)が過度に高い部局は、これを低減していくことも期待される。
 国においても、各大学のインブリーディング率を可能な範囲で部局ごとに公表するとともに、研究者の流動性の向上に資する施策を検討すべきである。例えば、国内外を問わず外部機関から優秀な研究者を積極的に招へいしている世界トップレベル研究拠点(WPI)プログラムのように、組織を対象とする競争的資金の採択に際して、外部機関の研究者の積極的な登用を予定している課題を高く評価している例もある。
 また、大学は、研究者をより安定的な職に就ける際、公正で透明性のある人事の下で、出身大学学部卒業後に機関又は専攻を少なくとも1回は変更した者を選考することが望ましい。

3.リーダーとしての資質を備える高度人材の育成

 我が国が世界をリードし続ける国であるためには、我が国を牽引し、国際的なリーダーシップを発揮できる高度な科学技術関係人材を育成することが重要である。このような人材は、産業界ではイノベーション創出の中核を担い、アカデミアでは知的価値、社会的価値や経済的価値の基礎となる研究成果を生み出し、あるいは産業界とアカデミアの協働の場で産学にまたがる知識の全体を俯瞰し異分野を融合するリーダーとなる者である。
 このように、知識基盤社会を牽引するリーダーが必要とされる場は、産業界やアカデミア、これらの協働の場など多様である。したがって、リーダーの育成に当たっては、アカデミアのみならず産業界をはじめ社会の多様な場で活躍できる人材を、永続的に育成・輩出するための強固なシステムを構築し、それぞれの場を先導する多様な人材を育成する必要がある。このようなリーダーを育成するシステムの中核となるのは大学(特に大学院)に他ならないが、とりわけ博士号取得者には、リーダーとしての素養・能力を備えた人材としての役割が期待される。しかしながら、大学は産業界等の多様なニーズを十分に把握できておらず、学生に対する教育研究が不十分との指摘もある。また、求める人材の具体的なニーズについて産業界も大学や学生に対し明確に発信できていないとの指摘もある。今後、社会の多様な場で活躍するリーダーの育成、確保に向け、産学官が総がかりで意識と行動の改革を進めていくことが不可欠である(図8)。
 このため、国は、産業界のイノベーション創出やアカデミアのプロジェクト研究に不可欠なチーム力を最大化できるリーダーを育成するため、チームワークを必要とする実践的な課題解決型の演習等を通じ、リーダーとしての素養・能力を伸ばす取組を支援するなど、人材育成における産学連携を推進し、我が国の科学技術システムの改革を加速すべきである。

第2章 社会の多様な場で活躍する人材の育成

 科学技術と社会の関わりが深化・複雑化している現在、博士号取得者は、自ら設定した研究課題に対し、課題を解決するために十分な情報収集力・分析力、さらには円滑な研究成果の社会還元に必要な情報発信力等を備えていくべきものと考えられる。こうした素養・能力は、社会の多様な場でリーダーとして活躍するために必要な素養・能力でもある。
 しかしながら、現状の日米における博士号取得者の雇用部門別の分布状況を比較すると、我が国は民間企業で活躍する博士号取得者の割合が低い(図9)。その背景として、大学が輩出する人材と産業界が必要とする人材との間に生じている質的・量的なミスマッチ、教員等の人材育成に対する意識の問題等が考えられる。実際の博士課程修了者の進路としては、アカデミア、産業界に各々2割強が就職しているが(図10)、今後、博士号取得者のキャリアパスを確立するためには、産業界との間に生じている人材のミスマッチを解消することが特に重要と考えられる。
 知識基盤社会において、大学が輩出する人材は国力の源泉であり、特に博士号取得者については、知識基盤社会の牽引者としての役割が期待されている。我が国の各分野から求められている優れたリーダーを確保するためにも、博士号取得者の育成については、その活躍の場がアカデミアのみにとどまらず社会全体であることを踏まえ、体系的に取り組む必要がある。
 現在、各種の競争的資金等を活用して特色ある教育研究や先端的な取組が進められている。今後は、その成果を我が国の大学全体に普及・定着させ、大学が社会の期待に応えるべく、教育研究を充実させていくことが期待される。しかしながら、我が国の高等教育への公財政支出は伸びておらず(図11)、大学が教育研究をさらに充実していくためには、現在の財政的基盤では脆弱である。
 知識基盤社会を牽引する人材の育成・輩出を加速するため、国は、高等教育への公財政支出の規模を、欧米主要国を上回る規模に増額すべきである。

1.博士号取得者の社会の多様な場における活躍の促進

 修士課程(博士前期課程を含む。以下同じ。)の学生にとって、博士課程への進学を検討する際に、博士号取得者のアカデミアや産業界における雇用の増加が重要な判断材料となっているが(図12)、博士課程修了者の就職率は6割から7割程度で推移している(図13、14)。また、博士課程修了者数が大学の教員採用数を大きく上回る状況が続いており、アカデミック・ポストの不足が明らかとなっている(図15、16)。このような状況もあり、修士課程学生が、博士課程修了後の就職を懸念しているとの指摘もある。
 博士号取得者が社会の多様な場で活躍し、社会全体の牽引役として認知されることは、博士課程へ進学することの魅力を高めることにつながっていく。したがって、教育研究の質を向上させ、大学が輩出する人材と産業界が求める人材との間にある質的・量的ミスマッチを解消するための施策に取り組むことが不可欠であり、国は、大学院における優れた教育研究への支援を強化すべきである。一方、産業界は、高度な専門知識・技術に見合った待遇を保証するなど魅力あるキャリアパスを博士号取得者に示すことが期待される。
 また、研究費には様々な特性や目的があるが、我が国では、多くの研究費を実験設備等の物件費に充てる傾向にあり、人材育成のために使うという意識が希薄であるとの指摘もある。このため、大学は、人材育成の意識を教員等に持たせるとともに、教員の自己研鑽機会の充実を図るなど、多様な工夫に取り組むことが求められる。

(1)大学における人材育成の強化

(大学院教育の充実)

 知識基盤社会において大学院が育成すべき人材は、大学教員や研究者、高度専門職業人など多様であることから、大学は、教育理念や目的に応じて、学位段階に応じた達成すべき素養・能力、これに基づいて修得すべき知識・技能の体系、研究指導の方針を明らかにする必要がある。その上で、博士号取得者の質を保証するため、大学院において、学修課題を複数の科目等を通じて体系的に履修するコースワークを重視し、博士号取得者が社会の多様な場で活躍するリーダーとなるために必要な教育を充実させることが重要である。また、大学院生に自ら研究活動を遂行するための知識や経験を修得させるべく、研究科・専攻単位で教育方法の開発・展開を行うことが重要である。
 このため、大学院生に対して、アカデミア向けの教育研究のほか、産業界のニーズに応える教育研究等を組み込み、大学院生の希望に応じた複線的で多様なカリキュラムが準備されていることが必要である。
 また、大学は、産業構造や科学技術政策の方向性、学生の卒業後の活躍の場等を勘案しつつ、大学院のカリキュラムや入学定員について自主的な見直しを検討すべきである。大学院が産業界向けの教育研究カリキュラムを検討する際には、必要に応じて産業界の意見を聞くことが望まれる。その上で、研究開発をマネジメントできるリーダーや産学官連携を実践する際に鍵となる人材を育成するカリキュラム、知的財産や技術経営等の実学的な内容など様々な専門分野に関する実践的なカリキュラムを導入することも重要である。同時に、産業界からの講師招へい・産業界への講師派遣など産学の人的交流を活発化させることも重要である。
 他方、「知」を巡る国際競争の激化や知識基盤社会の進展に伴い、社会人は常に新しい知識を吸収することが求められている。このため、社会人が実務上の経験を活かしつつ、より高度な専門知識の習得や知識・経験の体系化、広い視野、多様な価値観等を養うため、大学院で高度なリカレント教育を受けることが促進されるよう、大学院教育を充実させていくことも重要である(図17、18)。

(大学における進路指導体制の強化)

 大学は、就職情報窓口を一本化するとともに、修士課程学生に対し、博士課程に進学することの意義について説明し、課程修了後の進路について適切な指導を行うべきである。また、大学は、博士号取得者の進路等を把握し、社会の多様な場における活躍振りを広く学内外に示すとともに、自らの教育研究の質の向上に活かすことが重要である。このため、大学は、これらの情報の継続的な把握に努めるべきである。
 大学と産業界の双方向の連携と学生の積極性も不可欠である。大学は、産業界と協働して、長期のインターンシップの実施(図19)、共同研究等を通じた実践的な議論の場の提供等を一層活発化し、学生や博士号取得者に対して就職機会等の情報を提供すべきである。また、学生や博士号取得者自身は、自らのキャリアパスは自ら切り拓くとの意識を強く持ち、常に広い視野で進路の方向性を考え、情報の把握や能力向上等に努めることが不可欠である。

(2)産業界による博士号取得者の受入れ

 大学教育の改革や後述する大学教員等の意識改革だけでなく、産業界の意識改革も必要である。最近の企業の採用実績を見ると、企業は博士号取得者を積極的には採用しておらず、その採用状況もほとんど変化が見られない(図20、21)。その原因としては、企業が博士号取得者に求める素養・能力を明らかにしていないことや、企業側に素養・能力を適切に評価できる体制がないこと、さらには博士号取得者が企業の期待する素養・能力を満たしていないこと等が指摘されている。博士号取得者の産業界への就職率が伸び悩んでいることは、博士課程への進学希望者の減少や、博士課程学生や博士号取得者が産業界への就職活動を躊躇することにもつながっていると考えられる。
 博士号取得者が、その素養・能力を向上させることは、キャリアパスの一つとして産業界を明確に視野に入れることができるようになるとともに、これまで博士号取得者の採用に必ずしも積極的ではなかった企業等による受け入れを促進する観点からも重要である。
 さらに、大学が大学院教育の改革を進めるためにも、産業界は、必要とする博士号取得者像について明確化することが不可欠であり、産業界として、博士号取得者が備えるべき素養・能力を具体的な形で大学や学生に示す必要がある。その際、産業界は、博士号取得者が企業内研究者としての能力にとどまらず、組織のリーダーとして求められる企画力、マネジメント力、幅の広い技術分野の統合力等も視野に入れ、多様な場で活躍できる人材としてどのような素養・能力を身に付ける必要があるかを、学・官の協力も得て具体的に検討すべきである。こうして明確化された多様な博士号取得者像を具現化するため、産業界は、大学からの要請に応じて、産業界のニーズを踏まえた教育研究カリキュラムの作成に積極的に参画するなどの貢献を行っていく必要がある。なお、産業界においては、大学の教育研究に支障をきたさないよう、採用活動の時期の適正化に真摯に取り組むことが期待される。

(3)博士課程学生への経済的支援の強化

 博士課程学生が同年代の就職者に比べて経済的に厳しい状況におかれ、優秀な学生が博士課程進学を避ける要因となってはならないことから、博士課程学生への経済的支援を充実することは不可欠である。
 このため、国は、生活費相当額程度を受給できる博士課程学生の割合について、第3期科学技術基本計画で掲げられた「博士課程(後期)在学者の2割程度が生活費相当額程度を受給できることを目指す」との目標を早期に達成するとともに、将来的には大学院生の4割が生活費相当額の支援を受けている米国並の水準となることを目指して(図22)、更なる経済的支援の充実を図るべきである(図23、24)。
 大学院は、研究と教育が両立されなければならない場であり、博士課程学生は、教育を受ける立場にあると同時に、教員とともに教育研究に参画する立場にもある。したがって、博士課程学生への経済的支援としては、研究に専念するためのフェローシップ、研究や教育の一部を分担する対価として給与が支給されるリサーチ・アシスタント(RA)及びティーチング・アシスタント(TA)(図25)、教育を受ける者に対する奨学金があり、これらの経済的支援については、受給する学生それぞれの状況に応じて、適切に支給される必要がある。
 特に、博士課程学生については、研究者として自立して研究活動を行うに足る高度の研究能力を身に付けさせるためにも、経済的な不安を抱くことなく研究に専念できる環境を整備することが重要であり、国は、フェローシップを拡充するとともに、それに充てる経費は、独立行政法人の運営費交付金の削減対象外とすべきである。
 また、欧米では、博士課程学生が、教育や研究の一部について責任を担うことへの対価として生活費相当額の給与が支給される仕組みが確立している。大学院生に対し、将来自立して教育研究に責任を有する者になるとの自覚を持たせるためにも、TAやRA等の形で大学院生の貢献を金銭的に評価することが重要である。我が国としても、将来的に米国並の水準となることを目指して、TA・RA等を拡充していくべきである。このため、RAの位置付けを明確にし、優れた研究に参画させることにより、研究推進と人材育成等を一体的に行う取組に対して国が支援する必要がある。また、例えば、こうした取組などをトレーニーシップ (※4)的な仕組みとして実施することも考えられる。なお、RAを拡充する際には、コースワークなど教育面の充実にも配慮すべきである。さらに、奨学金についても、一層の充実を図るべきである。
 一方、大学は、国の支援に加え独自財源の確保にも努め、博士課程学生に対する経済的支援をより充実することが期待される(図26)。適切な支援を広く行うためにも、大学は、博士課程学生に対する経済的支援の状況について、学生個々人の受給実態を可能な限り正確に把握し、過剰あるいは過少な給付が行われることのないよう留意しつつ、一人でも多くの優秀な学生が生活費相当額程度を受給できるよう努めるべきである。
 このほか、産業界からの博士課程学生等に対する経済的支援として、公益法人の設立等を通じた奨学金や大学への寄付金等を活かした奨学金など様々な取組が行われている。今後、こうした民間における取組が一層拡大することも期待される。

(4)博士号取得者のキャリアパス多様化の促進

 博士号取得者は、高度の専門性が求められる研究能力とその基礎となる豊かな学識を身に付け、その素養・能力を活かしつつ、適性に応じて産業界における研究開発リーダーや科学技術と社会をつなぐ科学技術コミュニケーター、科学技術政策の立案者等として、社会の多様な場で先導的な立場で活躍することが期待されている。このため、国は、博士号取得者の産業界や教育界等へのキャリアパスを確立するための施策を積極的に推進すべきである。また、国や地方自治体が、博士号取得者の採用を増やすことも期待される。

(産業界へのキャリアパスの確立)

 産業界は、博士号取得者の採用に際し、研究の成果のみならず、課題設定・解決力や幅広い科学技術的素養等を評価し、適性に応じて、研究職以外にも事業・経営等の各部門において活躍することも期待している。したがって、博士号取得者の産業界での活躍を促進するためには、博士号取得者が、マネジメント力や複数の専門分野にまたがる様々な問題への応用力など、チームワークに優れたリーダーやイノベーション創造の担い手に求められる素養・能力を身に付ける必要がある(図27)。
 博士号取得者の就職状況を見ると、規模の大きな企業ほど採用されやすい傾向にあるが(図28)、こうした企業では、博士号取得者に対し、組織や研究開発チームの中核を担うリーダーとしての役割を期待している。
 他方、博士号取得者の高度な研究能力は、研究開発型のベンチャー企業等においても相応の需要がある。こうした企業で活躍する博士号取得者は、新たな産業分野等に果敢に挑戦し、新規事業・サービスを切り拓く起業力や知的財産の管理・活用力等を身に付ける必要がある。また、産業界で活躍できる博士号取得者の育成に当たっては産学の協働が不可欠であり、国は、産学協働による人材育成の取組を積極的に支援すべきである。

(高度な専門知識を必要とする大学職員等へのキャリアパスの確立)

 我が国は諸外国に比べ、大学等における教育研究支援体制や事務体制が脆弱との指摘がある。大学は、これらの強化が重要なことは十分把握しているが、基盤的経費及び総人件費の削減への対応として、教育研究の主体者である教員を優先的に確保することで教育研究体制を保ってきた結果、支援体制が脆弱化している。大学等は、博士号取得者をリサーチアドミニストレータ (※5)や高度技術専門人材等に登用するなどして、博士号取得者の高度な専門性を活用することが期待される。このほか、博士号取得者の活躍の場としては、知的財産関連職、産学連携コーディネーター、国際的な研究協力に関する調整など国際業務専門職員等の専門性を必要とする職種が考えられるが、国は、こうした専門性を持った職員の育成について大学が行う取組を支援すべきである。
 なお、博士号取得者の活躍の場を広げるに当たって、モチベーションの維持とモラール向上のため、高いステイタスと適切な処遇を付与する必要がある。また、大学における事務・技術職員と教員の連携強化にも留意すべきである。

(理数系専科教員等へのキャリアパスの確立)

 子どもたちが理科や算数・数学に興味・関心を持つためには、教員の役割や影響が大きい。しかし、小学校の教員は約6割が理科の指導を苦手にしているという調査結果がある。他方、博士号取得者には、理数系教科・科目を得意とする者も多いことから、子どもの教育に意欲を有する博士号取得者が、理数系専科教員等として活躍する場を設けることが考えられる。また、国は、大学が都道府県教育委員会と連携して、意欲ある優秀なポストドクター等を理科教育人材として発掘し、特別免許状の授与を含めた積極的な活用のためのシステムを構築することを支援すべきである。

(5)ポストドクターに係る課題の解決に向けた取組

 独立した研究者を目指すポストドクターにとって、ポストドクターであることは、自らのキャリアの見通しを得るために重要な意味を持つ。このようなポストドクターが、アカデミアで活躍する基盤となる研究成果を十分にあげられる環境が不可欠であり、国は、フェローシップ制度の拡大を図る必要がある。また、ポストドクターが競争的資金を活用した研究に関わることは、研究者として成長する上で重要な経験であることから、大学等は、ポストドクターが申請資格のある競争的資金に積極的に申請するよう推奨すべきである。
 他方、ポストドクターは、雇用資金の目的や特性によって位置付けが多様化しているほか、企業からの転職者などポストドクター自身の経歴が多様な事例もある。また、ポストドクターの任期を満了した後、他の機関でポストドクターを累次に亘って繰り返す者が少なくなく(図29)、ポストドクター後のキャリアパスが不透明であるとの指摘があり、いわゆる「ポスドク問題」への対応を進める必要がある。

(「ポスドク問題」の解消)

 「ポスドク問題」は、アカデミアにおけるポスト不足が原因の一つである。また、多くのポストドクターの専門分野は、産業界で人材需要の高い分野ではなく、産業界に活躍の場が少ないことも原因と考えられる(図30)。ポストドクター自身も、専門分野以外の社会の多様な場で活躍できるだけの素養・能力を必ずしも十分に身に付けてこなかったことや、ポストドクターを繰り返すうちに高年齢化してしまったこと、ポストドクターを雇用した経験のない企業はポストドクターの採用を躊躇する傾向にあることなどが、この問題を一層深刻にしている。
 「ポスドク問題」を解消する有力な方策の一つは、アカデミアのポスト不足を緩和することであり、大学等が、准教授・助教等の若手研究者ポストを拡充することが望まれる。特に国立大学法人においては、総人件費の抑制に留意しつつも、若手の准教授や助教のポスト増に積極的に努め、現在の年齢構成の逆ピラミッド化の解消に努力していくことが望まれる。このため、例えば、教授が定年に達した時点で教授のポストを廃止する代わりに助教を採用することなど、積極的に「ポスドク問題」の解決に努めることが期待される。また、ポストドクターがアカデミアにおけるキャリアパスを切り拓くために、第3章に詳述するテニュア・トラック制を普及・定着させることも重要である。
 他方、ポストドクター自身が産業界等へ主体的に進出していくことを意識すべきであり、研究職以外の職も含めたアカデミア以外の進路も選択できる素養・能力を身に付け、そのキャリアパスが多様化するよう、産学官が密に連携して一体的に支援を進めていく必要がある。ポストドクターが、社会の多様な場で活躍するために必要な異分野に対応する力や実践的な技術開発力を身に付けられるよう、ポストドクターの目的や専門分野に応じて、例えば、企業等における長期インターンシップ等の受け入れの促進など、国は、アカデミアと産業界等の連携強化を支援していく必要がある。
 大学等においては、自機関に所属するポストドクターの情報を把握してデータベースを整備するなど産業界に発信できる体制を整えるとともに、そのキャリアパスを確保するため、雇用期間中にキャリア開発のためのトレーニングを受ける機会を提供することが期待される。
 「ポスドク問題」を根本から解決するには、ポストドクターとなる前段階の大学院における教育研究の充実が欠かせない。博士号取得者が特定の専門分野の研究能力を向上させるのみならず、大学院における教育研究を通じて汎用性の高い能力を身に付け、その能力を応用して新たな課題を見出し、幅広く取り組むことができるようなカリキュラムを大学院に取り入れるなど、課程修了後を見据えた体系的な教育やキャリア教育、進路指導に取り組むことも必要である。

(ポストドクターの進路選択)

 ポストドクターの期間が長期化し、高年齢化が進むと、その後の進路の選択の幅を狭めることになりかねない。ポストドクターの雇用者は、最終的な進路選択を検討しているポストドクターに対して、適切な指導を行い、その後のキャリアにポストドクターの経験が活かせるよう留意すべきである(図31)。また、国は、進路を選択する必要のあるポストドクターに、その後の進路についての判断を促していく必要がある。例えば、ポストドクターを対象としたフェローシップでは、支援対象を博士号取得後5年未満の者に限定している。
 ポストドクターの雇用者は、ポストドクターとしての経歴が長い者をポストドクターとして雇用する際、その後のキャリアパスに特に配慮して、進路指導やキャリア開発の機会を設けるべきである。

(ガイドラインの策定)

 ポストドクターを雇用している機関は、雇用保険の事業者負担を徹底するなど、社会保険や雇用保険を含めた労務管理に十分留意して、その労働条件等の整備について、組織として主体的かつ積極的に取り組むべきである。
 このため、国、大学及び研究資金配分機関等は、互いに協力し、ポストドクターを雇用する際の労働条件や養成の在り方等を示したガイドライン(以下、「ポストドクター雇用等ガイドライン」という。)を策定すべきである。ガイドラインにおいては、ポストドクターの能力向上の責任が雇用する側にもあることなどを明確にし、処遇、雇用期間、指導教員等との関係等の項目を盛り込む必要がある(図32)。

2.大学教員等の人材育成に係る意識改革

 博士号取得者がアカデミア以外の多様な場に進むためには、大学教員等による進路指導も重要であるが、指導すべき立場にある教員自身に、企業等に関する知見や経験が乏しく、博士課程学生や博士号取得者への情報の提供が不十分との指摘もある(図33、34、35)。社会が求めるリーダーとして博士号取得者を育成するためにも、大学教員等の意識の改革は重要であり、若い時期から指導者としての自覚を持ち、十分な経験を積むことが必要である。
 現在、教員の採用・昇任のための人事評価については、研究成果が第一義的な指標になっていることが多い。このため、研究成果に重きを置いたままでは教員の意識が変わらないとの指摘もある。教育や社会貢献等をこれまで以上に重きを置いて評価するなどして、大学自らが意識を改革し、トップダウンで取り組む必要がある。

(1)大学教員等を対象にした取組の推進

 全ての大学教員には、アカデミアであるか否かを問わず社会の多様な場で活躍できる人材の育成に向けた指導力が求められる。しかし、博士課程学生は将来アカデミアで活躍すべき者である、という前提で指導に当たる教員が多いとの指摘がある。
 このような教員の意識を変えるため、教員が大学の外に出る機会を増やすことが不可欠であり、教員自身の企業派遣実習(教員インターンシップ)の実施、教員が学生と共に企業等へ出向いて参画する実践的な課題解決型演習の導入促進、教員の企業への出向や企業との兼務等が考えられる。また、企業研究者の大学教員への登用や企業人によるキャリア指導研修の実施等、大学に外部人材を積極的に招へいすることにより、教員や学生等が企業人と接する機会を増やすことも考えられる。
 このような取組を通じて、教員が産業界のニーズに直に触れ、産業界の求める人材像を把握するとともに、その経験を踏まえ、大学が育成する人材像を明確にして大学教育に反映させる取組が強化されることが期待される。また、国は、このような産学の柔軟かつ双方向の人材交流を支援すべきである。

(2)大学教員等の評価等を通じた教員の意識改革

 大学教員の人事評価は、教育、研究及び社会貢献等の多面的な活動を総合的に評価する必要がある。大学教員に対する人事評価や評価結果が受け入れられる文化の醸成、それが処遇等に適切に反映される評価等を通じて、組織のイニシアチブの下、人材育成に関する教員の意識を高めていくべきである。その際には、大学教員が大学院生の適性に応じ、適切に進路指導を実施しているかなど、教育者としての側面がこれまで以上に重視された評価となることが期待される。
 また、教員は、博士課程学生を指導するに際し、学生個人の素養・能力に応じて、多様なキャリアパスがあり得ることを念頭に置くとともに、ポストドクターについては、単なる研究の支援者や補助者としてではなく、研究活動に参画する研究者として認識する必要がある。
 さらに、大学等は、博士課程学生や博士号取得者の就職支援のための取組、大学教員や研究者の流動性を確保するための取組、後述する女性研究者の採用割合等についての目標設定及び多様な教員や研究者を確保する取組等を通じて、大学教員や指導的立場にある研究員の意識改革に資する取組に組織的に対応することが期待される。

(3)組織に対する競争的な支援制度等における対応

 ポストドクターの多くは、競争的資金等の外部資金により雇用されている(図36)。研究資金配分機関は、個々の競争的資金制度間の整合性を図りつつ、その目的や特性に応じて、組織に対する競争的な支援制度の審査項目に、キャリア教育の設定や過去の人材育成の実績等を盛り込み、これらを採択の一指標として評価することが必要であり、こうしたことは、大学教員等が、人材育成に対する意識を高めることにもつながっていくと考えられる。
 大学等は、博士課程学生やポストドクターに対する経済的支援の重要性に鑑み、組織に対する競争的な支援制度において、個々のポストドクター等が従事すべき任務を明確にし、RAやポストドクターの雇用経費等に充当する割合をより高めていくべきである。
 同時に、ポストドクター自身が一定期間、自立的な研究やキャリア開発のための活動に専念できるよう、プロジェクトの目的や特性に応じて、職務専念義務に関する現行の考え方の見直し等を検討する必要がある。
 さらに、競争的資金が世界をリードする研究人材を養成する上で重要な役割を果たしていることから、国は、基盤的経費を確実に措置した上で、競争的資金の拡充を図りつつ、研究者本人も含め、競争的資金から人件費を充当できる範囲を拡大していくことについて検討すべきである。

3.グローバル化に対応した人材の育成・確保

 「知」をめぐる世界的な大競争時代を迎え、優秀な人材の獲得競争が激化している中、我が国が世界をリードする科学技術水準を維持し続け、研究人材の国際的循環の一翼を担うためには、国内外問わずグローバルに活躍できる人材の育成が不可欠である。また、地球環境問題といったグローバルな諸問題の解決、科学技術外交の強化や国際共同研究の推進等を図るため、科学技術関係人材の国際化が求められている。
 国際的に活躍できる研究者を育成するには、海外で研鑽を積むことが有意義であり、研究者が各国の研究の最前線で切磋琢磨する機会を増やす必要がある。
 さらに、グローバル人材を確保するには、我が国の研究拠点における優秀な外国人研究者等を惹きつける魅力的な研究環境等の整備、事務・技術支援体制の強化、学業や研究に専念できる生活環境の確保等、周辺環境を含めた研究拠点の国際化の推進が必要不可欠である。

(1)日本人の「内向き志向」の解消と帰国後の活躍の場の拡充

 優秀な頭脳の国際的循環が急速に進展し、我が国も科学技術先進国として相応の貢献や影響力の行使が求められているにもかかわらず、大学における長期の海外派遣者数は減少傾向にある(図37)。
 国は、優秀な日本人研究者等が海外で研鑽を積むことができる環境を整えるとともに、経済的な支援も充実すべきである。大学等においては、若手研究者海外派遣事業など若手研究者が海外において研究活動等を行う機会を提供するプログラムを積極的に活用し、国際的視野に富む有能な研究者の育成を強化することが期待される。また、大学は、海外の機関と協力し、単位互換等を含めた協定等を結ぶなど、学生や研究者の海外留学・派遣を今まで以上に積極的に進めることが期待される。
 日本人が海外に出て行きやすい環境をつくり、交流を円滑に進めるためには、大学等が互いに協力して、海外での日本人研究者のネットワーク化を図ることも有益である。日本人が「内向き志向」になる背景の一つとして、海外の日本人ポストドクターが、日本に研究者として戻る場所が無いため海外へ出にくくなっているとの指摘がある。このため、海外の日本人研究者に対し、我が国で活躍できるよう、必要な情報を提供することが重要である。大学等は、公募情報を提供するデータベースを最大限有効に活用して、公平・公正で透明性のある手続きのもと積極的に国際公募を行うことが望まれる。
 海外での研究経験のある研究者は、海外経験のない者よりも幅広い視野を持つ機会が多く、海外の研究者とのネットワークを有することから、グローバル化に対応した人材として期待できる。大学等は、研究者を採用する際に、国際的な視野を持った研究者としての素養・能力を十分に勘案すべきである。

(2)外国人研究者等の受入れの推進

 我が国における研究拠点の研究水準と競争環境の向上のためには、異なる価値観やキャリアをもつ優秀な外国人研究者等を海外から積極的に受け入れ、研究拠点自体を活性化させる必要がある。しかし、外国人研究者等の受入れ数は伸びていない(図38)。
 このため、大学等は、事務局の国際対応能力の向上、組織内文書の英語化等の研究支援面での国際化、外国人研究者の退職金のない終身雇用等を進めるとともに、我が国の優れた魅力ある教育研究内容を積極的に海外に向け情報発信していくことが重要である。こうした観点からも、WPIプログラムでは、事務部門を含め英語を公用語化するなどの研究支援面の国際化を進め、世界最高水準の外国人研究者を惹きつけ、優れた研究環境と高い研究水準を誇り、研究者の多様性が確保された「目に見える拠点」を形成している。今後も、世界トップレベルの研究拠点の更なる強化・拡充を図っていく必要がある(図39)。加えて、大学等は、外国人研究者の活躍促進を図るための行動計画を策定することが期待され、国は、引き続き、その取組状況を把握し、公表すべきである。
 外国人研究者等が家族と共に来日することを検討する際には、外国人にとって暮らしやすい生活環境が整備されているかどうかが重要な判断材料となる。このため、国や大学等は、地方公共団体等と連携・協力し、多様かつ優秀な外国人研究者等を生活面で安心させる土壌を形成する必要がある。例えば、宿舎等の受入れ環境の整備や外国人特別研究員等のフェローシップ・奨学金の充実、外国人研究者の子弟に対する教育の充実、地域社会における多文化共生の推進も必要である。
 外国人留学生については、「留学生30万人計画」に基づき、優秀な留学生を戦略的に獲得するための施策を進めていく必要がある(図40)。例えば、大学の目的・機能に応じて、質の高い教育の提供と海外から留学しやすい環境を提供するため、国は、英語による授業実施体制の構築や留学生の受け入れ体制の整備など大学の国際化拠点の整備に対する支援を充実し、その普及に努める必要がある。また、日本国内で就職する外国人留学生への支援も一層充実すべきである。

4.女性研究者・技術者の活躍の加速

 我が国が国際競争力を維持・強化し、多様な視点や発想を取り入れた研究活動を活性化するためには、多様な研究者・技術者の質・量とも充実していくことが不可欠である。我が国は欧米に比べ女性研究者・技術者(以下、研究者に技術者も含む。)の登用が進んでいないため、潜在的な人的資源となっている女性研究者の活躍促進を加速すべきである(図41)。このため、アカデミアや産業界等が協力して、多様な価値観や働き方を受容して働きやすい環境を醸成し、女性研究者が能力を発揮できるように努めていくことが極めて重要である。

(各機関における環境整備の促進)

 女性研究者が出産・育児等と研究を両立できる環境を整備するため、アカデミアや産業界等の各機関は、在宅勤務や短時間勤務等、柔軟な雇用形態の適用、研究支援員によるサポート体制の整備等を引き続き充実していく必要がある。また、出産・育児等により一旦研究現場から離れた者の復帰支援を充実するとともに、採用や処遇の際に出産・育児等の負担を配慮した人事の運用に留意すべきである。なお、これらは、育児等を行う男性にも共通するものである。
 特に、企業については、大学に比して女性研究者の割合が依然として低い状況にあり(図42)、女性が研究者としてのキャリアを追求する上で障害となる壁を積極的に取り除いていくことが期待される。

(国による活躍促進のための施策)

 これまで国は、女性研究者が所属する機関のシステム改革の促進、研究と出産・育児等との両立への配慮、そして女性研究者の裾野拡大という3つの観点から施策を講じてきた。これらが有機的に機能して、女性研究者の活躍できる環境が着実に整いつつある。
 しかしながら、欧米に比べ我が国の女性研究者の割合は依然として極めて低い水準にある(図43)。このため、国は、女性研究者が出産・育児等と研究を両立できる環境を整備する大学等への支援、女性研究者の採用に応じた人件費等の支援、出産・育児等による研究中断からの復帰支援といった、すでに講じている諸施策を引き続き充実すべきである。
 女性研究者の活躍促進については、量的拡大を図るのみならず、組織の意志決定への参画など質的な観点も重要である。しかし、教授等における女性研究者の採用割合は、依然として低い水準に留まっている(図44)。このような状況を改善するため、大学等は、より上位の職階に女性研究者を積極的に登用していくことなど、多様な工夫に取り組んでいく必要がある。例えば、優れた成果をあげている大学等に対し、国は、それらの特性に応じて、より積極的に支援する施策を検討することも考えられる。

(次代の女性研究者・技術者の育成)

 理系への進学を検討している女子生徒にとって、多様な場で活躍している女性研究者・技術者の存在は、将来の具体的な進路目標となることから、国は、女子生徒等と女性研究者・技術者との交流の機会を積極的に設けるべきである。さらに、理系の職業を検討している女子学生に、女性支援に関する各機関の取組状況やロールモデルとなる女性研究者・技術者に関する情報を提供することは有益であり、国は、こうした情報を積極的に提供すべきである。

(女性研究者の採用促進)

 第3期科学技術基本計画に掲げられた女性研究者の採用割合に係る数値目標(女性研究者の採用目標として、自然科学系全体で25%(理学系20%、工学系15%、農学系30%、保健系30%))については、早期に達成すべきであり(図45)、第4期科学技術基本計画においても、例えば、平成17年12月に閣議決定された「男女共同参画基本計画(第2次)」に「社会のあらゆる分野において、2020年までに、指導的地位に女性が占める割合が、少なくとも30%程度になるよう期待する。」とあることを踏まえつつ、指導的地位にある女性研究者の採用に関する数値目標の検討など、引き続き性差によって不利な状況が生じないよう取組を強化する必要がある。
 大学等においても、女性研究者の採用割合等について数値目標を設定し、その目標達成に向けて努力することや、その達成状況、部局ごとの女性研究者の職階別在籍割合を公表するなど、女性研究者の活躍促進に努めていくことが重要である。また、啓発活動等を通じて組織内の意識変化にも引き続き取り組む必要がある。
 国は、大学等における女性研究者の活躍促進に係る取組状況や指導的地位にある女性研究者の割合等を把握し、公表すべきである。

第3章 若手研究者が自立して研究できる体制の整備

 我が国が世界に伍して科学技術を発展させていくためには、科学技術の将来を担う優秀な若手研究者の養成とその活躍の促進が不可欠である。これまで世界的に優れた研究成果をあげた研究者の多くは、若い時期に、その成果の基礎となる研究を行っている(図46)。こうした事実に鑑み、若手研究者に自立と活躍の機会を与え、将来につながる研究の基礎を築かせることは、科学技術の振興を図る上でとりわけ重要である。
 しかしながら、我が国では、若手研究者に自立と活躍の機会を与える環境が十分には整備されていないとの調査結果がある(図47)。また、大学等の基盤的経費及び総人件費の削減が進められ若手教員の新規採用数が伸び悩み、若手教員の割合が年々減少する傾向にある(図48、49)。このような流れもあって、若手研究者とりわけポストドクターは、将来への展望が不透明で不安を抱いている人が少なくないとの指摘があり、キャリアパスの見通しを明るくすることは喫緊の課題である。
 大学等は、その方針や特性に応じて、公正で透明な評価に基づく競争性のもと、若手研究者に自立と活躍の機会を与え、また、こうした競争を経て安定的な職に就くことができるキャリアパスを整備する必要がある。このため、国は、国全体としてテニュア・トラック制(※6) が普及・定着するよう大学等の自発的な取組を積極的に支援すべきである。
 なお、テニュア・トラック制は、その詳細に渡り全国画一的なものと捉えることは必ずしも適切ではなく、大学等においてその趣旨に照らして工夫することも期待される。また、分野の事情等により、テニュア・トラック制の導入が必ずしも適当でない場合であっても、若手研究者の自立的な研究環境の整備、透明性の高い採用手続き等、その趣旨を活かした取組が大学等でなされていくことが期待される。
 また、テニュア・トラック制の普及・定着には、研究環境を整えると同時に、准教授・助教等の若手研究者ポストを積極的に増やし、国内外の若手研究者が公平かつ公正に挑戦できるポストを確保することが欠かせない。併せて、優れた研究成果を生み出すには、若手研究者が切磋琢磨するための若手向け競争的資金の拡充も不可欠である。我が国のテニュア・トラック制を普及・定着させ、その実をあげるためにも、これら研究環境と研究者ポスト、研究資金を、総合的かつ一体的に拡充していく必要がある。
 他方、優秀な若手研究者の多様な活躍の場を拡大していくためには、民間企業等においても、人材の流動性を確保していくことが期待される。

1.テニュア・トラック制の普及・定着

(テニュア・トラック制の意義・効果)

 我が国におけるテニュア・トラック制は、優秀な若手研究者が自立して研究できる環境を整備することを大きな目的として、その導入が進められている。例えば、科学技術振興調整費「若手研究者の自立的研究環境整備促進」により、平成21年度現在34大学において、テニュア・トラック制の導入に向けた取組が進められている(図50)。これまでの本制度の取組状況を見ると、以下のような様々な効果が挙げられており、本制度の評価は総じて高い。

  • 若手研究者ポストの確保や若手研究者の育成システムなど部局を超えた人事の見直しの契機となっている・国際公募を含め透明性の高い公募・丁寧な採用面接などを行うことに大学が意を用いるようになった
  • 外国人の採用が進んだほか、国内の採用方法や研究環境などに不満を持ち海外に出て行った日本人若手研究者が戻ってきている(図51)
  • 自立を求める若手研究者の応募倍率が高倍率(約20倍)である一方で、大学も若手研究者の自立的環境整備の重要性を再認識するようになった
  • 本制度に基づく採用により全般的に優秀な研究者が採用され、充実した研究環境と相俟って優れた成果があげられている
  • 若手研究者の採用分野や雇用条件の設定など、大学が教育研究を戦略的に実行するよい契機となっている
  • 本制度は公正で透明性の高い採用手続きで安定的な職を得るための制度として機能しており、ポストドクターにとって魅力的なものとなりつつある

 ただし、各大学における導入規模は試行段階の域に留まるところが多く、我が国に制度として定着しているという状況には至っておらず、各大学の特色や理念に応じたその普及・定着が今後の大きな課題となっている。

(テニュア・トラック制の普及・定着)

 テニュア・トラック制は、主として世界的研究教育拠点を目指す大学の自然科学系分野において、その導入が進められてきた。今後、各大学等が、その特色や分野の事情等に応じて、テニュア・トラック制の適切な普及・定着を図っていくことが期待される。その際、大学等は、海外での研鑽など幅広い経験と素養を備えた優れた若手研究者を採用するよう努める一方で、安定的な職を得た教員等が独立した研究者として活躍できるよう配慮するとともに、いわゆる「ポスドク問題」と同様の問題を発生させることのないよう、テニュア・トラック教員の採用に当たっては、当該教員のキャリアパスに配慮すべきである。
 これを踏まえ、国は、今後5年間でテニュア・トラック制を普及・定着すべく、テニュア・トラック制の導入を図る大学等への支援を一層充実すべきである。その際、組織に対する競争的な支援制度の審査において、テニュア・トラック制の導入など若手研究者を育成する上で有益な人事を見直す取組についても評価の対象とするなどして、大学の特色ある取組を支援することも有効である。なお、テニュア・トラック教員を経て安定的な職についた教員等の質が一定の水準にあることも本制度の普及・定着のために重要である。

(テニュア・トラック教員(※7) の新規採用数の目標設定)

 テニュア・トラック制を普及・定着させるには、テニュア・トラック教員の新規採用数を大幅に増やすことが不可欠である。しかし、例えば我が国の自然科学系の大学教員について見ると、新規採用教員数が年間数千人規模(※8)であるのに対し、現在のテニュア・トラック教員の新規採用数は年間約百人程度(総数で約4百人)に過ぎない。この規模では、大学教員を目指す若手研究者にとって、「博士課程からポストドクター、その後テニュア・トラック教員を経てテニュア教員」というアカデミック・キャリアパス を、明確に見通すことができない。テニュア・トラック制を重要なアカデミック・キャリアパス(※9)として確立するためには、テニュア・トラック教員の新規採用数を大幅に増員する必要がある。 
 このため、国は、年間の自然科学系の新規(正味)採用教員のうち、テニュア・トラック教員の割合について具体的な数値目標を設定(例えば、今後5年間の当面の目標として、全大学の自然科学系の新規(正味)採用教員総数の2割に相当する人数(※10))した上で、その目標の達成に向けた施策を検討することが考えられる。なお、この数値目標は国全体としての目標であり、個々の大学等における本制度の導入規模は、大学等の自主性に委ねられていることに留意すべきである。

2.若手研究者ポストの拡充

 ここ数年、大学教員の年齢構成については、60歳から65歳未満の教員割合が増えているが、30歳から35歳未満の教員割合は減っている。また、大学等の教員の平均年齢は増加傾向にある(図53)。研究においては、競争的・流動的な環境の下で、創造性や柔軟性豊かな若手研究者の活躍を促進することが不可欠であるにもかかわらず、過度の年功主義を残し、能力主義を徹底しないまま安易に再任等を行うことで、若手研究者の登用の機会を奪い、研究現場の活力を失わせているとの指摘がある。

(大学等の人事の在り方の見直し)

 民間企業が経営の合理化を図る上で、研究者を含む従業員に対する人事評価を業績・成果に見合った処遇や報酬に反映すること、能力に応じた業務内容の転換や管理業務、教育指導、研究補助を担う業務・部署への配置転換により処遇を見直すこと、高齢従業員に対して役職定年制の導入や退職・再雇用による人件費抑制を実施すること等の人事改革を行っている。また、厳しい競争環境におかれていることから、社会の情勢に合わせた大胆な組織改編等に不断の努力を払っており(図54)、大学等においても、適切な人事の運用を図っていく上でこうした取組にも留意するという観点が必要である。
 大学等では、団塊の世代の大量退職を控え、教員等の世代交代の時期を迎えており、准教授・助教等の若手研究者ポストを増やす好機でもある。例えば、教授の退職者数以上に准教授・助教等の若手研究者を採用することや、高齢研究者の人事の在り方を見直すことが考えられる。また、人事の在り方を見直す過程で、あわせて各大学の教育課程や教育方法の点検・見直しを行い、教育目的により合致した適切な教員配置や、柔軟な組織改編等の人事の見直し、人事評価の給与等への反映等を検討すべきである。なお、定年後も外部資金を獲得することにより研究を継続できる優れた研究者については、引き続き日本国内で活躍できる環境が必要である。

(若手向け研究資金の拡充)

 若手研究者の活躍を促進するためには、自立して研究できる環境の整備やポストの拡充だけではなく、若手研究者が挑戦的・独創的に研究を進め、その能力を最大限発揮しつつ切磋琢磨するための若手向け研究資金を拡充することもまた必要である。
 このため、国は、競争的資金の拡充を目指す中で、引き続き若手研究者を対象とした支援を重点的に拡充すべきである。

(基盤的経費及び総人件費等の確実な措置)

 若手研究者等の新規採用数が伸び悩んでいる要因として、基盤的経費及び総人件費の削減が挙げられる。大学が、我が国の国際競争力の維持・強化を担う人材を育成する役割を引き続き担っていくためには、その教育研究を支える安定的な財源が不可欠である。
 しかしながら、運営費交付金及び私学助成の総額は、国の方針により毎年1%の削減を余儀なくされている。また、国立大学法人、独立行政法人等は、総人件費改革により、平成18年度以降の5年間で、平成17年度における額から5%以上を減少させることを基本として、人件費の削減に取り組まなければならないこととされている。このような背景から、大学等は、教育研究に必要な教職員を確保することなどが困難な状況となっている。国は、歯止めのない一律削減によって大学等を疲弊させるのではなく、基盤的経費を確実に措置し、その上で、極めて優れた教育研究環境やシステム改革を実現する取組に対して厚く支援するなどインセンティブを与えるべきである。
 大学等における教育研究活動を円滑に実施するためには、欧米諸国に比して脆弱との指摘がある我が国の教育研究支援体制や事務体制を充実する必要があり、国はそのための経費を確実に措置すべきである。

第4章 次代を担う人材の育成

 次代を担う我が国の科学技術関係人材の育成は、身に付けるべき素養・能力を明確化し、人材育成の大きな方向性に共通認識を醸成していくことが重要である。また、科学技術を基盤とする社会である我が国においては、研究者や技術者等の専門人材だけでなく、様々な産業やサービスに従事する人材も含む国民全体が科学技術に親しみ、理解を深めることが重要である。このため、高等教育との円滑な接続に配慮しつつ、まず初等中等教育段階において、科学技術に触れる機会や理数教育を充実させることが不可欠である(図55)。
 文部科学省では、教育課程実施状況調査やOECD生徒の学習到達度調査(PISA)に代表されるような国際学力調査の結果等を踏まえ、学校における理数教育の充実や地域における実験教室等への支援を行っている。
 これらの支援は、アンケート調査の結果などを見る限り、教育委員会や学校、児童生徒等から高い評価を得ている。今後は、次代を担う人材を育成するという目的を明確化し、児童生徒等の才能を見出す取組とその才能を伸ばす取組を充実させるとともに、それらの取組を初等中等教育段階から研究者や技術者養成まで一貫したものとするため、才能を引き出してくれるような優れた指導者に接する場の充実、理工系の進路選択や職業選択を促すためのキャリア教育、研究者としての才能を最大限伸ばしていくための高大接続の推進等をあわせて行うことが必要である。
 近年、韓国やシンガポール、アメリカなどの諸外国において、才能を有する子どもを見出し伸ばす教育が急速に進められている状況であり、我が国においても、将来の科学技術を先導する人材を育成する観点から施策を充実する必要がある。

1.才能を見出し、伸ばす取組の充実

(1)理数好きな子どもの裾野の拡大

 次代の科学技術を担う研究者や技術者等の人材を育成するためには、理科や数学が好きな子どもの裾野を広げることが重要である。そのためには、自然体験や身近な科学技術に接する機会の充実など、子どもの科学技術に対する好奇心や意欲を喚起する施策や、初等中等教育段階における理数教育の強化、とりわけ理科や算数・数学等で、より魅力ある授業や適切な指導が行われるよう、優れた教育力を有する教員を養成・確保するための取組・研修を引き続き推進すべきである。あわせて、今後は、これらの取組を児童生徒等の才能を見出す取組とその才能を伸ばす取組につなげていく必要がある。
 具体的には、好奇心や意欲を喚起する施策として、児童生徒等が身近な場所における観察や実験等の体験的な活動や、サイエンスキャンプ(最先端の研究現場における合宿型の学習活動)などを通じて科学技術に親しみ、課題設定や問題解決といった学びができる環境の整備が重要である。
 一方、教員に関しては、現状では、小学校の教員の約6割が理科を指導するのが苦手という調査もあることから、例えば、大学は、教員養成の段階において、教育委員会等と連携して、観察・実験実習の機会を増やすとともに、科学技術と社会とのつながりに関する講義を充実させるなどの取組を進めるべきである(図56)。また、理科専科や小・中学校の連携等により、理工系出身者を小学校の教員として登用していくことも進めるべきである。国は、引き続き、小中学校の理数教育指導において中核的役割を果たす教員の養成を支援すべきである。
 初等中等教育段階の教員が科学館等で実施する長期の研修を受講することや、自然科学系の大学院等で学び直すことは、専門教科の教育力の向上とともに、教員のキャリア形成の観点からも有意義であり、教育委員会はその機会をより一層拡大すべきである。
 理科授業における観察・実験活動の充実や教員の資質向上を目的とする理科支援員等配置事業は、研究者や技術者、大学院生やポストドクター等の外部人材を小学校の理科授業に充てることで、児童の興味関心の向上や授業の充実に大きな成果をあげている。将来、理科支援員を経験した大学院生やポストドクター等が教員として活躍することも期待できる。国は、引き続き、本事業を支援すべきである。
 学校の授業が、最新の科学技術の成果とその社会への貢献の可能性や発展的な内容について充実するものとなるには、優れた教材を用意することも重要である。国は、児童生徒等が科学技術を実感を持って理解することができるような教材や映像コンテンツの開発・普及に対する支援を強化すべきである。

(2)才能を見出し、伸ばす取組の充実

 上記取組を通じて理数好きな子どもの裾野を拡大させつつ、さらに科学技術に才能を有する児童生徒等を見出し、その優れた才能を大きく伸ばすには、才能を十分に発揮し、他の児童生徒等と切磋琢磨する機会や場が不可欠である(図57)。
 未来を担う科学技術関係人材の育成等を目的とするスーパーサイエンスハイスクール(SSH)は、高等学校等において教育課程等の研究開発や大学等と連携した課題研究の推進等の先進的な理数教育を実践し、大きな成果をあげている。今後は、卒業生の追跡調査の結果も踏まえ、SSHをさらに拡充するとともに、SSH指定校がこれまでに培った成果を広く他の学校に普及し、地域全体の理数教育を充実する取組や、優れた才能を有する人材を継続的に見出し育成するための仕組みを研究する必要がある。また、国は、大学進学後も継続的に科学技術関係人材の育成ができるよう体制を整えるべきである。なお、革新的な科学技術関係人材の育成を図る高等学校における取組も注目される。
 また、国際科学オリンピック等の科学技術コンテストは、児童生徒等にとって、自らの能力を試し、国際経験を積むことができる良い機会である。各実施団体は、積極的な広報活動を行って児童生徒等の関心を喚起し、参加者数の増加に努めるとともに、国は、各実施団体による運営が継続的・安定的に行われ、科学技術コンテストを社会に定着させるために、必要な支援を継続すべきである。また、コンテストを通じて見出された児童生徒等の才能をさらに伸ばすため、強化合宿等の取組を充実することが重要である。
 さらに、科学技術系部活動の振興は、児童生徒等の自由な発想に基づく研究発表の機会が増え、活動を通じて同じ分野で活動する児童生徒等とのネットワークが構築されるほか、指導に当たる教員の力量の向上も期待されることから、国は、各学校における科学技術系部活動を支援すべきである(図58)。

2.初等中等教育段階から研究者・技術者養成まで一貫した取組の推進

 次代を担う科学技術人材を国として戦略的に育成していくためには、児童生徒等が継続的に科学技術に対する興味・関心を向上させ、かつ発達段階に応じ、切れ目なくその才能を伸ばすことができる環境を整えていくことが可能な、初等中等教育段階から研究者・技術者養成まで一貫した体系的な人材育成施策の推進が必要である。
 このため、前節で言及されている取組を俯瞰的・有機的に展開するとともに、子どもから大人まで継続的に優れた指導者に接することができる場の充実、初等中等教育段階からのキャリア教育の充実、高大接続の推進及び学習意欲のある高校生が大学入学後もその意欲・能力をさらに伸ばすことができる取組等を強化することが重要である。

(1)優れた指導者に接する場の充実

 科学技術に才能を有する児童生徒等を継続して伸ばすには、周囲に優れた指導者に接する場や科学技術に十分取り組めるような場が不可欠である。このような場として、SSHの課題研究や各学校の科学技術系の部活動に対して、研究者や技術者が指導助言を行う機会を設け、児童生徒等と研究者や技術者の接点を作ることが重要である(図59、60)。さらに、大学等において、発展的な学習を継続的に受けられる取組の拡大も有意義である。
 各地域の科学館等は、実験教室や体験活動を通じて科学技術を親しみやすい形で紹介することにより、児童生徒等に好奇心を与え、科学技術に対する興味や関心、理解を向上させる重要な役割を担っている。国は、これらの活動を引き続き支援するとともに、科学技術に興味や関心を持った児童生徒等が継続的に科学技術に取り組める場や機会を設けるよう、各実施団体に働きかけるべきである。また、国立科学博物館や日本科学未来館は、それぞれの特色を生かして他の科学館等との連携を進めることにより、地域の取組の充実を図るべきである。
 科学技術コミュニケーターは、研究者や技術者と一般国民の間で、科学技術に関する意思疎通や相互理解の促進等の役割を担う者であり、日本科学未来館等で養成されている。科学技術コミュニケーターが、地域の科学館等で活躍し、科学技術を実感させる実験教室など身近な活動を盛んにすることは極めて重要である。
 このため、科学技術コミュニケーターの養成や活躍を促進することにより、研究者や技術者が、児童生徒等やその保護者と自らの研究や最新の科学技術の成果等について議論し、相互に理解を深めるような機会を充実していくべきである。
 ただし、地域によっては、そのような環境を十分に提供できないこともあるため、国は、国立科学博物館や日本科学未来館を活用し、各地の科学館等に対する支援を強化するとともに、それぞれの地域の理数教育に関する拠点を活用し、各学校の理数教育を積極的に支援していく必要がある。
 さらに、初等中等教育の段階から国際社会に触れることが、語学力をはじめ児童生徒等の国際対応能力を向上させるため、国は、国際的に活躍する一流の研究者が高等学校等で生の研究を直に伝える取組等を充実すべきである。

(2)キャリア教育の推進

 科学技術関係人材の育成は、科学技術に対する興味や関心を喚起するだけでなく、研究者や技術者に関するキャリア教育を初等中等教育段階から行うことが重要である(図61)。
 このため、企業や大学からの特別講師等の招へいや、教育委員会等と企業が連携し、工場や研究所の見学、出前型の授業などを実施する必要がある。その際、教育の実をあげるため、学習内容との関連を踏まえ、学校における事前の準備や事後のフォローアップを十分に行う必要がある。
 高校生が理工系進学を躊躇する理由として、相対的に製造業の魅力が乏しいと捉えられていることや、キャリアパスが明確に見通せないこと等が指摘されている。このため、大学や産業界が連携し、現役で活躍している研究者・技術者と交流し、親しむ機会を初等中等教育段階から作ることが大切である。また、国は、こうした取組を支援すべきである。

(3)高大接続の推進

 我が国の中高生は、文系・理系の進路を早い時期から意識することが一般的である(図62)。また、文系・理系で履修する科目が絞り込まれることにより、途中で進路の希望が変わっても変更が難しい現状がある。知識や情報の複雑化が進んでいる現代においては、自分の専門分野以外の分野に関心が向いた際に、社会的な障害がなく柔軟に分野を変えられることが重要である。
 また、高等学校から大学まで継続して自らの研究活動に取り組むことを可能とすることは、科学技術関係人材の育成の実をあげる上で有効と考えられる。このため、大学において、国際科学オリンピックの結果やSSHの成果等を評価する入学者の選考方法の導入が期待され、国は、こうした取組が拡大するよう支援を引き続き行うべきである。さらに、高校生のうちに大学の自然科学系科目や専門科目を科目等履修生として履修する取組や大学の教員が高校に出向いて授業を行う「出前授業」の実施等の取組の拡大が期待される。
 大学入学後、本格的な研究活動に参加するまでには時間がかかるため、学習意欲を持続させるような教育課程の整備も必要である。早期の研究室配属やTAを活用したメンター制度(学習面や生活面等の相談に応じる仕組み)、特別コースの設定等の工夫が考えられ、一部の大学で既に導入されているが、国はこのような取組を広く普及すべきである。

(4)技術者養成のための取組の充実

 科学技術関係人材の多数を占め、主に産業界で活躍する技術者は、ものづくりや環境づくりを通して、我が国の科学技術に立脚した持続的な発展に、重要な役割を果たしている。特に、団塊世代の技術者の卓越した技能について、円滑な継承を進めるべきである。近年の急速な技術革新の進展や産業構造の変化に伴い、技術者に求められる能力が高度化、多様化する中、大学や高等専門学校等における次代の技術者の養成や現役の技術者のリカレント教育等の取組は重要である。とりわけ、技術者の養成・能力開発は、産業界が求める人材を途切れることなく輩出し続ける必要があり、産学が密に連携して一体的に人材を養成することが極めて重要である。

(技術者の活躍促進のための取組の推進)

 我が国の経済的発展を担う製造業等が新興国の追い上げを振り切って成長を続けるためには、異なる技術分野を融合しつつイノベーションを絶え間なく創造し続ける必要がある。技術者は常に自らにとって新しい技術知識や事例等を幅広く習得していかなければならないが、大学や高等専門学校等のカリキュラムや企業内の研修を充実するだけで十分に行えるものではない。このため、国は、インターネットを活用した自習教材やデータベースを開発・提供するなど、ニーズに則して能力や知識を継続的かつ効率的・効果的に向上できる環境を構築し、積極的に利活用を促進すべきである。
 さらに、技術士等の技術者資格制度の普及拡大と活用促進を図るとともに、制度の在り方についても時代の要請に合わせ、検討する必要がある。
 また、技術者養成における地域レベルでの産学官の連携も重要である。例えば、知的クラスター創成事業や地域再生人材創出拠点の形成など地域におけるイノベーション創造やイノベーション人材養成の取組等において地域の教育機関と地元産業界、地方自治体とが協働して戦略的に次代の地域産業の担い手を養成する取組をより一層充実すべきである。

(技術者養成のための教育の充実)

 イノベーションが科学的な発見から直接生み出されることは稀であり、科学と技術は深く関係しつつも、本質的な違いがある。したがって、技術者養成の観点からは、初等中等教育から科学と技術を区別し、段階的に体系立てて教育する必要がある。具体的には、イノベーション創造の基礎として科学的な素養が不可欠であることから、小学校・中学校では、幅広く理科や数学の基礎をしっかり学ばせた上で、中学校・高等学校では、イノベーターとしての資質が育まれる技術教育も充実することが考えられる。
 高等専門学校は、実践的・創造的技術者の養成という明確な教育目的の下に、実験・実習など体験重視の教育が行われている。今後、社会のニーズの多様化に対応するため、地域や産業界等との連携を強化し、ものづくり技術力の継承・発展を担いイノベーション創出に貢献する技術者を育成していくことが重要である。
 大学は、将来社会の発展の基礎を支える叡智を生み出すため、技能や知識の習得のみを目的とするのではなく、全人格的な発展の礎を築く教育に取り組む必要があるが、その一方で、質の高い技術者の輩出という社会のニーズにも応えていかなければならない。このため、技術者として最低限必要な知識や資質・能力を身に付けさせる観点から、大学と産業界が協力してコアカリキュラムの策定や教材の作成、教育成果を客観的かつ適切に評価するための基準等の開発等に取り組むことが期待される。
 さらに、大学と地域の企業等との有機的な連携により、実践的かつ先導的な教育プログラムを開発することを通じて、工学系教育の再構築を図り、産業界に真に求められる質の高い実践型技術者を育成することが重要である。
 高度IT人材については、ソフトウエア工学以外の他領域とも関連して必要とされる高度なIT人材を養成する取組を産学や大学間連携等によりさらに幅広く推進し、最先端技術に対応した教育の開発や学部段階の基礎力向上などにより、その養成を推進する必要がある。
 また、「経済財政改革の基本方針2009」において、アジア・世界の持続的成長への貢献や国際的に開かれた大学づくりなどが提言されており、アジア・世界の成長の担い手となる高度かつ実践的な人材育成は重要である。このため、国は、大学及び産業界等と連携し、アジア地域等からの外国人学生を受け入れ、日本が強みを持ち、アジア・世界で急速な成長が期待される分野やグローバルな人材養成が求められる分野における、質の高い実践的な技術者教育を提供する取組を支援する必要がある。

おわりに

  1. 本提言は、知識基盤社会を牽引する科学技術関係人材の育成と、社会の多様な場における活躍の促進という観点から幅広い審議を行い、具体的な施策を取りまとめたものである。
  2. 昨今、子どもたちの理数科目に対する意欲・関心が低いことや早期離職する若者が感じている閉塞感などの諸問題がある中で、子どもたちが自らの将来に夢と希望をもてる社会を実現するためには、若者が社会で活躍できる場を可視化し、地道な努力が正当に評価され、報われるシステムを構築することが重要である。健全で活力ある社会は、均等な挑戦機会、公正な競争、公平な評価、そして実績に応じた報酬や再挑戦機会が与えられる社会である。
     先行きが不透明な激動の時代において、我が国が活力を持ち続け、明るい未来を作っていくためにも、時代を切り拓き、社会をリードする人材の育成が重要である。不況により個々人の能力が落ちるということはなく、経済不況が続いている今こそ、人材育成強化の好機である。
  3. 科学技術は、世界共通のダイナミックな活動であり、子どもたちに夢と憧れを、若者に勇気と活力を、そして大人に誇りと自信を与えるものである。科学技術を通じて、グローバルな視点を持ちながら本来あるべき社会を実現し、国民全体が活力を取り戻し、未来に向けて明るく強い日本をつくるべきである。
     そのためには、教育界、産業界、国等が総がかりで、連携を深めることが不可欠である。
  4. また、教育(人材育成)、研究(知的価値の創造)及びイノベーション(社会的価値や経済的価値の具現化)の有機的連携の視座のもと、大学等の教育研究の成果を評価する際には、社会の多様な場における輩出人材の活躍状況も対象とする必要がある。大学等は、優れた人材を輩出するという社会的使命をこれまで以上に認識し、そのための人事の在り方の見直しや、教育研究支援体制や事務体制の充実等を通じた教育研究環境の整備に努めるべきである。産業界についても、求める人材像を示し、人材育成の実践の場を幅広く提供するなどの協力が求められる。
     さらに、国には、高等教育への公財政支出の規模を、欧米主要国を上回る規模に増額するとともに、産学の連携強化を推進していく役割が期待される。
  5. 本提言は、平成23年度から実施予定の第4期科学技術基本計画を見据えて行うものである。本委員会としては、本提言が我が国の科学技術政策に反映されるよう、引き続き第4期科学技術基本計画の策定に向けた動向を注視していくこととしたい。
     本提言を審議・検討する中で、社会と技術を俯瞰し、我が国を牽引できる優れた人材を生み出し育てるためには、産学の協働が不可欠であることを改めて強く認識するとともに、これこそ我が国が、世界をリードする科学技術水準を保持し、国民が豊かさを実感できる活力ある社会であり続けるための最善の方策と確信することができた。
  6. 科学技術の成果を社会的価値や経済的価値に具現化するイノベーションの創造が、我が国の国際競争力を左右するものであり、その牽引者である科学技術関係人材の育成、確保は喫緊の課題であるにもかかわらず、少子化・労働力人口減少が急速に進んでいる中で、若者の理工系離れが起きていることの社会的問題の重要性が家庭や初等中等教育界も含めて広く一般に意識されているとは言えない状況にある。
     本委員会としては、本提言を契機として、社会の各方面において、知識基盤社会を牽引する科学技術関係人材の育成、確保と社会の多様な場での活躍促進に向け、真剣かつ具体的な議論が行われることを期待している。
※1 大学院教育の実施にあたり、学外における高度な研究水準をもつ国立試験研究所や民間等の研究所の施設・設備や人的資源を活用して大学院教育を行う教育研究方法の一つ。
※2 米国では、NSF(米国国立科学財団)とNIH(国立衛生研究所)が、ポストドクターを「博士号取得後(または博士号相当)、ポストドクター自身が目指すキャリアを実現するために、上級研究者の指導の下で専門的なスキルと研究と自立性を高めるための高度なトレーニングを一定期間受けている者」と定義している。
※3 所属大学のみで学位を取得し、かつ、その後の職歴において所属大学以外で本務を経験していない者の割合。
※4 高度な人材の育成を目的として、国が大学に一括して支出する資金(ブロック・グラント)のこと。国は、大学からの申請に応じて対象となる大学を選考し、大学はこの資金を原資として、さらに個別の優秀な学生を選考する。
※5 競争的資金などの外部資金の獲得・管理を中核として、法令遵守や産学連携部門との調整など研究管理全般の業務を行う者をいう。
※6 公正で透明性の高い選抜により採用された若手研究者が、審査を経てより安定的な職を得る前に、任期付きの雇用形態で自立した研究者としての経験を積むことができる仕組み。
※7 テニュア・トラック制により雇用されている若手研究者。
※8 うち理・工・農系が約2千人、保健系が約6千人である。なお、保健系については、およそ半数が、大学と医療機関等との間における異動者に該当すると仮定すると、正味の新規採用教員数は約5千人と考えることができる。
※9 米国では、4年制以上の大学の教員のうち、アシスタント・プロフェッサーの約7割がテニュア・トラック教員であり、アカデミック・キャリアパスとして確立している(図52)。
※10 脚注8の約5千人を基にすると約1千人。

お問合せ先

科学技術・学術政策局基盤政策課

(科学技術・学術政策局基盤政策課)