日本列島及びその周辺域の地震活動の根本的原因は、列島とその周辺を構成するプレートの相互作用に起因する応力である。日本の東側からは太平洋プレートが、南側からはフィリピン海プレートが日本列島下に沈み込み、プレート境界に歪が蓄積され、臨界状態を経て破壊に至り、いわゆるプレート境界大地震が発生する。これまで、東北日本は北米プレートに属し、西南日本はユーラシアプレートに属すると考えられていたが、近年、それぞれオホーツクプレートとアムールプレートに属することが提案されている。また、東北日本と西南日本の境界は日本海東縁部及び内陸の糸魚川-静岡構造線と考えられているが、境界の正確な位置やその周辺のプレートの変形様式を明らかにすることは、日本列島の内陸地震の発生予測にとって重要な課題である。これらのプレートの存在の有無、境界の位置及びその相対運動速度を精密に決定することは、日本列島及びその周辺に発生する大地震の繰り返し間隔の推定や発生予測にとって基本的に重要である。
さらに、大地震の発生予測のためには、プレート相対運動という外的要因の下で、プレート境界の摩擦特性、プレートの構造と物性及び内陸活断層の強度などの内的要因によって、日本列島とその周辺でどのように歪が蓄積され、応力が集中するかを明らかにすることが必要である。
日本列島とその周辺を構成するプレートの境界の形状・位置及び相対運動を精密に求めるためには、国土地理院によって整備された日本列島内の稠密なGPS観測網(GEONET)の他、国土地理院等のVLBI及び海上保安庁海洋情報部のSLRによる全地球的な観測とともに、日本列島周辺域での稠密なGPS観測が必要である。このために、大学、国土地理院及び海上保安庁海洋情報部は、日本列島周辺域で広範な国際協力によるGPS観測を実施する。これらの観測研究により、アムールプレート、オホーツクプレート等については、その存在の有無とプレート境界の位置を明らかにし、相対速度を1mm/yr程度の精度で決定する。太平洋プレート及びフィリピン海プレートの日本列島への収束運動についても、収束境界の位置と収束速度の変動をより精密に決定する。これらは、本計画の目標としている地殻活動予測シミュレーションモデルの境界条件を与えるもので最も基本的な課題である。
日本列島及びその周辺域での地殻活動予測シミュレーションのためには、海洋プレートの形状、島弧地殻と上部マントルとの境界面の形状及び内陸の活断層等のプレート内の不連続構造の知見が必要である。また、各領域での地震波速度等の物性値の三次元分布が、境界面構造と同尺度で数値モデル化されている必要がある。さらに、プレート境界や活断層での摩擦特性を明らかにする必要があり、これらのために、以下の観測研究を推進する。
大学等は、海洋プレート境界の形状や摩擦特性及び内陸のプレート境界の位置や変形様式を明らかにするための観測研究を行う。防災科学技術研究所、大学等は、Hi-net、F-net等の高感度・広帯域地震観測網のデータを用いて、列島規模での上部マントルと地殻の構造の解明、地殻内応力分布及び断層の強度の推定を進める。また、地震波散乱強度の空間分布を列島規模で推定し、短波長の不均質構造を明らかにする。これらの分布と、地震活動度や地表の歪の時空間分布との関係を解明する。中部地方及び西南日本の地殻深部において見いだされている低周波地震や低周波微動が、列島及びその周辺域でどのように時空間分布しているかを明らかにし、その発生機構を解明することが重要である。比抵抗構造調査により、沈み込む海洋プレートと脱水反応による流体分布との関係を明らかにして、下部地殻の物性と変形機構の解明を進める。それらの知見に基づき、島弧地殻内部の大規模な歪集中帯の変形機構を明らかにする。
国土地理院は、GPS及び水準測量による三次元地殻変動観測を行い、列島規模での内陸変動帯の変動様式を明らかにし、構造探査等の結果と併せて、地殻の変形が変動帯のどの部分でどのように進行しているのかを解明する。産業技術総合研究所、大学等は、島弧内歪速度、活断層の活動履歴、地質学的に推定された歪速度と測地学的に推定された歪速度の差異等を明らかにする観測研究を進め、島弧内応力の時空間変化、応力場と歪場の関係等を明らかにしていく。
海上保安庁海洋情報部は、日本周辺海域における総合調査を実施して、陸域と同等精度の変動地形、活断層分布並びに浅部地殻構造を明らかにする。特に、沿岸域の活断層について活動履歴を明らかにする。
第1次新計画において、GPS等の測地学的手法による地殻変動観測と地震観測のデータを用いた研究によって、沈み込み型のプレート境界でのプレート間の結合の状態には、定常的な滑りと固着及び地震時の滑りのほか、ゆっくりとした非地震性の間欠的滑りや地震後のゆっくりとした滑りなど、様々な形態のあることが見いだされた。このような背景の下、非地震性滑りの進行によりアスペリティに応力が集中し、地震に至るというアスペリティモデルが提唱された。このモデルは、プレート境界の結合状態を定量的に記述できる可能性がある点で重要であり、このモデルの妥当性を検証するための観測研究が必要である。内陸においても地震発生域は局在しており、構造の不均質性が歪の蓄積と応力の集中を生み出し、結果として地震が発生していることを示唆している。
応力の集中と地震の発生の関係を解明するには、地震発生に至る準備過程から直前過程までの地殻活動を相互に関連する一連の過程として研究する必要がある。まず、プレート間結合の空間的・時間的変動に注目して、歪・応力の集中機構を解明する。一方、内陸地震の発生に至る準備過程については、歪・応力の集中機構を地殻と上部マントルの不均質構造と関連付けて理解することが重要である。さらに、十分に応力が集中した領域で発生する不可逆的な物理・化学過程(地震発生に至る直前過程)を観測的、実験的及び理論的に解明する。
地震発生直後の強度回復過程から次の地震の準備・直前過程に至る一連の地殻活動の観測的研究を推進し、地震破壊過程の研究と併せて、地震の1サイクルを通しての地殻活動全体を解明することに努める。また、サイクル全体の理解と同時に、地震発生サイクルが時間的に定常的なのか変動するのかを古地震学的調査等によって解明し、地震発生時期の予測モデルの高度化を目指す。
大学、国土地理院、防災科学技術研究所及び海上保安庁海洋情報部は、アスペリティモデルの普遍性と地域性を解明し、アスペリティの連動破壊の条件や、アスペリティとその周辺の非地震性の定常滑り域や、スローイベント(ゆっくりとした間欠的滑り)発生域との関係を解明するために、太平洋沿岸域及び海域でGPS、歪、傾斜、重力等の地殻変動観測及び地震観測を実施する。
アスペリティに永続性があれば、プレート境界に特徴的な構造が存在する可能性がある。例えば、沈み込む海山は、アスペリティの候補の一つである。大学、海洋科学技術センター等は、海域及び陸域で制御震源地震探査、電磁気学的探査等を行うことによって、プレート境界域の構造・物性の空間的変化と震源域のセグメント構造、分岐断層の構造等、アスペリティの実体の解明に努める。海洋科学技術センターは、得られた構造探査成果と陸上で採取される断層岩試料の分析に基づき、プレート境界域の物質モデルを構築する。
さらに、スローイベントと大地震の関係を明らかにするために、スローイベントの時空間分布と地震活動とを比較し、地震発生の素過程や地殻活動の予測シミュレーションの研究と連携して、プレート境界の摩擦特性のモデル化を行う。また中部地方及び西南日本の地殻深部において見いだされている低周波地震や低周波微動と大地震及びスローイベントの発生との関係を解明する。
プレート内で発生する地震の震源断層周辺へ応力が集中する機構を理解するためには、まず地殻の不均質構造を解明しなければならない。大学及び産業技術総合研究所は、主要構造線及び歪集中帯や内陸地震震源域における不均質構造と地殻活動の解明のために、地震、電磁気、GPS、重力、歪等の大規模な合同集中総合観測及び地質調査を実施する。
歪の集中と応力の集中との関係を明らかにするには、観測量から推定される歪から、弾性歪と非弾性歪を区別しなければならない。国土地理院、大学及び防災科学技術研究所は、地殻内の非弾性的性質と歪エネルギー分布を解明し、内陸のアスペリティ領域を同定し、応力集中機構を解明するために、機動的GPS観測、SAR観測及び活断層近傍での応力測定を実施する。
流体が地殻深部に存在している場合、そこでは塑性変形や剛性率の低下が生じ、結果としてその浅部に弾性歪・応力が集中している可能性がある。地殻内流体の把握のためには、地震・電磁気学的構造探査が重要である。さらに、大学、防災科学技術研究所及び気象庁は、地殻内流体の分布と挙動の解明のために、低周波地震や低周波微動の観測研究を歪み速度の大きい震源断層近傍で実施する。大学、防災科学技術研究所及び産業技術総合研究所は、注水実験や岩石実験によって、破壊に及ぼす流体の影響を解明する。
地震発生の直前に生じる不可逆的な物理・化学過程を検出して、その発現機構を明らかにするために、実験的・観測的研究を進める。
大学、防災科学技術研究所等は、実際のフィールドにおける震源核形成・拡大過程の理解を深めるために観測研究を行う。このためには、特に鉱山等での半制御実験や群発地震発生域での高精度観測によって、歪、変位、地震等の多項目観測を行い、物理過程を解明することが有効である。
また、大学、防災科学技術研究所、産業技術総合研究所及び気象庁は、地殻内流体の移動が地震発生のきっかけとなる可能性とその仕組みを検討するために、地震学的研究、地球電磁気学的研究、測地学的研究、地球化学的研究を実施する。特に、地殻内流体の移動速度の推定が重要であり、このために、低周波地震や低周波微動が地殻内流体の移動に起因するかどうかの解明や、流体の移動に伴う地下構造の時間変化の検出、ボアホールにおける注水実験等の研究を推進する必要がある。
地震発生サイクルの特徴やその揺らぎの程度を、計測に基づく地震学、史料に基づく歴史地震学、遺跡等の調査に基づく地震考古学、地形・地質学的方法による古地震学等の手法を用いて解明する。史料・歴史地震学的成果のデータベース化も重要である。
大学及び産業技術総合研究所は、活断層の活動履歴や歴史地震・地震考古学に基づく地震発生サイクルの研究を実施し、大地震発生に関する統計学的モデルの高度化を行う。産業技術総合研究所は、海底地質図、堆積図の作成とともに、乱泥流堆積物の解析から地震発生頻度の推定を行う。さらに、大学等は、三陸沖等のプレート境界域で発生する小規模な固有地震(相似地震)の観測研究を実施し、地震の発生間隔や規模の揺らぎの原因を解明し、地震発生サイクルとその揺らぎを作り出す物理学的モデルの構築を行う。
大学等は、過去の大地震の履歴から得られた統計学的モデルと、中小規模の地震の観測データ解析に基づく物理学的モデルの統合を図る。強震動や地震発生の素過程の研究から得られる知見も活用して、物理学的モデルにおいて発生間隔とその揺らぎを規定するパラメータのスケーリング則を導出し、より高度で定量的な大地震発生時期の予測モデルの構築を目指す。
大地震の破壊過程を詳しく調べることによって、断層面上のアスペリティやその周辺の不均質な応力分布が得られる。このような情報を蓄積することにより、大地震発生に先立って震源域における破壊開始点やアスペリティ周辺の応力及び強度に関する特徴を知ることができる。
また、アスペリティの分布やその活動の再来性の理解が進めば、単に地震規模の予測だけでなく、大地震時の強震動生成域の分布についても定量的評価が可能になる。そのためには、震源過程の複雑さとともに、波動伝播への地下構造の影響を評価することも重要である。強震動生成域の分布の把握とともに、地下構造の影響を的確に評価することによって、強震動予測の高度化を図る必要がある。
大学、気象庁、防災科学技術研究所、産業技術総合研究所、海洋科学技術センター等は、三次元地下構造を考慮した震源過程解析手法の高度化を図り、過去の地震記録や測地学データ等を活用し、精度の高いアスペリティ分布図を作り、断層面上の強震動生成域の分布を推定する。動的破壊の開始から停止までの全体像を理解するためのモデルの構築を進め、短周期地震動の生成機構を明らかにする。断層掘削によって得られた試料に基づき、このモデル化に必要な断層の応力と強度の絶対値を見積もる研究を進める。また、破壊の開始点や伝播様式などを推定するために、初期破壊域とその周辺の滑り特性の研究も推進する。このために、過去の地震記録を活用する。
強震動の予測精度を向上させるために、断層面上の強震動生成域の分布と精度の良い地下構造を把握する必要がある。大学、気象庁、防災科学技術研究所、産業技術総合研究所、海洋科学技術センター等は、震源過程や地震発生の素過程の研究と連携しつつ、破壊の開始点とアスペリティ分布、震源断層の形状、短周期地震動の生成機構、三次元地下構造等を考慮した総合的な強震動予測シミュレータを構築していく。このため、制御震源地震探査などの構造探査データの他、 K-NETやKiK-netなど広域高密度強震観測網のデータや過去の地震被害情報も活用して、大都市域における強震動の詳細な分布を推定する方法を開発する。
第1次新計画では、同一のアスペリティが繰り返し破壊する例が示され、また、非地震性滑りや固有地震の性質に関する知見が得られ、プレート間結合の時空間変化の研究が進んだ。本計画においては、アスペリティの実体、アスペリティの相互作用、非地震性滑り、摩擦・破壊現象のスケーリング則などについて理解を深める必要があり、そのためには、摩擦・破壊現象の物理・化学的素過程を実験的に明らかにしていくことが重要である。地殻活動予測シミュレーションモデルが十分な予測能力を持つためには、摩擦・破壊現象を記述する基礎方程式(構成則)を明らかにするだけでなく、モデルに含まれるパラメータの値を現実的に設定することが重要であり、観測可能なP波速度、S波速度、比抵抗などから、摩擦・破壊構成則パラメータを推定することを目指した実験的・理論的研究を推進する。また、これらのパラメータの推定に制約を与えるためにも、地球深部掘削等によって得られる地震発生域の物質科学的知見が重要である。
本計画において重要な課題の一つは、アスペリティの実体を解明することである。断層面の固着の強さは、そこでの摩擦・破壊特性を反映していると考えられるので、大学、産業技術総合研究所、防災科学技術研究所、海洋科学技術センター等は、摩擦・破壊構成則が形状、物質、温度、圧力、地殻内流体などによりどのように決まるかを明らかにするための実験的研究を進める。室内実験で得られた結果を実際の地震に適用するためには、摩擦・破壊現象の時空間的スケーリング則を明らかにすることが不可欠である。地震の最終的な大きさは、幾つかの独立したアスペリティがどのように連動するかという問題に帰着するという考えも出されており、連動性の解明のため、複数のアスペリティ間の相互作用及び非地震性滑り領域とアスペリティ間の相互作用に関する実験的研究を進める。また、弾性波照射による断層面の状態変化を検出する手法の開発を進める。
破壊核と地殻内流体との相互作用は地震発生予測にとって重要である。大学等は、地殻内流体移動との関連が予想される地震直前の地殻活動に伴う電磁気シグナルの発生機構を明らかにするための室内実験を行い、その伝播を定量的に評価する数値手法の開発を行う。さらに、地下水に見られる地震直前の化学種濃度変化は、岩石の微小破壊に伴って放出されるガスに起因するものもあると考えられ、そのことを検証するために、大学、産業技術総合研究所等は、岩石の変形に伴うガス放出の機構を室内実験により明らかにする。
種々の構造探査により得られたP波速度、S波速度、比抵抗などの値が同一スケールの分布図に表示できるようになってきた。防災科学技術研究所、産業技術総合研究所、大学、海洋科学技術センター等は、それら観測可能な物理量から、地殻・上部マントルの物質・物性及び震源域の摩擦・破壊構成則パラメータを推定することを目指した実験的・理論的研究を推進する。そのためには、室内実験により、P波速度、S波速度、比抵抗などと摩擦・破壊特性を様々な条件下で同時測定することが必要である。間隙の形状や連結性に依存する物性パラメータは、温度と圧力を与えても一意に定まるとは限らないので、信頼のおける結果を得るには同時測定が有効である。また、地球深部掘削等による地殻・上部マントル物質の採取も有効である。さらに、野外の地質調査により、隆起や削剥を経て現在地表に露出する震源域物質の変形を観察し、変形の機構、変形時の歪、応力状態などに関する情報を抽出する。このような研究を通じ、アスペリティや非地震性滑り領域の実体についての理解を深める。
科学技術・学術政策局政策課
-- 登録:平成21年以前 --