はじめに、日中韓パートナーシップ強化が要請される背景として、日中韓を取り巻く状況を整理する。第一に、政治・経済・社会の状況、第二に、科学技術・学術の状況を概観する。
近年、経済面を中心に、グローバル化と地域連合形成の同時併行的な動きが顕著である。WTO設立に代表される経済のグローバル化の動きと同時に、欧州連合(EU)などの域内連合の動きが活発化している。
また、人材養成の面でも、EUではボローニャ宣言により域内における教育制度や資格(学位)の調和が進められており、グローバル化の中での地域間競争の動きが見られるようになっている。
アジアにおいても、ASEAN(アセアン)の拡大や、ASEAN(アセアン)に日中韓を加えた地域協力のためのASEAN+3(アセアン プラス スリー)の枠組みが近年整備されてきている。また平成11年以来、日中韓首脳会合がASEAN+3(アセアン プラス スリー)のタイミングを利用して開催されるなど、アジアにおける地域協力の一環として、日中韓三国の連携・協力が促進されてきたところである。平成14年1月には、ASEAN+3(アセアン プラス スリー)の枠組みを活用した東アジア共同体の構想が我が国6より提示され、「共に歩み共に進むコミュニティ」の構築を目指す動きは活発化している状況7である。
中国、韓国はともにASEAN+3(アセアン プラス スリー)のメンバーであり、ASEAN(アセアン)とのFTA締結交渉を開始するなど東アジアにおける地域協力の強化には積極的な姿勢を示している。
中国は、WTOへの加盟を一つの契機として多国間枠組みをより重視する姿勢を示していると言われ、東アジアレベルの枠組みにも関心は高い8。また、韓国は、1988年に金大中大統領(当時)が、ASEAN+3(アセアン プラス スリー)の幅広い分野での東アジア協力の可能性とそのための方策についてイニシアティブを発揮した例もある9。
また、日中韓三国首脳による歴史上初の共同宣言となる平成15年10月の「日中韓三国間協力の促進に関する共同宣言」においては、東アジアの平和と安定に寄与する「対外的に開かれた」「未来志向の」地域協力としての日中韓三国間協力の位置づけ、経済のみならず政治、文化、社会等の幅広い分野における具体的協力案件の着実な進展等について表明されている。
※6 平成14年1月小泉総理大臣政策演説「東アジアの中の日本とASEAN(アセアン)」
※7 直近の平成16年11月のASEAN+3(アセアン プラス スリー)首脳会談においても東アジア共同体に関する議論が行われたところ。
※8 例えば、ASEAN+3(アセアン プラス スリー)において検討されている「東アジア・サミット」について、マレーシアとともに中国がサミットの開催に当初名乗りを上げた経緯がある。
※9 ASEAN+3(アセアン プラス スリー)の民間有識者で協議する場として「東アジアビジョングループ」の設置を提案、2001年のASEAN+3(アセアン プラス スリー)首脳会議にその報告書が提出されている。
経済のグローバル化によりヒト、モノ、カネの流動性が高まるとともに、「知」をめぐる世界的な競争が激化している。「知」の基盤である人材の確保をめぐっては、例えば、OECD科学技術政策委員会の閣僚級会合(平成16年1月)において頭脳流出(brain drain)問題に対する各国の高い関心が示されており、EU、フランス、ドイツ、中国等においては、「囲い込み」、「呼び戻し」等の政策的動きも見られるところである。
また、日本、韓国や欧州などの多くの国・地域において、近い将来、人口減少が見込まれており10、それに伴う優秀な若手研究者の減少による科学技術11コミュニティの活力低下を懸念する声が強まりつつある。
※10 世界の統計2004(総務省統計局)
※11 本報告書でいう「科学技術」は、自然科学のみならず、社会科学・人文科学や、学際領域・新領域など、あらゆる分野、領域の科学を含むものとして用いている。
中国、韓国においては科学技術・学術が急成長を遂げつつある。
まず、科学技術・学術分野の活動の活発さを示す基本的な指標として研究費、研究者数に着目すると、両指標12ともに中国、韓国の急速な伸びを確認することができる。研究者数では、2000年には、中国が日本を上回っている。
特許出願件数の国際比較では、中国、韓国に対する日本の優位性は強いが、論文発表件数については中韓、特に中国が日本を急追しているところである。論文については被引用度数を比べる限り、日本の優位性は依然として強い13が、分野によっては、中国、韓国が日本と同程度の国際競争力をもつ場合もある。
※12 OECD, “Main Science and Technology Indicators 2004”
※13 米国 National Science Board, “Science and Engineering Indicators 2004”
日中間、日韓間ともに科学技術協力協定に基づく協力が進められ、政府間の合同委員会や専門家間の情報交換等の場としてのセミナーやフォーラムが開催されている。また、我が国の大学の大学間協力協定の国別締結数14では、対中国が第2位、対韓国が第3位を占める(第1位は米国)。さらに研究者交流については、日本学術振興会や科学技術振興機構等による支援も受けつつ、日中間、日韓間で多数の研究者が往来している。
しかし、これらの研究交流の多くは、個々の研究者・グループによるものであり、十分に組織化されているとはいえない状況にある。このため、社会からも認知されるような活動に至っていないこと、交流の継続性や、共同研究における研究成果の取扱い(知的財産の管理)などの問題が指摘されている。
また、研究者交流と国際競争力との関係については、近年、「海亀」をめぐる議論が盛んである15。例えば、我が国の視点では、知日派人材(日本帰りの「海亀」)が日系企業の国内外の研究開発拠点、母国の公的研究機関等において活躍することを通じ、日本の産学官の科学技術コミュニティとのネットワーク機能の強化に資することができる。これは、相手国にとっても、こうした人材養成が研究人材の高度化にもつながる等有益なものであり、いわゆるWin-Win関係を創り出すことにより国際競争力の確保・強化を図る取組みといえる。
※14 文部科学省調べ
※15 産業界に着目すると、米国のグローバル企業(オラクル、インテル、IBM、ヒューレット・パッカード、サン、シスコ、モトローラ(Harvard Business Review 2004年3月号、ダイヤモンド社))は、近年、中国に大規模研究開発拠点を設立しているが、その際、米国帰りの中国系研究人材(いわゆる「海亀」)が経営陣として中核的役割を果たしている点に留意する必要がある。同様に、中国科学院等の公的研究機関に帰還して活躍する人材は、米欧の科学技術コミュニティとの太いパイプを通じて、米欧と母国の科学技術コミュニティ間の円滑な交流、相互の発展に寄与していることにも注目すべきである。例えば、「長江学者奨励計画」により中国の公的研究機関に帰還した研究人材の中には、日本の研究機関から帰還した者も相当含まれている。
中国、韓国の研究者の国際共著論文の動向分析によれば、中韓ともに共著論文のパートナーの約2割は日本の研究者であり、日本との関わりは比較的強い。特に中国については、日本の研究者との共著が占める比率が近年増加している。中韓間の共著も近年増加傾向にあるが、日本との共著と比べると絶対数はまだ少ない。
他方、中韓ともに、米国との関わりが強いことにも留意すべきであり、中国の場合には約4割が、韓国に至っては約6割が、米国の研究者との共著である。逆に、米国から見ても、米国在住の研究人材(博士号保持者)に占める中国人、韓国人の比率は大きい(博士号保持者全体の7%は中韓両国の出身者)※16。
留学生については、日本への留学生数のうち約8割が中国、韓国出身であり、中国、韓国の側から見ると、日本への留学生派遣数は、それぞれアメリカに次いで第2位という状況である。これに対して米国の大学への留学生を国籍別で見ると、中国、日本、韓国が第2~4位を占めている(第1位はインド)。一方、欧州の大学への留学生については、中韓(及び日本)の出身者が占める割合は小さい※17。
なお、近年、中国、韓国の科学技術の成長が著しいことから、欧米の企業、大学等は、積極的に、中国、韓国の機関との密接な関係構築や、研究開発拠点の形成を図っており、我が国の企業、大学等の取組みの立ち遅れが懸念される。
※16 米国 National Science Board, “Science and Engineering Indicators 2004”
※17 European Commission DG-Research, “Key Figures 2003-04” 欧州主要国の中でも、ドイツは、中国人留学生が国籍別で第3位を占めるなど、例外的に中国との関わりが強い。
科学技術・学術政策局政策課