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「長期的展望に立つ海洋開発の基本的構想及び
推進方策について(答申)」



21世紀初頭における日本の海洋政策

科学技術・学術審議会



1  はじめに

2  海洋をめぐる国内外の情勢
2.1  国際的な情勢
2.2  国内の取り組み

3  我が国における海洋政策のあり方
3.1  「海洋を知る」「海洋を守る」「海洋を利用する」のバランスのとれた政策
3.2  国際的視野に立った戦略的な海洋政策
3.3  総合的な視点からの検討

4  海洋政策の基本的考え方と推進方策
4.1  海洋保全の基本的考え方と推進方策
  4.1.1  海洋保全の基本的考え方
  4.1.2  海洋保全の具体的な推進方策
(1)海洋環境の維持・回復に向けた総合的な取り組みの推進
  1)海洋における物質循環システム(場)の修復
  2)人間活動に伴う陸域・海域・大気等からの負荷の削減
(2)海洋利用,沿岸防災等における海洋環境に配慮した取り組みの推進
  1)海洋利用等における環境配慮の取り組み
  2)気候変動に対応するための取り組み
(3)社会経済的側面からの海洋環境の保全に向けた取り組みの推進
(4)海洋保全を推進するための基盤整備の充実
4.2  海洋利用の基本的考え方と推進方策
  4.2.1  海洋利用の基本的考え方
  4.2.2  海洋利用の具体的な推進方策
(1)持続可能な海洋生物資源の利用
  1)水産資源の持続的な利用の推進
  2)海洋生物資源の開発・研究
(2)循環型社会を目指した海洋エネルギー・資源利用
  1)海洋エネルギーの利用促進
  2)再生型資源の利用の推進
(3)市民生活の基盤を支える海洋鉱物・エネルギー資源利用
  1)海洋鉱物・エネルギー資源の利用に向けた研究開発
  2)海洋鉱物・エネルギー資源利用のための海底調査等の推進
(4)多機能で調和のとれた沿岸空間利用
  1)環境配慮型の空間利用のための施策
  2)効率的な空間利用のための施策
(5)安全で効率的な海上輸送の実現
(6)市民の親しめる海洋に向けて
4.3  海洋研究の基本的考え方と推進方策
  4.3.1  海洋研究の基本的考え方
  4.3.2  海洋研究の具体的な推進方策
(1)未知の領域への挑戦
(2)地球環境問題の解決及び自然災害の予防に資する海洋研究
1)気候変動等の地球環境問題の解決に資する海洋研究
2)地震・火山噴火等の自然災害の予防に資する海洋研究
(3)海洋保全,海洋利用等の礎となる海洋研究
(4)研究・観測を支える基盤技術開発
(5)研究開発体制・インフラストラクチャーの整備
  1)研究・観測を組織的・戦略的に行うための方策
  2)海洋研究を支えるインフラストラクチャーの整備
4.4  海洋政策全体の基盤整備の基本的考え方と推進方策
  4.4.1  海洋政策全体の基盤整備の基本的考え方
  4.4.2  海洋政策全体の基盤整備の具体的な推進方策
(1)人材の育成及び理解増進
  1)人材育成の推進
  2)市民の海洋に対する関心を高めるための施策
(2)資金の確保
(3)情報の流通
(4)国際的な問題への対応
(5)総合的な視点に立った海洋政策の企画・立案システム

5  結び

付図・付表

参考



1  はじめに
  地球の全表面の約7割を占める海洋は,大気や陸域との相互作用を通じて地球環境の調和機能を果たしており,人類をはじめ地球上のすべての生命を維持する上で,不可欠な要素である。人類は,その発祥から現代にいたるまで漁業により海洋から食料を獲得し,海洋を通じて人的また文化的な交流を行ってきており,海運が発達してからは,様々な物を輸送するために海洋を活用してきた。海洋には未だに利用されていない資源が相当量残されており,循環型社会に適したエネルギー・資源の供給源となる可能性を有している。さらに人類は,海洋を利用するだけでなく,未知の世界を解明したいという科学的な興味と関心から,日々刻々と変化する海洋を探求し,諸現象の真理を追求することによって,科学の一体系である「海洋科学」を構築してきた。
  このように人類は海洋から,様々な形で海の恩恵を享受するとともに,海洋を探求することによって自らの知識の拡大と深化に結び付けてきており,これからも人類にとって海洋はかけがえのない存在である。
  これまで海洋は,その巨大な容量と浄化機能により人類の活動による環境負荷を受入れ,希釈・分解すること等により人類の良好な生活環境を維持してきたが,近年の人口増加,経済社会活動の拡大等による負荷の増大は,海洋汚染をはじめ,海洋生態系の攪乱(かくらん),海洋生物資源の枯渇等を引き起こしている。また,自然災害の多発や人間活動等が引き起こした海岸侵食,砂浜の消失等が沿岸域のぜい弱性を増大させている。そのため,科学に基づいて海洋並びに地球の変動を予測し,有効な対策を行うための政策が要求されている。
  今後,人類が安全で快適に生活できる社会を構築するとともに,海洋が有する多様な恩恵を後世に継承するためには,これまでのように,海洋を単なる利用の場としてとらえるのではなく,生態系を含む健全な海洋環境を維持し,可能な限り回復を図るため,海洋が持つ総合性・複雑性を理解し,その理解に基づいて高い視点から海洋の利用について考えていくことが重要となっている。これからは,環境の保全と調和のとれた海洋利用を可能とするため,必要な知見の獲得・活用に努めるとともに,市民一人一人が海洋の重要性と自らが様々な面から海とかかわっていることを理解し,海洋を持続的に利用していくためには何をなすべきか考えていかなくてはならない。
  このような視点から,今後の海洋政策の展開に当たっては,「海洋を知る」「海洋を守る」「海洋を利用する」という3つの観点をバランスよく調和させながら,持続可能な利用の実現に向けた戦略的な政策及び推進方策を示すことが重要である。
  また,海洋を知り,守り,利用するあらゆる場合において,国際社会との協力関係が重要である。特に,海洋に関する国際連合条約(以下「国連海洋法条約」)発効によって新たな海洋の秩序ができつつあり,世界中の多くの国々が同条約に基づいて海洋の利用や海洋環境の保護等に努力を傾けるようになってきている。
  科学技術・学術審議会では,「長期的展望に立つ海洋開発の基本的構想及び推進方策について」の諮問を受け,海洋開発分科会を中心に審議を行ってきた。審議においては,これまでの海洋利用に重点を置いた検討ではなく,我が国の海洋政策全般にわたる総合的な視点からの検討が重要であるとの認識に立ち,「21世紀初頭における日本の海洋政策」を副題としたように,「海洋開発」を「海洋研究・基盤整備」,「海洋保全」,「海洋利用」の各分野を包含した「海洋政策」全般を示すものであるととらえて検討を行った。そのため,海洋開発分科会の下に海洋研究・基盤整備委員会,海洋保全委員会,海洋利用委員会を設置し,各分野の海洋政策の推進に関して審議するとともに,海洋開発分科会において今後10年程度を見通した我が国全体としての海洋政策の基本的考え方及び推進方策について検討を行った。
  21世紀社会において豊かな海と共存する人間性豊かな社会を実現し,潤いのある生活を送るために,本答申の内容に沿って真に日本国民の利益となる海洋政策が実施されることを強く期待する。

海洋をめぐる国内外の情勢
2.1  国際的な情勢
  1994年に国連海洋法条約が発効し,我が国も1996年に同条約を締結した。国連海洋法条約に基づく排他的経済水域(EEZ)・大陸棚制度の世界的定着に伴い,我が国周辺海域における水産・鉱物・エネルギー資源等の適切な保全及び管理並びに持続可能な利用の重要性が増大している。国連海洋法条約の各条項を具体的に実施するに当たり,韓国やインドネシア等は海洋に関する総合的な取り組みを推進すべく海洋主管官庁を設置し,カナダにおいては,1997年に海洋法を制定することで国家海洋戦略を策定した。また,同条約を締結していない米国においても,今後の海洋政策の重要性を踏まえ,海洋及び沿岸域の政策のあり方を包括的に示す報告書(Oceans  Act  of  2000)を
2001年に取りまとめたところである。さらに深海底の鉱物資源開発の潜在的価値の大きさから,韓国や中国等も深海底鉱物資源(マンガン団塊等)の概要調査を実施している。我が国においても国連海洋法条約の各条項の円滑な運用に向けた取り組みを進めることが重要である。また,同条約は海洋環境の保護及び保全に関して最も包括的な規定を置いており,海洋環境を保護し,保全する一般的な義務を締約国に課している。さらに,国連海洋法条約の随所で科学的根拠に基づく措置を実施することが強調されていることから,我が国が諸外国に先駆けて海洋の科学的調査を実施し,我が国の利益に反しないような諸外国の海洋の科学的調査に協力することは,21世紀の海洋国家としての在り方を示すと同時に人類全体に対する我が国独自の国際貢献として戦略的な意味を持つことにつながる。
  海洋環境保全に関しては,海洋汚染等の環境問題への対応,全地球的な水産資源の減少等,速やかな国際的協力が必要な問題が顕在化してきている。特に,海洋における環境問題に対応するため,1992年リオ・デジャネイロで開催された国連環境開発会議(UNCED)では,21世紀において,持続可能な開発の概念を実行するための行動計画(アジェンダ21)が採択され,第17章「閉鎖性の海,半閉鎖性の海,沿岸地域を含むすべての海洋の保護,及びそれらの生物資源の保護,合理的使用及び開発」では,国連海洋法条約に基づき,7つの包括的な海洋環境にかかわる施策の目標が示されている。その他にも,生物多様性条約(1993年発効)や気候変動枠組条約(1994年発効)等海洋にも関連する新たな国際的枠組みが構築されつつある。
  これまで海運に関係する技術的問題についての各国政府間の協力機構である国際海事機関(IMO)において,海上安全,海洋汚染の防止等の諸問題について様々な取り組みがなされており,海洋における人命の安全,船舶による海洋汚染の防止等に関する国際条約の作成や,危険物の海上輸送,漁民漁船の安全等に関する勧告等を行っている。特に海洋汚染の防止の取り組みを見ると,廃棄物等の海洋投棄及び洋上焼却に関しては,「廃棄物その他の物の投棄による海洋汚染の防止に関する条約(ロンドン条約,1975年に発効)」,船舶等からの油,有害液体物質及び船舶発生廃棄物の排出に関しては,「1973年の船舶による汚染の防止のための国際条約に関する1978年の議定書(MARPOL73/78条約,1983年発効)」及び「1990年の油による汚染に係る準備,対応及び協力に関する国際条約(OPRC条約,1995年発効)」等の国際約束がある。さらに,2001年11月には有機スズ系船底防汚塗料等の船舶の有害な防汚方法を規制する「2001年の船舶における有害な防汚方法の管理に関する国際条約(仮称(未発効))」が採択され,その早期発効が求められている。
  以上のような全世界を対象とした国際条約とは別に,閉鎖性の高い国際海域及びその沿岸域を保全するため,国連環境計画(UNEP)は,1974年に閉鎖性水域の海洋環境保全と資源管理を目的として,地域海行動計画の策定を各国に提唱した。このうち,国際的な閉鎖性海域である日本海及び黄海の海洋環境保全を図ることを目的に,関係各国が協調して海洋環境の監視等を行う北西太平洋地域海行動計画(NOWPAP)が日本,韓国,中国,ロシアによって1994年に合意された。その事務局機能を果たす地域調整ユニット(RCU)が我が国と韓国に共同設置されることになっている。また,各国に活動の拠点となる地域活動センター(RAC)が設置されており,我が国には「特殊モニタリング・沿岸環境評価に関する地域活動センター」が富山に設置された。また,1995年に陸上活動からの海洋環境汚染の防止により海洋の保全,持続可能な海洋利用の促進を図ることを目的として「陸上活動からの海洋環境の保護に関する世界行動計画(GPA)」が採択された。2001年にはその第1回レビュー会合が開催され,GPAの活動をより強化すること等を内容とした「陸上活動からの海洋環境の保護に関するモントリオール宣言」が採択された。
また,水産資源の持続的な利用に関しては,これまでも我が国や欧米等の各国では漁獲量の上限や漁船数等を管理することで資源の適切な管理に取り組んでいるが,世界的に漁獲能力が過剰な状態となっており,遅くとも2005年までに世界的な漁獲能力を資源の持続的利用が可能な水準とするための方策を講じることを目的とした,国連食料農業機関(FAO)の水産部会において「漁獲能力の管理に関する国際行動計画」が1999年に採択された。特に,世界的に過剰な漁獲能力の削減が求められているカツオ・マグロ類については,大西洋まぐろ類保存国際委員会等の地域漁業管理機関において,資源管理の国際的な枠組みを逃れて操業する漁船の廃絶に向けて取り組みがなされている。また,国際捕鯨委員会(IWC)では,第52回科学委員会において,鯨類の海洋生物資源の捕食量が人類の海面漁業生産量の約3倍から5倍に及んでいる旨の報告がなされ,現在,同機関及びFAO等で鯨類と漁業の競合に関する問題が広く検討されている。2002年5月に山口県下関で開催されたIWC54回年次会合では,日本沿岸の暫定捕獲枠の設定についての賛成数が増える等,鯨類の持続的利用についての理解が進んできた。我が国でも責任ある漁業国として,資源の適切な保存・管理を今後も引き続き行う必要がある。
  また,日韓及び日中の漁業に関する協定がそれぞれ1999年,2000年に新たに発効し,我が国排他的経済水域の資源管理に進展が見られる一方,日韓暫定水域及び日中暫定措置水域における資源管理の推進のため,韓国及び中国からの一層の協力が必要となっている。
  全地球的な海洋の研究を行うためには,海洋に関する世界中の観測データが必要であり,国際的な協力の下,観測や研究を進めていくことが非常に重要である。このため,世界気象機関(WMO),ユネスコ政府間海洋学委員会(IOC),国連環境計画(UNEP),国際科学会議(ICSU)等により,国際的なプログラムである世界気候研究計画(WCRP)や地球圏・生物圏国際協同研究計画(IGBP)等が実施されている。これらの研究計画に深く関与する国際的枠組みとして,国家的あるいは国際的な機関によって必要とされる観測計画を調整する全球気候観測システム(GCOS),持続的な海洋観測システムの構築を取り扱う全球海洋観測システム(GOOS)さらには,気候変動に関する科学的,技術的,並びに社会経済的な情報を評価する気候変動に関する政府間パネル(IPCC),北太平洋に関する種々の問題を取り扱う北太平洋の海洋科学機関(PICES)等があり,活発な活動を行っている。

2.2  国内の取り組み
  海洋の利用方策については,基本的にそれぞれの利用分野ごとに各府省において積極的に推進・検討が行われてきた。
  海洋生物資源の利用に関しては,水産資源の持続的な利用を基礎として水産物の安定供給の確保と水産業の健全な発展を図ることを基本理念として掲げている水産基本法(2001年6月制定)の示す方向に沿って,農林水産省を中心に水産施策の総合的・計画的な推進が図られ,水産資源の適切な保存・管理,水産動植物の増殖の増進,水産基盤の整備等の諸施策が推進されている。
  海洋資源の利用に関しては,我が国周辺に相当量の賦存が期待されているメタンハイドレートのエネルギー資源としての利用を図るため,経済産業省において「我が国におけるメタンハイドレート開発計画」が2001年7月に取りまとめられた。深海底鉱物資源は,日本周辺海域及び公海上の深海底に賦存し,我が国の先端産業の発展に不可欠な資源である。マンガン団塊については,1987年にハワイ南東沖の公海上に7.5万平方キロの鉱区を取得し,2001年6月には国際海底機構との探査契約にいたった。今後も新たな鉱区取得を目指し,コバルトリッチクラスト及び海底熱水鉱床の賦存状況の探査・調査及び必要な技術開発が行われる予定である。また,国連海洋法条約に基づき,200海里を超えた大陸棚を画定するため,必要な海底調査が引き続き行われる予定である。
  沿岸空間の利用に関しては,利用と保全の方策について,その基本的方向性を示した「沿岸域保全利用指針」が,1988年度より全国の沿岸域において策定されているところである。また,「第三次全国総合開発計画」(1977年)において「沿岸域」を新たな国土空間ととらえ,それ以降の国土計画及び大都市圏計画では,海洋・沿岸域の利用・開発・保全のあり方が提示されてきた。最近では,「沿岸域圏総合管理計画策定のための指針」(2000年2月策定)として,沿岸域圏の総合的な管理に取り組む地方公共団体等が計画を策定・推進する際の基本的な方向が提示されている。さらに,沿岸域の中でも特に多面的な利用が相当程度輻輳(ふくそう)している三大湾(東京湾,大阪湾,伊勢湾)に関しては,各圏域の整備に関する基本的・総合的な計画である「首都圏基本計画」 (1999年3月策定),「近畿圏基本計画」,「中部圏基本計画」(2000年3月策定)において,開発整備の主要施策の一つとして沿岸域の総合的な利用と保全の方策が示されている。港湾分野においては,「東京湾港湾計画の基本構想」 (1996年3月策定),「大阪湾港湾計画の基本構想」(1995年11月策定),「伊勢湾港湾計画の基本構想」(1992年3月策定)において,各湾内諸港の総合的かつ広域的視点に立った開発,利用及び保全の基本的方針が示されている。
  このように,これまでの海洋利用は,それぞれの利用分野ごとに検討・推進が行われてきたが,必ずしも総合的な視点に立った海洋環境の保全や水産資源の保存・管理への配慮が十分でなかったという面があり,高度経済成長後の海洋を取り巻く情勢の変化及び海洋利用の多様化という社会情勢の下で,利用分野間での連携,沿岸域への環境影響,地球規模での環境問題に対する社会的関心が高まっている。
  我が国における海洋保全の取り組みについては,「環境基本法」に基づく「環境基本計画」のほか,「水質汚濁防止法」,「海洋汚染及び海上災害の防止に関する法律」等に基づく環境汚染防止のための措置,「河川法」,「海岸法」,「港湾法」等に基づく沿岸災害の防止や環境の保全に配慮した社会資本の整備等の措置がそれぞれ講じられている。
  総合的な視点から海洋環境の保全を図るためには,事業の策定・実施に当たって,あらかじめ環境保全上の配慮を行うことが極めて重要である。そのため,「環境影響評価法」が1997年に制定され,大規模な開発事業の実施の前に,事業が環境に及ぼす影響について環境影響評価が適切かつ円滑に行われるための手続,その他所要の事項が定められるとともに,環境影響評価結果を踏まえ,事業の許認可等を行うことにより,事業の実施において環境の保全に適切な配慮がなされることを確保することが義務づけられている。
  また,極海域や深海域等の海洋における未探査領域は地球に残された最後のフロンティアとして,現在も人類の科学的な興味と関心を引きつけ,探求すべき対象となっており,2003年には統合国際深海掘削計画(IODP)のもと,日米共同で深海底の掘削調査が開始される。一方で,海洋は,巨大地震,津波,台風,異常気象による災害の舞台となっており,災害が発生する海域における監視が進められている。
  近年,調査・観測に必要な船舶や潜水調査機,地球観測衛星,高性能ブイの開発等,機器の高度化や観測体制の強化,情報関連技術の発達による情報流通の高速化等により研究環境が大幅に向上し,様々な事象の解明が進んでいる。今後,地球温暖化や気候変動等の地球環境変動のメカニズムや全球的な海水循環等を統合的に理解するためには,開発された観測・研究手段を複合的に使った調査研究がより重要となっている。
  また,海洋の研究・保全・利用を進めるに当たっては,これらに共通するものとして,人材育成,資金の確保,情報の流通等の基盤整備が不可欠である。
  我が国は海洋国家であるものの,海洋に関する市民の興味や関心は必ずしも高くないという現実がある。21世紀の活力ある社会の実現に向けて,市民が海洋の重要性を身近に実感できるよう,海洋教育を含めた施策の展開が図られるべきである。1996年には海の恩恵に感謝するとともに,海洋国日本の繁栄を願う日として「海の日」が祝日となり,市民の理解増進を目的とした各種の取り組みが実施されている。また,人材育成に関する具体的な措置としては,学校教育機関,公共教育機関,民間等において,要望の変化に応じた育成を行ってきており,これまでは,船員,漁業者の育成に重点が置かれてきたが,現在ではこれに加え,海洋構築物や海洋レジャー等の新しい海洋産業に携わる者や沿岸環境の改善等の研究にかかわる研究者・技術者の重要性が増大している。
  海洋に関する資金については,その多くが開発事業関係経費であり,1992年度をピークに減少傾向にある。海洋科学技術関係予算は1991年度から 1998年度まで増加していたが,現下の厳しい財政事情の影響により,ここ3,4年は,ほぼ横ばいとなっている。2001年3月に閣議決定された科学技術基本計画において,海洋分野は,宇宙分野と合わせて国の存続的な基盤であるフロンティア分野として位置づけられたが,重点4分野である環境分野,ライフサイエンス分野とも非常に関連性が高い。
  近年,情報科学技術が急速に発展するとともに,インターネットの普及等情報通信に関するインフラストラクチャーの整備が進んでおり,海洋に関する情報を提供・入手することが容易になってきている。しかし,海洋に関する多くの資料・情報を利用者が使える形に加工して提供するためのインフラストラクチャーがまだ充分でなく,情報の利用者からは精確な情報のさらなる迅速な提供が求められている。科学技術やインフラストラクチャーが発達する一方で,社会一般における情報公開の流れも拡大している。1999年には行政機関の保有する情報の公開に関する法律が成立し,国の保有する情報については原則公開することとなっている。また,国の行う研究開発や事業については,特にその内容や成果を積極的に一般の人々へ説明することが求められている。

3  我が国における海洋政策のあり方
  周辺を海洋に囲まれている我が国は,水産,造船,海運等による様々な海洋からの恵みにより「海洋国家日本」としての地位を築き上げてきており,これまでの海洋に関する政策判断は,その恩恵をいかに享受するかに重点が置かれてきた。
  近年は,科学技術の発展や交通の多様化等により海洋の位置づけが変化してきており,また,国連海洋法条約の締結や環境問題の重要性の増大等により,海洋に関する政策を判断する際の立脚点も変わりつつある。
  21世紀を迎え,今後も「海洋国家日本」で有り続けるための最重要課題は何であるかを考えると,「持続可能な海洋利用」を如何にして実現するかという命題に帰結する。その実現を目指すためには,これまでのように海洋利用に重点を置くことはできず,また,我が国だけの努力により実現することは不可能であることは明確である。したがって,本答申においては,今後の10年間を見通し,次の3つのポイントを重視して,我が国の海洋政策を企画・立案し,実行していくことが最も重要であることを提言する。
  ○ 「海洋を知る」「海洋を守る」「海洋を利用する」のバランスのとれた政策へ転換すること
  ○ 国際的視野に立ち,戦略的に海洋政策を実施すること
  ○ 総合的な視点に立って,我が国の海洋政策を立案し,関係府省が連携しながら施策を実施すること

3.1  「海洋を知る」「海洋を守る」「海洋を利用する」のバランスのとれた政策
  これまで「海洋を守る」ことと「海洋を利用する」ことは,相反する活動となることが往々にしてあった。しかし,海洋からの恩恵を受けずに人類がその営みを続けることは困難であり,今後は海洋の環境を維持する,持続的な利用に転換することが必要である。また,海洋を守り,海洋を利用する政策を適切に実行するためにはその前提として「海洋を知る」ということが欠かせないが,これまでは,「海を利用する」ことのみを目的として,海洋研究に力が注がれることがあった。今後は,海洋からの恩恵を一方的に享受するのではなく,海洋環境の保全との調和のとれた利用を可能とし,循環型社会の形成を目指して,必要な知見を獲得していくことが重要である。
  このように,海洋政策を企画・立案し,実施するに当たって,海洋環境を維持しつつ持続可能な形で利用するために,その実施に先立ち十分な科学的調査や技術開発を行うというように,「海洋を知る」「海洋を守る」「海洋を利用する」ことの調和を図り,バランスのとれた海洋政策へ転換することが重要である。

3.2  国際的視野に立った戦略的な海洋政策
  人類は,海洋において,太古から漁業等の様々な活動を営んでいるが,産業や技術の発展に伴い,海上輸送の発達や漁業の大規模化,石油等海底下の資源開発等の経済活動が増大し,海洋を取り巻く国家間利害関係が,紛争の一因となっている。一方で,地球温暖化に伴う海洋大循環の変化や海面上昇等といった地球規模の環境問題や,広範囲な海域で活動する海賊や船舶に対する武装強盗への対応等,個々の国では解決できない問題も発生している。海洋にかかわる問題は,全世界的な場合と地域的な場合とがあるが,いずれにしても国際的な協力がなくては,解決できないことが多く,複数にわたる国の権益の調整が求められることも少なくない。
  このような背景から,海洋における統一的なルールである国連海洋法条約が必要となり,1996年に我が国は国連海洋法条約を批准し,世界でも有数の排他的経済水域を有することとなった。今後は,国連海洋法条約をはじめとする「海洋を知る」「海洋を守る」「海洋を利用する」ことに関する国際的な枠組みに基づく我が国の権利及び義務を認識し,海洋政策に反映させることが我が国の国益の確保及び国際貢献のために重要である。
  また,国連海洋法条約のような世界的な枠組みの下での取り組みを行う一方,海洋の調査・保全・利用を進めるに当たって,実際の問題は二国間や地域において解決される場合も多く,二国間と多国間におけるそれぞれの国際的な協力の重要性に留意する必要がある。
  海洋に関する問題を解決するためには,国際的ネットワークの確立により情報交換を緊密に行い,国際貢献と国益の確保の均衡を図りつつ,国際的な協力の枠組み整備や,国際プロジェクトへの参加,開発途上国への支援等の国際協力を進めることが重要である。
  この様な国際社会の取り組みに対する積極的な貢献に加え,特に環太平洋やアジア圏においては,我が国は指導的な立場にあることを認識して,国際的視野に立った戦略的な海洋政策を策定,実施していくことが重要である。

3.3  総合的な視点からの検討
  海洋は複雑な相互作用を有する無数の種類と数の有機物・無機物から構成される複合体であり,また,熱・物質等の物理的循環,光合成・微生物分解等の生物化学的循環に状態が強く依存する流動体を主要素とする自然システムである。このような自然システムの持続的利用を図るためには,海洋の持つ総合性・複雑性を理解し,総合的な視点から検討を行う必要がある。また,海洋と大気,海洋と陸域それぞれの相互作用に関する考察も重要であり,海洋利用が多様化していることによる異なる分野の利用施策の連携・調和にも配慮する必要性も増している。
  今後の海洋政策の推進に当たっては,このような海洋の多面的な要因を踏まえた「総合的な管理」の概念が重要である。
  ここでの「総合的な管理」とは,これまでのように利用者の要求のみを優先させるのではなく,今後も海洋を持続的に利用するために,海洋にかかわる様々な問題を総合的な視点から検討・調査分析を行い,その結果として,海洋の保全・修復を行いつつ,一定の制限を設けながら利用する概念であり,マネージメントという意味合いを持ったものである。「総合的な管理」を実施するためには,政府や地方公共団体,企業や漁業従事者等の利用者,海洋に憩いを求める市民,環境保全NGO等,海洋に関係する者が互いの立場を尊重しつつ,海洋の持続的な利用を目指して,協力していくことが重要である。
  国は人文社会科学を含む総合的な視点から海洋全体を見渡した総合的な政策を策定し,複数の行政分野にまたがる政策等の統一性を図り,「総合的な管理」を実行することが必要である。我が国は島国であり,漁業,エネルギー,資源開発,輸送・交通,教育・スポーツ・レクリエーション等,市民生活に直接かかわる多くの政策が海洋に関係している。国は各分野にまたがる総合的な視点から,海洋問題に対する基本的で総合的な取り組み姿勢を内外に明らかにするとともに,様々な行政分野にかかわる問題等に関し,市民の立場に立って合理的・総合的な解決の筋道を与えることが重要である。

4  海洋政策の基本的考え方と推進方策
  我が国における海洋政策のあり方として最も重要な3つのポイントを提示したが,「海洋を守る」,「海洋を利用する」,「海洋を知る」ということの観点,また海洋政策の遂行に際し,基盤的に必要な事項という観点について,今後海洋政策を展開するにあたっての基本的な考え方及び具体的推進方策をそれぞれ示す。

4.1  海洋保全の基本的考え方と推進方策
4.1.1  海洋保全の基本的考え方
  20世紀における先進国を中心とした大量生産・大量消費・大量廃棄型の経済社会活動や生活様式の変化は,海洋のみならず地球上において,自然の浄化機能を超える環境負荷,資源・エネルギーの枯渇,水産資源を含む生物多様性の減少,生態系の攪乱(かくらん)等,様々な問題を引き起こしており,これらは将来の人類の生存基盤をも脅かすことが懸念されている。
  一方で,四方を海に囲まれ,沿岸に人口,資産,社会資本等が集積している我が国では,津波,高潮,波浪等による災害や海岸侵食等について脆弱(ぜいじゃく)性を有している。このため,これまで人命や財産を災害から守り,国土の保全を図るための整備等が行われてきたが,整備水準の低さや老朽化,防災意識の低さ等の問題から,まだ多くの被害が生じている。
  海洋保全を取り巻く国際的な情勢は,最近10年間に大きく変化した。
1994年に発効した国連海洋法条約では,その前文で「海洋の諸問題が相互に密接な関連を有し及び全体として検討される必要があること」を明示し,1992年に開催された国連環境開発会議(UNCED)では「持続可能な開発」の理念が示されている。したがって,我が国における海洋保全にかかわる取り組みもこのような国際的な動きと軌を一にするものでなければならない。
  海洋にかかる環境問題は,陸域等における人間活動による環境負荷が,まずその周辺である内湾や沿岸域に影響を及ぼすことによって生じる地域的な環境問題としての側面のほか,地球温暖化に伴う気候変動への影響や海面上昇等によって引き起こされる災害の問題等,地球規模の問題としての側面を有している。また,両者は相互に関連しており,問題の複合化によってさらに大きな問題が生じる可能性についても留意する必要がある。
  海洋を保全するためには,現在の自然環境を維持することが大切であり,その中で今後,人類が安全で快適に生活できる社会を構築するとともに,海洋が有する多様な恩恵を後世に継承することを目指すことが重要である。このためには,生態系を含む健全な海洋環境を維持しつつ,すでに顕在化している問題の解決により,可能な限り回復を図るとともに,災害に対する安全性を高め,持続可能な海洋利用の道を探ることが不可欠である。
  また,海洋は食料,エネルギー等を供給し,人類の生存基盤を支えていることから,海洋環境問題は,資源供給の不安定性や国際条約をめぐる各国の利害関係に起因する国家間の問題として認識されるべきである。したがって,海洋にかかわる科学的知見は,海洋政策の決定や社会的な合意形成の論拠として活用し,併せて国際貢献を含めた我が国の国家戦略に反映されることが重要である。
  21世紀の早い時期を見通した当面10年程度の施策を展開していくためには,将来の社会像や海洋の在り方(ビジョン)を前提とした戦略的な目標を示す必要があり,以下の3つを戦略的目標とする。

  ○ 海洋環境の維持・回復を図りつつ,「健全な海洋環境」を実現すること
  ○ 「持続可能な海洋利用」を実現し,循環型社会の構築に寄与すること
  ○ 国民共有の財産として,「美しく,安全で,いきいきとした海」を次世代に継承すること

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b_1     海洋環境問題とは,汚濁物質の流入による水質・底質の悪化のみならず,沿岸域開発・海洋資源開発等の人間活動によってもたらされる自然景観の喪失・海岸侵食・水産資源を含む自然生態系への影響・水質汚濁等の地域的な環境問題のほか,気象・海象の異常現象とそれに伴う沿岸災害,地球温暖化に伴う海面水位の上昇等による冠水,生態系の変化等といった地球規模の環境問題も含むものであり,海洋にかかわる環境問題の総体として定義する。
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  これらを実現するため,海洋環境の保全について水質悪化,海岸侵食,自然生態系への影響,地球温暖化等に対する総合的な取り組みを行うとともに海運,海洋鉱物,水産資源等の海洋利用及び沿岸防災等の実施においては,環境に最大限,配慮しなければならない。また,このような海洋保全を実施するためには社会経済的な側面から検討を加えるとともに海洋保全にかかる基盤整備を進める必要がある。本答申においては,このような観点から次に4つの基本的な推進方策を示すこととするが,海洋環境に及ぼす可能性のある要因や,環境問題としての深刻さ・社会的影響力,影響の範囲(時間・空間),対策レベル等を考慮すると,人の健康や自然生態系等に大きな影響を与える可能性が高い問題及び新たに生じる可能性が高く社会的影響の大きな問題については,特に重点を置き,施策を推進する必要がある。
  現在すでに問題が顕在化しているものとしては,

  ○ 中・長期的な閉鎖性海域等の海洋環境問題(水質,底質,生態系等)
  ○ 残留性有機汚染物質(POPs)等が人体及び生態系に与える影響
  ○ 沿岸域開発による干潟・藻場・サンゴ礁等の消失と生態系への影響
  ○ 土砂収支の不均衡に伴う海岸侵食・砂浜等の消失

があげられ,これらについては喫緊の対策が必要である。
  また,現在問題が顕在化しているわけではないが,将来高い確度で発生する可能性があり,発生した場合には深刻かつ社会的影響の大きい問題として,

  ○ 事故等による油流出汚染
  ○ 外来生物種の侵入による在来種の絶滅や生態系の攪乱(かくらん)
  ○ 地球温暖化に伴う海面上昇等による沿岸域への影響
  ○ 異常気象・海象による沿岸災害の多発
  ○ 二酸化炭素等の海洋隔離による生態系の影響
  ○ 資源等の開発に伴う環境影響

があげられ,その予防措置,予見的・先駆的な研究開発を行う必要がある。

4.1.2  海洋保全の具体的な推進方策
(1)  海洋環境の維持・回復に向けた総合的な取り組みの推進
  「健全な海洋環境」とは,自然の物質循環システムが正常に機能しており,人間活動による環境負荷が海洋の有する浄化能力や生産力等によって物質循環システムの復元力の範囲を超えない状態であり,かつ,このような状態を前提として,豊かな自然景観や健全なレクリエーションの場としての機能を有するものである。そのための具体的な要件としては,

  ○ 物質循環が適切に保たれていること
  ○ 生態系本来の食物網が適切に維持され,その中で豊かな水産資源が保たれていること
  ○ 有害物質の蓄積,濃縮が人体あるいは生態系に影響を及ぼさない範囲で維持されていること
  ○ 海水浴や遊漁等が安全・安心に行える等,健全な海洋性レクリエーションの場としての機能を有すること

等が考えられる。今後は,このような「健全な海洋環境」の実現を究極的な目標に位置づけ,各種の取り組みを長期的かつ継続的に実施することが重要である。
  海洋環境の維持・回復を図り「健全な海洋環境」を実現するためには,海洋における物質循環が過不足を生じることの無いよう円滑に進むこと,海洋環境問題の根本的原因である人間活動に伴う陸域・海域・大気等からの負荷の削減を図ることを目的として,具体的な取り組みを行うことが必要である。
  特に,東京湾,伊勢湾,大阪湾,瀬戸内海,有明海等の閉鎖性内湾では,陸域からの環境負荷物質や中長期的な気候変動等の複合的な影響により,悪化が急速に進む可能性があること,干潟,藻場等は,生物多様性が高く,それらの生物が行う二酸化炭素,窒素,リン等の代謝が,海洋の円滑な物質循環や浄化に重要な役割を果たすとともに,産卵や稚魚の生育の場等として生物資源の育成・生産機能等に果たす役割の重要性が高いことから,これらに関する調査研究を進め,物質循環システムを修復するために適切かつ総合的な取り組みを行う必要がある。また,人工化学物質の流入,油流出事故,外来生物種の進入等は生態系に大きな影響を与える可能性があり,これを未然に防ぐ取り組みを行うとともに,その生態系への影響について解明し,環境負荷を減らすための措置を的確に実施していく必要がある。
  これらの施策の実施においては,水質や底質等の改善にかかわる個別の対策のみならず,陸域の水環境や大気環境の改善のほか,経済活動や文化,法制度等の社会システム,市民の環境に対する意識の向上等を考慮した総合的な取り組みを関係行政機関はじめ,様々な主体との連携を図りつつ推進していくことが重要である。

1)海洋における物質循環システム(場)の修復
1  中・長期的な閉鎖性海域等の海洋環境問題(水質,底質,生態系等)への取り組み
   閉鎖性海域の汚濁防止のための取り組みの推進
  特に閉鎖性海域における環境監視の調査結果等に基づき汚染物質の挙動のシミュレーション,汚染源の解明を行い,その調査・解析結果等を共有化するとともに,汚泥の除去・覆砂(ふくさ)・浚渫(しゅんせつ)をはじめ,河川における多自然性と適切な河川流量の確保,下水道等の整備,海岸等の整備,浄化技術の開発,法令に基づく排水規制等の徹底及び違反の指導・摘発等,関係省庁,地方公共団体,住民等による各種の環境改善のための取り組みを進めることが重要である。また,その他沿岸海域についても,閉鎖性海域に準じて同様な措置を行うことが必要である。

   10年程度の時間規模での気候変動が閉鎖性海域等の海洋環境に及ぼす影響の解明
  エルニーニョや10年程度の時間規模での気候変動が気象要因(気温,降水量,日射量等)や海象要因(水温,潮流等),海域に流入する河川流量等に及ぼす影響を解明するとともに,これらの変化が閉鎖性海域等の水質,底質,生態系等に及ぼす影響を明らかにするべきである。

   赤潮,貧酸素水塊予測技術の高度化
  各閉鎖性海域における気象・海象,水質,底質等の監視を推進し,物質循環及び赤潮や貧酸素水塊等の発生メカニズムを把握するとともに,赤潮,貧酸素水塊の予測システムの開発を行う必要がある。

   閉鎖性海域における適正な漁獲の推進
  漁獲は本来,環境改善のための事業ではないが,海域で生産された生物を陸域に取り上げる活動であることから,閉鎖性海域の栄養塩類や有機物の削減に寄与すると考えられる。そのため,生態系本来の食物網が適切に維持される範囲において,水産資源の適切な保存・管理を図りつつ,今後とも適正な漁獲を行うことが重要である。

2  沿岸域開発による干潟・藻場・サンゴ礁等の消失と生態系への影響の解明
   周辺海域の長期的な水質・生態系の監視の推進
  干拓・埋立て等による沿岸域開発や人工干潟・藻場等の造成の際には,実施前の調査だけでなく,その周辺海域における水質,底質,生態系等の海洋環境の監視を事業の実施後も長期的に実施するとともに,情報の共有化・総合化を図ることが重要である。

   干潟・藻場等における浄化機能,生産機能等の解明
  干潟・藻場・サンゴ礁等の有する物質循環・浄化機能や生物資源の育成・生産機能,生物多様性に果たす役割等の機能を解明するとともに,干潟・藻場・サンゴ礁等が干拓や埋立て等により消失した場合の海洋環境に及ぼす影響を解明する必要がある。また,これらの成果を自然の干潟・藻場等の保護や人工干潟・藻場等を造成する上での計画,設計等に反映することが重要である。

   人工の干潟・藻場等の造成に係る技術開発の推進
  生物の有する浄化・生産機能を活用するため,過去に消失した干潟や浅場,藻場・サンゴ礁等多様な生物が生息する場を復元することは重要であり,今後も安定地形を確保した人工海浜,干潟の造成,潮流や波浪を考慮した人工藻場の造成を引き続き行う必要がある。一方,現在は,一定の自然条件のもとでの人工干潟・藻場の造成を行っているが,今後はさらに多様な環境特性や種に対応した干潟・藻場等を造成するための技術開発を推進する必要がある。さらに,造成後の監視を十分に実施することにより,順応的管理を行いながら,現場における知見を蓄積することが重要である。

2)人間活動に伴う陸域・海域・大気等からの負荷の削減
1  残留性有機汚染物質(POPs)等が人体及び生態系に与える影響の解明
   有害化学物質等の環境動態の解明及び監視手法の開発
  微量化学物質の既存分析技術について,高感度化・高精度化あるいは簡易化を図るとともに,海洋中の残留性有機汚染物質(POPs)や重金属等を中心に,有害化学物質の環境汚染実態の把握,環境挙動及び長期的な変動等の解明を推進することが重要である。

   有害化学物質等が生態系や人の健康等に及ぼす影響の解明
  POPsや重金属等の有害性の可能性が高いと予想される化学物質について,人や生態系への暴露評価が可能なシステムを構築し,効率的かつ予防的な評価基盤を構築することが重要である。また,人工化学物質による人や生態系における新規の有害性,並びに次世代において発生する可能性のある異常を検出・評価するための環境有害性評価技術の高度化を図る必要がある。

   代替船底防汚塗料の開発及び海洋環境への影響評価手法の確立
  トリブチルスズ化合物等の船底防汚塗料による海洋汚染に対応するため,海洋汚染を伴わない新たな船底防汚塗料を開発する必要がある。また,代替防汚物質の海洋環境に及ぼす影響を評価するため,代替防汚物質の分析技術の開発,海水中での分解挙動を解明するとともに,これらの環境影響評価手法を確立する必要がある。
2  事故等による油流出汚染の対策
   流出油防除体制等の強化
  油による海洋汚染を防止するため,MARPOL73/78条約,
OPRC条約等にかかわる取り組みを積極的に推進するべきである。特に,最近の大規模油流出事故を踏まえ,船舶の旗国による国際条約の確実な実施や船舶の寄港国による外国船舶の監督(ポートステートコントロール)の強化を図ることにより,国際条約の基準を満たさない船であるサブスタンダード船対策を推進することが重要である。また,船舶の二重殻化(ダブルハル化)の促進や油流出を防止する船舶構造の開発等の推進,過密な海上交通に対応するための航路の整備,新たな海上交通システムの構築等を図る必要がある。さらに,油防除資機材の整備,大型の浚渫(しゅんせつ)兼油回収船の建造,荒天対応型大型油回収装置等の新技術の開発・実用化等の流出油防除対策,北西太平洋地域海行動計画(NOWPAP)等を通じた国際協力体制の構築,油汚染事故への準備及び対応のための国家的な緊急時計画(平成12年12月26日閣議決定)等に基づく国内関係機関との連携強化,油流出事故を想定したソフト面の対策,各海域の自然的・社会的・経済的な情報の収集・整理等,油防除のための施策を推進することが重要である。また,油流出事故が発生した場合に沿岸環境保護の観点から必要な情報を集めた沿岸環境脆弱(ぜいじゃく)性指標図の整備や,事故の発生が生物に及ぼす影響の評価を行い施策へ反映することも重要である。

   流出油の拡散漂流予測技術の高度化・環境影響評価技術の開発
  気象・海象のリアルタイムデータに基づく,流出油の拡散漂流予測モデルの開発・改善を進めるとともに,分散処理剤による防除処理の効果を評価するための技術開発を行う必要がある。また,流出油が外洋や沿岸域の海洋環境に及ぼす影響を評価するための研究開発を推進することが重要である。

   流出油漂着海岸の環境修復技術の開発
  油汚染により損傷を受けた海域の環境修復を図るために,新たな油処理剤や有効な微生物により流出油を分解・浄化する技術(バイオレメディエーション技術)の開発を行うとともに,これらの生態系への影響を評価するための手法の開発を行う必要がある。

3  外来生物種の侵入による在来種の絶滅や生態系の攪乱(かくらん)防止
   輸入海砂等による外来生物種侵入の実態解明
  輸入海砂等により生じている我が国における移入種の分布,生態等の実態を把握するとともに,在来種への影響を解明する必要がある。また,輸入海砂等の管理手法等の検討を行うことが重要である。

   バラスト水等による外来生物種侵入の防止
  船舶が喫水や船体の傾斜を調整するために積み込むバラスト水等に含まれる有害生物を効果的に死滅させる装置の技術開発を推進するとともに,国際海事機関(IMO)において検討されているバラスト水の管理規制にかかわる条約の早期採択を目指すことが重要である。

   放流等による外来種導入の対策
放流等による外来種の導入は,在来の生態系に大きな影響を及ぼす恐れがあり,生態系に及ぼす影響を評価するとともに,外来種導入の管理・規制等の必要な施策についても検討を行う必要がある。

4  発生負荷削減への取り組み
   陸域からの発生負荷の削減
  「水質汚濁防止法」等に基づく汚濁負荷量の総量規制や排水規制,下水道や廃棄物処理施設等の整備,農薬・肥料等の適正使用の確保,家畜排せつ物の処理・保管施設の整備及び河川浄化事業の推進等を図ることにより,陸上発生負荷の流入の削減を行う必要がある。特に,一般家庭からの生活排水対策の推進や,海洋投棄処分の規制強化を図る「ロンドン条約96年議定書」の発効も見据え,産業廃棄物や一般廃棄物の投棄等による海洋環境問題対策の検討が重要である。

   下水道整備等の推進
  下水道の水質改善効果等を評価しつつ,「下水道法」に基づく下水道の整備を計画的に推進するとともに,合流式下水道の改善,富栄養化対策としての高度処理技術の導入等を図る必要がある。また,下水道未整備区域等における高度処理型を含む浄化槽等の整備を併せて推進する必要がある。

   船舶等からの発生負荷の削減
  「海洋汚染及び海上災害の防止に関する法律」や国際条約等に基づく船舶からの油・有害液体物質・廃棄物等の排出規制や海洋汚染防止設備等の検査を引き続き推進するとともに,外国船舶等の監督の強化,監視,取締り体制の整備・拡充を図ることにより船舶等から発生する負荷の削減を行う必要がある。また,老朽船舶処分にあたっては,資源として活用するとともに,その過程で生じる廃棄物を適切に処理し,環境負荷の低減を図るような船舶のリサイクルを推進する必要がある。

5  沿岸域における海洋保全の取り組み
   沿岸域の総合的な管理の推進
  閉鎖性海域の海洋環境の改善等,総合的な海洋の管理を推進するため,「沿岸域圏総合管理計画策定のための指針(2000年2月;「21世紀の国土のグランドデザイン」推進連絡会議決定)」等を踏まえ,沿岸の地域が主体となった沿岸域の総合的な管理に取り組むことが重要である。その際,沿岸の地域性・海域特性に熟知した人材とその知見を活用し,多様な関係者の参加と連携を進めることが重要である。また,総合的な管理を行うための適切な管理手法,枠組みについても検討することが
重要である。

   沿岸域の清掃活動の推進
  地方自治体,地域住民やボランティア活動等で行われている海浜や海底の清掃等の作業を奨励するとともに,漁業や海洋性レクリエーション等の沿岸域の利用者に,ごみ問題についての啓発活動を行い,沿岸海域の環境保全をより積極的に推進する必要がある。

6  海洋にかかわる周辺環境の保全
   多自然型川づくりの推進
  河川が本来有する自然の浄化機能を向上させるとともに,多様な自然環境を保全あるいは復元するため,生物の良好な生息・生育環境に配慮する多自然型川づくりを推進する必要がある。

   森林の保全・整備の推進
森林からは多様な栄養塩類が河川を通じて海洋に供給される。また,林地の開発によって急激に雨水や土砂等が海洋へ流入し,水産資源の減少や磯焼け等を引き起こすことが指摘されている。今後は,森林の整備をより一層推進するとともに,適正な維持・管理,保全対策の充実等を図るべきである。

(2)海洋利用,沿岸防災等における海洋環境に配慮した取り組みの推進
  将来にわたって海洋環境を良好な状況に保全しつつ,災害から社会を守り,持続可能な海洋の開発・利用を図るためには,海洋環境に配慮した取り組みが必要である。そのためには,海洋空間や海洋資源等の利用,沿岸域の保全等に際して,最大限海洋の自然環境を守るような方法を検討するとともに,工事等を行わなければならない場合には,できる限り環境の維持・回復が図られるよう必要な措置を講ずることが重要である。特に深海底等の新たに人間活動の拡大が想定される地域については,海洋環境の監視を推進するとともに,環境影響評価技術の開発を推進することが重要である。さらに,後述の4.2.2の海洋利用の推進方策を実施するに当たっても,海洋環境保全,持続可能な利用に最大限配慮すべきである。
  我が国は,地震・台風等の厳しい自然条件にさらされており,津波・高潮・波浪等の災害や海岸浸食についての脆弱(ぜいじゃく)性を有している。市民の共有の財産として,美しく,安全な海岸を次世代に継承するため,災害からの海岸の防護に加え,自然と共生する海岸の環境の整備と保全及び市民の海岸の適正な利用の確保を図り,これらを調和させた総合的な海岸の保全を推進することが重要である。
  また,地球温暖化等の地球規模の環境変動に伴い,海面上昇,高潮等の災害,水産資源の変動等の食料問題,サンゴやマングローブ消失等の環境への影響等が危惧(きぐ)されており,これらの問題に適切に対応するための取り組みが重要となっている。環境変動に関する予測に関しては予測結果の不確実性が大きいことから,予測技術を高度化し,沿岸域の社会基盤や生態系に及ぼす影響を把握するとともに,その結果に基づき海面上昇等についての対応方策を実施することが重要である。さらに,二酸化炭素を海洋に隔離する等の地球温暖化防止のための取り組みが検討されているが,このような取り組みが環境に影響を与えないかどうかの評価を行うことが必要である。

1)海洋利用等における環境配慮の取り組み
1  土砂収支の不均衡に伴う海岸侵食・砂浜等の消失防止への取り組み
   余剰土砂等の海岸侵食対策への有効活用の推進
  堆積(たいせき)傾向にある地域の余剰土砂や港の浚渫(しゅんせつ)土砂等を海岸侵食対策に有効活用するため,関係省庁,自治体等が連携した取り組みを推進する必要がある。

   地形変化,土砂移動量等の予測技術の開発
  流域から外洋までの土砂の収支を把握するため,数百年程度での地形変化や数年〜数十年程度での山地における土砂生産量,沿岸への供給量,外洋への流出量,海砂利等の採取による影響等を解明する必要がある。また,安定地形の確保を図るため,将来の土砂の移動方向・移動量等を予測するための土砂動態モデル等の研究開発を推進することが重要である。

   海岸侵食の対策技術の開発
  海岸侵食対策として構造物等により漂砂の絶たれた海岸に土砂を輸送供給するサンドバイパスや沿岸漂砂の遮断の影響を緩和する構造物等,効率的に土砂を移動させる技術や砂浜の創出を促進する沖合施設等の技術開発を推進することが重要である。また,適正な量と質の土砂をダムから排出する新たな土砂排出技術の開発及び運用手法等の技術の高度化を図る必要がある。

2  資源等の開発に伴う環境影響評価
   急激な土砂等の流入に伴う海洋環境への影響の解明
  ダム排砂等による海域への土砂等の急激な流入が海洋環境に及ぼす影響を把握するため,水質,底質及び生態系等の海洋環境の監視を実施するとともに,情報を積極的に公開し,情報の共有化・総合化を図ることが重要である。

   深海底鉱物資源等の開発に伴う環境影響評価技術等の開発
  深海底鉱物資源(コバルトリッチクラスト,海底熱水鉱床等),メタンハイドレートの開発や海洋深層水の取放水等が水質,底質,生態系,気候変動等に及ぼす影響等,深海における海洋利用に伴う海洋環境を評価するための技術開発を行うとともに,それらの影響を最小限に抑えるための技術開発を行う必要がある。

3  環境に配慮した海岸保全の取り組み
   自然と共生する海岸整備の推進
  海岸の多様な生態系や美しい景観の保全を図るため,それぞれの海岸の有する自然特性に対応した海岸保全施設の整備を推進する必要がある。その際,自然景観が損なわれることがないよう,また,海岸を生息・生育や産卵の場とする生物及び,干潟・藻場・サンゴ礁等を含む自然環境に配慮することが重要である。

   改正海岸法にのっとった海岸保全の推進
2000年4月に施行された「海岸法」ではこれまでの海岸防護の視点に加え,海岸環境の整備と保全及び適正な利用の視点から海岸保全を行うこととしており,防護・環境・利用の調和を図り,総合的な海岸管理が適正に行われるように地域が一体となって海岸保全に取り組んでいくことが重要である。

2)気候変動に対応するための取り組み
1  地球温暖化に伴う海面上昇等による沿岸域への影響評価・対策
   地球温暖化による海面上昇等が沿岸域に及ぼす影響の評価
  地球温暖化は不確実性があることから,実態の把握のための観測とデータ収集及び予測技術を高度化するとともに,地球温暖化に伴う海面上昇等に伴う海岸侵食,沿岸域の社会基盤,生態系等に及ぼす影響を評価するための手法の開発を行う必要がある。

   沿岸防災の観点からの監視及び対策方針の策定
  地球温暖化による海面上昇等に対する短期的・長期的な沿岸防災対策方針(ハード面・ソフト面の両面からの対策)の策定,潮位・波浪等に対する観測・監視体制の強化等について,関係機関との緊密な連携のもと,長期的・広域的な保全対策の在り方を検討することが重要である。

2  異常気象・海象による沿岸災害の多発への対応
   異常気象・海象等の予測技術の開発
  エルニーニョ,10年程度の時間規模での気候変動,地球温暖化等の中・長期的な気候変動と災害をもたらすような総観〜中規模大気現象の関係を明らかにするため,モデル開発等を推進するとともに,気象・海象等の様相変化の予測・評価を行うことが重要である。

   ハード・ソフト両面による防災対策の推進
  高潮災害や洪水災害等を防ぐためのハード面(施設の整備等)とソフト面(予測・予報体制,観測・監視体制,避難・誘導体制等)の両面が一体となった防災対策を推進することが重要である。特に,ソフト面での対策については,体制の充実・強化を図ることに加え,警戒・避難のために,災害発生が予想される範囲を地図上で示したハザードマップの作成を進める必要がある。

3  二酸化炭素等の海洋隔離による生態系の影響評価
   海洋における二酸化炭素等の隔離能力の評価
  二酸化炭素等の温室効果ガスを水深1,000〜2,000mの中層に放流・溶解,あるいは水深3,000m以深の深海底に貯留した場合の二酸化炭素等の海洋中での挙動を数十年〜数百年程度で予測するためのモデルの開発を行うとともに,大気からの二酸化炭素等の隔離能力の評価を行うことが重要である。

   二酸化炭素等の海洋隔離に伴う環境影響予測技術の開発
  二酸化炭素等の温室効果ガスの海洋隔離に伴う周辺海域の環境影響を評価するため,中・深層や底質の海洋生物データ(生物種・生物量等)の収集,二酸化炭素の暴露実験等を行うとともに,環境影響予測モデルの開発を行う必要がある。

(3)社会経済的側面からの海洋環境の保全に向けた取り組みの推進
  地球上の生物は,非常に長い時間をかけて様々な環境に適応しており,すべての生物種は相互に関係しながら,それぞれが地球環境を支えている。このような自然が作り出した多様な生物の世界(生物多様性)を保つことは,地球環境それ自体を保全することを意味する。また,自然景観・親水空間は人の心に潤いを与え,自然環境に対する市民の関心を高めることにつながる。このため,海洋における生物多様性や自然景観,親水空間等はそれ自体に価値があることを十分に認識するとともに,海洋の利用を行う場合には,海洋環境自体が持つ価値を保ち,さらには高めるような措置を行い,自然環境保護・海洋環境創造に向けた取り組みを積極的に推進することが不可欠である。そのためには,海洋環境の価値を多角的な視点から評価することが重要である。
  海洋生態系等における社会経済的価値の評価は,これまで個々の場の生産力に着目した価値勘定が行われてきた。今後は,対象とする地域が有する社会経済的な価値を定量的に評価し,環境保護についての施策を合理的かつ効果的に推進するため,評価において,海洋環境が科学的に未知な部分を有することによる不確実性やその方法・目的等に起因する任意性を克服するとともに,海洋環境全体の総合的かつ客観的な評価を目指した手法について研究開発を進めていくことが不可欠である。
  また,海洋環境の保全と持続可能な海洋利用,沿岸防災等との調和を図るためにも,海洋環境の社会経済的価値を適切に評価し,海洋の開発・利用や沿岸域の管理等にそれらを反映させていくことが重要である。
   環境価値評価手法の高度化
  海洋環境が有する社会経済的価値については,従来行われてきた海洋の生産力に着目した価値勘定に加えて,海洋環境の浄化・生産機能,レクリエーション,自然景観,生物多様性等に関する評価手法の高度化を図る必要がある。

   統合的環境影響評価システムの開発
  海洋利用に伴う環境への影響に対する回避・低減や代替措置を合理的かつ効率的に行うため,仮想評価法(CVM法)等の環境価値評価と環境影響評価を組み合わせた,統合的な環境影響評価システムを開発することが重要である。

   自然保護を推進するための手法の検討
  自然保護上,重要な地域,環境については,自然の特性に応じた的確な保全を図ることが必要である。そのためには,自然景観や生物多様性等の社会経済的価値を明確にした上で,これらの保全を図るための手法について検討することが重要である。

   人工の砂浜・干潟・藻場等の社会経済的価値の評価
  海洋環境における重要な役割を有する砂浜,干潟,藻場,サンゴ礁等については,これらを人工的に造成することによって,自然が持つ機能をどの程度回復できるのかといった代償措置機能を科学的に明らかにすることは不可欠である。そのため,人工砂浜・干潟・藻場等の物資循環・水質浄化機能や生物資源の育成・生産機能等を解明するとともに,それらが有する社会経済的価値を評価する必要がある。

   総合的な環境配慮を行うための環境影響評価
  現行では,事業計画の決定後に環境アセスメントがなされるため,環境影響回避低減のための措置が限られる等の問題が指摘されている。今後は,計画のより早い段階からの環境影響評価も含めて,総合的な環境配慮を実現するための検討を行うことが重要である。

(4)海洋保全を推進するための基盤整備の充実
  海洋環境問題は国際的な要素をもち,今後,多国間の協力をもとに政策を行う必要がある。その際に障害となる科学的不確実性が,海洋に関してはとりわけ大きく,調査・研究の強化のほか,研究基盤及び体制の整備・充実を図ることが不可欠である。また,海洋保全に関して,市民の意識の定着を図るため,海洋環境にかかわる情報の集積・提供を進めるとともに,各種の教育及び普及・啓発活動を推進することが重要である。
  このため,海洋環境関連施策の実施に当たって,海洋研究・基盤整備分野の施策との連携が重要であり,これらの具体的な施策については4.4.2に取りまとめて示す。

4.2  海洋利用の基本的考え方と推進方策
4.2.1  海洋利用の基本的考え方
  海洋利用は,「海洋を知る」及び「海洋を守る」と有機的に連携した要素の中でとらえることが重要である。海洋環境汚染に対する海洋利用施策の影響,あるいは海洋生物資源を含む生態系全体に対する施策効果等が顕在化するまでには時間がかかることが多いため,長期的視点に立って市民一人一人の利益となる利用を行うことが不可欠で,近年,海洋利用が多様化していることを踏まえ,総合的視点に立って,異なる分野の利用施策の連携を行うことが必要である。施策実施にあたっては,市民の立場から海洋利用を考え,利用施策に関する情報を公開し,その理解を得るよう努めるべきである。
  近年の人口増加と生活の高度化によって,沿岸域での海洋利用の空間密度が高くなっており,特に沿岸の開発に当たっては,国,漁業を含む地域産業,開発企業,地方公共団体,地域住民,海洋を憩いの場とする市民等の関係者間で,環境保全のあり方や利害調整・補償のあり方について,総合的な視点に立って問題を解決し,有機的な連携を図る必要がある。その際,海洋利用が海洋環境に与える影響を考えると,人文社会科学を含む幅広い観点から国としての施策を打ち出すことが重要である。このように,3.3において示した「総合的な管理」については,特に海洋利用の分野において配慮されなければならない重要な概念である。
  また,前回の答申時から海洋政策を取り巻く状況の中で最も変化したことは,環境に対する配慮を最大限求められる点である。昨今の日本近海及び世界的な海洋環境汚染を考えると,21世紀において海洋の持続的かつ健全な利用を図るためには,海洋環境保全の視点が不可欠である。今後の海洋利用においては,公正かつ的確な形で海洋環境への影響を評価することが同時に求められており,海洋環境影響評価技術の確立,影響評価ガイドライン(指針)の明確化,海洋環境影響評価体制の整備を行うことが不可欠である。
  このように,海洋利用のための施策を推進するためには,「総合的な管理」と「海洋環境保全との調和」が重要であることを述べたが,海洋利用関連施策を効率的かつ効果的に社会に反映させるためには,さらに,海洋利用施策の目標を重点化することが必要である。「海洋環境の保全」及び「国際貢献」に特に留意し,次のとおり海洋利用の重点化の柱を定め,これに基づいて具体的な施策を分類・整理し,効率的な海洋利用施策の実施への指針とする。

4.2.2  海洋利用の具体的な推進方策
(1)持続可能な海洋生物資源の利用
  国民生活にとって最も基本的な物資である食料の確保は,国の基本的な責務であり,世界の食料需給が不安定な側面を有しているなか,食料の過半を輸入に依存している我が国にとって,その安定供給の確保は重要な課題となっている。
このような状況を踏まえ,2001年6月に今後の水産政策の指針として制定された水産基本法では,水産資源の持続的な利用を基礎として,国民に対する水産物の安定供給と水産業の健全な発展を図ることを基本理念に掲げている。今後,同法の示す方向に沿って,我が国の排他的経済水域等における水産資源の適切な保存・管理,水産動植物の増養殖の推進等に重点的に取り組むことにより,海洋生物資源の持続的な利用を図ることが重要であり,生態系全体の維持,環境汚染の防止等に配慮する必要がある。
  また,海洋の生態系と深いかかわりをもっている陸域の施策との連携や海洋に与える負荷の少ない材料等の開発を進めることが重要である。

1)水産資源の持続的な利用の推進
   水産資源の管理・回復の推進
  水産資源が将来にわたって合理的に利用されるためには,水産資源の賦存量や生態系等の科学的知見に基づき,適切な漁獲制限を実施することが必要である。我が国周辺水域については,多くの魚種について資源状況が悪化しており,これらの魚種について適正な資源管理を実施していくことが重要な課題である。このため,資源状況の悪化の著しい魚種については,科学的な情報も充分に踏まえた上,当該資源が分布・回遊する海域単位で,その資源の積極的な回復を図るための計画を定め,資源状況に対して過剰となっている漁獲能力の削減を始め,資源の積極的培養,資源が生息する漁場環境の保全等の資源回復に必要な措置を総合的に実施していくことが重要である。
また,資源管理に向けた漁業者間の自主的な取り組みを促進・定着化するため,体制の整備をその地域の実情に合わせて総合的に行うことが重要である。

   沖合水産資源の持続的利用のための漁場整備対策
  我が国周辺海域で海洋生物資源の生産性を向上し,持続的な利用を図るために,沖合において最新技術の応用により広域にわたる資源増大効果を有する大規模な漁場を整備する必要がある。これには,栄養塩の豊富な深層水を表層にくみ上げることにより,水産資源の食物連鎖の第一次生産者である植物プランクトンの生産性を高める等いくつかの方法が考えられるが,構造物の素材が海洋環境に及ぼす影響や海洋深層流を湧昇流に転じることで変化する海洋循環の影響の評価を,事前に十分行うべきである。

   海洋生物資源全体の持続的利用の推進
  海洋生態系全体を保全し,海洋生物資源の持続的利用を可能とするためには,我が国周辺のみを考えるだけでは十分ではない場合があり,国際的な取り組みが必要である。また,特定の魚種を保護すればいいのではなく,鯨類,海鳥類等の高次捕食者を含む海洋生態系全体の調査を実施し,それに基づいた管理を実施することが重要である。

   水産資源の積極的な培養と持続的養殖の推進
  水産資源の再生能力を積極的に活用するため,水産資源の回復を推進するための栽培漁業や沿岸漁場の整備開発を推進するとともに,養殖業については漁場環境の改善あるいは保全のための計画の作成・実施,関連技術の開発等を推進する必要がある。このため,水産資源の産卵・ふ化・成長等の基礎的知識の情報収集を含む研究活動が重要であり,これらの情報を活用しつつ,水産資源の増産を図るための技術開発を推進するべきである。その際,水産用医薬品の適正使用とともに,適正な餌料の投与等により環境負荷の軽減を図り,生物多様性の保全や環境汚染の防止に十分配慮した養殖業や栽培漁業,その海域浄化のための関連技術開発,沿岸漁場の整備・開発等を推進する必要がある。

2)海洋生物資源の開発・研究
   海洋バイオマス利用技術開発
  人類は,石油系プラスチック製品の大量生産・消費により,これまでにない生活の利便性を達成できたが,同時に環境問題等の課題に直面している。これを解決する方法の一つとして,未利用海洋バイオマス資源を高度利用し,使用後に自然界の微生物や分解酵素によって水と二酸化炭素に分解されて行く生分解性プラスチックを含む環境調和型プラスチック製造技術等を開発する必要がある。

   海洋における未知微生物の活用
  海洋及び海底地殻から未知の微生物を分離・培養する技術を開発し,その技術を用いて未知微生物及び遺伝子(ゲノム)を収集して,遺伝子資源ライブラリーを構築することにより,微生物遺伝子資源の利用環境を整備する必要がある。未知微生物の遺伝子(ゲノム)情報の調査・研究を進めることにより,海洋分野のみならず,医学・工学分野等幅広い分野への活用を図ることが重要である。

(2)  循環型社会を目指した海洋エネルギー・資源利用
  21世紀において,循環型社会の実現に適応する新エネルギー及び再生可能エネルギー・資源の利用に重点的に取り組むことが重要である。
  海洋には,風力・波力・潮力・温度差・太陽光等のエネルギーが広く分布するため,環境に配慮しつつ,これら海洋エネルギーの利用を推進することが重要である。そのため,欧州諸国では,電力消費における再生可能エネルギーの割合に目標を設定する等して,再生可能エネルギーの普及に努めており,例えばドイツでは,「再生可能エネルギー法」等が制定されている。
  日本でも電力分野における新市場拡大措置の導入に向けた検討を行う等,再生可能エネルギーのさらなる利用推進に向けて状況が進展しつつあるが,海洋に分布する再生可能エネルギーについても,国として中・長期的に取り組むべきである。
  また,栄養塩に富み,清浄で,低温安定性のある海洋深層水の科学的機能を解明し,2次利用について可能性を広げる等,海洋深層水の利用の促進に取り組むことが重要である。

1)海洋エネルギーの利用促進
   洋上における風力発電の推進
  近年,陸上を中心とした風力発電の導入が増加しているが,国土が狭い我が国においては,騒音や景観等の問題により,今後の新たな陸上への導入には一定の限界があるものと予想される。今後は立地条件に優れた洋上等を活用し,生態系等周辺の環境に配慮しつつ,風力発電の導入に向けた具体的な検討を進める必要がある。そのためには,風力エネルギーの出現特性の研究や,電力供給の不安定性等の風力発電固有の技術的課題の解決に向けた取り組みが必要である。

   循環型社会に対応するための再生可能エネルギー活用技術
  再生可能エネルギー(波力ポンプ,洋上風力発電,太陽光発電等)を利用した水質改善技術等の開発が重要である。現在,使い捨て電池を使用しないため産業廃棄物が減少するというメリットを有する波力発電方式の灯浮標が船舶交通の安全確保に使用されている実績がある。同様の発想により,再生可能エネルギーを用いて汚濁の進んだ水質の改善を行う技術と,海洋生物資源を用いた手法と組み合わせることは海本来の美しさを取り戻すための技術開発として重要である。

2)再生型資源の利用の推進
   海洋深層水の利用の推進
  海洋深層水は,海水の95%にも及ぶ膨大な賦存量を有するほか,数年〜数千年で再生循環することが知られており,低温安定性の観点から温度差発電,冷却水等のエネルギー分野での利用を図ると共に,清浄性,富栄養性の観点から水産業,食品・医薬品等の分野での利用等を図ることが重要である。また,これらの資源の賦存量と再生速度等をより正確に推定するための手法を開発する必要がある。

   海水淡水化技術開発
  他の淡水化方式に比べ省エネルギーかつ低コスト型である「逆浸透法」技術についての研究開発を行う必要がある。一方で海塩製造に逆浸透法を用いる例もあるが,淡水放流による漁業への影響が問題視されており,両技術をうまく組み合わせることが重要である。また,砂漠地域や東南アジア諸国でも水不足に悩まされており,これらの国に技術移転することは大きな国際貢献として重要である。

   FRP廃船の高度リサイクルシステムの構築
  FRP(繊維強化プラスチック)廃船の不法投棄,放置艇の沈廃船化等の問題に対処するとともに,資源の有効活用等に資するため,FRP廃船の粉砕片をセメント等の原材料として利用するリサイクル技術,船体の長寿命化や劣化損傷個所の取り替えの容易化等のリユース技術を確立する必要がある。

(3)市民生活の基盤を支える海洋鉱物・エネルギー資源利用
  我が国の領海及び排他的経済水域には海底の表面付近に鉱物資源が,また海底下にはエネルギー資源(石油・天然ガス)が賦存している。その一部分については調査がなされてきたが,大部分は今後の調査が待たれている。これらの資源は海洋生物資源及び海洋エネルギーと並んで我が国の今後の市民生活の基盤を支えるために大切なものである。鉱物資源とエネルギー資源は将来国際的に不足するとの予測もあり,環境影響の極小化を図り,未利用の海洋資源を利用するための技術開発に重点的に取り組むことが重要である。
  資源に乏しい日本において産業が発展したのは資源の安定供給確保があったからであり,今後とも資源の安定供給確保を最重要課題として,海洋鉱物・エネルギー資源の継続的な開発を行う必要がある。

1)海洋鉱物・エネルギー資源の利用に向けた研究開発
   海洋石油技術の先端的研究開発
  石油(天然ガスを含む)資源は,代替エネルギーが開発されるまでの間,人間活動を支える主要なエネルギー資源の一つであり,その安定供給は極めて重要である。このため,基礎技術である海洋石油開発システム及び部材の耐久性や安全性を向上するため,新しい材料創製技術,加工技術及び掘削技術の開発,大水深掘削システムの安全性に関する研究等を行う必要がある。これらの開発により生み出された新しい材料や加工技術・使用技術は海洋石油開発システム以外の海洋構造物に適用することが可能であり,我が国の技術レベルを総体的に押し上げることに貢献する。

   海水リチウム採取実用化技術開発
  海水中に存在する有価希少資源である海中溶存リチウム採取の実用化のため,リチウムを選択的に採取する分離吸収剤を開発することが重要である。現在の技術は,経済的採算性がとれるレベルよりわずかに下であるが,今後の研究開発の成功により実用化が可能である。リチウムで実績を積むことで,将来的に他の希少金属への応用が期待される。

   エネルギー資源としてのメタンハイドレートの調査及び開発
  メタンハイドレートは,日本近海に我が国の天然ガス消費量の100年分が埋蔵されているとの試算もあり,その活用が可能となれば日本におけるエネルギー自給率を上ることに貢献すると考えられる。このため,日本周辺海域におけるメタンハイドレートの資源量把握のための基礎調査や,メタンハイドレートの探査・開発・生産技術等に関する研究開発を行うことは重要である。海域のメタンハイドレートについては世界的に関心が高まってきており,国際協力を念頭において調査及び開発を進めることが必要である。

   石油・天然ガス等エネルギー資源の開発
  電力供給における電源構成は,将来的に再生可能エネルギーを積極的に導入していく必要はあるが,当面は供給安定性や効率性の観点から化石燃料系のエネルギー資源に依存することは避けられない。日本周辺海域においても水深900m−1000mの海底で天然ガスを発見する等の成果が得られているが,総じて日本の大水深における調査及び開発技術は諸外国から大きく遅れている。我が国のこれら技術水準向上を継続的に行うことが重要である。

   海洋における鉱物資源の調査及び開発
  我が国は第3次国連海洋法会議で採択された先行投資保護決議に基づき,1987年にハワイ南東沖にマンガン団塊の先行鉱区割当てを受け,同鉱区において概要調査を実施した。このような国際的な枠組みでの活動とともに,広大な海域を有する南太平洋諸国等と共同で実施している排他的経済水域内での鉱物資源調査等の国際協力は重要な事項として挙げられる。今後は,将来の開発に即時対応できるように賦存状況調査を継続するとともに,鉱物資源の経済的な開発に向け,採鉱等に必要な技術開発スケジュールの策定等の検討を進める必要がある。また,国際海底機構で新たに開始されるコバルトリッチクラスト及び海底熱水鉱床にかかる探査に関する規制(マイニングコード)の審議にも積極的に取り組むべきである。

2)海洋鉱物・エネルギー資源利用のための海底調査等の推進
   資源開発及び国土・領海の基本情報の知的基盤整備
  資源開発・海洋空間利用等の海洋利用並びに国土・領海・排他的経済水域等の基本情報の整備に資するために,地質調査船等を使用して日本周辺海域の海洋地質調査を行う必要がある。調査研究により得られた海底下地質に関する基盤情報を整備し,海洋地質図やデータベースを作成・公開することで,産業界を含むすべての国民に対して正確で詳細な情報提供を行うべきである。排他的経済水域における海洋・海底情報整備は,我が国の権益を確固とするとともに,国連海洋法条約の枠組みにおける権利を行使し,義務を果たす上で重要である。

   国連海洋法条約を踏まえた大陸棚の調査
  国連海洋法条約に基づき大陸棚を領海基線から200海里を超えて画定するためには,我が国は「大陸棚の限界に関する委員会」に2009年までに大陸棚の限界についての詳細を,これを裏付ける科学的・技術的データと共に提出し,その勧告を受けなければならない。このため,本邦南方海域,南鳥島周辺海域等その可能性のある海域について,期限に遅れることがないよう,関係省庁間の緊密な連携を図り,計画的に詳細な海底地形調査等を行うことが喫緊の課題である。

   海底調査等の体制整備
  鉱物資源調査や地質調査等の海洋調査は,調査目的に合った特殊な調査船により行われている。また,未知の領域に対する効率的な調査を行うためには常に最新の技術を保つことが求められる。このため,各種調査船の効率的な運用をはじめ,21世紀における海洋資源調査船のあるべき姿等について,国策に対応できる調査体制の検討と整備を行うことが重要である。

(4)多機能で調和のとれた沿岸空間利用
  沿岸空間は,生活の場・交通の場・産業の場・漁業生産の場・レクリェ−ションの場等多くの側面を有しており,多くの利用分野が輻輳(ふくそう)している。特に,海岸線に近い部分では物理的にも飽和状態となっている状況も見受けられる。このように各種の海洋利用分野が重複する傾向にある沿岸空間において,利用分野間で連携を行い,調和のとれた多機能な沿岸空間利用を目指すための事業及びそのための技術開発に取り組む必要がある。

1)環境配慮型の空間利用のための施策
   循環型社会を目指した港湾を核とした総合静脈物流システムの構築
  環境問題等の顕著化で,近年,生産・消費のための流通である動脈物流に対して回収・リサイクルを行う静脈物流への関心が高まり,循環型社会を支える物流システムの構築が重要な課題となりつつある。今後は,静脈物流の特性を把握するとともに,派生する関連貨物を含めた需要予測も求められている。循環型社会の実現を図るため,静脈物流の拠点となる港湾において,既存ストックを最大限に活用し,物流コストの低減及び環境負荷の軽減を主眼においた静脈物流システムを構築する必要がある。

   環境配慮型の港湾・漁港施設整備の推進
  港湾・漁港等の整備にあたっては,貴重な自然環境への影響を最小限に抑制するに止まらず,施設の建設や改良における海水交換型防波堤や緩傾斜護岸等の環境配慮型構造を積極的に導入する必要がある。その際には,これまでの港湾の開発・管理を通じて蓄積してきた潮流や漂砂等の知見,水質浄化機能や生物生息状況等に関する調査研究等の成果の活用を図ることが重要である。

   より高い信頼性を有する廃棄物海面埋立処分場の技術開発
  本来は循環型社会を実現して廃棄物を出さないことが理想であり,廃棄物については循環的な利用を徹底することが重要であるが,現状では,廃棄物最終処分場のひっ迫は,多くの地方自治体の課題であり,当面海面埋立処分も継続せざるを得ない。廃棄物の減量化や再利用の促進を前提に,港湾においては,将来の開発計画との調整を図るとともに,廃棄物海面埋立処分による環境影響等を最小化するという観点から,廃棄物海面埋立処分場を整備し,適正な廃棄物の最終処分を行っていくことも必要である。また,より信頼性の高い廃棄物海面埋立処分場を整備するため,高性能遮水材料の開発,汚染物質遮蔽(しゃへい)性能評価及び監視システムの開発,耐震性の向上等により信頼性を向上し,廃棄物の適正処分を行うべきである。

2)効率的な空間利用のための施策
   効率的な交通体系の構築
  沿岸空間を高度利用し,広域的な地域の活性化を推進するとともに,国際競争力のある高質な物流サービスを提供するためには,道路,港湾,海上空港等の主要な基盤施設を,周辺環境に十分配慮しながら継続的に整備することが必要であり,各種の交通機関が連携した総合的な交通体系を構築することが重要である。

   水産物の水揚げ・流通・加工機能を一元化した施設の整備
  水産資源に対して多様化・高度化する市民の消費要求に対応し,安全かつ高品質な水産物を安定的に供給するために,流通・消費システムの効率化・高度化を推進するための水産物の水揚げ・加工・流通を行う多様な機能を沿岸空間に持たせることが適当であり,水産物産地市場等における一次加工施設等必要な施設の整備を行う必要がある。

   海洋空間の高度利用を図るための超大型浮体式海洋構造物(メガフロート)の活用
  国土の狭い我が国において多機能な沿岸利用を行うために,メガフ
ロートは有効な社会資本整備手法と考えられる。沿岸空間のうち,海岸線に近いほど利用が輻輳(ふくそう)しており,利用者の権利関係も複雑である。メガフロートは,沿岸空間でもやや沖合に離れた海上に設置することを念頭においているため,こうした面からも今後の活用が望まれている技術である。今後は,環境に十分配慮しつつ,防災基地,海上レジャー基地,海上空港等への活用を目指すことが重要である。

(5)安全で効率的な海上輸送の実現
  貿易立国である我が国にとって海上輸送の効率性と安全性を確保することは不可欠である。現在トラックで行われている長距離幹線輸送(主に500
km以上)を内航海運・フェリー・鉄道へ転換するモーダルシフトは,地球温暖化防止,省エネルギー対策,交通混雑の緩和,大気汚染対策等の観点から改めて脚光を浴びており,今後も引き続き推進すべき状況にある。内航海運の利用促進のため,市場の活性化及び経済性に優れ環境負荷の小さな船舶の建造促進等を図り,効率的な海上輸送へのモーダルシフトを推進することが必要である。
  船舶の運航の技能と経験を有する船員は,すべての海事産業のヒューマンインフラストラクチャー(人的資源)であり,優良な船員を安定的に確保することは海事産業の発展,良質な輸送サービスの提供のために不可欠な要素である。優良な船員を安定的に確保するためには,船員の教育・育成・就職の充実により若年船員の確保を図ること,離職した船員が再度船員として活躍できること,安全かつ適正な労働環境の整備を図ること等の諸施策に取り組んでいくことが重要である。
  近年,東南アジア等の日本関係船舶が多数航行している海域で海賊及び船舶に対する武装強盗(以下,海賊という。)事件の発生件数が増加しており,安全な船舶の航行に対する大きな脅威となっていることから,海賊に対する有効な対策を通じた船体・乗員の安全確保,安全な海上航行及び輸送の実現を図る必要がある。

   海上輸送の定時性・迅速性・安全性等の確保
  近年の経済のグローバル化等により,我が国の国際港湾において国際競争力の低下とアジアにおける我が国港湾の相対的な地位の低下が生じている。このため,港湾諸手続についてパソコン又は身近な場所で各種の手続きを一括して行うワンストップサービス等のソフト面での施策並びに国際水準の大水深(高規格)ターミナルの整備等のハード面での施策を有機的に組合せ,海上輸送の効率性と船舶航行の安全性を両立させた海上ハイウェイネットワークを構築し,国際的に遜色(そんしょく)のない国際港湾の整備等を推進する必要がある。また,我が国の市民生活・経済活動を支える海上交通を,ITを活用した船舶の知能化や陸上支援の高度化・整備,情報ネットワークの構築,海上通信の高度化等により高性能化・多機能化を行い(インテリジェント化),安全性の飛躍的向上や物流の効率化等を図る次世代海上交通システムを構築するための取り組みを進める必要がある。また,船体,機関,通信,救命及び消火用の機器等が関係条約に定められた基準以下のサブスタンダード船について,航行,人命財産の安全等の面での問題から,国際海事機関
(IMO)をはじめとする種々の国際的な場で,サブスタンダード船排除のための検討を行っていく必要がある。

   安全な海上輸送の実現のための海賊対策
  近年の海賊行為の多発化は,貿易立国たる我が国の主要な海上輸送
ルートへの脅威となっているばかりでなく,地域全体の社会の安定と経済の繁栄に大きな影響を与える問題となっている。アジア海域における海賊対策はアジア諸国の主導により促進されるべきであるとの考えに基づき,アジア諸国の海上警備機関並びに海事政策当局,民間海事関係者等との間で,協力・連携体制を確立していくとともに,今後は,海上警備機関の取締り体制の整備,民間海事関係者における自主警備策の強化,情報交換促進のためのネットワーク構築への支援等の海賊対策の強化により,安全な海上航行及び輸送を実現する努力が重要である。また,我が国は様々な場を通じて海賊対策について問題提起や協力の促進を行う必要がある。

   海上交通の安全性,効率性を支える開発保全航路の整備
  我が国には東京湾,伊勢湾,関門海峡等の船舶航行量が多く船舶交通の要衝である区域があり,これらの区域には開発保全航路を配置している。開発保全航路は,国際海上輸送及び国内海上輸送を担う船舶等の航行の安全性,安定性を支える重要な機能を果たしており,より一層の船舶の安全かつ円滑な航行の確保を図るため,また,海難事故による油流出事故等の海洋汚染を未然に防ぐために,新規航路の開削,既存航路の拡幅や増深等の改良及び航路標識の整備を,海洋環境等に配慮しつつ,必要に応じて行う必要がある。また,航路の安全性を維持・確保するため,水深の維持,沈船や浮遊物の除去を行う等,航路を適正に管理することも必要である。また,ITを活用した安全かつ円滑な船舶航行への取り組みも重要である。

   地球温暖化対策としてのモーダルシフトの推進
  物流分野における二酸化炭素排出量の削減のため,船舶のエネルギー消費効率を向上させるスーパーエコシップの開発をはじめとする新技術の導入,規制の見直し,国内輸送向けのターミナルの整備,海上ハイウェイネットワークの構築等を行い,環境負荷の少ない大量輸送機関である海上輸送へのモーダルシフトの推進やそのための基盤となる内航海運の競争力強化を実現する必要がある。

(6)市民の親しめる海洋に向けて
  マリンレジャー,ヨット・サーフィン・ダイビング等のマリンスポーツ,水族館や海浜公園等,海洋性レクリエーションの発展を図ることは,市民の余暇の充実,豊かな市民生活の形成,地域経済の活性化等のため,ますます重要な課題になっており,市民が容易に海に親しめる場を提供し,創造していく必要がある。他方,プレジャーボートによる海難の増加傾向,交通渋滞・騒音・ごみ問題等の課題があり,政策の立案・推進に当たっては,こうした課題の解決と海洋性レクリエーション活動の活性化を「車の両輪」として進めることが適当である。
  海洋性レクリエーションの健全な発展を含め,海洋政策の推進に当たっては海洋に対する市民の理解が重要であり,市民の海洋に対する関心が高まるような社会環境を醸成する必要がある。その際,諸外国の成功例を参考にしつつ市民一人一人の自主的な諸活動を尊重し,また,その地域が持つ独自性に配慮しながら,情報提供の推進や自主的安全意識の向上等を通して,地域を中心とした自律的な海洋管理を促進するという視点にも留意すべきである。
   海洋性レクリエーション空間の整備・普及促進
  海浜部を持つ公園・緑地等において,自然環境等を活用した海洋性レクリエーション空間の整備を含め,多様な需要に対応するための整備,運営を行うべきである。また,海洋性レクリエーションを健全に普及・促進するための基盤整備や安全性の確保等の施策を実施することが重要である。この際,沿岸漁業とレクリエーションとの共存の実現にも配慮する必要がある。

   プレジャーボート等の適正な係留・保管の推進
  人々が海に親しめる魅力あるウォーターフロント(水辺空間)の創造に向けて,プレジャーボートの係留・保管施設を整備するとともに,地域の実状に応じて既存の港湾,漁港,河川等の施設を活用した係留施設の設置や陸上保管を推進することにより,水域の適正な利用を図るべきである。

   海洋性レクリエーションに対応した安全確保
  気象・海象等の情報提供機能の充実,事故防止・救助体制の充実や人々の安全意識の普及啓発等により安全確保面で海洋性レクリエーション活動を支援する必要がある。これらの施策の実施に際しては,市民の自主性を重んじ,海洋性レクリエーション活動等との調和の下に図られることに配慮する必要がある。また,事故防止,安全の向上を進める一方で,利用者の要望に対応した規制・制度の適正化,利用者負担の一層の軽減等を進めるための検討を引き続き推進するべきである。

   魅力ある空間創造のための干潟・藻場,緑地,海浜等の整備
  市民が海の美しさ,やすらぎ,豊かさを感じ,海に親しむことのできる魅力ある空間を創造するため,人々が水際線を自由に行き来できる空間や生態系にも配慮した空間の整備を推進する必要がある。


4.3  海洋研究の基本的考え方と推進方策
4.3.1  海洋研究の基本的考え方
  人類は,様々な現象の真理を探求し続けており,科学的な知見の体系的な発展という人類の資産を増加させている。この近代科学の一つの体系を構成している「海洋科学」をさらに発展・深化させる観点から,研究者が自らの自由な発想に基づき,観測等を通じて海洋の諸現象や生物・生態系,海洋底ダイナミクスの解明等に関する研究を行うことは重要である。また,海洋での諸現象は相互に密接に関連していることから,海洋を理解するためには,各分野間で知識を共有しながら研究を進めていくことが重要であり,水圏のみならず地圏,気圏,生物圏を含めた総合的な視点が不可欠である。このため,海洋科学以外の自然科学分野,あるいは人文社会科学分野との連携がますます重要になってきている。
  さらに,自らの科学的興味・関心に基づく自由な発想による研究のほか,地球温暖化や気候変動,地震,火山の噴火等我々の生活に直接影響を与える自然現象のメカニズムを解明するためにも,海洋研究は非常に重要な地位を占めており,今後,これらの現象の解明に寄与するような研究を推進する必要がある。このような海洋研究を着実に推進するためには,未知の領域への到達,観測データの取得等を行うことが重要であり,海洋観測や研究に用いる基盤技術の開発や施設,設備の整備を行うことが必要不可欠である。
  また,海洋環境を維持しつつ,海洋を適正かつ効率よく活用するためには,海洋科学を発展・深化することにより得られた知見を,海洋の保全と利用に役立てることが重要であり,国連海洋法条約に基づく新たな秩序を維持するための基盤としても,科学的知見の一層の拡大が必要である。今後,我が国は世界に海洋国家としての意欲を示し,ひいては世界をリードする能力を備える為にも,海洋を利用し,守るための前提条件として,海洋研究を強く位置づけるべきであり,この位置づけを示すことにより,我が国の海洋政策の国際的戦略性や重点を明確化させることにつながる。
  これらのことを背景として,研究を支える基盤技術開発,研究開発の体制及びインフラストラクチャーの整備を含めた海洋研究に関しての推進方策を以下に示す。

4.3.2  海洋研究の具体的な推進方策
(1)未知の領域への挑戦
  海洋に関する研究を行うことは,人類の知的資産の拡大に貢献し,国家・社会の発展に資するとともに,青少年の科学技術への興味関心を高めるものである。また,極域の海や深海底等を探求したいという人類にとって未知の領域を目指す行為は,研究領域を拡大するほか,人類の知的欲求から発するものとして,達成を目指すこと自体に意義がある。海洋については,継続的な三次元的な観測データがほとんど欠落しており,特に海洋の中深層から深海底にかけては海洋の動態,生物の活動,海底の変動について未知の部分が多い等,地球の諸現象の解明のための観測・研究を継続的に進めることが重要である。
  これらフロンティアとしての海洋の解明に関する研究を行うに当たっては,研究者の自由な発想に基づく基礎的な研究と達成目標を明確にして重点的に実施するプロジェクト的研究開発が重要であるが,その内容に応じて,それぞれが適切に実施されるよう政策が立案・実行されるべきである。
   深海の領域
  有人潜水調査船・無人探査機等の技術を利用して,超高圧,暗黒,低温の深海領域の観測研究を実施し,超深海底付近で起こっている新たな造山運動(島弧生成の場)等の地球システム変動の理解に重要な未知の現象の発見を目指すことが重要である。

   氷海域,荒天域及び海底火山周辺等の観測活動が困難な領域
  冬期北極海の氷海域や海底火山付近等の通常の観測が困難な海域において調査を実行するため,自律型無人船及び潜水機を開発するとともに,これらの機器を動作させるために必要な,エネルギー源等の要素技術の研究開発を行う必要がある。

   海底下の領域
  統合国際深海掘削計画(IODP)に基づいて,日本の地球深部探査船と米国の従来型掘削船の2船を,統一した科学計画により国際運用することとなっており,現在建造中の掘削深度7000m,最大稼働水深2500m(将来は4000m)の能力を有するライザー掘削方式の地球深部探査船を用い,従来は不可能又は困難であった地震や津波の原因となる地震発生帯の直接掘削等による地殻変動メカニズム研究,地球環境変動の解明,地殻内微生物群の探求等を行うことが重要である。また,掘削孔を利用した長期孔内計測の実施が重要である。

   海洋を中心とした地球科学の深化
  海洋の物理的諸現象と物質循環は,地球システム科学の中で,重要な役割を果たしていることから,海洋深層流等全球レベルでの海洋大循環に関する研究,海洋表層や中・深層の物質循環及びその変動機構の解明,氷海域での海洋変動と大気・海氷・海洋相互作用の研究が必要であり,窒素,リン,ケイ素,微量金属元素,微量活性ガス等の動態把握を行い,陸域・海洋・大気を通じた物質循環についての研究が重要である。
また,海底は地殻が薄く,地球内部の構造の解明に適しているとともに,海底の堆積(たいせき)物は太古からの地球の歴史を保存している。このため,海底の状況や地殻・マントルに関する研究を行うとともに,海底堆積(たいせき)層により過去の地球の環境について研究することが重要である。

   海洋生態系−地球生命史の解明
  海洋の表・中・深層の生物群集構造及び生産力や物質循環に関する諸現象の解明,極限環境下(熱水噴出域,地殻内等)を含む多様な海洋環境での生物群集の多様性と進化の過程,生物の適応現象及び生命機構の解析,浅海生態系,サンゴ礁,海草藻場の群集構造とそれらの物質循環における役割の解明を行うことが海洋を深く理解するために重要である。また,地球の生命史において海洋生物が果たしてきた役割について広く解析を進める必要がある。さらに,微生物を含む未知の生物の発見に務め,その機能解析の実施や,鯨類,鰭脚(しきゃく)類,海鳥類,海亀類等の大型海洋生物の回遊・移動の生態や海洋への適応機構等の解明が重要である。

(2)地球環境問題の解決及び自然災害の予防に資する海洋研究
  海洋は地球表面の約7割を占め,その大きな熱容量や熱輸送,水循環等により大気と密接な相互作用を行っており,気候変動に非常に大きな影響を及ぼしている。また,海洋は表面で二酸化炭素の吸収・放出,深層への輸送と貯留を行うことにより,炭素循環にも重要な役割を果たしている。炭素循環に重要な機能を有する海洋の動態解明のための研究を推進することは,地球環境に対する海洋の役割の定量的把握・解明を図る上で極めて重要であり,積極的に実施していく必要がある。
  また,南北極域における大気・海洋・雪氷の変動は地球全域に急激な異常気象をもたらす可能性が指摘されており,極域の持続的観測研究は不可欠である。さらに,海洋は台風の発達・減衰をはじめ,熱帯や温帯の気象現象の熱源として非常に重要な役割を果たしている。
さらに,地球温暖化による海水温の上昇に伴うサンゴの白化現象をはじめとして,海洋変動は生態系へも大きな影響を与えることが懸念されている。
  このように海洋は,気候変動をはじめとする地球環境の変化に大きく関連し,海洋の諸現象に関する原理を追求し,理解することが,地球環境問題等の諸問題の解決のために必要である。
  海域に発生する地震・海底火山噴火・津波や高潮・高波は沿岸地域に甚大な災害を及ぼし,ときには重要な環境変動をもたらす。特に地球温暖化の進行に伴う海面水位の上昇は,さらに深刻な影響を与えることが懸念されている。このため,地震調査研究推進本部の方針も踏まえつつ,海域における自然災害の予防及び災害軽減のための研究開発を進めるとともに監視のためのシステムを整備することが重要である。また,これらの事象は地球内部の固体地球ダイナミクスと密接な関係があると考えられ,これらの変動を研究し,海洋
プレートの生成−消滅−生成という再生過程や,島弧や大陸の成長過程を理解しなければならない。ここでは,既に海洋保全の項で述べた気候変動に対応する取り組み(沿岸域への影響評価,沿岸災害対策,二酸化炭素の海洋隔離による生態系への影響)とは別に,全地球的な気候変動への対応や海底プレートダイナミクスの解明等の地震火山等の自然災害防止に資する研究について記述する。
  また,これらの研究の対象となる現象は,様々な形で我々の生活に影響を及ぼすものであることから,得られた成果については,速やか,かつ広く社会に公表するよう努める必要がある。

1)気候変動等の地球環境問題の解決に資する海洋研究
   気候変動に関する観測研究
  地球上の気候変動を解明するためには,海洋調査船を用いた高精度かつ多項目の海洋観測による大洋規模の熱・物質輸送の把握や,熱帯降雨観測衛星(TRMM)等の地球観測衛星を活用した海流や降雨,氷床変動等の全球的な観測,熱帯広域に展開する大型観測ブイネットワークを用いた太平洋からインド洋にわたる赤道横断規模での海洋・大気の熱輸送の把握,中層フロートを用いた高度海洋監視システムの構築(ARGO計画)による表層・中層の海洋変動の解明が重要である。また,温室効果ガスの海洋上及び海洋中の分布・輸送・循環を把握するとともに,大気・海洋間の熱や温室効果ガス等の交換過程の研究が重要である。さらに,掘削による海底コア・氷床コアや海洋調査船により採取したピストンコアの分析による地球の古環境の研究や,南北極域における大気・海洋・雪氷の変動状況の把握が重要である。

   海洋中の炭素循環メカニズムの解明
  地球温暖化対策として,海洋中に二酸化炭素を放流・隔離することが一つの方法として検討されているが,実施することにより海洋環境が受ける影響については,十分に知見が得られていない。このため,海洋における炭素の循環メカニズムを解明する必要があり,海洋における二酸化炭素等の観測・監視の強化をはじめとして,物理的な輸送過程,生物化学的な固定過程及び海底への堆積(たいせき)作用を把握するとともに,海洋生物化学大循環モデルを開発し,海洋における二酸化炭素等の収支を定量的に把握することが重要である。また,海洋中の二酸化炭素計測手法等の研究開発を行い,国際標準化を図ることが重要である。

   海洋を含む地球変動予測に関する研究
  地球温暖化や水循環変動などの地球変動は,我々の生活に大きな影響を与える可能性があり,その悪影響を回避する対策を講ずるためには,地球変動の状況を予見する必要がある。このため,「地球シミュレータ」等のスーパーコンピュータを積極的に活用し,雲の活動・降水過程を含む水循環や,地球温暖化の予測モデルの高度化を行い,予測精度の向上を図ることが重要である。また,大気・海洋モデルの結合による
エルニーニョ・アジアモンスーン現象等の気候変動予測技術の高度化や,現在の海洋観測データと古環境のデータを反映させた海洋環境変動の予測モデルの開発,気候変動と海洋生態系の関係の解明により,地球変動予測技術の高度化に資することが重要である。さらに,得られた成果をもとに,海面上昇による陸地の水没,生態系の変化による食料問題等の我々の生活に与える影響を解明するとともに,その成果を,速やか,かつ広く社会に公表する必要がある。

2)地震・火山噴火等の自然災害の予防に資する海洋研究
   地震・津波・火山噴火等を引き起こす海洋底ダイナミクスに関する研究
  地震・津波・火山噴火等の発生機構を解明するためには,海洋プレートの生成プロセスとそこにおける熱や物質の循環に関する研究や,海洋プレートの消滅プロセスと地震発生メカニズムに関する研究,海底地形地質の生成・変動メカニズムの研究,ホットスポット域のダイナミクスの解明,さらには地殻変動や火山噴火の根源となるマントルダイナミクスの研究が重要である。また,地球物理観測網等の海底下現象のリアルタイム監視システムを広域に展開し,それを用いた観測研究を行う等,海底の地形や地質の構造,熱水・冷水,ガス等の噴出状況,地殻・マントル内部流体(水,マグマ)の分布,成分等の調査研究を行うことや,海底地震,海底火山噴火,津波の発生機構の解明と予測手法の開発を合わせて進めることも重要である。

(3)海洋保全,海洋利用等の礎となる海洋研究
  今後,我々が海洋とかかわるに当たっては海洋を利用するとともに,積極的に保全・再生を図り,「海洋を守る」,「海洋を利用する」ことの調和を図っていく必要がある。そのため,「海洋を知る」という目標を最前線に掲げ,海洋の立体的な観測・研究により得られる知識をもとに,海洋の利用が海洋の環境に与える影響を把握し,持続的な海洋利用のために利用技術・方法を改善・開発することが重要である。
  また,海洋にかかわる科学的知見は,我が国の海洋政策や多国間における政策決定に反映されるものでなければならない。そのためには,行政が政策を実行する上で必要な科学技術を明確にすると共に,研究機関等は政策の判断を助ける客観的な科学的知見を積極的に提供することが重要である。
  このように海洋保全・海洋利用等の政策を実施する上で必要な海洋研究については,国として積極的に取り組むことが重要であり,そのための研究体制の充実,成果や情報の有機的利用,人材育成を発展充実させることが不可欠である。
   持続的な海洋生物資源の利用のための調査研究
  持続的な海洋生物資源の利用のためには,その科学的知見を得ることが重要であり,我が国における漁獲量や漁獲物に関する情報の収集・分析,海洋調査等により水産資源や漁業の現状把握や,まぐろ,さけ等の回遊性の水産資源について,国際的に適切な管理を行われるために,必要な科学調査を行うとともに,効率的かつ高精度な調査手法の開発を行うことが重要である。また,漁場となる海域の海流や水塊構造を立体的に把握するため,船舶や地球観測衛星を用いて海流や水温等を調査し,それらのデータを総合化する技術開発を行うことも重要である。さらに,豊かな生物多様性を有し,観光資源としても重要なサンゴ礁生態系の変動予測及びサンゴの白化・死滅対策のための研究を行う必要がある。

   海洋鉱物・エネルギー資源利用のための研究開発
  新エネルギー及び再生可能エネルギーの効率的な利用のため,各地域ごとの潜在量の的確な把握を目的としたデータベースの整備が重要である。また,海底資源の実態把握及び鉱床形成モデルの構築を行うため,海嶺,海底火山等のマグマ・熱水活動や,海洋中の元素の挙動・循環に関する調査研究,メタンハイドレート等を対象とした地質学的調査や鉱床成因・形成・移動機構の解明を行うことが重要である。

   海洋環境に配慮した沿岸空間利用・沿岸防災のための研究開発
  沿岸域に憩いの空間を創出するため,砂浜,干潟,藻場,サンゴ礁等の保全や,損なわれた海洋環境を修復するための研究開発を行う必要がある。特に沿岸域における栄養塩や汚濁物質,土砂収支等に関しては陸域での人間活動と密接に関連しており,陸域の流域全体での窒素やリンの循環等も視野に入れ,総合的な循環構造の把握や,海洋の浄化手法,海岸保全手法の開発を行うことが重要である。また,海洋中に構造物を構築する際の影響を評価することが重要であり,構造物構築に伴う海底地形の変化を把握するための技術開発,付着する海洋生物が海洋構造物に及ぼす影響について研究を行うことが重要である。さらに,海砂採取が海底生物等の生態系に及ぼす影響評価について研究を進めることが重要である。

   海洋予報の推進
  地球環境の変動を理解し,それに的確に対応するためには,即時的な海洋の状況の把握とともに,将来の海洋の状態を予測することが必要である。我が国で運用される北東アジア地域海洋観測システム(NEAR−GOOS)データベースで収集された海洋データは,インターネットで利用できるが,今後も海洋観測を充実し,沿岸観測,船舶観測による海洋データのリアルタイム通報をさらに推進することが重要である。また,海洋データ同化モデル,予報モデルを開発し,観測による検証を行い,精度を高めること,海洋データと気象予報値を基に溶存酸素,栄養塩,植物プランクトン量を予報モデルに組み込んで,生物生産の予報を図ることが重要である。さらに,海洋予報の精度を高め,気候変動に伴う海洋変動予測の確度を高めるために海洋気候変動研究計画における海洋・気候の数十年変動に向けた研究(CLIVAR  DecCen/
WCRP)を推進することが重要である。

(4)研究・観測を支える基盤技術開発
  海洋に関する研究・観測を行い,人類の知的資産の一層の拡大を目指し,より高度かつ総合的な知見を活用して海洋研究・観測の基盤技術の開発を行う必要がある。
  これまで入手不可能だった試料・データの採取や,より高度な分析を行うため,現在人類未到達のマントルを目指した地球深部探査船の建造や,気候変動予測の実現に向けた地球シミュレータ計画が進められているところであり,今後とも高精度な自律型無人潜水機の開発等の分野横断的な技術開発が必要である。
  また,研究開発の目的に応じて必要な量と時空間分布を備えた観測データを取得するため,従来の調査・観測・分析技術の精度や継続性を向上させることが重要であり,複数の分野の科学技術を総合的に活用して開発を進める必要がある。
  なお,これらの大規模な基盤設備の運用に関しては,専門性の高い知識を継続的に蓄積するための観測支援制度が必要である。

   リモートセンシング技術の高度化
  熱帯降雨観測衛星(TRMM),ヨーロッパリモートセンシング衛星(ERS),米国地球観測衛星(Aqua)等の衛星や航空機により,対象物の反射または放射する電磁波に関する情報を収集して,その対象物の種類や状態を観測するリモートセンシング技術を活用し,海洋諸現象,生態系等の観測技術や大気海洋現象の観測技術(降水,海流,波浪,風,陸面,海面)の開発を行うとともに,環境観測技術衛星(ADEOS−2)等の海洋の観測が可能な衛星の研究開発を推進することが重要である。

   海洋観測技術の高度化
  最新の観測技術を導入することで海洋観測・研究の基盤的なプラットフォームである既存の海洋観測・研究船の観測機能を強化するとともに,海中の水温,塩分,栄養塩,クロロフィル,動物プランクトン等のデータを自動的に測定・送信する高性能ブイの開発,波浪等の海象観測の精度向上や効率化のための技術開発を行うことが重要である。また,自立型の無人探査機等と組み合わせて極域を含む広範囲をカバーする海洋・大気観測の拠点となる多機能で新しい概念のプラットフォームの研究開発を行うことも重要である。さらに,これらの高度化された施設設備を有効に活用するために,十分な観測支援体制の整備を行う必要がある。

   海底観測の強化
  長期観測に必要な深海底での電源確保及びデータ伝送路に関する技術開発,海底観測ネットワーク化技術や新センサーの開発,地殻変動観測技術開発,信頼性の高い高速水中音響通信技術や高精度・高能率の水中音響による探査技術の開発を行う必要がある。また,統合国際深海掘削計画(IODP)等で利用される,海底下深部の高圧・高温等の特殊環境に対応した海底掘削技術や試料採取技術及び掘削孔の多角的利用技術の開発,深海底における重作業を可能とするための重作業無人機及び支援システムの研究開発を行う必要がある。さらに,管轄海域の確定,地震発生予測,火山噴火予知,海の基本図のための,外洋から沿岸域にわたる地理情報システム(GIS)の整備やプレート移動による離島の位置変化測定の精度向上を図ることが重要である。

(5)研究開発体制・インフラストラクチャーの整備
  海洋に関する研究や技術開発については,観測範囲や開発すべき事項が多岐にわたることから,産学官の関係機関が連携して,それぞれの役割において,その特長を最大限に発揮できる体制を構築して,我が国として総合的に海洋研究とそのための基盤整備を推進していく必要がある。特に,海洋観測を行うに当たっては,国際的な協力を積極的に行い,世界各国のそれぞれが役割を分担しながら,情報交換を行って進めていくことが重要である。その際,我が国が広域な排他的経済水域を有していることを考慮し,それに見合ったリーダーシップを発揮して広く国際的に貢献し,研究や観測を組織的・戦略的に行う必要がある。
  また,我が国が海洋研究における新しい分野を開拓し,国際的な能力の高さを維持していくためにも,最先端のインフラストラクチャーの整備は必要不可欠である。
  さらに,海洋研究を進める上で必要な各種の観測データは,空間的にも時間的にもまだ圧倒的に不足しており,海外の機関とも協力して可能な限りの観測とともに,国際的にも共通の方式で観測データの品質管理,保管及び提供を行うことに努める必要がある。

1)研究・観測を組織的・戦略的に行うための方策
   研究開発体制の整備
  国際的な研究開発の推進を図るため,地球圏・生物圏国際協同研究(IGBP),世界気候研究計画(WCRP),北東アジア地域海洋観測システム(NEAR−GOOS),全球海洋データ同化実験(GODAE),統合国際深海掘削計画(IODP),国際海洋ネットワーク(ION)等の国際的な観測や研究開発プロジェクトに対して積極的に国内外で連携・協力体制を構築することが重要である。また,統合地球観測戦略パートナーシップ(IGOS−P)のようなプロジェクト間の協力・協調を促進する活動の支援,大型化が著しい海洋研究での先進・開発途上諸国を含めた研究協力を推進することが重要である。このような,国際的なプロジェクト等への円滑な実施に当たり,我が国の研究者の国際的なプロジェクトへの主体的な参加を支援できるよう事務局や参加経費等の環境の整備を行うべきである。また,中層フロートの展開や海底地震の観測網の構築等,国内の関係機関の連携・協力プログラムを積極的に推進するとともに,海洋における企業活動の活性化を図り,民間における研究開発を促進することが重要である。

   研究推進のための連携・協力の推進
  海洋環境問題のように多くの要因が複合化することにより生じた問題を解決するためには,これまでにない新たな発想による取り組みや新たな学問分野の創出等も必要とされることから,研究推進のための連携・協力を推進させる体制や研究の進展に即応した体制の整備・充実を図ることが重要である。そのためには,国立試験研究機関,独立行政法人,特殊法人,大学等における研究基盤及び体制の整備・充実のほか,研究資金・人的資源を適切に確保することが不可欠である。

2)海洋研究を支えるインフラストラクチャーの整備
   船舶の有効活用の推進
  地球温暖化や気候変動等のメカニズムを解明するためには,海洋に関する研究・観測を行うことが重要であるが,我が国の海洋調査研究に必要な装備を備えた船舶は,現在,不足している状況にある。このため,今後,海洋の調査研究を行うための船舶の充実を図るとともに,各大学等の研究機関が所有する海洋調査・研究船の運用をより効率的に行う体制を整備する等,船舶の有効活用を図るためのシステムや体制整備について検討することが重要である。

   研究開発に必要なインフラストラクチャーの整備
  地球深部探査船の建造及び運用のための実行組織の構築を行い,深海掘削による地殻変動メカニズムの解明,メタンハイドレート,地殻内微生物等の採取・分析を行い,地球の古環境の分析等をIODPで実施するための体制を整える必要がある。また,ドップラーレーダ,北極海ブイ,海洋音響を利用した海洋監視システム等の海洋観測機材や海底地震計等,インフラストラクチャー整備を進めるとともに,スーパーコン
ピュータ「地球シミュレータ」等の大型施設・設備の共用を促進することが重要である。さらに,太平洋及びインド洋の熱帯海域への大型海洋観測ブイの展開や,高度海洋監視システムの構築(ARGO計画)を推進することにより,世界的に異常気象をもたらす変動現象を監視する体制を整備するとともに,海洋調査船による観測,海洋観測ブイ,衛星観測を組合せ,最適観測システムの構築を図る必要がある。

   研究活動に必要な情報流通の整備
国際海洋データ交換システム(IODE)の活動を支援するため,我が国の海洋情報を収集・管理・提供する日本海洋データセンター
(JODC)を中心とした海洋観測を実施する各機関等の活動を積極的に推進するとともに,沿岸海域環境保全情報の整備等を進めることが重要である。また,ネットワーク観測情報に基づく沿岸の潮位や波浪に関する観測情報データベースの充実を図るとともに,異常潮位や高潮の予測精度の向上に活用するためのデータ活用システムの整備を行う必要がある。全世界に展開された地震計,GPS等のデータを国際的に交換し,総合的に解析するためのデータ管理システムの整備を行う必要がある。さらに,排他的経済水域内を中心とした我が国の精密海底地形図及び地殻構造図の作成,離島を含む日本列島の位置を世界測地系に結合するための海洋測地の推進,海洋の生物群集のデータ収集及びデータベース化や生物サンプルの収集・管理を行うとともに,遺伝子バンクを整備することが重要である。

4.4  海洋政策全体の基盤整備の基本的考え方と推進方策
4.4.1  海洋政策全体の基盤整備の基本的考え方
  海洋政策を具体的に実行に移すためには,人材の育成,資金の確保,情報の流通,国際協力等,海洋の研究・保全・利用のすべてに共通する基盤的な事項の充実を図っていく必要がある。また,「海洋を知る」「海洋を守る」「海洋を利用する」のバランスのとれた政策を実施するためには,各省庁をはじめとする関係者間で連携を図り,総合的な視点から各々の施策を有機的に結び付けるようにすることが重要である。このため,我が国として総合的な海洋政策の企画・立案を行うためにはどのようなシステムが望ましいか,今後検討するとともに,海洋を利用する者,あるいは,憩いを求めて海洋とふれあう市民によるその地域に根ざした自主的な活動も重視し,地域の実情を踏まえた「総合的な管理」を行っていくことが重要である。
これらの観点を踏まえ,海洋政策全体の基盤整備に関する推進方策を以下に示す。

4.4.2  海洋政策全体の基盤整備の具体的な推進方策
(1)人材の育成及び理解増進
  海洋政策を適切に推進するためには,海洋に様々な形でかかわり合う人材の育成が重要であり,研究者や研究支援者,技術者,漁業者,船員等が確保され,資質の向上が図られることが必要である。また,海洋は国と国との接点でもあり,国際感覚,国際性を持った人材の育成が必要である。
  我が国は周辺を海洋に囲まれているにもかかわらず,海洋に関する関心が総じて低いと考えられ,また海洋に関する研究開発や教育・理解増進が欧米諸国に比較して十分とは言えず,21世紀にはこの方面を充実していくことは緊急の課題である。これまでも,1996年に海の恩恵に感謝するとともに,海洋国日本の繁栄を願う日として「海の日」が祝日となり,海洋に関連する施設の見学会,体験乗船,自然体験教室,海浜の美化運動等の各種行事を実施され,海洋利用や海洋環境保全等の意義について幅広く市民各層に定着が図られてきたが,今後は,高等学校や大学等の学校教育において海洋に関する教育の推進を図るとともに,国,地方公共団体,学校,企業,ボランティア団体等が協力し,海洋にかかわる者が,海洋を活用した体験活動等の学校の活動に積極的に貢献していくようにすることが重要である。また,学校教育以外においても,海の日等を活用して,海洋の管理と利用が,ひとりひとりにとって将来の生活基盤を支える重要な問題の一つであるという意識を,市民に定着させるための施策が重要である。

1)人材育成の推進
   海洋教育の充実
  大学・大学院や水産系の高等学校等の教育において海洋科学技術の分野や海洋に関する国際・国内ルール等について幅広い知識を有した人材の育成を推進し,国際的な場で活躍できるようにすることが重要である。特に近年の海洋科学技術の進展に対応し,大学や大学院における海洋関係の研究・教育部門の充実・強化に努め,研究者や研究支援者・技術者等の養成を図る必要がある。その際,海洋に関する教育が社会に理解されるよう,学部や大学院の専攻名に海洋を用いる等の工夫をすることも重要である。

   海洋にかかわる人材の育成
  研究者の研究開発以外の負担を軽減するため,研究支援者の専門性の向上,技術の習熟と蓄積,処遇の改善を図りつつ,人員や組織等を充実させることが求められており,研究支援者による共通機器の一括管理,観測技術の習熟・向上・標準化,情報の公開に耐えるよう観測機器の特性評価,観測データの品質維持を実施できる研究支援者を育成する必要がある。また,海洋にかかわる人材の資質の向上を図るため,研修施設や教育課程を整備し,研究者や研究支援者,技術者,船員等を対象とする研修やシンポジウムを開催し,国際交流の機会を提供すると共に,産学官の海洋に関係する研究者及び研究支援者の交流を推進し,新しい海洋研究領域や学際的な研究領域の振興を図ることが重要である。また,国際共同研究や研究開発プロジェクトの研究リーダーとなり,十分な成果を出せるような研究マネージメントのできる者の育成を図ることが必要である。

2)市民の海洋に対する関心を高めるための施策
   海洋に関する理解増進活動
  小・中・高等学校段階において,理科,社会等の教科等における海洋に関する学習を推進するとともに,幼児,児童,生徒の体験活動の重要性を考えると,総合的な学習の時間や,臨海学校等の学校の教育活動における身近な体験活動の対象として,海洋の活用を積極的に推進することが重要である。このため,質の良い海洋生物や深海の映像,観測データ等を利用した科学技術・理科教育用デジタル教材等の学習素材の制作やボートやヨット,釣り,磯遊び等の海洋を実体験できる場の提供,海洋にかかわる者が,教育活動に積極的に参加することは,子供たちの科学技術・理科に対する知的好奇心・探究心に応じた形での学習機会の提供という観点から重要である。また,学校関係者,地域住民,ボラン
ティア団体や企業等の関係者相互間で意見交換を行い連携・協力を行っていくことが重要である。さらに,「未踏領域の挑戦」のプロジェクトを推進し,わかりやすい形で情報発信することによって,青少年に夢を与え,海洋に対する理解を増進することが重要である。

   市民と海洋とのふれあいの促進
  海に対する興味や親しみを感じ,海洋環境についての関心を深めることができるよう,一般の人が海とふれあうことができる身近な海岸の拡大や,海洋にかかわる人々による知識・体験の紹介,海洋に関する各種博物館を活用した普及啓発活動を推進するべきである。また,水族館や科学館に比べ,海洋の歴史・文化・古文書について集約されている場が少ないことから,それらについても資料を収集・保管・分析し,公開する情報発信拠点を設けることが重要で,その際,海洋の総合的な見地から情報の集約化を図るとともに,参観者・学習者・研究者にとって魅力ある場とすることを目指すべきである。また,海洋環境保全の観点からも,沿岸域に対する愛護思想の普及・啓発,自然公園,自然環境保全地域等を活用した体験活動の推進や専任のレンジャー,ボランティア等の育成,各種情報の提供等を図ることも重要である。

(2)資金の確保
  海洋の研究・保全・利用の施策を実施するため,必要な所要の資金を確保する必要があり,施策の評価及び重点化に基づき,資金の重点的・効率的配分を行うことが重要である。また,政府主導の資金のほか,海洋に関する産業の振興を図ることにより企業活動を活性化し,民間の研究開発や保全に関する活動が充実されるよう促すことも必要である。

(3)情報の流通
  海洋に関する基礎的な情報は,波浪,海流,潮位,水温,海上気象,海底地形,生態系等があるが,これらについては,船舶の安全航行,防災,自然環境保護,水産,観光開発等の観点から,利用者が迅速かつ容易に入手できるようにする必要がある。
  また,すべての海は一つにつながっているが,観測対象とする場合には,海域ごとに違いが大きく,ある海域のデータをもって,すべての海域のデータとすることはできないことから,研究者等がそれぞれ協力し,内外の海洋観測
データをできるだけ集約するとともに,多くの利用者が集約されたデータを活用できることことが望ましい。そのためのインフラストラクチャーと体制の整備を行うことが必要である。
   海洋データの収集・管理・提供の促進
  海洋データをできるだけ多くの関係機関から集めるとともに,豊富な情報を利用者に提供できるようにすることが重要である。また,海洋データは,品質管理,標準化及びデータ同化手法を用いたデータセットの作成が不可欠であることから,これらの取り組みを推進し,広範囲な情報ネットワークを構築する必要がある。さらに,ITを用い,既存のデータについても電子化を図り,収集したデータを加工し,利用しやすい形で提供することが重要である。
  海洋データは,全地球的に網羅することが望ましいが,我が国だけではその範囲が限られるため,国際的なデータネットワークのためのインフラストラクチャー及び体制の整備を推進することが重要である。また,観測等を行った者が所有するデータを積極的に一般に広く公開したり,情報収集機関へ提供したりするよう促すことが重要である。

   海洋保全に関する情報の集積・提供
  新たな海洋環境問題を未然に防止するためには,長期的な海洋環境の監視を着実に推進するとともに,関係機関が迅速に対応できるよう各種のデータの規格化,地理情報システム(GIS)を用いたデータベースの構築等による情報の共有化・総合化を図ることが不可欠であり,特に沿岸域,内湾域の環境に関する情報の規格化を図ることは重要である。また,国連海洋法条約による海洋環境の保全に資するためにも,我が国の排他的経済水域の海洋環境の監視を重点的に推進すべきである。また,海洋環境問題の認識の深化と環境対策の必要性について,市民の意識の定着を目指すためには,観測データのほか,大学や試験研究機関等における研究成果等を一元化し,市民が正しく理解できるような形の情報に加工し,発信することが不可欠であり,そのための基盤の整備を図ることが重要である。

(4)国際的な問題への対応
  海洋の調査・保全・利用を進めるに当たっては,二国間や多国間における国際的な協力の重要性に留意する必要がある。1996年には,我が国は国連海洋法条約の締結及びそれに伴う国内法の整備によって,世界でも有数の排他的経済水域を有することとなり,これに伴う我が国の権利及び義務を認識し,海洋政策に反映させることが重要である。
  海洋に関する問題を解決するためには,国際貢献と国益の確保の均衡を図りつつ,国際的な協力の枠組み整備や,国際プロジェクトへの参加,開発途上国への支援等の国際協力を進めることが重要である。具体的には,海洋調査,海賊対策を含む航行の安全確保,海洋環境の保全,生物資源の維持・回復と最適利用のため,二国間や地球的規模での国際的な協力が不可欠である。
   国際共同事業への積極参加及び技術移転の推進
  海洋の研究や海賊対策を含む航行の安全確保,水産資源の維持・回復・管理,地球的規模の海洋環境問題に関する全世界的な協力体制の構築,海底資源開発等を行うため,二国間・多国間の国際的な協力の枠組みや国内の仕組みを整備し,海洋研究・利用・保全のための活動が円滑に行われるようにすることは重要である。この際,国際海事機関(IMO),国際海底機構(ISBA),国連食糧農業機関(FAO),ユネスコ政府間海洋学委員会(IOC),世界気象機関(WMO),国連環境計画(UNEP)等の海洋に関連する多様な国際機関への積極的な貢献を図るとともに,日米が主導する統合国際深海掘削計画(IODP)の推進や国際的な漁業資源保存制度等の二国間・多国間の国際的な協力プロジェクトに対して,我が国の国益の実現と国際協力との均衡のとれた主体的な参加を図る必要がある。また,我が国における海洋の利用,保全等にかかる技術や研究,調査のノウハウを開発途上国に提供し,効果的な支援を行うべきである。

   アジア大陸の環境負荷の増大による海洋環境への影響の解明
  我が国周辺の沿岸国では,経済発展が著しく,周辺海域への環境負荷が増大していることが指摘されている。豊富な水産資源に恵まれた日本海や東シナ海等は,我が国の漁業資源確保にとって重要であるため,これらの人為的要因がアジア大陸に隣接した海域における海洋環境や漁業資源等に及ぼす影響を解明する必要がある。

(5)総合的な視点に立った海洋政策の企画・立案システム
  高度経済成長後の海洋を取り巻く状況の変化や,海洋利用の多様化という社会情勢の下で,「海洋を知る」「海洋を守る」「海洋を利用する」のバランスの上に立って,3.3において示したように海洋という自然システムの持続的利用を図るためには,総合的な視点からの海洋政策の検討が重要である。国として海洋全体を見渡した政策の策定,あるいは複数の行政分野にまたがる政策等について検討を行い,「総合的な管理」を実行する必要がある。市民生活に直接関わる多くの政策が海洋に関係していることから,それぞれの分野の調和の上に立って,国として海洋問題に対する基本的で,総合的な取り組み姿勢を内外に明らかにするとともに,様々な行政分野にかかわる問題等に関し,合理的な解決の糸口を与えることが重要である。
  これまでの我が国の海洋政策の企画・立案においては,総合的な視点から,国の総力を挙げて取り組むような政策は提案されにくい状況にあった。今後の政策の企画・立案に当たっては,関連施策間の融合,重複の除去に努めるとともに,社会経済的な視点に配慮して総合的な政策のあり方を示していくことが重要である。
  総合的な管理の視点に立った21世紀に相応しい海洋政策の企画・立案のためには,どのようなシステムが望ましいか検討することが重要である。
  現行のシステムを総合的な視点に立ったシステムへ変革するためには,海洋開発関係省庁連絡会議を,関係省庁の政策に関する情報連絡・収集に加えて,実質討議を行う場へ変えることが重要である。また,海洋開発分科会は,海洋開発の基本方針,国としての総合的な政策,行政分野横断的な政策等を調査・審議する。
  これとは別に,行政府の中に海洋政策に関する新しい専門家組織を作るべきとの提案があった。提案された組織では,我が国の海洋開発のあり方を調査・研究し,これらの活動から得られた情報・知識を基礎に,海洋開発の目標,推進の方法,外国との協力の方法,国としての総合的な政策,行政分野横断的な政策等に関する検討を行い,海洋開発分科会では,これらの結果を基礎に,我が国の海洋政策を調査,審議する。この提案に対しては,引き続きこのような視点からの検討が重要であることについて,多くの賛同が得られた。
  当面は,我が国の海洋政策を調査審議する海洋開発分科会を活用しつつ推進するものとするが,今後の状況を見ながら,現行の海洋開発関係省庁連絡会議の役割を拡大するシステム及び行政府の中に新しい組織を設置する提案を踏まえて,今後,海洋開発分科会を中心として議論を重ねることが重要である。


5  結び
  これまで述べたように,我が国の海洋政策を巡る環境は大きく変化しており,行政分野の連携の下,国連海洋法条約に代表される新しい国際秩序の中,ますます重要性を増している海洋政策を本答申に沿って強力に推進することを強く望むものである。また,地方公共団体や民間におかれても,本答申に示された方向性に沿った形で,様々な海洋を利用する者が子供や孫の時代まで持続的に海洋を利用できるように,一人一人の自主的な管理の下,海洋に親しみ,有効に利用することを期待する。
  また,この答申は今後10年程度を見通した長期的展望に立って取りまとめたものであるが,近年の科学技術の進歩や社会の変化はこれまで以上に早いことから,答申の内容については,今後の社会情勢の変化を考慮し,随時追跡調査を行う等して,適宜見直しを行うことが重要である。

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