2.本計画策定の方針

1.計画推進の基本的考え

 地震及び火山噴火は、同じ地球科学的背景を持った自然現象であり、これらによってもたらされる災害にはしばしば甚大なものがある。それらの災害から人命を守るなど、その被害を最小限にして、安全で安心な社会を実現するという観点から、地震・火山噴火を予知することが極めて重要である。
 地震予知研究と火山噴火予知研究では、対象とする現象が一方は岩石の脆性(ぜいせい)的な破壊であり、他方はマグマの流出と爆発的破砕であることから、その発生予測の戦略にも違いが出てくる。また、予知の実現への研究の到達度でも両予知研究計画には違いがある。地震予知に関しては、プレート境界の大地震の場所と規模の予測について一定の見通しが得られた段階で、時期の予測については長期予測の段階にあり、内陸の地震については発生機構の解明を進めている段階である。一方、火山噴火予知では、適切な観測体制の取られた火山では、噴火時期をある程度予測できる段階になっているが、噴火の推移を予測することはまだ難しい段階である。両者においてこのような違いがあることから、これまでの地震予知研究と火山噴火予知研究の成果を十分に生かし、それぞれの特徴を踏まえた計画とする必要がある。
 近年の研究の進展によって、海洋プレートの沈み込みと巨大地震の発生、マグマの発生と蓄積・移動、内陸の大地震の発生を、一連の現象として実証的に研究することがより現実的な課題となってきた。地震予知研究と火山噴火予知研究で共通の課題を設定して、共同で観測研究を実施することは、同じ地球科学的背景を持った現象の理解には有効である。また、両者には、共通の測地学的・地震学的手法で観測して研究することのできる対象が多い。我が国には、世界に類を見ない稠密(ちゅうみつ)な地震・地殻変動の観測網が国の基盤的調査観測網として整備されており、これらの研究資源は地震現象と火山現象のいずれの観測研究にも有効に活用しうる。
 また、地震発生や火山噴火に関連して、両者とも、地殻の状態が突然変化したり、微小な擾乱(じょうらん)によって大きく状態が変化したりする現象が発生する。このような突発的・非線形的な現象は地震・火山噴火以外にも自然界に数多く存在する。その予測は一般に極めて難しいが、予測科学の分野では、突発的で偶然の発生とみなされてきた現象を物理・化学的に必然の結果として理解し、予測問題に新しい切り口を見いだす努力が始められている。地震予知と火山噴火予知の研究においては、今後は、予測科学的視点を重視していく必要があり、同じ地球科学的背景を持つ地震と火山噴火を予測する研究を統合して実施していくことは、ますます重要となってくる。
 これらの状況を踏まえ、現計画の成果を引き継ぎ、予知の実用化を目指した地震予知研究及び火山噴火予知研究を着実に推進するため、二つの計画を発展的に統合した計画を立案し、平成21年度から5年間を見据えた計画と位置付けて一層の推進を図る。その際、到達度の評価が可能な具体的目標を設定し、その目標に向かって段階的に計画を推進することが必要である。さらに、予知の実現という最終目標に至る研究の過程で得られる知見も、地震や火山噴火に対する防災・減災に有益であることから、研究の成果は積極的に社会に発信していく必要がある。
 本計画では、「予測システムの開発」をより明瞭に志向した研究に重点を置くこととし、以下の4項目を柱として推進する。
(1)モニタリングシステムを更に発展させ、そのデータを用いて地震・火山現象の推移予測を行うための予測システムを開発する「地震・火山現象予測のための観測研究」
(2)予測システムの基礎となる「地震・火山現象解明のための観測研究」
(3)地震・火山噴火予知に資する「新たな観測技術の開発」
(4)計画を一層効果的に推進できる体制の整備及び観測研究プロジェクトを立案・推進するための広く開かれた仕組みの整備を図り、また、成果を社会に効果的に提供するなど、「計画推進のための体制の強化」により、地震・火山噴火災害軽減に関する社会的要請にこたえるよう努める。

2.本計画の基本的方針

 前記の基本的考え方に基づいて、次により本計画を推進するものとする。

2.(1)地震・火山現象予測のための観測研究の推進

 地震・火山噴火予知のためには、観測を通じて地殻やマントルで進行している諸過程を迅速に把握し、地殻活動を予測する数値シミュレーションへのデータ同化、又は噴火シナリオに基づく火山活動の予測を行う必要がある。このために、地震・火山現象のモニタリングシステムを整備し、高度化する。同時に、地震・火山現象を予測するシステムをそれぞれ構築し、さらに、地震・火山現象のデータベースを構築して、情報の統合化を図る。

《地震・火山現象のモニタリングシステムの高度化》

 日本列島全域に整備された稠密な地震・地殻変動等の観測網及び全国の火山に配備された地震・地殻変動・熱・全磁力等の火山活動観測網から得られるデータを活用し、地震活動・地殻変動及び火山活動を的確にモニターするとともに、活動の予測に有用な情報の収集に努める。このために必要な観測網の維持・強化や常時観測体制の整備を行うとともに、活動の的確な把握と評価に役立つ新たな観測手法等の導入を進めて、モニタリングシステムの性能向上を図る。さらに、大地震の発生や火山噴火の可能性の高い地域では、活動の予測に有用な情報を数多く収集することが必要であり、地震現象・火山現象モニタリングの観測項目の多項目化、観測点の高密度化や観測データの実時間処理システムの一層の整備に努める。本計画では、地殻活動予測シミュレーションへのデータ同化とシミュレーション結果の検証及び噴火シナリオに基づく火山現象の予測を行うために、地震・火山現象の組織的なモニタリングを行う。

《地震・火山現象に関する予測システムの構築》

(地震発生予測システム)

 地震発生に至る物理・化学過程の理解に基づいて、プレート境界の応力・歪(ひずみ)等の推移を予測するシミュレーションモデルを構築する。常時モニタリングシステムによって得られる観測データを予測シミュレーションモデルに取り込む手法を開発して、データ同化実験を行い、予測を試行する。同時に、これらのシミュレーションを継続的に高度化していくために、地震発生の物理・化学過程に関する基礎的なシミュレーション研究を推進する。統計モデルや物理モデルに基づいて地震活動を評価し、時空間的に高分解能な地震活動評価を行う手法を確立するために、地震活動予測アルゴリズムの妥当性を評価・検証する枠組みを構築する。

(火山噴火予測システム)

 これまでの火山噴火予知研究の成果に加え、地質調査・解析による噴火履歴の解明等に基づき、噴火シナリオを我が国の主要な活火山について順次作成する。モニタリングシステムによって得られた観測データから火山活動の評価を行い、噴火シナリオに基づいた火山活動の推移予測を試行する。さらに、過去の噴火活動時の観測データの詳細な検討や研究成果に基づいて噴火シナリオの高度化を図る。

《地震・火山現象に関するデータベースの構築》

 地震・火山活動を明らかにするために、日本列島及びその周辺域の地震・火山現象の基礎データベースを構築するとともにデータの流通を図る。また、それらの情報を統合化し、地殻活動予測シミュレーションに活用するとともに、噴火シナリオの高度化及び火山活動評価に基づく噴火予測に活用することを目指す。

2.(2)地震・火山現象解明のための観測研究の推進

 地震・火山現象の予測システムの構築のためには、地殻やマントルで進行している諸過程の正しい理解とそのモデル化が不可欠である。このために、日本列島及び周辺域の長期・広域の地震・火山現象、地震・火山噴火に至る準備過程、地震発生先行・破壊過程と火山噴火過程、地震発生・火山噴火素過程の解明のための観測研究を推進する。

《日本列島及び周辺域の長期・広域の地震・火山現象》

 日本列島及びその周辺域の地震・火山現象は、列島とその周辺に位置する複数のプレートの相互作用に起因する応力・歪場やマグマの挙動に支配されている。したがって、長期的あるいは広域の地震・火山現象を解明するために、日本列島及びその周辺域で、長期的なプレート運動とそれに伴う応力場を明らかにし、上部マントルにおける水の供給・輸送過程とマグマの生成・上昇機構を明らかにする研究を推進する。これらの研究に加え、マグマ等の地殻流体の分布を含む広域の地殻・上部マントル構造を明らかにすることや、地震現象と火山現象に共通する原因であるプレート運動の影響を正確に評価するために、地震活動と火山活動の相互作用に関する研究を推進する。また、地震現象の予測精度向上に不可欠な地震発生サイクルに関する理解を深めるために、アスペリティやセグメントの破壊様式についての過去の活動履歴を明らかにする。同時に、長期的な内陸の地殻歪の時空間分布を解明する。

《地震・火山噴火に至る準備過程》

(地震準備過程)

 地震発生の準備過程を解明するために、地殻とマントルで応力が特定の領域に集中し地震発生に至る過程を明らかにする観測研究を実施する。プレート境界地震に関しては、アスペリティ分布の推定精度を向上させるとともに、アスペリティ域に固有な地殻やマントルの性質の研究を進めることにより、アスペリティモデルの高度化を図る。さらに、プレート境界面上で進行する非地震性滑りの時空間変化を高精度に把握するとともに、アスペリティ間の相互作用について理解を進める。内陸地震に関しては、地震発生層である上部地殻と下部地殻・最上部マントルの不均質とその変形の空間分布を把握し、歪集中帯の形成・発達と地震発生に至る過程に関する定量的なモデルの構築を目指す。また、スラブ内地震の発生機構を解明するため、スラブ内の震源分布や地震波速度構造を詳細に明らかにすることにより、スラブ内に取り込まれた流体の地下深部における分布と挙動の解明を図る。

(火山噴火準備過程)

 火山下の地殻内における多様なマグマの上昇・蓄積過程を解明するために、複数の火山において多項目の観測や探査を実施して、火山体構造とマグマ供給系及び火山体浅部における火山流体の状態と変動を把握する。噴火履歴とマグマの発達過程を解明するために、地質調査や岩石学的研究により、高精度の噴火履歴を復元し、噴火の推移及びマグマ供給系の変遷の把握を行う。

《地震発生先行・破壊過程と火山噴火過程》

(地震発生先行過程)

 地震発生予測の時間精度を高め、短期予測を可能にするためには、地震発生の直前に発生する不可逆的な物理・化学過程(直前過程)を理解して、予測シミュレーションモデルにそれらの知見を反映させ、直前過程に伴う現象を的確に捕捉(ほそく)して活動の推移を予測する必要がある。このために、地震に先行する地殻やマントルの諸過程を地震発生先行過程と位置付けて研究し、その発生機構を明らかにして、特定の先行過程が地震準備過程や直前過程のどの段階にあるかを評価する研究を行う。

(地震破壊過程と強震動)

 大地震の断層面の不均質性と動的破壊特性及び強震動・津波の生成過程を理解するために、震源解析及び震源物理に基づく破壊過程の研究を一層推進し、震源モデルや地下構造モデルの高度化を図る。

(火山噴火過程)

 噴火機構の解明のためには、火道浅部におけるマグマの移動・発泡や物性変化などの噴火過程の詳細を高時空間分解能で明らかにして、爆発的噴火のモデル化を行う。また、噴火現象の総合的な観測に基づき、噴火推移の多様性を支配する要因を理解することを目指す。

《地震発生・火山噴火素過程》

 地殻・上部マントル構成物質の変形・破壊について、実験・理論的手法により従来よりも広い条件範囲にわたって物理的・化学的素過程を明らかにする。地下深部の岩石の物性及び環境をリモートセンシングにより推定することができるようにするため、可観測量との関係を様々な条件の下で定量的に求める。さらに、室内実験で得られた知見を実際の自然現象に適用できるようにするため規模依存性を明らかにする。また、火山噴火のモデル化のために、マグマの分化・発泡・脱ガス過程を明らかにするとともに、それらのパラメータを取り込んだマグマ上昇の数値モデルを作成することを目指す。

2.(3)新たな観測技術の開発

 新たな観測技術の開発や既存技術の高度化により、従来にない質・量の観測データが得られると、地震・火山現象に関する理解が飛躍的に進む。そのため、海底における観測技術の開発を始めとして、地下の状態のモニタリングや噴火活動域における観測技術の高度化、宇宙技術等の利用の高度化を進める。

《海底における観測技術の開発と高度化》

 日本列島周辺の海域では、多くのプレート境界地震が発生しており、さらに、活動的な火山島も存在する。このため、海底における地殻変動を始めとした各種観測データを安定に取得するための技術開発が、地震及び火山噴火予知に有用な観測データを取得するために必要である。海底における地殻変動観測技術及び地震観測技術の高度化と海底における各種データを実時間で利用できるシステムの開発を図る。

《宇宙技術等の利用の高度化》

 GPSや衛星搭載合成開口レーダー(SAR)等の宇宙測地技術を利用した解析技術の高度化を図る。地震や火山活動をより高い精度で面的に把握する人工衛星や航空機を用いたリモートセンシング手法の実現を目指す。

《観測技術の継続的高度化》

 地震発生場や火山などにおいて、地下の状態をモニタリングする技術や、センサー技術や観測ネットワーク技術など、データを量・質的に増大させる技術開発を進める。断層面の固着状態、マグマなどの地殻流体の移動、またそれらに付随する現象のモニタリングのために、精密に制御された弾性波震源・電流源、宇宙線等を用いた技術の高度化を図る。地震活動の高い地域や噴火活動域近傍でのデータは非常に貴重な情報をもたらす。このために、山間地・離島・火山近傍など電源・通信事情の不十分な場所における効率的データ取得のためのセンサー技術やネットワーク技術の高度化を図る。また、気象変化による擾乱や人工的なノイズから離れ、高品質のデータを取得するため、大深度ボアホールにおける計測技術の開発が必要である。

2.(4)計画推進のための体制の強化

《計画を推進する体制の整備》

 地震及び火山噴火予知研究計画(仮称)に基づいた計画遂行を担う各大学や関係機関が、それぞれの機能に応じた役割分担と密接な協力・連携の下に、計画全体を組織的に推進する体制の確立及び評価体制の充実を図る。このために、観測研究計画推進委員会を充実し、地震予知連絡会の役割を明確化する。さらに、地震本部が策定する「新しい総合的かつ基本的な施策」に、本計画に盛り込まれる実施内容が反映されることを期待する。また、火山監視観測網の整備と火山観測研究の充実を図るために、火山噴火予知連絡会の機能強化を行う。

《基礎的な観測研究体制の強化》

 長期にわたる継続的かつ基礎的な観測研究の主な担い手である国立大学法人が、地震・火山噴火予知研究計画を推進するために、個々の法人の枠を超え全国の国公私立大学の研究者が連携して拠点を形成して観測研究を実施していく必要性がある。関係する全国の国公私立大学間及び研究機関間の継続的連携・協力の一層の強化が不可欠であり、同時に工学・人文社会科学等の他の研究分野との共同研究を促進する必要がある。このため、全国共同利用研究所の役割はこれまで以上に重要なものとなることから、例えば、地震・火山噴火予知研究協議会が置かれている東京大学地震研究所を中核的な研究拠点として、各大学の地震・噴火予知関連研究センターとの連携を一層強化することが必要である。

《計画を実施するための予算的措置》

 国、各大学及び関係機関においては、地震予知研究及び火山噴火予知研究が本計画に沿って着実に推進されるよう、予算・人材面での適切な措置を講じるべきである。特に国立大学法人については、全国共同利用による人的・物的資源の効率化を図りつつ、必要な経費を運営費交付金等により支援されることが望まれる。
 また、本計画は長期間を見通しつつ、段階的に予知の実現を目指すものであるため、特に萌芽(ほうが)的な研究や基礎基盤的な研究等に対しての予算的配慮が期待される。

《人材の確保、特に若手研究者の養成》

 地震・火山噴火の予知の実現という最終目標を達成するためには、長期的な観測研究が不可欠である。このため、大学は、教育研究環境の向上を図るなど、長期的な視野に立って大学院生の確保に努めるとともに、観測研究を生かした教育活動を継続して若手研究者の育成に努力する。研究者のキャリアパスの確保と若手研究者支援の方策を検討し、大学院生等の確保に努める。

《国際共同研究・国際協力の推進》

 地震や火山噴火に関する事例を効率的に集積し、地震予知及び火山噴火予知の研究を推進するためには、国内外を問わず多様な地震・火山活動の比較研究及び緊急時の国際共同調査研究による研究成果・知識の交換が必要である。このため、国際共同研究の推進、研究者の交流等による研究成果の普及・発信、緊急調査体制の整備、観測データの継続的な交換と技術支援等に取り組む。

《研究成果の社会への還元》

 本計画を進めることによって得られる知見は地震や火山噴火に対する防災・減災に有益であるため、積極的に研究の成果を社会に伝える必要がある。研究成果の普及は、防災意識の向上のためにも重要であり、本計画推進への理解を得るためにも積極的に進める必要がある。このため、地震火山に関する普及活動を組織的に推進する。また、地震、火山噴火による被害軽減に資するため、情報や報道発表内容の質的向上を図り、的確かつ迅速に提供するように努める。

お問合せ先

科学技術・学術政策局政策課

(科学技術・学術政策局政策課)

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